東京地方裁判所 昭和57年(ワ)6065号 判決
【事実】
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告倉林誠治(以下「原告倉林」という。)に対し金四五〇万円、原告小浦忠(以下「原告小浦」という。)に対し金五〇万円及び右各金員に対する昭和五七年六月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 (当事者)
(一) 被告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「被告側土地」という。)上に同目録(二)記載の建物(以下「被告建物」という。)を建築し所有している。
(二) 原告倉林は被告側土地に北接する同目録(三)記載の土地(以下「原告倉林土地」という。)及び同土地上の同目録(四)記載の建物(以下「原告倉林建物」という。)を所有し、原告小浦は右建物を原告倉林から賃借してこれに居住している。
2 (日照、通風等に関する被害)
被告建物の建築以前には、冬至においても、原告倉林建物には約二時間の日照が確保され、これによつて室内の採光も得られたし、また通風も居住条件を満たしていたのであるが、被告建物の建築によつて、冬至においては全く日照を得ることができず、採光、通風が大幅に悪化し、圧迫感を常時受けることとなつた。
3 (被告の責任)
被告側土地上には被告建物が建築される以前は、別紙物件目録記載(五)の建物(以下「被告側旧建物」という。)が存在したのであつて、被告は右建物と同規模の建物を建築すれば充分生活していくことができる経済的状況にあり、あえて被告建物を建築する必要性は全くないにもかかわらず、近隣住民らの強い反対にあつて当初の設計を一部変更したものの、昭和五六年一二月一五日原告らの反対を無視して被告建物の建築工事の着工を強行し、同建物を完成させた(その間、原告小浦は同建物の建築工事による騒音、振動に悩まされた。)のであつて、これらの事情も考慮に入れると原告らの被つた後記被害は受忍限度を越えており、被告の被告建物建築行為は原告らに対する不法行為を構成し、被告は民法七〇九条に基づき原告らに対し右損害を賠償すべき責任を負う。
4 (損害額)
(一) 前記2のとおり被告建物の建築によつて採光、通風が大幅に悪化し圧迫感を受けることとなつたため、原告倉林土地の住宅地としての環境が悪化しその地価が少なくとも一平方メートル当り金一〇万円は低下したので、原告倉林は49.58平方メートル全体で合計四九五万八〇〇〇円の損害を被つた。
(二) 原告小浦も被告建物の建築によつて原告倉林建物における居住環境が前記2のとおり著しく悪化した結果、甚大な精神的損害を被つたが、これを慰藉するには少なくとも金五〇万円が相当である。
5 よつて、原告らは被告に対し、不法行為に基づき、原告倉林において金四五〇万円、原告小浦において金五〇万円及び右各金員に対する不法行為の日の後である昭和五七年六月一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1(一)(二)の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。被告建物の建築以前においても原告倉林建物には冬至においては日照が一日じゆう全くなかつたうえ、同建物の周囲は建物が密集していて通風面での居住条件も全く問題とならない状況であつた。また、被告建物は四階建てにすぎず、原告倉林建物の東側には被告建物の建築以前から既に六階建てのマンションが存在していたのであつて、人口が密集する都会においては建築物が高層化せざるをえず、被告建物による右の程度の圧迫感は受忍限度内のものである。
3 同3は争う。被告は、被告建物の建築に当り事前に近隣住民らに対する説明会を実施し、その後原告倉林も出席した杉並区による斡旋調整会や同区の調停委員会において右住民らと充分話し合い、当初の設計を変更して右住民らとの関係を円満に解決したうえで被告建物の建築工事に着工したのである。
4 同4は否認する。
第三 証拠関係<省略>
【理由】
一請求原因1(当事者)(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。
二同2(日照、通風等に関する被害)の事実について
1 原告らは、被告建物の建築以前には冬至においても原告倉林建物には約二時間の日照が確保され、これによつて室内の採光も得られていたところ、被告建物の建築によつてこれが不可能となつた旨主張し、原告らの各本人尋問においてもこれに沿う供述をしている。
しかし、<証拠>によれば、被告側土地上には被告建物が建築される以前は被告側旧建物が存在したこと、一級建築士の資格を有する佐藤進は、昭和五六年被告から被告建物の建築設計を依頼されたので、建築確認の申請のために同年五月、当時存在した被告側旧建物や被告側土地を実測し、またその後、東京都杉並区(以下「杉並区」という。)から被告側旧建物と被告建物との日影図の比較を依頼されて同年一〇月に被告側旧建物を再び実測し、さらに昭和五七年一月初旬か中旬被告側旧建物以外の原告倉林建物を含む近隣の建物の位置、形状、高さ等を測量士とともに実測したこと、佐藤進は右各実測の結果得た資料に基づいて冬至の時における原告倉林建物に対する日照状態を作図したこと、これによつて完成した図面が乙第三号証であること、同図面には原告倉林建物には冬至においては午前一一時ころから午後二時ころまで屋根の部分に日照があるだけで建物内へは一日じゆう全く日が差さないものとして記載されていることが認められるのであつて、これらの事実に照らし原告らの前記供述はにわかに信用することはできず、他に原告ら主張の前記事実を認めるに足りる証拠はない。
2 次に、原告らは、被告建物の建築以前には通風も居住条件を満たしていた旨主張するが、<証拠>によれば、被告側旧建物が存在した当時における同建物、原告倉林建物その他近隣の建物の位置関係は別紙図面1のとおりであり、原告倉林建物が一階建てであるのに対し、被告側旧建物、大原宅、小林宅及び市川荘はいずれも二階建て、東洋開発杉並コーポは六階建てであること、原告倉林建物と他の建物の各壁の間の距離は、被告側旧建物とは約1.8メートル、大原宅及び小林宅とはそれぞれ約四〇センチメートルであつたこと、原告倉林建物と被告側旧建物との間には高さ約1.8メートルのトタン板塀が設置され、また直径二〇ないし二五センチメートル、高さ約四メートルと直径約五センチメートル、高さ約2.5メートルの二本の木が生えていたこと、建物の庇を考慮すると前記建物相互間の距離は更に短いことが認められる。右事実によれば、原告倉林建物は四方を他の建物にとり囲まれた状態であり、通風状態は相当悪かつたことが推認されるのであつて、原告の前記主張は採用することができない。
3 ところで、<証拠>によれば、被告建物完成後における同建物、原告倉林建物その他近隣の建物の位置関係は別紙図面2のとおりであり、被告建物が存在する状況の下では冬至において原告倉林建物には全く日照がないことが認められるが、前記1のとおり被告側旧建物が存在した当時においても原告倉林建物内に対する日照があつたことを認めるに足りないから、右建物が日照を得られないことと被告建物の建築との因果関係を肯認することはできず、また、採光が大幅に悪化したことを認めるに足りる証拠もない。さらに、通風の点についても、前記認定のとおり原告倉林建物は被告側旧建物存在当時においても同建物の側からの通風が相当悪かつたのであつて、被告建物の建築によつて通風が大幅に悪化したことを認めるに足りる証拠はない。
しかし、原告倉林建物の写真であることについて争いがなく、<証拠>及び被告側旧建物が二階建てであつたのに対し、被告建物が四階建てである事実を総合すれば、被告建物の建築によつて原告倉林建物内における採光や通風がある程度悪化したとともに同建物内に居住している原告小浦が被告建物によつて被告側旧建物存在当時よりも圧迫感を受けるであろうことが認められる。
三そこで請求の原因3(被告の責任)について検討する。
1 <証拠>によれば、被告は、昭和五六年九月二八日建築予定の被告建物の北側に存在する建物を所有している人達(露崎喬、小林幹男、大原眞規子、川島正雄、原告倉林。以下「北側住民」という。)に対する被告建物建築についての説明会を開いたこと、また、杉並区によつて被告と北側住民との間における右建築問題についての斡旋会が同年一〇月一五日及び同月二八日に開催され、その後同区において調停が開始され、同年一一月一七日及び同月二五日に調停委員会が開催され、原告倉林は北側住民として右二回の斡旋会及び二回の調停委員会にいずれも出席したこと、北側住民は右一〇月一五日における第一回斡旋会において被告建物の建築に関する要望事項書(乙第六号証)を提出したこと、原告倉林も右書面に名を連ねていたが、その後同月二八日における第二回斡旋会に先立ち、被告に対し、右書面上の原告倉林の氏名を抹消して他の北側住民とは同一歩調をとらない旨申し出たこと、しかし、原告倉林は、右第二回斡旋会及びその後の二回の調停委員会において、被告建物の建築に反対であるとか、右書面上の自己の氏名の抹消に関すること等の発言を全くしなかつたこと、同年一一月二五日における第二回調停委員会の際に、被告の申入れに基づき、最終的な調停案として、(1)当初の設計では被告建物を被告側土地と同土地の北西側に隣接する土地との境界から四二センチメートルの位置に建築することになつていたが、これを五五センチメートルに変更して、被告建物全体を当初の設計より南東側へ一三センチメートル移動する、(2)被告建物の二ないし四階の各階の高さをそれぞれ五センチメートル縮小し、全体で一五センチメートル低くする、(3)被告建物の四階北側部分を奥行0.9メートル、幅5.4メートルの範囲で縮小する、ことが提示され、北側住民は同日右案に同意した(原告倉林も異論を唱えなかつた。)が、最終的な確答は、北側住民の代表者である川島正雄が翌日杉並区に対し電話連絡することになり、同日同人が同区に対し北側住民の意向として右調停案を了承する旨電話連絡し、これによつて基本的な事項については調停が成立したこと、その後付随事項について同区において調整が行なわれ円満に合意が成立したこと、右のような調停、調整を経た後に被告は昭和五六年一二月中旬被告側旧建物を取り壊して被告建物の建築に着工し、同建物が昭和五七年暮か昭和五八年初めに完成したこと、右建物は建築基準法その他の法令上問題のない建物であることが認められる。
原告らは、被告が原告らの反対を無視して被告建物の建築工事の着工を強行して同建物を完成させた旨主張し、原告倉林は、杉並区の建築課の職員に対し、被告建物を建てることについて反対する旨電話連絡した旨供述しているが、同原告の供述どおりであるとするならば、同区における調停委員会に関する記録中に右電話連絡についての記載がなされているはずであるにもかかわらず、右記録である乙第四号証にはそのような記載は全くないのであつて右原告の右供述は直ちに信用することはできず、他に原告ら主張の前記事実を認めるに足りる証拠はない。
2 ところで、<証拠>によれば、原告倉林土地の所在する近隣地域は、地下鉄丸の内線の「中野富士見町」駅の南西方向約六五〇メートルに位置し、一般住宅、アパート、小工場の混在した地域であることが認められ、また、人口過密の東京都の区内においては建築物が高層化せざるをえない状況にあること、前記のとおり被告建物は四階建てであるのに対し、原告倉林建物の東側には被告建物の建築以前から既に六階建てのマンション「東洋開発杉並コーポ」が存在していること、被告建物の建築に関し被告は北側住民と円満に解決を図つたうえで工事に着手したのであつて、不当であると思われる点がないことを総合考慮すれば、被告建物の建築による原告倉林建物について及ぼす前記程度の採光や通風の悪化及び圧迫感をもつてしてもいまだ原告らの受忍限度を越えたものということはできないのであつて、その余の点について判断するまでもなく原告らの主張は失当である。
四よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(篠田省二 梅津和宏 寺内保恵)
(別紙) 物件目録<省略>