東京地方裁判所 昭和58年(ワ)12761号 判決
【事実】
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、出版を業とする被告との間で、昭和四六年三月九日、原告の著作した「歯周疾患図集」(以下「本件著作物」という。)の出版に関し、被告は原告から貸与された写真、原稿で原告を著者とする本件著作物を出版する、被告は原告に対し右印税として定価の一〇パーセントの割合による金員を支払う旨の契約を締結し、被告は、右契約に基づき、昭和四六年九月一日、「歯周疾患図説(以下「本件書籍」という。)を定価一部一万円で一〇〇〇部出版した。
2 著作者人格権の侵害
被告は、本件書籍の出版により、次のとおり本件著作物についての原告の著作者人格権を侵害した。
(一) 書名が本件著作物では「歯周疾患図集」であるのに、本件書籍では「歯周疾患図説」に変更されている。
(二) 本件書籍では目次の標題と本文の標題が別紙「目次と本文の相違」のとおり一六八箇所で違つており、そのため本件著作物と相違している。
(三) 本件書籍では本文の誤字、脱字、句読点の誤りが別紙「正誤表」のとおり四四箇所あり、そのため本件著作物と相違している。
(四) 本件書籍では、本件著作物の写真のうち、モノクローム、カラー各一枚が脱落している。
(五) 本件書籍では第二〇八図のエックス線写真一〇枚が上下逆様に印刷され、そのため本件著作物と相違している。
3 著作権の侵害
(一) 本件著作物に対する被告の出版権は、存続期間について特に定めがないから、最初に出版のあつた昭和四六年九月一日から三年を経過した昭和四九年九月二日に消滅した。
(二) ところが、被告は、右昭和四九年九月二日以降も本件書籍を販売している。
(三) 原告は、被告に対し、東京地方裁判所昭和五八年(ワ)第二六一一号報酬金請求事件において、同事件の口頭弁論が終結した昭和五八年六月二〇日までに被告が販売した本件書籍五五六部について印税の支払を求めたところ、同年七月二五日、請求の一部を認容する判決が言い渡され、同判決は確定した。
(四) そこで、原告は、被告の出版権が消滅した昭和四九年九月二日以降被告が販売した本件書籍のうち、前記(三)の事件において請求した昭和五八年六月二〇日までの印税分を除き、その余の販売分に係る損害について支払を求める。
4 誤広告による名誉毀損
被告は、日本歯科医師会発行の月刊紙「日歯広報」第三七五号から第五〇八号までの別紙「誤広告表」記載の一七誌に本件書籍を広告するについて、同表のとおり原告の肩書を誤つて掲載し、もつて原告の名誉を傷つけた。
5 原告は、被告の2ないし4記載の不法行為により合計七二六万円の損害を被つた。
6 よつて、原告は、被告に対し、右損害金七二六万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年一月一四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、本件書籍の書名が「歯周疾患図説」であること、本件書籍では目次の標題と本文の標題が別紙「目次と本文の相違」のとおり一六八箇所で違つていることは認め、その余は不知。専門書を出版するにあたり、著者による校正は内容確認のためにも欠かすことのできないものであつて、本件書籍を出版するについても三回にわたり著者である原告による校正が行われており、右の書名の変更及び目次の標題と本文の標題の相違は右校正の結果に基づくものである。
3 同3の事実のうち、(一)は否認し、(二)、(三)は認める。
4 同4の事実のうち、原告主張の雑誌に原告主張の広告を掲載したことは認め、その余は否認する。
5 同5の事実は否認する。
三 抗弁
1 著作者人格権侵害の主張に対して
(一) 原告は、本件書籍が出版された直後である昭和四六年九月中旬頃、被告から本件書籍を受領しているから、その際、被告による著作者人格権侵害の事実を了知した。
(二) 原告の被告に対する著作者人格権侵害を理由とする損害賠償請求権は、民法第七二四条の規定に基づき、原告が損害及び加害者を知つた昭和四六年九月中旬頃から三年の期間の経過によつて時効消滅した。よつて、被告は、本訴において右時効を援用する。
2 誤広告による名誉毀損の主張に対して
(一) 誤広告が掲載された日歯広報は別紙「誤広告表」の発行月日欄記載のとおり発行され、原告はそれぞれの発行後まもなくこれら雑誌の配布を受け、そのうち誤広告が最後に掲載された日歯広報第五〇八号は昭和五三年一一月二五日に発行され、原告は遅くとも同年一二月中には右雑誌の配布を受けているから、その頃までに被告による誤広告の事実をいずれも了知している。
(二) 原告の被告に対する誤広告を理由とする損害賠償請求権は、民法第七二四条の規定に基づき、原告が損害及び加害者を知つた右昭和五三年一二月頃から三年の期間の経過によつて時効消滅した。よつて、被告は、本訴において右時効を援用する。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実のうち、原告が昭和四六年九月中旬頃被告から本件書籍を受領したことは認め、その余は否認する。
2 抗弁2の事実のうち、誤広告が掲載された日歯広報が別紙「誤広告表」の発行月日欄記載のとおり発行され、原告がそれぞれの発行後まもなくこれら雑誌の配布を受けたこと、そのうち誤広告が最後に掲載された日歯広報第五〇八号が昭和五三年一一月二五日に発行され、原告が遅くとも同年一二月には右雑誌の配布を受けたことは認め、その余は否認する。
【理由】
一著作者人格権侵害による損害賠償請求について
被告は仮に原告主張の著作者人格権の侵害行為が成立するとしてもその損害賠償請求権は時効で消滅している旨主張するので、まず時効の成否について検討する。
原告が昭和四六年九月中旬頃被告から本件書籍の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実によると、原告は本件書籍の交付を受けてまもなく、遅くとも同年一二月末日までには被告による著作者人格権侵害の事実及びこれに基づく原告主張の損害の発生の事実を了知したと推認することができ、この時から本訴が提起された日であること記録上明らかな昭和五八年一二月七日までに民法第七二四条前段所定の三年の期間が経過していることは明らかであるから、本訴における被告の消滅時効の援用により著作者人格権侵害を理由とする損害賠償請求権はすでに消滅したといわなければならない。
よつて、原告の右請求は、その余の主張に触れるまでもなく、理由がない。
二著作権侵害による損害賠償請求について
原告は、被告の著作権侵害行為によつて被つた損害の賠償を求めるとして、昭和四九年九月二日以降被告が販売した本件書籍のうち請求の原因3(三)の事件において請求した昭和五八年六月二〇日までの印税分を除き、その余の販売分に係る損害を主張するが、具体的な販売数についての主張立証をしない。
したがつて、原告の右請求は、その余の主張について触れるまでもなく、理由がない。
三誤広告を理由とする損害賠償請求について
被告は仮に原告主張の誤広告の事実があるとしてもその損害賠償請求権は時効で消滅している旨主張するので、まず時効の成否について検討する。
誤広告が掲載された日歯広報が別紙「誤広告表」の発行月日欄記載のとおり発行され、原告がそれぞれその発行後まもなくこれら雑誌の配布を受けたこと、そのうち誤広告が最後に掲載された日歯広報第五〇八号が昭和五三年一一月二五日に発行され、原告が遅くとも同年一二月には右雑誌の配布を受けたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実によると、原告は右日歯広報第五〇八号の配布を受けてまもなく、遅くとも昭和五四年一月末日までには被告による各誤広告の事実及びこれに基づく原告主張の損害発生の事実をいずれも了知したと推認することができ、この時から本訴が提起された日であること記録上明らかな昭和五八年一二月七日までに民法第七二四条前段所定の三年の期間が経過していることは明らかであるから、本訴における被告の消滅時効の援用により誤広告を理由とする損害賠償請求権はすでに消滅したといわなければならない。
よつて、原告の右請求は、その余の主張に触れるまでもなく、理由がない。
(牧野利秋 野崎悦宏 一宮和夫)