東京地方裁判所 昭和57年(ワ)437号 判決 1982年12月13日
原告 東京トヨペット株式会社
右代表者代表取締役 松浦正隆
右訴訟代理人弁護士 今中幸男
被告 株式会社日産クラブサービスセンター
右代表者代表取締役 棚瀬徹
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 布留川輝夫
主文
被告らは原告に対し別紙物件目録記載の自動車一台を引き渡せ。
訴訟費用中、原告と被告らとの間に生じた分は被告らの負担とする。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文第一、第二項と同旨及び第一項につき仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の被告らに対する請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、その所有の別紙物件目録記載の自動車一台(以下「本件自動車」という。)を、昭和五六年一〇月二三日アラオカモータース株式会社(以下「訴外会社」という。)に、代金三四八万〇五八〇円とし、これを同年一〇月三〇日に金二三万〇五八〇円、同年一二月一〇日に金三二五万円宛に分割して支払う約定で売り渡し、同年一〇月二九日訴外会社名義に自動車登録手続をしたうえ、同年一〇月三〇日本件自動車を訴外会社に引き渡した。
2 訴外会社は、右代金中金二三万〇五八〇円を支払ったが、その余の金員を支払わなかったので、原告は訴外会社に対し昭和五六年一二月一一日付の内容証明郵便をもって、同書面到達後三日以内に残代金を支払うように催告し、併せて、右催告期限にその支払がなければ本件自動車の売買契約を解除するとの意思表示をし、同書面は同月一四日訴外会社に到達した。
3 しかるに、訴外会社は残代金の支払をしなかったので、本件自動車の売買契約は昭和五六年一二月一七日の経過によって解除され、本件自動車の所有権は原告に復帰した。
4 被告株式会社日産サービスセンター(以下「被告会社」という。)及び同棚瀬徹(以下「被告棚瀬」という。)は本件自動車を共同して占有している。
よって、原告は、被告会社及び被告棚瀬に対し、本件自動車の引渡しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因事実のうち、被告棚瀬が本件自動車を占有していることは否認し、その余は認める。
三 抗弁
1 訴外会社は、昭和五六年一〇月二五日本件自動車を代金三二〇万円、諸費用金二六万三九三〇円とし、同日内金五〇万円を支払い、納車時残金二九六万三九三〇円の支払と引換えに本件自動車の引渡しと所有権の移転をするとの約定で、棚瀬千賀子(以下「千賀子」という。)に売り渡した。
2 千賀子は同年同月二五日金五〇万円、次いで納車の日である同年同月三〇日残金二九六万三九三〇円の支払を了し、本件自動車の所有権を取得したうえ、同年一二月一五日自動車登録手続を了した。
3 千賀子は、昭和五七年一月九日、本件自動車を被告会社に譲渡して所有権を移転し、被告会社は右同日自動車登録手続を経由した。
4 右のとおりで、千賀子は、原告が訴外会社との本件自動車の売買契約を解除する前に、訴外会社から本件自動車を買い受けて所有権を取得し、その対抗要件である自動車登録手続を経由したから、原告は右解除をもって千賀子に対抗できず、したがって、その後の譲受人である被告会社は本件自動車の所有権を有効に取得したものである。
四 抗弁に対する認否
抗弁1ないし3の事実は知らない。訴外会社は昭和五六年一〇月三〇日夜から事務所を閉鎖し代表者は行方不明となった。また、訴外会社と被告会社とは同業者で代表者は旧知の間柄であるし、千賀子は被告棚瀬の姉で無職の身であり、千賀子が訴外会社から本件自動車を買い受けたとは信じられない。
五 再抗弁
1 原告は本件自動車につき昭和五六年一一月一二日、訴外会社を債務者として処分禁止の仮処分命令(以下「本件仮処分」という。)を得て、同日その旨の登録がなされたから、仮に千賀子が訴外会社から本件自動車を買い受けたとしても、その登録は右仮処分の登録に後れており、原告には対抗できない。
2 本件仮処分の被保全権利の存在につき、次のとおり主張する。
(一) 訴外会社は昭和五六年一〇月三一日ころ不渡手形を出し倒産した。原告は、同年一一月七日右事実を知り直ちに訴外会社営業所へ行ったが、営業所は閉鎖されていた。原告は訴外会社代表者安良岡健の自宅へも行ったが、鍵がかかり家人はおらず、近所の人の話では、一一月初めから家族で旅行に行っている模様とのことであった。ちなみに、右安良岡健の自宅は同年一一月七日有限会社丸和土建興業へ売却され、同月九日その旨の所有権移転登記手続がなされている。また、訴外会社名義の資産は何もなく、かえって、金八〇〇〇万円以上の負債がある状態であった。
(二) 以上の状況からみて、原告が訴外会社から前記の残代金支払期日に前記残代金三二五万円の支払を受けられないのは確実であった。原告は本件自動車の納車時に約束どおり頭金二三万〇五八〇円の支払を受けており訴外会社の倒産を予見することができなかったものであるから、遅くとも昭和五六年一一月一二日には、事情変更の原則により、前記売買契約についての解除権は発生していたというべきである。
(三) そこで、原告は、将来解除することによって生ずる原状回復請求権を被保全権利として、昭和五六年一一月一一日本件自動車の処分禁止の仮処分を申請したのである。
六 再抗弁に対する認否及び反論
1 原告主張の日に本件仮処分が発令され、その登録が経由されたこと及び原告主張の日に訴外会社が不渡手形を出したことは認める。
2 本件仮処分の被保全権利は、訴外会社との間の本件自動車の売買契約解除に伴う原状回復請求権であるが、本件仮処分発令時には右契約は未だ解除されておらず、その被保全権利は存在しなかった。訴外会社が残代金の支払が困難な状況となったとしても、訴外会社には期限の利益があるのであるから、原告は解除権も有していなかった。仮に何らかの理由で原告が解除権を取得したとしても、解除権を行使しない以上は、原状回復請求権は発生していなかった。
かように、本件仮処分は、その発令時において被保全権利を欠いていたのであるから、取消しを免れないものであり、未だその取消しがなされていないにしても、仮処分の効力の有無(被保全権利の存否)は本案訴訟において判断されるべきもので、本案訴訟でそれが否定された場合には、仮処分が形式上存在していても、その効力はないのである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因事実は、被告棚瀬が本件自動車を占有しているかどうかの点を除き、当事者間に争いがない。
右の争いのある点について検討するに、《証拠省略》によれば、被告棚瀬もまた本件自動車を占有していると認めることができ、右認定に反する証拠はない。
二 被告らの抗弁事実は、これを直接認定するに足りる証拠がないけれども、《証拠省略》によれば、自動車登録原簿上、本件自動車の所有権が昭和五六年一二月一五日訴外会社から千賀子に、次いで昭和五七年一月九日千賀子から被告会社に、それぞれ移転した旨の登録が経由されており、反証がないから、本件自動車の所有権は、遅くとも昭和五六年一二月一五日に訴外会社から千賀子に移転したものと推認することができ、かつ、千賀子はその旨の登録を原告主張の契約解除前に経由したわけである。
三 再抗弁につき判断するに、本件自動車につき、昭和五六年一一月一二日、原告を債権者とし訴外会社を債務者とする処分禁止の仮処分命令が発せられ、同日その登録がなされたことは、当事者間に争いがない。原告は、本件仮処分は、将来本件自動車の売買契約を解除することにより生ずる原状回復請求権を被保全権利とするものである(右解除が同年一二月一七日の経過によりなされたことは、請求原因事実として争いのないところである。)と主張するのであり、《証拠省略》によれば、東京地方裁判所民事第九部の裁判官は原告(債権者)の右の主張を肯認して本件仮処分を発令したものと認められる。
ところで、将来発生すべき請求権を被保全権利として仮処分を発することができるかどうかについては議論のあるところであるが、それが絶対に許されないというものではなく、一定の要件の備わっている場合には、そのような仮処分も発令されうると解される。ただ、さような仮処分の発令には慎重な配慮が要求されることは、言うまでもなく、原告主張の程度の本件の事実関係のもとにおいて、本件仮処分を発令することが妥当であったかどうか、仮処分債務者が仮処分異議で取消しを求め、あるいは本案訴訟においてその当否を争った場合に、本件仮処分がなお有効なものとして維持されえたかどうかには、疑問の余地もないではない。
しかしながら、本件においては、仮処分の発令後とはいえ、本件の売買契約が解除されるに至っていることは、前記のとおりであるし、仮処分債務者である訴外会社は本件仮処分の効力を争わず、その本案訴訟である本件訴訟(訴外会社は、本件訴訟において当初被告となっていた。)においても既に欠席判決による敗訴判決を受け、右本案訴訟は債権者である原告の勝訴判決が確定していることも、記録上明らかである。かような場合に、本件仮処分が当然無効であるということができないのはもとより、債権者と債務者との間においては、本件仮処分は、もはやその効力を奪われる余地がなくなっているのであるから、第三者である千賀子や被告らとの関係において、本件仮処分が本来の効力を有しないものと解すべき余地はない。換言すれば、本件仮処分が発令され、その登録が経由された以上は、千賀子ら第三者がこれに後れて本件自動車の所有権移転につき登録を経ても、それは仮処分債権者である原告に対抗しうるだけの効力を有するものと解することはできないのであり、ひっきょう、千賀子は前認定の所有権移転につき、原告に対する関係で対抗要件を備えたとすることができない。
四 以上のとおりで、原告は本件自動車の売買契約の解除の効力を千賀子及び同人からの転得者である被告会社に対抗することができるから、原告の被告らに対する本訴各請求は理由があり、認容すべきである。よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 友納治夫)
<以下省略>