東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)125号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
一請求原因一の各事実及び本件各確認に係る各建物が既に完成していることは、当事者間に争いがない。そこで、本件各確認の無効確認を求むべき訴えの利益が存するか否かについて検討する。
1 建築基準法によれば、建築主は、一定の建築物を建築しようとする場合においては、当該工事に着手する前に、その計画が建築関係法令の規定に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならず(六条一項)、確認を受けずに工事をすることはできないとされ(六条五項)、工事を完成した場合においては、その旨を建築主事に届け出なければならず(七条一項)、建築主事は、届出に係る建築物及びその敷地が建築関係法令に適合しているかどうかを検査し(七条二項)、それが建築関係法令に適合しているときは、建築主に対し検査済証を交付しなければならないとされている(七条三項)。そして、特定行政庁は、建築基準法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建築物については、建築主等に対して当該工事の施工の停止を命じ、又は、当該建築物の除却、改築その他右規定に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができるとされている(九条一項)。
2 以上のような建築基準法上の一連の制度の中で、建築主事の行う確認の法的性質について考察するに、右確認は、工事着手前において建築計画が建築関係法令に適合するものであることを公権的に判断する行為であり、それにより申請に係る建築物について建築工事をなし得るという効果を伴うものであつて、違反建築物の出現を未然に防止することを目的としたものということができる。
したがつて、判決により建築確認が取り消され、又はその無効が確認されれば、当該建築物について建築工事をなし得るという確認の効果が排除され、工事を施工し得なくなるから、工事の施工を停止させることによつて回復すべき法律上の利益を有する者は、右確認の取消し又は無効確認を求めて訴えを提起できると解されるが、建築物が既に完成した場合には、もはや禁止すべき建築工事は完了しているのであるから、右の意味における訴えの利益は消滅するものというべきである。
3 建築物が完成した以上、当該建築物が建築関係法令に違反するという違法状態を行政面で排除するためには、特定行政庁の是正命令が必要である。そこで、右の是正命令を得るため、建築確認の無効確認を求めることになお訴えの利益が認められるか否かについて、次に検討する。
右に述べたとおり、建築確認は、事前審査手続として建築計画の法規適合性を判断するものであり、建築工事をなし得るという効果を伴うが、それ以上に、右計画に従つて完成された建築物が建築関係法令に適合するか否かにまで触れるものでないことはいうまでもない。建築基準法は、完成した建築物が建築関係法令に適合するか否かを事後的に審査するため、別途、検査の手続を設け、当該建築物が建築確認どおりに建てられたかどうかでなく、それが実体的に建築関係法令に適合しているかどうかを検査することとし、更に、同法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反する建築物については、特定政庁において是正命令を発し得るものとしていること、そして、特定行政庁は建築主事とは権限を異にする機関であり、建築主事の建築確認の判断が特定行政庁を拘束することを定めた規定は存しないことからすれば、たとえ当該建築物が建築確認どおり建てられたものであつても、それが実体的に建築関係法令に適合しない以上、特定行政庁において建築確認の取消しないし無効確認を待つまでもなく是正命令を発し得るものと解すべきである。すなわち、建築確認の存在は右の是正命令を発する上で何ら障害となるものではない。
他方、判決により建築計画の違法を理由として建築確認が取り消され、又はその無効が確認された場合には、無確認のまま当該建築物を完成させたと同様の状態が生じるところ、無確認であるという手続違反のみによつては、特定行政庁は建築物の除却等を内容とする是正命令を発することはできないのであるし、また、建築基準法九条の規定からすれば、実体的な違反建築物について是正命令を発するか否か及びいついかなる内容の是正命令を発するかは特定行政庁の合理的判断に基づく裁量に委ねられているものと解するほかなく、しかも是正命令を発するには同条の定める通知、聴聞の手続を経る必要があるのである。したがつて、仮に判決により建築主事の確認に係る建築計画の違法が明らかにされたとしても、そのことによつて直ちに特定行政庁に対し是正命令を発すべき義務を生じさせるものではないと解される。
右のように、判決によつて建築確認が取り消され、又はその無効が確認されない限り是正命令を発し得ないものではなく、また、判決で建築確認の違法性が明らかになつたからといつて、特定行政庁において是正命令を発することを義務づけられるものではないから、是正命令の発出を得るため建築確認の取消し又は無効確認を求めべき訴えの利益もないものというほかない。
4 原告は、本件各確認に係る各建物が検査済証の交付を経ていないから、右各建物は法律上完成しているとはいえず、したがつて、本件各確認の建築確認を求むべき訴えの利益があると主張する。
しかし、検査済証の交付は、完成した建築物が建築関係法令に適合するか否かを事後的に審査するための検査手続の一環として行われる行為にすぎない。先に述べた工事の施工ないし建築物の完成とは、事実上の状態をいうのであつて、検査済証交付の有無によつて建築物完成という事実が左右されるものではないから、原告の右主張は失当である。
5 また、原告は、無効確認訴訟は行政処分が無効である場合にその確認を求める訴訟であつて、それにより原告の法的利益が現実に回復されるという必要はないと主張する。
しかし、無効確認訴訟は、取消訴訟と同様に、行政庁の違法な処分により侵害された法的利益の回復を図ることを目的とするものであり、行政事件訴訟法三六条の規定も、無効確認訴訟の原告適格について、当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者と規定しているのであるから、無効確認の判決を得ることによつて原告の法的利益が現実的に回復される可能性がない場合には訴えの利益はないものといわざるを得ないのである。したがって、原告の右主張は失当である。
6 更に、原告は、建築確認の無効確認判決は、行政事件訴訟法三八条一項、三三条一項の規定により当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束するから、関係行政庁である特定行政庁は、違法状態を是正するために必要な措置を講ずべき義務を負い、したがつて、本件各確認に係る各建物が既に完成していても、右各確認の無効を確認する確認の利益は消滅しないと主張する。
しかし、建築確認の無効確認判決の拘束力の内容は、当該建築確認をした行政庁が改めて建築確認の申請に対する処分をしなければならず、かつ、その際当該判決により無効とされたのと同一の理由に基づいて同一内容の処分をすることができないというものであり、建築確認と是正命令とは、前記3に述べたように、一連の手続をなすものではなく別個の行政庁により別個独立の判断に基づいてなされるものであるから、是正命令権限を有する特定行政庁は当該判決の拘束力を受けないものである。したがつて、原告の右主張は失当である。
7 以上説示のとおり、建築物が完成した場合には、当該建築確認の無効確認を求める訴えの利益が失われるから、本件各確認に係る各建物が完成している以上、本件各確認の無効確認を求める訴えの利益はないものというほかなく、本件訴えはいずれも不適法といわなければならない。
(泉徳治 大藤敏 杉山正己)