東京地方裁判所 昭和57年(ワ)655号 判決 1984年8月08日
原告
片岡利明
右訴訟代理人
安田好弘
被告
国
右代表者法務大臣
住栄作
右指定代理人
大沼洋一
外四名
主文
一 被告は、原告に対し、金三〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
事実《省略》
理由
一請求原因1及び3の事実<編注・原告が東京拘置所に勾留されていること及び新聞閲読不許可の処分を受けたこと>並びに同2の事実のうち原告が朝日新聞を定期購読していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は、裁判上及び学習上の資料とするため右定期購読をしていることが認められる。
そこで、以下、本件各処分が適法なものであつたかどうかについて検討する。
二本件各処分の違憲性について
1 原告は、閲読制限規定は、憲法一三条、一九条、二一条、二三条に違反すると主張する。
しかしながら、閲読制限規定が右二三条を除くその余の規定に違反しないことについては、昭和五八年六月二二日最高裁判所大法廷判決が判示するとおりであり、原告が学習の目的で新聞の定期購読をしていたとしても、その制限が憲法二三条に違反するものではないことについても同一に解せられる。
原告のこの点に関する主張は、理由がない。
2 次に、原告は、本件各処分がなされるについて、個別的に告知、聴聞の手続を経なかつたこと(このことは当事者間に争いがない。)は、憲法三一条に違反すると主張する。
しかしながら、憲法三一条は、その規定の位置及び沿革から、主として刑罰を科する場合に法定の手続が必要である旨を規定するものであると解されている。
本件各処分は、勾留目的の達成並びに東京拘置所における規律及び秩序の維持のため、同所長によつてなされる行政処分の性質を有するものであつて、後記三のとおり、本来、右処分をするに際し、同所長の裁量的判断にまつべき点が少なくないものである。そして、後記六、1、(一)、(二)のとおりの物理的、時間的制約の下になされるのであるから、閲読制限規定によつて制限の基準を設け、右基準に従つて各処分がなされ、また、同(四)の事実から原告も前記目的の下に新聞記事の抹消処分がなされる場合があることを知つていたと認められる以上、各処分に際し、個別に原告に対し告知、聴聞の手続をとらなかつたとしても、これが憲法三一条に違反するものではないというべきである。
この点に関する原告の主張も、理由がない。
三本件各処分が適法であるかどうかの判断基準
閲読制限規定の具体的適用にあたり、当該新聞紙の閲読を許すことによる監獄内の規律及び秩序の維持に放置することのできない程度の障害発生の相当の蓋然性(以下「障害発生の相当の蓋然性」という。)があるかどうか、及び右障害を防止するためにどのような内容、程度の制限措置が必要と認められるかについては、監獄内の実情に通暁し、直接その衝にあたる東京拘置所長による個々の具体的状況下における裁量的判断にまつべき点が少なくないから、障害発生の相当の蓋然性があるとした同所長の認定に合理的根拠があり、その防止のために当該制限措置が必要であるとした判断に合理性が認められる限り、同所長の右措置は適法というべきである(前掲最高裁判決)。
四東京拘置所における管理・保安状況
<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 本件各処分当時の東京拘置所の収容者数
(一) 昭和五六年二月八日当時、同所の収容者総数は一六九九名、その内訳は、刑事被告人一〇九二名、受刑者六〇七名であり、それらの中には、いわゆる「連合赤軍事件」「連続企業爆破事件」「土田邸爆破事件」「成田管制塔襲撃事件」等の特殊公安事件関係者五〇名が含まれていた。そして、同所では右収容者の一割前後の数の職員が収容者の戒護を担当していた。
(二) 原告が収容されている同所第三区には、二五七名の刑事被告人が収容されており、その中には、原告を含む特殊公安事件関係者三五名が含まれていた。
2 同所における在監者組織
同所においては、当時、在監者の一部によつて「獄中者組合」、「共同訴訟人の会」及び「日本死刑囚会議」という三つの組織が結成され、活動していた。
(一) 「獄中者組合」
(1) 右組織は、昭和四九年三月に「監獄解体」をスローガンとし、在監者の待遇改善、人権擁護、在監者の自立と解放等を目的として結成されたものであるが、その準備段階においては、「階級闘争の戦列の強化」あるいは、一斉の規律違反による規則撤廃を活動方針としていた。
(2) その活動は、獄外の支援組織である「救援連絡センター」の支援の下、日常的に、あるいは昭和四九年一一月以降毎年春秋二回行われる「獄中獄外統一行動日」等に、右外部の支援組織と呼応して組織的に、後記のような対監獄闘争行為を繰り返し、また「氾濫」「獄中獄外通信」といつた機関誌を発行し、右機関誌その他パンフレット、信書等を用いて他の在監者に対する勧誘を行うというものであつた。
(3) さらに昭和五六年三月ころには、「共同訴訟人の会」との統一の動きが生じ、同年七月二一日には、同会と共同して「八一年前期獄中獄外統一闘争」を行つた。
(二) 「共同訴訟人の会」
右組織は、昭和五一年に、「獄中者解放、監獄解体」に向けて共同訴訟その他あらゆる闘争を組織することを活動方針として結成され、共同訴訟を含む対監獄闘争行為を行い、「獄中者組合」の対監獄闘争行為に同調することもあつた(同組織と共同して「八一年前期獄中獄外統一闘争」を行つたことは前記のとおりである。)。
(三) 「日本死刑囚会議」
右組織は、昭和五五年九月に、死刑囚による死刑廃止運動を目的として結成され、その主な活動は、機関誌の発行及び回覧形式の手紙による会員相互の親睦を図ることである。
右組織については、他の二つの組織とは異なり、組織として対監獄闘争行為を行つていたと認めるに足りる証拠はない。
3 同所における「対監獄闘争」の状況
(一) 同所における「対監獄闘争」は、「獄中者組合」、「共同訴訟人の会」の構成員を中心として、同所内において起床拒否、点検拒否、シュプレヒコール、房扉乱打、ハンスト、作業拒否、出廷拒否、各種不服申立てなどの対監獄闘争行為を繰り返し、また定期的に、外部の支援者と呼応して「獄中獄外統一行動」と称し、外部の支援組織において、スローガンを掲げ、在監者に対し、差入れのパンフレットあるいは面会等を通じて数回にわたり右統一行動への参加を呼びかけ、右「統一行動日」には、同所周辺で宣伝カーによる宣伝活動あるいは多数の支援者による在監者に対する一斉の面会申込みを行い、同所内において、右支援組織の活動に呼応して、組織的に起床拒否、点検拒否、シュプレヒコール、房扉乱打、ハンスト、作業拒否、出廷拒否などの対監獄闘争行為を行うという状況であり、昭和五四年以降本件各処分当時までになされた統一的「対監獄闘争」の状況は別紙「統一行動」等一覧表記載のとおりである。
(二) 同所在監者に対する「対監獄闘争」参加への働きかけ及び指示連絡は、外部の支援者による面会、信書、パンフレットの差入れ、同所周辺におけるデモ等の宣伝活動の際の拡声機使用等によつてなされた。在監者相互においても、直接の信書、文書等の送付、同所内におけるシュプレヒコール、アジ演説によるほか、外部組織を通した信書送付による場合もあり、昭和五六年二月に差し入れられたのは、パンフレットだけでも三五九五点であつた。他の月にはさらに多数の差入れが行われている。
(三) 昭和五五年六月三〇日当時、「対監獄闘争」に共鳴し何らかの活動を行つていた者は、当時の同所在監者総数一六九七名中九二名であるが、そのうち四二名は、いわゆる一般刑事犯であり、これらの者が「対監獄闘争」に参加するについては、前記のような働きかけの影響によるものと考えられる。
(四) 「対監獄闘争」の規模は、収容者数、社会的情勢等により流動的であり、同所においても最も大きな盛り上がりを見せたのは、昭和四五年前後と昭和五一年ころであり、当時は同所内が騒然となることが少なくなかつた。
本件各処分がなされた昭和五六年ころには、「対監獄闘争」は比較的落ち着いた状況であつた(ただし、右当時も「対監獄闘争」が全く沈静化していたわけではなく日常的な対監獄闘争行為や「統一行動」等は続けられていた。)が、その背景としては、同所側において規律違反行為が予想される在監者に対する警備の強化及び対監獄闘争行為に及んだ者に対する隔離措置等の警備体制の強化を図つたことがあげられる。しかし、右のような警備体制の維持には、同所職員の負担の増大を伴つており、その面において一定の制約が存在している。
五原告の動静
<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、いわゆる「連続企業爆破事件」の刑事被告人であり、昭和五四年一一月一二日、東京地方裁判所において、死刑の言渡しを受け、現在、東京高等裁判所に控訴中であるが、東京拘置所入所後は、「共同訴訟人の会」及び「日本死刑囚会議」の中心的メンバーとなつている(以上の事実は当事者間に争いがない。)ほか、「獄中者組合」の機関誌「氾濫」に寄稿するなどして、右組織とも行動を共にしていた。
2 原告は、同所入所後、「対監獄闘争」に積極的に参加して対監獄闘争行為を繰り返し、別紙受罰状況一覧表記載のとおり、規律違反行為によつて懲罰に付され、懲罰に付された回数は合計一〇回に及んでおり、また懲罰に至らない規律違反行為を反復していた。特に、昭和五五年二月一三日から一〇日間、在監者間の物の授受の禁止措置及び発信書の通数制限措置の撤廃並びに同所長の解任を求めてハンストを継続し、同所において、同月二〇日と二一日の両日原告に対し強制医療措置をとらざるを得ないようにした。
3 原告は、「対監獄闘争」の一環として、別紙不服申立て状況一覧表記載のとおり、各種不服申立てを繰り返しており、その回数は合計一一四回に及んでいる。
六新聞閲読制限の方法
1 <証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 東京拘置所においては、昭和五六年二月当時、在監者中の新聞購読者は、朝日新聞について約一〇〇名、読売新聞について約二〇〇名であつた。その他の新聞、週刊誌、月刊誌、単行本、パンフレット、写真等の購入及び差入れは、別紙昭和五六年二月検討概況一覧表記載のとおり合計二万〇五四〇点であつて、それらは同所では通常二名の職員によつて取り扱われていた。右二名の担当職員の一日平均の取扱点数は、一二七八点に前記両紙の各夕刊を加えた数にのぼつている。
(二) 同所における担当職員の作業内容は、別紙新聞紙の取扱いの実情記載のとおりで、午前七時に出勤し、前記両紙の前日の夕刊と当日の朝刊とを検討し、閲読制限規定に基づき閲読の許否を協議のうえ、同所長の決裁を経て、支障となる部分だけをインクで抹消し、午前一〇時ころには当該新聞紙を購読者に交付するという取扱いになつている。
(三) 右の閲読制限は、閲読の許否について、同所における多数の在監者に対して、一律に閲読させることが支障となるかどうかを判断し、支障となると判断された場合には、当該部分を一律に抹消するという方法によつているが、特に個々の在監者との関係でだけ支障となると判断される場合には、個別に抹消するという方法もとられている。
(四) 原告は、昭和五〇年七月二二日、閲読制限措置を承諾したうえ新聞紙等の交付を求める交付願を同所長に対し提出している。
2 次に、右のような一律抹消という処分方法の下における前記適法性の判断基準について検討する。
(一) 閲読制限は、前記のとおり、被拘禁者の性向、行状等の具体的事情のもとにおいて、障害発生の相当の蓋然性が認められることを前提に許容されるものであるが、本件各処分が適法であるかどうかは、当該処分の対象者となつた原告との関係で、右処分が前記基準を満たしているかどうかを判断すべきであり、原告以外の新聞購読者についても一律に右処分がなされているからといつて同所在監者中の新聞購読者一般について前記要件の有無を判断すべきものではない。
(二) また、原告が交付願を提出している点についても、これはあくまで適法な処分について承諾したにすぎないものと解されるのであるから、このことから直ちに本件各処分が原告との関係において適法となるというものではない。
(三) よつて以下においては、原告との関係で、前記本件各処分当時の同所の状況下において、本件各処分が前記適法性の要件を備えているかどうかを具体的に検討することにする。
七本件各記事の具体的内容と本件各処分の適法性の有無
1 分類(一)について
(一) <証拠>を総合すれば、分類(一)の各記事は、イギリスの過激派組織「I・R・A」のメンバーが刑務所において、政治囚としての待遇等を要求してハンストを行い、死者が続出したという事件に関する記事を中心として、いずれも外国の刑事施設において、収容者が特定の政治的目的のため「ハンスト闘争」を展開したことについての記事であることが認められる。
(二) そこで、分類(一)の各記事を閲読させることによつて障害発生の相当の蓋然性があるとした東京拘置所長の判断に合理的根拠があるかどうかを検討する。
(1) 前記四及び五で認定したとおり、ハンストは、東京拘置所において「対監獄闘争」の手段として用いられた経緯があり、原告自身も一〇日間にわたりこれを行つたことがある。そして、これに対する同所側の対応としても、防止、対策が極めて困難である。また、分類(一)の各記事の内容等から明らかなように、最悪の場合には、被拘禁者の死という結果に結びつくものである。
(2) そして、分類(一)の各記事の内容が、監獄内の待遇改善等を目的として、その手段としてハンストが行われたものであることを伝えるものである以上、これを読むことは、
イ 「対監獄闘争」の再発、激化についての精神的契機となるおそれがあり、かつ
ロ 在監者の健康な身柄の確保という点で支障をきたすおそれがある
ものというべきである。
(3) 前掲各証拠によれば、分類(一)の各記事の伝えるハンストと東京拘置所におけるそれとは、政治的歴史的背景を異にするものであることが認められるけれども、前記(1)、(2)に照らして考えると、分類(一)の各記事が伝えるハンストが、監獄内における待遇改善等の要求の手段として用いられたこと及び在監者が行つたものであることが問題なのであり、右の政治的歴史的背景の差異は、同所長が本件各処分をするについての判断の要素とはならないものと言うべきである。
(4) 次に、分類(一)の各記事の具体的内容を見ると大別して次の二つに分類することができる。
イ ハンストの事実を伝えるもの
本件5、14ないし16、21、22、24、26、27、30、37、40、47、49、50、52、55の各記事
ロ ハンストをめぐる社会情勢を伝えるもの
本件1、7ないし13、16ないし18、20、22、23、25、28、35、36、38、41、48、53、56、57、60の内紙面右側の各記事
(5) 分類(一)の各記事のハンストは、いずれも政治的目的をもつて行われたものであるから、その意味では(4)のイ、ロを通じて前記(2)、イのおそれがあるものと認められる。また(4)、イについては、ハンスト実行者が死に至つた例がほとんどであるから、前記(2)、ロのおそれがあるものと認められ、(4)、ロについては、ハンストをめぐる社会の反応が、これだけの記事となるという点で、前記(2)、イのおそれがあるものと認められる。
(6) 以上の点を総合すれば、分類(一)の各記事の閲読を許すことによつて障害発生の相当の蓋然性があるとした同所長の判断には合理的根拠があつたものと認められる。
(三) 次に、処分の必要性に関する同所長の判断に合理性があるかどうかについてみると、
(1) 前掲各証拠によれば、分類(一)の各記事には、記事の一部だけが抹消の対象とされているものと、全部がその対象とされているものとがあり、前者については、いずれもハンストと分る部分だけが抹消の対象とされていることが認められるから、同所長の右処分の必要性についての判断は合理性を有しているものと言うことができる。
従つて以下においては、全部抹消されているものにつき、右合理性の有無を検討することにする。
(2) 全部抹消されているものは、前記(一)、(4)の分類によれば、次のとおりである。
イ について
本件5、14、21、24、26、27、30、37、40、47、49、50、52、55の各記事
ロ について
本件35、36、38、41、53、56、57、60の内紙面右側の各記事
(3) 右によれば、前記(二)、(4)、イについては、全部抹消されたものがほとんどであり、同ロについては、時期的に本件35の記事以降全部抹消となつていることが認められる。
(4) 同イの各記事は、まさに、ハンストの事実を記事全体により伝えるものであり、一部抹消に親しまないのであるから、右の各記事を全部抹消することとした同所長の判断には合理性が認められる。
(5) 同ロについては、「I・R・A」によるハンストの社会的反響が大きくなるに従つて、一部抹消から全部抹消に移行しているものと認められ、前記認定のとおり「対監獄闘争」の規模が、社会情勢等にも影響されることを考えれば、このような社会情勢の変化に対応して、抹消範囲を一部から全部へと拡げる必要性があるとした同所長の判断は合理性を有しているものということができる。
(四) 以上によれば、分類(一)の各記事についての各処分は、いずれも前記適法性の基準を満たしており、同所長の裁量権の逸脱又は濫用の違法があつたとすることはできない。
2 分類(二)について
(一) <証拠>を総合すれば次の事実が認められる。
(1) 分類(二)の各記事の内容は、在監者の自殺又は自傷についての具体的方法を記載した記事である。
(2) 在監者の中には、一般社会から隔離された特殊な環境下に置かれていることから、極些細な刺激によつても精神の平衡を失い、また拘禁生活や刑の執行を免れるため、自殺又は自傷を企図する者が多く、東京拘置所でも在監者の自殺事故の防止は、その処遇において最も神経を使つていたものの一つであつた。
(3) 自殺又は自傷を企図する者の中には、外見上精神不安定な状況が認められなかつた者も多く、またその手段についてもおよそ予想しえないような方法を用いることもあつた。
(4) 原告についても、死刑の言渡しを受けた直後から、精神的動揺が見受けられ、自殺の危険性が高いものとして特別の注意が払われていた。
(二) 在監者の自殺又は自傷については、在監者の健康な身柄の確保という拘禁目的に反することが明らかであるが、右認定事実に照らせば、同じ境遇にある他の在監者が自殺又は自傷を企図したこと及びその具体的方法を知ることを避けさせることは、在監者の受ける精神的衝撃を避け自殺企図の契機を回避するために極めて重要であると認められる。
(三) 右に照らして分類(二)の各記事の具体的内容を検討すると、本件2の記事は、在監者の自殺、自傷に関する報道記事であり、そこには自殺・自傷の具体的方法が記載されていることが認められるのであるから、障害発生の相当の蓋然性があるとしたことには合理的根拠があり、その防止のために右処分が必要であるとした判断には、合理性があると認められる。また本件33の記事は、いわゆる「話題」的なものであり報道記事ではないが、やはり自殺・自傷についての具体的方法が記載されており、この点で障害発生の相当の蓋然性があるとしたことには合理的根拠があり、その防止のために右処分が必要であるとした同所長の判断には合理性があると認められる。
(四) なお、右判断にあたつて重要な要素となるのは、自殺・自傷の具体的方法を記載した記事が在監者である原告の目にふれることにより原告が受ける精神的衝撃であり、原告において当該方法を模倣するおそれがあるか否かということは、右判断要素には含まれないものと言うべきである。
(五) 以上によれば、分類(二)の各記事についての各処分は、いずれも前記適法性の基準を満たしており、同所長の裁量権の逸脱又は濫用の違法があつたとすることはできない。
3 分類(三)について
(一) <証拠>を総合すれば、分類(三)の各記事は、その内容において次の三つに分類することができるものと認められる。
(1) 刑事施設収容者の逃走に関する具体的方法等を記載した記事(本件3、4、29、39の各記事)。
尚、本件60の内紙面中央の記事も、右範ちゆうに含まれるものであるが、後記のとおり右記事は本件59の記事の関連記事であると認められるから、これは分類(五)の各記事と併せて検討することとする。
(2) 「日本赤軍」のリーダー重信房子の会見記(本件42の記事)及び右会見の内容を掲載している旨の週刊誌「朝日ジャーナル」の広告記事(本件44、45、51の各記事)。
(3) 『連合赤軍の「誘拐計画」に狙われた島津貴子さんの「条件」』と題する記事を掲載している旨の週刊誌「週刊新潮」の広告記事(本件58の記事)。
(二) (一)、(1)の各記事の各処分について
(1) <証拠>を総合すれば、刑事施設収容者は、一般に、監獄拘禁という一般社会から隔離された特殊な環境下におかれていることから、右拘禁生活や刑の執行を免れるため、逃走を企図し実行に移すおそれが高いことが認められ、また、特に第一審において死刑の言渡しを受けた者は、一般的には右逃走のおそれがより高度に存するものと言うことができる。
(2) 原告自身についてみれば、原告は、いわゆる政治犯であるから、第一審において死刑の言渡しを受けた一般刑事犯に比べれば、右一般的な逃走のおそれは比較的低いものとも考えられる。
しかしながら、他方、
イ <証拠>によれば、原告は、「獄中者組合」の機関誌「氾濫」に、「東アジア反日武装戦線獄中戦士」の肩書で投稿した際に、未だ革命遂行の意思を強固に有していることを表明しつつ、東京拘置所に収容されていることによる革命遂行の一定の限界を自ら認めていることが認められるのであつて、右投稿の「壁は越えられるためにある」という記載からも認められるように、一般刑事犯とは異なつた意味において、逃走を企図し、実行に移すおそれがあつたものと考えられる。
ロ また<証拠>によれば、過去において、「日本赤軍」によつて、原告が所属している過激派グループ「東アジア反日武装戦線「狼」グループ」のメンバーが獄中から「奪還」された事実があり、かつ右組織も活動を継続していたことが認められ、右事実に照らせば原告は、右メンバーらと共に右組織の活動に参加するため逃走を企図し、実行に移す心理的要因をもつていたものと認めてよい。
ハ さらに、原告が積極的に参加、遂行している「対監獄闘争」は、そのスローガンとして「監獄解体、獄中者の解放」を掲げているが、右スローガンが、必ずしも同所からの逃走に直結するものとは言えないものの、<証拠>によれば、「対監獄闘争」もその極限状態においては、多数の在監者の脱走に結びつきうるものであることが認められるのであるから、この点においても原告の逃走のおそれは基礎づけられるものと言うことができる。
(3) 前記(一)、(1)の各記事は、逃走の具体的時期、方法等を記載しており、その時期と方法如何によつては逃走が可能であることを示唆するものであるから、右のような各記事を、逃走のおそれが認められる原告に閲読させれば、原告において、右各記事を契機として、逃走を企図し、実行に移すおそれが高度に認められるものと言うべきである。
(4) 従つて、前記(一)、(1)の各記事について、障害発生の相当の蓋然性があるとしたことには合理的根拠があり、その防止のために各処分をすることが必要であるとした同所長の判断には、合理性があると認められる。
(5) 尚、同所長の右判断にあたつて重要な要素となるのは、右各記事が具体的に逃走が可能であることを示唆していることそのものが原告において逃走を企図し、実行に移す契機となるという点であり、右各記事に記載された方法自体を原告が模倣するおそれがあるかどうかという点は、右判断要素には含まれないものと言うべきである。
(6) 以上によれば、前記(一)、(1)の各記事についての各処分は、いずれも前記適法性の基準を満たしており、同所長の裁量権の逸脱又は濫用の違法があつたとすることはできない。
(三) (一)、(2)の各記事の各処分について
(1) 前掲各証拠によれば、本件42の記事は、昭和五二年のいわゆる「ダッカ事件」以降表立つた活動をしていなかつた「日本赤軍」のリーダー重信房子が、「朝日ジャーナル」編集者との会見において、「ダッカ事件」によつて「奪還」した刑事被告人らと行動を共にしていること及び未だ武装闘争の意思を放棄していないこと等を語つたというものであること、本件44、45、51の各記事は、右会見の内容を掲載している旨の「朝日ジャーナル」の広告記事であるが、これらの広告記事には、いずれも副題がついており、右副題を見れば、その掲載記事の内容のあらましが分るものであることが認められる。
(2) <証拠>によれば、「日本赤軍」と原告の所属する「東アジア反日武装戦線「狼」グループ」(以下「狼グループ」という。)とは、以前からその闘争につき相互に支持、批判を繰り返していたが、「日本赤軍」において、昭和五〇年八月のいわゆる「クアラルンプール事件」において「狼グループ」の佐々木規夫を、昭和五二年一〇月のいわゆる「ダッカ事件」において同じく大道寺あや子、浴田由紀子を、それぞれ「奪還」したという経緯があり、昭和五五年一月には「狼グループ」に対して言い渡された死刑判決に対する抗議及び獄中の右グループのメンバー(原告もこれに含まれていること前記のとおりである。)の「奪還」をほのめかす声明を発していることが認められる。
(3) 原告が、「東アジア反日武装戦線獄中戦士」を名乗り、未だに革命遂行の意思を強固に有していることは前記のとおりであるから、原告に、その所属する「狼グループ」と右のように緊密な関係にある「日本赤軍」のリーダー重信房子の動静を知らせることは、原告にとつて、東京拘置所における「対監獄闘争」をより一層積極的に遂行することについての精神的な支えとなるものと認めてよいし、原告が前記のとおり「対監獄闘争」について積極的に参加、遂行してきた経緯に照らせば、同所における「対監獄闘争」の激化の要因となるものと認めることができる。
(4) 従つて、前記(一)、(2)の各記事について障害発生の相当の蓋然性があるとしたことには合理的根拠があり、その防止のために右各処分が必要であるとした同所長の判断には合理性があると認められる。
(5) 以上によれば、前記(一)、(2)の各記事についての各処分は、いずれも前記適法性の基準を満たしており、同所長の裁量権の逸脱又は濫用の違法があつたとすることはできない。
(三) (一)、(3)の記事の処分について
(1) 本件58の記事の内容は前記(一)、(3)のとおりであり、右広告記事に記載された「連合赤軍」は、過激派組織の一つではあるが、本件処分当時、組織としてはすでに存在しておらず、また「日本赤軍」の場合と異なり、原告及び原告の所属する「狼グループ」とのつながりも認められない。
(2) また、右広告記事によれば、「週刊新潮」に掲載されている記事は、その内容において、右「連合赤軍」の動向を中心として伝えるというものではなく、むしろ、「連合赤軍」に狙われたとする「島津貴子さん」についての記事が中心であるものと推認することができる。
(3) 従つて、原告が本件38の記事を閲読したとしても、それにより、「対監獄闘争」等原告による同所の規律及び秩序を乱す行為の激化の契機となつたりあるいは原告において逃走を企図し実行に移す契機となるものとは認められず、右記事につき障害発生の相当の蓋然性があるとした同所長の判断には合理的根拠があつたものとは認められない。
(4) 以上によれば、本件58の処分は、同所長の裁量権を逸脱した違法なものであると言わざるを得ない。
4 分類(四)について
(一) <証拠>を総合すれば、本件6、19の各記事は、東京拘置所在監中の確定死刑囚が冤罪を主張し、再審請求をしているという記事とその関連記事であること、本件43の記事は、「白バイ」に盗難車を衝突させ、乗つていた警察官を轢過しようとした事件について起訴されていた同所在監中の刑事被告人が、懲役一〇年の判決の言渡しを受けたという記事であること、右各記事において抹消の対象となつたのは、右各同所在監者の氏名及び6の記事中の写真であることが認められる。
(二) <証拠>によれば、拘置所という一般社会から隔離された施設における集団拘禁体制のもとにおいては、相互に他の収容者の犯罪行為の内容、刑責等を知ることによつて、情報交換、罪証隠滅を図つたり、或いは、そのような具体的行動に出ないまでも、種々の軋轢が生ずることが予想される等、施設の管理上障害が発生するおそれがあることが認められるのであるから、勾留の目的に沿いながら施設の収容者の共同生活を円滑に進めていくためには、相互に接触する可能性が高い収容者の間において、誰がどの様な内容の犯罪によつてどれだけの刑責に問われたのかを知ることができないようにしておくことが必要であるものと考えられる。
また、原告は「対監獄闘争」を積極的に遂行しているのであるから、原告に対し、同所内で接触する可能性の高い在監者の氏名等を知らせることは、原告による右在監者に対する直接かつ効果的な「対監獄闘争」参加への勧誘のきつかけを与えることになり、ひいては「対監獄闘争」の拡大、激化につながるおそれがあるものと認められる。「対監獄闘争」参加への勧誘が、在監者相互間だけでなく、外部の支援組織によつてもなされていることは、氏名等の抹消を無意味にするものではない。
(三) 右の観点から本件43の処分についてみると、<証拠>によれば、東京拘置所においては、収容者の処遇は原則として独居拘禁であるが、同所の職員及び施設の数の面等における制約から、同じ階に収容されている在監者を集団として処遇する場合があること、及び右記事等の在監者は原告と同じ舎房の同じ階に収容されている者であることが認められ、従つて右在監者は、同所において、原告と接触する可能性が比較的高いものと認められる。そうすると右在監者は、原告との関係において、「対監獄闘争」参加への勧誘の対象となりうる者であるから、本件43の記事中、右在監者の氏名を原告に知らせることにより障害発生の相当の蓋然性があるとしたことには合理的根拠があり、その防止のために右氏名部分の抹消処分が必要であるとした同所長の判断には合理性があると認められる。本件43の処分は、前記適法性の基準を満たしており、同所長の裁量権の逸脱又は濫用の違法があつたとすることはできない。
(四) 次に本件6、19の各処分についてみると、
(1) <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
イ 東京拘置所においては、死刑が確定した在監者に対しては、他の在監者より厳重な処遇がなされており、右在監者の親族、弁護士以外の者との面会、信書の授受等は一切許可されていない。
ロ それ故、右在監者が面会場所に連行される際及び診療所で治療を受ける場合等のほかは、右在監者が他の在監者と接触する機会はない。
ハ 本件処分以後において、同所では、抹消基準を変更し、同所在監の死刑確定者の氏名等は抹消の対象から除外している。
(2) 右事実に照らせば、原告と本件6、19の各記事に記載された在監者とが接触する可能性は、皆無とは言えないものの極めて少なく、従つて原告と右在監者との間において「対監獄闘争」参加への勧誘等の具体的行動がなされたり、何らかの軋轢が生ずるなどのおそれは極めて低いものと言わざるを得ない。
(3) また死刑確定者の精神の安定、同所内における名誉保護といつた面から考えても、<証拠>によれば、本件6、19の各記事は、右在監者が冤罪を主張して再審請求しているという内容であるから、その氏名が他の在監者の目にふれたとしても、それにより同人の精神の安定が害されたり、名誉が傷つけられるというものではない。
(4) 以上によれば、本件6、19、の各記事につき障害発生の相当の蓋然性があるとした同所長の判断には合理的根拠があるものとは認められず、右各処分は同所長の裁量権を逸脱した違法なものであると言わざるを得ない。
5 分類(五)及び本件60の内紙面中央の記事について
(一) <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 分類(五)の各記事及び本件60の内紙面中央の記事は、監獄内における殺傷事件及び暴動並びにこれによる秩序の混乱を伝えるものである。
(2) 右各記事は大別して次の三つに分けられる。
イ 東京拘置所内における傷害事件を伝えるもの(本件31の記事)及びその関連記事(本件32、46の各記事)
ロ 外国の刑事施設における殺傷事件を伝えるもの(本件34、54の各記事)
ハ 外国の刑事施設における暴動事件及びそれに伴う収容者の脱走事件を伝えるもの(本件59、60の内紙面中央の記事)
(二) 右認定事実によれば、右イ及びロの各記事については監獄内における生命・身体の安全と集団生活の秩序に関して在監者に不安感を生ぜしめるものであり、また前記認定の東京拘置所内における「対監獄闘争」の状況及び原告がその積極的参加者である事実に照らせば、原告が右各記事の事件を「対監獄闘争」の宣伝手段として利用し、同所在監者の前記不安感をあおることによつて「対監獄闘争」への参加を呼びかけ、ひいては「対監獄闘争」の再発、激化の契機となるおそれがあるものと認められる。
(三) また前記(一)ハの各記事については、「対監獄闘争」の極限的状態においては、多数収容者の脱走につながりうることを示唆するものとして、特に一般刑事犯に対する「対監獄闘争」拡大の手段として用いられるおそれがあるものと認められる。
(四) 従つて以上の各記事について、障害発生の相当の蓋然性があるとしたことには合理的根拠があり、その防止のために右各処分が必要であるとした同所長の判断には合理性がきるものと認められる。
(五) なお(一)、(2)、ロ及びハの各記事は、外国の監獄における事件についてのものであるが、「対監獄闘争」が「監獄解体」をスローガンとして掲げていることは前記認定のとおりであり、そのような「対監獄闘争」の手段として利用されうるという点においては、程度の差こそあれ、国外の事件であつても国内の事件と同様であると考えられる。
(六) 以上によれば、分類(五)及び本件60の内紙面中央の各記事についての各処分は、いずれも前記適法性の基準を満たしており、同所長の裁量権の逸脱、又は濫用の違法があつたとすることはできない。
八原告が被つた損害
1 以上のように、東京拘置所長の裁量権を逸脱してなされたと認められる本件6、19、58の各処分は、いずれも原告の新聞閲読の自由という基本的人権を侵すものであつて、その侵害は重大であり、被告はこれによつて原告が被つた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。
2 そこで損害額の算定に先立ち右各処分の具体的内容について検討すると、次のことが認められる。
(一) 本件6、19の各処分は、右各記事のうち、氏名及び写真だけを抹消したものであり、残余の部分だけでも、右各記事の具体的内容は十分読み取ることができる。
(二) 本件58の記事の抹消部分が「週刊新潮」の広告記事の一部であることは残余の部分から明らかであり、その意味で右抹消部分は一般の報道記事が抹消された場合に比べて重要性は低いものと考えられる。また右抹消された題目による右週刊誌の記事についても右抹消部分を見ただけでは、その具体的内容及び右内容の信憑性の有無について推測することはできないものである。
3 そうすると、右各処分によつて原告が実際に被つた損害は比較的軽微であるものというべきであつて、前記侵害の重大性を考慮しても、右各処分によつて原告が被つた精神的損害に対する慰藉料としては一件について一〇〇〇円、合計三〇〇〇円が相当であると認める。
九以上の次第であるから、原告の本訴請求は三〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文を適用し、仮執行宣言については相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(大城光代 春日通良 團藤丈士)