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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)12411号 判決 1983年6月13日

原告 山本幸一

右訴訟代理人弁護士 高橋保治

同 橋場隆志

被告 豊信用組合

右代表者代表理事 宮村耕馬

右訴訟代理人弁護士 樋渡洋三

主文

一、被告は、原告に対し、金四三万八〇四六円及びこれに対する昭和五七年一〇月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告に対し、金一三八万七三〇四円及びこれに対する昭和五七年九月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告は、訴外株式会社高坂物産(以下「訴外会社」という。)との間で、別紙「株式会社高坂物産の定期預金・定期積立預金明細表」記載のとおりの預金契約を締結し、各預金額の寄託を受けた(以下これを「本件預金債権」という。)。

2. 原告は、原告を被控訴人(附帯控訴人)とし、訴外会社及び訴外高坂貞男を控訴人(附帯被控訴人)とする東京高等裁判所昭和五一年(ネ)第一四七三号、昭和五四年(ネ)第一五五九号、昭和五六年(ネ)第八六号事件において、左記主文の判決(以下「本件判決」という。)を得た。

(一)  控訴人ら(附帯被控訴人ら)の本件各控訴を棄却する。

(二)  被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴に基づき、各原判決を次の括弧内記載のとおり変更する。

「1 控訴人ら(附帯被控訴人ら)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、各自金四八七万六〇二八円及びこれに対する昭和四八年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。」

(三)  訴訟費用は第一・二審とも控訴人ら(附帯被控訴人ら)の負担とする。

(四)  この判決の二項括弧内1は、仮に執行することができる。

3. 原告は、本件判決に基づき昭和五七年九月三日原告を債権者、訴外会社を債務者、被告を第三債務者として、左記執行債権及び被差押債権に関し債権差押命令(東京地方裁判所昭和五七年(ル)第二八一五号、以下「本件差押命令」という。)を得、同命令は同月四日被告に、同月六日訴外会社にそれぞれ送達された。

(一)  執行債権

本件判決に基づく元本四八七万六〇二八円の内金一〇二万七六三三円及びこれに対する昭和五〇年七月二二日より昭和五七年七月二一日まで年五分の割合による遅延損害金三五万九六七一円、合計一三八万七三〇四円。

(二)  被差押債権

一三八万七三〇四円。但し、訴外会社の被告に対する定期預金、当座預金、普通預金、定期積立預金の各債権のうち、この記載の順序で、同種の預金は口座番号の若い順序で頭書金額に満つるまで。

4. 被告は、昭和五六年二月一三日、後記抗弁2の執行手続により、取立権者である原告に対し、本件預金債権の定期預金中預け入れの早いものから二九七万二三六七円を弁済した。

5. よって、原告は、被告に対し、右被差押債権一三八万七三〇四円(本件預金債権のうち、右4の弁済分を除く部分で、定期預金、定期積立預金の順序により、同種のものは預け入れの早いものから右金額に満つるまで)及びこれに対する昭和五七年九月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

全部認める。

三、抗弁

1. (根質権の実行)

(一)  被告は、昭和四六年七月三〇日、訴外会社との間で、被告の訴外高坂物産株式会社(訴外会社とは別会社)に対する一切の債権を担保するため、本件預金債権に根質権(以下「本件根質権」という。)の設定を受けた。

(二)  被告は、昭和五二年一一月一日、同日までに高坂物産株式会社に対して取得した債権の弁済にあてるため、本件預金債権全額について本件根質権を実行した。

従って、本件差押命令の送達時に本件預金債権はすべて消滅していた。

2. (弁済)

(一)  原告は、訴外会社を被告とする東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第七〇七八号事件において、左記主文の判決(以下「旧判決」という。)を得た。

(1) 被告は原告に対し金二九七万二三六七円及びこれに対する昭和四八年七月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 原告のその余の請求を棄却する。

(3) 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

(4) この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

(二)  原告は、旧判決に基づく仮執行として昭和五四年七月一一日原告を債権者、訴外会社を債務者、被告を第三債務者として左記執行債権及び被差押債権に関し差押取立命令(東京地方裁判所昭和五四年(ル)第三一〇〇号、以下「旧差押取立命令」という。)を得、同命令は同月一四日までに訴外会社及び被告に送達された。

(1) 執行債権

旧判決に基づく元本二九七万二三六七円及びこれに対する昭和四八年七月一〇日から昭和五四年七月九日までの年五分の割合による遅延損害金八九万一七一〇円、合計三八六万四〇七七円。

(2) 被差押債権

三八六万四〇七七円。但し、訴外会社の被告に対する定期預金、当座預金、普通預金、定期積立預金の各債権のうち、右記載の順序に従って頭書金額に満つるまで。(同種預金が二個以上あるときは預け入れの早いものから、預け入れ年月日が同一のものについては弁済期の早いものから順次充当する。)

(三)  被告は、昭和五六年二月一三日旧差押取立命令に基づく取立権者である原告に対し、本件預金債権につき、請求原因4の二九七万二三六七円のほかに執行債権五八万九五八七円に対応する同額の金員、これらに対する昭和五四年七月一五日からの年五分の割合による遅延損害金二七万九一〇一円及び執行費用七五六四円を支払った。

四、抗弁に対する認否

全部認める。

五、再抗弁(抗弁1に対して)

1. 原告は、昭和五〇年七月一六日、原告を債権者、訴外会社を債務者、被告を第三債務者とし、本件差押命令の執行債権の元本をその一部とする四〇〇万円の債権を被保全権利、本件預金債権のうち四〇〇万円(その他の点は抗弁2(二)(2)但書と同じ。)を被仮差押債権とする仮差押命令(東京地方裁判所昭和五〇年(ヨ)第四三四五号、以下「本件仮差押」という。)を得、同命令は遅くとも同月二二日までに被告に送達された。

従って、被告の抗弁1の質権実行は原告に対抗できない。

六、再抗弁に対する認否

本件仮差押の被保全権利が本件差押命令の執行債権の元本を含むとの点を除き全て認める。

七、再々抗弁

1. 抗弁2の各事実と同じ。

2. 抗弁2(一)の東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第七〇七八号事件は、本件仮差押の本案訴訟である。

3. 原告は、昭和五六年二月一六日、旧差押取立命令のうち請求原因4の二九七万二三六七円及び抗弁2(三)の五八万九五八七円を除く三〇万二一二三円の預金債権に対する命令申請を取下げた。

4. よって、本件仮差押にかかる四〇〇万円の預金債権のうち、3の取下げ分三〇万二一二三円については、本件仮差押執行より移行した本執行手続である旧差押取立命令の申請取下げにより、旧差押取立命令の対象とならなかった一三万五九二三円(右四〇〇万円から旧差押取立命令の被差押債権三八六万四〇七七円を除いた分)については、右手続の終了により、それぞれに対する本件仮差押の効力は将来に向って消滅した。従って被告は、右部分について本件根質権の実行による消滅を対抗できる。

八、再々抗弁に対する認否

再々抗弁2及び3の事実は認める。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因事実は当事者間に争いがない。

二、抗弁1(質権の実行)及び2(弁済)の各事実並びに再抗弁(仮差押)のうち本件差押命令の執行債権の元本が本件仮差押の被保全権利の一部であるとの点を除く事実はいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第五、第八及び第九号証によれば、右執行債権元本及び被保全権利は、いずれも原告の訴外会社に対する、原告が昭和四八年七月九日同会社に債務なくして支払をしたことによる不当利得返還請求権元本の内金であり、両者間に同一性があると認められる。

三、右二の事実によれば本件預金債権(定期預金五〇〇余万円及び定期積立預金)のうち請求原因4の弁済分二九七万二三六七円を除く部分は次のようになる。

1. 定期預金のうち預け入れの早いものから四〇〇万円を除いた部分及び定期積立預金については、本件仮差押の効力が及んでいないので、被告は原告に対し、本件根質権実行による消滅を対抗できる。(なお、本件仮差押の被仮差押債権四〇〇万円から旧差押取立命令に基づく弁済額(前記二九七万二三六七円及び後記3の五八万九五八七円)を差引いた残額は四三万八〇四六円であるから、本件差押命令中右金額を超える部分は、本件預金債権中の元来本件仮差押の効力が及んでいなかった部分を対象としたこととなるが、本訴において原告が被仮差押債権の範囲に限らないで本件差押命令による差押金額に満つるまでの金員を請求する趣旨であるとしても、右超過部分は本件根質権実行による消滅を対抗されることとなり、その部分の請求は失当に帰する。)

2. 1以外の部分、すなわち右四〇〇万円中前記二九七万二三六七円を除いた一〇二万七六三三円(旧差押取立命令の対象となった預け入れの早いものから三八六万四〇七七円のうち前記二九七万二三六七円を除いた部分の八九万一七一〇円及び右三八六万四〇七七円を超える部分一三万五九二三円の合計)については本件仮差押の効力が及んでおり、本件根質権設定を仮差押債権者たる原告に対抗しうる事由の主張立証がないので、その実行による消滅を対抗できない(仮差押の失効をいう被告の再々抗弁については後記四で判断する。)。

3. 右八九万一七一〇円のうち五八万九五八七円は弁済により消滅している(抗弁2)。抗弁2(三)の被告が原告に支払ったその余の金員(遅延損害金二七万九一〇一円及び執行費用七五六四円)は預金元本である本件預金債権の弁済にあたらない。

以上によれば、被告は原告に対し、本件預金債権のうち右2の八九万一七一〇円から右3の五八万九五八七円を除いた残額三〇万二一二三円及び右2の一三万五九二三円の合計四三万八〇四六円について支払義務を負うことになる。なお、本件仮差押命令送達後に右四〇〇万円の預金債権に生じた利息に対しても、本件仮差押の効力は及ぶが、利息の約定について主張立証がないので、この点は考慮しない。

四、再々抗弁について

被告は、右三により支払義務を負う預金債権のうち三〇万二一二三円については旧差押取立命令申請の取下げにより、一三万五九二三円については旧差押取立命令申請事件の終了により、それぞれ本件仮差押の効力が消滅したから、本件根質権の実行による消滅を対抗できると主張するので、その当否を検討する。

1. 右各預金債権と本件仮差押及び旧差押取立命令の関係は次のとおりである。

(一)  右一三万五九二三円は、旧差押取立命令によって差押えられていないので、これに対する本件仮差押は本執行に移行していない。

(二)  右三〇万二一二三円は、旧差押取立命令により差押えられたが、成立に争いのない甲第四号証によれば、右金員部分に対する差押は、旧判決で認容された債権元本二九七万二三六七円に対する昭和四八年七月一〇日から本件仮差押の効力発生の前日である昭和五〇年七月二一日までの年五分の割合による遅延損害金三〇万二一二三円(但し円未満は四捨五入)を執行債権とするものであることが認められる。ところで、仮差押の効力は被保全権利の執行の保全に必要な範囲に限られるから、本件仮差押のように元本のみを被保全権利とした場合、右元本に対する既発生(仮差押の効力発生の前日までに発生したもの)の利息又は遅延損害金については、その効力が及ばないものと解され、これらを執行債権とする本執行は、執行債権が仮差押の被保全権利との同一性を欠くから、目的財産が同一でも仮差押から移行したものとはいえない。そして前記認定のとおり右三〇万二一二三円に対する旧差押取立命令は既発生の遅延損害金を執行債権とするものであるから、本件仮差押が本執行に移行したものではないといえる。

2. 一般に、仮差押の差押目的財産が可分の場合、被保全権利及び差押目的財産の各一部について本執行が行われたとしても、本執行に移行しなかった残部については仮差押の効力は消滅せず、仮差押債権者はあらためてこれについて本執行を申立てて、仮差押の効力を援用できると解すべきところ、本件仮差押の被仮差押債権中前記各預金債権については右1のとおり旧差押取立命令により本執行に移行していないのであるから、原告は、本件差押命令について右各預金債権に対する本件仮差押の効力を援用できるというべきである。また、再々抗弁3の前記三〇万二一二三円についての旧差押取立命令申請の取下げも、そもそも右部分に対する旧差押取立命令は本件仮差押から移行したものではないのであるから、何ら本件仮差押の効力に影響するものではない。被告の主張は、このような場合後行の本執行手続においてはもはや仮差押の効力を援用できないとの見解によるようであるが、特に本執行申立を分割して行うことを禁ずる理由はなく、例えば、仮執行宣言付判決に基づき本執行をした後、上訴審判決で認容額が拡張され、拡張分についてあらためて本執行することを要するような場合を考慮すると、右見解は採用できない。そして前記解釈によっても、被保全権利の残部について債権者敗訴の本案判決があった場合や、債権者が残部について債務名義を取得したのに本執行を申立てない場合には、債務者は事情変更による仮差押命令の取消を申立てることにより、仮差押の拘束を免れる余地があるから、債務者にとって不当な結果になるとはいえない。

従って、被告の再々抗弁は失当である。

五、よって、本訴請求は金四三万八〇四六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(本件訴状が昭和五七年一〇月二二日に被告に送達されたことは記録上明らかである。)である昭和五七年一〇月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 鈴木健太 半田靖史)

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