東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6803号 判決 1984年5月31日
原告 富士信用組合
右代表者代表理事 島田泰明
右訴訟代理人弁護士 遠藤誠
被告 東京洋行株式会社
右代表者代表取締役 鈴木旭
<ほか二一名>
右二二名訴訟代理人弁護士 佐伯弘
被告 河原与志
右訴訟代理人弁護士 尾崎純理
同 小沼清敬
主文
原告に対し、別紙第一物件目録「所有者」欄記載の被告らはそれぞれ対応する同目録「専有部分の建物の表示」欄記載の建物を収去して、同目録「占有者」欄記載の被告らはそれぞれ対応する同目録「専有部分の建物の表示」欄記載の建物から退去して、別紙第二物件目録記載の土地中当該建物の敷地部分を明渡せ。
別紙第一物件目録「所有者」欄記載の被告らは各自原告に対し昭和五六年三月二七日から右明渡ずみまで一か月金一六万八五〇〇円の割合による金員を支払え。
原告の別紙第一物件目録「占有者」欄記載の被告らに対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決の第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
主文第一項、第三項同旨及び「被告らは各自原告に対し昭和五六年三月二七日から前記土地明渡ずみまで一か月金一六万八五〇〇円の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言
二 被告ら
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二当事者双方の主張
一 原告の請求の原因
1 別紙第二物件目録記載一及び二の各土地(以下、それぞれ「本件土地一」「本件土地二」といい、あわせて「本件各土地」という。)は原告の所有である。
すなわち、もと本件土地一は訴外河原利行(以下「利行」という。)の、本件土地二は訴外河原とき子(以下「とき子」という。)の各所有であったが、右両名は、昭和五二年七月三〇日、右各土地につきそれぞれ原告のため根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定して、同年一二月一九日、その旨の登記を経由し、原告は、右根抵当権を実行して、同五五年九月二五日付競落により本件各土地の所有権を取得し、同五六年三月二六日その旨の所有権移転登記を経たものである。
2 本件各土地上には、別紙第一物件目録記載の一棟の建物(以下「本件建物」という。)が存在し、その内同目録「専有部分の建物の表示」欄記載の各建物を、対応する同「所有者」欄記載の被告らがそれぞれ区分所有し、同「占有者」欄記載の被告らが占有している。
3 本件各土地の相当賃料額は、一か月三・三平方メートルあたり一〇〇〇円、合計一六万八五〇〇円である。
4 よって、原告は被告らに対し各所有建物の収去、占有建物からの退去、敷地の明渡並びに各所有、占有開始の後で原告が本件各土地所有権移転登記を経由した日の翌日である昭和五六年三月二七日から明渡ずみまで一か月一六万八五〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの答弁
請求原因1及び2の各事実は認め、同3の事実は否認する。
三 被告らの抗弁
1 利行は、本件土地一の上に、昭和四四年三月一五日以降、別紙第三物件目録一記載の建物(以下「旧建物一」という。)を所有し、とき子は、本件土地二の上に、昭和五〇年七月三一日以降、同目録二記載の建物(以下「旧建物二」という。)を所有していて、本件根抵当権設定当時も右各建物は存在していた。
2 このような場合には、その後各旧建物が取壊されて本件各土地上に本件建物が建築されても、競売により、本件各土地について本件建物所有のための法定地上権が発生するものと解すべきである。
しかも、原告は、利行及びとき子に対し、本件各土地を担保にして本件建物の建設資金を融資したもので、融資額も建物建設を前提にして土地価額を低額に評価して定めたのであるから、本件建物のための敷地利用権の存在を否定することは許されない。
なお、とき子所有の土地は、本件根抵当権設定当時、大田区上池台一丁目一三八番九宅地三二二・八五平方メートル(以下「分筆前の九の土地」という。)であり、これが、昭和五三年二月二四日、一三八番九(本件土地二)と同番一六(以下「一六の土地」という。)とに分筆されたのであるが、全体について成立した地上権が分筆によって消滅するものではなく、しかも、旧建物二は、分筆後も本件土地二と一六の土地とに跨って存在し、本件建物の建築にあたり、本件土地二の上にある居宅部分が取壊され、一六の土地の上に存する店舗部分のみが残されたのである。
3 このような場合における法定地上権の内容は再築後の建物の構造、性質を基準とすべきであるから、被告らの内の区分建物所有者は、本件各土地につき、堅固な建物の所有を目的とし、存続期間を昭和五六年三月から六〇年とする地上権を取得したものである。
四 抗弁に対する原告の答弁
1 抗弁1の内、利行及びとき子がそれぞれ旧建物一及び同二を所有していた事実は認めるが、本件根抵当権設定当時、右各建物がそれぞれ本件土地一及び同二の地上に存在していたことは否認する。当時すでに旧建物一は本件土地二の上に移転されていて、本件土地一は更地であった。
2 とき子所有土地が本件根抵当権設定当時分筆前の九の土地であり、その後被告ら主張の日に本件土地二と一六の土地とに分筆された事実は認めるが、その余の事実は否認する。旧建物二は、分筆後は一六の土地に存在するものであり、仮に右建物が分筆後の本件土地二に跨っていたとしても、同土地上にはみ出していた部分は、約八・二七平方メートルにすぎず、本件土地二の全体の内ではきわめて僅かな部分であるし、本件建物の敷地は、右はみ出し部分には全くかかっていないので、法定地上権は発生しない。
3 同3の主張は争う。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。
二 抗弁について判断する。
土地に対する抵当権の実行により地上の建物のため法定地上権が成立するには、抵当権設定当時土地と同一の所有者に属する建物が地上に存在することを必要とするとともに、法定地上権が成立する土地の範囲は、建物直下の部分のみでなく、通常予想される建物の利用に必要な部分に及ぶが、またその部分に限られ、当然に一筆の土地全部に及ぶものではないと解すべきである。
利行及びとき子がそれぞれ旧建物一及び同二を(所在位置はしばらく措き)所有していたこと、とき子所有土地は本件抵当権設定当時分筆前の九の土地で、後に被告ら主張のように分筆されたものであることは、当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、旧建物一は、当初本件土地一上にあったが、昭和四七、八年ころに北隣りの本件土地二(分筆前の九の土地の一部)の上に移築され、本件土地一は、全部が露天の駐車場とされて、本件根抵当権設定当時も更地であったこと、分筆前の九の土地には、旧建物一のほか、その東寄りに旧建物二が存在し、右建物から南側約一メートルの所にブロック塀があって、前記駐車場と区分されていたこと、利行ととき子は、昭和五二年夏ころ、旧建物一を収去し、その跡と本件土地一とにわたってマンション(本件建物)を共同で建築する計画を立て、まず、その建設敷地と旧建物二の敷地とを分けるため、前記土地分筆をしたが、その際、旧建物二は建築自体の妨げとはならないものの、本件建物の建築確認上その避難通路として両建物の間に空地を確保する必要があったため、旧建物二の南西側の一部を取壊すこととして、同建物の内階下一室とベランダの部分約八平方メートルが本件土地二の上にはみ出し、残りが一六の土地上にあるように分筆したこと、右両名は、訴外株式会社河津建設に請負わせて、昭和五三年四月ころまでに旧建物一を取壊したうえ、同年五月ころから、本件各土地上に本件建物の建築に着工し、同年一二月ころに完成したが、旧建物二には右着工時には手を加えず、その内前記の本件土地二の上にはみ出した部分を右建築工事進行中の同年秋ころから一二月ころまでに取壊し、その敷地部分の土地は竣工検査時には避難通路とし、以後も空地のまま本件建物のごみ置場として使用していること、以上の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、本件根抵当権設定当時において、本件土地一は更地であったものであり、分筆前の九の土地は、その一部に同土地所有者の所有に属する旧建物二が存在したが、その余の部分すなわち分筆後の本件土地二の大部分に該当する部分は所有者の異なる旧建物一のために利用されていたものであって、その部分には土地と同一所有者に属する建物は存在しなかったものと認められる。また、本件建物の敷地と一部取壊し前の旧建物二の敷地とが重なり合う部分はないことが前記工事の経過から明らかであり、旧建物二の利用に通常必要な範囲の土地が本件建物の敷地部分に及んでいたことを認めるに足る証拠はない。
そうすると、本件土地一はもとより、本件土地二についても本件建物敷地部分には、本件抵当権設定当時、土地と同一所有者に属する建物が存在していたものとは認められないから、競売により法定地上権が成立する要件を欠くものというべきである。
なお、原告が本件建物建設資金の融資のために本件根抵当権の設定を受けたものとしても(《証拠省略》によれば、本件各土地につき昭和五三年九月一八日に三番抵当権として設定された極度額一億七千万円の根抵当権が建設資金の融資に関するものと推測されるが、その点はともかくとして、)、そのことから、原告が法定地上権を容認すべきものと解する根拠はなく、しかも、《証拠省略》によれば、原告は法定地上権の存在を前提とする評価額で本件各土地を競落したものでもないことが認められる。
したがって、被告らの法定地上権の主張は理由がない。
三 《証拠省略》によれば、競売手続における昭和五五年五月当時の評価額(建付地価格)は、本件土地一が九〇八〇万円、同二が六四一〇万円であり、原告は、本件土地一を一億一〇〇〇万円、同二を八三〇〇万円の価額で競落したこと、昭和五七年七月当時の本件各土地の評価額は約二億四七八八万円(一平方メートル当り四四万六〇〇〇円)であることが認められ、右事実に鑑みれば、昭和五六年三月当時及びそれ以後における本件各土地の占有による賃料相当損害金の額は、原告主張の月額一六万八五〇〇円を下らないものと推定することができる。
そして、建物所有者である被告らは、一棟の建物の各一部について区分所有権を有することにより、一棟の建物の敷地全体について土地所有者の使用を妨げているものとみることができるから、右被告らは、連帯して右損害を賠償する責を負うものと解される。
しかし、建物所有者から賃借する等により建物を占有使用する者については、その占有使用と土地所有者が建物敷地を使用してないこととの間には、特段の事情のない限り、相当因果関係がないものと解すべきであり(最高裁昭和二九年(オ)第二一三号同三一年一〇月二三日第三小法廷判決・民集一〇巻一〇号一二七五頁参照)、被告らの内建物占有者について、右特段の事情の存在を認めるべき資料はないから、右被告らに対する原告の損害賠償請求は失当であるというべきである。
四 以上の次第で、本訴請求中、建物収去・建物退去、土地明渡を求める部分並びに建物所有者である被告らに対して金銭支払を求める部分は、いずれも理由があるからこれを認容し、建物占有者である被告らに対する金銭請求は理由がないからこれを棄却し、民訴法八九条、九二条但書、九三条、一九六条を適用し、なお、建物収去・同退去、土地明渡を命ずる部分については仮執行宣言を付するのは相当でないので、その部分の申立を却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 野田宏)
<以下省略>