東京地方裁判所 昭和57年(ワ)3953号 判決 1990年4月25日
原告 小倉辰子
右訴訟代理人弁護士 丸山武
同 中村治嵩
同 椙山敬士
被告 河合由二
右訴訟代理人弁護士 梶谷玄
同 梶谷剛
同 永沢徹
同 深澤直子
同 渡辺昭典
同 若山保宣
主文
一 被告は、原告に対し、金一九九二万三七三二円及びそのうち別紙第九(計算書2)の「不足額」欄記載の各金員に対する同別紙第九の各該当「利息起算日」欄記載の日から支払いずみまで各年一割の割合による金員を支払え。
二 原告と被告の間の別紙第一(第一物件目録)記載一及び二の土地の賃貸借契約の賃料が平成元年一一月一日以降一か月金一一〇万八八〇〇円であることを確認する。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 被告は、原告に対し、別紙第二(第二物件目録)記載の建物(以下、「本件建物」という。)を収去して、別紙第一(第一物件目録)記載一及び二の各土地(以下、「本件土地」という。)を明け渡し、かつ、平成元年一一月一日から右明渡しずみまで一か月金一三三万円の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、金五三三九万一九三五円及びそのうち別紙第三(別表一)の内金欄記載の各金員に対する同表起算日欄記載の各起算日から支払いずみまで同表割合欄記載の各割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言。
(予備的請求1)
1 被告は、原告に対し、本件建物を収去して、本件土地を明け渡し、かつ、平成元年一一月一日から右明渡しずみまで一か月金一三三万円の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、金五三三九万一九三五円及びそのうち別紙第四(別表二)の内金欄記載の各金員に対する同表起算日欄記載の各起算日から支払いずみまで同表割合欄記載の各割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言。
(予備的請求2)
1 被告は、原告から金三〇億円の支払いを受けるのと引換えに、原告に対し、本件建物を収去して、本件土地を明け渡し、かつ、平成元年一一月一日から右明渡しずみまで一か月金一三三万円の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、金五三三九万一九三五円及びそのうち別紙第四(別表二)の内金欄記載の各金員に対する同表起算日欄記載の各起算日から支払いずみまで同表割合欄記載の各割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言。
(予備的請求3)
1 被告は、原告に対し、金五三三九万一九三五円及びそのうち別紙第五(別表三)の内金欄記載の各金員に対する同表起算日欄記載の各起算日から支払いずみまで年一割の割合による金員を支払え。
2 原告と被告の間の本件土地賃貸借契約の賃料が、平成元年一一月一日以降一か月金一三三万円であることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第1項について仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1(本件土地の賃貸借契約)
(一) 原告の父小倉敏晴は、古くから旧中央区銀座一丁目四番二宅地一二五・一九平方メートル及び旧同所四番三宅地二二八・八五平方メートルを所有していたが、右各土地のうち本件土地部分を被告の父河合八右衛門に、普通建物所有目的で賃貸していた。
(二) 小倉敏晴は昭和二九年三月二〇日死亡し、原告を含む共同相続人らが右各土地を相続したが、昭和三〇年までに、原告がその余の相続人の持分を譲り受けて単独所有となり、これにともない、原告が前記賃貸借の賃貸人の地位を承継した。
(三) 原告は、昭和四一年一一月一日、河合八右衛門との間で、前記賃貸借契約の更新契約を締結するとともに、期間は同日から昭和五六年一〇月末日までの一五年間、賃料は毎月分をその月末日に支払うことを約した(以下、この賃貸借契約を「本件契約」ということがある。)。
(四) 河合八右衛門は昭和四八年三月二二日死亡し、被告が、相続により、賃借人の地位を承継するとともに、現在まで、本件土地上に本件建物を所有して、本件土地を占有している。
(五) 原告は、昭和五七年一一月一六日、前記旧四番二及び旧同番三の各土地から被告賃借部分を本件土地として分筆した。なお、右旧二筆の残りの部分は、原告所有の同所四番四及び四番二五の各土地と合わせて、原告が従来から訴外渡辺正夫に賃貸している(以下、同人の賃借土地を「渡辺土地」という。)。そして、これらの関係土地の概略の位置関係は、別紙第六(図面)のとおりである。
2(本件土地の相当賃料額)
本件土地は、銀座の中央通りに面する高級商業地であり、地価の上昇が著しいうえ、固定資産税及び都市計画税(以下、「固定資産税等」という。)が大幅に上昇し続けた。ちなみに、昭和五三年以降について見ると、昭和五七年度以前においては本件土地と渡辺土地とに一括して固定資産税等が賦課されていたのであるが、これを前記分筆後の昭和五八年度の両土地の評価額を基準にして按分すると、固定資産税等の額が、約定賃料額(昭和四九年五月分以降一か月金三〇万円)ないし被告が一方的に相当賃料額として支払っている賃料額を上回るに至っている(たとえば、昭和五七年度では固定資産税等は金四六四万〇四七七円となるが、被告の支払額は金三九六万円にすぎない。なお、仮に、同年度の固定資産税等を本件土地と渡辺土地の面積比により按分するとしても、本件土地分は金三九四万九三四八円であり、被告の支払い額はこれとほぼ同額であるにすぎない。)。
そして、このような事情に照らすと、本件土地の相当賃料額は、昭和五〇年四月一日以降は一か月金三八万円、昭和五一年四月一日以降は一か月金四九万円、昭和五四年六月五日以降は一か月金五二万円、昭和五七年一二月一日以降は一か月金八六万三〇〇〇円、昭和六〇年五月一六日以降は一か月金九六万円、昭和六一年四月一六日以降は一か月金一〇八万円、昭和六三年四月二三日以降は一か月金一一六万円、平成元年五月一日以降は一か月金一三三万円をそれぞれ下らないものである。
3(本件契約解除による建物収去土地明渡し請求)
(一)(賃料不払い及び背信事由の存在)
(1)(契約条項の存在)
本件契約には、本件土地に対する公租公課の負担の増減またはその価格の高低もしくは近隣の借賃に比較して、あるいは諸事情の変化により賃料が妥当性を失するに至った時は、契約期間中といえども協議のうえ変更できる旨が定められていた。
(2)(賃料増額請求及び交渉の経過)
イ 本件土地の約定賃料は、第1項(三)により更新された当時一か月金一二万円であったところ、その後少しずつ増額され、昭和四九年五月分以降は一か月金三〇万円となっていた。そして、原告は、昭和五〇年三月末ころ、被告(ないしは、当時その代理人であった糸賀悌治弁護士)に対して再三にわたり賃料の増額について協議を申し入れたが、被告は誠実な対応をしなかったので、原告は、そのころ、被告に対し口頭で、本件土地の賃料を同年四月一日から一か月金三八万円とする旨の意思表示をした。しかし、被告は、その後も従前のとおりの一か月金三〇万円の支払いをしたのみである。
ロ 原告は、昭和五一年三月末日ころ、同様に口頭で、被告に対し、同年四月一日以降の賃料を一か月金四九万円とする旨の意思表示をし、これにより、本件契約の賃料は同額に増額されたものであるが被告はこれに応ずることなく、従前の一か月三〇万円を支払い続けた。なお、被告は、イ記載の原告の申し入れに際して、原告に対し、昭和五一年からは賃料の増額に応じる旨を表明していたにもかかわらず、これを翻し、右に記載のように従前の一か月金三〇万円を支払い続けたのである。
ハ さらに、原告は、昭和五四年六月五日到達した内容証明郵便により、被告に対し、同月六日以降の賃料を一か月金五二万円に増額する旨の意思表示をし、これにより、本件契約の賃料は同額に増額された。それにもかかわらず、被告はそれまでどおりの一か月金三〇万円の賃料の支払いを続けたので、原告が、昭和五六年七月二一日、内容証明郵便により、再度、一か月金五二万円の賃料の支払いを求めたところ、被告は、同年九月二二日に至ってやっと、同年一〇月分から一か月あたり金三万円の増額に応ずると回答して、同月以降一か月金三三万円の賃料を支払うようになった。
ニ 右のように、被告が賃料の増額について誠意のない態度に終始していたため、原告は、昭和五七年四月二日、被告に対し、本件訴えを提起して、昭和五四年六月六日以降の賃料が一か月金五二万円であることの確認を求めるとともに、同日以降の右賃料と支払いずみ賃料との差額の支払いを請求した。そして、右事件は調停に付され、その過程で、不動産鑑定士鐘ケ江靖夫による鑑定(以下、「鐘ケ江鑑定」という。)がなされ、同年一一月一一日付の鑑定評価書が提出された。
鐘ケ江鑑定については、その手法に原告としては承服しかねる部分があったものの、それでも、本件土地の適正賃料額について、昭和五四年六月五日現在が一か月金四一万八七四四円、昭和五七年一〇月一九日現在が一か月金四九万三六六八円との評価がなされた。ところが、被告は、右の鑑定結果を妥当なものと主張しながら、被告が本件土地上にビルを建築することを原告が認めない限り増額に応じないと主張して、右鑑定結果が出たのちも従前どおり一か月金三三万円の支払いを続けたのである。
ホ 原告としては、鐘ケ江鑑定の結果には承服できなかったので、自ら訴外株式会社都市企画に賃料の鑑定を委嘱し、その結果に基づき、昭和五七年一一月中に到達した内容証明郵便により、被告に対し、賃料を同年一二月一日以降一か月金八六万三〇〇〇円とする旨の意思表示をし、これにより、本件土地の賃料は同額に増額されたものであるが、被告はこれに応ずることなく、従前の賃料の支払いを続けた。
ヘ なお、原告が前記イないしハの賃料増額の請求をするについては、その都度、被告ないしは糸賀弁護士に対して、固定資産税等の額の上昇に関する事情を説明し、調停中にも同じ説明をしたのであるが、被告はこれを無視し続けたのである。
ト そして、被告は、後記(二)のとおり原告が被告の賃料不払いを理由として本件契約を解除したのちの昭和五八年一〇月に至って、やっと、鐘ケ江鑑定に沿って、昭和五四年六月分以降の賃料を一か月金四一万八七四四円、昭和五七年一〇月分以降の賃料を一か月金五〇万円とすることだけに応じ、同月一九日、既払い分との差額として、金六四二万九七六〇円を支払うとともに、それ以後は一か月金五〇万円の支払いを続けた。しかし、被告は、それ以前の分については、なんらの対応もなさなかった。
(3) なお、渡辺土地については、渡辺は、昭和五七年一月分より賃料一か月金四〇万円、昭和五八年一月分より同金四五万円とする各増額に応じていた。
(4) また、この間、被告は本件建物の一部(約一五坪)を第三者に賃貸していたが、その賃料は、昭和五〇年から一か月金六二万円、昭和五七年ころから同金七五万円であり、これと被告が本件建物で営業する菓子店の収入からすれば、原告主張の本件土地の賃料を支払うに足りる収益を上げているといえる。
(5) 以上のとおり、被告が支払ってきた本件土地の賃料は、少なくとも昭和五三年度以降においては、固定資産税等の支払いにも欠ける額のものであるばかりでなく、本件土地より面積も狭く、裏通りで条件も悪い渡辺土地の賃料との間で不均衡を生じていた。そして、被告は右の各事実を十分に知っていたのに、本件土地と渡辺土地からの賃料だけを生計の資とする高齢の原告を窮地に陥れることを承知のうえで、低額の賃料を支払い続けたのである。
ところで、借地法一二条は、賃貸人からの賃料増額の請求があった場合、賃借人は「相当ト認ムル地代又ハ借賃ヲ支払ウヲ以テ足ル」と規定しているが、これは単に従前の賃料を支払えば足りるというものではなく、少なくとも主観的に妥当と認める賃料の支払いを要する趣旨である。ところが、本件において被告が支払ってきた賃料は、客観的に見て不相当なばかりでなく、被告もこの点を認識していたのであるから、もはや右にいう相当と認める賃料とはいえず、賃料の不払いがあったのと同様というべきである。そして、その背信性は著しい。
(二)(本件契約の解除)
原告は、昭和五八年四月二四日到達した内容証明郵便で、被告に対し、原告から再三にわたり催告しているにもかかわらず被告が賃料を支払わないこと及び背信行為があったことを理由として、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
4(更新拒絶による本件建物収去土地明渡し請求)
(一)(期間満了)
本件契約の約定賃貸期間は、前記のとおり昭和四一年一一月一日から一五年であったが、借地法一一条により右期間の定めはないものとみなされ、同法五条一項により同日から二〇年の昭和六一年一〇月三一日の経過をもって期間が満了した。
(二)(更新に対する異議)
原告は、昭和六一年一一月一日到達した内容証明郵便により、被告に対し、本件契約の更新について異議を述べた。
(三)(正当事由)
原告には、前記更新に対する異議を述べるについて以下のような正当な事由がある。
(1)(本件土地の場所的特徴)
本件土地は銀座に位置し、中央通りに面しているが、中央通りは、両側ともに現代的な高層ビルが建ち並び、毎日多数の客足を集めている。従って、土地の価値も著しく高い。ところが、本件建物は終戦直後に焼け跡に急造された粗末な木造建物であり、中央通り商店街の中でその異様さは歴然としている。すなわち、本件建物の存在は、この地の商店街としてのイメージを損ねている。銀座の土地は、高級商店街の一角として高度に有効利用されることが望ましくかつ必要なのであり、本件土地においても近隣のビルと調和した高層ビルを建てることが社会的な要請であり、本件建物は右の要請に適さないというべきである。被告も自己ビル建設を希望しているということは、結局このことを認めているのである。
(2)(借地人側の事情)
イ(生活及び営業上の必要性)
① 被告は本件土地とは別に港区三田五丁目に四七六・九八平方メートルの土地を所有し、右土地の一部上に二階建の居宅を有している。この土地・建物は他人に賃貸しておらず現在も被告は時々戻っている。従って、生活に関しては、被告が本件土地を必要とする理由はない。
② つぎに、被告は本件建物で駄菓子、タバコを販売しているが、この営業は戦後になって始めたものであり、商品も一般の商店で購入できるものである。従って、被告の商店固有の顧客、ノレン、知名度もなく、被告の商店の営業が本件土地を離れることによって格別の利益を受けるおそれはない。
③ 被告の商店にはアルバイトのほかに従業員はいないから、従業員に対する生活保障の必要はない。
④ 被告の商店の売上げは僅かである。被告は、このほかに、本件建物の一部を他人に賃貸した賃料収入、前記①に記載の港区三田に被告が所有する土地の一部に建てたアパートの賃料収入、同土地の一部を駐車場としている賃料収入があり、これらに比べて、商店の売上げ収入の比重は少ない。
⑤ 被告は本件建物の一部を他人に賃貸しているが、そのこと自体、本件土地についての自己使用の必要性が少ないことを示している(なお、これは画廊として使用するための短期の賃貸借であり、明渡しを受けることは容易である。)。
ロ(本件建物の老朽化)
本件建物は戦後間もなく建築されたバラック建てで老朽化が著しく、早晩朽廃を免れない。
ハ(被告の背信事由)
被告は、前記第3項で述べたように、昭和五〇年以降、再三にわたる原告の賃料増額の請求に対して、不誠実な態度を取り続けたのであり、長期間、固定資産税等に満たない額の賃料しか支払わず、原告を固定資産税等の負担による窮状に陥れた。しかも、昭和五六年以降は、自ら妥当とする鐘ケ江鑑定の結果を知りながらなお増額に応じなかった。
さらに、被告は、本件契約の前記期間満了時に、原告に対して更新料として金一二〇万円を送付している。更新料の支払い義務自体の存否に問題があるとしても、被告の送付した右金額は本件土地の周囲の更新料の相場に比して著しく均衡を欠いた額である。
以上の諸事情から見て、被告には、本件契約について正当な対価の支出をする意思がなかったのであり、このことは、今後も被告が同様な態度を取り続けることを予測させる。従って、これ以上本件契約の存続を強いることは、本件土地及び渡辺土地による賃料収入を唯一の収入源とする原告にとって極めて酷な結果を招くものである。
(3)(賃貸人側の事情)
イ(渡辺土地との併用による有効利用)
仮に、被告が本件土地上に借地条件を変更したうえでビル等を建築するとしても、その範囲は本件土地に限定されるのに対して、原告は本件土地の裏地である渡辺土地の返還を受けたうえ、双方の土地を合わせてビルを建築できる。その前提で渡辺土地の返還については、渡辺の承諾を得ている。本件土地の立地条件から見て、双方の土地を合せてビルを建築した方が、双方の土地の有効利用の見地から一層合理的である。
仮に本件土地だけにビルを建築するならば、そのビルは窮屈で快適感のないものになるうえ、裏地である渡辺土地は表通りから隔離され、その価値を落とすことになる。
ロ 原告は、以下のとおり、本件土地上に原告所有の建物を建築して、本件土地を有効に利用するための具体的な計画を有している。
① 原告は、昭和六二年一一月ころ、訴外住友不動産株式会社に対して、本件土地上のビル建築の設計等の事務を委託した。
② 住友不動産株式会社は、原告の意向に沿って、本件土地上に「銀座一丁目ビル」(仮称)を建築する計画を立案している。
③ 建築資金については、住友不動産株式会社とその関連銀行との間で合意ができており、いつでも資金調達ができる状態にある。
(四)(立退料の提供)
仮に、以上のような諸事情によっても正当事由として十分でないとしても、原告は正当事由を補完するため被告に立退料を提供する意思を有するところ、このことは前記異議を述べた内容証明郵便にも記載し、さらに、遅くとも昭和六一年一一月一八日までには被告に送達された本件の準備書面や昭和六二年三月四日の本件口頭弁論期日において、右相当額として金三〇億円ないしはこれを大幅に超えない限度での立退料の提供を申し出た。
5(金員支払い請求関係)
(一) 昭和五八年以前の賃料については、原告は、被告に対し、前記第3項(一)の(2)に記載したとおり、昭和五〇年三月末日ころ同年四月一日以降の賃料を一か月金三八万円に、昭和五一年三月末日ころ同年四月一日以降の賃料を一か月金四九万円に、昭和五四年六月五日に同月六日以降の賃料を一か月金五二万円に、昭和五七年一一月中に同年一二月一日以降の賃料を一か月金八六万三〇〇〇円に、それぞれ増額する旨の意思表示をしており、これによって、本件契約の賃料は右のとおりに増額されている。
(二) また、昭和五八年以降の賃料については、原告は被告に対して、昭和六〇年五月一五日に到達した内容証明郵便で同月一六日以降の賃料を一か月金九六万円に、また、昭和六一年四月一六日に到達した内容証明郵便で同日以降の賃料を一か月金一〇八万円に、それぞれ増額する旨の意思表示をし、これにより、本件契約による賃料は、右同額に増額された。もっとも、右の意思表示は、本件契約の前記解除の意思表示をしたのちに賃料相当損害金を増額請求する通知としてしたものであるが、仮に、原告の解除が認められないならば、賃料増額の意思表示としての効力を有するものである。
(三) さらに、原告は、被告に対し、昭和六三年四月二三日に到達した内容証明郵便で同日以降の賃料を一か月金一一六万円に、平成元年四月二五日に到達した内容証明郵便で同日以降の賃料を一か月金一三三万円に、それぞれ増額する旨の意思表示をし、これにより、本件契約による賃料は、右同額に増額された。なお、これらも賃料相当損害金の増額請求としてなされたものであるが、その効果は右(二)と同様である。
(四) ところで、被告は、前記のように賃料を一部支払い続けたほか、昭和五八年一〇月一九日原告に対し、本件土地の賃料として金六四二万九七六〇円を支払った。そこで、原告は、右弁済をまず昭和五〇年四月一日以降同五四年五月末日までの不足賃料額に対する各弁済期以降の借地法所定年一割の割合による法定利息合計金五〇四万六六三三円の弁済に、次に残額を右昭和五〇年四月一日から昭和五一年六月末日までの不足賃料元本の弁済に、順次充当した(これにより、昭和五一年五月末日までの不足賃料元本全額と同年六月分の不足賃料元本のうち金四万三一二七円が消滅した。)。
6(まとめ)
以上により、原告は被告に対し、
(一) 主位的請求として、本件契約の解除に基づき、本件建物を収去して本件土地を明け渡すよう求めるとともに、昭和五一年六月一日から本件契約解除の日までの不足賃料及び本件契約が解除された日の翌日以後平成元年一〇月三一日までの賃料相当損害金の残金(被告が賃料として支払った分を控除する。)の合計金五三三九万一九三五円(その内訳は別紙第七(計算表)記載のとおりである。)、並びに、右のうち不足賃料については約定弁済期の翌日である各翌月一日から支払いずみまで借地法所定の年一割の割合による利息、賃料相当損害金についてはその弁済期ののちである各翌月一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金としてそれぞれ別紙第三(別表一)の内金欄記載の各内金に対する同表起算日欄記載の各起算日から支払いずみまで同表割合欄記載の各割合による各金員の支払いを求め、さらに、平成元年一一月一日から前記明渡しずみまで賃料相当損害金として一か月金一三三万円の割合による金員の支払いを求め、
(二) 右解除の主張が認められない場合には、期間満了による本件契約の終了に基づき、まず無条件に、予備的に金三〇億円の支払いと引換えに、本件建物を収去して本件土地を明け渡すよう求めるとともに、昭和五一年六月一日から期間満了日までの不足賃料及びその翌日である昭和六一年一一月一日から平成元年一〇月三一日までの賃料相当損害金の残金(被告が賃料として支払った分を控除する。)の合計金五三三九万一九三五円(その内訳は前記のとおりである。)、並びに、右のうち不足賃料については各弁済期の翌日である各翌月一日から各支払いずみまでの借地法所定の年一割の割合による利息、賃料相当損害金についてはその弁済期ののちである各翌月一日から支払いずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金としてそれぞれ別紙第四(別表二)の内金欄記載の各内金に対する同表起算日欄記載の各起算日から支払いずみまで同表割合欄記載の各割合による各金員の支払いを求め、さらに、平成元年一一月一日以降右明渡しずみまでの賃料相当損害金として一か月金一三三万円の割合による金員支払いを求め、
(三) 本件契約の終了の主張が認められない場合には、昭和五一年六月一日以降平成元年一〇月三一日までの不足賃料合計金五三三九万一九三五円(その内訳は前記のとおりである。)及びこれに対する各弁済期の翌日である各翌月一日から支払いずみまでの借地法所定の年一割の割合による利息としてそれぞれ別紙第五(別表三)の内金欄記載の各内金に対する同表起算日欄記載の各起算日から支払いずみまで右割合による金員の支払いを求めるとともに、本件契約の賃料が平成元年一一月一日以降一か月金一三三万円であることの確認を求める。
二 請求原因に対する被告の答弁
1 請求原因第1項記載の事実はいずれも認める。
2 同第2項記載の事実のうち、本件土地が銀座中央通りに面した商業地であること、本件土地の固定資産税等が昭和五七年度以前は渡辺土地と合せて賦課されていたこと、昭和五七年度について本件土地と渡辺土地の面積により按分すると本件土地分の固定資産税等の額が金三九四万九三四八円になることは認めるが、その余は否認する。
原告の相当賃料額の主張は主として利回り法による算定を基礎としているが、利回り法によって得られた試算額は純客観的な賃料額であるから、土地の利用形態、賃貸借の経過年数、地積及び位置等を考慮して相当の減額を施すべきである。そして、こうした諸事情に照らして本件土地と比準するにふさわしい土地とみられる銀座一丁目三番一六、一九、二〇所在の土地の賃料と比較しても、原告の主張は明らかに高額であり、被告として到底認容できない額である(右各土地合計面積一七〇・六八平方メートルの昭和五七年一月当時の賃料は一か月一平方メートルあたり金一七五八円であり、本件土地の面積を乗ずると金三六万九六七二円となる。)。また、昭和五八年度の本件土地の固定資産税等の額は金三〇八万七〇二〇円であるが、これは前記金三九四万九三四八円より安くなっている。このことは、昭和五七年度の本件土地分負担額を金四五三万二七〇〇円とする原告の算出方法に根拠がなく、不当に高額に算出されたものであることを示している。
3(一)(1) 同第3項(一)(1)記載の事実は認める。
(2)イ 同第3項(一)(2)のイ記載のうち、昭和四九年五月分以降の賃料が一か月金三〇万円であったこと、原告が一か月金三八万円に賃料増額の意思表示をしたこと、被告が昭和五〇年四月分以降の賃料として一か月金三〇万円を支払ったことは認めるが、その余は否認し、右意思表示の効果は争う。なお、原告が昭和五〇年四月一日以降の賃料増額の請求をした時期は同年六月一四日以降である。従って、仮に、原告の右意思表示になんらかの効果が生じたとしても、昭和五〇年七月分の賃料以降に限られる。
ロ 同第3項(一)(2)のロ記載の事実のうち、原告が一か月金四九万円に賃料増額の意思表示をしたこと、被告が昭和五一年四月分以降の賃料として一か月金三〇万円を支払ったことは認めるが、その余は否認し、右賃料増額の意思表示の効果は争う。被告の代理人糸賀弁護士は、昭和五〇年度の賃料を据え置くことに原告が同意するなら、次年度以降の賃料増額の交渉に応ずる旨を表明したものである。なお、原告が昭和五一年四月以降の賃料増額の意思表示をした時期は昭和五一年五月一八日以降である。従って、仮に原告の右意思表示になんらかの効果が生じたとしても、昭和五一年六月分の賃料以降に限られる。
ハ 同第3項(一)(2)のハ記載の事実は認めるが、原告主張の賃料増額の意思表示の効果は争う。なお、仮に原告の賃料増額の意思表示になんらかの効果が生じたとしても、右意思表示がなされた翌月である昭和五四年七月以降の賃料に限られる。
ニ 同第3項(一)(2)のニ記載の事実のうち、原告が昭和五七年四月二日に本件訴えを提起したこと、調停の過程で鐘ケ江鑑定がなされ、同年一一月一一日付の鑑定評価書が提出されたこと、その内容は本件土地の適正賃料額につき昭和五四年六月五日現在が一か月金四一万八七四四円、昭和五七年一〇月一九日現在が一か月金四九万三六六八円とするものであったこと、被告が右鑑定結果が出たのちも賃料として一か月金三三万円を支払ったことは認めるが、その余は否認する。
ホ 同第3項(一)(2)のホ記載の事実のうち、原告が昭和五七年一一月中に原告主張の賃料増額の意思表示をしたこと、被告が右以降も賃料として一か月金三三万円を支払ったことは認めるが、その余は不知、また、右意思表示の効果は争う。
ヘ 同第3項(一)(2)のヘ記載の事実は否認する。原告が賃料増額の理由として固定資産税、都市計画税の上昇をあげたのは本件訴訟になってからであり、それ以前には、なんらの理由を示さずに賃料の増額を求めていた。
ト 同第3項(一)(2)のト記載の事実のうち、被告が昭和五八年一〇月に昭和五四年六月分以降の賃料について一か月金四一万八七四四円、昭和五七年一〇月分以降の賃料について一か月金五〇万円とすることに応じたこと、同月一九日、既払い分との差額として金六四二万九七六〇円を支払ったことは認めるが、その余は否認する。
(3) 同第3項(一)(3)記載の事実は不知。
(4) 同第3項(一)(4)記載の事実のうち、被告が本件建物の一部を第三者に賃貸したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(5) 同第3項(一)(5)記載の事実は否認し、主張は争う。
原告の請求した賃料額は不当に高額であるのみならず、被告が相当と認める賃料を支払っている限りは、賃料不払いないし信頼関係破壊といった事由は生ずる余地がない。
(二) 同第3項(二)記載の事実は認めるが、解除の効果は争う。
4(一) 同第4項(一)記載の事実は認める。
(二) 同第4項(二)記載の事実は認める。
(三)(1) 同第4項(三)(1)記載の事実のうち、本件土地が銀座に位置すること、銀座が商業地であり、本件土地の面する銀座中央通りに高層ビルが建っていること、本件土地が有効利用されることが望ましくかつ必然であること、被告が自己ビル建築を希望していることは認めるが、その余は否認する。
(2)イ① 同第4項(三)(2)イの①記載の事実のうち、被告が港区三田五丁目に四七六・九八平方メートルの土地を所有し、右土地の一部上に二階建の居宅を有していることは認めるが、その余は否認する。
② 同第4項(三)(2)イの②記載の事実のうち、被告が本件建物において駄菓子、タバコを販売していること、この営業は戦後になって始めたものであることは認めるが、その余は否認する。
③ 同第4項(三)(2)イの③記載の事実のうち、被告の商店にはアルバイトのほかに従業員がいないことは認めるが、その余は否認する。
④ 同第4項(三)(2)イの④記載の事実うち、被告の収入として、本件建物の一部を他人に賃貸した賃料収入、港区三田に被告が所有する土地の一部に建てたアパートの賃料収入、同土地の一部を駐車場として賃貸した賃料収入があることは認めるが、その余は否認する。
⑤ 同第4項(三)(2)イの⑤記載の事実のうち、被告が本件建物の一部を他人に賃貸していることは認めるが、その余は否認する。
ロ 同第4項(三)(2)のロ記載の事実は否認する。
ハ 同第4項(三)(2)のハ記載の事実のうち、被告が本件契約の期間満了時に原告に対し更新料として金一二〇万円を送付した事実は認めるが、その余は否認する。
(3)イ 同第4項(三)(3)イ記載の事実のうち、被告が本件土地上にビル等を建築する場合の範囲が本件土地に限定されることは認める。原告が渡辺土地の返還を受けたうえ、双方の土地を合せてビルを建築できるとの点、渡辺土地の返還について渡辺の承諾を得ているとの点は不知。その余は否認する。本件土地は単独で高層ビルを建築するのに十分な立地条件にある。渡辺土地と合せた敷地にビルを建築する場合には建築関係諸法令による制約が生じるので、単独ビルと比較して有利になるということはない。
ロ 同第4項(三)(3)ロ記載の事実はすべて不知。
(4)イ 被告の先代は、江戸時代以来、代々本件土地において商業を営んできたのであり、被告はこれを守る必要がある。
ロ また、被告は銀座一丁目商店街連盟の会長等を勤めているのであり、銀座通りの商店街の活性化・発展に寄与してきたのである。
ハ すなわち、本件土地で商業を営む主体は被告が適当であり、本件土地上にビル等を建築して本件土地の有効利用を図るのは原告よりも被告の方がはるかにふさわしい。
(四) 同第4項(四)のうち、原告が金三〇億円の立退料の支払いを申し出ていることは認める。
5(一) 同第5項(一)記載の事実のうち、原告からそれぞれ増額の意思表示があった事実は認めるが(ただし、昭和五〇年及び五一年の賃料増額の意思表示の時期は否認する。)、その余は否認し、右意思表示の効果は争う。
(二) 同第5項(二)記載の事実は否認する。原告は、主張の日時に賃料相当損害金の請求をしたにすぎない。
(三) 同第5項(三)記載の事実は否認する。原告主張の意思表示は、いずれも賃料相当損害金の増額通知の効果しか有しない。
(四) 同第5項(四)記載の事実のうち、被告の弁済に関することは認めるが、その充当方法は争う。
三 被告の抗弁
1(消滅時効)
(一) 本件で原告が請求する賃料債権は民法一六九条所定の「年又ハ之ヨリ短キ時期ヲ以テ定メタル金銭……ノ給付ヲ目的トスル債権」に該当するから五年の短期時効により消滅する。そして、原告が、昭和五四年六月分以前の賃料について被告に請求をしたのは昭和五八年一二月一五日付けの原告準備書面(同日受額)によるものであるから、昭和五三年一二月一五日までに弁済期が到来していた同年一一月分以前の賃料債権は消滅時効期間が経過していた。
(二) 被告は昭和六二年九月一四日の本件口頭弁論期日において右消滅時効を援用した。
(三) 従って、原告は右時効により消滅した部分の賃料の問題をとらえて本件契約の解除原因とすることはできないし、被告が昭和五八年一〇月一九日にした金六四二万九七六〇円の弁済が右時効消滅部分の差額賃料及びこれに対する法定利息の弁済に充当されることはありえない。
2(賃料債権の放棄)
(一) 原告は、本訴提起前に、昭和五四年六月五日以前の差額賃料債権を放棄した。それゆえ、原告は右期間中被告が提供した金三〇万円の賃料を受領していたのであるし、本件訴訟においても当初この間の賃料を問題としていなかったのである。
(二) 従って、昭和五四年六月五日以前の未払い賃料があることを前提とする原告の主張及び請求は理由がない。
3(弁済)
(一) 被告は、原告に対し、昭和五八年一〇月一九日、本件土地の差額賃料として金六四二万九七六〇円を弁済した。これは鐘ケ江鑑定における相当賃料額(昭和五四年六月分以降昭和五七年九月分までが一か月金四一万八七四四円、昭和五七年一〇月分以降が一か月金四九万三六六八円。但し、これについては一か月金五〇万円とした。)に従い従前の不足分を追加して支払ったものである。
(二) 被告は、昭和五八年一〇月二〇日到達した同月一九日付内容証明郵便で、被告に対し、右の弁済を昭和五四年六月一日から昭和五八年九月末日までの不足分に充当する旨の指定をした(ただし、昭和五四年六月分に対する金一一万八七四四円の弁済は、原告の放棄により既に消滅していた同月一日から五日までの分(金一万九七九〇円)についても任意に充当したものである。従って、本件訴訟においても、昭和五八年一〇月一九日の弁済は、昭和五四年六月六日以降の不足分に充当される金額としては金六四〇万九九七〇円であると主張する。)。
(三) 従って、右の部分の不足賃料債権は弁済により消滅した。
(四) さらに、被告は、原告に対し、本件土地の賃料として、昭和五〇年四月分以降昭和五六年九月分まで一か月金三〇万円を、昭和五六年一〇月分以降昭和五八年九月分まで一か月金三三万円を、昭和五八年一〇月分以降昭和六〇年六月分まで一か月金五〇万円を、昭和六〇年七月分以降昭和六三年六月分まで一か月金六〇万円を支払い、昭和六三年七月分以降は一か月金七〇万円の支払いを続けている。
四 抗弁に対する原告の答弁
1(一) 抗弁第1項(一)記載の事実のうち、原告の請求する賃料債権が被告主張の短期消滅時効にかかるものであること、原告が昭和五四年六月分以前の賃料を請求したのは昭和五八年一二月一五日付けの原告準備書面によるものであることは認めるが、その余の事実は否認する。増額請求後の差額賃料債権については、裁判により増額の程度すなわち未払い部分が確定されるまでの間、消滅時効は進行しないと解すべきである。
(二) 同第1項(二)記載の事実は認める。
(三) 同第1項(三)は争う。
2(一) 抗弁第2項(一)記載の事実のうち、原告が昭和五四年六月五日以前の賃料として一か月金三〇万円の割合で提供されるものを受領していたこと及び本訴で当初被告主張の期間の差額賃料を請求していなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 同第2項(二)は争う。
3(一) 抗弁第3項(一)記載の事実のうち、被告が昭和五八年一〇月一九日、本件土地の賃料として金六四二万九七六〇円を弁済したことは認めるが、その余は不知。
(二) 同第2項(二)記載の事実中括孤書部分以外は認める。
(三) 同第2項(三)は争う。被告のした充当の指定は不当であり効力がない。
(四) 同第3項(四)記載の事実は認める。ただし、原告は、賃貸借契約存続中の期間については増額賃料の一部として、また、賃貸借契約終了後の期間については各月の賃料相当損害金の一部として受領した。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因第1項は当事者間に争いがない。
二1 原告は請求原因第2項以下で数次にわたる賃料増額請求の効果が生じたことを主張し、これが本件各請求の直接間接の根拠とされているので、まずこの点に関する被告の一部放棄の抗弁について検討したうえ、必要ある限度で原告主張の各時点の相当賃料額について判断することとする。
2 請求原因第3項(一)(2)のイロのうち、昭和四九年五月分以降の本件契約の約定賃料が一か月金三〇万円であったこと、原告が遅くとも昭和五〇年六月一四日までに賃料を一か月三八万円に、また、昭和五一年五月一八日までに一か月金四九万円に、それぞれ増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。右の争いのない事実に、《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができ(る)。《証拠判断省略》
(一) 原告は、昭和五〇年六月一四日、代理人中村治嵩弁護士を通じて、被告に対し、内容証明郵便により賃料を一か月金三八万円に増額する旨の意思表示をしたところ、被告は代理人糸賀悌治弁護士に一任する旨応答した。そこで、中村弁護士は、糸賀弁護士に対し、同年六月二五日、七月二九日及び昭和五一年一月一七日にそれぞれ右増額請求にかかる賃料の支払いを請求した。糸賀弁護士は、昭和五一年一月二六日中村弁護士に対し、昭和五〇年の増額には応じられないが、昭和五一年からは増額に応ずる用意がある旨を回答した。中村弁護士は、直ちに糸賀弁護士に対し、前記増額請求を支払うよう申し入れたが、被告ないし糸賀弁護士からの応答はなかった。そして、被告はその後も一か月金三〇万円の支払いを続け、原告はこれを受領していた。
(二) 中村弁護士は、昭和五一年五月一九日糸賀弁護士に対し、賃料を一か月金四九万円に増額する旨の意思表示をした。しかし、被告側では特段の回答をせず、従来の一か月金三〇万円の支払いを続けた。
(三) さらに、原告側では、中村弁護士に代り丸山武弁護士が、昭和五四年六月五日被告本人に対し、同日以降の賃料を一か月金五二万円に増額する旨の意思表示をしたが、被告側からの応答はなく、賃料は従来の金額で支払われ続けた。
(四) その後、丸山弁護士は、昭和五六年七月二一日被告本人に対し、本件建物の賃料が五年以上据え置きになっている旨を指摘して、重ねて増額を請求したが、その内容は、(三)と同じく、昭和五四年六月分に遡って一か月金五二万円に改定するというものだけであった。
(五) 被告は、同年九月二二日に糸賀弁護士を通じて、右(四)の請求について、一か月金三三万円とする増額に応ずる旨を回答し、同年一〇月分以降は右の額を支払うようになった。
(六) 原告はこれに納得せず、昭和五七年四月二日被告に対し本件訴えを提起したが、その請求内容は、昭和五四年六月六日以降の賃料が一か月金五二万円であることの確認並びに同日以降の各月賃料について増額分と被告支払い分(金三〇万円ないし三三万円)との差額及びこれに対する借地法所定の利息の支払いを請求するものであり、これは、前記(三)による増額請求の効果を主張するものである。
(七) そして、原告は、その後昭和五九年一月一八日に陳述された準備書面において初めて昭和五〇年四月及び昭和五一年四月にした増額請求の効果を主張するようになったが、それまでの長期間中に陳述されていた訴状及び四通の準備書面においては、昭和五〇年及び同五一年に増額請求したことを述べながらも、その法律効果が未解決のものとして残っていることを全く主張しなかった。しかも、この間の本件の調停手続中に原告の申立てによりなされた鑑定も、昭和五四年六月五日時点以後の相当賃料額だけを対象とするものであった。
3 右認定によれば、原告は、前記(三)の請求時点以後遅くとも本件訴えの提起時までには、同(一)及び(二)の増額請求の効果を主張しえないものと決め、このことを被告を含む関係者に対し黙示的ながら確定的に表明したものと認めるのが相当であるから、被告の前記抗弁は理由がある。
三1 そこで、つぎに、請求原因第2項中昭和五四年六月以後の本件土地の相当賃料額について検討する。
2 まず、昭和四九年五月分以降の約定賃料が一か月金三〇万円であったことは、前記のとおり当事者間に争いがない。
3(一) そして、本件土地の相当賃料額は、鑑定人田坂勇の鑑定(以下、「田坂鑑定」という。)によれば、
(1) 昭和五四年六月五日現在が一か月金四八万三〇〇〇円、
(2) 昭和五七年一二月一日現在が一か月金五五万八〇〇〇円、
(3) 昭和六〇年六月一日現在が一か月金六五万二〇〇〇円、
というのであり、また、鑑定人横須賀博の鑑定(以下、「横須賀鑑定」という。)によれば、
(4) 昭和六一年四月一六日現在が一か月金八九万五六〇〇円、
(5) 平成元年四月一日現在が一か月金一一〇万八八〇〇円
というのである。
(二)(1) これに対して、まず、前記乙第一号証(本件訴訟の調停中に証拠調べとしてなされた鑑定人鐘ケ江靖夫の鑑定評価書。原告主張の鐘ケ江鑑定である。)は、昭和五四年六月五日現在の相当賃料を一か月四一万八七四四円、昭和五七年一〇月一九日現在の相当賃料を一か月金四九万三六六八円としている。しかし、鐘ケ江鑑定は、結果的に公租公課倍率法のみによっている点、その倍率として一・五倍を用いている点、本件土地と渡辺土地の格差を考慮していない点などで納得し難いところがあり、にわかに採用し難いといわざるを得ない。
(2) また、証人石井通之の証言により真正に成立したものと認められる甲第一七号証、第三〇号証(以下、双方を合わせて「都市企画評価」という。)では、本件土地の相当賃料は、昭和五四年六月一日現在が一か月金六四万五〇〇〇円、昭和五七年一一月一日現在が一か月金八六万三〇〇〇円とされている。しかし、右の都市企画評価は、原告が本件訴訟対策用に私的に依頼した鑑定評価である点でその信頼性におのずから限界があるし、利回り法の重視の仕方にも問題があると認められるから、採用し難い。
(三) そして、右のような本件の証拠関係と田坂鑑定の内容を検討する限りは、前記(一)の(1)ないし(3)のとおりとする田坂鑑定の結果を採用するのが相当というべきであり、この認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。なお、原告は、田坂鑑定が用いた契約条件に伴う基礎価格配分率、差額配分率及び時点修正率の相当性を問題とするようであるが、これらについて著しく不当な点があるものと認めるに足りる証拠はない。
また、横須賀鑑定については、これを不当とすべき点があると認めるに足りる証拠はない。もっとも、被告は、本件契約は普通建物所有を目的とするものであるところ、横須賀鑑定では堅固建物所有を目的とする賃貸借の場合との格差が反映されていないのではないかという点を問題としている。しかし、同鑑定がウエイトを置いた比準賃料及び公租公課倍率法による試算過程でこのような格差が考慮されていることはその鑑定評価自体により明らかであるところ、その考慮の程度を不当と認めるに足りる資料はなく、また、同鑑定のいうような利回り法による試算については右のような格差を考慮する必要があると認めることはできない。
(四) 以上のとおりであるから、本件土地の相当賃料額は前記(一)のとおりと認めるのが相当である。
四 そこで、進んで、本件契約の解除を理由とする本件土地明渡し請求について判断する。
1 請求原因第3項(二)のように原告が解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
2 解除原因についてみると、請求原因第3項(一)(1)記載の事実、同(2)記載の事実中、イロのうちの昭和四九年五月分以降の約定賃料が一か月金三〇万円であったこと、原告が遅くとも昭和五〇年六月一四日までに同年四月分以降の賃料を一か月金三八万円に、また、昭和五一年五月一八日までに同年四月分以降の賃料を一か月金四九万円に、それぞれ増額する旨の意思表示をしたこと、被告が右意思表示以降も一か月金三〇万円の支払いを続けたこと、ハのうちの意思表示の効果に関すること以外の事実、ニのうちの原告の本訴提起に関する事実、鐘ケ江鑑定及びその内容に関する事実、被告の賃料支払いに関する事実、ホのうちの昭和五七年一一月中に原告主張の賃料増額の意思表示があったこと及び賃料支払いに関する事実、トのうちの被告による昭和五八年一〇月の賃料差額分金六四二万九七六〇円の支払いの事実及びそれ以後被告が賃料一か月金五〇万円を支払った事実、並びに、同第3項(一)(4)記載の事実のうち被告が本件土地上の建物を第三者に賃貸していた事実はいずれも当事者間に争いがない。
右の争いのない事実に、《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件契約の約定賃料は、前記のように昭和四一年に更新された当時一か月金一二万円であったが、その後順次増額され、昭和四九年五月分以降は一か月金三〇万円であった。
(二) そして、前記中村弁護士は、昭和五〇年六月までに、前記のように被告に対し、同年四月分から賃料を一か月金三八万円に増額する旨の意思表示をするとともに、その後も昭和五一年一月までに少なくとも四回は文書で、そのほかにも電話で、前記糸賀弁護士に対して賃料の増額を承諾するよう督促をし、また原告本人からも被告本人に同様の手紙を差し出したが、被告側は全くこれに応じなかった。そして、原告側のこれらの請求については、その都度固定資産税等の増加が主な理由とされていた。
(三) また、昭和五一年五月一九日には、中村弁護士は糸賀弁護士に対して、本件土地を含む原告所有地(旧一丁目四番二及び同番三のほか、同番四宅地三〇・九七平方メートル及び同番二四宅地二・六七平方メートルからなり、これらの土地は別紙第六(図面)のように一団の土地となっている。そして、本件土地部分以外が渡辺土地であるが、そのうち四番二四の土地は事実上四番二五の土地と交換され、後者が渡辺土地の一部となっている。)の固定資産税等の増加を理由として(昭和五〇年度は前年度より金七〇万四六八〇円、昭和五一年度は同じく金四〇万四六四〇円の増加とされており、これらは正しい数字である。)、前記のように同年四月分以降の賃料を一か月金四九万円とする旨の意思表示をしたが、被告側は返事をせず、一か月金三〇万円の支払いを続けた。なお、被告は本件建物の一部で菓子類等の販売業を営んでいたほか、一部を第三者に賃貸していたが、その賃料額は、昭和五〇年当時で一か月金六二万円程度であった。
(四) 被告は、昭和五三年ころ、三菱信託銀行に依頼して本件土地部分上に被告が高層ビルを建築する計画を立案させたうえ、原告に対し、賃料増額に応ずるためにも必要であるとして、これを承諾するよう要請した。しかし、原告は、これを拒絶した。
(五) 丸山弁護士は、前記のように昭和五四年六月五日被告に対して、昭和五四年六月以降の賃料を一か月金五二万円とする旨の意思表示をしたが、被告側からの応答はなく、被告は依然として従前の賃料額である一か月金三〇万円の支払いを続けた。
(六) そして、昭和五六年七月二一日丸山弁護士から被告に対して、右増額請求にかかる賃料の支払いを重ねて催告するに至って、被告は同年九月、一か月金三万円を増額するとの回答をし、同年一〇月分から一か月金三三万円を支払うようになった。
(七) 原告は、右の被告の回答に対して、昭和五七年四月二日に本件訴えを提起し、前記のように昭和五四年六月六日以降の賃料が一か月金五二万円であることの確認を求めるとともに、同日以後の差額賃料の支払いなどを請求した。
本件訴えは調停に付され、その過程で、昭和五七年一一月一一日付で鐘ケ江鑑定の鑑定評価書が提出されたが、その内容は、前記のように、昭和五四年六月五日現在で一か月金四一万八七四四円、昭和五七年一〇月一九日現在で一か月金四九万三六六八円を相当賃料とするものであった。
被告は、右鑑定結果をおおむね受け入れる意向を示したものの、その前提として、原告が被告単独によるビルの建替に同意することを条件とする態度をとった。
他方、原告は、鐘ケ江鑑定の結果が原告主張額と相当の開きを示していたため、鑑定結果そのものに対して不服を示し、昭和五七年一一月ころ、都市企画株式会社に本件土地の相当賃料額の鑑定を委嘱し、その結果に基づいて、昭和五七年一一月二四日、本件土地の賃料を一か月金八六万三〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたが、被告は右請求を受け入れることなく、従来の一か月金三三万円の賃料の支払いを続けた。
(三) 原告は、昭和五八年四月二四日、被告の賃料増額に関する対応は賃貸借契約における信頼関係を破壊し、かつ賃料不払いに該当するものとして、本件契約を解除する旨の意思表示をするとともに、本件訴えの主位的請求として本件建物収去土地明渡しの請求を追加した。
(九) 被告は、昭和五八年一〇月になって、鐘ケ江鑑定の結果を受け入れることとし、昭和五四年六月分以降について一か月金四一万八七四四円、昭和五七年一〇月分以降について一か月金五〇万円とすることを一方的に決定したうえ、昭和五八年一〇月一九日、原告に対し、過去分の差額として金六四二万九七六〇円を送金するとともに、以後は、一か月金五〇万円の支払いをするようになった。
以上のとおり認めることができ、右認定を覆えずに足りる証拠はない。
3(一) 原告は、前記解除の意思表示をするまでの被告の所為は賃料不払いがあった場合に等しく、その背信性は顕著であると主張するのである。
ところで、借地法一二条によれば、賃料増額請求を受けた土地賃借人は、増額を正当とする裁判が確定するまでは相当と認める賃料を支払えば足り、その額がのちに確定した賃科額を下回る場合にも賃料債務不履行の責を負わないのである。そして、ここにいう相当と認める賃料とは、賃借人が自ら相当と認める金額の賃料をいうものであると解することができるから、賃借人が従前の賃料を相当と認めて支払いを続けた場合にも、それだけでは、特別の事情のない限り、賃貸借契約の解除原因となるものではない。
(二) そこで、原告は、少なくとも昭和五三年度以降においては、被告の支払い額は本件土地の固定資産税等の額にも不足し、被告はこのことを知っていたのであるから、右支払い額が不相当であることは被告自ら認識していたと主張している。
よって、この点について検討すると、前記のように、昭和五七年一一月一六日分筆されるまでは、本件土地部分は旧一丁目四番二及び同番三の一部であり、その本件土地部分以外の部分は、地続きの原告所有の二筆の土地と合わせ渡辺が賃借していたのであるが、《証拠省略》によれば、右四筆の土地の固定資産税等は、昭和五三年度以降同五七年度まで、順次金五三六万五〇九〇円、五九〇万一五九〇円、六二〇万七二九〇円、六二〇万七二九〇円、六八二万八〇一〇円であったことを認めることができる。そして、渡辺土地の面積を《証拠省略》により一七七・四二平方メートルと認めて計算すると、本件土地部分(二一一・九二平方メートル)は両土地面積の約五四・四三パーセントとなるから、前記固定資産税等を右面積比により配分すると、本件土地分は、昭和五三年度以降、順次金二九二万〇二一八円、三二一万二二三五円、三三七万八六二八円、三三七万八六二八円、三七一万六四八六円になる(但し、昭和五七年度の同様の配分額は金三九四万九三四八円であることに当事者間で争いがない。)。そうすると、前記認定の被告の支払い額は、いずれも右固定資産税等の金額を上回るが、その差額は、昭和五三年度以降順次、金六七万九七八二円、三八万七七六五円、二二万一三七二円、二八万一三七二円、二四万三五一四円であり、極めて少額ということができる。そして、本件土地が中央通りに面する表地であるのに対し、渡辺土地は別紙第六(図面)のとおり裏地であるから、両土地のこのような格差を考慮すると、原告の主張のとおり、昭和五三年度以降については被告の支払い額では本件土地の固定資産税等にも満たなかったといういい方をしてもおかしくはないといえよう。
しかし、まず、《証拠省略》によれば、本件事件の調停中(すなわち昭和五七年七月以降)に右のような固定資産税等の額が被告に示されたことを認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はないものの、それより前に被告が右の税額を知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、被告が容易にこれを知りえたものと認めるに足りる証拠もない。また、渡辺土地との格差を斟酌すべきかどうか、あるいはどのように斟酌すべきかは、渡辺土地の賃料の決め方及び実際の賃料額とのかねあいもあり、簡単に判断できる問題とはいえない。そうすると、前記認定の固定資産税の額との比較だけで被告が前記支払い額を自ら不相当と認識していたものと認めるのは困難であり、そのほかにそのように認めるに足りる証拠はない。
(三) つぎに、原告は、前記のように、被告の対応は解除に価するほど背信性があると主張する。しかし、右主張は、結局被告の支払い額が低すぎたことを根拠とするものに帰するところ、昭和五四年六月及び同五七年一二月の相当賃料額と認められる前記三3の(一)の(1)及び(2)の金額は、被告の支払い額を約六割一分ないし六割七分上回るものにとどまっている。従って、被告の支払い額は、未だ相当賃料額と著しくかけ離れたものとまではいい難いというべきである。そして、前記認定の賃料問題に関する被告の対応には誠実さを欠き不信感を生じさせても仕方ないと評価できる部分がないではないが、これらのことを考慮しても、被告に本件契約解除の原因となるほどの背信行為があったものとは認め難い。
(四) 以上によると、原告の前記解除の意思表示はその原因を欠き、効力を生じなかったものというべきであるから、原告の請求中右解除を原因として本件建物収去土地明渡しを求める部分は、理由がない。
五 つぎに、更新拒絶を理由とする本件土地明渡し請求について判断すべきところ、請求原因第4項(一)(二)はいずれも当事者間に争いがないので、以下、正当事由の存否を検討する。
1 請求原因第4項(三)(1)の本件土地の場所的特徴に関する事実のうち、本件土地が銀座にあり中央通りに面していること、銀座が商業地であり中央通りには高層ビルが建っていること、本件土地が有効利用されることが望ましいこと、被告が自己ビルを建築することを希望していることは、いずれも当事者間に争いがない。そして、右の事実に、《証拠省略》によれば、本件建物は昭和二二年ころまでに戦災による焼け跡に急造された木造建物で現況二階建店舗居宅となっているが、中央通りの高層ビル群中ではいかにも土地柄に似合わしくなく、本件土地の有効利用という観点からも相当な建物ではないのみならず、本件建物自体、雨もりがひどく、土台も腐ったところがあるなど老朽化が著しく、それほど遠くない時に朽廃する状況にあることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
2 つぎに請求原因第4項(三)(2)の被告側の事情については、被告が港区三田五丁目に土地四七六・九八平方メートルを所有し、同土地上に二階建の居宅を所有していること、被告が本件建物で菓子類及びタバコを販売していること、この営業は戦後始めたものであること、右の商店の従業員はアルバイトのみであること、被告の収入として右菓子店の売上のほかに、本件建物の一部を第三者に賃貸した賃料収入、港区三田の土地上の一部に所有するアパートの賃料収入、同土地の一部を駐車場として賃貸している賃料収入があること、被告が原告に対し本件土地の契約期間満了時に更新料名義で金一二〇万円を送付したことは当事者間に争いがなく、また、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件土地の賃貸借は江戸時代にまでさかのぼるものであり、被告の先祖はそのころから本件土地上に所有する建物で代々葉茶屋を商売としてきたが、明治年間中に、被告の先々代のころ一旦廃業し、その後は、本件土地上の建物を第三者に賃貸してきた。そして、先の大戦ののち、被告の父が本件建物の一階で菓子店を経営するようになり、昭和四八年三月に父が死亡したのちは被告がその営業を承継して今日に至っている。そして、被告は、昭和二七年ころから本件建物の二階に居住している。被告の扱う商品類には独得のものがあるわけではなく、銀座でなければならないという特別の事情はないが、被告は、従前の経緯から銀座に愛着をもち、本件土地で商売を続け居住し続けることを希望している。
(二) 港区三田五丁目にある土地合計五筆(地番一三番一九、一三番二〇、一三番二七、一三番四一、一三番四二、一三番四五)は、被告が昭和五九年八月ころまでに単独相続することとなった土地であるが、右の土地のうち、一三番二〇ほか四筆には木造二階建居宅及び駐車場が、また一三番二七には木造の共同住宅が存在し、これらの建物なども土地とともに被告が相続している。そして、右の各建物のうち、居宅は、被告が昭和二七年ころ前記のような本件建物二階に居住するようになるまで住んでいた建物であり、今でも居住することはできるが、被告は銀座に住むことを好み、三田の居宅はほとんど空家同然としている。なお、共同住宅は三戸分で他人に賃貸している。
(三) 菓子店の収入は、最近では一か月金一五〇万円程度である。また、被告は本件建物の一部を第三者に賃貸しているが、その賃料収入は、昭和六三年当時で日額金六万円であり、この賃貸借は容易に解消できるようになっている。そのほかに、被告には、前記共同住宅及び駐車場の賃料収入がある。
(四) 本件契約は、現存する本件建物所有だけを目的とする契約条件になっている。しかし、被告は、昭和五〇年ころから賃料増額請求が重なり、収益性に乏しい現在の土地利用状況では負担しきれなくなると考え、本件建物を高層ビルに改築することを考えはじめた。そこで、前記のように昭和五三年三月ころまでに三菱信託銀行に依頼して高層ビルへの改築計画をたて、それをもとに原告に改築の承諾を求めたが、原告はこれを拒絶した。もっとも、その後昭和五七年ころまでに、原告側からいわゆる等価交換方式による改築の提案がなされたが、これは、後記のように、実現できなかった。
(五) そして、その後は、被告は、等価交換方式による原告との協調的ビルの建築は拒否する態度をとり、昭和五八年五月には、東京地方裁判所に対し、原告を相手方として、高層ビル建築のための借地条件変更の申立てをした。但し、右申立時には本件訴訟が係属していた関係で、右申立事件の審理は中止状態にされている。
(六) なお、被告としては、最有効利用した場合、本件土地には地上九階、地下一階のビルで、専用使用が可能な総床面積一五四六・三平方メートルのものが建てられるという計画案を有し、そのうち最上階を被告の住居、一階を被告の店舗として使い、他は賃貸したいと考えている。そして、被告には自己資金がないので、全額借入によるほかないが、借入については一応目処がたっている。
(七) なお、昭和五〇年以降同五八年までの原告と被告の間の賃金増額交渉の経過は、前記四のとおりであるが、その後、被告は昭和六〇年六月まで一か月金五〇万円、昭和六〇年七月から昭和六三年六月まで一か月金六〇万円、昭和六三年七月から一か月金七〇万円を支払っている(右支払いの事実は当事者間に争いがない。)。
以上のとおり認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
3 次に、請求原因第4項(三)(3)の原告側の事情についてみるに、本件土地上に被告が単独でビルを建築する場合、その敷地が本件土地部分に限定されることは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は明治四二年一一月九日生れの高齢の女性であるが、独身で子はなく、自己所有の住居で独り暮らしをしている。そして、その生活は、本件土地及び渡辺土地の賃料でまかなっている。
(二) 原告は以前から前記丸山弁護士に財産管理に関する事項の処理を依頼しており、丸山弁護士は熱心にこれを処理して来た。そして、原告は、昭和五三年前半ころに前記のとおり被告から高層ビル建築の承諾を求められたが、原告に代って応対した丸山弁護士は、これを拒絶した。
もっとも、原告側としても、昭和五〇年ころから、本件土地及び渡辺土地を有効に使用し収入をあげるため、右両土地を敷地として高層ビルを建てたいと考え、種々の案を検討したが、これらには、被告のみならず渡辺の承諾も得ることができなかった。
(三) その後、昭和五六年の年末ころから、株式会社奥村組及びその関連会社の立案にかかるビル建築計画が、相当細かいところまで進展した。これは、奥村組側が原告本人に持ち込んだものであるが、その後の交渉は全面的に丸山弁護士が担当した。そして種々の折衝の結果、昭和五七年七月ころまでの間に、奥村組側から、丸山弁護士及び被告の双方に対し、奥村組側が建築費を全部負担し、本件土地だけに地下一階付地上一〇階建のビルを建築する、奥村組側は完成した建物の評価額から敷地価額を控除した金額に相当する七階分の所有権を取得し、その残り、すなわち本件土地評価額に相当する建物部分を原告三二パーセント、被告六八パーセントの割合で取得する、本件土地は三者の共有とするという計画案が提示された。そして、被告はこれに基本的に異議はなかった。しかし、丸山弁護士は原告を説得できず、かえって、原告は、原告と十分協議せずに話を進めたなどと主張して、この計画に乗ることを拒絶した。そして、原告は、そのころから親戚の小倉朗をたてて奥村組側と交渉するようになったが、この時には、建築は大成建設にやらせたいという意向になっていた。このようなことから、昭和五七年一一月ころまでには、奥村組側は本件土地開発から手を引いてしまった。
(四) その後、前記小倉側から被告に対し、大成建設案が提示された。この計画は、奥村組案と似たものであった。しかし、このころには、被告が三割余の取り分でなく九割をほしいと考えるようになったため、この点で挫折した。
(五) 丸山弁護士は、その後も熱心にビル建築計画を考えたが、そのうちに、昭和六一年一〇月末日の前記賃貸期間満了時までに、渡辺土地の賃借人渡辺(右土地上に木造の倉庫を所有している。)が、代替地の提供を条件に渡辺土地を原告に返すことを承知するようになった。そこで、原告側は、再び、本件土地と渡辺土地の双方を敷地とする高層ビル建築を希望するようになった。もっとも、原告側は、この当時からは被告と共同してビルを建築する意思をなくし、原告単独による建築を希望しているものである。
(六) そして、原告側の最近までの計画によると、このビルは地下一階付地上九階建てで、専用使用が可能な総床面積は二三三四平方メートルであり、地下及び地上一階を店舗、二階以上を貸事務所とする予定のものである。なお、原告も自己資金はないので、建築費は全額借入によることになるが、調達は可能である。
(七) なお、渡辺土地だけでは裏通りに面するため、建築関係法令上地上建物の許容容積面積は一〇六三・七六平方メートル(六〇八・二八パーセント)であるが、その場合の最有効利用建物として、地下一階付地上七階建てで専用使用が可能な総床面積八六三平方メートル程度のものが考えられる。一方、右土地と本件土地の双方を敷地とするビルの場合には、渡辺土地の部分も中央通りに面する土地であることになり許容容積面積が大きくなるから、渡辺土地の有効利用という観点からは、一体化ビルに有利な面がある。しかし、一体化ビルとする場合には、建築関係法令上個別ビル二棟の場合とは異なる規制が生じ、また、敷地形状から来る制約もあるため、得られる専用使用可能総床面積の点では、一体化ビル一棟の場合と個別ビル二棟を合わせた場合の比較上、それほどの差は生じない(現に、原告側で提示する一体化ビル計画の専用使用総床面積は前記のとおり二三三四平方メートルであるが、個別ビル二棟の専用使用総床面積の合計は前記のとおり二四〇〇平方メートルを超えることが可能であり、かえって後者が前者を上回っている。)し、一体化ビルの各フロアーは、両土地の接続部分でほとんど区切られた形状になるから、一体化ビルとしての効用はこの点で減殺される。また、表裏二棟のビルとすることがこの地域の土地利用として特異なものというわけでもない。
以上のとおり認めることができ(る。)《証拠判断省略》
4(一) 以上の認定によれば、原告が正当事由として強調するうち、本件土地は高度に有効利用すべき場所的環境にあり、被告の使用状態はこの点で相当でないとの部分はそのとおり採用できる主張ということができる。しかし、この関係では、原告のみならず被告もまた高層ビルを建築して有効利用を図ることを希望しその実現が可能な状況にあるのであるから、原告が本件土地の明渡しを受けなければ土地柄にふさわしい利用ができないというわけではない。そして、結果的に前記期間満了時まで借地としての有効利用化か実現しなかったのは、むしろ原告がこれを承諾しなかったのがその主な理由であるから、被告が有効利用をしていないこと故に明渡しを求めるというのは、賃貸人の立場をいささか強調しすぎる面がある。
もっとも、被告は、原告の承諾または前記借地非訟事件で申立て認容の裁判があるまでは本件土地にふさわしいほどまでに有効利用することができないという法律上の地位にあるから、被告がこの地位を超えるような有効利用計画を持っていることを正当事由の判断上被告に有利に斟酌することには問題がないわけではない。しかし、本件の場合には、被告は、期間満了の八年ほど前から具体的な改築計画をたて原告に承諾を求めており、それが拒絶されたのちには、原告側から同様に改築計画が提案され、相当長い間協議が重ねられたのち、原告のあまり合理的とはいえない理由により昭和五七年一一月ころまでに白紙に戻されるという経緯があったのであり、さらに引続き原告から別の計画案が提示されて折衝されたが、これが実を結ばないまま、その後協調的有効利用計画は双方とも断念し、引続き昭和五八年五月被告から借地条件変更の裁判を求める申立てがなされ、その事件の進行が前記のような理由で中止状態にあるのである。このような経過をみると、被告が期間満了当時に現実に有効利用状態になしえなかったことについては、被告側の不手際としてこれを強調するのは相当でなく、また、借地非訟事件の申立てが期間満了前三年半ほど前にはじめてなされた点についても、しかるべき協議を先行させていたという意味でやむをえないところがあり、原告にとって予想外のことが突然行なわれたというのではない。そして、前記の認定事実によれば、借地非訟事件の被告の前記申立ては、賃貸借関係が係属する以上は、排斥される可能性よりも認容される可能性の方が相当大きいと認めることができる。ところで、借地の有効利用状態にないことが正当事由の問題とされている場合でも、期間満了当時までにそれが実現しなかったことについて賃借人側の意思や能力に帰せられないようなやむをえない理由があり、そのことについて賃貸人側も無関係というのではなく、しかも近い時期には確実にこれが実現すると認められるときは、正当事由問題の判断については、既に有効利用化に着手されていた場合に準じて考えるのが相当である。そして、前記認定事実によれば、本件はこのような場合に該当すると認めることができる。従って、本件の期間満了当時の被告の現実の借地利用方法は、正当事由の判断にあたり、原告に有利な事項として重視することは相当でないというべきである。
(二) つぎに、双方の本件土地使用の具体的な必要性の主張についてみると、原告は、渡辺土地との一体的利用の必要を強調するのである。そして、前記認定によれば、渡辺土地の有効利用の観点からは、本件土地と一体として利用することが望ましい面がないとはいえない。しかし、一体化ビルを建築する場合、個別ビル二棟の場合とくらべても専用使用可能面積の点では特段有利になるわけではないし、その構造上もひとつのビルとしての効用がある程度減殺されるものになるのであるから、それぞれの利用方法による成果を総合的にみる場合には、原告所有土地全体の使用として、渡辺土地が本件土地と一体として使用されることが非常に望ましいとまでいうのは困難である。そして、本件土地は、ともかくも江戸時代からの長期間渡辺土地とは別の使用がなされて来たのであり、原告側も近年渡辺土地の返還が得られるかもしれないという見通しが出るまでは、本件土地だけの有効利用を検討しこれを被告に提案していたという状況もあり、さらに、本件土地周辺の土地利用状況を見ても、両土地に個別ビルを建てて利用する方法がふさわしくないとまではいえないのである。このような点からすると、渡辺土地の利用のためには本件土地を使用すると良い面があるということも、正当事由の判断については原告に有利な状況として相当重視するというのは適当でないというべきである。そして、そのほかには、原告が自ら本件土地を使用する具体的な必要は存在しない。
他方、被告については、本件土地上の建物に居住し続ける必要があるとは認めることができない。しかし、本件土地は、前記のように極めて長期間被告側に賃貸されて来たのであり、現在も被告が本件土地使用による収益を基本として生計をたてている。そして、被告が現にその適当な代替場所を有しているとはいえない。従って、被告には、本件土地を引続き使用する必要があるということができる。もっとも、被告の従前の本件土地使用状態に照らすと、その営業は本件土地でなければ継続し難いものとは到底認められないのであるが、前記判示のように、本件は、被告が前記のような新しい形での本件土地使用を希望し続けておりその実現が可能であることが斟酌されるべき事案である。そうすると、被告が本件土地を明け渡すことになると極めて大きな不利益を被ることになるといわざるを得ないから、正当事由の存否の判断においては、このことは重視されるべき事項である。但し、このような被告の必要性は、本件土地の賃借権を最大限活用しそれにふさわしい収益をあげようとする面が強く、従って、それができない場合に被る不利益は金銭的な補償で相当程度回復可能なものと認めるのが相当であるが、この点は、後に判断を加えることとする。
(三) つぎに、原告は、本件建物の老朽化を主張しており、この点は右主張に添う事実を認めることができる。そして、このことは、原告に有利な事情である。しかし、本件の正当事由の判断について被告側の改築計画を斟酌すべきであると考える以上、本件の場合には、本件建物が老朽化していること自体は、正当事由の存否の判断を左右するような重要性をもつものということはできない。
(四) さらに、原告は、被告に背信事由があったことを正当事由として主張している。そして、賃料増額請求の対応状況について被告側に誠実さを欠いたと評価できる部分がないではない。しかし、この関係での問題は、賃料増額交渉という確たる目標のない場面で、しかも有効利用化問題と併行的に生じた出来事であり、期間満了より相当前の昭和五八年一〇月には当時としてはある程度よりどころとすべき鐘ケ江鑑定に従った弁論がなされていることでもあり、その後もこれを増額した賃料の支払いがなされているのであるから、原告主張のように、今後被告が正当な対価を支払う意思を有しないものとまでいうのは相当でない。
(五) 以上によれば、原告が正当事由として強調するところは、いずれも本件の場合には重視するに足りるものではないといわざるをえないから、それだけでは、原告の述べた異議に正当事由があると認めることはできない。そして、このことは、被告が本件土地を有効利用する意思と能力を有する以上、これを阻止しようとする原告側の意向には、これを上回るだけの正当性を認め難いということが主な判断要素である。ところで、被告の有効利用計画は、従前の使用方法との継続性が相当稀薄であり、いわば、本件土地賃借権を資本として最大限利用するところにその大きな意味があるということができるから、これができない場合の不利益は、金銭的な補償によって相当程度償うことが可能な性格のものであると評価することができないではない。従って、原告が被告に対し本件の異議を述べた当初から立退金支払いの意向を示し、その後金三〇億円ないしこれを大幅に超えない立退金の提供を申し出ていることは審理の経過から明らかであるところ、右のような意味で、立退金の支払いにより原告の正当事由が補完されるという趣旨の原告の主張は、検討に価するものということができる。そこで、この点をさらに検討するに、前記判示のところからすれば、本件の場合の金銭的補償はまず本件土地ないしその賃借権の価値を基礎とする方向で考えてみる必要があるところ(そして、本件の場合の立退金の性質上、本件口頭弁論終結時に接着する時点を基準として考える必要がある。)、前記のように、原告は、従前奥村組案を提示しほぼ合意に達する状況にあったが、このときは、被告には本件土地価額の六八パーセントに相当する価値を取得させるものとされていたのである。そして、前記横須賀鑑定の結果によれば、本件土地価額は、平成元年四月現在で合計金九六億円から九七億円程度にも達するものであることを認めることができ、右認定を覆えずに足りる証拠はないから、その六八パーセントは、金六五億円から六六億円程度にもなる。なお、右鑑定の結果によれば、本件土地賃借権の価額は、更地価額の八八パーセント程度(金八五億円程度)とするのが相当であることを認めることができる。以上のことと前記正当事由の存否についてみたように、原告には正当事由として重視するに足りる事由がなく、結局のところ被告と同様に本件土地を資本として有効利用し利益をあげたいということに帰するところが大きいものと考えられることに照らすと、前記借地非訟事件で前記のように予想しうる裁判がなされる場合に財産的給付が必要であることを加味しても、金三〇億円程度の補償では本件の補償として十分なものとは認め難い。そして、原告は金三〇億円を大幅に超えない立退金の支払いをも申し出ているが、その上限を明らかにせず、例えば一割の増額としても金額的には金三億円もの増額になり、それだけでも大幅な増額といえないではないのであるから、前記認定判示によれば、金三〇億円を大幅に超えない金額として考えられる範囲内の補償としては、本件の立退金として十分なものではないといわざるをえない。
5 従って、期間満了を理由とする原告の本件建物収去本件土地明渡し請求も、理由がないというべきである。
六 以上によれば、原告の損害金請求も理由がないことになる。
七 そこで、原告の賃料及び利息請求について判断する。
1 昭和五四年六月五日までの期間のこれらの請求が理由のないことは、前記判示のとおりである。
2 昭和五四年六月六日以降については、前記のとおり、原告が被告に対し、同年六月五日に同年同月六日以降の賃料を一か月金五二万円に、同五七年一一月中に同年一二月一日以降の賃料を一か月金八六万三〇〇〇円にそれぞれ増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
3(一) また、《証拠省略》によれば、原告は被告に対し、(イ)昭和六〇年五月一五日に到達した内容証明郵便で同年五月一日以降の本件土地の賃料相当損害金を一か月金九六万円に増額して請求する旨、(ロ)同六一年四月一六日に到達した内容証明郵便で同年四月一六日以降の同様の損害金を一か月金一〇八万円に増額して請求する旨、(ハ)同六三年四月二三日に到達した内容証明郵便で同年四月二三日からの同様の損害金を一か月金一一六万円に増額して請求する旨、(ニ)平成元年四月二五日に到達した内容証明郵便で同年四月二五日からの同様の損害金を一か月金一三三万円に増額して請求する旨の各意思表示をしたことを認めることができる。
(二) そして、原告は、右各請求は、本件土地賃貸借の賃料増額請求としての効果を有すると主張するのに対して、被告は、賃料相当損害金の増額通知を賃料増額請求と見ることは許されないと主張している。たしかに、賃料増額請求は、貸主の一方的な意思表示により相当額まで賃料を増額する効果を生じさせるものであり、このような意思表示がなされた場合に借主のとるべき対応方法も事実上及び法律上ともに特別なものがあるから、賃料増額請求は、それとわかる明確なものである必要がある。しかし、本件の場合には、前記のように右各損害金の増額請求がなされた当時には、既に本件訴訟において予備的請求として前記2などの各賃料増額請求に伴う賃料支払い請求がなされていたのであり、その論拠として、主として、固定資産税等の増加のため従前の賃料額が不相当に低額になったことが主張されていたのである。そして、前記各書証によれば、右(イ)ないし(ニ)の請求もいずれも固定資産税等の増加を理由とするものであり、その内容は、継続賃料とことさらに異る趣旨のものとしてあえて損害金だけを取りあげ、その増額を請求するというようなものではない。そして、被告は、本件土地賃貸借契約が存続するものと主張してその場合の適正賃料額につき十分の主張立証をつくしているから、右(イ)ないし(ニ)の請求により賃料増額請求がなされたものと認めても、訴訟手続上問題とすべき点はなく、そのほかにも、被告に不当な不利益を与えるものとすべき事情は見当らない。以上によれば、前記(イ)ないし(ニ)の請求は、賃貸借契約が存続している場合には賃料増額請求としてするものである趣旨が明確である場合に該当し、このように解するについて特別の支障はないから、これらにより、右のとおり賃料増額請求がなされたものと認めるのが相当である。もっとも、右各請求の到達日時に照らすと、(イ)については昭和六〇年五月一六日から、(ロ)については昭和六一年四月一七日から、(ハ)については昭和六三年四月二四日から、(ニ)については平成元年四月二六日から、それぞれ増額の効果が生ずべきものというべきである。
4 そして、前記三の認定によれば、以上の各賃料増額請求により、本件土地賃貸借契約の賃料は、
(1) 昭和五四年六月六日から一か月金四八万三〇〇〇円に、
(2) 昭和五七年一二月一日から一か月金五五万三〇〇〇円に、
(3) 昭和六〇年五月一六日から一か月金六五万二〇〇〇円に、
(4) 昭和六一年四月一七日から一か月金八九万五六〇〇円に、
(5) 昭和六三年四月二四日から一か月金九六万四一一二円に、
(6) 平成元年四月二六日から一か月金一一〇万八八〇〇円に、
それぞれ増額されたものと認めることができる。但し、右(5)は、横須賀鑑定と同様の手法(鑑定書別紙Ⅴ)により、昭和六三年の固定資産税等の額を金四六〇万四六九五円(右鑑定書資料No.6)として算出した相当と認められる賃料である。
5 他方、被告が、原告に対し、昭和五六年九月末日まで一か月金三〇万円、昭和五六年一〇月一日から同五八年九月末日まで一か月金三三万円、昭和五八年一〇月一日から同六〇年六月末日まで一か月金五〇万円、昭和六〇年七月一日から同六三年六月末日まで一か月金六〇万円、昭和六三年七月一日からは一か月金七〇万円の割合で賃料を支払っていること、この間の昭和五八年一〇月一九日に過去の不足賃料の支払いとして金六四二万九七六〇円を支払い、翌二〇日到達した書面で右弁済を昭和五四年六月一日から同五八年九月末日までの不足賃料の弁済に充当する旨指定したことは、当事者間に争いがない。但し、被告は、右昭和五八年一〇月一九日の弁済中昭和五四年六月六日以降の不足賃料に充当されるべき支払い額が金六四〇万九九七〇円である旨自ら制限して主張するものである。
そして、右の昭和五八年一〇月一九日の弁済は、民法四九一条に従い充当されるべきものであり、これに反する被告の充当の指定はその効力を認めることができないし、原告が主張する充当方法も、これを採用すべき根拠はない。ところで、前記の認定判断によれば、昭和五八年一〇月一九日当時被告が負担していた不足賃料及びこれに対する各弁済期後の借地法一二条による利息の額は、別紙第八(計算書1)のとおり合計金二〇一万四七八三円であるから、前記弁済のうち金二〇一万四七八三円が同日までの右利息の弁済に充当され、残額金四三九万五一八七円は、昭和五六年五月末日までの不足賃料全額(金四三六万一五〇〇円)と同年六月分不足賃料のうち金三万三六八七円の弁済に充当されたことになる(従って、昭和五六年六月分不足賃料の残額は金一四万九三一三円である。)。
そうすると、そのほかの前記弁済がなされたのちの平成元年一〇月末日までの不足賃料額は別紙第九(計算書2)のとおり合計金一九九二万三七三二円であり、また、これらに対する借地法一二条所定の利息の弁済期は、右別紙第九(計算書2)の各該当「利息起算日」欄記載のとおりである(昭和五八年九月末日までの不足額に対する利息中昭和五八年一〇月一九日までの分は、前記のとおり弁済が終っている。)。
6 以上によれば、原告の賃料及び利息請求は、被告に対し不足賃料合計金一九九二万三七三二円及びそのうち金である別紙第九(計算書2)「不足額」欄記載の各金員に対する同計算書「利息起算日」欄記載の日から支払いずみまで借地法所定年一割の利息の支払いを求める部分並びに平成元年一一月一日以降の賃料が一か月金一一〇万八八〇〇円であることの確認を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
八 以上の次第で、原告の本件各請求中、本件建物収去本件土地明渡しを求める部分及び損害金の支払いを求める部分は理由がないから棄却すべく、賃料及び利息の支払い並びに賃料の確認を求める部分は主文第一、第二項記載の限度で理由があるから認容しその余は理由がないので棄却すべく、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤英継 裁判官平賀俊明、同神坂尚は、転補のため署名、捺印することができない。裁判長裁判官 加藤英継)
<以下省略>