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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)8470号 判決 1982年11月08日

原告 甲野春子

右法定代理人親権者母 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 五月女五郎

被告 小磯達也

右訴訟代理人弁護士 渡邊数樹

主文

一  被告は原告に対し金六八万六、六一〇円及び内金五六万六、六一〇円に対する昭和五五年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金七一六万一、一八〇円及び内金六六六万一、一八〇円に対する昭和五五年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

被告は、昭和五五年三月一八日午前〇時ころ、千葉県野田市山崎二一七九番地先道路を原告の同乗する普通乗用自動車(習志野五六も三〇〇)を運転し初石方面から野田方面に進行中、前車のタクシーを追い越そうとして対向車線に出たため、折から対向車線を野田方面から初石方面に走行してきた訴外新川春雄運転の普通乗用自動車と正面衝突し、右訴外人を死亡させるとともに、原告に対し全治六ヶ月を要する前額部陥没骨折、前額部挫創、左上腕骨々折、全身打撲擦過傷の傷害を負わせた。

2  被告の責任

被告は、右加害者を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の責任がある。

3  原告の損害

(一) 付添看護料 金九万三、〇〇〇円

(二) 入院雑費 金二万一、七〇〇円

原告は、本件事故により昭和五五年三月一八日から同年四月一七日まで流山中央病院に入院した。

(三) 休業損害 金一〇四万円

原告は、本件事故当日から昭和五五年一一月一七日までの八ヶ月間休業した。

(四) 逸失利益 金四五九万六、四八〇円

原告は、本件事故当時衣料品店に店員として勤務し、月平均金一一万五、二〇〇円の給与を得ていたところ、本件事故により顔面に自賠責後遺障害別等級表第一二級第一四号に該当する醜状が残り、右後遺症の認定を受けた。したがって、原告の逸失利益は、労働能力喪失率一四パーセント、就労可能年数四九年、新ホフマン係数二三・七五として算定すると、金四五九万六、四八〇円となる。

(五) 慰藉料 金三〇〇万円

原告は、被告の無謀運転により前記の傷害を負い、左目の右上部が一部陥没し、かつ傷跡がはっきりと残る顔面になった。原告の精神的打撃の大きさははかりしれず、入通院分と後遺症分を合わせて金三〇〇万円の慰藉料は最少限の金額である。

(六) 損害の填補

原告は、昭和五七年三月一二日自賠責保険から後遺症による損害賠償金として金二〇九万円の支払を受けたので、右(一)ないし(五)の残損害額は金六六六万一、一八〇円となる。

(七) 弁護士費用 金五〇万円

原告は、本件訴訟遂行のため原告訴訟代理人との間で着手金及び報酬を合わせて金五〇万円の支払をなすことを約した。

4  よって、原告は被告に対し、本件損害金七一六万一、一八〇円及び内金六六六万一、一八〇円に対する本件事故発生日である昭和五五年三月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告の傷害の程度は不知、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の損害の主張は争う。ただし、原告が本件事故により流山中央病院に入院したこと、原告が自賠責後遺障害別等級表第一二級第一四号の認定を受けたことは認める。

三  抗弁

原告は、被告が飲酒のために泥酔の状態にあり、本件加害車を安全に運転することのできない様子にあることを認識したうえでこれに同乗したものであるから、その過失は大といわざるを得ず、本件損害額の算定にあたっては過失相殺されるを相当とする。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、原告の傷害の程度の点を除いて当事者間に争いがなく、同2の事実は、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、原告は、本件事故により原告主張のとおり傷害を負い、昭和五五年三月一八日から同年四月一七日まで三一日間流山中央病院に入院して治療を受け(原告が流山中央病院に入院したことは当事者間に争いがない。)、その後同年五月一九日までに一回だけ同病院に通院していること、原告には、右治療にもかかわらず、軽度の動眼神経麻痺、嗅覚障害が残ったほか、顔面部の醜状痕として前頭部の髪の生えぎわに長さ約二四センチメートル、幅約〇・二センチメートルの一条の瘢痕、左前額部に二か所いずれも長さ約二センチメートル、幅約〇・一センチメートルの瘢痕が残り、昭和五五年五月一九日後遺症として症状固定したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三  原告の損害について判断する。

1  付添看護料

原告の受傷の部位・程度からすれば、原告には流山中央病院に入院中付添看護を要したものと推認することができるから、近親者付添費として一日金三、〇〇〇円の割合による金九万三、〇〇〇円を付添看護費として認めることができる。

2  入院雑費

原告は流山中央病院に入院中、諸雑費として少くとも一日当り金七〇〇円程度の出費をしたものと推認することができるから、金二万一、七〇〇円を入院雑費として認めることができる。

3  休業損害

《証拠省略》によれば、原告は、本件事故前、春日部市中央一丁目九番七号所在イトーヨーカ堂内のチャイルドショップにパート店員として勤務しており、昭和五四年一二月から昭和五五年二月までの三か月間に給与(本給及び付加給)として金三九万円(一か月平均金一三万円)の支払を受けていたが、本件事故のため昭和五五年三月一九日からは休業を余儀なくされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告の症状固定日は前記のとおり昭和五五年五月一九日であるから、原告の休業相当期間は二か月間と認めるのが相当であり、してみれば、原告の休業損害は金二六万円と認めることができる。

4  逸失利益

原告が自賠責後遺障害別等級表第一二級第一四号(女子の外貌に醜状を残すもの)の認定を受けたことは、当事者間に争いがなく、原告は、労働能力を一四パーセント喪失したとして逸失利益を請求する。

按ずるに、原告の後遺症の部位・程度は前認定のとおりであるところ、《証拠省略》によれば、原告は昭和三八年一〇月一〇日生まれであり、本件事故当時満一六歳の未婚女性であったこと、原告は、前記醜状痕のため、人前に出るのを極度に嫌がるようになり、前記チャイルドショップの店員もその後勤めに出ないまま自然退職の形になってしまったこと、原告は、将来芸能関係の仕事をしたいと希望していたこともあって、その後の生活態度は自暴自棄的になってしまったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、顔貌醜状による逸失利益が認められるか否かについては周知のとおり議論のあるところであるが、当裁判所は、被害者の性別・年齢、醜状痕の部位・程度、被害者の職歴及び職種、婚姻の有無等を具体的総合的に検討し醜状痕のない場合に比して将来の収入の減少が蓋然性として見込まれる場合には逸失利益を肯定すべきであると考える。

これを本件についてみてみるに、《証拠省略》からもわかるとおり原告の顔貌醜状は著明である。もっとも、時間的経過とともに醜状痕が自然に薄れてくることは予想され、また髪形、化粧法により相当程度目立たなくすることもできるかと思われる。しかしながら、原告の年齢経歴からすると、原告の醜状痕が今後の原告の職種の選択及び収入に相当影響を与えることは否めず、それを原告の主観的・心理的なものとして一蹴することは被害者の犠牲のもとに加害者を利することになろう。その他諸般の事情を考え合わせると、本件においては、原告の症状固定日から控え目にみて一〇年間にわたり一〇パーセント程度の減収が見込まれるものとして逸失利益を算定するのを相当と思料する。

そして、《証拠省略》によれば、原告が本件事故前の昭和五五年一月及び二月に各支払を受けた本給額は、原告主張のとおり金一一万五、二〇〇円であることが認められるから、これを基礎収入として、喪失率一〇パーセント、一〇年のライプニッツ係数七・七二一七で中間利息を控除すると、逸失利益は金一〇六万七、四四七円(円未満切捨)となる。

5  慰藉料

本件事故の態様、原告の受傷の部位・程度、入通院期間、後遺症の部位・程度、被告の対応、その他記録から認められる一切の事情を斟酌すると、原告の慰藉料としては金二一〇万円(入通院分金五〇万円、後遺症分金一六〇万円)をもって相当と認める。

四  抗弁について判断するに、《証拠省略》によれば、原告は、本件事故当時家出をして女友達の家にいたが、たまたまその家に遊びに来た被告及びその友人らが飲酒したうえ、原告ほか一名を食事に誘ったこと、原告らは、これに応じ、二台の自動車に五名が分乗して出発したこと、原告は、始め訴外桜井伸明運転の自動車に同乗したが、途中で全員が被告運転の自動車で行こうということになり、これに乗り移った後に本件事故に遭ったこと、被告は、右出発前に相当飲酒しており、酒酔いのためハンドル、ブレーキを的確に操作することが困難な状態で本件事故を惹起したが、原告は、被告が酒酔い運転であることを承知しながらこれに同乗していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、被告が酒酔い運転であることを知りながら被告の自動車に同乗していることが明らかであるから、過失相殺の法理を類推し、原告の前記三1ないし5の損害額金三五四万二、一四七円から二五パーセントを減額するのが相当である。

五  してみると、残損害額は金二六五万六、六一〇円になるところ、原告が既に自賠責保険から金二〇九万円の支払を受けていることは当事者間に争いがないから、これを控除すると、残額は金五六万六、六一〇円になる。

原告が本件訴訟の提起、遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任して行なってきたことは当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の難易、右認容額、訴訟経緯等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係ある弁護士費用としては金一二万円をもって相当と認める。

六  よって、原告の本訴請求は主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田聿弘)

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