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東京地方裁判所 昭和57年(刑わ)1673号 判決 1983年3月25日

主文

被告人三名は、いずれも無罪。

理由

一本件公訴事実

本件公訴事実は、

「被告人山川美登利は、医療法人社団東弘会(以下『東弘会』という。)の理事長であり、被告人福田泰次は、建築工事請負等を営業目的とし、東弘会経営にかかる山川病院の増改築工事を請負つていた西海建設株式会社(以下『西海建設』という。)の取締役経理部長であり、被告人弓場孝治は、医療金融公庫(以下『公庫』という。)経理部資金課課長代理であるが、

第一  被告人山川及び同福田は、共謀の上、公庫より山川病院の増改築工事の資金として東弘会へ融資される七〇〇〇万円のうち最終分三〇〇〇万円が同工事について公庫が実施する工事完成確認後に払い出されることとされ、かつ、その場合には公庫において建築基準法に定める検査済証を確認すべき取扱いとされているにもかかわらず、右工事の結果が建築基準法に違反しているため、右検査済証の交付を受けることができず、したがつて右工事完成確認を受け得ない状況にあつたことから、昭和五五年一二月八日ころ、東京都千代田区二番町二番地二、番町共済会館一〇階喫茶室において、被告人弓場に対し、貸付金の払出し及び融資事業の完成確認等の職務を有する公庫業務部融資課貸付係主査朝倉源太郎が前記検査済証を確認することなしに同工事の完成確認を行ない、もつて右三〇〇〇万円の払出しが受けられるよう働きかけることを請託し、同月一五日ころ、右同所において、右朝倉をして右請託どおり職務上不正な行為をさせるように斡旋したことの報酬として、現金一〇〇万円を供与して贈賄し、

第二  被告人弓場は、いずれも前記第一記載の各日時、場所において、被告人福田から同記載の請託を受け、同記載の報酬として供与されるものであることの情を知りながら、同記載の現金一〇〇万円を収受して収賄した

ものである。」

というにある。

二本件の争点

本件公訴事実に関して、被告人三名の各弁護人らは、第一に、公訴事実記載の日時、場所において、被告人らの間に現金一〇〇万円の授受があつたことについては、これを認めながら、右現金一〇〇万円の授受の趣旨について、被告人弓場が朝倉に対し、公訴事実記載のように三〇〇〇万円の最終払出に関して働きかけを行なつたことに対する報酬ではないとし、被告人福田及び同山川の各弁護人においては、被告人山川が公庫からの本件増改築工事資金の借入申込手続において被告人弓場の指導、協力を得たことに対する謝礼の趣旨である旨を、被告人弓場の弁護人においては、被告人弓場が昭和五三年ころ被告人福田に「不二ビル」の建築工事の仕事を紹介してやつたことに対する謝礼の趣旨である旨を、それぞれ主張し、第二に、被告人三名の各弁護人らは、被告人弓場は、朝倉をして職務上不正の行為を為さしむべく斡旋したものではなく、現に朝倉の行為は職務上不正の行為にはあたらず、また、被告人福田は、右のような斡旋をするよう請託したものでもない旨を主張する。

そこで、以下、当裁判所が取り調べた証拠によつて、本件に関する外形的事実を認定したうえで、主として、右二点について、当裁判所の判断を示すことにする。

三証拠関係<省略>

四当裁判所の判断

1  本件に関する外形的事実

前掲各証拠を総合すれば、本件に関する外形的事実として、次の諸事実を認めることができる。

(一)  本件貸付(金銭消費貸借契約)に至る経緯

(1) 被告人山川は、東弘会の理事長として、東京都豊島区南大塚三丁目九番一一号所在の東弘会山川病院の経営にあたつていたものであるが、昭和五三年ころ、右山川病院の増改築を行なうことを計画していたところ、同年五月ころ、取引銀行である第一勧業銀行の紹介で、西海建設の取締役経理部長である被告人福田と知り合い、同被告人から前記増改築工事の発注を懇請され、右西海建設に請負わせることにした。

(2) 被告人山川は、同年九月ころ、被告人福田から同郷の知人として公庫の経理部資金課課長代理である被告人弓場を紹介され、同被告人から公庫による貸付の利点の説明を受け、同被告人が借入申込手続等について協力を約したこともあつて、公庫から前記増改築工事の資金を借入れることにした。

(3) 西海建設は、同年六月ころから、右増改築工事の設計にとりかかり、設計完了後、昭和五四年一月二六日、右工事について、東京都豊島区役所建築部建築課に対し、建築基準法第六条第一項の規定による建築確認を申請したが、同課から、右申請にかかる設計について、右増改築工事が増築部分を既存部分と一体化させるものであるため、既存部分屋上に設けられていたエレベーター機械室を含む建物の高さが同法第五六条第一項第一号イ号による制限に抵触することになる旨指摘されたので、同年二月一四日、右エレベーター機械室に関し、「(増改築)工事終了後患者の転室を計りエレベーターを停止し、建築基準法に基づいて修正する。」旨の誓約書を、建築主である東弘会と連名で提出し、同年四月二六日、前記の建築確認を受けた。

(4) 被告人山川は、前記(2)の借入申込手続について被告人弓場の協力を得たうえ、同年九月、公庫に対し前記増改築工事の資金の一部として七〇〇〇万円の借入申込をし、公庫は、審査のうえ、同年一〇月三一日、東弘会に対し、「貸付予定通知書」とともに「貸付予定通知書の送付について」と題する書面を送付したが、同書面には、「建築資金の最終資金の払出は、原則として融資対象建物の完成後となるので、ご留意ください。」という記載がなされていた。なお、公庫においては、業務部融資課貸付係の主査朝倉源太郎が東弘会に対する貸付事務を担当することになつたが、医療金融公庫法第一六条によれば、公庫の役員及び職員は刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなされる。

(5) 西海建設は、同年一一月七日、東弘会との間で前記増改築工事の請負契約を締結し、昭和五五年一月ころ、右工事に着手した。なお、右増改築工事には、前記のとおり建築基準法による高さ制限に抵触することとなる既存部分屋上のエレベーター機械室の修正工事が含まれていなかつたので、この増改築工事が前記確認申請のとおりに完成したとしても、エレベーター機械室の修正工事が別途行なわれて完成するまでは、検査済証の交付を受けられないものであつた。

(二)  本件金銭消費貸借契約の締結と払出手続

(1) 公庫は、昭和五五年二月一日、東弘会の右増改築工事について、七〇〇〇万円の貸付をすることを決定し、東弘会との間で金銭消費貸借契約を締結した。しかし、この契約は、融資の対象としてエレベーター機械室の修正工事を含んでいないため、いわゆる融資対象事業たる右増改築工事が完成しても、前記のように検査済証の交付を受けられない結果となるものであつた。

(2) ところで、公庫は、貸付に関する内規として「直接貸付事務取扱要領」(以下「取扱要領」という。)を制定していたが、その第四章第二節、第三節等によれば、貸付けた金額の全額を貸付受入金として公庫が預る形にしておき、その払出予定及び融資事業の進捗状況を勘案して、貸付先が真に資金を必要とする時期にその必要とする金額を払出すことになつていた。そして、実務上、通常数回に分けて払出す運用がなされていたが、本件貸付においても、前記「貸付予定通知書」、「同送付について」と題する書面のとおり、三回に分けて払出すこととされ、第一回及び第二回に各二〇〇〇万円、最終回に三〇〇〇万円を払出すことになつており、同年三月二五日に第一回分二〇〇〇万円、同年六月一一日に第二回分二〇〇〇万円がそれぞれ払出され、最終払出は、原則として建物完成後とされていた。

(三)  融資事業完成状況確認調査等

(1) 前記取扱要領第五章第二節等によれば、貸付金の管理回収事務の一環として融資対象事業が完成した際には、公庫においては、貸付先から「事業完成報告書」を提出させたうえ、融資事業の完成確認の手続を行なうこととされていたが、前記朝倉は、これに基づいて、同年八月中旬ころから、被告人山川に対し、前記増改築工事の進捗状況を問い合わせるなどして、右の完成確認手続のための準備を開始した。

(2) 前記朝倉は、「融資対象建物の完成後の諸手続について」という書面を起案して、同年九月二二日、公庫から東弘会に送付したが、右書面には、建物完成後直ちに提出すべき書類が数通列挙されており、その中には建築基準法第七条第三項に定める検査済証(以下、単に「検査済証」という。)写もあげられていた。

次いで、朝倉は、融資事業完成状況確認調査(以下、「完成調査」という。)の実施日時を決めるため、同月二十三、四日ころ、被告人山川及び同福田に電話して、工事の進捗状況などを聞いたうえ、完成調査を同年一〇月二〇日に実施することを予定したが、その電話の際、「完成調査の際には必要書類を用意しておいてほしい。」旨述べた。

更に、朝倉は、同年九月二四日、「融資事業完成状況確認調査の実施について」という書面を起案し、公庫から東弘会に送付したが、右書面には、完成調査の当日までに準備すべき書類が列挙されており、前記検査済証もその中にあげられていた。

(3) 被告人福田は、同山川から右の書面を見せられるなどして、完成調査までに検査済証等を用意することを求められていることを知つたが、完成調査の実施が予定される同年一〇月二〇日までに工事自体の完成も間にあいそうにないうえ、前記(一)(3)のとおり、既存部分屋上のエレベーター機械室の修正工事をしなければ、建築基準法の定める基準に適合せず、検査済証の交付を受けることができないであろうと考え、完成調査に際して、検査済証が必要なのか否かを確かめるために、同年九月末ころ、被告人弓場に電話して、「完成調査の際には、検査済証が必要なのか。」と尋ね、被告人弓場は、これを受けて、数日後、前記朝倉の席を訪ねて、同人に対し、右同様の質問をしたところ、同人から必要であるとの回答を得たので、その旨被告人福田に電話で伝えた。

(4) 朝倉は、被告人弓場が他の公庫職員に対しても同様の質問をしたことを聞き及び、同被告人の質問が、山川病院の本件増改築工事に関するものであることを知り、被告人福田に確かめたところ、「現状では検査済証がおりない。」旨の回答を受け、更に、事情を把握するために、同年一〇月初め、同被告人を公庫に呼んで説明を求めたところ、同被告人は、「現状では建築基準法に違反するため検査済証がとれない。」旨を明らかにするとともに、「以前公庫から貸付を受けて建設された山川病院の既存部分についても検査済証が出ていない。」旨述べた。そこで、朝倉は、「検査済証がとれるようにもう一度考えてほしい。検査済証がとれないと最終払出ができない。」旨述べて、検査済証の交付を受けるよう指導した。その後、朝倉は、被告人福田の言及した山川病院の既存部分の建設工事に対する融資に関する書類のファイルを調査したが、右ファイルには検査済証あるいはその写などは編綴されておらず、一件書類中にも検査済証の交付を受けたことを明らかにする旨の記載はなく、右融資において検査済証の交付を受けていなかつたことを確認した。

そこで、朝倉は、同月二〇日に予定していた完成調査を一時延期することにしたが、その後更に、上司である融資課課長代理津曲安幸と協議のうえ、工事完成あるいは必要書類提出を待たなくとも、とりあえず現地を見ようとの了解のもとに、完成調査を同年一一月一一日に実施することを決めた。

(5) 被告人福田は、右のとおり完成調査を実施する旨知らされたが、その予定された日までに工事を完成させることも必要書類を準備することもできないと考え、同年一一月五日、公庫の一〇階喫茶室で被告人弓場と会い、同被告人に対し、「書類が全然そろわないけれども完成調査を受けてもいいか。」と質問したところ、同被告人は、「『早くそろえるようにします。』と言えばいいのではないか。」と答えた。

(6) 前記朝倉は、同月一一日、前記津曲とともに、山川病院を訪れ、被告人山川及び同福田立会のもとに本件増改築工事の完成調査を実施したが、右工事は未だ完了しておらず、必要とされた書類も検査済証を含めてほとんど用意されていなかつた。朝倉は、右完成調査の際、「検査済証はどうしても必要であり、これがないと最終払出はできない。」旨注意を与えた。

(四)  被告人弓場に対する依頼と金銭授受の状況等

(1) 被告人福田は、同月一二日ころ、被告人山川と三〇〇〇万円の最終払出を前にして検査済証の件について話し合つたのち、同月一七日、公庫の一〇階喫茶室で被告人弓場と会い、「前回の既存部分工事の融資の時は、検査済証を受けずに、最終払出をしてもらつているが、どうなつているのか調べてほしい。」旨依頼したところ、被告人弓場は、これを承諾した。

(2) 同月下旬ないし同年一二月上旬ころ、本件増改築工事は完了し、被告人福田は、同山川から前記エレベーター機械室の修正工事について見積を依頼されたので、担当者に見積作業を進めさせていたが、前記のとおり被告人弓場に依頼した件について未だ同被告人から回答がなかつたので、同月八日、公庫の一〇階喫茶室で同被告人に会い、「この前の件はどうなりました。」と回答を求めたところ、被告人弓場は、「まだ調べていない。」と述べ、更に、「することちやんとしろ。」などと述べて、暗に金を要求した。

(3) 被告人弓場は、同月一〇日、公庫の朝倉の席を訪ねて、同人に対し、「検査済証がないと最終払出をしてやれないのか。」と尋ねたところ、朝倉は、事業完成報告書用紙の検査済証の許可年月日等の記載欄を示すなどして、「検査済証はどうしても必要である。」と答え、更に、法定基準に合致しない建物では火事の時に困る旨述べたので、被告人弓場は、「消防の検査済証ではだめなのか。」と聞くと、朝倉は、「だめである。」と答えた。

(4) 被告人福田は、同月一二日ころ、被告人弓場から、朝倉に対し、問い合わせをした旨の連絡を受けた後、被告人山川に電話して、被告人弓場から暗に金を要求されたことを話し、同被告人に対して被告人山川の用意していた現金一〇〇万円を同月一五日二人で出向いて贈ることに決め、被告人弓場にその旨伝えた。

(5) そして、被告人福田及び同山川は、同月一五日、公庫の一〇階喫茶室で被告人弓場と会い、被告人山川が用意してきた現金一〇〇万円を、被告人福田から被告人弓場に手渡した。

(五)  最終払出手続

(1) 前記朝倉は、同月二〇日ころ、被告人山川から検査済証を除く必要書類の提出を受けたので、以後の事務処理について前記津曲に相談したところ、融資課長ないし業務部長の指示を仰ぐべきだということになり、公庫業務部長澤江禎夫、同次長田村義弥、同融資課長帆刈久敏及び朝倉、津曲の五人で合同の検討会を開き、席上、朝倉において、「検査済証がすぐにはとれないケースである。」などと説明のうえ、協議がなされたが、本件と同様に融資対象事業は完成したのに検査済証の交付を受けられない前例がいくつか存し、それらの場合、検査済証は後から必ず提出する旨の念書を徴求して提出を確約させたうえで最終払出をする取扱をしていたことから、本件においても同様の処理をすることが決まつた。

(2) 朝倉は、昭和五六年一月中旬ころ、被告人山川から前記のとおりの念書を提出させたうえ、融資事業完成状況確認報告書と最終分の貸付受入金払出伺とを起案し、同月二六日業務部長の決裁を得た。そして、同日、東弘会に対して、最終分である三〇〇〇万円が払い出され、東弘会において、同年二月二五日までに、西海建設に対し、全額支払つた。

2  金銭授受の趣旨について

本件の金銭授受が、前記認定のように、被告人福田及び同山川において、三〇〇〇万円の最終払出を前にして朝倉から検査済証をとることを求められて苦慮し、被告人福田において、数回、被告人弓場に面会して相談をもちかけたりした直後に行なわれた状況、経緯に鑑みると、被告人三名の間で、本件の金銭授受の趣旨について必ずしも完全には一致していなかつたとしても、少くとも、本件増改築工事が完成しているので未だ検査済証の交付を受けていない段階であつても公庫の貸付事務を進行させて最終払出がなされるべく、被告人弓場が担当者に働きかけるなど尽力したことに対する報酬の趣旨をも持ちあわせていたことは明らかに認められる。

この点について、被告人三名の各弁護人らは、前記のとおり、被告人弓場が朝倉に対し最終払出に関して働きかけを行なつたことに対する報酬ではない旨を主張しているところ、前掲各証拠によれば、被告人弓場が同山川の公庫からの工事資金借入申込手続に協力した事実、被告人弓場が同福田に「不二ビル」の工事を紹介し、昭和五四年五月請負契約が成立した事実は、一応これを認めることができるが、被告人福田及び同山川の各弁護人の主張するように授受された金銭が借入申込手続における協力に対する謝礼のみの趣旨であつたとみるには、たとえ、その金が被告人山川の供述するように昭和五五年九月一九日に用意されたものであるとしても、金額が一〇〇万円と高額に過ぎるうえに、授受までに相当期間が経過しており、また、時期的にも、借入申込手続協力に対する謝礼であるとするならば、借入申込手続が終わつて貸付決定がなされた直後、あるいは、最終払出も済んで公庫の貸付が完了した頃に授受がなされるのが通常であろうが、本件の場合、最終払出の前に行なわれており、謝礼をした時期も不自然である。また、被告人弓場の弁護人の主張するように「不二ビル」工事紹介に対する謝礼のみの趣旨であるとみるには、本件金銭の要求、授受がその工事紹介あるいは契約の成立の時期から相当日時を経過していて唐突であるうえ、何よりも交付にかかる一〇〇万円の現金が「不二ビル」とは何らの関係もない被告人山川から出ており、同被告人もその授受のために赴いていることに照らしても、不自然である。

なお、検察官は、被告人福田及び同山川が同弓場に対し最終払出に関する働きかけに対する謝礼として金銭を贈ることを決めた時期について、昭和五五年九月中旬であると主張するけれども、たとえ、前記一〇〇万円が被告人山川の供述するように同月一九日に用意されたものであつたとしても、前記認定事実によれば、被告人福田及び同山川が公庫から送付された書面あるいは朝倉の連絡によつて検査済証の必要性を認識したのは同月下旬であり、最終払出に際して検査済証が必要であると知らされたのはそれよりも後であるから、検察官主張のようには認めることができない。

3  検察官主張のように「職務上不正ノ行為ヲ為サシム可ク斡旋」したと言えるかについて

(一)  刑法第一九七条ノ四の斡旋収賄罪(及びこれに対応する贈賄罪)が成立するためには、公務員が他の公務員に対し「職務上不正ノ行為ヲ為サシム可ク斡旋ヲ為シタルコト」を要するが、ここにいう「職務上不正ノ行為」とは、公務員としての職務上の義務に違背する一切の作為又は不作為と解され、本件においても、被告人弓場の朝倉に対する行為が右にいう「職務上不正ノ行為ヲ為サシム可ク斡旋」したと言い得るものかどうかが問題となる。以下、この点について検討する。

(二)  朝倉の「職務上」というためには、同人の職務権限の内容が明らかにされねばならないが、前掲各証拠によれば、朝倉は、公庫業務部融資課貸付係主査として、直接貸付に係る貸付け(他課の所掌に属する事務を除く。)及び貸付金の管理(融資対象事業完成まで)に関し、上司の命をうけ、担当を命じられた事務を処理することを職務とされ、具体的には、貸付先との連絡・交渉、諸書類の起案及び上司への上申ないし相談、現地調査などを行なつていたことが認められる。(検察官の主張は、必ずしも明らかではないが、朝倉は、「貸付金の払出し及び融資事業の完成確認等の職務」を単独でその責任において行なつていたものではない。)

(三)  そこで、「不正ノ行為ヲ為サシム可ク斡旋」したと言えるかについて検討する。

まず、被告人弓場が朝倉に対して直接にはどのような働きかけをしたかについてみると、その働きかけをしたとみられる会話の内容は、前記1(四)(3)の認定事実のとおりであるところ、昭和五五年一二月一〇日、被告人弓場が朝倉に対し「検査済証がないと最終払出をしてやれないのか。」とか「消防の検査済証ではだめなのか。」などと尋ねた行為は、それ自体では単に質問の意味しか有せず、かつ、莫然としたものであつて、朝倉に対し、特に具体的に不正の行為を指示したものであるとはみられない。

(四)  次に、右会話に関連する諸状況をも検討し、右被告人弓場の朝倉に対する行為が「職務上不正ノ行為」を為さしめるようなものであつたか否かを検討する。

前掲各証拠によれば、確かに、被告人弓場は、同年九月下旬ころから、被告人福田の依頼を受けて、検査済証の交付確認の件に関して朝倉ら公庫職員のところに出向いて問いあわせるなど被告人福田の便宜を図る行動に出ていたものであり、同年一二月一〇日の時点では、検査済証が最終払出のため必要とされているのに、被告人福田において検査済証の交付が受けられず苦慮していることや本件増改築工事に対する貸付の担当者が朝倉であることを既に知つていたものであること、被告人弓場は、同月八日被告人福田と会つた際、同被告人に金銭の交付を要求し、そのわずか二日後に、朝倉に対し右の質問をしたものであること、朝倉においても、被告人弓場が被告人福田や同山川の意を受けて行動していたことを知つていたこと、更に、被告人弓場(四八歳、公庫勤続二〇年)と朝倉(三〇歳、公庫勤続七年)は、年令や公庫内の地位において大きく差があることが認められ、これらによれば、同被告人の朝倉に対する質問は、暗に、朝倉に対し、工事が完成している以上検査済証の交付を受けていない段階であつても最終払出をする手続を進めてやることを期待するものであつたことが認められるが、問題は、朝倉において右検査済証なしで最終払出をするよう上司に上申ないし相談して手続を進め、その結果払出が行なわれることが「職務上不正ノ行為」、即ち、公務員としての職務上の義務に違背する行為と言い得るか否かという点にある。

(1) 朝倉の具体的行為について

朝倉は、本件における事務処理では、具体的には、前記認定事実のとおり、昭和五五年一二月八日、被告人弓場の問いに対して、「最終払出に際しては検査済証が必要である。」との対応をしたものの、同月二〇日ころ、被告人山川から検査済証を除く必要書類の提出を受けて、以後の事務処理を融資課の課長代理である津曲に相談し、結局、業務部の部長及び次長、融資課課長とともに合同の検討会を開いた結果、念書を徴求したうえ最終払出をし、検査済証は後から提出を求めることになり、その方針に従つて、東弘会から念書を提出させ、融資事業完成状況確認報告書及び最終分の貸付受入金払出伺を起案し、上司の決裁に供したものであつて、その後の公庫の事務処理の流れとして最終払出がなされたものである(なお、朝倉が、右合同の検討会あるいは書面の起案・上申等に際して、虚偽の報告をするとか虚偽の内容の記載をするなどの不正の行為をしたという事情は全く窺われない。)。

以上みたとおり、朝倉の行為は、公庫事業部の行為の流れのひとつとして通常どおり行なわれたものであり、それ自体としては、到底職務に違背した不正の行為とは言い難いものである。

(2) 公庫のいわゆる「念書方式」の処理について

検察官は、公庫業務部が部長の了承あるいは決裁のもとに、「検査済証を後から提出する旨の念書を徴求して最終払出をする」取扱(以下、「念書方式」と略称する。)をとつたことが全体として「取扱要領」に違反し、朝倉の行為は、右のような決裁を経たとしても、当然職務上不正の行為にあたる旨主張するので、この点について検討する。

ア 「取扱要領」に違反するかについて

「取扱要領」は、直接貸付に関する事務処理の根拠となる、公庫総裁によつて通達された公庫の内規である。

その第四章第三節は、貸付受入金の払出しに関する規定であり、その第一項「1資金の規正」は三号にわたつて貸付受入金を払出す場合を規定する事項を挙げている。同節第三項「3払出手続」(2)により、払出しを行なう場合には右の事項が検討されるべきことになつている。

他方、第五章第二節は、貸付金の管理に関する規定であり、その第四項「4融資事業の完成確認等」は、融資対象事業が完成したときは、貸付先から事業完成報告書(様式D―3で、検査済証の許可年月日、許可番号の記載欄がある。)を提出させること、その場合、事業の完成状況を現地調査により確認し、その調査結果を融資事業完成状況確認報告書に取りまとめるべきことを求めている。(なお、公庫においては、右事業完成報告書の記載が真実であるかを確認するために、検査済証の写の提出を求める運用がなされていた。)

したがつて、貸付受入金の払出しと、完成調査及び検査済証の交付を受けていることの確認とは、「取扱要領」中の規定されている箇所を異にし、明文上、その間に直接の関連も見出せないから、「取扱要領」上は、検査済証の交付を受けていることの確認がなければ最終払出ができないことになつているとは言えない。

イ 「取扱要領」に準ずべき慣行的な取扱に反するかについて

「最終払出は、検査済証(写)を提出させ、検査済証の交付を受けていることを確認した後にする。」という取扱が、内規の明文上なくても、公庫の業務の運用において定着した慣行になつていれば、それに反する取扱は、「取扱要領」違反と同様の評価をする余地が存する。(検察官は、この点についてまで主張しているともみられないが、念のため検討しておくことにする。)

前記認定事実によれば、朝倉は、東弘会への最終払出をいわゆる「念書方式」で処理しようという方針が決まるまで、「完成調査までに検査済証を用意せよ。」あるいは「検査済証がなければ最終払出はできない。」旨の説明をくり返しており、「完成調査までに検査済証を用意するべきこと」を記載した書面が公庫から東弘会に送付されていたわけであり、証人増田栄三郎の当公判廷における供述によれば、昭和五三年一二月から昭和五八年一月までの間に公庫が扱つた直接貸付二五三件のうち二四九件までが、最終払出の前に検査済証(写)を提出させ、検査済証の交付を受けていることを確認していることが認められるから、本件当時、「最終払出は、検査済証(写)を提出させ、検査済証の交付を受けていることを確認した後にする。」という取扱方法が、朝倉ら公庫業務部融資課貸付係の職員の間に一応、慣行的なものとして定着していたものとみられる。

この取扱が定着していつた経緯としては、貸付受入金の最終払出と融資事業の完成確認との二つの事務を、建物が完成する前後という時期に、貸付係の担当者が並行して進めねばならなかつたことが考えられるほか、証人澤江禎夫の当公判廷における供述によれば、公庫としては完成確認のために検査済証の写を提出させたいが、最終払出をしてしまうと貸付先がなかなか提出してくれないので、提出を担保するために右のような取扱がなされていつたことも認められる。前記の朝倉の言動や公庫から東弘会に送付された「融資対象建物の完成後の諸手続について」及び「融資事業完成状況確認調査の実施について」の記載は、右のような事務的運用上の要請として理解するのが相当である。

しかしながら、証人増田栄三郎の当公判廷における供述及び同人作成の捜査関係事項照会回答書から明らかなように、本件以前にいわゆる「念書方式」で最終払出をした例が三件存在し、いずれも建築確認を受けた工事に対して貸付決定がなされ、建築確認申請どおり建物が完成したのに建物以外の条件が整わないために検査済証の交付を受けられなかつた(建ぺい率制限に適合させるための旧建物の取りこわしや隣地賃借交渉などの遅延など。ちなみに、本件は、既存部分屋上のエレベーター機械室の形状による。)点で、本件の場合と類似しているものといえる。

右のような事例の場合、請負業者は、所定の建築確認を受け、また、それを踏まえて公庫が融資した対象事業である建築工事を、建築確認申請どおり行ない、それ自体としては予定どおりの建物を完成させているのに、検査済証の交付を受けられないので、公庫があくまで検査済証に固執すると、貸付先が公庫から払出を受けられないため、請負業者も代金の支払を受けられないことになる。(本件の場合も、西海建設は建築確認申請どおりの工事を完成させているのである。)いわゆる「念書方式」は、こうした弊害を避け、実質的に妥当な解決を図つているものともみることができる。なお、検察官は、「『念書方式』による払出は、『貸付の目的以外に使用され』る貸出しである。」旨主張するが、右のとおり、本件の場合を含めて、公庫が右「念書方式」によつて処理した事例について、払出金が目的外のために使用されたとは言い難い。

以上検討したところから明らかなように、いわゆる「念書方式」による処理は、融資の対象事業となつた建築工事が完成したのに、他の事情のために検査済証の交付を受けられない場合に、公庫業務部が部長の責任において行なう解決策であつて、通常の業務運用のひとつの形態として許容される裁量行為であると言うことができる。

ウ 以上の検討を総合すれば、いわゆる「念書方式」による処理は、「取扱要領」に形式的にも実質的にも違反しないし、かつ、妥当性を欠く裁量行為にもあたらないものと言わざるを得ない。

(五)  以上のような、本件における朝倉の具体的行為、並びに公庫の具体的処理状況に関する事情に照らすと、本件の場合に、朝倉ないし公庫が、検査済証の交付されていない段階で最終払出をした手続が「職務上不正ノ行為」にあたるとは言い難い。

したがつて、被告人弓場が、たとえ朝倉に対し検査済証の交付を受けていない段階であつても最終払出をするよう働きかけたとしても、それは、同人に対し「職務上不正ノ行為」をさせるように斡旋したものではないと言うべきである。

六結論

本件において、被告人福田及び同山川が話しあいのうえ、いわゆる「みなし公務員」である被告人弓場に多額の現金を贈つたことは明らかであり、被告人らの行為が道義的にみて非難に値するものであるにしても、被告人福田及び同山川並びに同弓場の各所為は、それぞれ、刑法第一九八条、第一九七条ノ四の構成要件に該当するとは言えず、結局、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法第三三六条により、被告人三名に対し無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(竪山眞一 池田耕平 秋山敬)

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