東京地方裁判所 昭和58年(ワ)1701号 判決 1985年1月25日
原告
白子英城
右訴訟代理人
丹羽健介
佐藤米生
鷹巣久
被告
国
右代表者法務大臣
嶋崎均
右指定代理人
江藤正也
外五名
主文
一 被告は、原告に対し、金二五〇万円を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
ただし、被告が金八〇万円の担保を供するときは、、右仮執行を免れることができる。
事実《省略》
理由
一請求原因1(原告の本件土地所有)及び同2(本件各登記)について
1 請求原因1の事実は、<証拠>を総合すれば、これを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。
二請求原因3(本件登記のなされた経緯)について
1 請求原因3(一)(白紙委任状の交付等)の事実は、<証拠>によればこれを認めることができ、右認定を覆するに足りる証拠はない。
2 請求原因3(二)(江戸川出張所への本件登記申請)のうち、不動産登記法四四条の規定による保証書を添付して本件登記申請がなされた事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>によればこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 請求原因3(三)(通知書の受領)の事実は、<証拠>によればこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 請求原因3(四)(通知書回答欄の偽造と本件登記申請の受理)のうち、回答欄に原告の住所・氏名が記載され、原告名の印影が押印されている通知書が江戸川出張所に提出され、これにより同出張所登記官が本件登記手続を了した事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>によりこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三請求原因4(被告の責任)について
1 <証拠>を総合して本件委任状の印影(本項では、以下「印影A」という。)と本件通知書の印影(本項では、以下「印影B」という。)とを比較検討すると、「白子英城」の「白」の字の第四画の横棒の位置が、印影Aにおいては、第二、第三、第五画で囲まれた「口」という部分の中央よりやや上方にあるのに対して、印影Bにおいては、右部分のほぼ中央にあり、また「子」の字の第一画の「」の部分の形状が、印影Aにおいては、第二画の縦棒の中心線よりやや左に寄つた左右にやや長い橢円形のような形で、右側部分が途中で左内側に曲がり込んだようになつているのに対して、印影Bにおいては、第二画の真上にほぼ円形となつており、更に「英」の字が、印影Aに比べて印影Bは、やや横に拡がつているなどのいくつかの相違点があること、そして両印影を対照するに当たり、肉眼による平面照合の方法によつた場合でも慎重に熟視して照合すれば容易に右の相違点を発見しうることが認められ、右認定に反する<証拠>は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 本件のような保証書による登記申請がなされた場合においては、登記申請の審査に当たる登記官は、通知書の回答欄における登記義務者名下の印影と登記申請書添付の委任状の登記義務者名下の印影との同一性を慎重に確認し、同一性が認められないときは申請を却下すべき注意義務を負つていると解されるところ、本件委任状の印影と本件通知書の印影との間には、右1認定のとおり、肉眼による平面照合の方法によつても熟視すれば容易に発見しうる比較的顕著な相違点が存するにもかかわらず、前記二4で認定したとおり江戸川出張所登記官は、右二つの印影を同一印によるものと信じ、本件登記申請を受理して不動産登記簿の原本に本件登記を記載したのであるから、同登記官には印影の同一性確認についての右注意義務を怠つた過失があるものといわなければならない。
四請求原因5(損害)について
1 請求原因5(一)(弁護士への訴訟委任)のうち、原告が吉村一郎、末広商事、大富士総合リースを被告として本件各登記抹消登記手続請求の訴を昭和五五年七月三日東京地方裁判所に提起し、右訴訟について原告勝訴の判決が確定した事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>を総合すれば、これを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 請求原因5(二)(本件土地の時価等)の事実についてみるに、<証拠>によれば、本件土地の時価相当額は約六億九〇〇万円であること、原告は弁護士丹羽健介に対し相当額の報酬等の支払を約したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 本件各登記抹消登記手続請求の訴訟物の価格が九七五万八七〇〇円である事実は当事者間に争いがない。<証拠>を総合すると、右訴訟事件において吉村一郎に対する有印私文書偽造罪等の刑事事件のため収集された同人の偽造を認めた自白調査など多数の証明力の高い証拠を利用することができ、右訴訟事件係属後まもなく同人に対する有罪判決の言渡しがなされたこと、また右訴訟事件における実質的な争点は、吉村一郎による偽造の点を除けば民法九四条二項の類推適用の有無の点のみであつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 以上に認定した事実に基づいて推認できる本件各登記抹消登記手続請求訴訟における事案の難易、訴訟物の価格、訴訟の経緯、回復された経済利益、第一東京弁護士会弁護士報酬規則(弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一八号証)その他諸般の事情を斟酌すると、前記登記官による不法行為と相当因果関係に立つ損害として被告に負担させるべき金額は、二五〇万円であると解するのが相当である。
五結論
以上によれば、原告の本訴請求は、二五〇万円の損害賠償金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項、三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(小倉顕 坂本倫城 大渕哲也)