東京地方裁判所 昭和57年(特わ)2971号 判決 1982年12月03日
裁判所書記官
安島博明
本籍
東京都港区西麻布二丁目七五番地
住居
東京都港区西麻布二丁目八番八号
歯科医師・医師
矢崎甲代治
大正一四年一月四日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官江川功出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金四、〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都港区西麻布二丁目八番八号において、「西麻布診療所」の名称で歯科、内科の診療所を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、収入の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ、
第一 昭和五四年分の実際総所得金額が一億六一九万八、三七〇円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五五年三月一五日、東京都港区西麻布三丁目三番五号所在の所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、同五四年分の総所得金額が一、四〇〇万九、九四一円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額二四三万五、六一六円を控除すると一五四万九、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五七年押第一六七一号の1ないし3)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額六、一四八万二、〇〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)と右申告税額との差額五、九九三万二、七〇〇円を免れ、
第二 昭和五五年分の実際総所得金額が一億一、八六九万五、三六二円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五六年三月一〇日、前記麻布税務署において、同税務署長に対し、同五五年分の総所得金額が一、四一三万九、一三四円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額二四五万〇、七四七円を控除すると一四一万〇、八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の4)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額七、〇一六万八、七〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)と右申告税額との差額六、八七五万七、九〇〇円を免れ、
たものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書四通
一 収税官史の被告人に対する昭和五六年一〇月一五日付、昭和五七年三月五日付、同月一一日付及び同月二六日付各質問てん末書
一 矢崎シヅ子、安藤富貴子、中島信輔、佐藤誠及び島田和一の検察官に対する各供述調書
一 検察官江川功、被告人矢崎甲代治及び弁護人早川滋共同作成の合意書面
一 収税官史の矢崎シヅ子、落合修一(三通)及び吉田篤生(二通)に対する各質問てん末書
一 収税官史作成の収入(訂正分)、利子収入に関する各調査書及び収入に関する調査書(抄本)
一 麻布税務署長作成の証明書
一 押収してある所得税確定申告書四枚(昭和五七年押第一六七一号の1ないし4)及び所得税青色申告決算書二綴(同号の5及び6)
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも、行為時においては、昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては、右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により、いずれについても軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により、犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については、同法四八条二項により各罪の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金四、〇〇〇万円に処し、同法一八条により、右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の事情)
本件は、「西麻布診療所」の名称で歯科と内科の医業を営んでいた被告人において、二年度にわたり、所得において合計一億九、六〇〇万円余を秘匿し、税額において合計一億二、八〇〇万円余をほ脱した事案である。被告人が申告した所得は、各年度とも、実際の所得の一割程度であって、その申告率は極めて低く、また免れた税額も多額である。犯行の手段、方法についても、被告人が、妻のシヅ子に対し、収入額を前年度と同程度にするなどの指示を与え、同女をして内容虚偽の収支日計表等の帳簿を作成させるなどしたほか、自らも関与するなどして、取引先に依頼して、仕入金額、技工料の一部を簿外にして経費を過少にし、経費額から収入額に疑いを抱かれないように配慮するなどし、もって診療収入を除外したものであって、計画的であり、甚だ芳しくない。また、秘匿した所得の一部を預金、債券としていたが、数十にも達する仮名を用いて、いわゆるマル優扱いとし、利子所得に係る源泉徴収税を免れていたもので、被告人の納税意識の希薄さは明白であって、その刑責を軽視することはできない。なお、犯行の動機について被告人は、老後にそなえて蓄財するほか、老人医療を目的とする病院を建設する資金を用意するため本件犯行に及んだ旨供述するが、老後にそなえての配慮はひとり被告人に限るものではなく、また、老人医療を目的とする病院の建設についても、大型の脱税をしてまでするだけの緊急の必要があったとは認められず、仕事の息抜きというものの、被告人夫婦がこの対象の二年間に限っても六回にわたる海外旅行に出掛け、その際パリーの最高級店といわれるモラビトなどで多額(被告人の供述によっても合計約一、七〇〇万円余)の買物をしていることに徴しても、右の動機を格別斟酌するわけにはいかにい。
しかしながら、被告人は、本件犯行を反省し、各年分につき修正申告のうえ本税等を納付していて、未納付分の納入も間違いないとみられること、本件では、租税特別措置法二六条による必要経費算定は認められないものの、社会保険診療については、もともと同条による処理が可能であったという意味においては情状として酌むべき点もあること、被告人には、これまで、昭和五四年に海外旅行から帰国した際、携帯品について物品税を免れようとして罰金相当額九八万円を支払った旨供述しているほかに、前科、前歴もないことなど有利な事情が認められ、その他被告人の年齢、経歴、家庭状況、将来の生活等諸般の事情を考慮して、主文のとおり量刑する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 原田敏章 裁判官 原田卓)
別紙(一)
修正損益計算書
矢崎甲代治
昭和54年1月1日
昭和54年12月31日
<省略>
<省略>
別紙(二)
修正損益計算書
矢崎甲代治
自 昭和55年1月1日
至 昭和55年12月31日
<省略>
別紙(三)
税額計算書
矢崎甲代治
昭和54年分
<省略>
税額計算書
矢崎甲代治
昭和55年分
<省略>