東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)103号 判決 1983年5月27日
原告 有限会社小金井商事
被告 東京法務局供託官 鹿志村芳晴
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五六年三月一一日付で原告に対してした供託申請却下処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和五六年三月七日被告に対して次のとおり記載した供託書(以下「本件供託書」という。)を提出して供託申請(以下「本件供託申請」という。)をした。
(一) 供託者 原告
(二) 被供託者
(1) 大阪市南区末吉橋通二丁目三番地、四番地二合併及四番地一
富士火災海上保険株式会社(以下「富士火災海上」という。)
(2) 東京都足立区扇三丁目一七番七号
小島明
(3) 東京都豊島区池袋本町四丁目三六番一〇号
千早総業株式会社(以下「千早総業」という。)
(三) 供託金額
(1) 別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件第一土地」という。)につき 一八七万二六〇〇円
(2) 同目録(二)記載の土地(以下「本件第二土地」という。)につき 五万四〇〇〇円
(3) 同目録(三)記載の建物(以下「本件建物」という。)につき 四九七万八九〇〇円
(四) 供託により消滅すべき質権又は抵当権
(1) 本件第一土地
<1> 千葉地方法務局木更津支局昭和五二年七月二七日受付第一五四三七号抵当権設定登記
抵当権者 富士火災海上
<2> 同支局昭和五五年六月一四日受付第一四三一二号根抵当権設定仮登記、同日受付第一四三一四号停止条件付賃借権設定仮登記
権利者 小島明
<3> 同支局昭和五五年七月一四日受付第一七四三一号根抵当権設定仮登記、同日受付第一七四三三号停止条件付賃借権設定仮登記
権利者 千早総業
(2) 本件第二土地
本件第一土地の<1>に同じ。
(3) 本件建物
<1> 本件第一土地の<1>に同じ。
<2> 千葉地方法務局木更津支局昭和五五年六月一四日受付第一四三一三号根抵当権設定仮登記、同日受付第一四三一四号停止条件付賃借権設定仮登記
権利者 小島明
<3> 同支局昭和五五年七月一四日受付第一七四三二号根抵当権設定仮登記、同日受付第一七四三三号停止条件付賃借権設定仮登記
権利者 千早総業
(五) 法令条項 民法四九四条
(六) 供託の原因たる事実
供託者は本件第一、第二土地及び本件建物(以下「本件各不動産」という。)の第三取得者であり、被供託者らは右各不動産の抵当権者である。供託者は、昭和五六年一月九日、被供託者らに対し民法三八三条に基づき、同人らが当該書面到達後一箇月以内に増価競売を請求しないときは前記(三)記載の滌除金額を供託して抵当権を滌除する旨記載した書面(以下「本件滌除通知」という。)を発送し、同書面は同月一二日までに被供託者らに到達した。しかしながら、被供託者らは同年二月一二日までに適法に増価競売を請求しない。よつて、弁済のため右金額の合計金額を供託する。なお、被供託者各自に対する弁済額を確知できないから一括供託する。
2 ところが、被告は、昭和五六年三月一一日、滌除により消滅する抵当権等の表示として民法三七八条に定める抵当権以外の権利をも記載しているとして、本件供託申請を却下(以下「本件却下処分」という。)した。
3 しかしながら、次に述べるとおり本件供託申請は適法であるから、本件却下処分は違法である。
(一) 本件供託申請は、民法三七八条に基づくものである(本件供託書の「法令条項」の記載は誤記である。)が、その前提としてされた本件滌除通知は適法である。すなわち、抵当不動産の第三取得者が複数の抵当権者に対し滌除の通知をする場合には、抵当権者ごとに金額を特定してする必要はなく、不動産ごとに滌除金額を示せば足りると解すべきである。けだし、第三取得者が各抵当権者の現実の債権額を知り、各抵当権者に提供すべき金額を計算することは困難であるばかりか、後順位抵当権者が零円では滌除に応ずるはずはないからである。また、抵当権者間における滌除金額の配分は抵当権者間の協議に委ねられるべきであり、この配分の責任を第三取得者に課するのは酷に失する。さらに、増価競売の申立てをするときの増価は、第三取得者が当該不動産に付した滌除金合計額の一〇パーセント増しでなければならないところ、抵当権者ごとに金額が特定されても他の抵当権者に対する滌除金額を知ることができない場合には、右申立ては不能に帰することとなる。したがつて、不動産ごとに滌除金額を記載して通知した本件滌除通知は適法である。
(二) 本件供託申請は、不動産ごとに滌除金額たる供託金額を定めているから、右申請は適法である。すなわち、本件において各抵当権者の債権額は不明であるから抵当権者ごとに滌除金額を記載して供託することは不可能である。したがつて、不動産ごとに当該不動産の各抵当権者の総滌除金額を示して供託金額を定めてする供託申請(以下「包括供託」という。)も有効と解すべきである。なお、このような供託がなされても全抵当権者が合同で還付請求をすれば、当然全員に対し一括して供託金が払い渡されるのであつて、供託官は個々の債権者に対し個々の債権額を確認して支払う必要も義務もない。
(三) 供託により消滅すべき抵当権等として供託書に根抵当権設定仮登記及び停止条件付賃借権設定仮登記を記載することは違法ではない。すなわち、
(1) 仮登記をした根抵当権は滌除の対象となる権利に含まれる。けだし、民事執行法によれば抵当権の仮登記を有するのみでは不動産競売申立権はないこととされたが、これは競売を申し立てる以上本登記をすべきであるという単なる手続規定にすぎず、実体的権利を奪うものではない。仮登記した抵当権者は直ちに本登記をし、競売又は増価競売を申し立てればよいのである。また、抵当権者がその抵当権を実行するに当たつては滌除権を有しない所有権の仮登記のみを有する者に対しても民法三八一条の滌除権行使の催告をなすべきものと解されているが、これはひとえに所有権の仮登記を本登記にすることによる滌除権行使の可能性をみているにすぎないところ、抵当権の仮登記を本登記にするのは所有権者の登記申請に対する協力だけで可能であるから極めて容易である。さらに、前記のように解さなければ、第三取得者が滌除した後に、仮登記した抵当権者が本登記をし滌除権行使の催告をすれば、第三取得者は再度の滌除を強いられることとなる。
(2) 停止条件付賃借権自体は、理論上滌除の対象となる権利ではない。しかしながら、抵当権と一体をなしていることが登記上明白な仮登記した停止条件付賃借権は、滌除により消滅する抵当権に従つて消滅する運命にあるから、抵当権と共にあるいは抵当権に包接された意味で、滌除の対象となる権利と考えられる。仮に仮登記した停止条件付賃借権が滌除により消滅する抵当権と全く別個の権利であるとしても、停止条件付賃借権設定仮登記の記載は無視しうるから、供託官をして供託を拒絶せしめる余事記載ではないと解すべきである。
(四) 本件供託申請の管轄供託所は東京法務局であるから、管轄について違背はない。すなわち、包括供託をする場合に被供託者の住所地が異なり管轄供託所が相違するときには、被供託者のいずれの住所地を管轄する供託所においても供託しうると解せられるところ、本件供託申請において、被供託者千早総業に対する債務履行地は東京都豊島区であるから、東京法務局に管轄が存在する。
(五) 本件供託申請には所定の供託通知書を添付し、かつ登記所の作成した原告代表者の資格を証する書面を提示したから、この点についても違法はない。
(六) 仮に、本件供託申請が民法四九四条に基づくものであるとしても適法である。
本件供託申請は、同条後段の「債権者ヲ確知スルコト能ハサルトキ」に該当する。すなわち、債権額が不明であることと債権者自体が不明であることとは相対的なものであるから、各債権者の債権額が不明な場合も右要件に該当すると解すべきである。また、本件供託申請は、同条前段の「債権者カ弁済…ヲ受領スルコト能ハサルトキ」に該当する。すなわち、抵当権者は、不動産ごとの滌除金額を特定した滌除通知を受けたのみで、各自の債権額は確定していないから、受領することができないのである。
二 請求の原因に対する被告の認否
請求の原因1及び2の事実は認める。同3の主張は争う。
三 被告の反論
本件供託申請は、次の理由により違法である。すなわち、
1 本件供託申請が民法三七八条に基づくものであるとしても、次のとおり不適法である。
(一) 本件滌除通知は不適法であるから、本件供託申請は供託原因を欠く違法がある。すなわち、民法三七八条は抵当不動産の第三取得者が抵当権者に「提供シテ其承諾ヲ得タル金額」について払渡し又は供託すべきものとしているところから、同一不動産に複数の抵当権者がいるときにも、一物件ごとの総滌除金額を記載するほか、払渡しうる形での金額の提供、換言すれば、抵当権者ごとに特定した金額をも記載した書面(同法三八三条三号)の送達が必要であると解される。けだし、同法三八三条各号の書面の送達を必要とした趣旨は、抵当権を消滅させるべき金額を抵当権者に提示させることにより、抵当権者に対し、滌除を承諾するか増価競売の申立てをするかの決定を迫ることにあると解されるところ、抵当権者ごとに払渡し又は供託すべき金額を特定した通知がなされるのでなければ、抵当権者としては、自己に払い渡され又は供託されるべき金額を知ることができないため、右の態度を決定しえないという不合理な事態を生ずることとなるからである。
しかるに、本件供託書によれば、被供託者ごとの弁済額を確知できないとしてこれを記載していないのであるから、滌除権者が提供すべき金額を抵当権者ごとに特定して記載した書面の送達をしていなかつたことが明らかであつて、本件滌除通知は不適法である。
(二) 仮に民法三八三条三号の書面には一物件ごとの総滌除金額のみを記載すれば足りると解しても、少なくとも供託に際しては被供託者ごとの債権額を特定し、供託書に記載しなければならない。すなわち、
(1) 滌除は、第三取得者の滌除金の提供、換言すれば、滌除金を提供するからそれによつて抵当権を消滅させて欲しいという申出及びこれに対する抵当権者の承諾によつてなされるものであるから、滌除金は、合意によつて抵当権を消滅させるための対価たる性質を有するものである。そうすると、第三取得者が抵当権者に対して払渡し又は供託をする場合には、その払渡し又は供託は、債務の弁済たる性質、すなわち供託についていえば弁済供託の性質を有するものといわなければならない。したがつて、滌除金の供託については、滌除制度の趣旨に由来する特別の事情の存する場合のほかは、弁済供託の場合に準じた要件が必要と解される。すなわち、民法四九四条の要件を具備している場合に供託できることは当然であるが、そのほかにも、被担保債権の弁済期が未到来の場合及び被担保債権が停止条件付きであつて条件の成否が未定である場合には、供託をなしうるものと解される。何故なら、滌除は、何時でもこれをすることができる(同法三八二条一項)が、右のような場合に、払渡しを強いられるべき理由はないからである。
(2) しかしながら、本件のように債権者ごとの債権額を特定することができないことを理由に供託することは許されない。けだし、民法四九四条後段の「債権者ヲ確知スルコト能ハサルトキ」とは、債権者が誰であるかを確知しえない場合であつて、債権者に対し弁済すべき額が確知できない場合ではないから、右要件には該当しない。また、滌除制度の趣旨からみても、債権者ごとの債権額の特定という点について、同条による弁済供託の場合と異なる取扱いをしなければならないような積極的な事情も存しない。そもそも、弁済供託は、特定の債権を消滅させるためになすものであり、債権者である被供託者は、債権額確定の手続を経ることなく、当然供託金の還付を受けられるはずのものであるから、仮に債権額不確知を理由とする供託を認めた場合には、被供託者らの債権額確定のための手続が必要であるところ、このような手続について法は何らの規定も置いていない。この意味において、本件のような供託を認めることは、弁済供託の本質に反するものといわなければならない。
また、滌除は、第三取得者によつてなされる私的競売とでもいうべき性格を有するものであり、滌除金の払渡し又は供託は、競売代金の配当ともいうべき性格を有するものであるから、この点からしても滌除金を供託するためには、債権者ごとの債権額を特定することが必要であるというべきである。競売代金に相当する滌除金の配当を第三取得者においてなすべきことは、当然のことであつて、第三取得者に各債権の額及び優先順位を把握させ、これに従つて債権者ごとに配当されるべき金額を明示した供託をさせても、何ら不当なことはない。
さらに、供託金の還付手続の観点からしても、被供託者を数名とし、個々の被供託者に対する供託金額を特定しないで、一通の供託書によつて滌除金を供託した場合、被供託者が還付請求をするためには、各債権者がそれぞれの債権額を確認し合い、同時に還付を求める手続が必要であるし、合意に至らない場合には、共有物分割の訴えに類似するような判決を求めることが必要である。しかし、このような特殊な手続を求めるためには、その旨の規定が存しなければならないところ、そのような規定はないのである。また、仮に被供託者間で判決を求める方法があるとしても、抵当権者が還付を受けられるのは何時になるか期し難く、抵当権者を害すること甚しいものがあるといわなければならない。
(3) 当事者又は供託原因が異なる数個の供託を一通の供託書でなすいわゆる一括供託は、本来別個の手続で処理すべき別個の供託について、便宜一通の供託書をもつて処理するものである(なお、この一括供託は、供託官の裁量によつてその採否が決せられるものであり(供託事務取扱手続準則二六条の二)、当事者からその取扱いをすべき旨の請求ができるものではない。)から、一括供託の場合にも、個々の供託について弁済供託の要件を具備していることが必要である。しかるに、前記のとおり本件供託申請は被供託者ごとに債権額を特定していない。
(4) 以上によれば、本件供託申請は、供託原因を欠き、被供託者ごとに供託金額を特定していない不適法なものといわざるをえない。
(三) 仮登記した根抵当権及び停止条件付賃借権は滌除の対象となる権利ではないのに、これらが本件供託書の「供託により消滅すべき質権又は抵当権」の欄に記載されているので、本件供託申請は不適法である。
(1) 民法三八三条は、「第三取得者カ抵当権ヲ滌除セント欲スルトキハ登記ヲ為シタル各債権者ニ」と規定し、滌除の対象たる権利が登記をした抵当権であることを明らかにしている。ところで、滌除に対抗するために抵当権者に与えられた唯一の手段が増価競売である以上、仮登記を有する抵当権が滌除の対象たる権利に含まれるか否かの解釈に当たつて、競売申立権の有無が大きな比重を占めることは、むしろ当然のことである。そして、従前は、一般に抵当権者はその権利について本登記を受けていなくても競売の申立てができ、したがつて単に仮登記をしたにすぎない抵当権者も増価競売の申立て(旧競売法四〇条)をすることができると解されていたから、右規定の「登記ヲ為シタル」との文言を拡張解釈して、仮登記も含まれると解されていた。しかしながら、民事執行法の施行により、仮登記をしたにすぎない抵当権者は、滌除の通知を受けても、公正証書でもない限り増価競売をもつて対抗することができなくなつたのであるから、従来のように法の「登記ヲ為シタル」との文言を拡張解釈すべき根拠がなくなつたものといわなければならない。そうすると、右の文言は、本来の意味どおり、「本登記」をした抵当権だけが滌除の対象となるとの意味に解釈すべきである。
なお、仮登記をした抵当権者が滌除の通知を受け取つてから、すべて直ちに本登記しうる地位にあるとは限らないし、民法三八一条の通知は、抵当権よりも後順位にあり、本来抵当権の実行によつて覆滅されても仕方のない権利しか有しない第三取得者に、滌除権行使の機会を与えるにすぎないのに対し、滌除は、後順位者が先順位の抵当権を消滅させる制度であるから、その対象を厳格に解すべきことは当然のことであり、原告は、異質の制度を同列に論ずる誤りを犯しているというべきである。さらに、滌除の後に仮登記が本登記になつた場合、第三取得者はもう一度滌除しなければならない結果となるのはやむをえない。
そうすると、原告は、単に滌除の対象とならない権利を本件供託書に記載したにとどまらず、小島明及び千早総業は、そもそも被供託者たりえない者であるのに、これを本件供託書に記載したものであるから、本件供託申請が不適法であることは明らかといわなければならない。
(2) 停止条件付賃借権が滌除の対象となる権利でないことは言うまでもない。抵当権が競売によつて消滅しても特段の事情がある場合には登記された停止条件付賃借権が消滅しないこともありうる。また、供託申請が要式行為、すなわち、供託しようとする者は必ず供託書という様式の定まつた書面を提出しなければならない(供託法二条、供託規則一三条)とされている以上、供託官が様式に従つているか否かを形式的に審査し、これに従つていない供託申請を却下すべきことは、当然である。仮に、本件供託申請について、供託官が余事記載として、停止条件付賃借権の記載を無視して処理すべきか否かを判断しなければならないとしたら、供託申請は様式に従つてしなければならないこととした前記法令の趣旨を没却することにもなりかねない。
(四) 本件供託申請は、民法四九五条に違反する。すなわち、「供託ハ債務履行地ノ供託所ニ之ヲ為スコトヲ要ス」(同条一項)ところ、弁済をなすべき場所について別段の意思表示がないときは、金銭債権については、債権者の現住所においてなすことが必要である(同法四八四条)。ところが、本件供託書によると、履行地に関する特約については触れておらず、かつ、債権者の一人である富士火災海上の住所は「大阪市」であつて、東京都ではなく、また、東京法務局に供託できる何らの記載もない。
(五) 本件供託申請は供託規則に違反する。
(1) 供託者は遅滞なく債権者に供託の通知をしなければならず、供託書に所定の書式の供託通知書を被供託者の数に応じて添付しなければならない(供託規則一六条)のに、原告はこれを添付しなかつた。
(2) 登記した法人が供託する場合には、登記所の作成した代表者の資格を証する書面を提示しなければならない(供託規則一四条一項)のに、原告はこれを提示しなかつた。 2 本件供託申請が民法四九四条に基づくものであるとしても、前記1(二)、(四)、(五)のとおり不適法である。
第三証拠<省略>
理由
一 請求の原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。右の事実により認めうる本件供託書の記載によれば、本件供託申請は、抵当不動産の第三取得者である原告が本件各不動産の抵当権者である被供託者に対し滌除金額を供託しようとしたものであることが明らかであるから、本件供託書の「法令条項」欄の記載にかかわらず、本件供託申請は、民法三七八条の規定に基づく申請と認めるのが相当である。
二1 そこで、本件滌除通知の適否について検討する。
滌除は、抵当不動産の第三取得者が抵当権者に対しその不動産の代価又はその不動産の価格を適宜に評価した評価額を弁済することによつて抵当権を消滅せしめる制度である。すなわち、第三取得者は競売によりその一たん取得した権利を失うべき地位にあり、抵当権者にとつても競売には多くの日時と費用を要するから、金額は少額であつてもすみやかに現金をえて一切の関係を決済する方が有利な場合もありうる。そこで、第三取得者が若干の金額を総抵当権者のために提供、支出して競売を阻止することができるようにするとともに、他方抵当権者にとつても、競売の方法によるときはこの金額以上の金額で売却でき、抵当権者全体のために利益であると考えられる場合には第三取得者の提供を拒絶することを許し、抵当権者が右の提供を拒絶したときは一〇分の一の増価をもつて自ら当該不動産を買受けることを余儀なくさせることとしたものである。
そこで、第三取得者は、抵当権者の承諾をうるための手続として民法三八三条各号に掲げる書面を各抵当権者に送達しなければならないのであるが、同条三号は、抵当不動産の代価又は特に指定した金額を債権の順位に従つて弁済又は供託すべき旨を右書面に記載すべきこととしている。前述の滌除制度の趣旨と同号が滌除金額として「代価」を掲げていること、債権の順位に従つて弁済又は供託すべき旨規定していること及び増価競売を申立てた抵当権者が自らその一〇分の一の増価をもつて当該不動産を買受けることを余儀なくされる「第三者カ提供シタル金額」とは、抵当権者ごとの滌除金額ではなく不動産ごとの滌除金額であると解するほかないことに鑑みれば、同一不動産に複数の抵当権者がある場合においても、右書面には、不動産ごとに、総抵当権者に対する関係で右の金額を記載すべきものと解するのが相当である。
もつとも、右の立場によれば、被告の主張するように、後順位抵当権者が自己に払い渡される金額を直ちに知りえないという問題はある。しかし、後順位抵当権者は、抵当不動産の価額から先順位抵当権者の被担保債権額を控除した残額を目安として後順位抵当権を設定しているのであつて、民法三八三条二号により前記書面とともに送付される抵当不動産の登記簿より知りうる権利関係、第三取得者の示した滌除金額と抵当不動産の価額等の比較等により滌除を承諾するか、増価競売の申立てをするかの意思決定ができないわけではない。そうすると、本件滌除通知が不適法とはいえないから、この点に関する被告の主張は理由がない。
2 次に滌除金額の供託の方法として原告主張のいわゆる包括供託の申請が許されるか否かについて検討する。
前述のとおり、第三取得者は、抵当不動産ごとに定めた滌除金額を当該不動産の総抵当権者に提供して承諾を得た後、右金額を債権の順位に従つて払い渡すことによつて抵当権を滌除するものであるが、滌除金額の払渡しは原則として現実にすることを要するから、各抵当権者に対し各別に弁済すべきは当然である。第三取得者は、各抵当権者に対し滌除金額のうちから債権の順位に従つて当該債権額に相当する金額、あるいは相当すると思料される金額を順次払い渡せば足りるのであるが、抵当権者が受領を拒絶した場合、弁済期が未到来である場合等にはこれを供託すべきこととなる(民法三七八条)。右の供託は払渡しに代わる支払の手段として規定されているものであるから、供託法令に特段の規定のない以上、複数の抵当権者を被供託者とするいわゆる包括供託を認めることは困難である。
また、滌除金額は抵当権者の承諾によつて抵当権を消滅させるための対価たる性質を有するから、第三取得者が抵当権者に対してこれを払渡し又は供託する場合には、その払渡し又は供託は債務の弁済たる性質を有することを否定することはできない。したがつて、滌除金額の供託も、それによつて右抵当権消滅の対価の支払が免責されるという効果を生ずるという点では弁済供託の性質を有するものと解される。しかして、弁済供託において被供託者は、債権額確定の手続を経ることなく、供託金の還付を受けうる地位にあるが、本件供託申請のように抵当権者ごとの債権額を特定することができないことを理由とする供託、すなわち債権額不確知を理由とする供託は、弁済供託の性質とあいいれないし、また、債権者は判明しているが当該債権者に対し弁済すべき債権額を確知することができない場合は、民法四九四条の債権者不確知にもあたらないから、この点からも包括供託を認めることは許されない。
仮に原告の主張するような包括供託を許容した場合には、還付の手続についても疑問がある。すなわち、被供託者全員が共同で還付請求をしたときでも、被供託者間において供託金の分配につき協議が成立しない場合の処置に問題が生ずるし、まして、被供託者全員が共同して還付請求をすることができないときは、供託官は被供託者の残存債権額を審査する権限を有しないから、被供託者は訴えの提起等別途の方法を講じない限り、還付を求めえないこととなる。かくては、抵当権の実効性を著しく阻害することとなることは明らかであり、かかる結果を導くこととなる解釈は、第三取得者と各抵当権者との利害の調整を図るという滌除制度の趣旨を考慮しても、とうてい採用することができないといわなければならない。
しかして、本件供託申請が原告の主張するいわゆる包括供託の方法によつており、各抵当権者ごとに滌除金額を示さずにしていることは前認定のとおりであるから、本件供託申請はこの点において違法といわなければならない。
3 原告は、供託により消滅すべき抵当権等として供託書に根抵当権設定仮登記及び停止条件付賃借権設定仮登記を記載することは違法ではないと主張する。
仮登記した根抵当権が滌除の対象となるかどうかはともかく、賃借権設定仮登記が滌除の対象となる権利にあたらないことは明らかである。原告は停止条件付賃借権は滌除により消滅する抵当権に従つて消滅する運命にあるから、滌除の対象となると主張する。しかしながら、停止条件付賃借権が抵当権の実行に伴い消滅するといつても、もともと滌除の対象となる権利にはあたらないのであるから、これを供託書中の「供託により消滅すべき抵当権」として記載することは、記載すべきでない事項を記載したものとして違法といわなければならない。したがつて、本件供託申請はこの点においても違法である。
4 次に、原告は、いわゆる包括供託が適法であることを前提として本件供託申請の管轄が東京法務局にあると主張する。
しかしながら、原告の主張するいわゆる包括供託が許されないこと、滌除金額の供託も弁済供託の性質を有することは前述のとおりであるから、供託所の管轄についても民法四九五条一項が適用されると解される。そして、金銭債権の債務履行地は別段の意思表示のない限り債権者の現住所である(同法四八四条)ところ、前認定のとおり本件供託書には富士火災海上の住所が「大阪市」と記載されているにもかかわらず、成立に争いのない甲第二号証(本件供託書)によれば、東京法務局供託官が富士火災海上に対する供託の管轄を有する旨の特段の事情の記載はないことが認められる。原告は、包括供託をする場合には被供託者のいずれの住所地を管轄する供託所においても供託することができると主張するが、独自の見解であつて採用しえない。したがつて、本件供託申請は管轄を誤つた違法がある。
5 さらに、原告は本件供託申請に所定の供託通知書を添付したと主張する。
前記のとおり滌除金額の供託も弁済供託の一種である以上、供託者は遅滞なく債権者に供託の通知をしなければならないというべきであり(民法四九五条三項)、この場合には供託書に所定の様式に従つた供託通知書を被供託者の数に応じて添付しなければならない(供託規則一六条、供託事務取扱手続準則三三条)。
これを本件についてみると、成立に争いのない乙第二号証の一ないし五、証人徳廣正守の証言及び原告代表者尋問の結果によれば、原告代表者は本件供託申請に際し供託通知書のつもりで供託書正本の写しを三通提出したことが認められるが、右供託書正本の写しが所定の様式に従つた供託通知書にあたらないことは明らかである。そうすると、本件供託申請に供託通知書が添付されていたと認めることはできないから、この点においても違法といわざるをえない。
三 なお、原告は、本件供託申請が予備的に民法四九四条に基づくものであるとして、本件供託申請は、「債権者ヲ確知スルコト能ハサルトキ」又は「債権者カ弁済……ヲ受領スルコト能ハサルトキ」に該当すると主張する。
しかしながら、本件供託申請が民法四九四条に基づくものであるとしても、前述のとおり、債権額不確知の場合は同条の債権者不確知の要件にあたらない。また、債権額を確知することができないことは受領不能の事由にも該当しないことはいうまでもないが、前掲甲第二号証によれば、本件供託書には被供託者が弁済額の受領をなしえない事由について何ら記載のないことが認められるから、本件供託申請は右の要件をも欠く。のみならず、供託所の管轄を誤つた違法、供託通知書を添付しない違法のあることは前記のとおりである。したがつて、本件供託申請が弁済供託であるとしても違法といわなければならない。
四 よつて、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 時岡泰 満田明彦 揖斐潔)
別紙物件目録<省略>