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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)400号 中間判決 1982年9月27日

原告

東京海上火災保険株式会社

右代表者

石川實

右訴訟代理人

怱那隆治

坂本紀子

被告

ケイ・エル・エム・ローヤ ルダッチエアーラインズ

右日本における代表者

ジェイ・クランス・ル・ロワ

右訴訟代理人

林田耕臣

柏木俊彦

原秋彦

主文

本件につき日本国裁判所は管轄権を有する。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金一九四六万九八六〇円及びこれに対する昭和五四年二月二七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告の本案前の申立て

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外垣内商事株式会社(以下「垣内商事」という。)は、輸出入貿易を営む会社であつて、昭和五四年一月、訴外ウォーカー・アンド・シャホン(以下「ウォーカー」という。)からその所有するイタリア製高級婦人用ハンドバッグ一一〇一個(以下「本件物品」という。)を米貨八万四八一〇ドルで買受けた。

2  同月、ウォーカーは、訴外シェンカー・イタリアナ・エス・ピー・エー(以下「シェンカー」という。)との間で次のような運送契約を締結した。

(一) シェンカーは、本件物品をイタリア国ミラノ空港から新東京国際空港まで航空運送する。

(二) 荷受人は垣内商事とする。

3  同月、シェンカーは、被告との間で2項の運送契約に基づき次のような運送契約を締結した。

(一) 被告は、本件物品をイタリア国ミラノ空港からオランダ国アムステルダム経由で新東京国際空港まで航空運送する。

(二) 荷受人は日本通運株式会社とする。

4  被告は、3項の運送契約に基づく運送のうちミラノ・アムステルダム間を、航空運送に代えて、オランダ国の運送会社から傭つたトラックにより陸上運送することとした。

5  被告は、3項の運送契約に基づき、同月一九日イタリア国ミラノ空港においてシェンカーから本件物品を受取つた。

6  右トラックは、本件物品を積んで同日午後六時四五分頃同空港を出発したが、同日午後七時から七時五分にかけて、ミラノ市内において運転手が電話をかけるためにトラックを路上に放置した間に、本件物品はトラックごと窃取され、行方不明となつた(以下これを「本件盗難事故」という。)。

7  本件盗難事故により垣内商事は、金一九四六万九八六〇円の損害を被つた。

8  本件物品の運送に先立つて、垣内商事は、原告との間で、本件物品を保険目的とし保険金額一九九九万四〇〇〇円の損害保険契約を締結した。

9  原告は、昭和五四年二月二六日、右契約に基づき垣内商事に対し保険金一九四六万九八六〇円を支払つた。

よつて原告は、被告に対し、原告が垣内商事より代位取得した債務不履行または不法行為による損害賠償請求権に基づき、金一九四六万九八六〇円及びこれに対する原告が右請求権を代位取得した日の翌日である昭和五四年二月二七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  管轄についての原告の主張

1  本件訴えは、昭和四二年条約第一一号による改正後の国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(以下「改正ワルソー条約」という。)二八条の責任に関する訴えであるから、同条一項により到達地国である日本の裁判所はこれにつき管轄権を有する。

(一) すなわち、同条約の適用を受ける運送人とは、同条約の適用を受ける運送契約を締結した者(契約運送人)ばかりでなく、右運送契約に基づき実際に運送を行う者(実行運送人)も含まれ、実行運送人が行う運送に関しては同人と荷主、旅客との間に契約関係の存在が擬制され、この間に生じた損害についての責任に関しては同条約が適用され、実行運送人は、契約運送人と連帯して同条約による責任を負うと解すべきである。

この理は、一九六一年九月一八日成立の「契約運送人以外の者によつて履行される国際航空運送についてのある規則の統一のための、ワルソー条約の補足条約」(いわゆるグァダラハラ傭機条約、一九六四年五月一日発効、日本は未批准)によつても明確にされている。

(二) そして請求原因2項の運送契約が改正ワルソー条約の適用を受けることは明らかであり、本件訴えは、右運送契約に基づいて航空運送を実行した被告に対し、その運送上の損害につき同条約一八条一項による責任を追及するものであるから、同条約二八条により運送契約上の到達地国である日本の裁判所に管轄権がある。

(三) なお、被告は、本件盗難事故は航空運送中に生じたものではない旨主張するが、請求原因2項及び3項の運送契約は、いずれも航空運送であつたにも拘らず、被告が自己の都合によつてミラノ・アムステルダム間を陸上運送に変更した結果本件事故が発生したのであつて、これがため航空運送中の事故でないとして同条約の適用を免れることは不当である。

2  仮に本件訴えについて改正ワルソー条約が適用されないとしても、条理上日本の裁判所に管轄権が認められるべきである。

(一) 国際裁判管轄について直接規定する個別の条約・法規等がない場合、条理によりこれを決すべきであるが、日本の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内に存するときは、日本の裁判所に管轄権を認めるのが条理に適うのであつて、他に格別の条件を要しない。

(二) これを本件についてみると、

(1) 被告は、日本における代表者を定め東京都に登記された営業所を有するから、民事訴訟法四条三項による裁判籍が日本国内に存する。

右営業所の存在により、被告において訴訟代理人の選任、証拠の収集その他の訴訟活動にさほどの支障はない。

仮に、本件訴えと右営業所の業務との関連性を要するとしても、右営業所の業務は日本における旅客、貨物の発着の取扱いであり、正常な運送の他、事故発生時の苦情処理も当然これに含まれているのであるから、到達地を日本国内とする運送に関する本件訴えにおいては、右営業所の業務との関連性が認められる。

(2) 被告の不法行為の結果としての損害は被害者たる垣内商事の本社所在地たる東京都で発生しているから、民事訴訟法一五条の不法行為地の裁判籍が日本国内に存する。

(三) 以上のとおりであるから条理上日本の裁判所に管轄権が認められるべきであるが、さらに、被告は世界的規模で営業活動を行つている国際航空運送会社であり、本件事故はそのような国際的業務の一環で生じたものである。したがつて、被告は世界的なネットワークを駆使して事故原因、損害状況を把握しうるのであつて、日本において訴訟を行つても被告にとつて特に不利益とは言えない。

三  被告の本案前の主張

1  日本の裁判所は本件訴えについて管轄権を有しないから、本件訴えは不適法である。

2  本件訴えに改正ワルソー条約二八条は適用されない。

(一) すなわち、同条約一条二項によれば同条約の適用される国際運送は運送契約に基づくことが必要であり、同条約は運送契約上の関係当事者間にのみ適用されると解すべきところ、原告の主張によれば、垣内商事と被告とは請求原因2項及び3項のいずれの運送契約においても契約上の関係を有しないのであるから、右両者間に同条約の適用はなく、したがつて垣内商事の被告に対する請求権を代位取得したとする原告の本件訴えには同条約二八条は適用されない。

原告はその主張の根拠としてグァダラハラ傭機条約をあげるが、同条約は改正ワルソー条約で十分規定されていない本件のような場合、すなわち荷主と契約関係に立たずに実際の運航にあたる者の荷主に対する責任について、その追及を可能にするために採択されたものであつて、改正ワルソー条約の解釈を示すものではない。

(二) 仮にそうでないとしても、右責任の要件として、その損害の原因となつた事故が航空運送中に生じたことが必要であるところ(同条約一八条一項)、原告の主張によれば、本件盗難事故は陸上運送中に生じたものであるから、右責任は生じない。

(三) 以上により、同条約二八条によつて日本の裁判所に管轄権を認めることはできない。

3(一)  本件は渉外的要素を含む紛争であり、その解決につきいずれの国の裁判所が管轄権を有するかの問題、すなわち裁判管轄の国際的規模における場所的分配(国際裁判管轄)の問題は、一国内のいずれの地方の裁判所が管轄権を有するかという国内裁判管轄とは次元を異にし、論理的に先行して決定されなければならない。

ところが、これについては改正ワルソー条約二八条のように個別に定められた場合を除き、日本の民事訴訟法上直接の明文規定はなく、よるべき一般的な条約も一般に承認された明確な国際法上の普遍的原則も未だ確立していない。

したがつて、その決定は結局当該事案につき条理、すなわちいかなる国の裁判所に管轄権を認めるが当事者間の正義・公平、裁判の適正・迅速の要請に適うかとの見地に立つて決すべきであり、この場合に、原告の主張するように単にわが民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるからといつて、当然に日本の裁判所の管轄権を肯定すべきではない。

そして本件訴えについて改正ワルソー条約二八条が適用されないこと前記のとおりであるから、条理によりその国際裁判管轄を決すべきところ、以下の各事実に照らし、日本の裁判所にその管轄権を認めることはできない。

(1) 請求原因2項及び3項の運送契約の締結地及び本件盗難事故の発生地はいずれもイタリア国ミラノ市である。

(2) したがつて、日本の裁判所においては盗難事故状況に関する証拠の収集(検証、捜査報告書の入手、証人尋問等)及び外国法人である被告の防禦活動が著しく困難となる。

(3) 被告に航空運送を委託したシェンカーはイタリア法人であり、被告からミラノ・アムステルダム間の陸上運送を引受けていたのはオランダ国の運送会社である。

(4) 原告は本件盗難事故の直接の被害者ではなく、保険代位者にすぎない。また、原告は世界的規模で営業活動を行つている損害保険会社であつて、本件損害保険契約はそのような国際的業務の一環である。したがつて、原告を特段に保護すべき事由はない。

(二)  この点に関する原告の二2(二)の各主張はいずれも失当である。

(1) 日本国内に被告営業所が存する点については、「民事及び商事外国判決の承認並びに執行に関する条約」(未批准)からもうかがえるように、外国法人が日本国内に営業所を有する場合においても、そのすべての紛争についてではなく、当該営業所の業務に関するもの、または、その業務から生じた紛争に限つて日本の裁判所に管轄権を認めるのが条理に適うところ、日本国内の被告営業所は、ミラノ・アムステルダム間の運送には関与していないから、右営業所の存在のみをもつて日本の裁判所の管轄権の根拠とすることはできない。

(2) 不法行為地に関しては、本件において、東京を不法行為地とすることはできない。

理由

一本件訴えは、原告の主張によれば、垣内商事がウォーカーから買受けた本件物品につき同商事を荷受人とするイタリア国ミラノ空港から新東京国際空港までの運送契約が締結されたが、右運送契約上の運送人からさらにその運送の委託を受けた被告が、これを実行しようとしたところ、ミラノ市内において本件盗難事故にあい、これにより垣内商事が被告に対して取得した債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求権につき原告が保険代位したとして、被告に対しその支払いを求めるものである。

そして、被告は、本案前の主張として右のような本件訴えにつき日本の裁判所は管轄権を有しないと主張するので、以下この点について判断する。

二被告がオランダ法に基づいて設立され、同国内に本店を有する外国法人であることは本件記録により明らかであるから、本件訴えは渉外的要素を含む民事訴訟法であるが、その国際裁判管轄は、個別の条約にこれについての定めがある場合は、まずそれによるべきである。

これにつき原告は、本件訴えには改正ワルソー条約二八条による国際裁判管轄の定めが適用され、日本の裁判所に管轄権があると主張するので、まずこの点につき判断する。

同条約は、一条一項により、国際運送に適用されるものであるが、右国際運送の範囲についてみるに、これを定義した同条約一条二項に「当事者間の約定によれば」との文言があること及び同条約第二章で運送契約の証拠として運送証券について規定し、運送人が同条約中運送人の責任の排除または制限に関する規定を援用するためには、運送証券の使用を必要としていること等からすると、同条約は、当事者の約定にもとづく国際運送のみを適用対象としているものと解される。

これを当事者についてみると、同条約が適用されるのは、運送契約上の関係当事者、すなわち貨物運送においては運送人、荷送人及び荷受人に限られ、したがつて運送契約を締結した運送人(いわゆる契約運送人)からさらに当該貨物の運送を委託されて実際に担当する者(いわゆる実行運送人)と右運送契約上の荷送人、荷受人との間では、同条約は適用されず、実行運送人が右両者に対し何らかの責任を負うとしても、これにつき同条約の適用はないこととなる。

この点につき原告は、実行運送人と右両者間でも、実行運送人が行う運送については同条約が適用される旨主張し、いわゆるグァダラハラ傭機条約(日本は未推准)をその根拠とする。なるほど、同条約には右主張にそう規定があるが、同条約の制定趣旨は、改正ワルソー条約には運送契約者とこれに基づいて実際に運送を行う者が同一であることを前提とした責任規定しかなく、その後生じた両者の分離という事態に対処できなかつたため、後者をも改正ワルソー条約の規定に服せしめることによりその立法的解決を図つたことにあるから、改正ワルソー条約自体の規定は、前記の如く解せざるを得ない。

そして本件においては、原告の主張によれば、垣内商事と被告の間にいかなる運送契約上の当事者関係もないのであるから、右両者間の権利義務関係につき改正ワルソー条約の適用の余地はない。

したがつて、垣内商事の被告に対する損害賠償請求権に保険代位したとする原告の本件訴えについても、同条約、なかんずく二八条の適用はなく、同条にもとづいて日本の裁判所の管轄権を認めることはできない。

そして、このほかに本件訴えの国際裁判管轄を定めた条約は見出せない。

三このように本件訴えにつき、その国際裁判管轄を個別に定めた条約はなく、しかもこの種の渉外民事訴訟の国際裁判管轄についていまだ確立された国際法上の原則はなく、わが国にも成文法上の規定はない。

このような場合に、本件訴えにつき日本の裁判所に管轄権があるか否かは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという民事訴訟の基本理念により、条理にしたがつて決するのが相当である。

そして、わが国民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが、日本国内にあるときは、わが国の裁判所で審理した場合に、前記民事訴訟の基本理念に著しく反する結果をもたらすであろう特段の事情がない限り、わが国の裁判所に管轄権を認めるのが、右条理に適うものというべきである。

ところで、被告は、外国法人ではあるが、ジェイ・クランス・ル・ロワを日本における代表者と定め、東京都千代田区有楽町一丁目七番一号有楽町電気ビルディング内に営業所を有することが、記録上明らかである。したがつてわが国民事訴訟法四条三項による裁判籍が日本国内に存する。

そこで、本件につき日本の裁判所に管轄権を認めえない特段の事情の有無を検討する。

この点に関し、被告の主張するとおり請求原因2項及び3項の運送契約の締結地及び本件盗難事故発生地がいずれもイタリア国内であること、並びに、関係者であるシェンカー及びミラノ・アムステルダム間の陸上運送に関与した運送会社がいずれも外国法人であることは、弁論の全趣旨より明らかである。

右各事実によれば、わが国裁判所で本件訴えを審理した場合、被告の防禦活動及び証拠調べに若干の不都合をきたすことも予想されないではない。

しかしながら、被告が世界的規模で営業活動を行つている国際航空運送会社であることは公知の事実であり、このような被告の企業組織をもつてすれば、日本に営業所が存し、しかも前記のシェンカーと被告の間の運送契約上到達地が日本国内の空港とされている(弁論の全趣旨により明らかである。)以上、必要な防禦活動が不可能ないしは著しく困難であるとは考えられず、若干の不都合は、被告が世界的活動によつて利益を得ていることの反面において生ずる負担として、これを受忍すべきである。

また、原告が大規模な損害保険会社であることも公知の事実ではあるが、右事実をもつて、日本の裁判所の管轄権を認めることが原被告間の公平を著しく害するとはいえない。

そして証拠調べについても、前記の如き原・被告の能力に鑑みれば、裁判の適正・迅速を著しく害するほど困難であるとは思われない。

その他特に考慮すべき事由はなく、結局前記特段の事情は認められない。

したがつて、条理上日本の裁判所に本件訴えの管轄権を認めるのが相当である。

四よつて日本の裁判所は本件訴えについて管轄権を有しないとの被告の本案前の主張は、結局理由がないというべきであるから、主文のとおり中間判決する。

(野田宏 鈴木健太 半田靖史)

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