東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6930号 判決 1983年5月20日
原告 有限会社 千葉工務店
右代表者代表取締役 千葉弘
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 奥毅
被告 住宅産業信用保証株式会社
右代表者代表取締役 原野達雄
右訴訟代理人弁護士 内野経一郎
同 仁平志奈子
被告補助参加人 鉄建建設株式会社
右代表者代表取締役 大石重成
右訴訟代理人弁護士 千葉宗八
同 千葉宗武
同 青山緑
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告有限会社千葉工務店に対し金五〇〇万円同山口信茂に対し金六〇〇万円及び右各金員に対する昭和五六年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告及び補助参加人)
主文同旨
第二当事者の主張
(原告有限会社千葉工務店の請求関係)
一 請求原因
1 原告有限会社千葉工務店(以下「原告会社」という。)は、集成建設株式会社(以下「集成」という。)との間で、昭和五五年一二月二五日、神奈川県平塚市紅谷町内に建設予定のマンションパーソナルハイツ平塚(以下「本件マンション」という。)の七〇六号室を代金二二六〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結した。
2 原告会社は、集成に対し、右契約締結日に手付金として一〇〇万円、翌二六日に売買代金内金として四〇〇万円をそれぞれ支払った。
3 被告は、昭和五六年一月一三日、原告会社との間で、集成から原告会社への本件マンション七〇六号室の引渡し前に売買契約解除その他の右2記載の各金員を返還すべき事由が発生した場合に集成が原告会社に対して負担する右各金員返還債務を被告が保証する旨の契約(以下、原告会社の請求関係において「前金保証契約」という。)を締結した。
4(一) 集成は、昭和五六年三月二〇日頃、事実上倒産したため、本件マンション七〇六号室を完成して原告会社に引き渡すことが不可能となった。
(二) 原告会社は、集成に対し、同年四月二日、前記売買契約を解除する旨の意思表示をした。
5 よって、原告会社は、被告に対し、前金保証契約に基づき、五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(被告及び補助参加人)
1 請求原因1ないし3の事実はいずれも否認する。
2 同4について、(一)の事実は認め、(2)の事実は不知。
三 抗弁(被告及び補助参加人)
1 虚偽表示による売買契約の無効
原告会社と集成は、前記売買契約を締結する際、いずれも本件マンション七〇六号室を売買する意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意した。
2 約款による免責(その一)
(一) 仮に前金保証契約の成立が認められるとしても、右契約には、前金保証契約約款が付されており、その一〇条三号には、買主(原告会社)が宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という。)であるときは、被告は保証金支払の責任を負わない旨の定めがある。
(二) 原告会社は、埼玉県知事(1)第八六四〇号の宅建業者の免許を受けている者である。
3 約款による免責(その二)
(一) また、右前金保証契約約款一〇条二号には、買主(原告会社)が、保証委託者(集成)に対する既存の債権の回収を主な目的として売買契約を締結し、その債権をもって売買契約に基づく前金(手付金、売買代金等)の支払に充てたときは、被告は保証金支払の責任を負わない旨の定めがある。
(二) 原告会社は、集成に対し、昭和五五年一二月二五日五〇〇万円を、弁済期昭和五六年四月二〇日、利息一か月一五万円の約定で貸し渡した上、右貸金債権を担保することを主な目的として前記売買契約を締結し、右貸付金の交付をもって右売買契約上の手付金及び売買代金内金の各支払に充てたものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2について、(一)の事実のうち、前金保証契約約款一〇条三号に、買主が宅建業者であるときは被告は保証金支払の責任を負わない旨の定めがあることは認め、その余の事実は否認する。同条項は、宅建業者が業として当該不動産の転売等を行う目的で買い受けた場合に適用されるものであるところ、原告会社は、本件マンション七〇六号室を自ら使用する目的で買い受けたものであるから、右条項は適用されない。また、原告会社は、代表者千葉弘の外従業員三名の零細企業で実質的には千葉弘の個人経営に過ぎないのであるから、この点からも右条項は適用されないと解すべきである。(二)の事実は認める。
3 同3について、(一)の事実は認め、(二)の事実は否認する。
(原告山口信茂の請求関係)
一 請求原因
1 原告山口信茂(以下「原告山口」という。)は、集成との間で、昭和五五年一一月一五日、本件マンション一〇〇六号室を代金二二八〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結した。
2 原告山口は、被告に対し、同年同月一三日に右契約の手付金として二〇万円、同月一六日に手付金として四三〇万円、売買代金内金として一五〇万円をそれぞれ支払った。
3 被告は、同年同月一四日、原告山口との間で、集成から原告山口への本件マンション一〇〇六号室の引渡し前に売買契約解除その他の右2記載の各金員を返還すべき事由が発生した場合に集成が原告山口に対して負担する右各金員返還債務を被告が保証する旨の契約(以下、原告山口の請求関係において「前金保証契約」という。)を締結した。
4(一) 集成は、昭和五六年三月二〇日頃、事実上倒産したため、本件マンション一〇〇六号室を完成して原告山口に引き渡すことが不可能となった。
(二) 原告山口は、集成に対し、同年四月二日、前記売買契約を解除する旨の意思表示をした。
5 よって、原告山口は、被告に対し、前金保証契約に基づき、六〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(被告及び補助参加人)
1 請求原因1ないし3の事実はいずれも否認する。
2 同4について、(一)の事実は認め、(二)の事実は不知。
三 抗弁(被告及び補助参加人)
1 虚偽表示による売買契約の無効
原告山口と集成は、右売買契約を締結する際、いずれも本件マンション一〇〇六号室を売買する意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意した。
2 約款による免責
(一) 仮に前金保証契約の成立が認められるとしても、右契約には前金保証契約約款が付され、その一〇条二号には、買主(原告山口)が、保証委託者(集成)に対する既存の債権の回収を主な目的として売買契約を締結し、その債権をもって売買契約に基づく前金(手付金、売買代金等)の支払に充てたときは、被告は保証金支払の責任を負わない旨の定めがある。
(二) 原告山口は、集成に対し、昭和五五年一一月一五日六〇〇万円を、弁済期昭和五六年五月一五日、利息一か月二〇万円の約定で貸し渡した上、右貸金債権を担保することを主な目的として前記売買契約を締結し、右貸付金の交付をもって右売買契約に基づく手付金及び売買代金内金の各支払に充てたものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2について、(一)の事実は認め、(二)の事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
第一原告会社の請求について
一 請求原因について
1 《証拠省略》によると、原告会社は、集成との間で原告会社主張の売買契約を締結し、前金名下で五〇〇万円を交付したこと、及び、被告との間で前金保証契約を締結したことの各事実を一応認めることができ、また前記各証拠を総合すると、右売買契約は、同時に締結された五〇〇万円の消費貸借契約といわば抱き合せの形で締結されたものであることが認められる(以上の認定を覆すに足りる証拠はない。)ところ、これら二つの契約を同時に成立させた経緯と前金名下の金員交付の趣旨は、後記原告山口の請求について判示するところとほぼ同様のものと認められるが、原告会社の請求に対する判断としては、後記の免責約款の適用が認定されるので、ここでは、深く言及する必要がない。
2 請求原因4の(一)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができる。
二 そこで、進んで抗弁2について判断する。
抗弁2の(一)の事実のうち、原告会社と被告との間の前金保証契約の約款一〇条三号に、買主が宅建業者であるときは被告は保証金支払の責任を負わない旨の定めがあること及び同(二)の事実は、当事者間に争いがない。
ところで、《証拠省略》を総合すると、いわゆる前金保証制度は、宅建業者から不動産を購入する一般消費者の保護を目的として設けられたものであるが、経営の行き詰まった宅建業者が同制度を濫用して金融の担保、買掛金債務の支払等のために用いる事例が見られるようになったこと、そこで、本来の趣旨からみて保護を与える必要のない者に対しては被告の保証責任が及ばない旨を前金保証契約約款に明示することとされ、右約款一〇条三号において宅建業者が買主であるときが被告が免責される場合の一つとして掲げられるに至ったこと、その根拠は、宅建業者は、一般に不動産取引の知識及び経験が豊富であり、売主である宅建業者の信用性、売買の目的となる不動産が完成引渡しされる見込み等を比較的容易に判断できるため、右制度による保護を与える必要がないとされたためであることを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、宅建業者の不動産の購入目的、営業形態等を勘案して、宅建業者の購入であるにもかかわらず、右制度の保護を与えるものとする余地はないというべきであって、買主である宅建業者が個人若しくは零細業者であるとき及び当該売買契約に係る不動産の購入目的が自己使用であるときには同条項は適用されないという原告会社の主張は、右認定の同条項の趣旨に照らし失当であるといわなければならない。
したがって、原告会社による本件マンション七〇六号室の購入に伴う前金の返還債務については、前記約款一〇条三号により被告が保証責任を免れる場合に該当するものと認めることができる。
三 以上のとおりであるから、原告会社の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第二原告山口の請求について
一 《証拠省略》によると、集成側で請求原因1記載の売買契約(以下「本件売買契約」という。)の締結の衝に当たった坂本は、集成の取締役兼建築部長で、原告山口はその元部下であって、昭和五二年二月頃退社した後も坂本ら集成の者と交際があり、昭和五四年夏頃には夏頃には集成のために額面約三〇〇万円の約束手形を割引料約三〇万円で割り引いたことがあったこと、坂本は、昭和五五年一〇月末又は一一月初め頃、経営状態が悪化した集成の資金調達のために原告山口に会いに行き、同人に対し、集成への融資方を申し入れたところ、これを断わられたため、本件マンション売買の話を持ちかけたこと、これに対し、原告山口は、本件マンションの一室を安く入手できるのならとりあえず六〇〇万円を集成に用立ててもよいと答えるに至り、当初は北向きの九〇三号室(代金一八七〇万円)の購入の意向を示したが、間もなく、転売、賃貸又は自己使用の場合の諸条件を考えて、代金は二二八〇万円でやや高額となるが南向きで海の見える一〇〇六号室に変更した上、一四〇万円の値引きをすることを坂本に約束させて、同年一一月一五日、本件売買契約を締結したこと、その際、坂本は、本件マンションの販売については集成の営業担当者が値引きをしない方針であったことから、営業担当者に内緒で値引きをするため、経理担当者の了解の下に、同日、原告山口との間において、集成が原告山口から六〇〇万円を返済期日を昭和五六年五月一五日として借り受け、右値引き分一四〇万円を、右消費貸借の利息として、毎月二〇万円の七回払いで支払うこととすることを合意したこと、そして、坂本と原告山口は、右契約締結の日に、本件売買契約及び右金銭消費貸借契約の各契約書を同時に作成し、かつ、坂本は原告に対し、本件売買契約に基づく六〇〇万円の前金の返還債務につき被告が保証する旨の前金保証証書を被告に代わって交付したこと、その上で、原告山口は、集成に対し、同日、五八〇万円を支払い、先に契約内定のときに支払った二〇万円とあわせて結局六〇〇万円を支払ったこと、右六〇〇万円の入金は、集成の帳簿上は、その経理担当者により借入金として記載され、その後、集成は、坂本を通じて原告に対し、昭和五五年一一月末頃、一二月及び昭和五六年一月に各二〇万円、同年二月に一〇万円を前記利息として支払ったことを認めることができ、総じて、集成と原告山口は、いわば金銭消費貸借契約と売買契約を抱き合わせて一つの取引をしたものと解するのが相当であって、これが当事者の取引の実態であったというほかはない。
もとより売買と消費貸借とは一見矛盾するが、集成としては、とりあえず金員を入手して資金需要を満たすことができれば、金員受領の趣旨性質は差し当たり深く問うところではなく、他方原告山口としては、金員を交付してとりあえず消費貸借として返還請求権を留保すると同時に、売買契約により本件マンションの一室の買受けの権利を確保し、将来の転売利益を見込むことができる地位を得、併せて右金員の交付を前金の支払とすることにより被告の前金保証を受け交付金員の返還請求権をより堅固なものとすることができることになるのであって、このように、両面の性質を持つ金員の交付により、二つの契約を同時に成立させ、金員交付の趣旨は将来の推移をみて当事者の選択により最終的に確定させることにする旨の合意は、当事者の取引意思として合理性があり、その限りで事実としてあり得るものである。原告山口としては、特に金員交付をとりあえず消費貸借とすることにより、一定期間利息の支払を受けることができ、いずれ売買の方を選択したときには、利息金として受領した金額だけは代金の値引きの実をあげたことになり、有為な取引となるものであって、右の選択権は、前示事実関係に照らし、原告山口にあったと解すべきものである。
二 被告は、本件売買契約は虚偽表示であると主張するが、本件売買契約と金銭消費貸借契約の双方とも効果意思を伴う契約として成立したものであり、虚偽表示といえないことは、前示事実関係に照らして明らかである。
そして、弁論の全趣旨によれば、原告山口は売買を選択したものと認めることができ、そうである以上、前金支払の趣旨で六〇〇万円の金員交付があったものというべきである。
また、原告主張の前金保証契約も、前示事実関係に照らすと、被告の代理機関としての集成と原告山口との間に、昭和五五年一一月一五日、その効果意思の下に成立したものということができる。
三 そこで、約款による免責の抗弁について判断する。
1 抗弁2の(一)の事実(免責条項の存在)は当事者間に争いがない。
2 前記認定のとおり、集成としては、融資を受けるための方法として原告山口と取引したものであり、原告山口としては、金員交付につき、これを貸金として返還請求権を確保しつつ、前渡金の性質を持たせることにより被告の前金保証をとりつけるという形にしたものであるところ、これは、正に約款が無答責としようとする既存の債務(事実上は同時成立であっても論理的に債務の成立が先行すると解しうる本件のような場合も、「既存」の債務に含まれると解する。)の回収の方法として前金保証制度を利用する場合(本件の取引がその側面を持つことは前示事実関係に照らし明らかである。)に該当し、前記認定の右制度の趣旨に牴触する場合であるから、被告は免責を主張することができるというべきである。
四 以上のとおりであるから、原告山口の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第三結論
よって、原告らの請求は、いずれも、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三宅弘人 裁判官 杉原則彦 裁判官慶田康男は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 三宅弘人)