東京地方裁判所 昭和56年(特わ)1976号 判決 1987年1月28日
主文
被告人を罰金二万円に処する。
未決勾留日数中、その一日を金二、〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を、その刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和五六年六月一五日「六・一五憲法改悪反対、軍事大国化に反対し、三里塚闘争勝利をめざす全人民総決起集会」に引き続き右集会参加者らにより行われた集団示威運動に際し、約一〇〇数十名からなる四列縦隊の学生らが、同日午後八時ころから同八時五分ころまでの間、東京都新宿区霞岳町一番地所在明治公園青山口前から同区同町一三番地神宮球場クラブハウス別館前に至る道路上において、東京都公安委員会の付した許可条件に違反して、だ行進を行つて集団示威運動をした際、終始隊列の先頭列外中央付近に位置し、同隊列に正対して後ずさりしたりしながら笛を吹き、手を振つて進行方向を指示するなどして、右隊列を指揮誘導し、もつて、右許可条件に違反して行われた集団示威運動を指導したものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、本件については、公訴を棄却するか、あるいは無罪の言渡をすべきであるとし、その理由として縷縷主張しているので、以下それらの主要な点についての判断を示す。
一 弁護人は、「昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下、本条例という。)は、表現の事由を保障した憲法二一条に違反し無効である。」旨主張する。
なるほど、集会、集団行進及び集団示威運動すなわち集団行動は、憲法二一条にいう「表現」の一態様としてその自由が保障されなければならないものであることはもちろんであるが、このような憲法に定められたいわゆる基本的人権といえども公共の福祉による制約を受けることもまた当然であつて、表現の自由もその例外をなすものではない。ことに集団行動というのは単なる言論や出版等によるものと異なり、多数人の身体的行動を伴う表現形態であつて、多数人の集合体の力によつて支持されていることは否めない事実であり、それだけに公共の安寧すなわち地域の社会生活の安全と平穏を損うおそれも少なくないから、地域の社会生活の安全と平穏について住民に対し責任を負う地方公共団体が、かかる危険に対処し右の責任を全うするため、集団行動について、本条例のように許可を原則とし不許可の場合が厳格に限定された許可制を設けて、集団行動に適切な措置を講じ得るようにしておくことは、なんら憲法二一条に違反するものではないと考えられる。この点については、最高裁判所の判例(最高裁判所昭和三五年七月二〇日大法廷判決・刑集一四巻九号一二四三頁など参照)の明示するとおりであつて、所論を参酌してもこれと別異の見解をもつべきものとは考えられず、また、弁護人の主張するその他の点を合わせ検討しても本条例が憲法二一条に違反するものとはいえない。従つて弁護人の右主張は採用できない。
二 弁護人は「本条例は、三条一項但し書において六項目に亘り公安委員会に許可条件を付与する権限を与え、かつ、五条においてその許可条件に違反して行われた集会、集団行進又は集団示威運動の主催者、指導者又は煽動者に刑罰を科する旨定めているが、右『主催者』、『指導者』、『煽動者』の概念がそもそも不明確なばかりでなく、右三条一項但し書に挙示された事項は、その表現が極めて漠然としており、その構成要件が極めて不明確であつて、白地刑罰法規というべきほかなく、構成要件の内容を条例から公安委員会に再委任するものであり、かつ手続規定にも不備があるから、罪刑法定主義を重要な内容とする憲法三一条に違反する。」旨主張する。
しかしながら、本条例三条一項は、「公安委員会は、前条の規定による申請があつたときは、集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない。但し、次の各号に関し必要な条件をつけることができる。」と規定し、一ないし六号にわたつて条件を付しうる事項を列挙しているのであつて、公安委員会に対し無制約に条件を付与する権限を与えたものではないうえ、右各号に列挙された各事項をみても、その内容は相当に具体的であつて本条例の目的・趣旨に照らすと自と明らかなものであり、かつ、その範囲も限定されていて明確を欠いているとはいえない。のみならず、公安委員会が右条項に基づいて付した条件は、あらかじめ集団行動の主催者又は連絡責任者に告知されるのであつて、具体的にどのような行動が許可条件として禁止されるものであるかは、関係者に対し事前に明確にされているのであるから、これらの諸点に照らせば、本条例五条のうち三条一項但し書にかかる条件違反の罪が、犯罪の構成要件として不明確であるとか、その内容が白地であつていわゆる白地刑罰法規を定めたものとみることはできない。そして、たしかに右条件違反の罪は公安委員会が条件を付することによつてその内容がさらに具体的に特定されるわけではあるが、しかし公安委員会の付しうる条件というのは、前記のとおり、その内容及び範囲が明確に限定されているのであるから、それをもつて犯罪構成要件の再委任であるとか、罰則を定める権限を公安委員会に再委任するものであるとかの非難はあたらないものというべきであり、従つて、地方自治法一四条一項、五項の委任の趣旨に反するとはいえない。また、集団行動の「主催者」、「指導者」、「煽動者」という概念は、社会通念に照らし、論理上自から明らかであつて、不明確な概念であるとの非難もあたらない。従つて、本条例五条、三条一項但し書の規定が罪刑法定主義に反する違憲なものということはできず、弁護人の主張するその他の点を合わせ検討しても、本条例が憲法三一条に違反するものとはいえない。従つて、この点の弁護人の主張も採用できない。
三 さらに、弁護人は、本条例の運用の実態にふれ、「東京都公安委員会は集団行動に関する許可事務等を警視総監以下の警察官に委任し、かつ右委任を受けている警察官による事前折衝の運用は実質的には不許可処分等の役割を果しているので、この運用実態は、憲法二一条に違反する。」旨主張する。
しかしながら、ある行政庁の名をもつて行為を決定するにあたり、当該行政庁自身が必ずしもすべてこれを決裁するわけではなく、あらかじめ一定の範囲を定めて、その決裁を補助機関に委任することは、行政機関内部の事務処理の方法として広く行われており、公安委員会が内部事務処理規定を定めて、警視総監以下の警察官にその事務を処理させることは、その事務を公安委員会の権限に委ねている趣旨に反しない限り許されるもの(警察法三八条三項、四四条、四五条。)というべきところ、公安委員会は集団行動の許可申請に対しては原則としてこれを許可する義務があるから、同委員会が、多数の許可事務の迅速かつ能率的運営を図るために、所論指摘のように重要特異な事項を除いた許可処分のみを警視総監以下の警察官に内部委任して処理させても、本条例が集団行動の許可、不許可の権限を公安委員会に委ねた趣旨に反するものとはいえない。また、所論指摘のように、一般に集団行動の許可申請に際しては、申請者(またはその代理人)と担当係官(警察官)との間でいわゆる事前折衝がなされ、その際係官は申請者に対してデモの進路等について申請(予定)内容を変更するよう要望等することがあり、申請者の方も、デモコースの変更などに対して救済手段はあつてもその準備に時間を要したりすることから、予定したデモに支障を来すことをおそれ、多くの場合は係官の右要望等を受け入れ申請(予定)内容を変更して申請することとなるなどの運用実態があるとしても、申請者において右要望等に応じないで当初の希望どおりの内容の許可申請書を提出する自由とそれが受理される保障がある以上、右事前折衝の運用の実態をもつて、それが実質的に不許可処分等の役割を果しているとは到底いい難いものである。そして、証人山田ひさ子の当公判廷における供述によつて認められるところの本件許可申請の際の事前折衝の状況等をみても、何ら違憲、違法と目すべきものは見当たらない。従つて、この点の弁護人の主張も採用できない。
四 次に、弁護人は、「本条例三条一項但書、五条の罪は具体的危険犯であると解すべきところ、本件デモ行進は、その蛇行の回数・程度及び交通阻害の程度からみて、何ら具体的危険が発生しておらず、また可罰的違法性もない。」旨主張する。
しかしながら、本条例三条一項但し書によつて付与される集団行動の許可条件は、集団行動による表現の自由の行使を尊重しながらも、集団行動が平穏に秩序を重んじて表現の自由を行使すべき本来の範囲を逸脱し、公共の安寧を阻害する非理性的行動に走る危険を未然に防止するために付されるのであり、この条件に違反することは集団行動の非理性化の歯止めを排除するもので、それ自体違法なものとされるべきであるから、具体的にその集団が地方公共の安寧を侵害する危険を生ぜしめたか否かを問わず、条件違反の集団行動を指導等することによつて本条例五条違反の罪の成立するものと解すべきである。
また、前掲の各証拠によれば、本件デモは、その出発地点である明治公園青山口前の道路から判示神宮球場クラブハウス別館前の道路に至るまでの約二〇〇メートル以上の路上において、約五分間にわたり、ほぼ連続的に合計約一〇回ないし一二回(右に一回左に一回というように数えて。)のだ行進をことさら行つたものであること、被告人は終始右デモを指揮誘導し、その間警察機動隊の指揮官車から、あるいは進路の警戒・指導にあたつていた警察官から再三警告がなされたにもかかわらず、右とおりのだ行進の指揮・誘導を継続したこと、右だ行進は約四回道路の中央線を超えてなされたため、対向車両が一時停滞を余儀なくされるなど、本件だ行進により道路全体の交通が少なからず阻害される状況にあつたことが認められるのであつて、右のような本件デモの全状況に照らせば、被告人の本件所為は、たとえその動機目的が正当なものであつたにしても、集団行動による表現活動として社会的に許容される相当性の範囲を逸脱したもので、可罰的違法性を有するものといわざるをえない。従つてこの点の弁護人の主張も採用できない。(以下略)
(森本雄司)