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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)12631号 判決 1984年3月16日

原告

佐久間繁

被告

富士関東陸送株式会社

主文

一  被告鳥田朝治は原告に対し、金七三九万七一四〇円及びこれに対する昭和五五年五月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告鳥田朝治に対するその余の請求及び被告富士関東陸送株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告鳥田朝治との間に生じたものはこれを五分し、その四を原告の、その一を同被告の負担とし、原告と被告富士関東陸送株式会社との間に生じたものは全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年五月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年五月一九日午前三時五〇分ころ

(二) 場所 千葉県市川市南行徳一丁目一二番地先交差点(以下、本件交差点という)

(三) 加害車両 被告鳥田朝治(以下、被告鳥田という)運転の普通乗用自動車(以下、被告車という)

(四) 被害車両 原告運転の原動機付自転車(以下、原告車という)

(五) 態様 浦安方面から行徳駅方面に向けて直進中の原告車と左方交差道路を相之川方面から塩浜方面に向けて進行してきた被告車が本件交差点で出合頭に衝突した(以下、本件事故という)。

2  責任原因

(一) 被告鳥田

被告鳥田は、被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という)三条に基づき損害賠償責任を負う。

(二) 被告富士関東陸送株式会社(以下、被告会社という)

(1) 被告鳥田は、本件交差点に進入するに際し、通常の前方に対する注意を払つていれば容易に原告車を発見して衝突を回避し得たのに右注意を怠り、かつ、制限速度を超えて進行した過失がある。

(2) 被告会社は、被告鳥田の使用者であるが、本件事故は、公共交通機関が始動する以前の早朝出勤の途上において発生したものであり、被告鳥田の右運転行為は客観的外形的にみて被告会社の業務執行につきなされたというべきであるから、被告会社は民法七一五条一項により使用者責任を負う。

3  権利侵害

原告は、本件事故により頭部外傷(脳挫傷、頭蓋骨々折、外傷後遷延性昏睡)を負い、葛南病院に入院し治療を受けたが、受傷時から昏睡状態が続き、その後も意識障害があり、本人の自発言語はなく、尿便失禁、痙性麻痺、歩行不能の状態で、食事も介助により辛じて可能な程度である。右の原告の後遺障害は、自賠法施行令二条に定める等級の第一級第三号に該当する(なお、原告は、右後遺障害のため昭和五七年八月一一日禁治産宣告を受け、実兄の佐久間平が法定代理人後見人に選任された)。

4  損害

(一) 逸失利益 金四〇五六万〇七四四円

(1) 基礎収入 原告は、本件事故当時二五歳の健康な男子で、喫茶スナツクの従業員として勤務していたので、昭和五五年賃金センサス男子二五歳の平均賃金の月額金一九万四〇〇〇円

(2) 労働能力喪失率 一〇〇パーセント

(3) 喪失期間 六七歳までの四二年

(4) 中間利息控除 ライプニツツ式

(5) 計算式 194,000×12×17.423=40,560,744

(二) 付添介護料 金三一三六万一四〇〇円

原告の後遺障害は前記のとおりであり、原告は介護を必要とするところ、現在は療護施設光洋宛に入療し治療中であるが、原告の家族は原告を自宅に引きとり世話をしたいとの希望を抱いているし、また、リハビリテーシヨンに多額の費用を要することも考えられる。そこで、付添介護料としては一か月金一五万円を基礎とし、四二年間に要する費用の現価をライプニツツ式計算法によつて中間利息を控除して算出すると、金三一三六万一四〇〇円となる。

(三) 療養雑費 金五〇一万七八二四円

原告が要する療養雑費は、少なくとも一か月金二万四〇〇〇円であり、四二年間に要する費用の現価をライプニツツ式計算法によつて中間利息を控除して算出すると、金五〇一万七八二四円となる。

(四) 慰謝料 金一八〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 金四〇〇万円

(六) 損害のてん補 金二〇〇〇万円

原告は、自賠責保険から金二〇〇〇万円を受領した。

(七) 合計 金七八九三万九九六八円

前記(一)ないし(五)の合計額から(六)の金額を差し引いた額

5  よつて、原告は、被告ら各自に対し、右の金員のうち金五〇〇〇万円及びこれに対する事故の日である昭和五五年五月一九日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認めるが、責任は争う。

(二)  同2(二)のうち、被告鳥田の過失は否認する。また、当時被告鳥田が被告会社の従業員であつたことは認めるが、被告鳥田は、自家用車である被告車を被告会社への通退勤にのみ使用していたもので、被告会社の業務のために使用したことはなく、本件事故当時も業務執行中ではなかつた。

3  同3の事実は認める。

4(一)  同4(一)のうち、原告が当時二五歳の男子であつたことは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  同4(二)については、原告が介護を必要とする状態であることは認めるが、現在は療護施設光洋苑において治療中であり、現実の付添費用の負担はないものと思われる。

(三)  同4(三)の事実は不知。

(四)  同4(四)は争う。

(五)  同4(五)は争う。

(六)  同4(六)の事実は認める。

三  抗弁(免責)

1  被告鳥田は、相之川方面から塩浜方面に向け時速約四〇キロメートルで直進していたが、本件交差点手前約一二〇メートル付近で交差点の対面信号が青に変わつたのを確認し、そのままの速度で交差点に進入したものであり、被告鳥田に過失はなかつた。

2  原告には、赤信号を無視して本件交差点に進入した過失がある。また、原告は、当時勤務先のスナツクからの帰りで、アルコールの影響により、前方注視を怠り、正常な運転ができなかつたものと思われる。

3  事故当時、被告車には構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、被告鳥田に過失がなかつたとの点は否認する。仮に被告鳥田が本件交差点の相当手前で信号を確認していたとしても、被告車の走行速度及び本件交差点の信号サイクル等に照らすと、本件事故発生時における被告車進行方向の対面信号は、黄色或いは黄色から赤色に変わる寸前であつたと推測される。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  請求の原因2(責任原因)について判断する。

1  被告鳥田が被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたこと及び本件事故当時被告鳥田が被告会社の従業員であつたことは当事者間に争いがない。

2  被告らは、原告が赤信号を無視して本件交差点に進入したものであり、被告鳥田に過失はない旨主張するので、この点につき検討する。

(一)  いずれも成立に争いのない乙第一号証、第二号証及び被告鳥田本人尋問の結果によれば、被告鳥田は、事故当日午前三時四〇分ころ被告車を運転して被告会社に向けて出発したこと、本件交差点の約一二〇メートル手前の仁保育園前(馬上方付近)の道路上(別紙図面<1>の地点)での被告車の速度は時速約三〇キロメートル余であるが、被告鳥田は、本件交差点に至るまでの間に加速し、本件交差点の約一二メートル手前(同図面<2>の地点)で一旦アクセルペダルを離したものの、交差点直前(同図面<3>の地点)でアクセルペダルを踏み込んで加速し、時速約四〇キロメートルの速度で交差点に進入したところ、それと同時くらいにコツンという衝突音がして、ハンドルがとられ、初めて原告車に気づいたこと、右衝突後被告車は道路左側の電柱に衝突したこと、本件交差点の信号サイクルによると、被告車の対面信号は、青信号の表示が二九秒間継続することが認められる。なお、被告車が制限速度を超えて進行していたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  ところで、原告は、本件事故による受傷後意識障害があり、本人の自発言語がない状態であることは当事者間に争いがなく、従つて、本訴において事故発生状況に関する原告の供述を得ることは不可能である。また、他に目撃者もないところから、一方当事者である被告鳥田の供述によつてのみ事実認定せざるを得ない事案であり、慎重な検討が必要であるところ、被告鳥田は、本件交差点の約一二〇メートル手前の仁保育園前(馬上方付近)の道路上で本件交差点の対面信号が赤色から青色に変わるのを見た旨供述しており、その内容は具体的で、事故当時から一貫している(乙第一号証、被告鳥田本人尋問の結果)し、その供述態度等に照らして一応これを信用することができ、他にこれを覆すに足りる資料は存しない。

(三)  原告は、被告鳥田の供述を前提としても、本件事故発生時における被告車進行方向の対面信号は黄色或いは黄色から赤色に変わる寸前であつたと推測される旨主張するが、被告鳥田が対面信号が赤色から青色に変わるのを見た位置が本件交差点の約一二〇メートル手前であり、その後時速三〇キロメートル(秒速八・三三メートル)で進行したものとした場合、前記青信号の表示時間を勘案すると、計算上は被告車は青信号で本件交差点に進入したこととなり、原告の右主張は理由がない(そして、被告鳥田は、本人尋問において、本件交差点に青信号で進入した旨供述している)。

(四)  そうすると、本件証拠上は、原告が赤信号で、被告鳥田が青信号で、それぞれ本件交差点に進入した蓋然性が高いものと認定することになるのはやむを得ないところである。

(五)  なお、原告が当時酒気を帯びていたか否かの点については、原告はスナツクのバーテンとして深夜まで勤務しており(原告法定代理人尋問の結果により認める)、飲酒していた可能性が考えられないでもないが、未だ酒気帯びの事実を明確に裏づける客観的証拠はないと言わざるを得ない。

(六)  そこで、被告鳥田の過失の有無につき判断する。

成立に争いのない甲第三号証の一ないし一五、第四号証の一ないし五、原告法定代理人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証、前掲乙第一号証、同尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件交差点手前における被告車進行道路からの右方交差道路の見通しは、別紙図面のとおり、丸石家具倉庫によつて視界の一部が遮断されているものの、右倉庫の前面は駐車場となつており、右倉庫の東端角を通して見える交差点寄りの範囲については見通しは良く、右範囲内を走行する原動機付自転車の運転者の上半身を発見することは可能であること、本件衝突による原告車の損傷は、ステツプ曲損、エンジンケースのふた、泥よけ破損等となつており、原告車の左側面中央部分に被告車前部が衝突していること、原告車の前照灯は照射する状態となつていたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。右事実に照らすと、被告鳥田は、本件交差点手前において、右方交差道路から交差点に進入してくる原告車を事前に発見することは可能であり、また、発見していれば衝突回避の可能性もあつたというべきところ、同被告は、前記認定のとおり、本件交差点内でコツンという衝突音がしてハンドルがとられるまで、右方交差道路から進入してきた原告車に全く気づいていないし、また、交差点に近づくにつれて時速約三〇キロメートル余から加速し、一旦アクセルペダルを離したものの、本件交差点直前(別紙図面<3>の地点)においてもアクセルペダルを踏み込んで加速し、時速約四〇キロメートルの速度で交差点に進入していることを併せ考えると、被告鳥田には、本件交差点に進入するに際し、右方交差道路の車両の安全を十分確認して衝突を回避すべき義務を尽くしたものとはいえず、被告鳥田に過失がなかつたものとは認め難い。

3  そうすると、免責の抗弁は理由がないから、被告鳥田は、自賠法三条により損害賠償責任を負う。

4  また、前記認定の事故態様及び被告鳥田の右運転状況、本訴においては目撃者もなく、証拠上は原告の赤信号無視の蓋然性が高いとの認定になるが、原告は自発言語がない状態で、事故発生状況に関する供述は不可能であり、事故態様の解明が十分できないこと等諸般の事情を考慮すると、後記原告の損害の算定にあたり七割の過失相殺をするのが相当である。

5  被告会社の責任について

被告鳥田本人尋問の結果によれば、被告鳥田は、被告会社において運転手として同社の大型貨物自動車を運転して鋼材運搬作業に従事しており、自家用車である被告車は同社への通勤にのみ使用しており、同社の業務のために使用したことはないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

なお、本件事故発生時刻は午前三時五〇分ころであり、原告主張のように公共の交通機関を利用することができない状態にあつたことは推認できるが、被告鳥田本人尋問の結果によれば、被告鳥田は、被告車で通勤しない場合には自転車で通勤することも可能であることが認められる(右認定を左右すべき証拠はない)ので、勤務時間の関係で被告車を使用しなければならなかつたものとは言えないし、早朝出勤のために被告車を利用するよう被告会社から指示されたとか、被告会社が被告車の通勤によるガソリン代を負担する等便宜を供与していたとの事実を認めるに足りる証拠もない。

そうすると、被告鳥田の運転行為が被告会社の業務執行につきなされたものということはできないから、同社が使用者責任を負う旨の原告の主張は理由がない。

三  請求の原因3(権利侵害)の事実は当事者間に争いがない。

四  そこで、損害について判断する。

1  逸失利益

成立に争いのない甲第二号証、原告法定代理人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時二五歳の男子で、喫茶スナツクのバーテンとして勤務し、当該年齢の男子労働者の平均賃金程度の収入を得ていたこと、本件事故により前記傷害を負い、労働能力を一〇〇パーセント喪失したこと、本件事故がなければなお四二年間稼働可能であつたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

そこで、昭和五五年、五六年、五七年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計二五ないし二九歳男子の平均賃金を基礎とし、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり合計金五一五八万八九四二円となる。

2,742,400×0.9523=2,611,587

2,882,100×(1.8594-0.9523)=2,614,352

2,978,900×(17.4232-1.8594)=46,363,003

2,611,587+2,614,352+46,363,003=51,588,942

2  付添介護料及び療養雑費

原告が前記後遺障害(第一級第三号)のため介護を要する状態であることは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第四号証の六及び原告法定代理人尋問の結果によれば、原告は、現在まで療養施設光洋苑においてベツトで寝たきりの状態であり、食事代として毎月金二万四〇〇〇円を要していること、右光洋苑を一定の年数経過後は出なくてはならないというものではないが、原告の母をはじめ家族としては原告を引き取つて世話をしたいという希望を抱いていること、今後は食事代や療養雑費が増大することも予想されることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、当裁判所に顕著な昭和五五年簡易生命表によれば、原告の平均余命は四九年であることが認められるから、最初の四年間については療養費である一か月金二万四〇〇〇円を基礎とし、将来の四五年間の付添介護料及び療養雑費については、全期間を平均して一か月金八万四〇〇〇円が相当と認め、右金額を基礎とし、右四九年間に要する付添介護料及び療養雑費を算定すると、次の計算式のとおり合計金一九〇六万八一九二円となる。

24,000×12×4=1,152,000

84,000×12×17.774=17,916,192

1,152,000+17,916,192=19,068,192

3  慰藉料

本件事故の態様、前記傷害の内容・程度等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金一八〇〇万円が相当と認める。

4  過失相殺

以上の1ないし3の損害額を合計すると金八八六五万七一三四円となるところ、前記判示の七割の過失相殺をすると、残額は金二六五九万七一四〇円となる。

5  損害のてん補

原告が自賠責保険から金二〇〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、前項の金額から右金額を差し引くと、残額は金六五九万七一四〇円となる。

6  弁護士費用

本件事案の難易、審理の経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、原告が被告に対して本件事故と相当因果関係ある損害として賠償を求める得る弁護士費用は、金八〇万円が相当と認める。

7  合計 金七三九万七一四〇円

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告鳥田に対し、右金七三九万七一四〇円及びこれに対する本件事故日である昭和五五年五月一九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、認容し、被告鳥田に対するその余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

別紙図面

<省略>

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