東京地方裁判所 昭和57年(特わ)69号 判決 1982年9月10日
裁判所書記官
安島博明
本籍
東京都中央区勝どき二丁目九番地
住居
東京都中央区勝どき二丁目一六番三号
煉製品仲卸業、旅館業、養鰻業
荒木兵太郎
明治三七年五月二二日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官江川功出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金一、八〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都中央区築地五丁目二番一号所在の東京魚市場内において「金正」の屋号で煉製品の仲卸業を、住居地において「すみ田」の屋号で旅館業を、埼玉県岩槻市宮町一丁目三五五の四の旧荒川の河川敷で養鰻業をそれぞれ営み、更に、同所養鰻池付近に所有する埼玉県岩槻市大字太田字新正寺曲輪三五四の三ほか数筆の土地(以下「本件土地」という。)を、産業廃棄物処理業者である嶋田隆及び株式会社ファクトリープランニングに対し、汚泥、廃プラスチック等の産業廃棄物の投棄場所として提供し、その対価として右業者らから投棄料を受けとるなどして所得を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右投棄料収入の大部分を除外し、仮名の取引口座で割引債等の債券を購入するなどの方法により所得を秘匿したうえ、
第一 昭和五三年分の実際総所得金額が三九〇二万七六一二円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず昭和五四年三月九日、東京都中央区新富二丁目六番一号所在の所轄京橋税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が五三三万五四〇六円でこれに対する所得税額が八一万一二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五七年押第七六〇号の1)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得金額一七一七万三〇〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)と右申告税額との差額一六三六万一八〇〇円を免れ、
第二 昭和五四年分の実際総所得金額が八〇九二万九三一三円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず昭和五五年三月一四日、前記京橋税務署において、同税務署長に対し、同五四年分の損失額が四七六万二〇九四円で納付すべき所得税は無い旨の虚偽の所得税損失申告書(前同号の2)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四五四五万〇六〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書二通
一 収税官吏の被告人に対する質問てん末書二通
一 嶋田隆、菊原光夫、近藤昭作及び飯坂正彦の検察官に対する各供述調書
一 収税官吏作成の売上、たな卸、仕入、租税公課(昭和五五年一〇月二四日付)、水道光熱費、通信費、接待交際費、修繕費、福利厚生費、医療費、給料賃金、会費、儀礼費、減価償却費、雑費、池揚費、収入(不動産)、租税公課(昭和五五年一〇月二〇日付)、収入(雑所得)、租税公課(雑所得)、割引債等償還損益及び期首期末残高、事業主勘定に関する各調査書各一通
一 国税査察官作成の査察官報告書
一 収税官吏作成の写真撮影報告書
一 東京都中央区長作成の回答書
一 京橋税務署長作成の証明書
一 押収してある所得税確定申告書等一袋(昭和五七年押第七六〇号の1)、所得税損失申告書一袋(前同号の2)及び所得税青色申告決算書一袋(前同号の3)
(被告人の主張に対する判断)
被告人は、その雑所得を構成する本件投棄料収入につき、右収入は、自己所有の判示「本件土地」へ産業廃棄物を投棄させたことによって得た収入であり、右投棄によって本件土地の価値は著しく減少し、損失を生ずるに至ったから、右価値の減少分は、本件雑所得の計算にあたって控除されるべきであると主張する。被告人の右主張がいかなる主張であるか必ずしも明確とはいえないが、もし、この主張をもって、本件土地については産業廃棄物の投棄により通常の土地値上がり傾向に伴う評価益が見込まれないか、逆に評価損を招来しているというのであれば、本件でこうした主張が所得税法上容認できないことはいうまでもない。あるいは、資産損失の必要経費算入(所得税法五一条)や雑損控除(同法七二条)の主張であるとしても、本件の投棄は被告人と産業廃棄物処理業者らとの契約に基づくものであるうえに、本件においては以下の事情等が認められるのであって、本件土地について所得税法五一条所定の損失が生じたとする余地は認められず、もとより同法七二条の適用も認められない。すなわち、前掲証拠によれば、被告人は、昭和三〇年ころ養鰻池用地として埼玉県岩槻市内の旧荒川の河川敷約二万坪余を代金合計二~三〇〇万円で購入し、その一部を養鰻池として使用し、その残りが本件土地に当たるところ、これは低湿地帯であって、これに本件産業廃棄物を投棄する方法は、穴を掘って産業廃棄物を投入し、その上に高さ約五〇センチメートル位の覆土(盛土)をして表面を平坦にしておくというもので、右の投棄及びそれに伴う覆土、盛土によって、むしろ駐車場や資材置場等として利用できるようになり(現に、被告人は、駐車場として本件土地の一部約五~六〇〇坪を月額四二万五〇〇〇円で賃貸して収入を得ている。)更に、ある程度盛土をすれば、一般住宅の建築も可能な状態になっていることの各事実が認められる。こうした事情に徴すると、被告人の前記主張は到底採用できない。不動産鑑定士岩崎晴男作成の不動産鑑定評価書も以上の認定、判断を左右するものではない。
その他、被告人の主張に関し、収入からの控除を肯認すべき格別の事情も認められず、法律上の根拠も見出せない
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも、行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては、右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により、いずれについても軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金一八〇〇万円に処し、同法一八条により、右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、二年間にわたり所得額において合計一億一四〇〇万円余を秘匿し、税額において六一〇〇万円余をほ脱したという事案で、そのほ脱率は約九八・七パーセントに及んでいる。また、産業廃棄物処理業者らとの契約締結にあたっては、業者に対し、対税務署用の表の契約書と、真実の裏の契約書と二重の契約書の作成を要求し、表分の投棄料は自己の取引銀行に振込み入金させ、裏分の投棄料は現金のみで支払うようにさせて所得を秘匿していたものであって、犯行の手段、方法は悪質であるといわざるを得ない。しかも、被告人は、右投棄料収入につき、課税の対象になるか否かについて、自己の取引銀行で税務相談を受け、現行税制上右投棄料収入は所得として課税の対象になる旨教示されていながらなお本件犯行に及んだものであって、犯情は芳しくなく、納税意識の希薄さは明らかであって、その刑責は軽視できない。
しかしながら、被告人は、本件土地を公共の投棄場所として無償で提供したこともあり、その後、産業廃棄物の投棄による本件土地の価値減少を補てんする気持もあって本件各犯行に及んだものであり、被告人が老齢であることも考えると、動機において若干同情し得る余地がないとはいえず、現在では被告人も自己の軽率な行為を反省し、今後は正しく納税する旨述べ、更正処分に係る本税及びそれに連動する諸税はすべて支払っており、また、前科前歴がないことなど被告人に有利な事情も認められるので、諸般の事情を考慮して主文のとおり量刑する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 原田敏章 裁判官 原田卓)
別紙(一) 修正損益計算書
自 昭和53年1月1日
至 昭和53年12月31日
荒木兵太郎
<省略>
別紙(二) 修正損益計算書
自 昭和54年1月1日
至 昭和54年12月31日
荒木兵太郎
<省略>
別紙(三) 税額計算書
荒木兵太郎
<省略>