東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)93号 判決 1985年9月25日
原告 大東京信用組合
被告 東京法務局八王子支局登記官
主文
1 本件訴えのうち、表示登記処分の取消しを求める訴えを却下する。
2 被告が昭和五六年九月一四日付けで別紙物件目録一記載の建物についてした同月一一日合棟を原因とする滅失登記処分を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
1 被告が昭和五六年九月一四日付けで別紙物件目録一記載の建物についてした同月一一日合棟を原因とする滅失登記処分及び同目録三記載の建物についてした同日合棟を原因とする表示登記処分はいずれもこれを取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 本案前の申立て
(一) 本件訴えのうち、表示登記処分の取消しを求める部分を却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案についての申立て
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 本件各処分の経過
1 原告は、株式会社大翔産業(旧商号は不死鳥不動産株式会社、昭和五六年一月六日商号変更。以下「大翔産業」という。)から同社所有の別紙物件目録一記載の構造・規模を有する建物(以下「本件甲建物」という。)について、昭和五二年一二月三一日、極度額金九〇〇〇万円、債権の範囲信用組合取引・手形債権・小切手債権、債務者大翔産業、根抵当権者原告とする根抵当権の設定を受け、同五三年一月一三日その旨の登記を経由した(以下「本件根抵当権」という。)。
2 大翔産業は、昭和五五年一二月二八日本件甲建物に隣接させて別紙物件目録二記載の建物(以下「本件乙建物」という。)を建築し、同五六年二月一三日同建物について所有権保存登記を経由したうえ、同年九月一四日被告に対し、本件甲乙各建物について同月一一日合棟を原因とする各滅失登記申請及び本件甲乙各建物合棟後の建物であるとして別紙物件目録三記載の建物(以下「本件丙建物」という。)について同日合棟を原因とする表示登記申請をした。
3 被告は、昭和五六年九月一四日付で本件甲乙各建物について同月一一日合棟を原因とする各滅失登記処分(以下右甲建物についての処分を「本件滅失登記処分」という。)及び本件丙建物について同日合棟を原因とする表示登記処分(以下「本件表示登記処分」という。)をした。
二 不服の範囲
本件甲建物の右滅失登記処分は、原告において甘受するいわれのないものであるから、取り消されるべきであり、同処分を前提としてなされた本件丙建物の右表示登記処分もまた取消しを免れない。
三 本件表示登記処分取消についての原告の利益
原告は、次のとおり本件表示登記処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する。
1 建物の滅失登記と表示登記とは一般的にはそれぞれ別個独立の処分である。しかし、いずれも登記簿上の一個の建物の同一性を明らかにし、当該建物の物理的現況を正確に示すという建物表示登記制度の一環であつて、ある建物(旧建物)が滅失し同一土地上にこれに代わる建物(新建物)が建築されたような場合は、新建物の表示登記は旧建物についての適法な滅失登記を前提としてなされることが不動産登記法の要請するところと解される。即ち、旧建物の滅失登記が回復されたにもかかわらず、同一土地上に別個の建物表示登記が存在するということは、当該土地上の建物の物理的現況を正確に示すという表示登記制度の趣旨を全く没却することになり、現行法の採用する物的編成主義(一不動産一登記用紙の原則。法一五条本文)に反し、また、滅失登記及び表示登記の各申請に期間を法定し、これを罰則(法一五九条の二)をもつて強制した不動産登記法の趣旨にも反するからである。合棟の場合の登記実務の先例も、従前の各建物の滅失登記及び合体を登記原因とする建物表示登記を申請すべきものとし、滅失登記と表示登記とは一体の処分として取り扱つている。したがつて、本件滅失登記と本件表示登記とを切り離して考えることは、不動産表示登記制度の趣旨に反し、妥当でない。
2 本件甲建物について滅失登記が回復されたとしても、本件表示登記処分が取り消されないかぎり、本件根抵当権を実行する際、競売の対象物件を不動産公示手段との関係において特定することができず、また、競落人の所有権取得範囲についても複雑な問題を生じ、ひいては競売手続が不可能となることも十分予想されるから、本件根抵当権の効力を確保するために、本件表示登記処分が取り消される必要がある。
3 更に、本件表示登記が存在する以上、これを基礎として本件丙建物につき所有権保存登記及び所有権移転登記がなされ、同登記を信頼して所有権移転登記を得た第三者が、合法的に同建物を取り壊し、又は重大な変更を加えることも可能になるが、原告は右善意の第三取得者に対して損害賠償を請求することもできない。
4 このように本件丙建物の表示登記の存在は、原告の地位に重大な法的影響を及ぼすものである。
四 要約
よつて、原告は、本件滅失登記処分及び表示登記処分の取消しを求める。
第三本案前の申立ての理由
原告は、本件表示登記処分の取消しを求める法律上の利益を有しない。この点に関する原告の主張は請求原因に対する認否三のとおりである。
第四請求原因に対する認否
一 請求原因一の1ないし3の各事実は認める。
二 同二の主張は争う。
三1 請求原因三1に対して
旧建物の滅失登記とその跡地上の新建物の表示登記とは、不動産登記法の手続構造上、別個・独立であり、その間に法的な関連はない。滅失登記と表示登記とが同一の機会になされることが多いとしても、一方が他方を前提とするという関係にはなく、両者は単に事実上関連することがあるにすぎない。実務上も、従前の建物について滅失登記がなされなければ新建物について表示登記をしないというような取扱いは、明らかに二重登記の疑いがある場合を除いては、とつていない。実質的にみても、旧建物の跡地に新建物を建築したが、旧建物の登記簿が残存しているために新建物の表示登記をすることができないとするならば、新建物の所有者が登記を得る利益は保護されないこととなつてしまい、妥当ではない。
もつとも、登記官は、申請建物の実地調査等により、同一敷地上に滅失した建物の登記が残存することを確認したならば、当該登記名義人に対し滅失登記の申請をするよう催告したうえ、結局、職権によつてでも当該登記につき滅失登記をすることになる。しかし、これは、一不動産一登記用紙の原則に由来するものではなく、表示登記は実体(滅失という事実)に符合したものでなければならないとの要請によるものであり、その反映として、既に滅失した不動産の登記は滅失登記される結果となるにすぎないのである。したがつて、合棟による場合でも、従前の建物の滅失登記は、新建物の表示登記の前提として要求されるものではなく、右のような要請の反映として、事実上、新建物の表示登記と同時期又は相前後して行なわれることが多いというにすぎない。
2 請求原因三2に対して
本件根抵当権の実行には、本件滅失登記処分が取り消されれば足りる。その結果、右滅失登記は回復されるものであり、本件表示登記が存在することは、右滅失登記の回復に何ら障害とはならないし、本件根抵当権実行の妨げともならない。実際上も、本件丙建物と本件甲建物とが同一であり、後者は滅失していないとして本件滅失登記処分が取り消されれば、本件表示登記は閉鎖されるべきものとなり、原告の危惧するような問題は生じない。競売の対象物件の特定、競落人の所有権取得範囲の問題は、本件表示登記の存在によつてではなく、同建物の存在自体に由来するものと考えられる。
3 請求原因三3に対して
原告が主張するような事態が生じるおそれがあるとしても、それは本件表示登記、更には所有権の保存登記及び移転登記がなされたことによつて生じるのではなく、売買等の所有権移転行為に由来するというべきである。しかも、原告は、単なる抽象的な可能性をいうだけであつて、その蓋然性については何ら触れていない。仮に、原告の危惧が現実化する危険が生じた場合は、本件滅失登記処分の取消請求が理由のあるものであるかぎり、原告は、本件根抵当権に基づいて担保物件の毀滅行為の禁止を求める仮処分決定を得て、これを防止することも可能であると考える。
第五抗弁
一 合棟による滅失
1 本件乙建物は、居宅である本件甲建物(一階部分床面積六三・三七平方メートル)の北側に、甲建物の北東隅の壁面から数センチメートルの間隔で近接して設置された床面積一五・二五平方メートルの木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建の建物である。
2 大翔産業は、昭和五六年九月一四日(本件滅失登記申請時)までに、本件甲建物については北面一〇・四メートル中、本件乙建物については南面四・九メートル中それぞれ対応する部分二・七二七メートルの隔壁を除去して遮断部分を消失させ、その周囲を接続する工事を施工(以下「本件工事」という。)した。これによつて、両建物は全体として一個の本件丙建物となり、一個の住宅として利用される状態に至つた。
3 本件甲乙建物は右合棟により、いずれも建物としての独立性を失い、丙建物の構成部分と化し、もはや一個の独立した建物としてそれぞれ所有権の客体となるには適しなくなつたというべきである。そして、一個の丙建物が甲建物と同一性を有すると共に、これとは全く別個の乙建物とも同一性を有するということは考えられず、また、甲乙各建物のうち一方が丙建物と同一性を有し、他方が同一性を有しないと解すべき合理的根拠もないから、結局、甲建物と丙建物及び乙建物と丙建物との間には、いずれも建物としての同一性は認められないことになる。
そうすると、合棟後においては、本件甲乙建物と同一性を有する独立の建物は存在しないから、法律上、両建物は合棟により滅失し、反面、両建物とは同一性を有しない一個の独立した建物として本件丙建物が出現したものであるから、丙建物は合棟により新築されたものと考えるべきである。
4 したがつて、不動産登記手続として、甲乙各建物について滅失登記手続をし、丙建物について表示登記手続をすべきことになり、本件滅失登記処分及び表示登記処分はいずれも適法である。
二 原告の反論(抗弁に対する認否二「本件各処分の違法性」)に対する被告の主張
1 原告の反論1(附合もしくは附属)に対して
本件乙建物は、甲建物とは構造も異なり、また、基礎、柱、土台、屋根等物理的構造において接合する部分は全くなく、出入口(扉)も別に設けられた完全な別棟である。また、乙建物は貸家にする目的で建築されたもので、甲建物とは別個に利用する予定であつた。床面積からみても人一人居住するに十分な広さであり、独立して利用し得る構造を備えていたものということができる。
原告は、公道への固有の出入口(門)のないこと、水道設備等のないことをもつて独立した利用価値がないというが、水道設備等はいつでも容易に設置し得るものであり、また、公道への出入について甲建物の設備を利用しなければならないとしても、それは、単に敷地内から公道へ出るに際して甲建物の出入口(門)を利用するというに過ぎず、これが、乙建物の独立した利用価値を否定するものでないことは明らかである。
原告は、本件乙建物は本件甲建物の附属建物にすぎないと主張するが、前述したとおり、乙建物は甲建物とは別の利用目的で建築された別個独立のものであるから、両建物の間に効用上の一体性があるとはいえないし、仮に何らかの意味で効用上の一体性があるとしても、母屋と物置といつた主従の明らかな関係にはないから、乙建物を附属建物とするかどうかは結局、所有者大翔産業の意思に係るところ、右所有者が乙建物を独立した建物として登記申請したから、附属建物とはなり得ない。
また、附合についていえば、およそ物理的構造において共通するもののない完全な別棟の建物について附合が成立するかどうかは極めて疑問である。仮に百歩譲つて利用上、機能上の一体性があれば、構造上の関連性が全くなくても附合を認めるとの見解に立つとしても、前述のとおり、本件乙建物と甲建物には、右の趣旨における一体性はないものというべきであるから、いずれにしても、原告の附合の主張は理由がない。
2 原告の反論2(合棟と所有権の存続)に対して
原告は、本件甲乙建物が原形を保持し、物としての同一性を持続したまま本件丙建物を組成したので、本件甲乙建物の所有権は消滅しないと主張する。
しかしながら、ここで問題とすべきは、本件甲乙建物の建物としての同一性であつて、本件丙建物を組成する物としての同一性ではなく、しかも同一性というのも、法的な同一性であり、物理的な同一性ではない。そして、建物としての同一性は、所有権の客体となりうる一個の建物全体について比較判断されるべきで、一個の建物と他の一個の建物のうちの一部分とを比較して判断すべきものではないから、本件甲乙各建物を構成していたものが本件丙建物の構成部分として存続しているからといつて、合棟後においてもなお本件甲乙各建物が存続しているということはできない。
したがつて、本件甲乙建物の所有権が消滅しないとする原告の主張は失当である。
3 原告の反論3(合棟に伴う所有関係の解釈)に対して
原告は、建物の合棟の場合に附合の規定を適用すべきであると主張するが、不動産と不動産の附合については、これを否定的に解すべきである。
仮に、AB各建物上の抵当権がC建物に移行して存続すると解する立場をとつた場合でも、従前のAB各建物の登記簿をそのまま存続させる方法は、一不動産一登記用紙主義の原則(不動産登記法(以下単に「法」ともいう。)一五条)に照らしてとりえない。そこで、AB各建物のいずれかの登記簿を用いてC建物を表示する方法を考えると、合併の登記(昭和五八年法律第五一号による改正前の不動産登記法(以下「旧法」という。)九三条の三)によることが可能であるかの如くであるが、本件のような合併禁止(旧法九三条の四)の場合にはこれによることができず、結局、AB各建物につき滅失登記をし、C建物につき表示登記をする方法しかない。そして、現行不動産登記法上、滅失登記によつて閉鎖された登記用紙に登記されている抵当権の登記を職権で新たな丙建物の登記用紙に移記することは認められていないから、C建物について抵当権に関する登記をするためには、まずその所有者が所有権保存登記手続をし、しかる後に抵当権の設定登記手続をすることが必要である。
4 原告の反論4(抵当権者保護手続の欠缺)に対して
(一) AB各建物に抵当権の登記がある場合の合棟の登記手続として法一四六条一項又は一四九条一項の規定による抵当権者保護の手続が履践されるべきであるとする原告の主張は、立法論としては格別、現行法の解釈論としては到底とりえない。
即ち、従前の建物の滅失登記をするのに、申請による場合には所有権保存登記の、職権による場合には抵当権設定登記の各抹消登記をすることが前提要件であるとすることは、同じ滅失登記をするのに、申請による場合と職権による場合とで前提要件が異なることになり、解釈論としてとりえない。また、表示の登記である滅失登記をするのに、権利の登記である所有権保存登記又は抵当権設定登記を抹消しなければならないとすることは、表示の登記と権利の登記とを峻別した現行不動産登記法の趣旨と相容れない。
しかも、法一四六条一項の規定により抵当権者の承諾書等を添付すべきものとすると、抵当権者の承諾等がない限り、既に合棟によつて独立の存在を失つている従前の建物について滅失登記をすることができないこととなるが、これでは、建物の現況を正確に公示しようとする建物の表示登記制度の目的は全く失われることとなり、妥当でない。また、法一四九条一項の規定は、違法な登記の抹消に関する規定であつて、本件のような場合に準用することは適切ではない。加えて、法一四六条一項又は一四九条一項の規定を準用すべきものとした場合に、抵当権者が承諾を拒みうる要件も問題であるし、登記簿上の最終所有名義人が所有権保存登記の抹消を申請できるとする点及び抵当権者の異議を却下できる事由とは何か等の問題が全く解決されていない。
(二) 合棟の場合における抵当権者保護を目的として、原告が主張するような登記手続を、登記制度全体との整合性を図ることなく、そのまま登記実務において履践すべきものとし、これに違反する登記を違法として取り消すようなことがあれば、それによつて生ずる社会的混乱には測りがたいものがあるといわなければならない。
確かに、被告のように解すると、従前の建物上に抵当権を有していた者が不測の損害を被ることがあると思われるが、現行不動産登記法上はこの結果もやむをえないものであり、抵当権者には、抵当権に基づき甲乙各建物の合体工事の差止めを請求する途が残されているし、工事完成後においては、不法行為による損害賠償の請求、代担保の請求、担保の毀滅による期限の利益の喪失等により救済されるべきである。不動産登記制度本来の目的からするときは、この制度が奉仕すべき一般公衆の利益を重く見るのが妥当であるといわざるをえない。
(三) 原告が本件滅失登記処分の取消しを求める根拠は、それが法四九条一号又は二号に該当する登記であるというのではなく、同法一四六条一項又は一四九条一項の手続を履践しなかつたことにあると解されるところ、法四九条一号又は二号に違反する登記処分の取消しを求めることはできるが、同条三号以下の規定に違反してなされた登記処分については取消しを求めえないのであるから、原告が主張する右のような理由によつては、既になされた本件滅失登記処分の取消しを求めることはできないといわざるをえない。
(四) 原告は、同じ合棟の場合でも、従前の建物の双方が既登記の場合と一方が未登記の場合とでは、登記実務上の取扱いが一貫していないと主張する。
しかし、効用上一体として利用される状態にある数棟の建物は、所有者の意思に反しない限り、登記上一個の建物として取り扱うことができるのであり、不動産登記法上の建物の一個性は物理的な建物の一棟性とは必ずしも一致するものではなく、その建物について登記がなされているか否か、どのような登記がなされているかによつて決定される面があるのである。そして、一方の建物が未登記の場合には、建物の個数についての所有者の意思はなお明らかになつておらず、建物の個数は定まつていないから、不動産登記法上AB各建物は別個、独立のものとはいい切れない。そして、所有者が右各建物の間の障壁を除去してこれを合体したことは、その時点において右各建物を一体のもの、すなわち、一個の建物としようとする所有者の意思が発現したものと評価しうるのであり、また、一方の建物は他方の建物部分を増築したとも見うるのである。
したがつて、この場合には、既登記建物についてあえて滅失登記をしなければならないとするまでの必然性はなく、既に登記用紙を備えている既登記建物について増築があつたものとして取り扱うのが相当である。また、このような取扱いは、従前のAB各建物上の権利関係の公示について困難な問題を生ずることはなく、登記経済上の観点からも妥当な方法なのである。
右のとおりであつて、実務上の取扱いには何ら矛盾はないというべきである。
(五) 原告は、従前の建物につき所有権が移転していた場合、現在の登記名義人に抹消登記の代位申請を認めることにより解決すると主張する。
しかし、所有権保存登記の抹消登記手続については、その性質上登記義務者という概念を容れる余地がないので、登記手続上は登記名義人のみが抹消登記権利者であり、かつ、同人のみが申請手続をすることができるにすぎない。したがつて、現在の登記名義人は所有権保存登記の名義人の抹消登記手続を代位申請することはできない。
また、登記手続を代位申請するためには、民法四二三条の規定によることが必要である(法四六条の二)が、建物の滅失登記と同一土地上の別個の建物の表示登記との間に法的関連はなく、現在の登記名義人は、従前の建物についての滅失登記及びその前提としての所有権保存登記の抹消がなされないでも、法的にはC建物について表示登記、更には所有権保存登記をすることができるのであるから、民法四二三条の保全の必要性を欠くものといわなければならない。
5 原告の反論5(憲法違反)に対して
滅失登記処分は、登記された不動産が独立の存在を失つた場合に、これを登記簿に反映するための処分であつて、これによつて右不動産上の権利を剥奪するものではない。したがつて、滅失登記処分が財産権を侵害する処分であることを前提とする原告の主張は失当である。
第六抗弁に対する認否等
一 認否
1 抗弁一1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3、4の被告の主張は争う。本件各処分が適法性を欠くことは、次に指摘するとおりである。
二 原告の反論(本件各処分の違法性)
1 附合もしくは附属
(一) 本件乙建物は、甲建物が存在する生垣並びに鉄柵で囲まれた敷地内にあつて、しかも、はき出し型のサツシ窓を備えるだけで、同建物から直接公道へ出入りするための出入口などは備えていない。また、独自の水道設備、台所、トイレなども設置されておらず、本件甲建物の諸設備を利用するようになつている。
本件乙建物は居宅として登記されているが、右のとおり居宅として独立の利用価値を有するとは認められないものであり、実際にも、本件甲乙建物は大翔産業によつて一体として利用されていた。
(二) 本件乙建物の右のような築造当時からの状況及び内部構造をも考え合せると、本件乙建物はなんら建物としての独立性を有せず、甲建物に附合したものであるか、甲建物の附属建物としての意味しか有せず、甲建物と一体となつて利用され、取引されるべきものである。
(三) そうすれば、本件乙建物の築造に際しては、本件甲建物についての増築による床面積変更の表示登記手続がなされるべきであつて、乙建物を独立の建物とする表示登記をするべきではなかつた。したがつて、本件合棟に係る前記の表示登記処分及び本件甲建物の滅失登記処分は右実体に反する違法な処分である。
2 合棟と所有権の存続
旧法九三条の六第一項(なお、現行法九三条の一一第一項)にいう「建物ガ滅失シタルトキ」とは、建物が取り壊され、若しくは焼失、倒壊等の原因により物理的に壊滅し、社会観念上建物としての存在を失うことをいうものと解すべきところ、建物の合棟の場合は、従前の本件甲乙各建物はいずれも原形を保持し、物としての同一性を持続したまま本件丙建物を組成したものであり、それぞれの所有権も消滅することなく本件丙建物に移行しているのであるから、物理的にも社会観念上も右の「滅失」には該当しない。
したがつてまた、合棟の前後を通じて建物としての同一性が持続している以上、合棟後の丙建物も法九三条一項にいう「新築」に該当しない。
よつて、本件滅失登記処分は旧法九三条の六第一項に違反するものであり、本件表示登記処分は法九三条一項に違反するものである。
3 合棟に伴う所有関係の解釈
建物の合棟が相互にその独立性を喪失して一体となつた場合であつても、その所有権等に関する実体法上の法律関係については、附合の規定を適用して決するのが相当である。そして、この場合次のように解するべきである。
(一) AB各建物の所有者が合体時において同一であつた場合は、AB各建物で組成されたC建物はその者の所有となる。
(二) AB各建物の所有者が右時点において異なるときは、合体前の各組成物はいずれも独立の不動産たる建物であり、これに主従の別をつけることが困難であるから、民法二四四条に従い、C建物は合体当時のAB各建物の価格割合に応じて従前の各所有者の共有に属する。
(三) AB各建物上に存していた抵当権は、合体後のC建物全体につき効力を有するに至るが(民法三七〇条)、同法二四四条、二四七条二項の類推適用により、もとA建物の価格に応ずる共有持分相当部分と、もとB建物の価格に応ずる共有持分相当部分の上にそれぞれ移行して存続する(AB各建物の所有者が同一である場合と異なる場合とで差異はない。)。
(四) 合体した建物の一方のみに抵当権が存していた場合は、従前の建物上に抵当権を有していた者の利害調整の必要性はないのであるから、当該抵当権は合体後のC建物の全体に及ぶ。
不動産登記は、不動産に関する権利関係を正確に公示することを目的とするものであり、表示登記も、その一環として不動産の所有権の客体としての適格性と同一性を識別させるため不動産の物理的な現況を公示することを目的とするものである。ところが、本件滅失登記処分及び本件表示登記処分は、原告の抵当権についてなんら右のような考慮がされていないから、いずれも右実体法上の法律関係を全く無視した違法な処分である。
4 抵当権者保護の手続の欠缺
(一) 建物の合棟の場合に滅失登記(合棟後の建物については表示登記)をするのは不動産登記法その他法令上に明文の規定があるからではなく、便宜上滅失登記手続を準用(類推適用)するにすぎない。しかし、合棟は、従前の建物が本来の意味において滅失したものではないから、実体を如実に公示すべき登記として、滅失登記手続によつただけでは不都合な点があれば、右手続準用に伴う不合理な結果を回避するため、不動産登記法上設けられている他の手続でこれを補う解釈をするべきである。
すなわち、単純に滅失登記手続を準用するだけならば、AB各建物上の抵当権は同一性を保持しながら合棟後のC建物上に移行し存続しているにもかかわらず、各抵当権者は事前の通知を受けることなく全く不知の間にその抵当権の対抗力を失わされ、更に、本件のように丙建物につき表示登記及び所有権保存登記と同時に所有権移転登記も申請されるときは、回復しがたい損害を被ることになる。そこまでに至らない場合でも、丙建物について右抵当権者と新たな利害関係人の間で自己の権利を公示する登記を得るための競争を誘発し、経済取引に及ぼす影響は甚大であるし、ひいて、建物登記に対する信頼を失わしめることにもなりかねない。したがつて、右抵当権者を保護する方策を講ずることは解釈論上十分考慮されなければならない。
なお、同じ合棟の場合についても、従前の建物のうち一方(A建物)は表示登記がなされ他方(B建物)は未登記の場合であれば、既登記のA建物につき合体を原因とする床面積増加の表示変更登記で処理しうるとされており、登記実務上も取扱いが一貫していない。
(二) そこで、AB各建物に抵当権の登記がある場合の合棟の登記手続は、次によるべきである。
(1) 当事者の申請によつてなす場合には、合棟を登記原因とするAB各建物の所有権保存登記の抹消登記の申請を要する。したがつて、所有者は抵当権者の承諾書又はこれに対抗できる裁判の謄本を添付しなければならない(法一四六条一項)。登記官は右申請に基づいて抹消登記をしたのち、合棟を原因とするAB各建物の滅失登記及びC建物の表示登記をすることができる。
なお、過去に弁済、根抵当取引の終了等の事実があるときは、所有者は抵当権者に対し合棟に基づく登記手続をなすにつき承諾を求める権利を有し、承諾に代わる判決を求めることができる。
また、当該建物につき所有権が移転していた場合は、現在の登記名義人(合棟の登記の申請人)に保存登記の抹消登記の代位申請(同人は、登記を実体的法律関係に合致させるため、保存登記の名義人に対しその抹消を請求する権利を有する。)することができる。
(2) 登記官が職権でなす場合には、AB各建物上の抵当権は合棟後のC建物に存在し、AB建物については登記すべきものに非ざるもの(法四九条二号)に該当するから、登記官は、抵当権者に対する通知手続(法一四九条一項)を経ることを要し、異議を述べる者がないとき又は異議を却下したときは職権をもつて右抵当権の設定登記を抹消し(法一五一条)、滅失登記をなすべきである。
(三) 合棟の場合、最終的には滅失登記手続をするとしても、それによつて権利の登記が不当な影響を受けるべきではないから、権利に関する登記については抹消登記手続によらせて、その保護をはかるべきである。単に滅失登記を行うだけで、右のような権利保護を伴わない手続は、権利の抹消登記に当たり利害関係人を保護する手続を定めた不動産登記法の趣旨に背反し、法解釈としても許されない。
したがつて、抵当権者保護の手続を履践せずになされた本件滅失登記処分は違法であり、同処分を前提としてなされた本件表示登記処分も違法である。
5 憲法二九条一項、三一条違反
本件滅失登記処分は、原告の本件根抵当権を喪失させるものであるにもかかわらず、原告は事前に告知を受け、若しくは、右滅失登記手続に対し意見を陳述する機会を何ら与えられなかつた。したがつて、同処分は、適正な法律の手続(告知、弁解、防禦の機会の付与)によらないで原告の財産権を侵害したものであり、憲法二九条一項、三一条に違反する。
第七証拠<省略>
理由
一 請求原因一1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。
二 先ず、本件滅失登記処分の適否について判断する。
1 抗弁一1の事実は当事者間に争いがない。
原本の存在及び成立に争いがない甲第一五、第一六号証、第二二号証の一ないし六、第二三号証、第二四号証の一ないし四及び乙第一号証、原告主張の内容の写真であることについて争いのない甲第一八号証の三、四、証人柴橋英二の証言により真正に成立したことが認められる甲第二号証、本件丙建物の写真であることは争いがなく、同証言により同人が原告主張の年月日に撮影した写真であると認められる甲第一八号証の九ないし一五、第二〇号証の一ないし四及び証人高橋忠雄、同岩本進司、同大津守の各証言を合わせると、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 本件乙建物は、本件甲建物と殆ど平行に、甲建物の北側の東寄りに建築されたものであつて、両建物の位置関係の大略は別紙図面のとおりである。甲建物の北側壁面は、一〇・四〇メートル、乙建物の南側の壁面は、四・九二メートルあつたが、乙建物の東端は、甲建物より約一メートル東方へ突出していたので、両壁面の重なり合う部分は約三・九二メートルあつた。そして、乙建物の南側の壁面と甲建物の北側の壁面との間には僅か数センチメートルの間隔を置くのみであつた(間隔の点は当事者間に争いがない。)から、甲建物の壁面から約一メートル北側へ突き出した甲建物の一階の屋根(庇)が乙建物の南側部分を覆う形になつていた(但し、乙建物自体の屋根は別個に葺かれてあつた。)。
(二) 本件甲建物には、当時、高橋勲(大翔産業の前代表取締役)が妻子と共に居住し、同建物は名実ともに居宅であつたが、本件乙建物の方は居室一室だけの構成で、台所、水道設備、トイレツト等の生活上の諸設備を全く備えていなかつた。電灯の設備はあつたが、配線は甲建物から引き込んだものであつて、外部から引き込まれていなかつた。また、乙建物には、東側と北側にある窓の他、出入口の用をする幅約九〇センチのドアが取り付けられていたが、その内側には沓脱ぎに相当する部分はなく、直ちに居室の床になつていた。しかも、道路から乙建物に出入するにも、固有の門、通路はなく、甲建物の東西いずれかの側方(甲建物の敷地内で幅一メートルに満たない所もある。)を通る以外に余地はなかつた。
(三) 昭和五六年一月一九日大翔産業から本件乙建物の表示登記の申請があつたので、被告の係官が同月二九日実地調査をしたところ、同建物の周壁は石綿系の建材によつて遮断されており、屋根は鉄板系材料(亜鉛メツキ鋼板)で葺かれ、基礎も、甲建物と非常に接近してはいたが、一応別個であつた。そこで被告は、住宅の一個性の判定基準とされる物理的独立性、利用目的上の独立性及び経済的価値の三項目とも満たされていると考え、右申請に応じて右建物の表示登記をした。
(四) 昭和五六年九月一四日、大翔産業から本件甲乙建物の表示登記の抹消及び本件丙建物の表示登記の申請を受けた被告は、同日、係官に実地調査をさせたところ、前記のとおり密接して建てられていた甲乙建物の重なり合う部分のうち、甲建物の北側壁面二・七二七メートルとこれに対応する乙建物の南側壁面二・七二七メートルが撤去されており、両建物は右撤去部分で一体化し、自由に行き来できる状態になつていた(この一体化工事のため、甲建物の押し入れと床の間が撤去された。)。また、乙建物の屋根を甲建物の壁と接合させる工事も施されてあり、残余の両建物の間隙も外側からモルタルで塗り固められてあつて、構造上も利用上も一個の住宅と化し、結局、甲乙建物は独立しては存在しないことが確認された。
なお、大翔産業は、右申請と同一の申請を前月にもなしたが、これについて被告が実地調査した時には、まだ一体化したと認められるだけの工事はなかつたので、同申請は一旦取り下げられ、その後、前記のとおり再度の申請がなされたものである。したがつて、被告の昭和五六年一月二九日の本件乙建物の実地調査は三度目のものであつた。
(五) 右工事の後も、高橋勲は引き続き妻子と共に本件丙建物を住居として使用していた。
2 右に認定した事実によれば、本件甲乙建物は、当初その基礎及び構造を異にし、極めて接近してはいるものの、相互に隔離した建物として建築されているから、物理的にはそれぞれ別個の存在とみることができないものではない。しかし、ある建築物が独立の不動産と言えるかどうかは法律上の判断であつて、物理的状態のみならず客観的にみた当該建物の用途、用法(被告が判定基準の一つとする「利用目的上の独立性」と言つてもよい。)及び社会的、経済的に考察した取引上の価値等をも総合して決定すべきものである。
これを本件についてみると、乙建物は、人が独立して(甲建物及びそこに設けられている設備に依存しないで)居住するのに必要な水道設備、トイレツトを欠くうえ、居宅であれば通常設けられる台所もない単室の構造であつて、しかも、甲建物と密着と言つてよいほどに近接し、電灯の配線も甲建物からの延長である。この乙建物の物的状態及び甲建物との位置関係からみれば、乙建物は、甲建物中の右諸設備に依存しないでは、人の居住の用に供することができないものであることは一目瞭然であり、この依存関係が断たれた状態では、社会的、経済的にみて、居宅としては殆ど取引価値を有しないであろうことは容易に理解できる客観的状態にあつたものと言える。右乙建物の甲建物に対する効用、機能上の依存関係と位置関係及び床面積の割合並びに取引価値を総合して考えると、本件乙建物は、甲建物の存在を前提としており、甲建物の附属建物としてのみ存在するものであるから、それ自体を主たる建物として独立に登記することはできないものであり、いわゆる附属建物として、甲建物の登記簿に記載されるべきものであつた(旧法九三条ノ八)と言わなければならない。
もつとも、両建物の所有者である大翔産業は、右1(三)のとおり乙建物の表示登記を申請しているから、附属建物としない意思を表明したものと言えるけれども、かかる意思のみでは右の客観的な依存、従属の関係に変動を来さないから、本件乙建物が独立の登記に親しまないことに変わりはない(即ち、この種の客観的関係は、いわば一種の物的状態に相当し、右客観的な関係が消滅しないかぎり、所有者の意思の如何には左右されないものである。)。所有者の意思を問題とする被告の主張は本件事案については採用できない。
そして、右1(四)のとおり本件甲乙建物が一体化したときは、両者の前記依存、従属関係に鑑みて、本件乙建物が本件甲建物に附合し、乙建物の所有権は主たる不動産である甲建物の所有権に吸収されて消滅するものと解すべきである(民法二四二条本文)。被告は不動産相互の附合には民法の附合の規定を適用すべきでないと争うが、不動産相互間にも附合が起こりうる以上、右附合の規定を適用又は類推適用するのが合理的な解釈であり、被告の主張が類推適用をも否定する趣旨であれば失当である。
3 右に判断したとおり、本件甲建物は本件乙建物の附合(いわゆる合棟工事)によつては同一性を失わず、建物の構造及び床面積に若干の変動が生じたに過ぎないものと解すべきであるから、登記手続としては、かかる実体法上の権利関係(本件甲建物所有権の客体の拡張)を登記簿上に表示すれば足りるものである。したがつて、本件甲建物が滅失したとする本件滅失登記処分は違法なものであつて、その余の点につき判断するまでもなく、取消しを免れない。
三 次に、本件表示登記処分の取消しを求める訴えの適否について判断する。
1 原告は、本件根抵当権の対抗力を確保し、その実行を可能ならしめるために、右表示登記処分の取消しを求める利益があると主張するが、本件滅失登記処分が取り消され、その結果本件甲建物の滅失登記が回復されれば、同時に右根抵当権設定登記も回復されるから、これによつて、原告は、右根抵当権の実行のみならず、対抗力を伴う処分も可能になり、右処分や根抵当権の実行に、本件表示登記の存在が、法律上の障害となるものでないことは明らかである。
そして、本件表示登記処分は本件滅失登記処分とは別個、独立の処分であることは、当該処分の前提となる登記申請行為の異同、処分の内容(結果)をみれば明らかであり、かつ、本件表示登記処分の取消しが右滅失登記処分取消しの先決関係として不可欠なものとなつているわけでもない。
2 原告は、合棟の場合の滅失登記と表示登記とは一体の処分であり、両者を切り離して考えることは不動産表示登記制度の趣旨に反すると主張し、また、ある建物の滅失登記が回復されたにもかかわらず同一土地上に別個の建物表示登記が存在することは一不動産一登記用紙主義の原則に反するとも主張する。
しかし、滅失登記処分と表示登記処分とは、たとえ、合棟に関するものであつても、法律上は別個、独立の処分であつて、両者が一体となつて一個の処分手続を組成しているものでないことは前述のとおりである。したがつて、本件表示登記処分によつて原告の法律上の利益が侵害されないかぎり、同処分が不動産登記法に違反し違法であるかどうかにかかわりなく、原告は同処分の取消しを求める利益を有しないものである。
3 原告は、右法律上の利益の侵害として、本件表示登記処分が取り消されないかぎり、本件根抵当権の実行に際し、競売の対象物件を特定、公示できず、競落人の所有権取得範囲について複雑な問題を生じ、ひいては競売手続が不可能となる惧れ及び本件表示登記に基づく所有権保存登記を経て所有権移転登記を得た善意の第三取得者が同建物を取り壊し、重大な変更を加える惧れを挙げる。
しかし、本件滅失登記処分が取り消されることによつて回復される本件甲建物の登記が本件丙建物の登記と重複することになるとしても、不動産登記法上は前者が優先し、後者が無効とされるべきものであることは、その表示登記、所有権保存登記及び第三者の権利の登記のいずれをとつてみても前者が先行していること並びに本件表示登記処分にかかる丙建物の登記原因自体が合棟すなわち本件甲乙建物の合棟による滅失であることに照らして明らかであり、法律上、本件表示登記処分の効力が原告の本件根抵当権の実行もしくは処分に不利益を及ぼすことはありえない。のみならず、原告の主張する競売対象物件の特定及び競落人の所有権取得範囲の問題は、本件根抵当権の効力の及ぶ目的物の範囲の問題(民法三七〇条参照)であつて、関係する実体法規の解釈によつて定まり、本件表示登記処分の存否によつて左右される性質の事柄ではない。また、原告の主張する「善意の第三取得者」による右建物取り毀しの惧れも、本件丙建物がその所有者から第三者に譲渡されたときは、本件表示登記が抹消(閉鎖)されていたとしても、起こりえないではない事態である。しかも、右のような事態が生じる惧れが顕在化したときは、本件根抵当権に基づいて原告が相応の保全の手段を講じ、その発生を防止することができるものである。
したがつて、右のような各惧れをもつて本件表示登記処分取消の訴えの利益を基礎づけることはできず、原告の右主張は失当である。
4 以上のとおり、原告には、本件表示登記処分の取消しを求める訴えの利益が認められないから、同訴えは不適法である。
四 よつて、本件訴えのうち、本件表示登記処分の取消しを求める訴えは不適法であるからこれを却下することとし、本件滅失登記処分の取消請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民訴法九二条但書、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山元和敏 太田幸夫 塚本伊平)
物件目録
一 東京都八王子市横川町八三五番地八、八二八番地四所在
家屋番号 八三五番八
軽量鉄骨造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅
床面積 一階 六三・三七平方メートル
二階 三五・六八平方メートル
二 同所八二八番地四所在
家屋番号 八二八番四
木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅
床面積 一五・二五平方メートル
三 同所八三五番地八、同番地一五、八二八番地四所在
家屋番号 八三五番八の二
木・軽量鉄骨造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅
床面積 一階 七九・〇二平方メートル
二階 三五・六八平方メートル
別紙図面<省略>