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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)3086号 判決 1983年3月28日

原告 佐藤テツヨ

<ほか三名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 野口国雄

同 小島洋祐

被告 大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 反町誠一

右訴訟代理人弁護士 加藤了

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告佐藤テツヨに対し金七一五万〇、八一四円、原告佐藤嘉将、同佐藤和生及び同佐藤良次に対し各金四二八万三、〇六二円及びこれらに対する昭和五六年三月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告テツヨは訴外亡佐藤嘉雄(以下「訴外亡嘉雄」という。)の配偶者、原告嘉将は長男、同和生は二男、同良次は右訴外人の前婚姻の配偶者であった訴外亡佐藤清子との間に生まれた長男であって、いずれも訴外亡嘉雄の相続人である。

2  原告嘉将は、昭和五四年三月二四日午後七時二三分ころ、岩手県一関市赤荻字松木二二九番地の一付近の東北縦貫自動車道において、普通乗用自動車(埼三三さ一一六三号。以下「本件車両」という。)を運転中、ハンドル操作を誤まり道路脇のガードレールに本件車両を激突させ、そのため同車に同乗していた訴外亡嘉雄が頸髄完全横断に基づく中枢性呼吸麻痺により死亡した。

3  本件車両の保有者は訴外古賀賢二であるところ、被告は、右訴外人と本件車両につき自動車損害賠償責任保険契約を締結しており、原告らに対し本件事故による訴外亡嘉雄の損害について自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条一項に基づく責任を負っている。

4  損害

(一) 治療費金二万六、二二〇円

原告テツヨが訴外医療法人三神病院に支払った。

(二) 葬儀費金七〇万円

原告テツヨが負担し支払った。

(三) 逸失利益金九九七万一、九三七円

訴外亡嘉雄は永年有限会社ニッポン衣料を経営していたが、その収入は少くとも死亡時の年齢である六二歳の賃金センサスによる年齢別平均給与額を下らないから、右給与額を収入の基準とし、就労可能年数七年(新ホフマン係数五・八七四)、生活費割合三割として計算すると、その逸失利益は金九九七万一、九三七円になる。(計算式二〇万二、一〇〇×〇・七×一二×五・八七四=九九七万一、九三七)

(四) 慰謝料金一、〇〇〇万円

訴外亡嘉雄は一家の支柱であり、妻である原告テツヨ、当時未成年者であった原告嘉将及び未成年者である原告和生の三名は右訴外人の生計に依存していたのであり、これらの事情からすると、右訴外人の死亡による慰謝料は金一、〇〇〇万円が相当である。

5  以上のとおり、損害金合計は金二、〇六九万八、一五七円になるところ、自賠責保険の死亡による保険金限度額は金二、〇〇〇万円であるから、これを相続分に応じて配分した額(ただし、前記4(一)、(二)は原告テツヨ分であり、まずこの金額を同原告に割り当てる。)、すなわち、原告テツヨは金七一五万〇、八一四円、その余の原告らは各金四二八万三、〇六二円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五六年三月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実中、本件車両の所有者である訴外古賀と被告間に本件車両につき自賠責保険契約が締結されていたことは認めるが、後述のとおり、右訴外人の運行供用者責任を前提にする自賠責保険金請求の主張については争う。

3  同4の事実はいずれも不知。

4  訴外亡嘉雄は、次に述べるとおり、本件事故当時、本件車両について運行供用者たる地位にあったものであり、その運行支配、運行利益の程度は、訴外古賀のそれが間接的、潜在的、抽象的であるのに対比して、直接的、顕在的、具体的であったのであるから、訴外亡嘉雄が自賠法三条の「他人」に該当しないことは明らかである。

すなわち、本件車両は、訴外亡嘉雄の個人企業である訴外有限会社ニッポン衣料が購入する予定で、本件事故発生の三日前ころ原告嘉将を通じて所有者である訴外古賀から無償で借り受けていたものであり、仮に、万一右訴外会社ではなく、原告嘉将が借り受けたものとしても、本件事故は、訴外亡嘉雄が同人の経営する右訴外会社の業務遂行のため、秋田県仙北郡等に赴くべく、当時起居を共にし家業の縫製業を手伝わせていた未成年の実子である原告嘉将から本件車両を転借してこれを運転させ、後部座席にて指揮監督しているさ中に発生したのであるから、いずれにしても訴外亡嘉雄の本件車両に対する運行支配、運行利益は、訴外古賀のそれと比べ直接的、顕在的、具体的なのである。

三  被告の主張に対する原告らの反論

本件車両は、原告嘉将が訴外古賀との売買の話に基づき、訴外古賀から試乗の目的で借り受けたものであり、被告主張の訴外有限会社ニッポン衣料が購入する予定であった事実はない。また、本件車両の事故時の運行については、もともと訴外亡嘉雄が右訴外会社の業務遂行のため列車で秋田県に赴くことに決っていたところ、たまたま本件車両を借り受けた原告嘉将がこれを知り、試乗の目的で本件車両を運転するので秋田県に送って行こうということになって、訴外亡嘉雄が本件車両に同乗するに至ったものである。したがって、訴外亡嘉雄は、単なる同乗者にすぎず、原告嘉将から本件車両を転借したわけではないのであって、本件車両の運行を支配管理し、原告嘉将の運転を指揮監督していたことはないから、訴外亡嘉雄が本件車両の運行供用者になることはない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告が本件車両の所有者である訴外古賀との間で本件車両につき自賠責保険契約を締結していたことは、当事者間に争いがない。

三  本件は、訴外古賀の保有者責任を前提に自賠法一六条一項に基づき、保険会社に対し損害賠償額の支払を求めるものであるところ、被告は、訴外亡嘉雄もまた本件車両の運行供用者たる地位にあったものであり自賠法三条の他人性がないと主張する。

そこで、本件車両の事故に至るまでの経緯等についてみてみるに、前記争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、

1  原告嘉将(昭和三四年五月一四日生)は、昭和五三年三月高等学校を卒業後、一時衣料品販売の会社に勤めたが、昭和五四年一月からは実父である訴外亡嘉雄のもとで同人の経営する訴外有限会社ニッポン衣料の従業員として、訴外亡嘉雄の仕事を手伝っていたこと、当時、原告嘉将は、両親及び弟が居住する自宅の前にアパートを借りていたが、生活関係は、右訴外会社から見習いとして一か月金一三万円位を受け取るほかは両親に依存していたこと。

2  本件車両(外車、マーキュリークーガー四七年式)は訴外古賀の所有するものであったが、原告嘉将は、昭和五四年二月ころ、友人を介し訴外古賀が本件車両を売却したい意向であることを知り、これを買い受ける方向で訴外古賀との間に売買代金の交渉を進めていたこと、本件事故の前日ころ、原告嘉将は、本件車両を試乗のために訴外古賀から借り受けたが、その際訴外有限会社ニッポン衣料所有のワゴン車を代車として訴外古賀に提供したこと。

3  原告嘉将は、本件車両を借り受けたころ、訴外亡嘉雄が同年三月二四日に前記訴外会社の業務遂行(右訴外会社の下請をする縫製工場を秋田県仙北郡千畑村に設立したのでその従業員採用のための面接等)の用件で、秋田県に列車を利用して赴く予定であることを知り、本件車両を運転したい気持から訴外亡嘉雄に本件車両で行くように勧めたこと。

4  訴外亡嘉雄は、原告嘉将の勧めもあって本件車両で行くことを承知し、同年三月二四日午後一時半ころ、原告嘉将の運転で、他に前記訴外会社従業員(工場長)訴外大村哲雄を同乗させ、秋田県に向け出発したこと、原告嘉将は、本件車両を運転して東北縦貫自動車道を一路北上し、いったん福島県安達太良のサービスエリアで休憩し、同所を出発するときは、訴外亡嘉雄が運転にあたったが、約三〇分ほどして再び原告嘉将に運転を交替したこと、途中、訴外亡嘉雄は、原告嘉将の運転に対し、数回にわたり速度が早すぎる等の運転上の注意を与えていたこと、その後、原告嘉将は、ハンドル操作の誤りにより本件事故を惹起したこと、なお、本件車両の秋田県までのガソリン代、高速道路料金等はすべて訴外亡嘉雄が負担することになっていたこと。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する乙第一号証の五三(特に、本件車両を訴外会社が買う予定で借り受けた旨の供述記載部分)及び原告嘉将本人尋問の結果(特に、訴外亡嘉雄が本件車両を運転したのは一〇分か一五分位との供述部分)は関係証拠に照らして採用し難く、他に前記認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

四  前記認定事実をもとに考えてみるに、訴外古賀が本件車両の保有者として自賠法三条の「他人」に対し損害賠償の責任を負うべきは当然であるが、本件事故時における本件車両の具体的運行をみてみると、本件において訴外亡嘉雄が右の「他人」にあたることを主張することは許されないといわなければならない。

なぜなら、本件車両を買い受ける予定であったのが原告嘉将であったにしても、本件事故時の運行はもっぱら訴外亡嘉雄の経営する訴外会社の業務のためのものであり、東京からはるばる秋田まで赴く際の事故であるうえ、原告嘉将は当時未成年者であり、生活関係が未だ実父である訴外亡嘉雄に依存していた関係にあったのであるから、本件事故時における本件車両の運行支配、運行利益が訴外亡嘉雄にあったことは否定できず、同人が単に原告嘉将の同乗者であったとは到底認められない。したがって、訴外亡嘉雄は、本件車両の運行供用者たる地位にあったものというほかなく、しかも、前記認定事実からすると、本件事故時における本件車両の運行支配は、所有者である訴外古賀が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、訴外亡嘉雄のそれが直接的、顕在的、具体的であったと認められる。

そして、共同運行供用者相互間においては、具体的運行に対する支配が直接的、顕在的、具体的な者は他方に対し、自賠法三条の「他人」であることを主張できないと解されるから(最高裁昭和五〇年一一月四日判決、民集二九巻一〇号一五〇一頁)、本件において訴外亡嘉雄は訴外古賀に対し、右の「他人」であることを主張することは許されないのである。

五  よって、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田聿弘)

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