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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)1584号 判決 1984年10月26日

原告

島田綾子

ほか一名

被告

久野敏男

主文

一  被告は、原告島田綾子に対し、金七一一万七四〇三円及びこれに対する昭和五七年六月二三日から支払済に至るまで年五分の割合の金員を、原告長島伸佳に対し、金七三七万四六二六円及びこれに対する昭和五七年七月一〇日から支払済に至るまで金五分の割合による金員を、各支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告島田綾子に対し金一三三四万九七九二円及びこれに対する昭和五七年六月二三日から支払済に至るまで年五分の割合の金員を、原告長島伸佳に対し金一五三一万七三五五円及びこれに対する昭和五七年七月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、各支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五七年六月二二日午後七時二分ころ

(二) 場所 東京都新宿区水道町七番地先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(練馬五六ひ一一三六)

(四) 右運転者 訴外久野昌市(以下「昌市」という。)

(五) 事故態様 訴外亡長島哲二(以下「亡哲二」という。)は、加害車両に轢過され、頭蓋底骨折、脳損傷等の傷害を受け、昭和五七年七月九日死亡した(以下右事故を「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告は、加害車両の保有者(運行供用者)であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、本件事故により原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益 金二一八一万七八〇四円

亡哲二は、事故及び死亡時一一歳の男子で、本件事故がなければ一八歳から六七歳まで稼働可能でその間少なくとも全産業全年齢計の男子平均賃金である月額金二八万一六〇〇円の所得を得られた筈であるから、右金額を基礎に、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、亡哲二の逸失利益の現価を算出すると、次の計算式のとおり、金二一八一万七八〇四円(一円未満切り捨て)となる。

計算式

281,600×12×(1-0.5)×(18.699-5.786)=21,817,804

(二) 慰藉料 金一〇〇〇万円

亡哲二は、本件事故により受けた傷害の結果死亡したものであり、事故により多大な精神的苦痛を被つたところ、これを慰藉するための慰藉料としては金一〇〇〇万円が相当である。

(三) 原告らの身分関係及び相続

原告島田綾子(以下「原告島田」という。)は亡哲二の母、原告長島伸佳(以下「原告長島」という。)は亡哲二の父であつて、他に亡哲二の相続人は存しないから、原告らは、亡哲二の死亡により前記(一)及び(二)の損害賠償請求権を法定相続分(各二分の一)の割合で相続取得した。

(四) 原告ら固有の慰藉料 各金五〇〇万円

原告らは亡哲二の両親として本件事故で亡哲二が死亡したことにより多大な精神的苦痛を被つた。特に原告長島は原告島田と昭和四九年七月離婚して以来約八年にわたり亡哲二を養育してきたものである。原告ら固有の慰藉料としては各金五〇〇万円が相当である。

(五) 原告長島は、次の諸費用を負担のうえ支出した。

(1) 亡哲二の入院治療費 金二二八万九七七〇円

(2) 亡哲二の入院諸雑費 金三万六六七三円

(3) 交通費関係 金一万九二二〇円

(4) 亡哲二の葬儀費用 金二七〇万二五六〇円

(六) 弁護士費用

原告らは、被告が損害額を任意に支払わないため、それぞれ本訴の提起追行を訴訟代理人に委任することを余儀なくされたが、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用としては、原告島田につき金二〇九万〇八九〇円、原告長島につき金二〇〇〇万円が相当である。

(七) 以上を合計すると、原告らの損害額は、原告島田が金二二九九万九七九二円、原告長島が金二七九五万七一二五円となる。

4  損害のてん補

損害のてん補として、加害車両の加入する自賠責保険から、原告島田は金九六五万円、原告長島は金一〇三五万円の、原告長島は被告から入院治療費金二二八万九七七〇円の、各支払を受けた。

5  前記損害額から、前記4のてん補額を控除すると、残額は、原告島田が金一三三四万九七九二円、原告長島が金一五三一万七三五五円となる。

6  そこで、原告らは被告に対し、原告島田は金一三三四万九七九二円とこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五七年六月二三日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告長島は金一五三一万七三五五円とこれに対する本件事故発生の日以後で亡哲二死亡日の翌日である昭和五七年七月一〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の(一)、(二)及び(四)ないし(六)の事実は不知、3(三)の事実中、原告らが亡哲二の両親であることは認め、原告らの相続による損害賠償請求権の取得が各二分の一の割合によることは不知。

3  同4の事実は認める。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故は、昌市が、加害車両を車庫入れすべく自宅前にエンジンをかけたまま停車させたところ、隣家に住む亡哲二がふざけて加害車両のボンネツト上に乗つてきたため、一旦は昌市において手を横に振つて降りるように指示したが、亡哲二が自動車を動かすのを期待して降りようとしなかつたこともあつて、亡哲二を遊ばせる意図の下に、亡哲二をボンネツト上に乗せたまま加害車両を発進させ、亡哲二の安全を確認しつつ駐車車両の動静等にも気を配り微速で前進し、道路前方にある交差点まで運転走行する除中、突然亡哲二が右ボンネツト上から飛び降りたため発生したものであるから、原告側の損害につき亡哲二の右の如き重大な不注意を斟酌して三割五分の過失相殺をするのが相当である。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、過失相殺の抗弁について判断する。

いずれも成立に争いがない甲第七号証の一二、一五の一及び二、一六、一七の一及び二、一八ないし二八、二九の一、三〇、三一、四五、四六及び証人久野昌市尋問の結果によれば、

1  本件事故現場道路は、赤城神社方面(南)から目白通り方面(北)に通じる車道幅員約五・四八メートル、両側に路側帯(東側は幅員約一・三メートル、西側は同約一・四メートル)のある、アスフアルト舗装の平坦な直線道路で、見とおしは良好であり、道路両側には商店、民家、中小印刷工場等が密集し、交通ひんぱんで、最高速度毎時二〇キロメートル、南から北に一方通行の各規制がされていて、後記事故発生地点から北方約三八・五メートル先には十字型交差点がある。また、被告の店舗(クリーニング店)兼居宅と原告長島の店舗(ふとん店)兼居宅は隣り合わせ(被告方が南隣)に右道路の西側沿いに建つている。

2  昌市は、被告の長男で、家業であるクリーニング店の手伝いをしているところ、加害車両を運転してきて、前記店舗の南側にある自宅車庫に後部から入れるため、まず道路反対側(車庫の北東角から左斜め前方約八・八五メートルの地点)にやや斜めに停車して、後退しようとしたところ、たまたま付近で遊んでいた原告長島の二男亡哲二(昭和四六年一月二九日生、当時一一歳)がふざけてエンジン始動中の右車両ボンネツト上に頭部を運転席方向、脚部を車両前部方向にして腹ばいとなつて乗つてきた。昌市は、一旦は亡哲二が車上から降りるのを待つたが、その気配もなく、むしろ亡哲二が遊んでくれることを期待する様子であつたことから、亡哲二とは隣近所で幼い頃から遊び相手になることもある間柄であつたため、亡哲二がボンネツト上から滑落することはないであろうと軽信して、車上から降りるよう強く促すことなく、面白半分にその状態のまま前進し北方約六〇ないし七〇メートル先の前記交差点手前付近まで運転しようと考えた。そこで、昌市は、亡哲二の顔部に遮ぎられて前方注視が困難な状況であつたため助手席側に体を倒し左手を助手席シートについた姿勢で、微速で発進させ、約七ないし八メートル進んでみたところ、亡哲二がこれを喜ぶ様子を示したため、徐々に加速し時速約一五キロメートルで運転したが、進路前方の駐車車両等の動静に気を奪われて亡哲二から目を離したままの状態で進行を続けた間に亡哲二がボンネツト上から車両前部方向に滑り落ち、前記発進地点より約二七・四メートル進行した地点に至つて初めて亡哲二が車両先端から落下寸前であるのを発見し、あわててブレーキをかけようとしたが、気が動転していたことに加えて前記の不安定な姿勢であつたため直ちに適切なブレーキ操作ができぬまま転落した亡哲二を轢過し、更に約一二・四メートル進行した地点でようやく停止し(ブレーキをかけたのは右停止地点の約三メートル手前であつた。)、亡哲二は右落下地点の約一・三メートル先に転倒した。現場路面上には、亡哲二の転倒地点に血痕が認められたほか、スリツプ痕等の痕跡は認められなかつた。

3  亡哲二は、別紙図面のとおりの姿勢でボンネツト上に乗つていたが、左手は中にボールを入れた野球用ミツトをはめてボンネツトとフエンダーの角を、右手は素手でボンネツトの平板上を押えて、膝から下の部分は宙に浮く状態であつた。なお亡哲二は身長約一五三センチメートルで並の体格であり、当時の服装は半袖シヤツ及び半ズボン姿であつた。

4  加害車両は、車長三・九五メートル、車幅一・五四メートル、ボンネツトは長さ約一・一七メートル、幅は運転席側が約一・三メートル、前端部が約一・一五メートルで、傾斜度(ボンネツト中央部)は運転席側より前端部が約一八センチメートル低くなつている。右車両の運転席前面ガラスは透明で見とおしを妨げる物はなく、フツトブレーキの遊びは約〇・〇〇五メートル、踏代は約〇・一一メートルで正常であり、クラクシヨンにも故障はない。車両内外の清掃は行き届いておらず、全体に無数の古い擦過痕が認められた。

以上の事実が認められ、前記甲第七号証の二八、丙第一号証及び証人久野昌市の証言中には、昌市が発進前ボンネツト上に乗つた亡哲二に対して手を一回横に振つて降りるよう合図をし、また昌市が亡哲二の転落前同人から目を離したのはほんの一瞬で一秒にも満たないとの記載ないし供述部分があるが、前記甲第七号証の二五、二六、四五の各記載に照らし直ちに措信できず、更に被告は、亡哲二は誤つてボンネツト上から落ちたのではなく自ら飛び降りたものであるとも主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実を前提に考えると、昌市には、通常の乗車場所でなく滑り易いボンネツト上に手で支えているだけの児童を乗せたまま時速約一五キロメートルの速度で加害車両を運転走行し、更に亡哲二の動静に十分の注意も払わなかつたため亡哲二がボンネツト上から滑り落ちたのにその発見が遅れたうえ、右発見後においても適切なブレーキ操作をしていないのであつて、本件事故の発生につき重大な過失があるといわなければならない。しかし、他方、亡哲二にもエンジンのかかつたままの加害車両ボンネツト上に乗つたうえ降りようとせず、昌市に同車を動かすことを期待したともみられる行動をとつたものであるところ、同人の年齢等に照らし、その危険性を十分認識し得た筈であるから、右不注意の程度も軽いものとはいえないのであつて、原告らの損害につき一〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

三  損害

1  逸失利益 金二一八一万六四五三円

前認定のとおり、亡哲二は事故及び死亡時一一歳の男子であり、本件事故により死亡しなければ一八歳から六七歳までの間稼働可能で、その間の所得としては、昭和五七年賃金センサス第一巻・第一表産業計・企業規模計・学歴計・全年齢の男子平均賃金が年額金三七九万五二〇〇円であることに照らし、少なくとも原告主張どおり月額金二八万一六〇〇円(年額金三三七万九二〇〇円)の所得を得られた筈であり、右金額を基礎に、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、亡哲二の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、金二一八一万六四五三円(一円未満切り捨て)となる。

計算式

3,379,200×(1-0.5)×(18.6985-5.7863)=21,816,453

2  慰藉料 金一〇〇〇万円

亡哲二は、本件事故により受けた傷害の結果死亡したもので、その精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては金一〇〇〇万円が相当である。

3  原告らの身分関係及び相続

原告島田が亡哲二の母であり、原告長島が亡哲二の父であることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第六号証の一ないし六によれば、他に亡哲二の相続人は存しないことが認められる(右認定に反する証拠はない。)から、原告らは前記1及び2の亡哲二の損害賠償請求権を法定相続分(各二分の一)の割合(各金一五九〇万八二二六円、一円未満切り捨て)で相続取得したことになる。

4  原告ら固有の慰藉料

原告らは、亡哲二の死亡により両親として多大な精神的苦痛を被つたところ、原告長島本人尋問の結果によれば、原告長島は昭和四九年に原告島田と離婚し以後八年近く亡哲二を養育してきた事実が認められること等の諸般の事情に照らせば、原告らの精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては、原告島田につき金二〇〇万円、原告長島につき金二五〇万円と認めるのが相当である。

5  諸費用

(一)  亡哲二の入院治療費 金二二八万九七七〇円

前記甲第七号証の一二及び弁論の全趣旨によれば、亡哲二は本件事故発生日から昭和五七年七月九日までの一八日間東京警察病院に入院し、治療費として金二二八万九七七〇円を要したが、原告長島が右費用を負担のうえ支出したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  亡哲二の入院諸雑費 金一万八〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、亡哲二の前記入院期間(一八日間)中、入院雑費として少なくとも一日当たり金一〇〇〇円を要し、これを原告長島が負担のうえ支出したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右金額を合計すると金一万八〇〇〇円となる。

(三)  交通費関係

原告長島ないしその親族において、交通費として右金額を要したことを認めるに足りる証拠はない。ただし、亡哲二の入院中に交通費を要したことは十分推認できる(右推認に反する証拠はない。)から、右事情は、原告長島の慰藉料額を算定するに当たり考慮した。

(四)  葬儀費用 金八〇万円

原告長島本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一号証の一ないし三八、原告長島本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡哲二の葬儀費用として金八〇万円以上を要し、原告長島がこれを負担のうえ支出したことが認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、本件事故と相当因果関係に立つ葬儀費用としては金八〇万円が相当である。

6  以上を合計すると、原告らの損害額は、原告島田が金一七九〇万八二二六円、原告長島が金二一五一万五九九六円となる。

7  過失相殺

右金額につき、それぞれ一〇パーセントの過失相殺をすると、残額は、原告島田は金一六一一万七四〇三円(一円未満切り捨て)、原告長島は金一九三六万四三九六円(同上)となる。

8  損害のてん補

加害車両の加入する自賠責保険及び被告から、損害のてん補として、原告島田が金九六五万円、原告長島が金一二六三万九七七〇円の、各支払を受けたことは原告らの各自認するところであるから、前記7の金額から右金額を控除すると、残額は、原告島田が金六四六万七四〇三円、原告長島が金六七二万四六二六円となる。

9  弁護士費用

本件事案の難易、審理経過、認容額等の諸事情に鑑みると、本件事故との間に相当因果関係のある弁護士費用としては、原告ら各金六五万円が相当である。

10  以上を合計すると、原告らの損害額は、原告島田が金七一一万七四〇三円、原告長島が金七三七万四六二六円となる。

四  以上の次第で、原告らの被告に対する本訴請求は、原告島田において金七一一万七四〇三円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和五七年六月二三日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告長島において金七三七万四六二六円及びこれに対する本件事故発生日以後で亡哲二死亡日の翌日である昭和五七年七月一〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本久)

別紙図面

<省略>

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