東京地方裁判所 昭和56年(ワ)5064号
原告
田中吉詞
右訴訟代理人弁護士
宮山雅行
同
大口善德
被告
日本検査株式会社
右代表者代表取締役
小池輝一
右訴訟代理人弁護士
新壽夫
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告と被告との間に雇用契約関係が存在することを確認する。
2 被告は原告に対し、金七九四万四三九〇円並びに昭和五八年二月二一日以降毎日二五日限り金三四万六一〇〇円づつを支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言(第2項につき)
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
被告は、主として鉄鋼・原材料等の品質検査・吃水検査及びサンプリング等の諸検査、並びに港湾運送事業法に基づく鑑定及び検量等を目的とする会社である。
原告は、昭和四六年七月被告に入社し、海事鑑定人としで稼働していたものである。
2 被告は、昭和五六年三月一九日原告との雇用契約は終了したとして、翌日以降原告を社員として扱わない。
3 賃金等
原告は、被告に対し昭和五六年三月二〇日以降次のとおりの賃金、償(ママ)与の請求権を有する。
(一) (賃金)
(1) 昭和五六年三月二〇日から同月三一日の間の原告の賃金は、当時の月額賃金三〇万四九〇〇円の一二日分一二万一九五九円となる。
(2) 昭和五六年四月一日から同五七年三月三一日までの間の原告の賃金は、当時の月額賃金が三二万六二〇〇円であるから、一二か月分として三九一万四四〇〇円となる。
(3) 昭和五七年四月一日から同五八年二月二〇日までの間の原告の賃金は、当時の月額賃金が三四万六一〇〇円であるから、その三二六日分として三七〇万九四三三円である。
昭和五八年二月二一日以降の原告の賃金額は、三四万六一〇〇円である。
(4) なお賃金は、毎月二〇日締切、二五日払いであった。
(二) (償与)
被告では、償与は年二回支給され、夏期償与は毎年七月一五日に、冬期償与は毎年一二月一〇日に支給されている。償与の計算は本給に社員平均支給率及び参事加算率を乗じて算出される(但し、百円未満は切り上げ)。
(1) 昭和五六年の原告の夏期償与は、本給二四万二七〇〇円に社員平均支給率二・三八四、参事加算率一・四を乗じ、百円未満を切り上げて八一万一〇〇円となる。
(2) 原告の同年冬期償与は、右本給に、社員平均支給率二・八五二、参事加算率一・四を乗じた額に九〇〇〇円を加算し、百円未満を切り上げた九七万八一〇〇円となる。
(3) 昭和五七年の原告の夏期償与は、本給二六万四〇〇〇円に社員平均支給率二・二一六、参事加算率一・四を乗じ、百円未満を切り上げた八一万九一〇〇円となる。
(4) 原告の右同年冬期償与は、右本給に社員平均支給率二・八六八、参事加算率一・四を乗じた額に九〇〇〇円を加算し、百円未満を切り上げて一〇六万九一〇〇円となる。
(三) (中間収入)
原告は昭和五六年四月一日から同五八年二月二〇日までの間に、失業保険金として合計二四三万八二〇〇円の給付や、他所で稼働し賃金、償与として合計一〇三万九六〇二円の収入を得た。
(四) したがって、被告は原告に対し、昭和五六年三月二〇日から同五八年二月二〇日までの未払賃金合計七七四万五七九二円及び、未払償与合計三六七万六四〇〇円合計一一四二万二一九二円から中間収入合計三四七万七八〇二円を控除した金七九四万四三九〇円及び昭和五八年二月二一日以降毎月二五日限り月額三四万六一〇〇円の賃金を支払う義務がある。
4 よって、原告は被告に対し、原告が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認、及び未払賃金、償与合計七九四万四三九〇円並びに昭和五八年二月二一日以降毎月二五日限り金三四万六一〇〇円の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2の事実は認める。同3の事実のうち、(一)(賃金)記載の月額賃金の額が原告の主張のとおりであること及び(三)事実は認め、その余は否認する。
三 抗弁
原告は、昭和五五年四月九日、被告との間で、雇用期間を昭和五六年三月一九日までとする合意が成立した。即ち、
被告は、昭和五五年二月一二日原告に対して、就業規則六五条に基づき原告が五五歳に達した後である昭和五五年三月一九日をもって、原告を定年により解任する、翌二〇日をもって嘱託する旨の通知を行った。これを受けた原告は、被告内に組織されていた理化試験所労働組合東都支部(以下「理化試組合」という。)に加入し、同組合は定年延長を求めて東京都地方労働委員会にあっせんを申請した。その結果被告と理化試組合との間に原告の同意のもとに、原告の定年を「一年限り」延長する旨の合意が成立したのである。
したがって、原告は昭和五六年三月一九日の経過によって被告の社員としての地位を失った。
四 抗弁に対する認否
抗弁記載の事実のうち、前段及び後段は争い、中段の事実のうち、原告及び理化試組合が定年を一年に限り延長することに同意したことは否認し、その余は認める。
昭和五五年四月九日の合意の趣旨は、紛争を一年間停止することであり、その後の状況をみたうえで、定年解雇するか否かを決するという趣旨であって、昭和五六年三月一九日をもって確定的に雇用契約が終了するとの趣旨ではない。それは次の事実からも明らかである。すなわち、右合意は、被告内に存する、少なくとも六〇歳未満の定年解雇は行わないとの確立された労使慣行を前提としていること、また期間満了により当然に雇用関係が終了するとすれば被告は何らの意思表示を必要としないにもかかわらず、被告は、昭和五六年三月一九日付辞令をもって原告に対し、「定年により解任する」旨の意思表示をしていることからすれば、被告自身右合意のみでは雇用関係が終了しないものと考えていたのである。
五 再抗弁
1 再延長の合意
原告は、昭和五五年一二月一五日被告代表者小池輝一(以下「小池社長」という。)に対し、被告和歌山営業所において、昭和五六年三月一九日以降も勤務を継続する意思を有していることを表示したところ、小池社長はこれを承認したので、ここに原被告間で、原告の雇用期間を昭和五六年三月一九日以降も延長する旨の合意が成立した。
2 解雇権の濫用
被告では、六〇歳未満の定年解雇は行わず、定年を小刻みに延長する労使慣行があるから、原、被告間で定年を「一年限り」延長すると定めたとしてもそれは単なる形式にすぎず、雇用関係は原告が六〇歳になるまで保障されているというべく、被告が雇用期間を更新しないのは、実質的には解雇権の行使であって解雇制限の法理が適用されるべきである。そして本件では次にのべる解雇権濫用にあたる事由があるので、雇用期間を延長しないことは権利の濫用として許されない。すなわち、
(一) 被告には、原告を五六歳で解雇しなければならない合理的理由はない。原告は誠実かつ勤勉に職務を遂行してきたのであって、能力的にも優秀であり、職場での人間関係も問題はなく、勤務状態は良好である。
(二) 被告が原告を解雇するに至った理由は、原告が世話役として昭和四八年八月八日被告内にサーベヤーユニオンという労働組合を結成し、その後も中央執行委員として組合活動を積極的に行ったこと、及び原告が昭和五二年三月一〇日中央労働基準監督署に被告が時間外労働に対して正当な手当を支払わず労働基準法に違反していることを申立てたことを嫌悪したためである。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実は否認する。
小池社長の和歌山営業所での話は従業員一般を激励する趣旨で行われた訓話であって、小池社長自身原告と面識はなく、また原告を意識して発言したものでもないのであるから、原告との雇用契約を延長するといった個別的な合意とはいえないのである。しかも、被告では、雇用期間延長といった辞令発令を要するが如き重要人事については常務会の決定が必要であり、常務会での決定がないにもかかわらず小池社長が原告に定年延長の話をすることは考えられない。
2 再抗弁2は争う。
原告は、鑑定人としても業務遂行上他との連絡の悪さ、自己の考えに基づく独断専行、現場の確認を省略することなどその能力に問題があるばかりでなく、人間関係においても、本社の加藤次長や同僚鑑定人との不和があり良好とはいえず、しかも原告は、肋間神経痛と心臓疾患の持病をもっていたため、船倉に入ったり、深夜や早朝にも勤務の必要がある鑑定人業務を長期にわたり継続することは困難であった。
また原告は被告が原告を嫌悪していたと主張するが、被告とサーベヤーユニオンとは円満な関係を続けているうえ、原告はその後次長となって同組合を脱退しており、労働基準監督署への申立の件も原告が昭和五二年五月に申立を取り下げて円満に解決しており、被告が原告を嫌悪したことはない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び人証等目録記載のとおりであるからこれらを引用する。
理由
一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 (雇用契約の終了について)
1 被告は、昭和五五年四月九日原告との間で、雇用関係を昭和五六年三月一九日までとする合意が成立した旨主張し、原告はこれを争うのでこの点について判断するに、当事者間に争いのない事実、(証拠略)、原告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
(一) 被告の就業規則六五条によれば、第一、五五歳、第二、六〇歳、第三、六三歳、最終として六五歳の四段階の定年制が定められている。そして定年後の処遇については(1)退職させる、(2)退職後嘱託を委嘱する、(3)退職後参与、参与待遇を委嘱する、(4)社員として定年を延長する旨定められている。そしてどの段階で定年を適用し、どの処遇を選択するかは、被告の常務会で決定される。また、定年退職の発令は、毎年三月と九月の各一九日に行われ、その約一か月前に本人には予告されることになっている。
なお、嘱託の期間は一年とされている。
(二) 被告は、原告が大正一三年一〇月二〇日生まれであったことから、昭和五五年二月一二日ころ、常務会で原告は同年三月一九日をもって被告を定年退職し、同年三月二〇日をもって嘱託する旨決定し、昭和五五年二月一二日その旨の通知を原告に行った。
(三) 右通知を受けた原告は、五五歳の定年を適用されたことについて被告に異議を述べるとともに、昭和五五年二月二二日には理化試組合に加入した。これは、同労組が、原告と同様五五歳定年、嘱託の委嘱という通知を受けた組合員蔵石之吉(以下「蔵石」という。)に関して、被告と雇用継続について交渉をしていたことから、原告についても合わせて交渉をもってもらうためであった。昭和五五年三月六日、同労組は、東京都地方労働委員会に対し、労使慣行に反する、六〇歳未満の定年解雇は不当な差別にあたるとして原告及び蔵石の定年延長を求めて、あっせんを申請した。同委員会のあっせんの過程では、理化試組合側から当初五年間の定年延長が求められ、被告からは原告については一年で退職することが強く主張されたが、その後同委員会から社員として一年の延長、更には二年間の嘱託の案が出され、原被告とも検討の上、昭和五五年四月九日、要旨次のとおり理化試組合と被告との間で協定が成立した。
(1) 蔵石は、昭和五五年三月一九日をもって定年退職し、同月二〇日二年間嘱託として委嘱する。
(2) 原告については社員在籍期間を昭和五六年三月一九日まで一年限り延長する。
(3) 理化試組合及び被告は、これを前例としない。
そこで被告は、原告に対し昭和五五年三月二〇日付で社員在籍期間を昭和五六年三月一九日まで一年限り延長する旨の辞令を交付した。
その後原告は、和歌山営業所において昭和五六年三月一九日まで勤務を継続したが、昭和五六年三月二日には小池社長に対し勤務継続を願う旨の書面を提出している。また被告は、原告に対し昭和五六年三月一九日付で原告を定年により解任にする旨辞令を発した。
以上の事実を基礎に検討するに、原告は五五歳定年、嘱託という被告の扱いについて理化試組合を通してそれが労使慣行に反するとの立場から雇用継続を被告に求め、労働委員会でのあっせんの過程でも、原、被告は社員在籍期間の延長、嘱託期間の延長を含めて検討し、その上で原告は一年間の定年延長の案に合意し、被告も一年をもって雇用を終了させる趣旨で一年間の定年延長に合意したこと、原告自身も一年間で雇用が終了すると考え勤務継続を申出たことからすれば、昭和五五年四月九日原、被告間において雇用期間の終期を確定的に昭和五六年三月一九日までと定め、その趣旨で「一年限り」と表現したものと解されるのであって、これを単に、原告主張の如く原、被告間の紛争を一年間停止し、その後再度雇用関係の延長について話し合う趣旨があったということはできず、また被告が原告に改めて昭和五六年三月一九日付で解任する旨の辞令を発したことは、雇用終了を確実に知らしむる趣旨であったものと解され、この事実をもって右認定を左右するものともいえない。
以上のとおり、原、被告間に昭和五五年四月九日、原告の雇用期間を昭和五六年三月一九日をもって確定的に終了させる旨の合意が成立したものと認められ、右認定を覆するに足りる証拠はない。
2 原告は、昭和五五年一二月一五日被告との間で昭和五六年三月一九日以降も雇用期間を延長する旨の合意が成立した旨主張し、被告はこの点を争うのでこの点について判断するに、(証拠略)、原告(第一回)、被告代表者の各本人尋問の結果(但し被告代表者本人尋問の結果中、後記措信しない部分を除く)によれば以下の事実が認められる。
原告は、昭和五五年一二月一五日当時和歌山営業所において、海事鑑定人として勤務していた。ところで、小池社長は、同日被告の取引先である住友金属和歌山製鉄所の新任所長に対する表敬訪問及び社員であった野村鑑定人の遺族を弔問するため和歌山に出張したが、同営業所長田村義徳から、出張の際には同営業所社員を激励して欲しい旨の依頼を受けていたことから、右製鉄所本館一階の和歌山営業所において、右田村所長、小川所長代理、橋口検査員、北田事務員、原告を集めて訓話をした。話の内容は、社長の紹介にはじまり、社内事情、今後の展望、さらに海外業務の拡張の話に及んだ。その際小池社長は、最前列に着席していた原告に向って「あなたも来年あたり海外に出張してもらわなければいけないことになるだろう」と述べたのに対し、原告が「はい結構です、今年の春はいろいろと私のことでご心配かけました、これからも日本検査で勤務させていただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします」と述べると、小池社長は「これからは仕事が忙しくなる見通しなのであなたがやめたいといわれてもやめさせないよ」と述べた。
ところで小池社長は、昭和五三年六月被告の代表取締役に就任したが、その直後ころ、当時の海事本部長伊藤春一から業務報告の中で原告は海事鑑定人の中では好ましからざる人物との報告を受けていたものの、原告との面識はなかった。また、人事を担当する常務会では原告の雇用期間を延長する旨の決定がなされたことはなかった。
被告代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信しない。
以上の事実に基づき検討するに、小池社長が原告に対し、昭和五五年一二月一五日、原告の継続勤務の申し出に対して、やめたくともやめさせない旨述べたことが認められるものの、小池社長には原告に関する知識はあったものの面識はなく、必ずしも対話の相手について十分な認識をもってなされたものとはいえないこと、前認定のとおり被告では、定年延長といった人事は常務会で決定されるところ、原告について雇用期間を延長するといった決定はなく、また代表取締役が自己の判断でそのような決定をなしうるものともいえないこと、右対話は、社長が社員に対して行ったいわゆる訓話の中でなされたものであり、定年延長といった人事をそのような形で合意することは不自然であることからすれば、右原告、小池社長の発言をもって直ちに原告の雇用期間を延長する合意がなされたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の右主張は採用し得ない。
3 原告は、被告が雇用契約を更新しないのは解雇に等しく、解雇権濫用の法理が適用される旨主張するが、昭和五六年三月一九日までの雇用期間は、前認定のとおり労働委員会のあっせんにより原告の主張する労使慣行をもふまえた上で、原、被告は確定的に雇用関係を終了させる意思で合意したのであるから、仮に原告主張の如き労使慣行があったとしても、右合意に反して当然に雇用期間が更新される事情とはいえず、他にそのような当然延長を認めるに足りる事情もない本件においては解雇権濫用の法理を適用する余地はなく、原告の右主張は採用し得ない。
4 以上のとおり、原、被告間の雇用契約は昭和五六年三月一九日の経過によって終了したものと認められる。
三 (賃金等の請求について)
右のとおり原、被告間の雇用契約は昭和五六年三月一九日をもって終了したのであるから、原告の賃金、償与の請求はその余について判断するまでもなく理由がない。
四 よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 遠山廣直)