東京地方裁判所 昭和57年(ワ)8340号 判決 1985年11月22日
原告
大崎よし
原告
小森千恵子
原告
千葉友美
右三名訴訟代理人
加藤了
被告
日本火災海上保険株式会社
右代表者
川崎七三郎
右訴訟代理人
神田洋司
同
弘中徹
同
溝辺克己
同
今井誠一
同
藤澤秀行
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告大崎よしに対し、五八五万円、原告小森千恵子、同千葉友美に対し、各一一七万五〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五七年七月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日 時 昭和五六年一二月二六日午前二時四〇分ころ
(二) 場 所 千葉県市川市新井一丁目二七番四号付近路上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 事故車輛 普通乗用自動車(横浜五八せ四六―二四号)
右運転者 訴外羽二生利春(以下「羽二生」という。)
(四) 事故態様 羽二生がその運転する事故車輛の助手席に亡大崎栄一(以下「亡栄一」という。)を同乗させて本件事故現場道路を進行中、亡栄一は、助手席に坐つた状態で助手席側窓から外部に頭部を出していたため、その頭部を進路前方道路左側に駐車中の訴外高橋運送有限会社(以下「高橋運送」という。)保有の大型貨物自動車(足立き一一〇五号)の荷台右後部付近に衝突させ、頭蓋骨々折、脳挫滅等により即死した(以下右事故を「本件事故」という。)。
2 保険契約の締結と保険金請求権の取得
(一) 羽二生は、昭和五六年九月一二日、被告との間で事故車輛につき保険期間を昭和五六年九月一二日から昭和五七年九月一二日とし、対人賠償一名につき七〇〇〇万円、搭乗者傷害一名につき七〇〇万円などとする自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
(二) 本件保険契約の内容については、自家用自動車保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)の定めるところによるものとされているが、同約款第四章搭乗者傷害条項第一条には、被告は、被保険自動車の「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」(被保険者)が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被つたときは、搭乗者傷害条項及び一般条項に従い、保険金を支払う旨の規定がある。
(三) 亡栄一は、右約款第四章第一条所定の「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当し、被保険自動車の運行に起因する事故により死亡したものであるから、同人は、本件保険契約に基づき被告に対し被保険者として、七〇〇万円の保険金を請求することができる。
3 保険金請求権の相続と被告の責任
大崎富蔵(以下「富蔵」という。)及び原告大崎よし(以下「原告よし」という。)は亡栄一の両親であり、他に亡栄一の死亡当時、同人の相続人はいなかつたから、被告は、本件保険契約に基づき富蔵及び原告よしのそれぞれに対し、三五〇万円の保険金を支払う責任が生じた。
4 弁護士費用
富蔵及び原告よしは、前記のとおり被告に対し合計七〇〇万円の保険金請求権を取得したので、昭和五七年二月ころ、被告に対し、右保険金の支払を請求したが、被告は右保険金の支払義務を否定してその支払を拒絶したため、富蔵は弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、着手金と成功報酬として合計一二〇万円を支払う旨約したが、被告の右保険金の支払拒絶は不当抗争というべきであるから、被告は、富蔵に対し、右不当抗争に基づく損害賠償として一二〇万円を支払うべき責任が生じた。
5 富蔵の死亡と権利の承継
ところが、富蔵は、本訴提起後の昭和五九年四月五日死亡し、その妻である原告よし及び富蔵の子である原告小森千恵子、同千葉友美が富蔵の取得した右三五〇万円の保険金請求権と一二〇万円の弁護士費用請求権を法定相続分(原告よしは二分の一、その余の原告は各四分の一宛)に従い、それぞれ相続した。
6 結 論
よつて、被告に対し、原告よしは五八五万円、原告小森千恵子、同千葉友美は各一一七万五〇〇〇円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年七月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、原告ら主張の日時、場所において亡栄一が死亡したことは認めるが、亡栄一が本件事故車輛の助手席に同乗していたことは否認する。
2 同2の(一)、(二)の事実は認めるが、同(三)の主張は争う。
3 同3の事実中、富蔵と原告よしが亡栄一の相続人であることは認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。
4 同4の事実中、被告の富蔵及び原告よしに対する保険金の支払拒絶が不当抗争であることは否認し、その余は不知。
5 同5の事実中、原告らがその主張の保険金請求権及び弁護士費用請求権を相続により取得したことは否認する。
6 同6の主張は争う。
三 被告の主張
1 亡栄一は、昭和五六年一二月二六日午前二時三〇分ころ、お好み焼屋・スナックバー・ラーメン屋などで飲食したあと、ともに飲食していた羽二生運転の事故車輛の助手席に同乗したのであるが、本件事故現場手前約三〇〇メートルの地点あたりから右車輛の助手席の窓から上半身を外側に出し、開いた窓ガラスの下部窓枠に腰を掛け、顔は進行方向の運転席を見るような姿勢で乗車していた(いわゆる「箱乗り」の状態、別紙見取図参照)ため、進路前方道路左側に駐車中の大型貨物自動車の荷台右後部に頭部を衝突させたものである。もつとも、亡栄一の頭部は、右大型貨物自動車の地上から約一・三メートル付近に衝突したものとみられるが、亡栄一は、上半身を思い切り窓から外側にはみ出し、頭部を事故車輛の上部の高さ(事故車輛の高さは約一・三九メートルである。)ぐらいにまで下げていたと推察することができるから、亡栄一の頭部の衝突個所が地上から一・三メートル付近の高さであることは箱乗りの事実を否定するものではないし、また、亡栄一が事故車輛の助手席で死亡していたとしても、衝突の際車内に押し込むような方向で力が加つたため、身体が助手席に残つたものであるから、亡栄一の衝突後の状況も箱乗りの事実を否定するものとはなりえない。
2 本件約款第四章第一条所定の「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」とは、運転者あるいは同乗者が動揺・衝撃等により車輛から転落・転倒することなく安全な乗車を確保できるような構造を備えた場所(運転席・助手席)に安全を確保できるような方法で乗車している者を指すものであつて、箱乗りをしている者は、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」には該当しない。
もつとも、亡栄一が助手席の窓から上半身を外部に出していても、助手席に足・腰をつけていたから、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当するという考え方もないではないが、そもそも乗車用構造装置の用法に従つて乗車することが右にいう搭乗であるうえ、搭乗者傷害保険であつても、事故の発生度の非常に高い危険な方法で乗車した者にまで保険金を支払う趣旨ではないから、亡栄一のように助手席の窓から上半身を外側に出して乗車している者は「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しないものというべきである。
3 よつて、被告は、亡栄一の死亡について搭乗者傷害保険金の支払義務はない。
四 被告の主張に対する原告らの反論
1 亡栄一は、事故当時助手席側窓から外部に頭部と胸部を出していたが、箱乗りをしていたわけではない。すなわち、亡栄一の頭部が大型貨物自動車と衝突した個所は地上から一・三メートルの位置であるが、亡栄一が助手席の側窓に腰をかけていたとすれば、事故車輛の地上から側窓下辺までの高さは〇・九五五メートルであり、亡栄一の座高は〇・八九メートルであつて、亡栄一の頭部は右衝突位置より〇・五四五メートル高くなり、衝突部位と明らかに食い違うことになるからである。また、亡栄一が不安定な箱乗りをしていたとすれば、衝突により車外に放り出されたはずであるが、亡栄一は助手席に座つたまま死亡していたのであるから、箱乗りしていなかつたというべく、亡栄一は、飲酒していたので、吐気をもよおす等気分を悪くしたため、頭部、胸部を助手席の側窓から外に出していたにすぎないのである。
2 本件約款第四章第一条にいう「搭乗中」とは、自動車室内の座席に乗るために、手足または腰などをドア、床、ステップ、座席にかけた時から、降車のために手足または腰などを右用具から離し、車外に両足をつける時までの間をいうものと解され、また「乗車用構造装置のある場所」には、車のドア、床、ステップ等も含まれると解されるから、箱乗りであつても、上肢、下肢等の一部を右場所に接して乗車している者は、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当するというべきであるし、本件では、亡栄一の下半身がほとんど助手席にあつて、暴走族のような危険な姿勢で乗車していたわけではないから、被告の免責を認めることは相当でない。
また、搭乗者傷害保険は、傷害保険であつて賠償責任保険ではないから、保険者の免責は、暴走族、シンナー遊び等不良交友族のような反社会的行為及び不可抗力に限定されるべきである。
第三証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実中、原告ら主張の日時、場所において亡栄一が死亡したことは、当事者間に争いがない。
二そこで、亡栄一の本件事故の際の乗車態様について判断する。
1 <証拠>を総合すれば、亡栄一は、昭和五六年一二月当時砂糖会社にパートとして働いていたが、同月二五日夜、定時制高校当時の友人であつてともに中退した羽二生や顔見知りの桑原泰司(以下「桑原」という。)、相馬修一(以下「相馬」という。)及び中川由美(当時一六歳)らと忘年会を催すことになり、午後九時半ころ近くのお好み焼屋「みかさ」に集まり、ともにビール六本位飲んだこと、その後一同は、羽二生と桑原の運転する自動車に分乗して行徳駅前のスナック「ゴールド」に赴き、水割りなどを飲んだのち更に二台の自動車に分乗してラーメン屋「えぞふじ」に赴き、ともにビール、ハイボールなどを飲んだこと、しかし夜も更けて翌二六日午前二時半もすぎたので、解散して帰宅することになつたが、まず相馬を自宅まで送り届けるため羽二生運転の本件事故車輛の後部座席に相馬が、助手席には亡栄一が同乗し、同車は後続する桑原運転の車とともに、県道市川・浦安線を市川市末広方面から今井橋方面に進行し、相之川交差点を右折したのち、相之川方面から浦安市猫実方面へ左折進入したが、その頃、亡栄一は同乗していた本件事故車輛助手席側窓を全開し、靴を脱いで座席にあがつたうえ、腰をそのドアの下の窓枠に乗せ、上の窓枠付近を両手で掴んだまま上半身を仰向けにして助手席側窓から斜め上方向に車外に乗り出し箱乗りをしていたところ、進路前方道路左側に駐車中の大型貨物自動車の荷台後部付近に頭部を衝突させ、頭蓋骨骨折、脳挫滅等により即死したことが認められる。
2 右の認定の点について、甲第五号証の事故発生状況報告書によれば、事故車輛を運転していた羽二生は、亡栄一が助手席で窓を枕にして車外に頭を出して眠つていたところ駐車中のトラックのテイルランプに激突して即死したと報告した旨記載されているが、右報告内容は、前掲乙第一六号証(羽二生の検察官に対する供述調書)の記載及び証人羽二生の証言に照らして、たやすく信を措き難く、また、前記認定に反するがごとき原告大崎よし本人の供述は、証人相馬、同桑原及び同羽二生の各証言と対比して、にわかに採用することはできない。
また、<証拠>によれば、亡栄一の座高は約八九センチメートルであること、<証拠>によれば、本件事故車輛と同一の型式のトヨタのE―MX四一型車輛の車体の高さは一三九センチメートルで、地上から窓枠下辺までの高さは九五・五センチメートルであること、<証拠>によれば、亡栄一の頭部の衝突した個所は、高橋運送保有の大型貨物自動車の地上から約一・三メートルの荷台後部付近であること、がそれぞれ認められる。したがつて、仮に、亡栄一が事故車輛の側窓に腰かけて背筋を伸ばして乗車していたとすれば、頭部を右大型貨物自動車の地上から約一・三メートルの荷台後部付近に衝突させるということは、経験則上起りえないということになろう。
しかし、亡栄一は、前記1に認定したとおり、腰を事故車輛の窓枠に乗せ、上の窓枠付近を両手で掴んだまま、上半身を仰向けにして車窓から斜め上方向に車外に乗り出していたことに照らし考えると、事故車輛の窓枠下辺までの高さと亡栄一の座高を加算した一八四・五センチメートルの高さと、亡栄一の頭部が衝突した前記大型貨物自動車の荷台後部付近の地上からの高さ約一・三メートルとの間に五〇センチメートル以上の齟齬があることも前記1の認定を妨げる事情とはなし難い。
更に、<証拠>を総合すると、本件事故現場付近で異常な音がして事故車輛の後部席左側の窓ガラスが割れたことに気付いた相馬の指示によつて羽二生が事故車輛を停止させた際、亡栄一は車外に放り出されることなく、助手席側から上半身を出したままぐつたりして顔面血だらけの状態であつたことが認められるが、上半身を窓から乗り出していた者が衝突の際常に車外に放り出されるとは言い難く、亡栄一が衝突時に車外に放り出されないでいたことも、前記1の認定の支障とはなりえない。また、<証拠>によると、亡栄一は、暴走族に所属したことがなく、かつて右桑原ら友人と自動車に同乗した際箱乗りをするようなこともなかつたことが認められるが、他方、<証拠>によれば、羽二生が事故車輛の助手席に亡栄一を同乗させて本件事故現場付近に到達する途中、三〇台位の暴走族風の連中と擦れ違い、その中に箱乗りをしていた者があつたことから、亡栄一がこれを真似て箱乗りしたと推認することもできなくはないから、亡栄一が暴走族に所属したことがなく、かつて箱乗りしたことがないとの右事実も前記1の認定を覆えすに足りる事情とは断じ難い。
他に右1の認定を左右しあるいは覆えすに足りる証拠はない。
三進んで、以上認定の事実関係を前提として、被告の保険金支払義務の存否について判断する。
1 羽二生は、昭和五六年九月一二日、被告との間で事故車輛につき原告ら主張の内容の本件保険契約を締結したこと、本件約款第四章第一条には、被告は、被保険自動車の「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被つたときは、保険金を支払う旨の規定があることは当事者間に争いがない。
2 そこで、亡栄一が右「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当するかどうかについて検討する。
「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、一般に、乗車人員が動揺、衝突などにより転落または転倒することなく、安全な乗車を確保することができるような構造を備えた運転席、助手席、車室内の座席をいうものと解され、また、「搭乗中」とは、これらの場所に乗り込むために、手足または腰などをドア、床、ステップ、座席に掛けた時から降車のため手足または腰などを右用具などから離し、車外に両足をつける時までをいうものと解されるが、もともと人間が搭乗するものとして設計されていない自動車の窓枠に腰を乗せ、上半身を窓から車外に乗り出すような異常でかつ危険な方法で乗車している者は、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記認定したところによると、亡栄一は、本件事故当時、走行中の事故車輛の助手席に靴を脱いであがつたうえ、腰を全開した窓枠に乗せ、その窓から上半身を車外に出していたというのであるから、一応下半身は車室内にあるとはいえ、それは、社会通念上通常のかつ安全な乗車方法であるといえないことが明らかであるから、亡栄一は、本件約款第四章第一条所定の「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しないものといわざるをえない。
3 してみれば、被告は、本件約款第四章第一条の規定に従い被保険者に対し搭乗者傷害保険を支払う義務を負うものではないということになる。
四結 論
以上認定、判断したところによれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がなく、排斥を免れない。
よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、いずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官福岡右武 裁判官小林和明)