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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13008号 判決 1988年4月25日

原告

金昌永

右訴訟代理人弁護士

森井利和

海渡雄一

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

和久井孝太郎

渡辺邦彦

吾田健二

吉田宏彦

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

林菜つみ

坂田栄

主文

一  被告東京都は、原告に対し、二五万円及びこれに対する昭和五九年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告東京都との間に生じた分はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告東京都の、原告と被告国との間に生じた分は原告の各負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。但し、被告東京都は一五万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自三六〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和五九年一月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行の免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、アジア政経資料センターを主宰し、同センターにおいて月刊誌「韓国軍事情報資料KOREA MILITARY」(以下「コリア・ミリタリー」という。)を発行している者である。

2  本件捜索差押の経過

(一) 警視庁所属の司法警察職員は、昭和五八年九月下旬ないし一〇月上旬頃、疎明資料を添付のうえ、東京都内の裁判所に対し、訴外中川孝志(以下「訴外中川」という。)に対する爆発物取締罰則違反被疑事件について、東京都葛飾区新小岩二―三八―六所在の原告の自宅(以下「原告宅」という。)及び東京都新宿区西新宿七丁目一八番一六号トーシンハイム新宿六〇六号所在の原告の事務所(アジア政経資料センター)に対する各捜索差押許可状の発付を請求し(以下「本件令状請求」という。)、右請求を受けた裁判官は右捜索差押許可状を発付した。

(二) 警視庁公安部公安第一課派遣公安部外事第二課所属警部補吉田喜平(以下「警察官吉田」という。)及びその指揮下の司法警察職員は、昭和五八年一〇月一一日、原告宅を捜索し(右捜索を以下「本件第一捜索」という。)、原告所有の別紙一押収品目録(一)記載の物品(以下「本件第一押収物」という。)を差押え、さらに、原告方及び原告の父母、おいの写真を承諾なく撮影した。

(三) 警視庁外事二課所属警部補沖田政嗣(以下「警察官沖田」という。)及びその指揮する司法警察職員は、右同日、アジア政経資料センターを約四時間に亙り捜索した(以下右捜索を「本件第二捜索」という。)うえ、いずれも原告所有にかかる別紙一押収品目録(二)記載の物品(以下「本件第二押収物」という。)を差押えた。

(四) その後、本件第一、第二押収物は、昭和五八年一〇月一九日、全て原告に還付された。

3  本件捜索差押の違法性

(一) 刑事訴訟法上、被疑者以外の第三者に対する捜索は、「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合」に限つて許されるものである。

しかるに、本件第一及び第二の捜索(以下、併せて「本件捜索」という。)は、訴外中川と何の関連性もない原告の住所及び事務所に対し違法になされたものであり、その結果原告の住居の平穏を害した。

(二) 刑事訴訟法上、押収すべき物は「証拠物または没収すべき物と思料される物」に限定されるところ、本件差押は、いずれも原告の個人用の住所録、メモ類及び「コリア・ミリタリー」並びにアジア政経資料センターの業務のための住所録、メモ類に対してなされたものであり、訴外中川とは何の関係もなく、訴外中川の刑事事件に関し証拠物または没収すべき物と思料される物ではないにもかかわらずなされた違法なものであり、これにより原告の所有権を侵害した。

4  被告東京都の責任

(一) 本件令状請求をした司法警察職員は、本件令状請求についてはその請求の理由が全くなく違法なものであることを知つていたにもかかわらず、一般的警備公安情報収集を目的として右令状請求を行つた。

仮に、右令状請求が違法なものであることを知らなかつたとしても、司法警察職員としては、捜索差押許可状の発付を請求するにあたり、適切に証拠を評価し、関連性の全くない第三者宅を捜索して第三者所有物の差押をすることなどのないよう慎重に判断する義務があるのにこれを怠り、不確実な資料に基づいて関連性があるものと軽信して本件令状を請求したのであるから、前記司法警察職員には重大な過失がある。

(二) 警察官吉田及び同沖田は、本件捜索差押に理由がなく違法なものであることを知りながら(一般的警備公安情報の収集を目的として)、または重大な過失によりこれを知らずに、本件捜索差押許可状に基づき本件捜索差押を行つた。

(三) 右(一)及び(二)項の各行為は、いづれも被告東京都の公権力の行使に当たる公務員が職務を行うについて行つたものであるから、被告東京都は原告に与えた後記損害を賠償する義務がある。

5  被告国の責任

本件捜索差押許可状を発付した裁判官は、本件令状請求に捜索差押の理由と必要性があるか否かにつき、慎重に審査し判断すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と本件許可状を発付した重大な過失がある。右は、被告国の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うに当たつて行つたものであるから、被告国は、原告に与えた後記損害を賠償する義務がある。

6  損害

(一) 原告は、原告宅及び事務所であるアジア政経資料センターの捜索によつて、住居の平穏を害され、その所有物を九日間に亙つて取り上げられたことによつて、所有権を侵害され、業務に支障をきたしたうえ、さらに、家主及び近隣の人から爆発物と関連のある人物であるのではないかと疑われ、昭和五八年一一月一四日には、賃借建物の明渡を余儀なくされたものであり、これらにより多大の精神的打撃を被つた。右の損害を慰藉するには、少なくとも三〇〇万円を要する。

(二) 原告は、本件訴訟の提起遂行を原告訴訟代理人らに委任し、着手金として一五万円を支払い、報酬として四五万円を支払う旨約した。

7  よつて、原告は、被告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、右6(一)(二)の損害金合計三六〇万円及び内金三〇〇万円につき、不法行為の日の後で本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年一月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告東京都の答弁

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2(一) 請求原因2(一)の事実は認める。但し、捜索すべき場所は、正確には原告の父親金相柱宅のうち、原告の使用する居室及び関連場所である。

(二) 同(二)の事実のうち、原告方及び原告の父母、おいの写真を承諾なく撮影したとの点は否認し、その余の事実は認める。但し、捜索を実施した場所は、正確には、前項但書の場所である。

(三) 同(三)の事実のうち、四時間に亙つて捜索したとの点を否認し(二時間足らずであつた。)、その余の事実は認める。

(四) 同(四)の事実は認める。

3(一) 請求原因3(一)の後段の事実は否認する。

(二) 同(二)の事実のうち、本件差押のなされた物がいずれも訴外中川とは何の関連もなく、訴外中川の刑事事件に関し証拠物または没収すべき物と思料されるものでないとの点は否認し、その余の事実は不知。

4 請求原因4の事実は否認し、主張は争う。

5 同5の事実は否認し、主張は争う。

6 同6の損害の事実は不知。

(被告東京都の主張)

本件令状請求及び捜索差押は以下に述べるとおり適法に行われたものであつて、違法な点はない。

1 本件令状請求に至る経緯

(一) 訴外中川の逮捕等

(1) 警視庁公安第一課所属の司法警察職員(以下「公安第一課」という。)は、昭和五三年一月一日に発生したいわゆる「寿荘内爆発物所持事件」の被疑者加藤三郎(以下「訴外加藤」という。)及び太田早苗(以下「訴外太田」という。)を昭和五八年五月一六日、相次いで逮捕したが、逮捕後の訴外太田に対する取調により、訴外中川が訴外太田の逃走を援助した事実が判明した。

すなわち、訴外中川は、太田が爆発物取締罰則第三条違反の罪を犯した犯人であることを知りながら訴外山田塊也らと共謀のうえ、昭和五三年六月上旬頃、訴外太田を潜伏先である愛知県内の住居から鹿児島県内の「無我利道場」に連れて行つたが、その際、訴外太田の交通費合計一万三五七〇円を支払うとともに、同人に現金二万円を交付し、その頃から同年一〇月下旬頃までの間、同人を右道場に居住させて匿つたほか、昭和五四年九月頃、千葉県内で同人に対して現金二ないし三万円を交付し、同人の逃走を支援し、容易ならしめたのである(右被疑事実を以下「本件被疑事件」という。)。

(2) そこで、公安第一課は、訴外中川を爆発物取締罰則第九条違反の被疑者と認め、昭和五八年九月二二日、同訴外人を通常逮捕した。

(3) 公安第一課は、訴外中川を逮捕した際、同訴外人が日比谷図書館内に設置されているコインロッカーの鍵を所持していたところから、捜索差押許可状を得て、右コインロッカーを捜索し、中川所有のものと認められる手帳及び機関紙「路」、地図、印鑑等を押収した。

(二) 本件被疑事件と原告との関係

本件被疑事件の裏付け捜査の過程で、警察官田原は、左記の諸点から、本件被疑事件と原告との間に関連性があるものと考えた。

(1) 公安第一課は前記押収した中川の物と認められる手帳を調べたところ、暗号と思われる数字と共に、原告の主宰するアジア政経資料センターの名称、電話番号が記載されていたため、中川が原告と何らかの連絡を取り合つていると推測した。

(2) 原告が発行している「コリア・ミリタリー」には、日本の大企業が韓国人労働者を差別し賃金を搾取している旨の記載があるが、公安第一課は、右記事が、日本帝国主義や大企業が被抑圧人民、とりわけ、韓国人民を抑圧し差別しているとの情勢認識の下に、このような抑圧からの解放を標傍する訴外太田の思想や同人を蔵匿隠避した訴外中川の考え方と同一のものであり、「コリア・ミリタリー」が訴外中川による本件被疑事件の動機になつている可能性があると考えた。

また、公安第一課は、「コリア・ミリタリー」に記載されている思想は、訴外中川が精力的に救援活動をし、訴外加藤や同太田も思想的に共鳴していた東アジア反日武装戦線(連続企業爆破犯人グループ)の思想とも軌を一にしていると判断した。

(3) 訴外中川らと関連のある東アジア反日武装戦線(連続企業爆破犯人グループ)との共闘の必要性が機関誌「路」に記載されていたことから、公安第一課では「路」の発行元等についても捜査を始め、その過程で、アジア政経資料センターに電話してみたところ、原告が電話に出て、「路」は市販されておらず、すぐには入手できないが、一週間位待てば入手できるので、そのころ再度電話してもらいたい、ただし、申込先等については、一切教えられない旨申し述べるなどしたことから、原告は「路」の発行元、入手方法等について熟知しているものと思われた。

(4) 訴外太田を蔵匿隠避した事件は、「東アジア反日武装戦線を救援する会」の主要な活動家である訴外中川や同山田、同實方藤男、同野間正紀、同山口健二らが共謀して行つたものと認められるところ、訴外山口健二が訴外太田を隠避した事件で警視庁が新地平社を捜索した際、原告方の住所、氏名、電話番号が記載されているアドレスブックや無我利(太田を隠避した道場の名称)通信が発見され、このことから、原告が訴外山口健二とも関連があると推測され、また、右新地平社は、多数の極左活動家らが出入していることから、原告は、この地平社とも何らかの関連を有すると推測された。

(5) 公安第一課で、原告について捜査した結果、原告は、歩行中に急に後方を振り返つたり、佇立反転したり、さらに、不必要に店内を通り抜けたりするなど、極左暴力集団特有の警戒的な行動を繰り返したり、一か月に七万円余の家賃を支払いながら毎日のようにパチンコで暇つぶしするなど、アジア政経資料センターで稼働している時間が極めて少なく、不審な点のあることが判明した。

(6) 本件被疑事件は、東アジア反日武装戦線を支援するグループや極左活動家らによつて組織的かつ綿密な計画のもとに物心両面に亙つて支援されている疑いがあつた。

(三) 本件捜索差押の必要性

警察官田原は、訴外中川が逮捕されて以来、完全黙秘を通していることから、本件犯行の全貌を解明し、訴外中川にかかる被疑事実を明らかにするためには、さらに組織性や計画性をはじめとし、犯行の動機、背後関係その他に関する証拠を収集する必要があると判断した。

そして、警察官田原は、前記(二)項のとおり、本件被疑事件の裏付捜査の過程で本件被疑事件と原告との間に関連性があるものと判断し、原告自宅あるいは原告の事務所であるアジア政経資料センターに本件被疑事件に関連する証拠の存在する蓋然性が高いと考え、右両所に対して、捜索差押を行う必要があると判断した。

2 本件捜索差押許可状の請求とその発付

そこで、警察官田原は、昭和五八年一〇月八日、東京簡易裁判所に対し、原告父親宅内の原告の使用する居室及び関連場所並びにアジア政経資料センターに対する捜索差押許可状の発付を請求し、同日、同裁判所裁判官長谷川光男による別紙二記載のとおり捜索差押許可状(捜索場所ごとに一通ずつ、以下「本件捜索差押許可状」という。)の発付を得た。

3 本件捜索差押の実施状況

(一) 本件第一捜索差押

警察官吉田は、他の警察官八名と共に、昭和五八年一〇月一一日、午後零時五〇分頃、原告宅において、原告の両親に対し、本件捜索差押許可状を呈示し、同日午後一時四〇分頃までの間、原告の父親の立会の下、原告の使用する部屋及び原告が使用していると思料された台所等の関連場所について、捜索を行つた。その結果、警察官吉田は、原告の使用する部屋から本件被疑事件の証拠物と思料される本件第一押収物を発見し、これを差押えた。

警察官吉田が、本件第一押収物を証拠物と思料した根拠は、訴外太田が逃走中、朝鮮人宅を訪問したことが同訴外人の供述により明らかとなつており、関連被疑者宅で差押えられた手帳にも「金」姓の記載があつたところ、右押収物に記載されていた住所氏名等の中に「金」の姓も見られたため、右押収物には訴外太田や同中川が逃走中に接触した人物など関係者について記載されている可能性があると考えられたことによる。なお、警察官吉田は、右捜索差押に際し、捜索差押の適法性を担保するため、他の捜査員に対し、原告の両親に捜索差押許可状を呈示している状況及び原告の使用する部屋に前項の押収物が存在していた状況、及び原告の父親に押収品目録交付書を交付している状況について写真撮影をさせた。

(二) 本件第二捜索差押

(1) 警察官沖田は、他の警察官七名とともに、昭和五八年一〇月一一日午前一一時四六分頃から同日午後一時三八分頃までの間、アジア政経資料センターにおいて、原告に捜索差押許可状を呈示し、同場所を原告立会の下に捜索した。

(2) 右捜索の結果、警察官沖田らは本件第二押収物を差押えた。

右差押の際、警察官沖田らは、本件第二押収物につき、それぞれ、左記の理由により、本件被疑事件と関連性があると思料した。

(ア) 本件第二押収物の①(購読会員申込書)

訴外太田、同中川及び東アジア反日武装戦線の構成員らは、「コリア・ミリタリー」を購読して思想の強化を図つていることが窺われていたうえ、右押収物には、本件被疑事件の関連被疑者である山口健二と親交のある京田行創や山川暁夫こと山田昭の住所氏名、電話番号等が記載されていたことから、右押収物記載の人物の中には、訴外太田や同中川らと接触した人物もしくはこれらの者の支援者等が含まれている可能性があると思料された。

(イ) 本件第二押収物の②(ノート一冊)

本件被疑事件の関連被疑者である山口健二と親交のある山川暁夫こと山田昭の氏名が記載されていたことから、右(ア)項同様の理由による。

(ウ) 本件第二押収物の③(住所メモ一冊)

「コリア・ミリタリー」の購読者の宛先が記載されていると推測されたが、その中に京田行創、山川暁夫こと山田昭の住所、氏名が記載されていたことから、前記(ア)項同様の理由による。

(エ) 本件第二押収物の④(葉書一枚)

右押収物には山川暁夫こと山田昭が主宰する「日韓連帯委員会」の事務所所在地及び「コリア・ミリタリー」の購読を申込む旨の記載があつたことから、前記(ア)項同様の理由による。

(オ) 本件第二押収物の⑤(電話帳)

右押収物には「あらばき 関根(208)0256」と記載されているが、右は、あらばき協働印刷の名称及び電話番号等を記載したものであり、右印刷所は、本件被疑事件の関連被疑者山口健二と交流のある関根美子が経営しており、同所には、中川が活動母体としている「東アジア反日武装戦線を救援する会」の構成員が出入している事実があつた。また、右押収物には、山川暁夫こと山田昭の氏名や新地平社の電話番号が記載されていた。このようなことから、右押収物記載の中に訴外太田や同中川が逃走中接触した人物等関係者が含まれていると思料された。

(カ) 本件第二押収物の⑥(メモ一枚図面記載のもの)

右押収物には、場所を表示する略図、電話番号等が記載されているが、右略図等は、訴外太田または同中川の潜伏先等関連場所を記載したものではないかと思料された。

(キ) 本件第二押収物の⑦(メモ一枚前田康博と記載のもの)

訴外太田は、訴外前田幸子宅に潜伏していた事実があり、前田幸子の弟は、三鷹市内に居住しているとのことであつたため、右押収物記載の住所、氏名が右弟のものであつて、訴外太田ないし同中川の立回り先等の関連場所である可能性があると思料された。

(ク) 本件第二押収物の⑧(メモ一枚資料室で等と記載のもの)

訴外太田が神田商会に潜伏していたことは、捜査の過程で明らかであり、右神田商会は、社青同構成員及び同派の流れをくむ者らによつて設立されたものであるところ、右押収物には、社青同の電話番号や所在地等が記載されていたことから、右記載は、訴外中川または同太田らの潜伏先等の関連場所である可能性があると思料された。

(ケ) 本件第二押収物の⑨(メモ一枚金英哲等記載のもの)

訴外太田には大阪市生野区内に居住する「金」姓の恋人がいたことが捜査の過程で明らかであつたところから、押収物記載の住所、氏名の場所が訴外太田の潜伏先である可能性があると思料された。

(コ) 本件第二押収物の⑩(住所録替紙)

右押収物には「東アジア反日武装戦線を救援する会KQ通信社」の記載があるが、右団体は、連続企業爆破事件等爆弾事件の被告人を救援する目的で結成されたものであり、訴外中川は「東アジア反日武装戦線を救援する会」の中心的活動家である。また、右押収物には、「新地平社」の記載があるが、同所は、本件被疑事件の関連被疑者訴外山口健二の勤務先であり、さらに、同押収物には、訴外山口健二と交流のある人物名も記載されていた。これらのことから、右押収物には、訴外太田や同中川らと接触したおそれのある人物等関連者の氏名等が記載されている可能性があると思料された。

(サ) 本件第二押収物の⑪(振込通知書一冊)

右押収物には、山川暁夫こと山田昭の住所、氏名等が記載されていたことから、前記(ア)項と同様の理由による。

(シ) 本件第二押収物の⑫(メモ紙四枚 川労協等記載のもの)

右押収物には、氏名等のほか、「オルグ」、「回る所をたのむ」の記載や略図等の記載があることから、右押収物も訴外太田や同中川の逃走中の行動に関する手掛かりが得られる可能性があると思料された。

(ス) 本件第二押収物の⑬(メモ紙一枚 コピーしたもの)

訴外太田や同中川は、朝鮮人民の差別、解放問題に取り組んでいたことや、訴外太田が前記のとおり、逃走中朝鮮人宅を訪問したことが明らかであつたこと、関連被疑者宅から差押えた手帳にも朝鮮人名の記載があつたこと等の事情から、訴外中川は、訴外太田の逃走を援助するため、朝鮮人や朝鮮人と交流がある者と接触し、その援助を受けていた疑いがもたれていた。また、訴外太田は、逃走中、大学寮を訪問したり大学などでモデルのアルバイトをしていた事実があつた。これらの事情の下で、右押収物には、朝鮮人名と思われるハングル文字や大学名が記載されていたことから、右記載の中には訴外中川や同太田が接触した人物等の関連人物がいる可能性があると思料された。

(セ) 本件第二押収物の⑭(「コリア・ミリタリー」綴り)

訴外中川らは、「コリア・ミリタリー」を購読して思想の強化を図つていたことが窺われたところから、本件被疑事件の思想的背景に関係あるものと思料された。

三  請求原因に対する被告国の答弁(請求原因に対する認否)

1  請求原因1の事実は不知。

2(一)  請求原因2(一)の事実は認める。

なお、本件令状請求をした司法警察職員の氏名は田原達夫(警部)であり、請求年月日は昭和五八年一〇月八日、被請求裁判所は東京簡易裁判所であつた。

(二)  同(二)の事実は不知。

(三)  同(三)の事実は不知。

(四)  同(四)の事実は不知。

3  請求原因3のうち、本件捜索が訴外中川とは何の関連性もない原告の住所及び事務所に対しなされたものであるとする点及び本件差押が訴外中川の刑事事件に関し証拠物または没収すべき物と思料されない物に対してなされたとの点は否認し、本件捜索差押がいずれも違法なものであるとの主張は争う。

4  請求原因4については認否しない。

5  請求原因5の事実は否認し、主張は争う。

6  同6の事実は不知ないし否認する。

(被告国の主張)

本件捜索差押許可状の発付は、担当裁判官が職務上刑事訴訟法規に基づき、令状請求権者から提供された資料を詳細に審査した結果行つたものであり、法律上の要件を備えたものであるから何ら違法はない。

第三 証拠<省略>

理由

一請求原因2(一)(本件令状請求)の事実は当事者間に争いがない。

二右争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、本件捜索差押当時、アジア政経資料センターを主宰し、同センターにおいて、月刊誌「コリア・ミリタリー」を発行していた(この事実は、原告と被告東京都の間では争いがない。)。

2  訴外太田は、同加藤と共に、昭和五三年一月一日、東京都下板橋区内の「寿荘」で製造中の爆弾を誤爆させる事件(「寿荘内爆発物所持事件」)を起こし、逃走していたが、昭和五八年五月一六日、公安第一課により逮捕された。右逮捕後、同課で訴外太田に対する取調をした結果、訴外中川が訴外太田の逃走を援助していたという本件被疑事件の嫌疑が生じた。

そこで、公安第一課は、昭和五八年九月二二日、訴外中川を通常逮捕したが、その際、訴外中川が日比谷図書館内のコインロッカーの鍵を所持していたので、捜索差押許可状を得て、右コインロッカーの捜索を行い、コインロッカー内に存した訴外中川所有のものとみられる手帳及び機関紙「路」、地図及び印鑑等を押収した。

3(一)  訴外中川は、逮捕以来完全黙秘を続けていたが、公安第一課で、右押収物を調べたところ、その中の手帳には、原告の主宰するアジア政経資料センターの名称及び電話番号が記載されていた。

(二)  また、前記押収物の中の雑誌「路」(「みち」と読む。)には、訴外中川らと関連のある東アジア反日武装戦線との共闘の必要性などが記載されていたため、公安第一課では、これについても捜査したが、その過程で、同課所属の警察官五十嵐は、同課の警察官田原から、アジア政経資料センターの原告に対して匿名で電話を掛け、右「路」の販売ルート等についての問い合わせをしてみるようにとの指示を受け、これを実行した。

右架電の際、警察官五十嵐は、右雑誌の誌名について、単に「みち」という表現で尋ねたため、右電話を受けた原告は、同音異議語の誌名を持つ雑誌「道」(同雑誌は、昭和五七年七月一日発行の七月号をもつて廃刊していた。)について尋ねられているものと誤解し、雑誌「道」は見たことがあり、探してみるので、また電話を掛けてくるようにとの趣旨のことを答えた(この点、証人五十嵐は、電話で原告に問い合わせる際、警察官田原から「路」の方の「みち」である旨確認するようにとの指示を受け、警察官五十嵐は、そのとおり、原告に対して確認のうえ、問い合わせた旨供述するが、右供述は、証人田原の右捜査当時、雑誌「道」の存在を知らなかつた旨の供述に照らし、にわかに措信し難い。)。

警察官田原は、同五十嵐から原告に対する問い合わせの結果について報告を受け、原告は「路」についての入手方法、販売ルート等について熟知しているものとの誤解に基づく認識を得た。

(三)  また、訴外山口健二が訴外太田を隠避した事件で、極左活動家が出入している新地平社を捜索した際にも、同所においてアジア政経資料センターの住所電話番号等が記載されているアドレスブックが発見された。

(四)  警察官田原は、原告の主宰するアジア政経資料センターが出版している「コリア・ミリタリー」の主張は、訴外太田ないし同中川の思想や同訴外人らが思想的に共鳴していた東アジア反日武装戦線の思想と軌を一にしていると判断した。

(五)  警察官五十嵐は、他の警察官一名とともに、原告の日常行動を三、四日に瓦つて監視し、その結果、原告の、駅の改札口から入つて電車に乗らず、別の改札口からでるという行動や、路地に入つてから反対方向に方向転換し、再び戻つてきて立ち止まる、周囲をきよろきよろ見回す、あるいは、パチンコ屋の店内を通り抜ける等の行動を観察し、これらを不審な行動であると判断し、その結果を警察官田原に対し報告した。警察官田原は、右報告から、原告が極左暴力集団特有の行動をしているものと判断した。

4  以上の事実関係を総合して、警察官田原は、原告が本件被疑事件に関連しているものと判断し、原告の自宅と原告の主宰するアジア政経資料センターに本件被疑事件に関連する証拠の存在する蓋然性が高いと考え、右二か所について捜索差押をする必要があると判断した。

5  そこで、警察官田原は、同五十嵐が前記3項記載の諸事実について記載した捜査報告書と訴外中川の本件被疑事件の資料を疏明資料として添付し、東京簡易裁判所に対し、本件捜索差押許可状の発付を請求したところ、同裁判所裁判官長谷川光男は、右同日、本件捜索差押許可状を発付した。

6  そして、警察官吉田は、警察官田原の指示の下、その他の警察官八名とともに、昭和五八年一〇月一一日午後零時五〇分頃から、同一時四〇分頃までの間、原告の両親に対し、本件捜索差押許可状を呈示したうえ、原告の父親立会の下、原告宅を捜索し、本件第一押収物を差押えた。なお、右捜索の際、捜索に当たつた警察官が、捜索差押手続の適法性の証拠とするため、原告の両親に対し本件捜索差押許可状を呈示しているところを同人らの承諾を得ず写真撮影した。

また、警察官沖田は、警察官田原の指示の下、その他の警察官七名とともに、右同日、午前一一時四六分頃から同日午後一時三八分頃までの間、原告に対し、本件捜索差押許可状を呈示したうえ、原告立会の下、原告の主宰するアジア政経資料センター事務所を捜索し、本件第二押収物を差押えた(右同日、右二か所に対して右記載の各警察官による捜索差押がなされたこと、原告宅に対する捜索の際、原告の両親に対して写真撮影がなされたことは原告と被告東京都との間に争いがない。)。

7  警察官田原は、右捜索差押後、本件押収物について捜査したが、その結果、右押収物のうちには、本件被疑事件について証拠たり得るものはないことが判明したため、同年一〇月一四ないし一五日には、本件押収物の全てについて還付することを決定し、警察官五十嵐に対し、その旨指示した。

警察官五十嵐は、右指示を受け、直ちに原告に対する還付の手続をすべく、原告と連絡を取ろうとしたが、連絡が取れず(原告は、この連絡を同月一七日に、同人の弟を通して受けた。)、同月一九日になつて、原告の父親を通して本件押収物全てを原告に還付した(同日、本件押収物が全て原告に還付されたことは、原告と被告東京都との間に争いがない。)。

三被告東京都の責任

1  刑事訴訟法によれば、捜査官は、犯罪捜査の必要性があれば、裁判官の令状を得て捜索差押をすることができる(同法二一八条一項)とされているが、被疑者以外の第三者の住居その他の場所に対する捜索差押は、「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り」行うことができる(同法二二二条一項で準用する一〇二条二項)とされており、同法は第三者に対する強制力の行使については、その者の受ける不利益を考慮してより謙抑的に行うことを予定し、捜査官が裁判官に対して右令状の発付を請求するに際しては、差押えるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料を提供しなければならないとされている(刑事訴訟法規則一五六条三項)。したがつて、捜査官が第三者の住居その他の場所に対する捜索差押令状の請求をするには、その第三者と被疑者との間に関連性があり、右第三者の住居等に被疑事実に関する証拠物が存在する高度の蓋然性があることの疏明資料を提供することが要求され、かつ、被疑事実の証拠として差押えることにつき必要性が十分認められるのでなければならないものである。

2 本件において、警察官田原が本件令状請求に当たつて認識していた事実関係は、前記二3記載のとおりであり、同警察官が右請求に添付した原告と本件被疑事件との関連性を示す疎明資料は右事実関係について記載した捜査報告書のみであるところ、同警察官が原告と本件被疑事件との間に関連性があり、原告宅に被疑事件に関する証拠物の存在の高度の蓋然性があると判断した根拠はいずれも薄弱なものである。すなわち、

(一)  まず、訴外中川の所有物と思われる手帳にアジア政経資料センターの名称及び電話番号が記載されていた点は、アジア政経資料センターの存在自体、雑誌の出版を業とするいわば公的な存在であるから、その出版元の電話番号等がある者の手帳に記載されていても、手帳に記載している者と出版元との関係は単なる雑誌の一読者とその出版元との関係にすぎないことも考えられ、右事実のみから、訴外中川と原告の間に特別親密な関係があると推測することは合理性を欠くというべきである。

(二)  また、新地平社の捜索の結果押収した手帳にアジア政経資料センターの記載が存したことについても右同様であり、しかもこれは、本件被疑事件との直接の関係が明白でない訴外山口健二についてのものであるから、本件被疑事件との関連性は極めて希薄であるというべきである。

(三)  また、「路」については、前記認定のとおり、警察官田原は、東アジア反日武装戦線との共闘を主張していた同雑誌について、原告が販売ルート等について熟知していたと誤解して認識していたものであり、警察官田原の右認識が、雑誌「道」についての知識の欠如に起因する点は捜査上の不手際というべきであるが、その点は措くとして、警察官田原が、「路」に対する知識を原告が有していたと認識していたとしても、このことは、原告と本件被疑事件との関連性を推測する根拠として、さして、有力なものとはなり得ないというべきである。

(四)  また、警察官田原は「コリア・ミリタリー」の思想と東アジア反日武装戦線の思想が軌を一にしていたと判断しているが、証人田原の供述によれば、同人が、両者の思想の同一性として認識していたものは、日本民族あるいは、日本帝国主義が、東アジア民族、ことに朝鮮民族を抑圧しているという認識を背景にしている点だけであつたことが認められる。しかし、右程度の思想の共通性から、直ちに本件被疑事件に対して、原告が関連性を有しているとまで推測するのは牽強付会のそしりを免れないといわざるを得ない。

(五)  さらに、原告に対する行動観察の結果も、原告が例えば本件被疑事件の関係者と会つていたなどの事実が認められたならばともかく、前記認定の観察結果だけから、極左暴力集団特有の行動と判断し、さらには、原告が本件被疑事件に関連していることを推測するというのは無理があるといわざるを得ない。

3  以上のごとく、警察官田原がそもそも原告が本件被疑事件に関連していると推測するに至つた根拠事実は、いずれも右推測の根拠として薄弱なものであつて、なお右関連について周到な捜査を継続する必要があつたというべきであるから、これら各事実を総合しても、原告宅及び原告の主宰するアジア政経資料センターの事務所に押収すべき物(本件被疑事件に関する証拠物)の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき充分な根拠、資料は存しなかつたといわざるを得ず、したがつて、本件令状請求は法律上の要件を欠く違法な行為であつたというべきである。

4  そして、被告東京都の公権力の行使に当たる公務員である警視庁所属の司法警察職員としては、裁判官に対し、被疑者以外の第三者の住居その他の場所に対する捜索差押許可状の発付を請求する際には、被疑者に対する以上に慎重に「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」の存否を吟味検討すべき注意義務があるところ、警察官田原は、右義務を怠り、右状況があることを認めるべき充分な根拠、資料がないのに本件令状請求を行つたのであるから、右行為には過失が有つたというべきである。

そして、前記認定のとおり、警察官田原は、右令状請求によつて発付を得た本件捜索差押許可状に基づく捜索差押の実施を警察官吉田及び同沖田らに対し指示し、その結果、本件捜索差押が行なわれたのであるから、被告東京都は、国家賠償法一条一項に基づき本件捜索差押の実施によつて原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

5  なお、原告は、本件捜索差押の個々の実施方法についても不法行為が成立する旨主張するが、まず、本件捜索の実施方法に関しては、前記認定のとおり、本件第一捜索において、原告の両親に対する写真撮影がなされているが、これは原告に対して行われたものではないから、原告との関係で司法警察職員の過失が問題になる余地はなく(住居の平穏が害された一事情にすぎない。)、他に捜索の実施方法について手続上司法警察職員の過失が認められる点は見い出されない。

また、本件差押の個々の実施においても、前掲乙号各証(乙号第一七号証の一、二を除く)によれば、本件第一押収物は本件捜索差押許可状「差押えるべき物」の2項「メモ」に、本件第二押収物のうち①及び⑬は「差押えるべき物」の3項「名簿」に、②は「文書類」に、③、⑧及び⑩は1項「住所録」に、④及び⑪は2項「通信文」に、⑤は1項「私製電話張」に、⑥、⑦、⑨及び⑫は2項「メモ」に一応それぞれ該当していると認められ、その他、手続上、司法警察職員の過失が認められる点は見い出されない。

よつて、本件捜索差押の個々の実施方法については不法行為が成立しないというべきである。

四被告国の責任

1  前記認定のとおり、東京簡易裁判所裁判官長谷川光男が本件捜索差押許可状を発付しているので、右発付行為の違法性について判断する。

2  裁判官がその職務の追行ないしその権限の行使として行つた捜索差押許可状の発付行為が国家賠償法一条一項の規定の適用上違法となるのは、単に右発付につき刑事訴訟法上の救済方法によつて是正されるべき瑕疵が存在するというだけでは足りず、当該裁判官が違法または不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。すなわち、裁判は、一定の手続のもとで行われる訴訟活動に基づいて一定の判断を下す作用であるが、右の判断は、裁判官によつて意見の分かれ得るような事実上、法律上の問題についての結論の選択という要素を含むものであつて、その正当性は相対的なものである。したがつて、仮に、ある裁判官が正当であるとした判断が後に他の裁判官によつて不当であると判断されたとしても、それは判断内容の当否の問題であつて、そのために先の判断行為が当然に違法行為となるわけではない。国家賠償の原因となる裁判行為の違法性とは、裁判の結果身体財産に損失を受ける者に対する関係において、裁判官に対して法が職務の執行、権限の行使について遵守すべきことを要求している規範に違反して裁判行為がされることをいうものと解すべきであるから、国家賠償法上は裁判官が常に正当な裁判(国家賠償請求事件を審理判断する裁判所が正当であるとした裁判)をすることを裁判官が遵守すべき法的義務として課せられているものと考えるのは相当ではないというべきである。この理は、裁判官が前記の判断作用を経て行う裁判全てに妥当するものというべきであり、捜索差押許可状発付行為もそのような判断作用を経てなされるものであつて例外ではないから、これを国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為であるとするためには、本項冒頭に掲記したとおり、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判したなど裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当というべきである。

3  そこで、本件における裁判官の本件許可状発付行為についてみるに、右発付行為にあたつて担当裁判官が違法または不当な目的をもつて裁判をしたなど裁判官が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があつたことについて何ら主張がなく、かつ、これを認めるに足りる証拠はないから、国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があつたということはできないというべきである。

五原告の損害について

1  本件捜索差押により原告宅は、約一時間に亙り、また原告事務所は約二時間に亙りそれぞれ住居の平穏を害されたほか、原告は、前記認定のとおり本件捜索差押によりその所有物を押収され、また、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告が、本件捜索のあと、近隣の人から特別の目で見られるようになつたと意識するようになつたこと、これらのことにより精神的苦痛を被つたことが認められる。

しかし、原告が右捜索によつて、原告事務所の明渡を余儀なくされ、また、右押収物の占有を奪われたことによつて業務に支障を来したことを認めるに足りる証拠はない(事務所の明渡については、原告自身、賃貸人から本件捜索のことについては、何も言われていない旨供述している。)。

以上の事実に本件捜索差押当時の原告の職業等諸般の事情を考慮すると原告の精神的損害を慰藉する金額としては、二〇万円が相当というべきである。

2  次に、弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の提起遂行を原告訴訟代理人弁護士らに委任し、着手金として一五万円を支払い、報酬として四五万円を支払う旨約したことが認められるが、前記認容金額、本件事案の内容等に鑑みると本件違法行為と相当因果関係のある損害として被告東京都に負担させるべき弁護士費用の金額は五万円が相当というべきである。

六よつて、原告の被告東京都に対する本訴請求は前項の二五万円とこれに対する不法行為の日の後である昭和五九年一月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余の被告東京都に対する請求及び被告国に対する請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱宣言につき、同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官阿部則之 裁判官芦澤政治 裁判長裁判官塩崎勤は転補のため、署名押印することができない。裁判官阿部則之)

別紙一 押収品目録

(一) メモ紙片(追加と記入あるもの等) 二枚

(二)①講読会員申込書(野村和造外のもの) 一二七枚

②ノート 一冊

③住所メモ(原稿用記載のもの)

一一枚

④葉書(差出人福好昌治) 一枚

⑤電話帳 一冊

⑥メモ(図面記載のもの) 一枚

⑦メモ(前田康博と記載のもの)

一枚

⑧メモ(資料室で等と記載のもの)

一枚

⑨メモ(金英哲等記載のもの) 一枚

⑩住所録替紙 一冊

⑪振込通知書 八三枚

⑫メモ紙(川労協等記載のもの)

四枚

⑬メモ(コピーしたもの) 一枚

⑭コリヤミリタリー綴り(No.1〜No.20のもの) 一冊

別紙二

一 被疑者

中川孝志

昭和二四年六月三日生

二 被疑事実

被疑者は、太田早苗が爆発物取締罰則第三条の罪を犯したものとして警察により指名手配されているものであることを知りながら山田塊也等と共謀のうえ

1 昭和五三年六月上旬頃、右太田を潜伏先である愛知県名古屋市千種区田代町鹿子殿八一番地の一 愛知県職員田代第一住宅F一〇四号 野間正紀方から鹿児島県大島郡宇検村久志二四八番地所在「無我利道場」に同道し、この間に至る右太田の汽車賃、船賃、バス代等運賃合計約一三、五七〇円を支払うと共に右太田に現金二万円を交付し、右同時期から昭和五三年一〇月下旬頃までの間、右太田を右道場に匿い

2 昭和五四年九月頃、千葉県松戸市上本郷六一八番地 マンション第八松戸六〇四号室 前田幸子方において右太田に現金二〜三万円を交付し、右太田の逃走を支援し、容易ならしめ、もつて爆発物取締罰則第三条の犯罪者を隠避させたものである。

三 罪名及び罰条

爆発物取締罰則第九条違反

四 差押えるべき物

本件に関係あると思料される

1 住所録、私製電話帳、日記、カレンダー、スクラップ帳および新聞紙、機関紙誌

2 通信文、連絡文およびその原稿・メモ・写真帳

3 組織図・活動方針・名簿・地図・略図等の文書類

4 金銭出納帳・伝票・領収書・納品書・契約書

5 偽名、異名使用に関係ある身分証明書・住民票(写)等の資料

6 本件の思想的背景に関係ある文書

五 捜索場所

○ 東京都葛飾区新小岩二丁目三八番六号 金相柱方

金昌永が使用する居室および関連場所

○ 東京都新宿区西新宿七丁目一八番一六号 トーシンハイム新宿六〇六号

アジア政経資料センター

金山昌永こと 金昌永の使用する部屋

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