東京地方裁判所 昭和56年(刑わ)3020号 判決 1982年9月17日
主文
被告人を懲役三年に処する。
未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(第一の犯行に至る経緯)
被告人は、昭和五二年ころから、手形、不動産のブローカーとして活動し、昭和五四年九月ころ、東京都千代田区麹町五丁目七番地秀和TBR七二三号において、会社経営に関するコンサルタント業務を目的とするJCB総合企画株式会社を設立し、後に、株式会社中小企業育成センター(以下、単に「育成センター」という。)と改称し、その代表取締役として、中小企業の経営者を対象として政府系金融機関からの融資斡旋を行なう一方、手形割引や競売物件の購入、転売等により収益を上げていた。被告人は、昭和五五年八月ころから、大阪に本拠をおき、金融などを営業目的とする八幡商事株式会社(以下、単に「八幡商事」という。)の代表取締役であり、暴力団山口組系の勢力を背景として倒産会社の会社整理に藉口して利益を上げることに精通している大村幹雄(以下、単に「大村」という。)と面識を持ち、手形割引等の取引を通じて大村との接触を深めていくうち、大村からしばしば倒産会社の会社整理を名目に莫大な利益を得ることができる旨聞かされ、自己も手形割引等の仕事を通じて倒産しそうな会社の情報を入手するのが早い立場にあつたこともあつて、昭和五六年二、三月から大村の協力を得て会社整理を手がけてみようと考えるようになつた。以来、被告人は、会社整理に適当な会社を物色していたところ、同年五月二〇日ころ、株式会社道王代表取締役山岡勉より手形割引の担保として預つた一冨士商事株式会社(以下、単に「一冨士商事」という。)振出の約束手形につき調査した結果、一冨士商事が家具の製造販売事業等を営み、取引先が大手百貨店などであり、不動産等相当の資産を有していること、資金繰りに窮して融通手形を乱発しているらしいことが判明した。被告人は、早速一冨士商事に関する右情報を大村に通報し、大村から、一冨士商事の動向を探り、手形不渡を出しそうな時は前もつて連絡するよう指示を受けていたところ、同年六月上旬ころ、育成センターで、大村が同席する折に、前記山岡勉から、一冨士商事が手形ブローカーに三億円位の手形を騙取されたことを聞きつけ、大村の忠告もあり、右山岡勉に一冨士商事代表取締役工藤正之(以下、単に「工藤」という。)と会う機会を作るよう依頼するとともに、自らも二、三回、直接工藤に電話するなどして、同年七月二日、東京都内のホテルで、工藤と会つた。その際、被告人は、工藤から一冨士商事が、同年七月六日までに、一億三〇〇〇万円の手形決済資金を準備する必要に迫られているが、その目処が全くたつていないこと、銀行からは融通手形を乱発したことを知られ融資を断わられていることなどを聞き出し、一冨士商事が手形不渡を出し倒産することが確実であるとの認識を持つたが、この機会を利用して、かねてからの計画を実行すべく、大村と共同して、一冨士商事の会社整理を名目に利益を得ようと決意し、融資を口実に工藤の歓心を買う目的で「私の知り合いで銀行局長や銀行の頭取などに顔の広い先生がいるから、その先生を動かして何とか融資を頼んであげましよう。明日、決算書類を持つて育成センターに来て下さい」などと言つて工藤を信用させ、更に、翌七月三日午前八時三〇分ころ、大村の自宅に電話をかけ、一冨士商事が七月六日に倒産することを報告するとともに、大村から倒産後の具体的な会社整理の方法として、早急に売掛代金を押え、一冨士商事所有の不動産に根抵当権及び賃借権の仮登記を設定するなどの手順を教示されていた。
(罪となるべき事実第一)
被告人は、一冨士商事の会社整理の準備の一環として、工藤から一冨士商事代表取締役工藤正之名義の白紙委任状を騙取しようと企て、昭和五六年七月三日、育成センターにおいて、訪れた工藤に対し、真実は一冨士商事に融資斡旋をする意思がなく、かつ、交付を受けた白紙委任状は一冨士商事が倒産後に同会社所有の不動産に設定する賃借権や根抵当権の仮登記手続などに使用する意思であるのに、これを秘し、「融資を受けるのに資料をすぐ銀行局長などに見せなければならないので印鑑証明や白紙委任状が必要だ」などと虚構の事実を申し向け、その旨工藤を誤信させ、よつて、工藤を育成センター社員藤田丈夫(以下、単に「藤田」という。)とともに、同都荒川区東日暮里二丁目三番一一号一冨士商事本社兼工藤の自宅に行かせ、同所において、工藤より、藤田を介して、一冨士商事代表取締役工藤正之の記名押印のある白紙委任状一通の交付を受けてこれを騙取した。
(第二及び第三の犯行に至る経緯)
被告人は、一冨士商事に対する融資斡旋が実現するように装い、工藤の信頼を繋ぎ止めておくため、昭和五六年七月四日育成センター相談役松尾茂留(以下、単に「松尾」という。)とともに一冨士商事の取引銀行である東京都民銀行三河島支店などを訪れたり、工藤に対して松尾が大蔵省銀行局長や銀行頭取に会う努力をしている等と虚構の事実を述べたりして、融資幹旋の体裁を作つて時間をかせいでいるうち、同月六日午後三時ころ、頃合いをみて松尾が育成センターに現われ、心配のあまり同所に来ていた工藤に対し、一冨士商事への融資が不可能であつた旨告げるに至つた。被告人は、一冨士商事の倒産が決定的となるや、倒産を予期し一方で自己破産の手続を顧問弁護士に依頼していた工藤に対し、任意整理によつて会社が生き残る道があるなどと言葉巧みに倒産後の整理を育成センターに委ねるよう話を向けたが工藤から明確な返事を得られず、同日夜の再会を約して工藤を一旦帰宅させ、同日夜七時ころ、藤田とともに、待合わせ場所である東京都内の赤坂プリンスホテルに赴き、同所で、一冨士商事側の工藤夫婦、橋詰正夫公認会計士、塚田喜雄相談役らと会つて、「このような場合は任意整理が良い。暴力団が会社に押しかけて来て会社がメチャメチャになるから私達に任せてくれ」などと説明し、被告人らに会社整理を任せた方が得策であることを強調したが、結局、同所でも一冨士商事側から明確な返答を得られず、翌朝までに返答する旨の回答を得て、工藤らと別れた。ところが、同日午後九時ころ、一冨士商事の倒産を知つた債権者らが同会社の倉庫がある埼玉県八潮市内の八潮配送センターに押しかけて騒ぎ出したため、これを知つた工藤は、先刻被告人から暴力団が押しかけて来るなどと説明を受けていたこともあつて、倒産後の事態の急転に狼狽し、債権者らが右配送センターから商品を運び出そうとする目前の事態を阻止するためにはひとまず被告人に依頼するほかないと判断し、被告人に電話で「会社のことはお願いする」旨連絡した。被告人は、工藤から右電話連絡を受けるや、工藤が被告人らの計画に乗つて来たものと考え、直ちに工藤に対し、実印等を用意して東京都内のタカラホテルに来るよう指示する一方、大村の輩下である八幡商事の西田こと縣丈太郎を介し、既に上京中の大村に連絡し、同日午後一〇時三〇分ころ、都内タカラホテルで、大村及びその輩下の者らを交え、工藤、橋詰に会い、工藤らに大村を「大阪にいる日本一の整理屋だ」などと紹介し、大村の指示により、一冨士商事の債権者らの商品運び出しを阻止するという名目で、工藤に指示して、一冨士商事の財産一切を譲渡する旨の譲渡書及び同会社の不動産を明渡す旨の明渡承諾書を作成させ、直ちに、工藤、大村らとともに、車二台に分乗して、右配送センターに赴き、同所に一見して暴力団員とわかる縣外一名を配置し、右譲渡書などを右配送センター内に掲示するなどして、一冨士商事の債権者らが押しかけ商品を運び出すことを阻止する措置をとつた。翌七月七日午前一一時ころから、被告人は、育成センターにおいて、大村、松尾らとともに、こもごも、育成センターに出頭した工藤に対し、会社整理の一環として一冨士商事の実印や不動産権利証、売掛台帳等の一切の会社帳簿、書類(以下、以上の物をまとめて「重要書類等」という。)を提出するよう求めたが、工藤は、このまま重要書類等を被告人らに提出すると、騙されて会社財産全部を取り上げられてしまうのではないかと不安が募り、このころ、前記塚田喜雄相談役から「中小企業育成センターなんて名ばかりでヤクザ屋さんだよ。とんでもないところに頼んだ。早く帰つて来た方がよい」などと電話連絡が入つたこともあつて、その不安を一層強め、被告人らの再三に亘る重要書類等の提出要求に対し、黙つたまま応じようとしないでいた。被告人は、工藤が被告人らの会社整理計画にうまく乗つて来たものと思い込んでいたのに、重要書類等の提出段階に至つて出し渋る事態に直面してあせりを感じていたところ、事態が進展しないのを傍で見て立腹した大村から、別室で「何をぐずぐずしているんや。俺の方は朝から大阪の方に手配して社員を呼び寄せているんや。こういう仕事は一分を争うんだ」「早く書類を作つて不動産や商品などを押えんことにはせつかくここまで運んだのに何にもならなくなつてしまう。少しくらい強いことを言つたり無理をしてもすぐ書類を出させなければあきまへんで」などと言われたこともあつて、乗りかかつた会社整理の計画を実現させるためには、工藤から強引に重要書類等を提出させ、これを利用して当初の計画どおり一冨士商事所有の不動産に根抵当権及び賃借権設定の仮登記手続をするほかないと考えるに至つた。
(罪となるべき事実第二)
被告人は、昭和五六年七月七日正午ころ、育成センター社長室において、工藤と二人だけになるや、工藤から一冨士商事の代表取締役の実印、不動産権利証及び売掛台帳等を強引に提出させようと考え、工藤に対し、自己の机の抽出から小型拳銃に擬した玩具拳銃を取り出し、装填していた紙火薬を打つて発射音を響かせて試射の姿勢を示した上、これを本物の拳銃と誤信している工藤の鳩尾付近に突きつけ、「お前死ぬか、早く楽になりたいか。これはどつちにも向くんだ。今更、みんな取られてしまうのだから早く書類を出せ」などと脅迫してその反抗を抑圧し、よつて、気が動転した工藤をして一冨士商事の会社整理を育成センターに依頼する旨の契約書を作成させた上、工藤をして自己の車を運転させ、これに同乗して案内させ、同日午後一時三〇分ころから午後九時ころにかけ、東京都千代田区九段北所在の公認会計士橋詰正夫事務所に赴き、同所で、同事務所事務員中村幸信から一冨士商事の代表取締役の実印などを受け取らせ、次いで、新宿区上落合所在の田代法律事務所に赴き、同所で前に委任していた自己破産申立手続の撤回を為させ、書類等返還の同意を取つて足立区綾瀬所在の田代法律事務所事務員村山雅春方に赴き、同所で同人から不動産権利証等を受けとらせ、更に埼玉県八潮市新田所在の一冨士商事専務取締役池田元春方に赴き、同所で同人の妻住子から育成センターに渡ることを恐れて密かに集めていた会社帳簿、書類等ダンボール箱四個を受け取らせ、同日午後九時ころ、育成センターに運び込み、同所で、右工藤に受け取らせた一冨士商事の実印、不動産権利証、書類等一二〇点(以下、これらの物をまとめて単に「本件重要書類等」という。)の交付を受けてこれを強取した。
(罪となるべき事実第三)
被告人は、かねて大村との間で打ち合わせていた一冨士商事及びその関連会社の会社整理の具体的手順に従つて、判示罪となるべき事実第一(以下、単に「判決第一」のように略する。)及び同第二記載のとおり、工藤から不法に入手した一冨士商事の委任状、実印等を利用してでも、あくまで当初計画した右会社整理の実現をはかるべく、一冨士商事の債権者らが同会社の財産を仮差押をする等の措置を取る虞れがあるので、これを免れる目的で、一冨士商事及びその関連会社の所有する不動産に、仮装の賃借権及び根抵当権を設定して仮装の債務を負担させたり、一冨士商事及びその関連会社所有の商品の家具等の動産を買い受けたように仮装し、その所有関係を不明ならしめて隠匿するなどして強制執行を妨害しようと考え、
1 被告人は、昭和五六年七月七日午後一時ころ、育成センターにおいて、判示第一の事実のとおり騙取した一冨士商事の白紙委任状を冒用して同会社の不動産に八幡商事を権利者とする賃借権及び育成センターを権利者とする極度額三億円の根抵当権各設定の仮登記手続をしようと企て、右白紙委任状を保管していた藤田に右登記手続をするよう命じ、藤田も被告人の右意図を察知してこれを了承し、被告人は、藤田と互いに意思相通じ共謀のうえ、藤田において、直ちに東京都北区豊島一丁目一八番八号司法書士増山道事務所に赴き、同所において、行使の目的をもつて、ほしいままに、情を知らない司法書士増山雄をして、右白紙委任状に、一冨士商事所有にかかる同都荒川区東日暮里二丁目一八三七番一三の土地及び同番地一三、同番地一四所在の家屋につき、それぞれ育成センターを権利者として極度額三億円の根抵当権設定の仮登記申請手続及び八幡商事を権利者とした賃借権設定の仮登記申請手続を右増山道に委任する旨の文言を記載させ、もつて、一冨士商事代表取締役工藤正之名義の委任状一通を偽造させ、これを、同月八日ころ、同都北区王子六丁目二番六六号東京法務局北出張所において、情を知らない登記係官に対し、右偽造委任状記載の趣旨の仮登記申請書とともに一括提出して行使させ、そのころ、同出張所備付けの登記簿原本にその旨の不実の記載をさせ、即日、これを同出張所に真正なものとして備付けさせて行使し、もつて、一冨士商事に仮装の債務を負担させ
2 被告人は、前同日午後九時ころ、判示第二の事実のとおり、工藤から強取した一冨士商事の代表取締役の実印を冒用して、一冨士商事代表取締役名義の委任状を偽造し、右委任状を利用して判示第三の1の事実と同旨の仮登記手続をしようと企て、その事情を知つた大村、藤田と互いに意思相通じ共謀のうえ、育成センターにおいて、藤田が、行使の目的をもつて、ほしいままに、白紙の不動産登記申請手続委任状用紙四通に、うち二通については、別表一<省略>記載の不動産につき、うち二通については、別表二<省略>記載の不動産につき、それぞれその一通に育成センターを権利者とした極度額三億円の根抵当権設定の仮登記申請手続を、他の一通に八幡商事を権利者とした賃借権設定の仮登記申請手続をそれぞれ被告人に委任する旨の文言を記載し、右各委任状の一冨士商事代表取締役工藤正之名下に前記第二記載のとおり強取した同代表取締役印を冒捺し、もつて、同社代表取締役である同人名義の委任状四通を偽造し、同月八日ころ、これを埼玉県草加市旭町二丁目二番浦和地方法務局草加出張所において、右偽造にかかる別表一記載の不動産についての委任状を、同県越谷市弥生町一四番二四号同法務局越谷出張所において、右偽造にかかる別表二記載の不動産についての委任状を、それぞれ、情を知らない登記係官に対し、真正に成立したもののように装い、右各委任状記載の趣旨の仮登記申請書とともに一括提出して行使し、それぞれ、そのころ(別表一記載の不動産についての根抵当権設定仮登記については一〇日ころ)、同各出張所備付けの登記簿原本にその旨の不実の記載をさせ、即日、それぞれ、これを同各出張所に真正なものとして備付けさせて行使し、もつて、一冨士商事に仮装の債務を負担させ
3 被告人は、右2記載の委任状を偽造中、一冨士商事の会社整理の一環として、その関連会社であるマルイチ家具株式会社(以下、単に「マルイチ家具」という。)の不動産にも前同様の仮登記を設定すべく必要な委任状を作成しようとした際、工藤より強取した判示第二記載の本件重要書類等の中にマルイチ家具の代表取締役池田元春の実印がないことを知るや、その印鑑を偽造の上、マルイチ家具代表取締役池田元春名義の委任状を偽造し前同様の仮登記を設定しようと企て、その事情を知つた大村、藤田と互いに意思相通じて共謀のうえ、同月八日、被告人らの支配下に置かれていた工藤から司法書士増山静夫の下にマルイチ家具の代表取締役の印鑑証明書があることを聞き出し、藤田において、右印鑑証明書を取り寄せ、その印影を利用して情を知らない印鑑業者をして右印鑑を偽造させ、同月九日ころ、育成センターにおいて、行使の目的をもつて、ほしいままに、白紙の不動産登記申請手続委任状用紙二通に、別表三<省略>記載の不動産につき、その一通に育成センターを権利者とした極度額三億円の根抵当権設定の仮登記申請手続を、他の一通に八幡商事を権利者とした賃借権設定の仮登記申請手続をそれぞれ被告人に委任する旨の文言を記載し、右各委任状のマルイチ家具代表取締役池田元春名下に前記偽造にかかるマルイチ家具代表取締役印を冒捺し、もつて、同社代表取締役である同人名義の委任状二通を偽造し、同月一〇日ころ、右草加出張所において、情を知らない登記係官に対し、右偽造にかかる委任状二通を真正に成立したもののように装い、右各委任状記載の趣旨の仮登記申請書とともに一括提出して行使し、そのころ、同出張所備付けの登記簿原本にその旨の不実の記載をさせ、即日、これを同出張所に真正なものとして備付けさせて行使し、もつて、マルイチ家具に仮装の債務を負担させ、
4 被告人は、同年七月八日午後一時ころ、工藤が一冨士商事の社員らによつて育成センターから連れ去られ、以後その所在がつかめないままでいたところ、同月一〇日、午後三時ころ、前記八潮配送センターで張り番をしていた西田こと縣丈太郎から藤田を通じ一冨士商事の債権者が八潮配送センターの商品などに仮差押をかける虞れがあり、これに対抗してその執行を排除するに必要な虚偽の書類を作成してほしい旨連絡を受けるや、あくまで一冨士商事の会社整理を強行すべく、一冨士商事及びその関連会社所有の商品である家具等の動産を育成センターに売却する旨の契約書を作成して、右動産の所有関係を不明ならしめてこれを隠匿しようと企て、その場に居合せた大村、同藤田及び右縣と意思相通じ共謀のうえ、育成センターにおいて、藤田が、行使の目的をもつて、ほしいままに、物品売買契約書用紙に、売主を一冨士商事、右マルイチ家具及び右マルイチ家具と同様に一冨士商事の関連会社であるツクダ家具株式会社(以下、単に「ツクダ家具」という。)、買主を育成センターとして、一冨士商事本社及び倉庫に存在する右三社所有の商品、洋ダンスなどの有体財産一切を一億八〇〇〇万円で売買した旨の文言を記載し、同書面末尾の前記売主の各会社名下に判示第二記載の強取した一冨士商事の代表取締役印を判示第三の3記載の偽造にかかるマルイチ家具の代表取締役印、右偽造の際合せて偽造したツクダ家具代表取締役印をそれぞれ冒捺し、もつて、右三社作成名義の物品売買契約書一通を偽造した上、同月一一日、埼玉県八潮市大字木曽根字西四七八番地一冨士商事倉庫前において、右縣が、同社所有の有体財産の仮差押の執行に当つた執行官に対し、右偽造にかかる物品売買契約書を真正に成立したもののように装い、提示して行使し、もつて、右動産の所有権の帰属を不明ならしめて右有体財産を隠匿し
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人らの主張に対する判断)
一弁護人らは、(一)判示第二の事実につき、被告人が昭和五六年七月七日株式会社中小企業育成センター(以下単に「育成センター」という。)社長室で小型拳銃に擬した玩具拳銃(以下「本件拳銃」という。)を使用して工藤正之を脅したことはなく、時期は別として右事実があつたとしても、被告人の日頃の癖として右拳銃をもてあそんだか、或いは右工藤に活を入れるために、冗談半分に示しただけであつて、右工藤を脅して一冨士商事所有の同社実印、不動産権利証等(以下単に「本件重要書類等」という。)を提出させたことはなく、本件重要書類等は、右工藤から会社整理の委任の趣旨に基づき平穏繙に授受されたものであつて、右工藤のじ後の行動からしても強盗罪は成立しない、(二)判示第三の各根抵当権及び賃借権設定の仮登記申請手続に関する委任状の偽造・同行使の事実につき、被告人は、前同様右工藤から会社整理の一環として、右登記に関し、その承諾ないし推定的承諾の下に右登記手続をすすめたものであつて、右委任状の偽造・行使の罪は成立しない旨主張し、被告人も当公判廷で右主張に副う供述をしているところである。従つて、以下これらの点につき判断することとする。
二強盗罪の成立を認めた理由
1 被告人が工藤正之に対し本件拳銃をつきつけるに至つた経過及び本件拳銃をつきつけた具体的状況は、前掲各証拠によると判示「第二及び第三の犯行に至る経緯」及び判示「罪となるべき事実第二」のとおりであつて、特にこの点に関する被道者工藤正之の捜査段階における供述調書及び当公判廷の証言並びにこれらにほぼ副う被告人の捜査段階の自白調書の信用性を左右するに足りる事実は認められない。
要するに、前掲各証拠によると、(一)昭和五六年七月六日一冨士商事が事実上倒産した後、めまぐるしく変転する事態の推移の中で、同社代表者工藤正之は、同日夜同会社の八潮配送センターに債権者らが押しかけ商品の持ち出しを始める事態が予測される旨の情報を得て、先刻被告人らから都内赤坂プリンスホテルで説明を受けた内容が現実のものとなつたと考えて狼狽し、当面これを阻止するため、被告人らに会社のことを依頼する旨連絡し、都内のタカラホテルで被告人らと会い、求められるまま商品の譲渡書、不動産の明渡承諾書を作成し、同日夜直ちに被告人らの手配により商品の持ち出し阻止の態勢をひとまずひき、翌同月七日育成センターに出頭したこと、(二)右工藤は、会社倒産という混乱状態の下で債権者の商品持ち出しという急場を切り抜けるため、ひとまずこれを阻止することを主眼として、具体的な会社整理の手順、内容、程度などについて冷静に思いめぐらす暇もなく、被告人らの勧める会社整理という話に乗ることを承諾したものの、右商品譲渡書等の作成によつて、被告人らが適宜会社整理に伴う債権者の処理などに当つてくれるものと容易に考えていた形跡があり、また被告人らから会社整理の具体的手順、内容、特に会社整理の一環として一冨士商事所有などの不動産に根抵当権及び賃借権各設定の仮登記をするなどの方法について具体的な説明を受けていなかつたこともあつて、右工藤が会社倒産直後の急転する事態の中で、考えていた会社整理の内容(具体的な依頼の内容などに空白部分がある。)と被告人らが密かに企画実行しようとしていた会社整理の手続、内容との間には七月六日夜の時点で齟齬があつたものと考えられること、(三)右工藤は、七月七日朝育成センターに出頭したものの、かねて同人の妻や一冨士商事専務池田元春らから育成センターの評判が悪く信用できないとして、被告人らと接触することに反対され、その反対を押し切つて被告人に融資の依頼をし、これが失敗した経過もあり、全面的に信頼できるかどうか一方で不安を抱いていたところ、会社整理の実行の方法として、更に被告人らから本件重要書類等の提出を要求されるに及び、本件重要書類等をこのまま提出すると被告人らに騙されて一冨士商事の資産全部を取り上げられてしまうのではないかと不安を募らせ、同日午前中一冨士商事相談役塚田喜雄から電話で「中小企業育成センターなんて名ばかりでヤクザ屋さんだよ。とんでもないところに頼んじゃったよ。早く帰って来た方がよい」旨連絡を受けて増々その意を強くし、被告人らから再三に亘り執拗に本件重要書類等の交付を求められても終始沈黙し、右要求に応ずる返答をしないまま時間が経過したこと、(四)被告人は、七月六日夜の右工藤の依頼により、右工藤が被告人らの企図する会社整理の筋書に乗つて来たものと考えていたのに、本件重要書類等を交付させる段階に至つて、右工藤が容易にこれに応じない事態に直面し、居合せた大村幹雄から「何をぐずぐずしているんや」などと早急に登記に必要な書類等を交付させることをせかされ、同人が既に大阪から輩下を呼び寄せるなど、会社整理の計画が着々と実行に移されている段階で後に引けない状況にあり、更に同人から強く出て必要な書類等を提出させる必要もある旨示唆されていたこともあつて、被告人自身右工藤から本件重要書類等を交付させることについて、あせりを感じていたことがそれぞれ認められる。
右認定の経過、背景に照らせば、本件拳銃の使用目的、日時について、被告人は、乗りかかつた会社整理の計画を実現するためには、工藤正之から強引に本件重要書類等を取り上げるほかないものと判断し、七月七日正午ごろ、育成センター社長室において、本件重要書類等の提出に応じない右工藤に対し、判示認定の方法で、本件拳銃を右工藤につきつけて脅迫したものと認めるに充分である。
被告人は、事件発生後本件拳銃を処分したため、発見されていないところ、当公判廷で、本件拳銃を右工藤につきつけた日時、目的について不明確な供述をし、弁護人らも被告人の右供述に依拠して本件拳銃の使用日時、目的について、本件重要書類等の提出と関係のない冗談半分の使用で右工藤に本件重要書類等を提出させる目的で使用したものではない旨争つているが、右認定の経過、背景事情に照らし到底採用することができない。
2 被告人が工藤正之に対し、本件拳銃をつきつけた状況は、判示認定のとおりであるが、被告人は、その直後本件拳銃を机の抽出に戻したため、本件拳銃が右工藤の目に触れたのは、一瞬の出来事であつたと考えられる。ところで、右工藤は、倒産直後で気が動転し不安定な心理状態にあつたものと考えられるところ、当時本件拳銃が本物であると判断し、玩具と気付かなかつた旨捜査段階、公判廷を通じて一貫して供述しており、前記認定の本件重要書類等の提出経過に照らし右供述の信用性を肯認することができる。そうすると、本件脅迫の具体的手段、内容、右工藤の心理状態、右工藤が被告人らと接触し、かつ事前に聞知していた被告人に関する知識(前記塚田相談役の直前の電話内容など)などを総合すれば、被告人の本件拳銃による脅迫行為は、客観的に右工藤の反抗を抑圧するに足りる程度のものと評価することができる。そして、右工藤は被告人から本件拳銃により脅迫された後、判示認定のとおり、本件重要書類等をその預け先から回収し被告人に交付しているが、右工藤が本件重要書類等を被告人に交付するに至つた前記認定の経過に照らし、右脅迫行為と本件重要書類等の交付との間に因果関係が認められる以上、右工藤が本件重要書類等を被告人に交付した時点で、現実に反抗を抑圧されていたか否かに拘らず、強盗罪の成立は免れないものと判断せざるを得ない。
3 確かに、前掲各証拠によると、工藤正之は、被告人から本件拳銃で脅迫された以後、右工藤が預け先から本件重要書類等を回収して被告人らに交付する過程及びその後七月八日午後息子の工藤晴一郎ら一冨士商事の関係者によつて育成センターから連れ出されるまで、例えば七月八日朝一人で再び育成センターに出頭したり、同日同所に退出する際、同センター地下喫茶室に立ち寄り、被告人にわざわざ挨拶して退出した上、右晴一郎らに「何で育成センターに行つたのか」と質問されて「男どおしの約束があつたためだ」などと返答したりするなど、被告人から脅迫された者として一見不自然とも思える言動に出ていることが窺える。弁護人らは、右工藤の本件拳銃で脅迫されたじ後の行動をとらえて強盗罪の成立を強く争うところである。
しかし、工藤晴一郎の司法警察員に対する供述調書、池田元春の検察官に対する供述調書によると、右晴一郎らが右工藤を育成センターから連れ出す際、右工藤は、顔が青ざめて頭をたれ、目は焦点が定まらず、晴一郎らが話しかけても反応がなく、体をゆり動かして始めてその存在を知るなど憔悴し切つた状態であり、育成センターから連れ出された以後も、七月一一日まで興奮がさめず、一冨士商事の池田専務に対し、「育成センターに帰らないと何をされるかわからない、おつかない」などと漏らし、ノイローゼ状態が続いていたことが窺える。そして、右工藤は、当時長年育て上げた会社の倒産に直面して大きな衝撃を受け、不安定かつ異常な心理状態に置かれていたものと考られ、かかる心理状態の下で、被告人から本件拳銃で脅迫され、既に被告人らが暴力団関係者であると判断していた事情もあつて、勝手に身動きできないものと思い込み、被告人らの企画実行中の会社整理という大きな網の中に取り込まれた形で、冷静な判断もできず、半ば屍の如く被告人らから求められるまま唯唯諾諾として行動していたものと認められ、右工藤が被告人の本件拳銃による脅迫行為をも含め、被告人らが強引にすすめる会社整理を一切容認する趣旨で、被告人らと行動を共にしていたものとは到底認められない。
従つて、右工藤のじ後の行動をすべて考慮しても、被告人が前記認定の経過、目的の下に本件拳銃で右工藤を脅迫したこと及び右脅迫が客観的に右工藤の反抗を抑圧するに足るものであつたこと自体を否定し、又は被告人の本件拳銃による脅迫行為と右工藤の本件重要書類等の交付との間の因果関係を否定する事情とはならないから、本件強盗罪の成立を左右するものではないと言わざるを得ない。
三根抵当権及び賃借権設定の仮登記申請手続に関する委任状の偽造・同行使の罪を認めた理由
判示第一及び第二の事実のとおり、被告人は、会社整理を理由に利益をあげる目的であるのにこれを秘し、工藤正之に対し融資斡旋を口実に近づき、その名目で騙取した一冨士商事代表取締役の白紙委任状や、本件拳銃を使つて同人を脅迫し、その結果強引に提出させた一冨士商事所有の実印を利用して、同会社所有の不動産に対し、根抵当権及び賃借権設定の仮登記申請手続に関する同会社代表者工藤正之の委任状を作成し、かつこれを使用したものであつて、前記二の3項で検討したとおり、右工藤が右拳銃で脅迫された以後の行動をすべて考慮しても、右委任状の作成、使用につき、右工藤の承諾ないし推定的承諾を認める余地はないものと言わざるを得ない。
四以上の次第であるから、弁護人らの右主張はいずれも採用できない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は刑法二四六条一項に、判示第二の所為は同法二三六条一項に、判示第三1ないし3の各所為中、各委任状の偽造の点はいずれも同法六〇条、一五九条一項に、各偽造委任状の行使の点はいずれも同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、各登記簿原本に不実の記載をさせた点は、いずれも同法六〇条、一五七条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、各不実記載の登記簿原本を備え付けさせて行使した点はいずれも刑法六〇条、一五八条一項、一五七条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、各強制執行を妨害した点はいずれも刑法六〇条、九六条ノ二、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第三4の所為中、物品売買契約書の偽造の点は刑法六〇条、一五九条一項に、偽造の物品売買契約書の行使の点は同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、強制執行を妨害した点は同法六〇条、九六条の二、罰金等臨時措置法三条一項一号に、それぞれ該当するところ、判示第三1の各不動産についての賃借権設定仮登記及び根抵当権設定仮登記の委任状一通の偽造、その行使、右各不動産についての賃借権設定仮登記、根抵当権設定仮登記の各不実記載、その各行使、及び各強制執行妨害はそれぞれ順次手段結果の関係があるので刑法五四条一項後段、一〇条により結局以上を一罪として刑及び犯情の最も重い右偽造委任状行使の罪の刑で処断し、判示第三2の別表一記載の不動産についての賃借権設定仮登記、根抵当権設定仮登記の各偽造委任状の一括行使(根抵当権設定仮登記の委任状の八日の行使及び一〇日の行使は包括して一個の行使と評価しうる)。は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、右各委任状の偽造、その各行使、右各不動産についての賃借権設定仮登記、根抵当権設定仮登記の各不実記載、その各行使、及び各強制執行妨害は、それぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として刑及び犯情の最も重い右賃借権設定仮登記の偽造委任状の行使の罪の刑で処断し、判示第三2の別表二記載の不動産についての賃借権設定仮登記、根抵当権設定仮登記の各偽造委任状の一括行使は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、右各委任状の偽造、その各行使、右不動産についての賃借権設定仮登記、根抵当権設定仮登記の各不実記載、その各行使、及び各強制執行妨害は、それぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として刑及び犯情の最も重い右賃借権設定仮登記の偽造委任状の行使の罪の刑で処断し、判示第三3の各不動産についての賃借権設定仮登記、根抵当権設定仮登記の各偽造委任状の一括行使は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、右各委任状の偽造、その各行使、右各不動産についての賃借権設定仮登記、根抵当権設定仮登記の各不実記載、その各行使、及び各強制執行妨害は、それぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として刑及び犯情の最も重い右賃借権設定仮登記の偽造委任状の行使の罪の刑で処断し、判示第三4につき、物品売買契約書の偽造、その行使、及び強制執行妨害は、それぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により刑及び犯情の最も重い偽造物品売買契約書行使の罪の刑で処断し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の事情)
本件各犯行は、判示認定のとおり、被告人が会社整理に精通する大村幹雄らと手を結び、一冨士商事の会社整理に藉口して巨額な利益をはかる目的で敢行されたもので、その動機において同情の余地がないばかりでなく、会社倒産を防ぎ生き残る道を求めて必死の経営者の異常な心理状態を巧みに利用し、融資斡旋を口実に経営者に接近するなどして計画的に実行され、かつ会社整理を強引に実現すべく、工藤正之を騙したり、小型拳銃に擬した玩具拳銃で脅したりして会社整理に必要な書類、実印等を取り上げ、会社整理の名の下に、次々と不法な手段を尽して適正な国家の強制執行を妨害し、善良な債権者を排除して巨額な利得を事実上独占しようとしたものであつて、本件各犯行の計画性、狡猾かつ強引な手段、方法などの犯行態様、一冨士商事及びその関連会社所有の不動産に多数の仮装登記を設定するなどして現実の債権、債務関係を混乱させた結果などを考えると、その犯情は重いと言わなければならない。しかも被告人は、過去に恐喝罪、恐喝幇助罪などで三回の執行猶予付懲役刑に処せられているほか多数の罰金前科があり、遵法精神の欠如が窺われるところ、この点は、被告人が会社整理の名の下に、自己の利得追求のためには手段を選ばず、次々と本件各犯行を敢行したことと無縁ではないと考えられる。
しかしながら、被告人らが一冨士商事の会社整理に藉口して巨額の利益を上げようとした計画自体は、被告人らの右計画実行中、同会社代表者工藤正之が会社関係者によつて連れ出され、被告人らの事実上の支配下から脱した事情もあつて、結局失敗に帰したこと、被告人は、過去幾多の会社整理を手がけた共犯者大村幹雄に触発されて、会社整理を口実に利益を上げようと決意し、その指導と助言に基づいて会社整理の実現過程における本件各犯行の実行行為などを担当したもので、判示第三の強制執行妨害などに関連する各犯行の主導権は大村にあつたこと、工藤は、一冨士商事の倒産直前、被告人らの融資斡旋問題に関し、他の役員ら周囲の者の反対を押し切つて、被告人らの甘言に乗り、会社倒産直後も被告人らと接触を続けるなど、被告人らが巧みに工藤の異常な心理状態を利用した点を考慮しても、会社経営者としての見識に欠ける不注意な側面を否定できないところであつて、この点が結果的に本件各犯行の契機を与えたものと考えられること、その他、判示第二の犯行に供された拳銃は、本物でなく玩具拳銃であつたこと、判示第三1ないし3の犯行によつて作出された仮装の各登記は、本件弁論終結直前任意に抹消に応じていること等被告人に有利な事情も認められるので、これらの事情をも総合して主文掲記の量刑が相当であると判断した次第である。
よつて、主文のとおり判決する。
(田崎文夫 榎本巧 川神裕)