東京地方裁判所 昭和56年(ワ)3698号・昭56年(ワ)4713号 判決
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【説明】
当事者の主張は、次のとおり。
「一 請求原因
(昭和五六年(ワ)第三六九八号事件について)
1 被告は、原告谷野進(以下、原告進という。)に対し、別紙債務目録(二)、(三)記載の各債権を、また原告谷野清美(以下、原告清美という。)に対し、同目録(一)、(三)記載の各債権を、それぞれ有すると主張している。
2 しかしながら、原告らは右のような債務を負つていない。
(昭和五六年(ワ)第四七一三号事件について)
3 原告らは別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という。)につき、それぞれ二分の一の共有持分を有している。
4 ところが、本件建物について、右各持分につき被告のため別紙登記目録記載の各登記が経由されている。
(結び)
5 よつて、原告らは、被告に対し、前記各債務の存在しないことの確認と、それぞれの共有持分権に基づき、各持分についての前記各登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因2の事実を争い、その余は全部認める。
三 抗弁
(昭和五六年(ワ)第三六九八号事件について)
1 被告は、原告清美との間で、昭和五四年五月一六日、別紙債務目録(一)記載の消費貸借契約(以下、本件消費貸借契約という。)を締結し、同日同原告に内金三五〇万円を、また、翌一七日、訴外深澤清二(以下、深澤という。)を通じて同原告に残金三五〇万円以上合計金七〇〇万円を貸渡し、昭和五五年二月六日、右目録記載の金銭消費貸借契約公正証書を作成した。
2(一) 原告清美は、本件消費貸借契約締結の際、原告進を代理して、被告との間で右契約に基づく原告清美の債務について別紙債務目録(二)記載の連帯保証契約(以下、本件連帯保証契約という。)を締結し、同じく公正証書を作成した。
(二) 原告進は、原告清美に対し、本件連帯保証契約の代理権及び後記根抵当権設定契約締結の代理権を与えた。
(三) 仮に、右代理権授与が認められないとしても、民法一一〇条の表見代理が成立するから原告進は右契約上の責任を免れない。すなわち、
(1) 原告進は、原告清美に対し、本件連帯保証契約の締結に先立ち、本件建物敷地の地主との間の借地契約を締結する代理権及び本件建物について火災保険契約を締結し、第三者のために同保険金請求権の上に質権を設定する代理権を与えていた。
(2) 被告は、本件連帯保証契約締結に際し、原告清美が原告進を代理する権限を有するものと信じ、かつ被告が、かく信じたことについて次の通り正当事由がある。
(イ) 原告らは夫婦であり、本件建物内で共同して焼鳥屋及び写真材料店を経営していた。
(ロ) 原告清美は、被告に対し、本件連帯保証契約締結に際し、原告進が連帯保証人となることを承諾している旨述べた。
(ハ) 原告清美は、右契約締結に際し、原告進の実印、印鑑証明書及び本件建物の権利証を所持していた。
(四) 仮に右表見代理が認められないとしても、原告進は、被告に対し、昭和五五年二月二三日、本件連帯保証契約を口頭で追認する旨の意思表示をした。
(昭和五六年(ワ)第四七一三号事件について)
4 (一)原告清美は、本件消費貸借契約締結の際、右契約に基づく自己の債務を担保するため、原告進の持分については同原告を代理し、本件建物につき左記内容の根抵当権設定契約を締結し(以下、本件根抵当権設定契約という。)、これに基づいて、別紙登記目録(一)記載の登記を経由した。
記
根抵当権者 被告
債務者 原告清美
極度額 金一、〇〇〇万円
債権の範囲 証書貸付取引による債権、手形債権、小切手債権。
(二) 原告進の原告清美に対する本件根抵当権設定契約締結についての代理権の授与、表見代理の成立、追認の主張については、本件連帯保証契約についての前記抗弁2(二)ないし(四)で述べたところと同じである。」
【判旨】
第一原告進の両事件における請求の当否について
一請求原因1、3、4の各事実は当事者間に争いがない。
二そこで抗弁について判断する。
1(本件連帯保証契約及び根抵当権設定契約の成否)
(一) 原告清美本人尋問の結果によれば、乙第一号証の原告進の署名は原告清美が代行し、その名下の同原告の印影も原告清美が同原告の印章によつて顕出したものであることが認められ、右事実に<証拠>を合わせると、抗弁1、2(一)及び4(一)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(二) しかしながら、同2(二)及び4(二)の原告進の原告清美に対する本件連帯保証契約及び根抵当権設定契約についての代理権授与の事実についてはこれを認めるに足りる証拠がない。
<中略>
(三) そこで、次に民法一一〇条の表見代理(抗弁2(三)の事実)の成否について検討する。
(1) 抗弁2(三)(1)の事実は原告清美本人尋問の結果により、同(2)の事実のうち、被告が原告清美に原告進を代理する権限があると信じたことは証人高田稔の証言によりそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(2) 進んで被告が原告清美において代理権を有すると信じたことにつき正当な事由があつたどうかについて判断するに、抗弁2(三)(2)の(イ)及び(ハ)の事実は当事者間に争いがなく、また、同(ロ)の事実は、原告清美本人尋問の結果によりこれを認めることができる。
しかしながら、一方、<証拠>によれば、深澤は、本件消費貸借契約の締結に先立ち、被告に対して深澤が実質上の経営者となつている訴外三協建設株式会社(代表取締役原告清美)の運転資金の融資申込をしたところ、金融業者である被告から銀行と当座取引のあることが融資の条件とされたこと、しかし当時右訴外会社では当座取引ができなかつたことから当座取引があり訴外会社の代表取締役でもある原告清美に依頼し同原告を借主として融資を受けることになつたものであり、被告は、右のいきさつを承知していたこと、そして被告は、深澤が持参した右訴外会社の登記簿謄本によつて原告進が同社の役員でないことを知つていたか、知らないとしても容易に知ることができたこと、本件建物は、原告ら経営の焼鳥屋及び写真材料店の営業及び居住内のものであり、被告の従業員高田稔は、本件連帯保証契約及び根抵当権設定契約の締結に先立つて本件建物の調査に行きその際、原告進に右契約締結についての承諾の有無を確認しなかつたこと、また、右契約締結の際には被告側の立会人として大村弁護士が立会つたが、同人は原告清美に対しては、同進の承諾の有無を確認したが、原告進に対しては何らの確認方法も講じなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
以上の事実に照らして考えると、契約締結に際し原告清美が夫である同進の実印、印鑑証明書及び権利証を所持していたとしても、妻が夫の実印等を権限がないのに所持することは、家庭内における実印等の一般的な保管状況からいつてままありがちなことであり、特に本件においては、右認定の契約に至る経緯、貸金の使途、本件建物の使用状況からして、原告清美の代理権限について疑いをいだき慎重に調査を要すべき事情があり、かつ、原告進の意思を容易に確認することができたのに、それを怠つたり、原告清美の言を軽信したことは、金融を業とする者としていささか軽率の謗りを免れ難いから、被告において、原告清美に、同進を代理する権限があると信ずべき正当の理由があつたということは到底できず、他に右正当の理由を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被告の表見代理の主張は理由がなく採用できない。
(山口和男 佐々木寅男 藤井敏明)