東京地方裁判所 昭和57年(ワ)6906号 判決 1982年11月30日
原告
草野興産株式会社
右代表者
大野顕
右訴訟代理人
中村健
被告
日商部品株式会社
右代表者
中田敏郎
右訴訟代理人
高桑
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地および建物についてなした浦和地方法務局志木出張所昭和五四年一二月一九日受付第六二七三二号所有権移転登記(共有持分七分の三)の抹消登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、訴外中田芳郎(以下「訴外中田」という)に対し、金一六九五万円の債権(確定判決)を有している。
2 訴外中田は、被告との間で、昭和五四年一二月一〇日同訴外人所有の別紙物件目録記載の土地および建物(以下「本件土地・建物」という)について、それぞれ持分七分の三を、被告に対して負う債務に代えて譲渡する旨の契約(代物弁済契約)をなし、同月一九日、その旨の所有権移転登記をなした。
3 しかるに訴外中田と被告との間には、そもそも債権債務は存しない。
よつて原告は被告に対し、訴外中田に代位して本件土地・建物について、前記代物弁済を原因とする前記所有権移転登記の抹消登記手続をするよう求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2の事実は認め3は争う。
三 抗弁
1 訴外中田は、訴外常磐塗装工業株式会社(以下「訴外常磐塗装」という)を経営していた。
2 被告は、訴外常磐塗装に対し、昭和五二年七月二五日金五五五万九四七〇円、同年八月二四日金五三九万三二二二円、同年九月二六日金六九二万三〇八七円、同年一〇月一九日金二四三万一七〇〇円、同年同月金七〇〇万円合計金二七三〇万七四七九円を貸し渡した。
3 訴外中田は、被告との間で訴外常磐塗装の債務につき、昭和四六年三月二七日、同人所有の本件土地・建物に極度額一五〇〇万円の根抵当権設定契約をなし、同年同月二九日その旨の登記をなした(その後一たん解約し、昭和五二年七月二一日極度額三〇〇〇万円と変更同月二二日その旨登記)。
4 その後、右債権債務の清算に関し、訴外中田と根抵当権者たる被告外一名間で請求原因2のとおりの代物弁済の合意が成立し、その旨の所有権移転登記をなした。
5 しかるに、原告は被告外に対し右代物弁済は詐害行為に当たるとして、昭和五五年一月二五日、右代物弁済契約の取消しと本件土地・建物についての所有権移転登記の抹消を求める訴を当庁に提起(昭和五五年(ワ)第六五二号詐害行為取消等請求事件)したが昭和五六年九月一一日原告の右請求は棄却され原告はこれを不服とし昭和五六年九月二四日東京高等裁判所に控訴(昭和五六年(ネ)第二二六号事件)したが、審理の結果昭和五七年四月二七日右控訴は棄却され、上告の申立をしなかつたので、昭和五七年五月一一日右判決が確定した。
6 ところで右訴訟(以下「前訴」という)では、一審判決の理由中において、本件訴訟における被告の抗弁1ないし4の事実の存在が認定された上、前記代物弁済は被担保債権の範囲内にあるから訴外中田の債権者を害するものではないとの判断がなされた。その後原告は、右控訴審において、訴外常磐塗装(ひいては訴外中田)は被告に対し何らの債務を負つていなかつたとの主張を繰り返すほかは、詐害行為の要件を充足する具体的事実の主張立証をしなかつたため、「本件代物弁済当時、訴外常磐塗装が被告に債務を負つていなかつたとすれば、本件代物弁済は無効であるから原告は詐害行為取消権を有しない」との判断が付加された上、一審判決理由記載のとおりの理由で右本訴請求は棄却(控訴棄却)された。
7 しかるに本件訴訟において、原告は前訴と同様訴外中田と被告との間においては何らの債権債務は存在しないとして抗争するが、右原告の主張は前訴の既判力に牴触するあるいは訴訟上の信義則に反するものとして許されない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁事実1ないし4の事実は否認する。
2 同5ないし7の事実はその主張のとおりの前訴があつたことは認め、その余は争う。前訴は詐害行為取消権の行使であり、本件訴訟は債権者代位権に基づいて被告の所有権移転登記の抹消を求めるものであり両者の訴訟物は異なるから前訴の既判力は本件訴訟に及ぶものではない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1および2の事実は当事者間に争いがない。
二抗弁5ないし7の事実のうちその主張のとおりの前訴が当事者間に係属確定したことは当事者間に争いがない。
三原告は本件訴訟は債権者代位権に基づいて被告の所有権移転登記の抹消を求めるものである以上訴訟物は全く異なるもので、前訴の既判力は本訴訟に及ぶものではないと主張する。確かに既判力の点からみれば原告主張のとおりといえよう。
しかしながら、<証拠>によれば、前訴において原告は訴外中田に対する債権の発生原因事実については主張立証したものの訴外中田の詐害の事実、同訴外人の悪意等詐害行為の要件を充足する具体的事実については何ら主張立証することなく(一審において訴外中田には本件土地・建物以外他に財産がないから本件代物弁済は詐害行為に当たると主張し、控訴審において訴外常磐塗装(ひいては訴外中田)は、被告に対し何らの債務も負担していなかつた(債務不存在)と主張を付加するにとどまる)、専ら被告が本件の抗弁1ないし4と同一の事実の存在を主張・立証したこと、裁判所は被告の右主張につき原・被告提出の書証、被告申請の証人等四名、を取調べる等の実質的審理を尽した上、右被告主張事実をいずれも認定し本件土地・建物を取得した本件代物弁済は被担保債権の範囲内にあるから詐害行為にならないとして更に仮に訴外常磐塗装が被告に債務を負つていなかつたとすれば本件代物弁済は無効であるから、原告はそもそもその取消権を有しない筈であるとして原告の前訴請求をいずれも理由なしとして棄却したことが認められる。
右のように、詐害行為の存否の前提となるべき被告の訴外中田に対する債権関係につき、これを主要な争点として挙証責任を負う被告が主張・立証し攻防を尽したと認められる場合においては、右確定判決の理由中の判断には既判力類似の効力は認められないとしても、確定判決後の後訴において同一当事者が実質的に前訴のむし返しというべき請求や主張の繰り返しをすることは、前訴の勝訴者のもはや決着済みとの合理的な期待と信頼にも反し、その地位を不当に長く不安定な地位におくことになるから信義則上許されないものと解するのが相当である。
しかして弁論の全趣旨によれば、本件において、原告は被告に対し実質的に前訴と同様の主張すなわち被告の訴外中田に対する債権の不存在を理由とする前記代物弁済無効の主張を繰り返すのみであると認めざるを得ないから、このような原告の主張ないし請求は信義則に反するものとして排斥されるべきものと解する。<以下、省略>
(根本久)