東京地方裁判所 昭和56年(ワ)4483号
原告 全日本自治体労働者共済生活協同組合
右代表者代表理事 長尾文吉
右訴訟代理人弁護士 島林樹
同 中田利通
被告 南双葉農業協同組合
右代表者代理理事 原田長太郎
右訴訟代理人弁護士 宮原守男
同 若井英樹
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金一、四〇〇万円及びこれに対する昭和五六年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 自動車共済契約の存在
(一) 原告は、昭和五五年一一月一日訴外原田一生との間において、次の自動車共済契約を締結した。
(1) 共済契約者 訴外原田一生
(2) 被共済自動車 右契約者所有の普通小型乗用車(福島五五―二九五二)
(3) 契約の種類 対人賠償金五、〇〇〇万円、対物賠償金二〇〇万円、他車運転条項(自動付帯)、期間昭和五五年一一月一日から昭和五六年一〇月末日まで
(二) 被告は、昭和五五年三月三日訴外小山茂との間において、次の自動車共済契約を締結した。
(1) 共済契約者 訴外小山茂
(2) 被共済自動車 普通乗用自動車(福島五六ふ二二五三)
(3) 契約の種類 対人賠償金八、〇〇〇万円、対物賠償金一〇〇万円、自損事故条項(自動付帯)、期間昭和五五年三月四日から昭和五六年三月四日まで
2 事故の発生
訴外小山茂は、次の交通事故によって死亡した。
(一) 日時 昭和五五年一二月二六日午前〇時三〇分ころ
(二) 場所 福島県いわき市平下神谷字石淵六二
(三) 加害車 普通乗用自動車(福島五六ふ二二五三)
(四) 運転者 訴外原田一生
(五) 被害者 訴外小山茂
(六) 態様 訴外原田が訴外小山を助手席に同乗させて訴外小山所有の加害車を運転進行中、スピードを出し過ぎたうえ、ハンドル操作を誤り、道路右側のガードレールを突き破って自車を道路脇の事務所に衝突させたため、訴外小山に頸椎骨折、頭蓋底骨折等の傷害を与え、同人を即死させた。
3 示談の締結
訴外原田一生は、本件交通事故により民法七〇九条の損害賠償義務を負ったところ、昭和五六年三月一一日訴外亡小山茂の相続人である訴外小山清及び同小山ミツ子との間において、本件交通事故につき次のとおり示談を締結した。
(一) 訴外原田は訴外小山清及び同小山ミツ子に対し、損害賠償として金二、一〇〇万円の支払義務あることを認め、昭和五六年四月一〇日限り訴外小山らの指定する銀行口座に振込送金する。
(二) 訴外小山らは右損害金を受領した場合には、同人らの相続にかかる訴外亡小山茂が昭和五五年三月三日被告との間において、本件加害車につき締結した自動車共済契約(対人金八、〇〇〇万円、対物金一〇〇万円、搭乗者傷害五〇〇万円)自損事故条項に基づく死亡共済金一、四〇〇万円を訴外原田に債権譲渡する。
4 原告の共済金請求権の取得
(一) 訴外亡小山茂は、自己所有の前記1(二)の被共済自動車を訴外原田一生に運転させ、これに同乗していたものであるから、自ら自賠法第三条の運行供用者に該当し、同法の救済を受けられない立場にあったのである。したがって、訴外亡小山茂の相続人訴外小山清及び同小山ミツ子は、前記1(二)の自動車共済契約自損事故条項三条に基づき、被告に対し死亡共済金一、四〇〇万円の共済金請求権を取得した。
(二) 原告は、前記1(一)の自動車共済契約に基づき、昭和五六年三月一九日訴外原田一生のために前記3の示談による損害金二、一〇〇万円を支払ったところ、訴外小山清及び同小山ミツ子は、前記3の示談契約に基づき、同月二四日訴外原田一生に対し右死亡共済金の債権を譲渡し、同日到達の書面をもって被告にその旨通知し、更に訴外原田一生は、同年八月二二日原告に対し右死亡共済金の債権を譲渡し、同日到達の書面をもって被告にその旨通知した。
5 よって、原告は被告に対し、死亡共済金一、四〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五六年五月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。ただし、訴外小山清及び同小山ミツ子からその主張の日に債権譲渡の通知のなされたことは認める。
三 抗弁
1 訴外亡小山茂と被告間の自動車共済約款自損事故条項には次のような規定がある。
「第三条六項組合は、共済金の支払事由が生じた場合で、他人に損害賠償の請求ができるときは、前項までの規定により算出した額から、他人から受けとることができる損害賠償金の額(すでに取得した損害賠償金の額を含みます。)を差し引いた額を共済金として支払います。
第七条 組合は、被共済者が第三者に対し損害賠償の請求をすることができる場合で、自損事故共済金を支払ったときは、その支払った金額の限度において、被共済者の権利を害さない範囲内で、被共済者がその者に対して有する権利を取得します。」
3 したがって、被告としては、被共済者の相続人に対し自損事故共済金を支払って、右約款第七条の規定に基づき、訴外原田一生に対し同共済金相当額の求償をするかあるいは右約款第三条六項の規定の適用をするかのいずれかであったところ、被共済者の相続人は前者の共済金の支払を求めず、訴外原田一生から損害賠償金二、一〇〇万円を受領したのであるから、被告は、被共済者の相続人に対し自損事故共済金の支払を免れる筋合である。
原告主張の債権譲渡にかかる債権は、右約款上すでに消滅している自損事故共済金請求権であって、被告は、民法第四六八条第二項により右事由をもって譲受人に対抗できるものというべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁1の事実は認め、同2の主張については争う。
なお、被告主張の自損事故条項第三条六項の「他人」には、同第二条の規定する被共済者の範囲である被共済自動車の保有者、運転者及び搭乗者は含まれないと解すべきである。けだし、もともと自損事故条項は自賠法第三条による損害賠償責任を負担するものが存在しない場合の救済を目的としたものであり、右のように解さないと本件のような場合を救済できなくなり、その制定の趣旨に反するからである。
五 再抗弁
被告主張の自損事故条項第三条六項、第七条は、次に述べるとおり民法第九〇条に反し無効である。
すなわち、第一にいわゆる自損事故保険制度は昭和五一年一月一日以降、自車(被保険自動車)及び相手車に付保されている自賠責保険(責任共済、政府保障事業を含む。)がともに支払われない自動車事故によって被害者(被保険者)が被った死傷による損害の救済を目的として創設されたものであり、本件事故のように、保有者が友人に運転をさせて走行中、運転者が誤って自損事故を発生させ保有者が死傷した場合を含め、自賠法第三条に基づく損害賠償請求権を発生させないケースを広く救済してきたことは顕著な事実である。しかるに、右第三条六項は、「他人に損害賠償の請求ができるとき」は「他人から受けとることができる損害賠償金の額を差し引く」としており、しかも「他人」とは、同第二条に規定する被共済者の範囲にかかわらず、当該自損事故によって死傷した被共済者以外の者を指すというのであるから、本件のような場合が救済されない結果となり、自損事故条項創設の趣旨に悖ることになること、第二に、自損事故条項は一般に定額給付型傷害保険の一種であり、基本的には被保険者の実損を填補するものではなく、保険料の対価として保険事故があった場合に独立して定額給付の請求権が発生する生命保険契約に類似しているものと理解されているのであって、この種の約款には明示的に保険者代位を否定しているのが普通である。しかるに、被告は、自損事故条項を定額給付型傷害保険の一種と位置づけながら、他方、代位求償規定(第七条)を創設し定額の共済金から損害賠償額を控除(第三条六項)するなど、損害填補型(不定額給付型)の共済契約として運用し、被共済者の経済的犠牲の上にひとり被告共済の利得を計ろうとしていること、第三に、被告共済のような自損事故条項はわが国の自動車保険及び自動車共済に例をみないものであり、被告共済にかかる自動車契約台数は昭和五五年現在三八一万台になり、年間収益九四〇億円を挙げた損保会社二〇社の自動車保険総収入の約一〇パーセントに相当する市場占有率を有していることを考えると、政策的にも座視できないこと、以上を総合すると、被告主張の自損事故条項第三条六項、第七条は不当であり民法第九〇条に反するというべきである。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁の無効の主張は争う。
自損事故条項が定額支払方式を採用しているからといって、生命保険に準ずる傷害保険であるというドグマは存在せず、定額支払方式であって損害保険の性質をもつ傷害保険があっても理論上おかしくはない。また、本件第三条六項の規定だけに着目すれば保険会社の約款より不利益であるが、約款が民法第九〇条に違反するかどうかは約款の全体の規定からみて著しく不合理である場合でなければならないところ、保険約款と共済約款とを全体的にみれば、ある面では共済約款の方が有利であって保険約款の方が不利な場合もあり、保険料率と共済掛金料率との差異も考えると、約款の内容がすべて同じでなければならないというドグマも存在しない。
のみならず、原告と密接な関係組織である全国労働者自動車共済生活協同組合連合会においてさえ、今日右第三条六項の一面の合理性を認めて、同趣旨の規定を新規に採用しようとしているのである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)の事実中、訴外小山清及び同小山ミツ子から原告主張の日に債権譲渡の通知のなされたことは当事者間に争いがなく、その余の事実については《証拠省略》によってこれを認めることができる。
三 被告の自動車共済約款自損事故条項には、抗弁1のとおりの規定があることは当事者間に争いがない。
本件の争点は、右約款第三条六項に規定された「他人」の解釈及び同第三条六項、第七条の規定が民法第九〇条に反するか否かであるので、まず自損事故条項創設の経緯、被告が右各規定を設けた趣旨等についてみるに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
1 かねてより自動車保険制度において最も保険による保護が薄いと考えられる自損事故の被害者を救済する方途が検討されていたところ、任意保険の損保会社は、昭和五〇年一二月大蔵大臣に対し、「自動車保険事業方法書、自動車保険普通保険約款ならびに自動車保険保険料および責任準備金算出方法書の変更申認可請書」を提出し、そのなかで自損事故条項の新設を、次のような理由を付して申請した。「保険審議会においても指摘されている、自損事故による被害者の救済を図るため、自損事故条項を新設します。この条項は、自賠法第三条による救済を受けられない自損事故によって被害を受けた被保険者に対して、保険金を定額で支払うもので、自動車保険、自家用自動車保険、自動車運転者損害賠償責任保険および英文自動車保険の対人賠償保険に自動付帯することとします。この条項によって担保される事故は、次のような場合です。
(イ) 加害自動車の保有者または運転者が被害者である場合
(ロ) 電柱に衝突、崖からの転落などの単独事故によって被保険自動車に搭乗中の被保険者が被害を被った場合
(ハ) 被保険自動車に搭乗中の被保険者が、他の自動車との事故により被害を被った場合で、相手方が自賠法第三条の無責三条件を立証し、相手方に損害賠償責任が発生しない場合」
2 右自損事故条項の新設が認可されるや、昭和五一年一月一日から損保会社の自動車保険及び原被告等の自動車共済において一斉に自損事故条項が約款に採り入れられ、対人賠償に自動的に付帯されることになった。
自損事故条項による給付は、自動車保険及び自動車共済とも実損填補方式ではなく、定額支払方式を採用しているところ、いずれも被保険者(被共済者)の範囲は被保険(被共済)自動車の保有者、運転者、搭乗者とし、現在の被告の自損事故条項第三条六項のような他に損害賠償義務者がいる場合の調整規定は設けず、また自動車保険では特に第三者に対する損害賠償請求権の代位求償を明示的に否定する規定を設けた。
3 ところで、被告共済では、自賠法第三条による損害賠償債務を負う者がいない場合でも、民法第七〇九条による損害賠償債務を負う者がいて、その者の任意保険から賠償金が得られるのに、更に二重に自損事故条項の共済金を取得できるとすることは不合理であると考え、昭和五四年三月二六日所管の農林水産大臣に対し、「共済約款の変更について(承認申請)」を提出し、そのなかで現行の自損事故条項第三条六項、第七条の規定の新設を申請した。
右申請は同月三一日承認され、被告共済では同年四月一日から右各規定の適用に踏み切った。
なお、損保会社の自動車保険及び他の自動車共済では、被告共済のような調整規定、代位規定を設けていないが、原告と密接な関係組織である全国労働者自動車共済生活協同組合連合会(将来原告の再共済をすることが構想されている。)においては、昭和五六年一一月二九日の第九回通常総会において、自損事故条項のなかに、代位求償は明示的に否定するものの、被告の右第三条六項と同旨の調整規定を設けることが検討されている。
四 前認定の事実に基づいて検討する。
1 原告は、被告の自損事故条項第三条六項に規定された「他人」には、同第二条の被共済者は含まれないと主張する。しかし、前認定のとおり、被告が右規定を設けた趣旨からすれば、「他人」とは、自損事故共済金請求権を取得した具体的な被共済者からみて、それ以外の者を指すと解されるのであり、第二条の被共済者の範囲に含まれる者が一律に他人から除かれるとするのは相当でない。したがって、第二条の被共済者の範囲に含まれる者が「他人」になることもあり得るわけである。
(もっとも、右のように解すると、被共済自動車の運転者及び同乗していた保有者がともに運転上の過失によって死傷した場合には、運転者は具体的な被共済者の立場と「他人」の立場とを併せもつことになり、自らは自損事故共済金を取得することができるが、一方、保有者は運転者に対し民法第七〇九条の損害賠償請求権を有する結果、自損事故共済金を取得できないことも理論上でてくると思われる。この場合、運転者に資力がなく、かつ任意保険もないとすると、極めて不合理な結果を招来するが、この点は後述する。)
2 次に被告の自損事故条項第三条六項、第七条が民法第九〇条に反するか否かについて判断するに、当裁判所は、次に述べるとおり、少くとも本件のような場合には、右各規定が民法第九〇条に違反するものではないと考える。
すなわち、原告は、第一に、右各規定は自損事故条項創設の趣旨に悖ると主張する。確かに、自損事故条項新設の目的が自賠責保険(責任共済、政府保障事業を含む。)からの支払を受けられない自損事故の被害者を救済することにあったことは前認定のとおりであるが、自損事故の被害者が他人から現実に損害賠償金の支払を受け取ることができる場合にも、なお二重に自損事故条項保険金(共済金)を取得することまで積極的に容認し、かつその調整をすることを禁じていたとは到底考えられない。原告は、第二に、自損事故条項は定額給付型傷害保険として生命保険に類似するものであるから、調整規定や代位規定は不当であると主張する。確かに、自損事故条項は定額給付型であって、実損を填補するものでないことは明らかであるところ、一般に定額給付型保険の場合には学説上損害賠償請求権の代位を否定する考え方があり、損保会社の自損事故条項では調整規定を設けられておらず、かつ代位は明示的にこれを否定している。しかし、そのような考え方が、定額給付型保険に調整規定や代位規定を設けた場合、これを直ちに民法第九〇条に反するといういうのは定かでない。当裁判所は、自損事故条項が定額給付型であることからいわゆる生命保険的性質が強いことは否定できないと考えるものの、前認定の自損事故条項新設の経緯、被告が調整規定、代位規定を設けた趣旨等に鑑みると、右各規定をもって民法第九〇条に反するとまではいえないと考える。原告は、第三に、被告共済のみが調整規定、代位規定を設けており、その市場占有率からいっても不当であると主張するが、政策的な当否の問題はさて措き、他に同旨の規定がないからといって、右各規定が民法第九〇条に反することにはならない。
以上のとおり、被告の自損事故条項第三条六項、第七条は、自損事故被害者に対する二重支払を防止する趣旨で適法と認められ、まさに本件のような場合にその適用をみることになる。
(なお、付言するに、右第三条六項の問題点は、前記四1で指摘したように、損害賠償債務を負う「他人」が資力なく、かつ任意保険もない場合の処理如何である。この点について、《証拠省略》によれば、被告共済の保険実務としては、右第三条六項の適用は慎重に行うべきであるとされており、損害賠償債務を負う「他人」が何らかの保険(共済)に加入しており、かつその保険(共済)で有責処理される場合に限定して適用することにしていることが認められる。右のとおりに処理されれば問題はないと思われるが、仮に「他人」から現実に損害賠償金の支払を受けられる見込がない場合に、右調整規定が適用される事態になれば、その限りにおいて民法九〇条に反するとの判断を受けることはあり得ると思われる。もっとも、この点は本件の結論を左右するものではない。)
五 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 武田聿弘)