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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)2607号 判決 1986年1月30日

原告

株式会社三栄機工

右代表者代表取締役

安積潤

右訴訟代理人弁護士

小谷恒雄

被告

宮地鋼機株式会社

右代表者代表取締役

宮地篤

右訴訟代理人弁護士

根本昌巳

被告

木村洋二

主文

一  被告宮地鋼機株式会社は、原告に対し、

1  金四二万円及びこれに対する昭和五六年三月一八日から完済に至るまで年六分の割合による金員

2  金一二六二万〇六一五円及びこれに対する昭和五六年三月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二  被告木村は、原告に対し、金二五二四万一二三〇円及びこれに対する昭和五六年三月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告木村との間においては、原告に生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告宮地鋼機株式会社との間においては、原告に生じた費用の四分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴部分に限り、被告木村に対しては無担保で、被告宮地鋼機株式会社に対しては金二六〇万円の担保を供することを条件として、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告宮地鋼機株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、金四二万円及びこれに対する昭和五六年三月一八日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告に対し、各自金二五二九万一二三〇円及びこれに対する昭和五六年三月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告会社

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告木村

原告の請求を棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社に対する請負代金請求

(一) 原告は、昭和五四年一一月下旬ころ、被告会社から茨城県新治郡八郷町大字柿岡地先の恋瀬川沿岸に打ち込んである鋼矢板の引き抜き工事を、請負代金四二万円で請け負い、同年一二月一日右工事を完了した。

(二) よつて、原告は被告会社に対し、右請負代金四二万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年三月一八日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告らに対する損害賠償請求

(一) 被告会社は、建設機材の製造、販売、賃貸等を業とする会社であるが、被告会社の従業員であつた被告木村は、昭和五四年一二月ころから、原告代表者安積潤に対し、被告会社の営業課長と名乗つてその旨の名刺を渡し、被告会社が、訴外北千葉広域水道企業団より千葉県流山市付近の水道本管埋設工事を請け負つた事実はないのに、これを工事代金四億三二〇〇万円で請け負つたので、原告に右工事の一部である鋼矢板の打ち込みと引き抜き工事を下請けしてもらいたいとの虚偽の話をもちかけ、昭和五五年二月ころまでの間に頻繁に右工事発注の打合せのために原告代表者を呼び出して、暗に饗応を要求したうえ、原告代表者に対し、原告に発注する工事の工期は約半年で、工事代金は概算で八〇〇〇万円になるなどと述べ、具体的な工事方法まで指示するなどして、あたかも右工事を原告に発注するかのように原告代表者を欺罔し、そのため、原告は、被告木村に対し十数回にわたり飲食による饗応をしたほか、被告から右工事の発注を受けることを予定して、原告の主力部門である鋼矢板打ち抜き部門について、昭和五五年二月八日から同年五月二〇日までの間他の工事の受注を控えて、建設機械類を待機させた。

(二) 被告木村の前項の行為は、その外形上被告会社の事業の執行につきなされたものであるから、被告会社は民法七一五条により、被告木村の不法行為によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(三) 原告は、被告木村の前記不法行為により、次のとおり合計金二五二九万一二三〇円の損害を蒙つた。

(1) 飲食饗応に要した費用 金六〇万三六三〇円

(2) 建設機械類の待機による逸失利益

原告は、被告会社からの工事受注を予定し、クローラークレーン三五トン及び二五トン各一台、バイブロハンマー二台を昭和五五年二月八日から同年五月二〇日までの一〇三日間待機させたが、この間の原告の休業日(第一、第三日曜日)を除く実休業日数は九四日であり、右建設機械の稼働率は年間五割である。そして、右建設機械は、平均八・五メートルの鋼矢板を一日平均一六〇枚(延ベ一三六〇メートル)打ち込む能力があり、鋼矢板の打ち込み単価は、一メートル当たり四五〇円であるから、右建設機械の一日の平均売上高は、六一万二〇〇〇円であり、前記実休業日数の五割である四七日分の得べかりし売上高は、二八七〇万六四〇〇円である。

他方、右建設機械を稼働させるために必要な経費は、燃料代、輸送費その他の雑費を含めて売上高の一割程度であるから、右得べかりし売上高の一割の二八七万六四〇〇円を控除し、また、右建設機械の専属要員を待機期間中他に出向稼働させたことによる利益が一二〇万円あつたので、これを控除すると、原告の逸失利益は二四六八万七六〇〇円となる。

(3) なお、仮に(2)の損害算定方法が認められないとしても、右建設機械待機期間の属する年度における原告の現実の収支を基礎として、機械の待機がなかつた場合の収支を推定し、その推定された利益と現実の利益の差額を求めると、別紙損害算定書のとおり、金一七一五万〇七六一円となるから、原告の逸失利益は少なくとも右金額を下回るものではない。

(四) よつて、原告は、被告らに対し、各自右損害金二五二九万一二三〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年三月一八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告会社)

1 請求原因1について

請求原因1の(一)の事実は、請負代金額を否認し、その余は認める。請負代金は、一二、三万円であつた。

2 請求原因2について

(一) 請求原因2の(一)の事実のうち、被告会社が建設機材の製造、販売、賃貸等を業とする会社であること及び被告木村が、被告会社の従業員であつたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同(二)の事実は否認する。原告主張の水道本管埋設工事のような土木工事の請負は被告会社の営業の範囲に属しておらず、また、被告木村は、当時被告会社の配車係に過ぎなかつた者であり、仮に被告木村が原告主張のような欺罔行為をしたとしても、その行為は被告会社の事業の執行につきなされたものとはいえない。

(三) 同(三)の事実は否認する。

(被告木村)

請求原因2の事実のうち、被告木村が、被告会社の従業員であつたこと、原告に対し被告会社営業課長の肩書きの名刺を差し出したこと及び原告から六、七回飲食の接待を受けたことは認めるが、その余は否認する。

三  被告会社の抗弁

1  被告会社の事業目的は、建設機材の製造、販売、賃貸等であつて、土木工事は行つておらず、被告会社の商業登記簿や営業用パンフレットにも土木工事については一切触れていない。また、被告木村の職務権限は、建設機材等を運搬する車両の手配をする配車関係だけで、請負契約の締結に関する権限はなかつた。それにもかかわらず、原告代表者は、被告木村の持ち込んだ取引に関し、被告会社にその真偽を確認することを全くせず、かつ、取引内容に関しても、現場を確認するとか、見積書を作成して被告会社に提出するなどの行為をしなかつた。従つて、仮に、被告木村の行為が、外形上被告会社の事業の範囲内のものと認められたとしても、その行為は、被告木村の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、原告がこれを知らなかつたことには重大な過失がある。

2  被告木村は、以前、被告会社の営業課長の地位にあつたが不適正な点があつたので、昭和五二年四月に課長職を解き、営業外の配車係とし、その際、被告会社は被告木村に営業課長の肩書きの名刺を破棄させた。また、被告会社は、日頃から全従業員に取引の相手方との飲食饗応を厳に慎むよう指導していた。従つて、被告会社には、被告木村の選任、監督に相当の注意をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、原告が、被告木村に持ち掛けられた取引に関し、殊更に被告会社に真偽の確認をしなかつたこと及び右取引について現場の確認や見積書の提出をしていないことは認めるが、その余は否認する。

2  同2の事実は否認する。仮に、原告主張のような事情があつたとしても、そのことだけでは、被告木村の選任、監督に相当の注意をしたとはいえない。

第三  証拠<省略>

理由

第一被告会社に対する請負代金請求について

一請求原因1の(一)の事実は、請負代金の点を除いて当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、原告代表者は、請求原因1の(一)記載の工事を被告会社から請け負うに当たり、工事現場を確認したうえ、機材の運搬費用を含めて五〇万円程度を請負代金として、被告会社代表者から契約締結の交渉を任されていた被告木村に提示したが、同被告から値下げを要求されたため、結局請負代金を四二万円として同被告の了承を得、工事に着手した事実を認めることができ、被告木村本人尋問の結果中右認定に反する部分は、原告代表者本人尋問の結果(第一回)に照らして措信することができず、また、被告会社代表者本人尋問の結果(第一、二回)中、被告木村から右請負代金が一二、三万円であると聞いていた旨述べる部分は、仮にそれが事実としても、直ちに右の認定を覆すに足りるものではなく、他に右認定に反する証拠はない。

三そうすると、被告会社に対し、請求原因1の(一)の請負契約に基づき、請負代金四二万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年三月一八日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

第二被告らに対する損害賠償請求について

一<証拠>によれば、次の事実(一部当事者間に争いのない事実を含む。)を認めることができる。

1  原告は、鋼矢板の打ち・抜き工事を主とする土木建築工事の請負を業とする会社であり、被告会社は、鋼矢板、鋼板等の建設機材の製造、販売、賃貸等を業とする会社であり、被告木村は、昭和四六年ころ被告会社に入社し、昭和四八年ころから営業課長の職にあつたが、昭和五二年四月に右課長職を解かれ、その後一時右課長代理をしていたが、同年一一月に管理課に配置替えされ、昭和五四年七月に管理部主任となつて、配車係を担当していた者である。

2  原告代表者は、昭和五四年一一月ころ、知人の佐々木英光の紹介で被告木村を知り、同被告から前記請求原因1の工事請負を依頼されて、これを完了した後、同年一二月三日ころ、被告木村の誘いで、佐々木と共に市川市内の飲食店で同被告に会つた際、同被告から被告会社に流山市で大規模な工事の予定があるとの趣旨の話をされ、その後、同年一二月下旬ころまでの間に数回被告木村の誘いで飲食店で会ううち、右工事は、北千葉広域水道企業団の水道本管埋設工事で、被告会社の請負金額は約四億三〇〇〇万円であるが、右工事中の鋼矢板の打ち・抜き工事を原告に請け負つてもらいたい、鋼矢板の総重量は二〇〇〇トン位で、元請の単価はメートル当たり八〇〇円だから七〇〇円位でやつて欲しい、工事期間は昭和五五年二月から約半年で、代金総額は八〇〇〇万円位になる、工事区間中民家に近いところは無振動工法で施工する必要がある等の話をされたため、原告代表者は、右鋼矢板打ち・抜き工事を原告で受注したい旨同被告に申し出で、翌昭和五五年一月ころには、被告木村より工事の図面を見せるから被告会社に来るように言われて、原告代表者が被告会社を訪れたが、被告木村が接客中のため同被告より後で図面はコピーして送ると伝えられたが、結局右図面のコピーは送付されないままとなつた。

3  被告木村は、前記のとおり、右の当時は被告会社の営業課長ではなく、管理課の配車係に過ぎなかつたが、前記佐々木や原告代表者に対し、被告会社営業課長の肩書きの入つた名刺を渡し、また、同人らに自己の営業課長としての被告会社内における実力を誇示するような言動もしていた。そのため原告代表者は、被告木村の言を信用し、同被告の言う鋼矢板の打ち・抜き工事を被告会社から受注できるものと信じて、昭和五五年二月からの工事開始に備え、同年一月下旬ころから原告の有するクローラークレーン二台等の主力機械及びその専用要員を、新規受注をしないで待機させていたが、その後数回にわたり被告木村より、役所の都合で着工が延びているから待つて欲しいと言われ、結局同年五月初旬まで工事開始を待つていたが、同月一〇日過ぎころに至つて、原告代表者が被告会社に電話で問い合わせるなどした結果、被告木村の言う北千葉広域水道企業団からの請負工事は存在せず、同被告の述べたことは全て架空のものであつたことが判明するに至つた。

以上の事実を認めることができ、<証拠>中右認定に反する部分は、<証拠>に照らして到底措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二右に認定した事実によれば、被告木村は、原告代表者に対して、自己が被告会社の営業課長で、あたかも被告会社の工事の下請契約を締結する権限があるかのように装つたうえ、架空の工事について、原告代表者と契約締結を勧めるなどして同人を欺罔し、その旨誤信した同人に飲食による饗応をさせたほか、原告の主力機械及びその要員を着工に備えて数か月にわたり待機させたものであり、右行為が不法行為に該当することは明らかであるから、同被告は、民法七〇九条により、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

三そこで、次に、被告木村の右不法行為について、被告会社の民法七一五条による使用者責任の存否を検討する。

1 まず、被告木村のした行為が、外形上被告会社の行う事業の範囲に属するかどうかを検討するに、被告会社の主な事業は、前記のとおり鋼矢板等の建設機材の製造、販売、賃貸であるが、<証拠>によれば、被告会社の事業中約九割は建設機材のリースが占め、土木工事の請負は、被告会社の商業登記簿における会社の目的や営業用パンフレット等にも具体的には例示されておらず、現実に全く行つていないこと及び被告会社が原告に請け負わせた請求原因1の工事は、鋼矢板の賃貸先の倒産に伴い、賃貸物件を緊急に引き上げるためのもので、他から請け負つた工事ではなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

しかし、使用者責任における使用者の事業には、定款に具体的に例示されたものや、現に使用者が行つている事業のほか、社会通念上これらと関連する事業を含むと解すべきであり、<証拠>によれば、建設機材のリース業を営む会社が、建設工事の請負をする例も稀ではないことが認められるから、被告木村が原告代表者に述べた鋼矢板の打ち・抜き工事も、被告会社が現に行つている事業に関連するものとして、被告会社の事業の範囲に属するというべきである。

2 もつとも、使用者責任の発生する要件としては、被用者の行為が単に使用者の事業に属するというだけでは足りず、その行為が、使用者の事業の組織、機構及び事業運営の実情等からして、被用者の担当する職務と相当の関連性を有することを要すると解されるから、以下被告木村の行為がこの要件に該当するか否かを検討する。

被告会社における被告木村の地位が、配車係担当の管理部主任であつたことは前記のとおりであり、<証拠>によれば、配車係は被告会社の扱う建設機材を運搬する車両の手配をするのがその職務とされていたこと、被告会社には、昭和五四年当時四〇名位の従業員がおり、組織としては総務部、管理部、営業部の三部があつたが、営業関係の契約締結は営業部の職務に属し、管理部は車両の手配のほか、在庫の管理、仕入伝票の作成等の内部的事務を分掌していたこと、以上の事実が認められる。

しかし、前記したところからすると、原告代表者が、被告木村に原告に対する請負工事の発注をする権限があると信じた主な理由は、同被告が、被告会社営業課長と称し、現実に請求原因1の請負工事を原告に発注した経緯のあること等であると思われるところ、<証拠>によれば、被告木村は、当時被告会社の扱う建設機材の運搬のための運送契約の締結については、相手方の選定、運送代金の額等をほとんど独断で決めており、また、被告会社の事務室は、部課により部屋が別れているようなこともなく、被告木村は、社長のすぐそばの机で事務をとつていたことが認められ、これに、前記被告会社の事務分掌からすれば、外部に対する請負工事の発注は営業部の職務に属すると考えられるにもかかわらず、被告会社は、請求原因1の請負契約の締結を現実に被告木村に担当させていたこと及び被告会社の規模等も考慮すると、被告会社において、組織としての基本的な職務権限の分掌は、一応前記のとおりとしてもそれが、実体として、また、外形的にみてそれほど明確であつたとはいい難く、右に述べた運営の実情等からすれば、被告木村は、営業課長を解職されたのちも、被告会社の対外的な業務に携わり、時には営業関係の仕事も行つていたと推認されるのであり、これらの諸事情を勘案すると、被告木村の前記行為は、外形的にみて、その職務と関連性を全く欠くものとはいえず、かつ、被告会社において、被告木村が前記行為をすることは、客観的にみて容易な状況にあつたともいうべきであるから、その行為は、被告会社の事業の執行につきなされたものということができる。

3  そこで、被告会社の抗弁を判断するに、被告木村が原告に持ち掛けたような土木工事の請負が、被告会社の商業登記簿における会社の目的や営業用パンフレットに具体的に示されておらず、実際にも事業として行われていなかつたこと、被告木村が営業課長ではなく、配車係に過ぎなかつたことは、既に認定したとおりであり、原告が、被告木村の話の真偽を被告会社に直接確認したり、その工事現場の確認や見積書の提出をしなかつたことは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によると、原告代表者が、被告会社において鋼矢板の打ち・抜き工事を行つていると考えた主な根拠は、被告会社と同様な建設機材のリース業を行つている他の会社で、建設工事の請負もしている例があることによると認められるが、右のことから直ちに被告会社で鋼矢板の打ち・抜き工事も行つていると即断するのは、やや軽率であり、請負代金が八〇〇〇万円位に及ぶという土木工事の発注を受けるに当たり、被告木村の職務権限や工事の存否について、被告会社に何ら確認せず、単に被告木村の言だけを信用したことについても、原告に相当の過失があるというべきである。

しかし、使用者責任が否定される相手方の重過失は、不法行為法の理念である損害の公平な分担の見地からすると、故意に準ずる程度の重大な過失を必要とすると解するのが相当であるところ、前記認定の諸事情からみて、右に述べた原告の過失は、損害賠償の範囲を定めるに当たつて過失相殺の事情とはなりえても、いまだ被告会社の使用者責任を否定する重大な過失には該当しないというべきであり、他に右重大な過失が原告にあつたことを認めるに足りる証拠はない。

次に、<証拠>によれば、被告木村が、昭和五二年四月に営業課長を解職されたのは、同被告に営業のセンスに欠ける点があつたとの理由によるものであり、被告会社では右解職の際同被告に営業課長の名刺を返還させる措置をとり、また、被告会社代表者は、日頃から従業員に取引先との飲食等を慎むよう指導することを心掛けていたことが認められる。

しかし、被告木村が、原告代表者や訴外佐々木英光に営業課長の名刺を渡したことは、既に認定したとおりであつて、右の事実からすれば、被告木村に対する名刺の回収措置は、不十分なものであつたということができ、また、被告会社代表者の従業員に対する指導も、結局、被告木村が頻繁にわたり原告代表者と飲食をし、しかも、その間被告会社代表者がこれに気づかなかつた点等からすると、不十分のそしりを免れず、他に、被告会社代表者が、被告木村の選任、監督に相当の注意をしていた事実を認めるに足りる証拠はない。

従つて、被告会社の抗弁は、いずれも理由がない。

四進んで、被告木村の不法行為によつて原告に生じた損害について検討する。

1  飲食饗応に要した費用

<証拠>によれば、原告は、被告木村に対する飲食饗応の費用として、金五五万三六三〇円を要したことが認められ、原告の主張中右金額を超える部分については、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

2  機械及び要員の待機による逸失利益

<証拠>によれば原告は、被告木村の行為によつて被告会社から工事の発注を受けられるものと誤信した結果、原告の主力建設機械であるクローラークレーン二台とバイブロハンマー二台及びその要員を、遅くとも昭和五五年二月八日以降他の工事受注をしないで待機させる措置をとり、他の工事の申込も現実にあつたが断つて待機を続け、同年五月一〇日過ぎころに事実が判明した後も、直ちにはこれらの機械及び要員を稼働させることができず、少なくとも同月二〇日までの一〇三日間にわたり右機械類を遊ばせることを余儀なくされたこと、右機械類の稼働能力は、一日当たり、平均八・五メートルの鋼矢板を一六〇枚は打ち込むことができ、昭和五五年当時の鋼矢板の打ち込み単価は、一メートル当たり四五〇円を下らなかつたから、一日の平均売上は六一万二〇〇〇円を下らず、また、右機械類の年間を通じた稼働率は、少なくとも五割を下回ることはなかつたから、前記一〇三日から原告の休業日を控除した残日数九四日の五割に当たる四七日に六一万二〇〇〇円を乗じた二八七六万四〇〇〇円が逸失した売上であること、他方、右機械類を稼働させるには、売上単価の一割程度の燃料費等の経費を必要とし、また、原告は、前記待機期間中に要員の一部を他の仕事に充て、これにより一二〇万円の収入を上げたから、右経費と収入を逸失した売上金額から控除すると、残余は二四六八万七六〇〇円となること、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  従つて、被告木村の前記不法行為による原告の損害は、右1、2の合計金二五二四万一二三〇円であるということができる。

五ところで、被告会社の前記抗弁1についての判断で認定したとおり、被告木村の前記不法行為については、原告代表者にも取引上払われるべき注意を怠つた過失が認められ、これに加えて、原告代表者が、被告木村の述べた工事開始時期を過ぎて約三か月もの間、被告会社に着工が遅れている事情等につき詳細な問い合わせもせず、漫然と被告木村の言のみ信用して機械及び要員の待機を続けたことも、損害の拡大について、原告側に過失があつたというべきである。

そして、右に述べた事情を勘案すると、被告会社の関係では原告の損害から、五割を過失相殺するのが相当であり、被告会社は、原告に対し、前記損害の五割に当たる金一二六二万〇六一五円を賠償すべきである。

六そうすると、被告らに対する損害賠償請求は、被告木村に対し金二五二四万一二三〇円、被告会社に対し金一二六二万〇六一五円及びこれらに対する訴状送達の翌日である昭和五六年三月一八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

第三結論

以上によれば、原告の請求は、被告会社に対し、請負代金として、金四二万円及びこれに対する昭和五六年三月一八日から完済に至るまで年六分の割合による金員、損害賠償として、金一二六二万〇六一五円及びこれに対する昭和五六年三月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求め、被告木村に対し、金二五二四万一二三〇円及びこれに対する昭和五六年三月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官寺尾 洋)

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