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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)7200号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

原告は不法行為に基づく慰謝料として金五〇〇万円を請求した。

【判旨】

一請求原因(一)1ないし3の事実(原告が元○○大学附属病院眼科に勤務していた看護婦であり、被告は同科に勤務する医師であること、原告と被告が原告主張のごとき経緯によつて昭和五三年四月頃肉体関係を持ち、以後昭和五七年に至るまで両者間の情交関係が継続されたこと、その間原告が昭和五五年一二月末までの間に三度にわたつて妊娠し、そのうち一度は流産し、二度は中絶したこと)については当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、右原・被告の交際とその解消に至る経緯に関し、次の事実を認めることができる。

1 原告は、昭和五一年三月に○○○大学附属看護学校を卒業した後、当時、結婚を前提として交際していた男性が埼玉県下に就職したことから、これを追つて上京し、同年八月以降前記○○大学附属病院眼科に勤務したものであり、かつて右男性との間に肉体関係をもつたこともあつたが、同五二年夏頃には、右男性との交際は解消された状態になつていたこと、

2 一方、被告は、昭和五二年五月二日に婚姻し、同月末、前記○○大学附属病院の眼科医局に入局した眼科医師であるが、入局後、指導医から仕事の面でいろいろ面倒みて貰うようにといわれて原告を引合され紹介されたこと、

3 その後、原告は、被告が妻帯者であることを承知していたものの、前記のごとき経緯から被告と肉体関係を持つようになり、前記のとおり被告が藤枝市の病院に勤務している間、藤枝市に出かけて被告方に宿泊したりしていたほか、昭和五五年一〇月頃、被告が沖縄県下の病院に勤務している間にも被告を訪ねる等して被告との情交関係を継続し、右両者の関係は、昭和五七年に至るまで続けられたこと、

4 その間、原告は、被告から妻とはうまくいつていない、いずれは原告と結婚したいというような話を聞き、直ちにそれが実現するものとは思わぬまでも、半ばそれを期待する気持もあつて、妊娠した時には中絶したりして右関係をつづけていたが、昭和五五年頃には、被告との関係を清算するためのきつかけをつくりたいという気持から、被告の妻に電話をして、被告と同じ職場にいた者だと名乗り被告がよく訪ねてくるので気をつけた方がよいのではないかというような話をしたりしたこともあつたこと、

5 しかし、その後も、被告は原告と別れるというはつきりとした態度を示さず両者の関係がつづけられたが、原告は、昭和五七年に至り、自分の年令も三〇才に達したことやそれまでの被告のはつきりとしない態度等も考慮して、被告と別れる決意をし、同年一月末頃、泊りがけで被告と最後のスキー旅行をした後、同年二月六日頃、被告の妻に電話をし、それまでの被告との交際の実情を告げたこと、

6 そして、その後、原・被告間で電話での話合い等が行われた後、原告と被告夫婦が京王プラザホテルで話合うことになり、同年二月二一日、右ホテルで会談が行われたが(争いがない)、その席上、被告は、原告と別れる意向を明確にすると同時に、原告の気持を静める目的で真実は別居する意思はなかつたが、被告夫婦も別居する旨明示したこと、

7 しかし、その後、被告から原告に対し、別居するといつたが両親から被告夫婦が別居することに反対されたため別居できないとの連絡があり、原告と被告が話合つた結果、被告は、同年二月二四日、原告の求めに応じ、「過去四年間に三回の中絶及び心身共に苦痛を与えたことを深く詫び、慰謝料として毎月一〇日までに七万円宛合計三〇〇万円に達するまで支払う」旨記載した書面(原告のいう念書=甲第一号証)を原告に交付し、同年三月一日にはその内金として一五万円を原告の口座に振込んで支払つたこと、

8 しかし、翌二日、被告の子を身ごもつていることが判然としたことから、原告は、同月三日、「分娩予定日は同年一〇月二七日であり、現在の職場は右妊娠のことと被告のことを話して辞めるつもりである、出産は○○大学でするつもりだが、子供については被告の勤務する病院もしくは自宅に電話させて貰う、今となつては右妊娠中の子供が原告にとつて唯一の宝物であり、勇気のない被告を一生責める」旨記載した書面(乙第一号証)を被告の運転する自動車のワイパーのところに挟さんでおくことによつて、原告が被告と別れても出産する意向であることを被告に報らせたこと、

9 そして、その後、原告と被告は、電話で話しあつたところ、被告は、当初、原告の好きなようにすればよいとの態度を示していたが、同月中旬頃からは、被告の父が原告の右妊娠の事実を知り立腹しているので中絶して欲しいとの態度を示しはじめ同月二〇日頃には、原告方を訪れて、原告主張のごとく申向けて中絶を強く求めるに至つたこと、

10 原告は、被告の右言動を見聞して、出産の決意をにぶらせ、同月二四日には妊娠中絶の手術をうけたが、その後間もなく被告から妻と離婚する意思はないことを明確にされたこと、

以上の事実が認められ、<証拠判断略>。なお、原告のいう念書(甲第一号証)が被告主張のごとき脅迫の下に作成されたことについては、これを認むべき証拠はない。

以上の事実によれば、他に特段の事情が主張、立証されない限り、原告は、昭和五七年三月初め妊娠が確認された時点では、被告との関係を解消して別れるが、子供は出産する意向であつたと認めるのが相当であり、右認定を左右するに足る証拠はない。

二そこで、右認定の事実に照らし、原告主張の不法行為の成否について検討するに、原告と被告が肉体関係をもち、かつ、その情交関係を継続した経緯は前示のとおりであつて、その間の出来事は、しよせん互に好意を持ちあつた者同志の合意ないし自からの自由な判断に基づくものであつたというのが相当であり、そのこと自体、当然に原告に対する不法行為を構成するものということはできない。もつとも、右交際の期間中、被告が、原告に対し、妻と離婚して原告と結婚する意思があるかのごとき言動をしたことがあると認むべきことは前示のとおりであり、それが原告に前記情交関係を継続させる一因になつていることは否定しえないとしても、原告自身、被告と肉体関係を結ぶ以前から被告が妻帯者であることを充分承知し、たやすく被告と結婚できる立場にないことを認識して情交関係を結んだものであるというべきであるから、たとえ、被告が原告との交際の過程で原告に対し結婚への期待を抱かせるような言動をし、それが実現されなかつたとしても、そのことの故に、当然に原告に対する不法行為が構成されるということはできない。

しかしながら、原告が被告との前記情交関係を解消して別れることを決意し、原・被告間でそのことを合意した後、原告が被告の子を出産しようとしていることを知つた被告において、右出産を避けるため、真実は妻と別れて原告との情交関係を復活したり結婚したりする意思がないのに、あたかもその意思があるような態度を示し、それを理由に原告に中絶を求めるのは、たとえ、それが原告が被告の子を出産することを望まぬ周囲の者に反対された結果やむなく行つたものであるにせよ、とうてい許されるべきことではないというのが相当であり、これによつて原告に対し精神的苦痛を与えた点において、被告は、原告に対する不法行為責任を免れないというのが相当である。

そして、これに対する慰謝料は、本件にあらわれた前示諸般の事情を総合考慮すると、二五〇万円をもつて相当とするというべきである。

三しかるところ、被告は、原告の本訴請求は不法原因給付の規定の精神に照らして許されない旨抗弁するので、この点についてみるに、原告と被告の情交関係が現行婚姻制度のもとで法的に承認されるべきものではなく、現今の世間一般の倫理思想からみて許されないと評されるものであることは否定し難いところであるから、被告の右主張はあながち理由のないものではないというべきである。

しかしながら、ひるがえつて考えてみるに、被告はとりもなおさず自から右情交関係を結んだ一方の当事者にほかならず、元来、自から右のごとき関係を清算すべき立場にあつた者であるのに、原告が被告の子供を出産しようとしているのを知るや、これを阻止するため、被告との右情交関係を清算しようとしている原告に対し、真実はその意思がないのにあたかもその意思があるかのごとき態度を示して前示のごとく申向け、結局、原告をして中絶に応ぜしめたものであり、その許されるべきでないことは前示のとおりであるから、原・被告間における不法性を比較すれば、被告の方が著るしく大きいと評するのが相当である。原告に前示のごとき不法性があるからといつて、被告に対する損害賠償請求を許されないものとするのは、いささか酷にすぎるというべきである。

よつて、被告の右抗弁は、採用できない。 (上野茂)

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