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東京地方裁判所 昭和56年(合わ)56号 判決 1981年11月06日

主文

被告人鈴木常春を懲役八年に、被告人彦田英一を懲役六年に、被告人森誠一郎を懲役六年にそれぞれ処する。

被告人三名に対し未決勾留日数中各一八〇日をそれぞれその刑に算入する。

訴訟費用中証人吉田俊雄に支給した分は被告人鈴木常春の負担とする。

理由

(本件犯行に至る経緯)

被告人鈴木常春は、東京都江戸川区内の中学校を卒業後、自動車修理工場の工員などをしたのち、昭和四一年から兄の経営する自動車電装品販売修理業の手伝いなどをしていたもの、被告人彦田英一は、同区内の中学校を卒業後、ウエイター、コツク見習、店員等の職業を転々としたのち、昭和五一年一一月ころから妻とともに飲食店を経営していたが、妻が出奔したことから昭和五五年三月には店を閉鎖し、その後はふたたびウエイター等の臨時雇をしていたもの、被告人森誠一郎は、大阪市内の中学校を二年で中退したのち、大阪、東京、高崎に所在するいわゆる暴力団の組員となつて各地を転々としていたが、昭和五四年九月ころから被告人鈴木の従兄が経営する東京都江戸川区内の株式会社鈴木土木に就職し、ブルドーザーなどの土木建設機械の運転手として稼働していたものであり、被告人鈴木、同彦田は中学校当時同級生であつたことから親しく交際し、また被告人鈴木、同森は鈴木土木でかつて一緒に働いたことから交際するようになつていた。

被告人鈴木及び同彦田は、昭和五五年一二月二六日午後一一時三〇分ころ、飲み歩いている途中、同区中〓西二丁目七番四号洋品店「おはなはん」前付近の路上において、酩酊して歩行中の藤野秀雄(昭和一八年九月一四日生)に出会うや、数日前同所付近で同人を含む数名の者と喧嘩し、同人らから一方的に殴打されたことがあつたので、その仕返しとして、こもごも同人の頭に頭突きを加え、顔面を殴打し、その場に転倒した同人を足蹴にするなどの暴行を加え、人気のない場所でさらに暴行を続けようと被告人鈴木の運転する軽四輪自動車に藤野を押し込み、発進したが、同人の言動から暴力団関係者ではないかとの危惧を抱き、暴力団関係者について詳しい被告人森にその関係の有無を確認させようと同区〓西二丁目三、九四六番地ハイツ吉田二〇二号室の同被告人方に立ち寄り、同被告人を呼び出して藤野が顔見知りの者でないことを確認したうえ、同被告人を同乗させて同区南〓西五丁目一番六価クロム再処理工場建設現場脇付近の路上に至り、同所において、藤野を車内から引き出し、被告人彦田及び同鈴木において、こもごも頭突き、手拳による殴打、足蹴などの執拗な暴行を繰り返し、さらに、被告人鈴木において、付近にあつた長さ約一メートルの丸太を拾い、その場に倒れていた藤野に殴りかかろうとしたところ、被告人森において、「やめろよ。ここでやつたらやばいよ。もつといい方法がある。海に沈めちやおう」などといいながら、これを制止したので、被告人鈴木もこれに従い、被告人三名は、倒れている藤野を前記自動車に乗せ、被告人森の案内で被告人鈴木が運転し、同区南〓西三丁目地先新左近川水門脇の荒川堤防工事現場に至つた。

(罪となるべき事実)

被告人三名は、前記のようにして、昭和五五年一二月二七日午前一時すぎころ、新左近川水門脇の前記工事現場に藤野を連行し、前記暴行により抵抗する力を失つている同人を自動車から連れ出して水門脇の荒川堤防高水敷(盛土して台地状になつている部分)の上に引き上げたが、同人を水中に転落させ、そのため同人が死亡するのもやむを得ないと決意し、その旨意思を相通じて、同人を取り囲み、主として被告人鈴木において、「この野郎」「いつまでもふざけるんだ。ぶつちめるぞ」「飛び込める根性あるか」などと脅しながら藤野を新左近川の護岸の際まで追いつめ、さらに、同被告人において付近にあつた長さ約一メートルのたる木を手にして藤野に殴りかかろうとしたため、ついに逃げ場を失つた同人をして新左近川の水中に転落せしめ、よつて、そのころ新左近川と荒川の合流点付近の水中において、同人を溺死するに至らせて殺害したものである。

(証拠の標目)(省略)

(争点に対する判断)

弁護人らは、被告人らにはいずれも殺意がなかつた旨主張し、被告人らも、当公判廷において、殺意を否認し、判示六価クロム再処理工場建設現場脇付近路上(以下「第二現場」という。)から判示新左近川水門脇の荒川堤防工事現場(以下「第三現場」という。)に移動したのは、藤野を川に転落させるためではなく、また、第三現場において藤野を突き落したこともなく、川の中に転落させるよう仕向けたこともないのに、同人が自ら水中に飛び込んだ旨供述しているので、以下に検討を加える。

一  第二現場から第三現場に移動した経緯等について

前掲証拠によれば、被告人鈴木及び同彦田は、昭和五五年一二月二六日午後一一時三〇分ころ、判示「おはなはん」前付近の路上(以下「第一現場」という。)でかなり酩酊している藤野と出会い、数日前同人らから一方的に殴打されたことの仕返しとして、同所において、同人に対し、こもごも殴る蹴るなどの激しい暴行を加えたが、人目についてきたので、さらに同人に暴行を続けるべく、被告人鈴木の運転する自動車に藤野を押し込んで場所を移動したが、途中被告人森方に立ち寄り、藤野が暴力団関係者でないことを確認したうえ、同被告人をも乗車させて第二現場に至つたこと、第二現場においても、被告人鈴木及び同彦田において、こもごも藤野に対し頭突き、手拳による殴打、足蹴などの執拗な激しい暴行を加えたが、同人が転倒して抵抗する力を失いながらも、「あつさりやつてくれ」などと強がりをいつたため、一層興奮した被告人鈴木が付近にあつた丸太を拾つて藤野に殴りかかろうとしたところ、被告人森がこれを制止し、「ここでやつたらやばいよ。もつといい方法がある。海に沈めちやおう」などといい出したことから、被告人鈴木は暴行を中止し、ふたたび藤野を車内に押し込み、被告人鈴木において、被告人森の指示、案内に従い、自動車を運転して第三現場に直行したこと、第三現場は荒川本流に流入する新左近川から荒川下流の高速道路湾岸線に至る間の堤防建設工事現場で、深夜は人気が全くない場所であつて、被告人森は以前から右現場での土木作業に従事し、その場の状況を知悉していたこと、被告人鈴木は、新左近川の岸から約五メートルの地点まで延びている作業用仮道路のほぼ行止まりの地点に車を停め、まず被告人鈴木と同森が下車して周囲の状況を窺い、次いで被告人彦田において被告人鈴木の指示により藤野を降ろすと、そのまま被告人三名が暴行を加えることもなしに藤野を仮道路上から新左近川水門脇の高水敷の上に上げ(この点については後に詳しく検討する。)、間もなく同人は右高水敷に接する新左近川のコンクリート製護岸上から新左近川の水中に転落し、溺死したことが認められる。

当公判廷において、前記の移動した経緯につき、被告人鈴木は、藤野が一対一でやらせてくれといつたので、そのつもりで第三現場に行つた旨、被告人森は、自分の家に帰るつもりだつたが、二人ともまだかなり興奮していたし、家の付近で夜中に騒がれても困ると思い、まだ殴りたりないだろうからやるだけやらせてみようという気持で第三現場に向かつた旨それぞれ供述するが、さきに認定したとおり、被告人鈴木及び同彦田は、第二現場において、藤野に対し、こもごも殴る蹴るなど執拗に激しい暴行を加え、とくに被告人鈴木は異常と思われるほどの攻撃を加えているのであつて、被告人森が口頭で制止しただけで暴行を中止したとは考えられないこと、第二現場は広大な六価クロム再処理工場建設現場に接し、付近に人家はなく、深夜のため車両等の通行も稀であり(被告人らの供述中には、人目を避けるため第三現場へ移動した旨述べた形跡が全く窺われないこともこれを裏付けるものである。)、被告人鈴木の供述するように、単に藤野と一対一で喧嘩するため又は被告人森の供述するようにさらに藤野に暴行を加えるためだけであれば、第二現場でこれを行うことが十分可能であり、わざわざ自動車を運転して遠方の第三現場に移動する理由も必要も認められないこと、第二現場を出発するや第三現場に直行し、自動車を第三現場の仮道路の先端の新左近川岸に近い場所まで乗り入れ、被告人らは、藤野に対し特段の暴行を加えることもなく、狭い高水敷に同人とともに上り、間もなく同人は新左近川に転落して溺死していることなどの事実に照らすと、同人と一対一で喧嘩するため又は同人にさらに暴行を加えるために第三現場に赴いたとの被告人鈴木、同森の供述は到底信用できない。

次に被告人森は、「海に沈めちやおう」などといつたことはない旨供述するが、さきに認定した事実、とくに著しく興奮した被告人鈴木が被告人森のいうままに暴行を中止して第三現場に向かつたことに加えて、被告人鈴木は、自己に罪責が及ぶ危険があるにもかかわらず、被告人森が第二現場で被告人鈴木の暴行を制止し、「海に沈めちやおう」という趣旨のことをいつた旨当初から一貫して供述していることを総合すると、被告人森が「海に沈めちやおう」という趣旨のことをいつたため、被告人鈴木は、その気持になり、藤野を殴るのを中止し、第三現場に向かつたものと認めるのが相当である。

また、被告人彦田は、同鈴木と同森がどこに行くかわからなかつた旨供述するが、被告人彦田は、第二現場において、被告人鈴木とともに藤野に対し殴る蹴るの暴行を加えており、その際に、被告人森が被告人鈴木を制止しながら、「海に沈めちやおう」といつたことはさきに認定したとおりであるから、その傍にいた被告人彦田も当然その言葉を聞いたものと推認でき、どこに行くのかわからなかつた旨の同被告人の供述は不自然であつて信用することができない。

以上の諸点を総合すると、被告人鈴木及び同森は、藤野を水中に転落させる意図をもつて第三現場に向かい、被告人彦田も、被告人鈴木、同森の右意図を認識していたものと認めるのが相当である。

二  被告人らが藤野を高水敷に上げ、新左近川に転落させて溺死させるに至つた状況について

前掲証拠によると、被告人らは、第三現場に到着すると、まず、被告人鈴木が同森とともに自動車から降り、周囲の状況を窺つたのち、車内にいた被告人彦田に声をかけて車から藤野を降ろさせると、そのまま被告人三名において、引きたてあるいは追いたてるようにして藤野を仮道路から約一・二メートルの段差のある高水敷の上に上げ、同人を取り囲み、主として被告人鈴木において、「この野郎」「いつまでもふざけるんだ。ぶつちめるぞ」「飛び込める根性あるか」などと脅しながら藤野を護岸の際まで追いつめ、さらに同被告人において長さ約一メートルのたる木で藤野に殴りかかろうとするなどし、逃げ場を失つた同人を護岸の上から新左近川の水中に転落させて溺死させたこと、被告人彦田、同森においても被告人鈴木の右行動を制止した形跡がないこと、また、藤野が水中に転落したのち被告人らは同人を救助しようとしていないことが認められる。

被告人らは、当公判廷において、藤野は第三現場において自分で下車し、自発的に高水敷に上つた旨供述するが、前掲証拠によれば、藤野は、当時かなり多量の酒を飲んでいたうえ、第一現場及び第二現場において、被告人鈴木、同彦田から殴る蹴るなど執拗な激しい暴行を加えられ、その間、全く抵抗せず、殴られると容易によろけたり転倒したりしていたことが認められ、これらの事実によると、第三現場における藤野は、肉体的に疲労困憊し、運動機能が著しく減退していたことが容易に推認され、このような状態にあつた藤野が仮道路から一・二メートルの段差のある高水敷に自発的に上つたとは通常考えられず、被告人らの右供述は信用できない。

また、弁護人らは、藤野は自ら川の中に飛び込んだものである旨主張し、被告人らもこれに沿う供述をしているが、第二現場から第三現場に移動した経緯及び被告人三名で藤野を下車させ、特段の暴行を加えることもなく同人を高水敷に上げていることはさきに認定したとおりであつて、これらの事実は被告人らに藤野を水中に転落させる意図のあつたことを推認させるものであり、また、酩酊しているのに加えて衰弱している同人が、冬季のしかも深夜の冷たい水中(司法警察員作成の気象状況捜査報告書によれば、本件犯行当時、第三現場の気温は摂氏四度ないし五度で、新左近川及び荒川の水温は摂氏八度ないし九度であつたことが認められる。)に自ら飛び込んだとは到底考えられない。

次に、被告人森は、当公判廷において、高水敷へ上つて行く被告人彦田と藤野の後からついて行つただけで、藤野を無理に引きずり上げたこともなく、その後は水門脇で自分の行つた工事の跡を見ていて被告人鈴木や藤野らから離れていたのでその行動を見ておらず、「なに」という声で振り返つて見ると、同人が飛び込むところだつたという旨の供述をしているが、さきに認定したとおり、第三現場へ移動するようになつたのは、被告人森の「海に沈めちやおう」などとの言葉が契機であつて、第三現場の地理、状況に詳しい同被告人の案内により第三現場に到着すると、同被告人も被告人彦田らとともに藤野を下車させ、高水敷に上げているのであるから、被告人森が藤野を脅迫して水中に転落させることだけに関与しなかつたとは到底考えられず、また同被告人の右供述は、当公判廷に至つて初めてなされたものであること、被告人鈴木及び同彦田の当公判廷における各供述の内容にも反することに照らすならば、著しく信用性に乏しいものというべきである。

また、被告人彦田も、当公判廷において、被告人鈴木が藤野を脅すのをただ見ていただけである旨供述するが、さきに認定したとおり、被告人彦田は、仕返しのため第一現場及び第二現場において、被告人鈴木とともに、藤野に対し執拗な暴行を加え、被告人森が「海に沈めちやおう」といつたことから、第三現場へ移動し、第三現場において、被告人鈴木にいわれ、藤野を下車させたのであるから、ここに至つて、被告人彦田が同鈴木の行為を単に傍観していただけで何もしなかつたとは到底考えられず、被告人彦田の右供述は信用することができない。

以上の諸点及びさきに認定した第二現場から第三現場に移動した経緯、被告人らの意図及び認識を総合すると、検察官の主張するように被告人らが積極的に藤野を水中に突き落としたとの事実を認めるにたる十分な証拠はないが、被告人らは、藤野を護岸の際に追いつめ、水中に転落させようとの意思を相通じ、判示のとおり、同人を追いつめて新左近川の水中に転落せしめたと認めるのが相当である。

三  殺意について

以上のとおり、被告人らが、藤野を新左近川の水中に転落させる意図をもつて、その旨意思を相通じ、同人に対し脅迫及び暴行を加えて護岸の際に追いつめ、ついに同人を新左近川の水中に転落させて溺死させたことが認められるのであつて、被告人らは、藤野をあくまでも殺害しようとするまでの積極的な意図があつたと認めることはできないとしても、酩酊しているうえに、第一現場及び第二現場における暴行により肉体的に衰弱している同人を真冬の川の中に転落させるならば、死亡するに至るであろうことは容易に予測できることであるから、被告人らは、同人が死亡するであろうことを認識しながら、それもやむを得ないと考えて同人を水中に転落させたものと認めることができ、殺意を認めるに十分である。

(法令の適用)

被告人三名の判示所為は刑法六〇条、一九九条に該当するので、その所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人鈴木を懲役八年に、被告人彦田を懲役六年に、被告人森を懲役六年にそれぞれ処し、被告人三名に対し同法二一条を適用して未決勾留日数中各一八〇日をそれぞれその刑に算入し、訴訟費用中、証人吉田俊雄に支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人鈴木の負担とし、国選弁護人田中郁雄に支給した分は同法一八一条一項但書を適用してこれを被告人森に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件犯行は、被告人鈴木及び同彦田の両名のさきに藤野らから受けた暴行に対する報復行為に端を発したものとはいえ、無抵抗の同人に対し執拗に激しい暴行を加えたうえ、抵抗する力を失つた同人を川の堤防に運び、脅迫、暴行を加えて追いつめ、真冬の川の水中に転落させて溺死させたものであつて、その態様は執拗、かつ、残忍であり、動機においても酌量の余地がなく、その刑責は極めて重大である。とくに被告人鈴木は、終始積極的に行動したものでその責任は最も重い。被告人彦田も第一現場、第二現場において藤野に対し執拗な暴行を加え、第三現場においても被告人鈴木に追随して殺害行為に加担し、また、被告人森は、藤野に対し何の恨みもないのに被告人鈴木、同彦田に加担して、藤野を海に沈めようなどといい出し、第三現場へ案内するなど本件殺害行為において重大な役割を果たしたものであり、いずれもその刑責の重大性を否定することはできない。

右犯行の動機、態様、結果、各被告人の果たした役割、被害者の遺族に対して全く慰謝の措置が講じられていないこと等を考慮するならば、本件犯行における殺害方法が水中に転落させて溺死させるという間接的な方法であつたこと、被告人らがそれぞれ当公判廷において更生を誓つていること、被告人らの家族又は親族がそれぞれ被告人らの更生を援助する旨約束していることなど被告人らに有利な一切の事情を斟酌しても、被告人鈴木については懲役八年、被告人彦田及び同森についてはそれぞれ懲役六年に処するのが相当である。

よつて、主文のとおり判決する。

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