東京地方裁判所 昭和56年(ワ)647号 判決 1983年5月23日
原告
小嶋源吉
右訴訟代理人弁護士
用松哲夫
同
小林行雄
右訴訟復代理人弁護士
久江孝二
被告
藤川正一
被告
武蔵工業株式会社
右代表者代表取締役
藤川一年
右被告両名訴訟代理人弁護士
安藤秀男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは連帯して原告に対し金二二五万円及びこれに対する昭和五五年一〇月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告は、昭和三五年三月二八日訴外株式会社藤川電機製作所(以下「訴外会社」という)に入社し、以来分電盤の組立、仕上業務に従事していたものである。
(二) しかるに訴外会社は、昭和五五年四月三〇日、会社閉鎖を理由に同日限りで原告を解雇した。
2 訴外会社は原告に対し、昭和五五年五月一〇日、退職金支給規則に基づく退職金二二五万円を同年九月三〇日限り支払う旨約した。
3 被告藤川正一(以下「被告藤川」という)及び被告武蔵工業株式会社(以下「被告会社」という)は原告に対し、昭和五五年五月一〇日、訴外会社の前記退職金債務につき連帯保証する旨約した。
4 よって、原告は被告らに対し、連帯して金二二五万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五五年一〇月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(被告ら)
1 請求原因1(一)、(二)の事実は認める。
2 同2の事実のうち、訴外会社が退職金支給規則に基づく原告の退職金が計算上二二五万円になる旨認めたことは認めるが、その余は否認する。
3 同3の事実は否認する。
4 同4は争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、これらを引用する。
理由
一 請求原因1(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。
二 同2の事実のうち、訴外会社が原告の退職金についてそれが計算上金二二五万円になる旨認めたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない(書証略)、原告及び被告藤川正一各本人尋問の結果によれば、訴外会社は原告に対し、昭和五五年五月一〇日、同年九月三〇日限り右退職金二二五万円を支払う旨約したこと(以下「本件退職金債務」という)が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
三 ところで原告は、被告らが原告に対し、昭和五五年五月一〇日、訴外会社の本件退職金債務につき連帯保証する旨約したと主張するのでこの点につき検討するに、前記当事者間に争いのない事実と前掲(書証・人証略)によれば、
1 被告藤川は、いずれも自己の同族会社で電気器具等の製造販売を業とする訴外会社と被告会社の代表取締役を兼任していたところ、昭和五四年ころから訴外会社の業績がとみに悪化し、昭和五五年には経営が行き詰まったため、同年二月一四日被告会社の代表取締役を時田恒夫と交替し、以後訴外会社の経営立て直しに専念していたが、多額の負債に抗し切れずやむなく同年四月三〇日限りで訴外会社を閉鎖し、同日限りで全従業員(約二二名)も解雇するに至ったこと、
2 その結果、訴外会社は全従業員に対し、その就業規則に基づき右解雇日より三カ月後に退職金を支払うべき債務を負うに至ったこと、
3 しかし、右退職金債務につき訴外会社は、同年五月一〇日、四月分の給料を受領するため訴外会社の食堂に集まった原告ら全従業員に対し、各人ごとの退職金の支給金額と支給日(同年九月三〇日)とを記載した書面(以下「退職金明細書」という)とを交付するとともに、被告藤川が右退職金の支払について、「退職金は会社の地所(被告藤川名義の借地)を売って支払うが、それがだめなら武蔵工業の土地を売って支払う」「その代金は九月三〇日ころ入るのでそれまで待って欲しい」「このことは時田さんにも任かせてあるので安心して欲しい」という趣旨のことを述べ、その場に同席していた被告会社代表取締役時田恒夫も右発言にうなづき「大丈夫だ」と言っていたこと、が認められ、右認定に反する証人時田恒夫の証言、被告藤川正一本人尋問の結果は前掲各証拠に照らしにわかに採用し難い。
右事実によれば、昭和五五年五月一〇日における被告藤川と時田恒夫の前記発言をもって被告らが原告に対し本件退職金債務につき連帯保証する旨約したとみられなくもない。しかし、他方前掲各証拠によれば、
1 原告の退職金明細書(書証略)には訴外会社の記名印が押捺されているだけであること、
2 右書面以外にも本件退職金債務について被告らが原告に対し連帯保証をする旨約した旨の記載のある書面は存在しないこと、
3 本件退職金明細書が交付された前後を通じて、従業員が訴外会社の退職金債務について、被告藤川個人の、あるいは被告会社の保証や連帯保証を要求したようなことは一切なく、当時当事者間において保証という言葉すら出なかったこと、
4 従って、被告藤川と時田恒夫の前記発言も、特に従業員から債務の保証等の要求があってなされたものではなく、同被告らがいわば自発的に述べたものであること、
5 被告会社は、地価が急騰した土地を所有していたため、訴外会社が負債の整理等に追われていた昭和五四年一一月ころ、その所有地の一部を売却した代金の内金七、〇〇〇万円を訴外会社に融資したことがあったこと、
が認められる。右事実に徴すると、被告藤川と時田恒夫の前記発言をもって被告らが原告に対し本件退職金債務につき連帯保証する旨約したとまでは認めることができず、むしろ右発言は、被告藤川個人として、あるいは被告会社としてその所有地等を売却して得た代金を訴外会社に融資することによって訴外会社の退職金債務の支払がなされるよう努力したいという意向を表明したものというべきである。
他に、被告らが本件退職金債務につき連帯保証したと認めるに足りる証拠はない。
四 そうすると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤壽邦)