東京地方裁判所 昭和56年(ワ)15500号 判決 1986年8月21日
原告
慎順
ほか一名
被告
大野惠司
ほか一名
主文
一 被告大野惠司は、原告慎順に対し一四九二万九九三〇円、原告金清美に対し二五万二一〇〇円及び右各金員に対する昭和五七年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告住友海上火災保険株式会社は、原告慎順の被告大野惠司に対する本判決が確定したときは、同原告に対し一四九二万九九三〇円及びこれに対する昭和五七年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告慎順の被告らに対するその余の請求、原告金清美の被告大野惠司に対するその余の請求並びに原告金清美の被告住友海上火災保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告慎順と被告らの間に生じたものを四分し、その三を同原告の、その余を被告らの各負担とし、原告金清美と被告大野惠司の間に生じたものを同被告の負担とし、原告金清美と被告住友海上火災保険株式会社の間に生じたものを同原告の負担とする。
五 この判決は、主文第一、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1(主位的請求の趣旨)
被告らは、各自、原告慎順(以下「原告慎」という。)に対し六六九八万〇二三六円、原告金清美(以下「原告金」という。)に対し二六万七九〇〇円及び右各金員に対する昭和五七年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)に対する予備的請求の趣旨)
被告会社は、原告慎の被告大野惠司(以下「被告大野」という。)に対する本判決が確定したときは、同原告に対し六六九八万〇二三六円及びこれに対する右判決確定の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告金の被告大野に対する本判決が確定したときは、同原告に対し二六万七九〇〇円及びこれに対する右判決確定の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五三年八月一五日午後一一時四四分ころ
(二) 場所 東京都中央区日本橋浜町二―六二首都高速道路九号線道路上
(三) 加害車両 普通乗用自動車(大宮五五ま二六六七)
右所有者 被告大野
右運転者 被告大野
(四) 被害車両 普通乗用自動車(タクシー、足立五五え一二五一)
右運転者 訴外今悟
(五) 事故態様 加害車両が、原告らが乗客として同乗中の被害車両に追突した。
2 責任原因
(一) 被告大野は、加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。
(二) 被告会社は、被告大野との間で、加害車両を被保険自動車とし、本件事故発生日を保険期間内とする自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していたから、本件事故による損害賠償額の支払義務がある。
3 原告慎の受傷、治療経過、後遺障害
原告慎は、昭和一一年五月一一日生まれの女性であるが、本件事故により、頚部挫傷、腰部挫傷、頭部外傷の傷害を負い、入院約一二か月、通院約二九か月にわたる治療を受けたものの、治癒せず、自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第七級相当の頚部痛、背部痛、眼部痛、偏頭痛、左耳難聴、耳部痛、嗅覚・味覚障害、首肩部のこわばり、腕部脱力感、足部が重くだるい、起居不自由、食欲不振等の後遺障害が残り、外出先で倒れて救急車で運ばれることが往々にしてあり、軽度の家事以外には全く従事できない状況にある。
4 原告慎の損害
(一) 治療費 四七一万五一三四円
原告慎は、前記入通院の治療費として右金額を支出した。
(二) 入院雑費 二五万円
原告慎は、前記入院中、右金額の入院雑費を支出した。
(三) 休業損害 三二〇〇万円
原告慎は、昭和五二年七月ころから、墨田区錦糸三―三―一〇松沢ビル一階において朝鮮焼肉店「花南」を経営し、月八〇万円を下らない純益を上げていたが、本件事故による受傷のため稼働不能となり、昭和五三年一〇月一二日には同店の営業権を他へ譲渡して廃業し、その後も全く稼働できない状態にある。
したがつて、原告慎の昭和五三年八月一六日(本件事故の翌日)から昭和五六年一二月一五日までの四〇か月の休業損害は三二〇〇万円となる。
ちなみに、朝鮮焼肉店「花南」の事故前約一年間の売上伝票から約三か月相当分を無作為に抽出する方法で得られた一か月当たりの平均売上額は一七五万二四七三円であり、本件事故前である昭和五三年五月から七月までの三か月間における一か月当たりの平均経費は七九万七〇八八円(仕入原価五五万七二五五円、その他の経費二三万九八三三円)であるから、一か月当たりの平均利益は九五万五三八四円となる。
また、昭和五二年九月から昭和五三年七月までの売上額は合計二〇七六万六八一〇円であるから、一か月当たりの平均売上額は一八八万七八九一円となり、これから右の一か月当たりの平均経費七九万七〇八八円を差し引くと、一か月当たりの平均利益は一〇九万〇八〇三円となる。
さらに、右の一か月当たりの平均売上額一八八万七八九一円から業種別経費率三五パーセントを控除すると、一か月当たりの平均利益は一二二万七一二九円となる。
このように、右のいずれの方法によつて算定しても、原告慎主張の一か月当たりの利益額八〇万円を上回るものである。
なお、右「花南」の営業については、原告金が原告慎の営業を手伝つていたが、仕入、調理、その他主要な部分は原告慎が行つており、原告金は客の対応及び会計を行う程度で、その収益への貢献度は一割程度にすぎなかつたから、原告金の協力は、前記の原告慎の収入額の算定に消長を来すものではない。
(四) 逸失利益 三一五八万〇二三六円
原告慎は、前記のとおり、本件事故により等級表第七級相当の後遺障害を被り、その労働能力を昭和五六年一二月一五日から七年間、五六パーセントの割合で喪失したから、前記収入月額八〇万円を基礎とし、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は三一五八万〇二三六円となる。
80万×12×0.56×5.8743=3158万0236
(五) 慰藉料 六〇〇万円
前記の原告慎の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容、程度等を総合すると、同原告の傷害及び後遺障害による慰藉料は六〇〇万円が相当である。
(六) 損害のてん補 一三五六万五一三四円
原告慎は、本件事故による損害に対するてん補として、被告から一二三六万五一三四円、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から一二〇万円の支払を受けた。
そこで、上記損害合計七四五四万五三七〇円から右損害てん補額を控除すると、残額は六〇九八万〇二三六円となる。
(七) 弁護士費用 六〇〇万円
原告慎は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬として六〇〇万円を支払う旨約した。
5 原告金の受傷及び治療経過
原告金は、昭和三二年一一月二〇日生まれの女性であるが、本件事故により、頚部捻挫の傷害を負い、約一か月間治療を受けたのち治癒した。
6 原告金の損害
(一) 通院治療費 八一〇〇円
原告金は、本件事故による通院のための治療費として八一〇〇円を支出した。
(二) 休業損害 一三万五八〇〇円
原告金は、母である原告慎経営の朝鮮焼肉店「花南」に勤務し、その経営を手伝つていたものであるが、給与額は定められておらず、必要の都度原告慎から支給を受け、その平均額は月一〇ないし一五万円程度であつた。そして、前記のとおり朝鮮焼肉店「花南」は閉鎖され、原告金も職を失つたものであるが、本件事故から少なくとも一か月間(昭和五三年九月一六日まで)は、自己の治療と母である原告慎の看病のため稼働することができず、その間収入を得られなかつたから、昭和五三年度の女子の平均賃金からみて一三万五八〇〇円の休業損害を被つたものというべきである。
(三) 慰藉料 一〇万円
前記の原告金の傷害の部位、程度、通院期間等を総合すると、同原告の傷害による慰藉料は一〇万円が相当である。
(四) 弁護士費用 二万四〇〇〇円
原告金は、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬として二万四〇〇〇円を支払う旨約した。
7 よつて、原告らは、被告ら各自に対し、本件事故による損害賠償として、原告慎において六六九八万〇二三六円、原告金において二六万七九〇〇円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年三月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、なお、被告会社に対しては、予備的に、原告慎において同原告の被告大野に対する本判決の確定を条件として六六九八万〇二三六円及びこれに対する右判決確定の日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告金において同原告の被告大野に対する本判決の確定を条件として二六万七九〇〇円及びこれに対する右判決確定の日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は、事故発生の時刻を除き認める。
2 同2の(一)の事実中、被告大野が加害車両を自己のため運行の用に供していた者であることは認める。
同(二)の事実中、原告ら主張の保険契約締結の事実は認めるが、被告会社の責任は争う。
3 同3の事実中、原告慎が受傷したことは認め、その余はすべて不知。
原告慎主張の症状のうち、頭痛、項部痛以外の症状は、本件事故との因果関係が医学的に不明であるのみならず、症状自体が脳外科的・神経外科的に説明することのできないものであつて、同原告の精神状態に起因するものというほかはないものである。
また、原告慎の後遺障害は、自賠責保険において、等級表第一二級第一二号に該当する旨の認定を受けているものであつて、その障害の程度としては右認定が相当である。
4 同4の事実中、損害のてん補の事実は認めるが、その余はすべて不知。
なお、原告慎の主張する休業損害及び逸失利益については、その計算根拠である朝鮮焼肉店「花南」の経費支出、殊に仕入原価の計算が極めて杜撰なものであり、昭和五三年五月、六月、七月の平均仕入原価のうち、主要な肉、野菜、米を月別に計算すると、極端な不均衡がみられ、仕入原価の計上漏れ、すなわち意図的な利益の過大計上をしているものであつて、到底休業損害及び逸失利益の算定の基礎とすることはできないものである。
5 同5の事実中、原告金が本件事故により受傷したこと及び同原告の傷害が現在治癒していることは認め、その余は不知。
6 同6の事実は不知。
7 同7の主張は争う。
三 抗弁及び被告らの主張
1 弁済
(一) 被告会社は、被告大野との原告主張の保険契約に基づき、原告慎に対し、同原告主張の治療費を含む治療費(コルセツト代を含む)相当額として四八五万一二二七円、入院雑費相当額として二五万円、休業損害相当額として八六〇万円、逸失利益の内払いとして二六六〇円の合計一三七〇万三八八七円を支払ずみである。
(二) 原告慎に対しては、右(一)の既払金に加えて、自賠責保険から治療費として同原告主張のとおり一二〇万円が支払ずみである。
(三) 原告慎は、右(一)、(二)の既払金のほか、自賠責保険に対する被害者請求により、等級表第一二級の後遺障害保険金二〇九万円を受領している。
2 被告会社の支払義務
(一) 支払条件
原告らは、被告会社に対しては、被告会社と被告大野との間の自家用自動車保険契約における自家用自動車保険普通保険約款(以下「本件保険約款」という。)第一章第六条第一項の規定に基づいて支払を請求するものであるところ、本件保険約款第六条第二項には、保険者は、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額が被保険者と損害賠償請求権者との間の判決で確定したとき等の場合に、被保険者に対して支払うべき保険金の額を限度として、損害賠償請求権者に対し所定の損害賠償額を支払う旨定められているから、原告らの被告大野に対する本判決が確定するまでは、被告会社の原告らに対する損害賠償額支払債務の履行期は到来しない。
しかも、被告会社は、右履行期到来後に損害賠償額支払請求書を受領してから原則として三〇日を経過するまでは支払遅延の責を負わないものである(本件保険約款第六章第一九条)。
(二) 原告慎に対する支払限度額
被告会社と被告大野との原告ら主張の保険契約の対人賠償責任保険金額は、被害者一名につき五八五〇万円であるところ、被告会社は、原告慎に対し、右1の(一)のとおり一三七〇万三八八七円を支払ずみであるから、残存保険金額は四四七九万六一一三円であり、被告会社は、同原告に対し、右残存保険金額を超える支払債務を負担するものではない。
(三) 原告金に対する支払債務の不存在
保険者が損害賠償請求権者に対して支払う損害賠償額は、本件保険約款第一章第六条第三項により、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額から、自賠責保険等によつて支払われる金額等を控除した額と定められているところ、原告金の損害賠償請求額は自賠責保険金(傷害分一二〇万円)の範囲内であるので、被告会社は、同原告に対し、本件保険約款に基づく支払義務を負わないものである。
四 抗弁及び被告らの主張に対する認否
1 抗弁及び被告らの主張1(弁済)の事実は認める。
2(一) 同2(被告会社の支払義務)の(一)(支払条件)の事実中、本件保険約款に被告ら主張のとおりの規定があることは認めるが、その余は争う。
(二) 同(二)(原告慎に対する支払限度額)の事実は認める。
(三) 同(三)(原告金に対する支払債務の不存在)の主張は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実は、事故発生の時刻を除き、当事者間に争いがなく、原本の存在と成立に争いのない甲第一号証によれば、本件事故発生の時刻は午後八時一五分ころであると認められ、右認定を覆すに足りる確実な証拠はない。
二 次に、責任について判断する。
1 請求原因2(責任原因)の(一)の事実中、被告大野が加害車両を自己のため運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがない。
したがつて、被告大野は、原告らに対し、自賠法第三条の規定に基づき、損害賠償責任があることが明らかである。
2 同2の(二)の事実中、被告会社と被告大野との間で、原告ら主張のとおりの自家用自動車保険契約(本件保険契約)が締結されていることは、当事者間に争いがない。
したがつて、被告会社は、原告らに対し、本件保険契約の約款に基づく支払義務があることが明らかである。
もつとも、成立に争いのない乙第一号証によれば、本件保険契約の約款である自家用自動車保険普通保険約款第一章第六条第三項には、保険者が損害賠償請求権者に対して支払う損害賠償額は、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額から、自賠責保険等によつて支払われる金額等を控除した額と定められていることが認められ、右認定に反する証拠はないところ、原告金の本件訴訟における損害賠償請求額は自賠責保険金(傷害分一二〇万円)の範囲内であるから、被告会社は、同原告に対し、本件保険約款に基づく支払義務を負わないものというべきである。
したがつて、原告金の被告会社に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、失当として棄却を免れないものといわざるをえない。
また、本件保険約款第六条第二項には、保険者は、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額が被保険者と損害賠償請求権者との間の判決で確定したとき等の場合に、被保険者に対して支払うべき保険金の額を限度として、損害賠償請求権者に対し所定の損害賠償額を支払う旨定められていることは、当事者間に争いがないから、被告会社は、原告慎の被告大野に対する本判決の確定を条件として、同原告に対し、支払義務を負うにすぎないものというべきである。
三 続いて、原告慎の受傷、治療経過、後遺障害について判断する。
1 請求原因3の事実中、原告慎が本件事故により受傷したことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第二ないし第五号証、甲第九号証、乙第四号証の一ないし八、第六号証の一ないし一七、原本の存在と成立に争いのない甲第七、第八号証、第一一ないし第八七号証、第八八号証の一ないし一四、第八九号証の一ないし一七、証人神田龍一の証言、原告慎、同金各本人の尋問の結果によれば、
(一) 原告慎は、本件事故により、頸椎捻挫、腰椎捻挫、頭部外傷の傷害を負い、東京都立墨東病院に昭和五三年八月一六日、同月一七日、昭和五四年二月一六日の三日間通院し、藤崎外科胃腸科病院に昭和五三年八月一九日から同月二六日まで及び昭和五四年二月二〇日から同年八月八日まで入院したほか、同年二月、一二月、昭和五五年一月、二月、三月、七月に合計実日数一〇日通院し、岩井総合病院に昭和五三年八月二六日から同年九月三〇日まで及び同年一一月二二日から同年一二月二七日まで入院したほか、同年八月二五日及び同年一〇月一日から同年一一月二一日までの間に合計実日数二一日通院し、西新井病院に昭和五三年一〇月九日から同月一三日までの間に実日数三日通院し、東京慈恵会医科大学附属病院(以下「慈恵医大病院」という。)に昭和五四年一月一〇日から昭和五九年一〇月四日までの間に実日数二七九日通院し、東京女子医科大学病院に昭和五四年二月、同年一二月、昭和五五年六月に合計実日数七日通院し、駿河台日本大学病院に昭和五四年七月一三日に通院し、石和温泉病院に昭和五四年八月七日から同年一〇月二五日まで入院し、櫻岡病院に昭和五四年一一月二日に通院し、北里研究所附属病院に昭和五四年一一月三〇日から昭和五五年六月四日までの間に実日数四二日通院し、順天堂大学医学部附属順天堂医院に昭和五四年一二月一一日に通院し、江東病院に昭和五四年一二月一七日に通院し、豊洲厚生病院に昭和五五年一月二八日に通院し、東京大学医学部附属病院に昭和五五年二月、同年三月、同年六月に合計実日数六日通院し、城東医師会休日急病診療所に昭和五五年三月一六日に通院する等して診察治療を受けたこと、
(二) 原告慎の主訴は、頭痛、項部痛、背部痛、胸部痛、四肢・躯間の異常知覚、食欲不振、躯間の動揺感、視野障害、味覚障害等の多岐にわたつており、これらの症状に対して、慈恵医大病院においては、脳神経外科医師である神田龍一らにおいて、鎮痛剤あるいは消炎鎮痛剤の投与、精神安定剤、ビタミン剤の投与等を行なつたが、これらの投薬では症状は殆ど改善せず、また、肩部に麻酔を注射する方法も試みたが、効果がみられず、結局、原告慎は、昭和五七年一〇月一四日、同医師により右諸症状につき症状固定の診断を受けたこと、
(三) 原告慎の主訴は、右のとおり、多岐にわたつているものの、他覚的所見ないし検査結果として認められるものは、左上下肢・躯間の知覚低下、及び頸椎レントゲン検査所見における第五、第六頸椎の軽度の変形にすぎず、しかも、右の知覚低下については、検査時における原告慎の応答に依拠しているものであり、また、右の頸椎の変形は、受傷と関係のない加齢による変形であるうえ、その変形の部位・程度と症状とが必ずしも一致・対応しないこと、そのほか、原告慎は、頭部レントゲン検査の結果、頭蓋骨に異常はなく、脳波検査の結果も正常であつたこと、また、原告慎は、膝蓋腱反射時に項部痛、吐気を訴えたり、身体の正中、後頭部、項部、背項部に触れるだけで気持ちが悪いと訴えたり、神経が連続的に存在するわけではない部位に連続的に痛みが走る旨訴えるなど、神経外科的・医学的に説明できない症状も訴えていること、このため、右神田龍一医師は、原告慎の症状のうち、頭痛及び項部痛を除く諸症状は、同原告の特殊な性格ないし精神的特性によつて生じたものと判断し、原告慎に対して、精神神経科での受診をするよう取り計らつたこと、右の神田龍一医師等の取り計らいにより、原告慎は、昭和五五年七月三〇日、慈恵医大病院の精神神経科で受診し、同病院精神神経科の丸山医師により、外傷後の神経症であり、多分に自己中心的なところがある旨の診断を受け、その後、脳神経外科において最終的に投薬を行つたのは、昭和五七年八月一四日に鎮痛剤を投与したのみであり、以後、原告慎は、同病院においては、殆ど精神神経科を受診していること、
(四) 原告慎は、本件事故による後遺障害について、自賠責保険の査定により等級表第一二級第一二号に該当する旨の認定を受けていること、
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる確実な証拠はない。
2 右認定の事実によれば、原告慎の訴える症状は多岐にわたつているものの、頭痛、項部痛を除く諸症状は、本件事故を契機として生じたものであるとしても、主として原告慎の特殊な性格ないし精神的特性によつて生じたものというべきであり、本件事故によつて通常生ずべきものということはできないから、本件事故と相当因果関係がないものというべきである。
3 また、前記認定事実によれば、原告慎の頭痛、項部痛の症状は、完治せず、昭和五七年一〇月一四日症状が固定し、後遺障害として残存しているものというべきであり、その後遺障害の程度は、局部に頑固な神経症状を残すものとして等級表第一二級第一二号に該当するものと認めるのが相当である。
四 進んで、原告慎の損害について判断する。
1 治療費
原告慎は、本件事故による傷害に対する治療費として四七一万五一三四円を支出した旨主張するが、仮に、右の事実が認められるとしても、原告慎が、同原告主張の治療費を含む治療費(コルセツト代を含む)相当額として被告会社から四八五万一二二七円の、自賠責保険から治療費として一二〇万円の各支払を受けた事実は当事者間に争いがないから、さらに請求しうる治療費の損害は存しないものというべきである。
2 入院雑費
原告慎は、本件事故による入院中、二五万円の入院雑費を支出した旨主張するが、仮に、右の事実が認められるとしても、原告慎が、被告会社から入院雑費相当額として二五万円の支払を受けた事実は当事者間に争いがないから、さらに請求しうる入院雑費の損害は存しないものというべきである。
3 休業損害
原告慎本人の尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第六号証、原告慎、同金本人の尋問の結果によれば、原告慎は、昭和五二年八月二七日から、墨田区錦糸三―三―一〇松沢ビル一階において朝鮮焼肉店「花南」を経営していたこと、原告慎は、右の焼肉店を、娘である原告金の協力のもとで営業し、原告慎は、仕入、調理等を担当し、原告金は、給仕、伝票記載等を担当していたこと、ところが、原告慎は、本件事故による受傷のため稼働不能となり、昭和五三年一〇月一二日には同店の営業権を他へ譲渡して廃業し、その後も稼働することができず、炊事、洗濯、掃除等の家事をようやく行つている状況にあることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところが、本件においては、原告慎の本件事故当時の収入額が争点となつているので、この点について判断するに、証人大野哲の証言により真正に成立したものと認める甲第九〇、第九一号証、原告慎本人の尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一〇号証の一ないし八、第九二号証の一ないし二三、第九三号証の一ないし二一、第九四号証の一ないし一一、第九五号証の一、二、第九六号証の一ないし一五、第九七号証の一ないし二〇、第九八号証の一ないし一四、第九九号証の一ないし二四、第一〇〇号証の一ないし二六、第一〇一号証の一ないし二三、第一〇二号証の一ないし二九、第一〇三号証の一ないし一六、第一〇四号証の一ないし二二、第一〇五号証の一ないし二一、第一〇六号証の一ないし一六、第一〇七号証の一ないし三二、第一〇八号証の一ないし二五、第一〇九号証の一ないし二五、第一一〇号証の一ないし一二、第一一一号証の一、二、第一一二号証の一、二、第一一三号証の一、二、第一一四号証の一ないし四、第一一五号証の一ないし一七、第一一六号証の一ないし一八、第一一七号証の一ないし一三、第一一八号証の一ないし一七、第一一九号証の一ないし一一、第一二〇号証の一、二、第一二一号証の一ないし二九、第一二二号証の一ないし一九、第一二三号証の一ないし二七、第一二四号証の一ないし一五、第一二五号証の一ないし二八、第一二六号証の一ないし二一、第一二七号証の一ないし二三、第一二八号証の一ないし一三、第一二九号証の一ないし二〇、第一三〇号証の一ないし一二、第一三一号証の一ないし九、第一三二号証の一ないし二三、第一三三号証の一ないし一四、第一三四号証の一ないし二九、第一三五号証の一ないし一六、第一三六号証の一、二、第一三七号証の一ないし二三、第一三八号証の一ないし三二、第一三九号証の一ないし二二、第一四〇号証の一ないし二〇、第一四一号証の一ないし二一、第一四二号証の一ないし一六、第一四三号証の一ないし二〇、第一四四号証の一ないし一六、第一四五号証の一ないし三二、第一四六号証の一ないし二五、第一四七号証の一ないし一一、第一四八号証の一ないし一七、第一四九号証の一ないし二七、第一五〇号証の一ないし一九、第一五一号証の一ないし一八、第一五二号証の一ないし三一、第一五三号証の一ないし二三、第一五四号証の一ないし二〇、第一五五号証の一ないし一七、第一五六号証の一ないし二〇、第一五七号証の一ないし一八、第一五八号証の一、二、第一五九号証の一ないし二六、第一六〇号証の一ないし一四、第一六一号証の一ないし二〇、第一六二号証の一、二、第六三号証の一ないし一四、第一六四号証の一、二、第一六五号証の一ないし二〇、第一六六号証の一ないし一二、第一六七号証の一ないし二八、第一六八号証の一ないし二七、第一六九号証の一ないし一九、第一七〇号証の一ないし二八、第一七一号証の一ないし一〇、第一七二号証の一ないし三一、第一七三号証の一ないし二二、第一七四号証の一ないし八、第一七五号証の一ないし九、第一七六号証の一ないし二〇、第一七七号証の一ないし一八、第一七八号証の一ないし二二、第一七九号証の一ないし二三、第一八〇号証の一ないし一七、第一八一号証の一ないし三四、第一八五、第一八六号証、第一八七号証の一、二、第一八八号証の一ないし一七、第一八九号証、第一九〇号証の一ないし四、第一九一号証の一ないし九、第一九二号証の一、二、第一九三号証の一ないし六、第一九四号証の一ないし四、第一九五、第一九六号証、第一九七号証の一ないし八、第一九八号証、第一九九号証の一ないし五、第二〇〇、第二〇一号証、第二〇二号証の一ないし三、第二〇三号証、第二〇四号証の一ないし四、第二〇五号証、第二〇六号証の一の一ないし四、同二の一、二、同三の一ないし七、第二〇七、第二〇八号証、証人大野哲の証言、原告慎、同金各本人の尋問の結果によれば、
(一) 朝鮮焼肉店「花南」における昭和五二年九月から昭和五三年七月までの売上額は合計約二〇七六万六八一〇円で一か月当たりの平均売上額は約一八八万七八九一円であつたこと、
(二) また、原告慎の同店における収入についての判断を依頼された税理士大野栄事務所において、同店の売上伝票、領収書等を検討したところ、同店の本件事故前約一年間の売上伝票から約三か月相当分を無作為に抽出する方法で得られた一か月当たりの平均売上額は一七五万二四七三円であり、本件事故前である昭和五三年五月から七月までの三か月間における一か月当たりの平均経費は七九万七〇八八円(仕入原価五五万七二五五円、その他の経費二三万九八三三円)であつたこと、
(三) ただ、右の大野栄事務所による経費の算定は、交付された領収書等を機械的に計算したものにすぎず、これら領収書等により、肉、野菜等の費目別かつ月別に計算すると、これらの仕入金額につき月毎に著しい不均衡がみられることから、右の大野栄事務所による経費の算定は、すべての経費関係の領収書等をもとにして行われたものとは考え難く、実際の朝鮮焼肉店「花南」における肉、野菜等の仕入原価は、右の大野栄事務所による算定よりも相当に高額であると考えられること、
(四) もつとも、原告慎は、朝鮮焼肉店「花南」の営業につき、希に夫の手伝いを受け、これにその報酬を支払うこともあつたものの、平素は、娘である原告金と二人だけで行つており、原告金に対する給与も一か月当たり一二ないし一三万円程度であつて、人件費は比較的低額であつたこと、
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる確実な証拠はない。
右認定の事実によれば、朝鮮焼肉店「花南」における仕入現価等の経費について、右の大野栄事務所による算定ないし本件訴訟において提出されている経費関係の領収書等(甲第一八五号証ないし第二〇八号証(枝番を含む))のみによる算定をそのまま採用することはできないものというべきであり、本件においては、前示の朝鮮焼肉店「花南」における売上額と、同店における仕入原価が右の大野栄事務所による算定よりも相当に高額であると考えられること、他方で右認定のとおり、同店においては、人件費は比較的低額であつたこと等の諸点を総合勘案し、原告慎の本件事故当時の収入額を、一か月あたり六〇万円とみるのが相当というべきである。
そこで、右の月額六〇万円の収入を基礎として、本件事故の翌日で昭和五三年八月一六日から前示の症状固定日の前日である昭和五七年一〇月一三日まで(四年一か月と二九日間)の原告慎の休業による損害額を計算すると、その額は二九九八万円となる。
ただ、前示のとおり、原告慎の訴える諸症状のうち、頭痛、項部痛を除く諸症状は、本件事故と相当因果関係が認められないところ、本件事故と相当因果関係の認められる頭痛、項部痛のみに限定すると、これによつて原告慎が、症状固定日までの間、全く稼働することができなかつたものとは、認め難いところであり、前示の相当因果関係が認められる症状の内容、程度、治療の経過等を総合すると、原告慎は、右の症状固定日までの期間中、本件事故による頭痛、項部痛により、労働能力を五〇パーセント制限された状態にあつたものと認めるのが相当であり、したがつて、原告慎の本件事故と相当因果関係のある休業損害は、前示の二九九八万円の二分の一である一四九九万円となる。
そして、原告慎が、本件事故による休業損害相当額として被告会社から八六〇万円の支払を受けた事実は、当事者間に争いがないから、これを控除すると、休業損害の残額は六三九万円となる。
4 逸失利益
原告慎が、本件事故により等級表第一二級に該当する後遺障害を被つたことは前示のとおりであり、前示の後遺障害の内容、程度等を総合すると、原告慎は、その後遺障害により、前示の症状固定日から七年間、一四パーセントの割合で労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
よつて、前示の収入月額六〇万円を基礎とし、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告慎の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は五八三万二五九〇円(一円未満切捨)となる。
60万×12×0.14×5.7863=583万2590
そして、原告慎が、本件事故による逸失利益相当額として被告会社から二六六〇円の支払を受けた事実は、当事者間に争いがないから、これを控除すると、逸失利益の残額は五八二万九九三〇円となる。
5 慰藉料
前示の原告慎の傷害の部位、程度、治療の経過、本件事故と相当因果関係の認められる症状の部位、程度、後遺障害の内容、程度等を総合すると、同原告の傷害及び後遺障害による慰藉料としては三五〇万円をもつて相当と認める。
6 損害のてん補
以上の原告慎の残損害額は、一五七一万九九三〇円となるところ、原告慎が、前示の既払額のほか、自賠責保険から後遺障害保険金二〇九万円の支払を受けた事実は当事者間に争いがないから、これを控除すると、残損害額は、一三六二万九九三〇円となる。
7 弁護士費用
原告慎本人の尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告慎は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の難易、審理経過、前示認容額、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、一三〇万円をもつて相当と認める。
五 さらに、原告金の受傷及び治療経過について判断する。
請求原因5の事実中、原告金が本件事故により受傷したこと及び同原告の傷害が現在治癒していることは当事者間に争いがなく、原本の存在と成立に争いのない甲第二一〇号証及び原告金本人の尋問の結果によれば、原告金は、本件事故により、頚部捻挫の傷害を負い、本件事故の日の翌日である昭和五三年八月一六日から同年九月一六日までの間に、東京都立墨東病院に診療実日数三日通院して治療を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
六 続いて、原告金の損害について判断する。
1 通院治療費
前掲甲第二一〇号証によれば、原告金は、前示の治療関係費として八一〇〇円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
2 休業損害
原告金本人の尋問の結果によれば、原告金は、母である原告慎経営の朝鮮焼肉店「花南」に勤務し、その経営を手伝つていたこと、原告金の同店における給与額は定められていなかつたが、随時原告慎から支給を受け、その平均額は月額一二ないし一三万円程度であつたこと、原告慎は、本件事故の翌日から一か月間、自己の治療と母である原告慎の看病のため稼働することができず、その間収入を得られなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実によれば、原告金は、本件事故による休業損害として、少なくとも一二万円の損害を被つたものというべきである。
3 慰藉料
前示の原告金の傷害の部位、程度、通院期間等を総合すると、同原告の傷害に対する慰藉料は一〇万円をもつて相当と認める。
4 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告金は、被告大野から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の難易、審理経過、前示認容額、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、二万四〇〇〇円をもつて相当と認める。
七 以上によれば、原告らの本訴請求は、本件事故による損害賠償として、原告慎において、被告大野に対し、一四二九万九九三〇円及び右金員に対する本件事故発生の日ののちである昭和五七年三月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、同原告の被告大野に対する本判決の確定を条件として一四九二万九九三〇円及びこれに対する右昭和五七年三月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求め、原告金において、被告大野に対し、二五万二一〇〇円及び右金員に対する本件事故発生の日ののちである昭和五七年三月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、原告慎の被告らに対するその余の請求、原告金の被告大野に対するその余の請求並びに原告金の被告会社に対する本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林和明)