東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14518号 判決 1984年10月19日
原告 佐藤晴男
原告 佐藤恵子
右両名訴訟代理人弁護士 片村光雄
同 小川勝芳
同 藤田徹
被告 東京信用金庫
右代表者代表理事 吉橋鐸美
右訴訟代理人弁護士 大村金次郎
主文
一、被告は、原告佐藤恵子に対し、金一五万六二五〇円を支払え。
二、原告佐藤晴男の請求、原告佐藤恵子のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は原告らの負担とする。
四、この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
(原告ら)
一、被告は、原告佐藤晴男に対し金二〇〇万円、原告佐藤恵子に対し金一〇〇万円及び右各金員に対する昭和五五年七月六日から昭和五七年一二月三日まで年七分八厘五毛の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、仮執行宣言。
(被告)
一、原告らの請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、当事者の主張
一、原告らの請求原因
(一) 原告らは、昭和五五年七月五日、被告の志木支店に対し、それぞれ「リレー定期預金」の名称で左記のとおり定期預金をした(以下本件定期預金という)。
1. 原告晴男
金額 二〇〇万円
満期日 昭和五六年七月五日
利息 年七分八厘五毛
特約 元金は自動継続
2. 原告恵子
金額 一〇〇万円
その他は1に同じ。
(二) 原告らは、被告に対し、それぞれ本件訴状により被告との間の本件定期預金契約を解約する旨の意思表示をした。
(三) よつて、原告らは、被告に対し、それぞれ前記預金元金(原告晴男は二〇〇万円、原告恵子は一〇〇万円)及び右各元金に対する各満期日の翌日である昭和五五年七月六日から解約の意思表示をした本件訴状が被告に対し送達された日である昭和五七年一二月三日までの年七分八厘五毛の割合による約定利息金の支払いを求める。
二、被告の答弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。但し、本件定期預金は後記のとおり昭和五四年になされた定期預金が変更されたものである。
(二) 同(二)の事実は認める。但し、解約の効力は争う。
三、被告の抗弁
(一) 被告は、昭和五六年一一月一〇日、被告の原告晴男に対する貸金債権合計二八七万〇〇五一円と本件定期預金債権を対当額において相殺した。
(二) 右相殺に至る経緯は次のとおりである。
1. 原告らの定期預金
(1) 原告らは、昭和五四年六月一九日、被告と定期預金契約を締結し、原告晴男は金額二〇〇万円、原告恵子は金額一〇〇万円、満期日各昭和五五年六月二一日の定期預金(以下これを旧定期預金という)をした。
(2) 右旧定期預金は、原告晴男の居住家屋が火災にあい原告晴男に対しその保険金が支払われたことから行われることになったものであるが、右旧定期預金をする旨被告の志木支店に連絡してきたのは原告晴男の実兄でかねて被告と取引関係のあった訴外藤栄誠興株式会社(以下訴外会社という)の代表取締役をしていた訴外佐藤陽彦であり、右連絡を受けた被告志木支店の店外係員訴外小谷野守が、昭和五四年六月一九日、訴外会社におもむいたところ、訴外陽彦から右保険金のうち二〇〇万円を原告晴男名義で、一〇〇万円を原告恵子名義で定期預金する旨の申出があった。
(3) そこで、訴外小谷野が持参していた定期預金申込書の用紙二通(乙第一、三号証)を差出したところ、訴外陽彦は右用紙に原告晴男と原告恵子の氏名を記入し、その名下に原告晴男の印鑑を押捺した(すなわち、右両申込書の原告らの名下の印影は同一の印鑑により顕出されたものである)。そこで、訴外小谷野は、訴外陽彦に預り証を渡して額面三〇〇万円の小切手と右申込書(乙第一、三号証)を受領して持帰り、同月二二日、訴外会社へ右預金の定期預金証書(乙第二、四号証)を持参してこれを訴外陽彦に手渡した。
2. 旧定期預金を担保とする原告晴男への貸付け
(1) 原告らは、昭和五四年八月一八日、被告との間に、原告晴男を債務者本人、原告恵子を連帯保証人とする信用金庫取引契約、担保差入契約を締結し、原告晴男が現在及び将来負担する債務の支払いを担保するため旧定期預金債権につき根担保を設定し、右預金証書を被告に差入れた。
(2) 被告は、右約定に基づき、原告晴男に対し、(イ)右同日、証書貸付けの方法により三〇〇万円を、(ロ)次いで、昭和五五年五月七日、手形貸付けの方法により五〇万円をそれぞれ貸付けた。
(3) 右融資の申込みや信用金庫取引契約、担保差入契約の締結、これに必要な取引約定書、借用証及び手形等の作成等借入れ手続は全て訴外陽彦が行ったものであるが、その際、訴外陽彦は、右手続上使用した原告晴彦の印鑑や旧定期預金証書を所持しており、これを使用して必要書類を作成し、かつ、右定期預金証書を被告に交付したものである。
3. 旧定期預金の本件定期預金への切替え
(1) 原告らは、昭和五五年七月五日、旧定期預金をリレー定期預金に変更して本件定期預金とし、これを引続き前記各借入債務の担保とした。
(2) 右手続も全て訴外陽彦が行ったものである。
4. 原告晴男への新たな貸付け
(1) 被告は、昭和五六年五月二五日、原告晴男に対し、本件定期預金を担保に手形貸付けの方法により一五〇万円を貸付けた。
(2) 右貸付けの手続もこれまでの各手続同様、訴外陽彦が行ったものである。
5. 債務の不履行と相殺
ところが、訴外会社が昭和五六年六月二五日に取引停止処分を受け、その頃、訴外陽彦や原告らがいずれかに蒸発し所在不明になったため、前記信用金庫取引契約、担保差入契約の約定により前記各借入債務の期限の利益は失われたのであるが、右各借入金の昭和五六年一一月一〇日現在の元利金残高は合計二八七万〇〇五一円であった。
そこで、被告は、右同日、右取引契約及び担保差入契約の定めに従い原告晴男の右債務と原告らの本件定期預金債権とを対当額において相殺した。
6. 訴外陽彦の権限
訴外陽彦は、前記のとおり原告晴男の実兄であって訴外会社の代表者であり、訴外会社の経営はもちろんその母親や訴外会社に勤める原告ら夫婦等一族の者の金銭面の事柄全てを取り仕切っていたものであり、その故にこそ原告晴男に対して支払われた火災保険金を前記のごとく定期預金をするについても原告晴男ではなく、訴外陽彦がその申込みをなし、預入れ手続の一切を同人が行ったものである。
そして、前記各借入れは訴外会社の営業上の必要資金に充てるためになされたものであるが、原告晴男も専務取締役と呼ばれる立場で訴外会社の仕事に従事していたものであること、原告恵子は原告晴男の妻であり前記定期預金は元来原告晴男名義の保険金を預金したものであること、訴外陽彦が前記借入れや担保設定契約をなすにあたって原告晴男の印鑑や定期預金証書を所持していたこと等の事情からすれば、原告晴男名義で借入れをなしその担保として前記定期預金を差入れることを原告両名が承諾しこれを訴外陽彦に任せていたことは明らかである。
7. 表見法理による契約の成立
(1) 仮に、右主張が認められないとしても、訴外陽彦が、少なくとも、旧定期預金契約締結の申込みとその締結について原告らから代理権限を与えられていたことは明らかである。
しかるところ、被告の店外係員である訴外小谷野は、かねて訴外陽彦から訴外会社や原告ら夫婦を含む一族の金銭面一切を同人が取り仕切っている旨聞かされ、現にそうした状況にあることを見聞してきていたのであり、かかる事実と前記各事情からすれば、被告が訴外陽彦に前記各借入れと担保の差入れについてその権限ありと信ずるについては正当な理由があったというべきであり、民法一一〇条の法理により原告晴男は前記借入れについての債務者兼担保提供者として、原告恵子はその連帯保証人兼担保提供者としての責任を免れない。
(2) また、前記担保差入れ契約は、訴外陽彦が定期預金証書と取引印を所持してこれを行ったものであるから、民法四七八条の類推適用によっても、原告らとの関係で有効なものであるというべきである。
(三) 以上のとおりであるから、前記相殺は有効であり、原告らの請求は理由がない。
四、抗弁に対する認否
(一) 抗弁(一)の相殺の事実は否認する。
(二) 抗弁(二)1ないし7の右相殺に至る経緯についての認否は次のとおりである。
1. 同1(1)、(2)の事実は認める。同(3)の事実のうち訴外陽彦が訴外小谷野の差出した定期預金申込書に原告両名の氏名を記載したこと、昭和五四年六月二二日に定期預金証書が届けられたことは認めるが、その余の事実は否認する。
2. 同2(1)、(2)の事実は否認する。同(3)の事実は不知。
3. 同3(1)、(2)の事実は認める。但し、本件定期預金を原告主張の借入金の担保に差入れたことは否認する。
4. 同4(1)の事実は否認する。同(2)の事実は不知。
5. 同5の事実のうち、訴外会社が取引停止処分を受け原告らが所在不明になったことは認めるが、その余の事実は不知。
6. 同6の事実のうち、訴外陽彦が訴外会社の代表者であり、原告らが夫婦であること、原告晴男が一時、訴外会社の専務と呼ばれていたことがあること、訴外陽彦が原告晴男の印鑑を所持し、定期預金証書を所持していたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
7. 同7の事実及び主張は争う。
五、原告らの主張と再抗弁
(一) 旧定期預金がなされた時の状況は次のとおりである。
1. 原告らが旧定期預金をするようになったのは、昭和五四年五月二九日の火災により原告晴男の取得した五〇〇万円の火災保険金が住友銀行新座志木支店に振込まれ、これを知った被告の店外係員訴外小谷野が訴外陽彦に被告に預金して欲しい旨頼み込み、訴外陽彦が原告晴男にこれを応ずるよう勤めたからである。
2. 右勤めを受けた原告晴男は、右保険金のうち三〇〇万円を二〇〇万円は同原告自身の、一〇〇万円は妻である原告恵子の預金として被告に定期預金することとし、昭和五四年六月一九日午前一〇時頃、訴外小谷野が定期預金申込書をもって訴外会社を訪れたので、住友銀行から右保険金のうち三〇〇万円をおろしてくるため同銀行に出かけたのであるが、その間、訴外陽彦が右申込書に原告らの氏名等必要事項を記載し、右銀行から戻った原告晴男が自から自分の印鑑で右申込書の所定欄に押捺した。いうまでもなく、原告晴男は、同原告名義の二〇〇万円については本人として、妻である原告恵子名義の一〇〇万円についてはその代理人として右手続を行ったものであり、もちろん原告恵子はこれを承諾し黙示的に原告晴男に右代理権を与えていたものである。
そして、同月二二日に訴外小谷野が訴外会社に右定期預金の証書を持参したが、その時には、原告晴男が訴外会社にいたので、同原告が直接これを受領した。
(二) その後、訴外陽彦が原告晴男名義で被告から借入れをし右定期預金をその担保としているようであるが、訴外陽彦がなした右借入れ及び担保の提供については原告らは何ら関与しておらず承知していない。その際、原告晴男の印鑑が使用されているとしても、それは原告晴男がいつも印鑑をアタッシュケースに入れていることを承知していた訴外陽彦が訴外会社の机に置かれていた原告晴男のアタッシユケースから持出して使用したものであり、旧定期預金証書も訴外陽彦が原告ら宅の戸棚から勝手に持出していったものである。
(三) 以上のとおり、原告らは、訴外陽彦に対し、原告晴男名義でその主張のごとき借入れをなし、原告らの定期預金をその担保に供することを承諾したことはなく、被告主張のごとき基本代理権を与えたこともない。
(四) むしろ、被告の店外係員である訴外小谷野は、原告ら夫婦が原告晴男が訴外会社から得てくる給料等によって訴外陽彦とは完全に独立して生計をたてていることを承知していたのであり、訴外陽彦から原告晴男名義での融資申込みと原告らの定期預金の担保差入れの申出があった際、被告のような金融機関としては、当然、その権限の有無について調査、確認すべきである。
しかるに、被告は、何ら右手続をしないで、その主張のごとき貸付け及び担保の設定をしているのであるから、訴外陽彦がその主張のごとき権限を有すると信ずるについて正当な事由があったということはできない。
(五) 被告の担当係員は、自己の営業成績をあげるため、訴外陽彦がその主張のごとき権限を有しないことを知りながら、あえてこれを行ったものである。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因(一)(本件定期預金がなされたこと)、同(二)(原告らが本件定期預金を解約する旨の意思表示をしたこと)の各事実については当事者間に争いがない。
二、そこで、被告の相殺の抗弁について、検討する。
(一) まず、右相殺がなされるまでの経緯をみておくに、
1. 原告らが、昭和五四年六月一九日に被告主張のごとき旧定期預金をしたこと(事実欄第二、三(二)1(1))については当事者間に争いがなく、原本の存在と成立につき争いのない甲第三号証、いずれも原告らの作成名義以外の部分の成立については争いのない乙第一ないし第四号証、証人佐藤陽彦(一部)、同小谷野守の各証言と弁論の全趣旨によれば、右旧定期預金がなされるに至った経緯は被告の主張(同1(2)、(3))のとおりであったと認めるのが相当である(同(2)の事実については争いがない)。
原告は、旧定期預金の申込書(乙第一、三号証)の原告らの氏名を記載したのは訴外陽彦であるが、その名下に捺印をしたのは原告晴男自身であり、その後、旧定期預金証書を受領したのも原告晴男本人である旨主張するところ、右押捺の点について前掲佐藤証人は右原告らの主張にそう趣旨の証言をするが、前掲小谷野証人は右捺印も訴外陽彦が行った旨供述しており、右時点で右記名と捺印をことさら別人の手で行わねばならなかったような特段の事情があったとも認められないことや、元来、原告らは、「原告晴男は仕事の関係で出歩くことが多く暇がないため訴外陽彦に前記定期預金をする手続を依頼し、訴外陽彦が被告に三〇〇万円の定期預金をするという話を持込み、原告ら名義の旧定期預金をする手続をしたことは認める」旨陳述していたこと等弁論の全趣旨に照らすと、前掲佐藤証人の証言をそのまま採用してよいかどうかは疑問であり、他に特段の立証がない限り、前示のとおり右捺印も訴外陽彦が行ったものと認めるのが相当である。また、前記定期預金証書の受領の点については、前掲佐藤証人は、右証書は自分(訴外陽彦)が受取りそのまま保管していた旨供述しており、右原告らの主張は採用できない。
2. そして、いずれも原本の存在と<証拠>によれば、その後、訴外陽彦は、被告主張の各手続を被告主張のとおり行ったこと(事実欄第二、三(二)2ないし4参照。同3の旧定期預金が本件定期預金に変更されたことについては争いがない)、ところが、その後、被告主張の頃にその主張のごとく原告らの所在が不明となり(争いがない)原告晴男名義で借入れられた被告主張の各借入債務が約定どおりに支払われなかったので、被告は、昭和五六年一一月一〇日、その主張のごとく前記信用金庫取引契約及び担保差入契約の約定(期限の利益喪失の場合の相殺については被告は事前の通知をしたりしないで所定の手続を省略することができ、また、充当の指定も被告の方で適宜行うことができる)に従い相殺を行ったのであるが(同5参照)、右相殺における自働債権と受働債権の内訳は、別紙債権内訳表記載のとおりであること、以上の事実が認められる。そして、弁論の全趣旨によれば、右相殺においては、まず、主債務者たる原告晴男の定期預金債権から相殺に供されたものと認めるのが相当である。
(二) そこで、訴外陽彦が原告らの名義で右被告と信用金庫取引契約や担保差入契約を締結しこれに基づく原告晴男名義の借入れをなす権限を原告らから与えられていたか否かをみるに、これを認めるに足る証拠はない。
尤も、訴外陽彦が原告の実兄であって訴外会社の代表取締役であること、原告晴男も訴外会社に勤務していたものであり専務と呼ばれることもあるような立場にあったものであること、原告恵子は原告晴男の妻であって、旧定期預金は、元来、原告晴男に支払われた保険金の一部を預金したものであることと(以上の事実については争いがない)、前掲佐藤、小谷野両証人の証言と弁論の全趣旨によれば、訴外会社の営業上の資金繰り等経理面のことは殆んど訴外陽彦が行っていたものであるが、前記各借入れはいずれも訴外会社の営業上の必要からなされたものであり、訴外陽彦が被告と前記信用金庫取引契約や担保差入契約を締結し各借入れや担保の書換え手続をなすにあたっては、原告晴男の印鑑や定期預金証書を現実に所持していたものと認められること、原告らが近々右定期預金を使用しなければならなくなるような状況にあったことを窺わせる証拠はなく、訴外会社の営業上資金が必要になったときに右原告ら名義の定期預金を担保にして原告晴男の名義で借入れがなされたとしても、訴外会社における原告晴男の前記のごとき立場からすれば不自然ではないこと等の事情に照らすと、原告晴男は訴外陽彦から前記借入れの必要なことを告げられてこれを承諾し、原告恵子は原告晴男を介して黙示的に承諾していたのではないかということも考えられないではないが、原告らの承諾の意思を具体的に推認させるに足る事実について格段の立証のない本件においては、前記のごとき事情から直ちに原告らの承諾を推認するのは相当でなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(三) そこで、被告の表見法理に基づく主張についてみるに、まず、前記事実によれば、訴外陽彦が原告らの名において被告と旧定期預金契約を締結するについて原告らからその権限を与えられていたことはこれを肯認することができるというのが相当である。仮に、原告らのいうように右定期預金申込書の原告らの名下に捺印したのは原告晴男であるとしても、前掲両証人の証言によれば、被告に対し預金をする旨申出をし、原告らのそれぞれの預金額を告げてこれに応じた預金の受入手続をするように被告に申入れたのが訴外陽彦であることは明らかであり、少なくとも訴外陽彦が旧定期預金契約締結の交渉を原告らの名においてなす権限を原告らから与えられていたことは否定し難いというべきである。
そこで、被告において、訴外陽彦が原告らから前記信用金庫取引契約、担保差入契約を締結し原告晴男名義の借入れをなすについて原告らからその権限を与えられていると信ずるについて正当な事由があったか否かについてみるに、被告の担当者が右契約締結等の手続をなすにあたって直接原告らの意思を確認しようともしていないこと(証人小谷野の証言)からすると、定期預金が担保になるということからいささか安易に事を処理し過ぎたのでないかとの感は免れないが、被告と訴外会社とはかねてから金融取引があったものであり、前記各借入れが訴外会社の営業上の必要からなされたものであること(前掲両証人の証言)や前記(一)、(二)に判示したような諸般の事情を総合考慮すると、右確認の手続をとらなかったからといって、直ちに正当事由の存在を否定するのは本件の場合、いささか酷に失するものと考えられ、被告が訴外陽彦に前記権限ありと信ずるについては、正当な事由があったものと認めるのが相当である。
三、原告らは、被告は訴外陽彦がその主張のごとき権限を有しないことを知っていた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
四、以上のとおりとすると、民法一一〇条の法理の準用ないし類推適用をいう被告の抗弁は理由があるというのが相当であるから、原告晴男の請求は理由がなく、原告恵子の請求はその昭和五六年一一月一〇日までの元利金の残額一五万六二五〇円の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がないというべきである。
よって、原告晴男の請求を棄却し、原告恵子の請求を右の限度で認容しその余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 上野茂)
<以下省略>