東京地方裁判所 昭和58年(ワ)3025号 判決 1985年5月31日
原告
森修
同
松井茂樹
同
幣原廣
右二名訴訟代理人
一瀬敬一郎
成田茂
松井茂樹
幣原廣
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
金岡昭
外二名
被告
平田公男
右訴訟代理人
山下卯吉
竹谷勇四郎
高橋勝徳
被告
南條勝利
同
常盤毅
同
宮田聰
右三名訴訟代理人
木下健治
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告ら各自に対し、連帯して金二四〇万円及びこれに対する昭和五七年一一月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者の地位)
原告森修(以下「森」という。)は、医師であり、昭和五七年一一月四日、東京地方裁判所民事第一三部の証拠保全決定(昭和五七年(モ)第一五九三六号証拠保全決定申立事件、以下「本件証拠保全決定」という。)により鑑定人に指定されたものであり、原告松井茂樹(以下「松井」という。)及び同幣原廣(以下「幣原」という。)は、いずれも弁護士であり、本件証拠保全決定の申立等の手続につき訴外黒川俊策(以下「黒川」という。)の代理人であつたものである。他方、被告平田公男(以下「平田」という。)は、警視庁公安第一課に所属する警察官であり、被告南條勝利(以下「南條」という。)同常盤毅(以下「常盤」という。)及び同宮田聰(以下「宮田」という。)は、いずれも被告東京都総務局法務部の職員であつたものである。
2 (本件に至る経緯)
(一) 原告松井、同幣原及び弁護士一瀬敬一郎(以下「一瀬」という。)らは、公務執行妨害、傷害で勾留されている黒川が警察官により暴行を受け傷害を負つたと申し出たことから、その損害賠償請求事件の民事上の代理人になるべく、その受傷の部位・程度を医師の診断により明らかにしておく必要があることを理由として、昭和五七年一一月二日、東京地方裁判所に証拠保全(鑑定)を申し立てた。その結果、東京地方裁判所民事第一三部は、同月四日、本件証拠保全決定をなし、右決定を同日東京都に送達した。
(二) 東京地方裁判所刑事第一四部は、昭和五七年一一月二日、黒川に対し、犯人蔵匿被疑事件で一〇日間の勾留及び接見禁止の決定をなしていた。そこで、黒川の代理人である原告松井及び一瀬は、本件証拠保全決定に基づく鑑定を実施するため、同月四日、東京地方裁判所刑事第一四部に対し、右接見禁止の解除を申請したところ、同裁判所は、同日午後、以下の内容の接見許可決定(以下「本件接見許可決定」という。)をなした。
(1) 接見者
医師である原告森、弁護士である原告松井、同幣原、一瀬及び訴外深沢信夫
(2) 接見日時
係官立会のうえ、昭和五七年一一月四日午後六時三〇分から同日午後七時三〇分までの間でかつ鑑定終了時まで。
(3) 接見内容
本件証拠保全決定に基づく鑑定のため。
(三) なお、一瀬は、右接見禁止の解除を申請してから本件接見許可決定がなされるまでの間、黒川の取調担当検察官米沢慶治(以下「米沢検事」という。)に右鑑定実施の協力方を要請したところ、米沢検事から、東京地方裁判所の接見禁止一部解除についての求意見に対し、鑑定実施の場所と時間について検討のうえで本日中に一時間くらいの範囲内で「然るべく。」と回答する予定であると答えた。米沢検事は、黒川被疑事件につき捜査機関側の統轄責任者もしくは代表する立場で、黒川と原告らとの接見、接見の場所及び時間について基本的に了解しており、したがつて警視庁でもこの点を了解していた。
3 (被告らの接見拒否)
(一) 原告らは、昭和五七年一一月四日午後六時三〇分ころ、本件証拠保全決定に基づく鑑定を実施するため、黒川が勾留されている警視庁に赴き、同所にいた被告平田、同南條、同常盤及び同宮田らに対し、原告幣原が、本件証拠保全決定の決定書、送達報告書及び本件接見許可決定の決定書を呈示し、原告松井が、今から黒川と接見して鑑定を行う旨告げた。ところが、被告南條は、東京都としては鑑定を拒否する旨、被告平田も、警視庁も鑑定を認めない旨それぞれ答えた。そして、右被告らは、原告らは、原告らから接見拒否が違法であると説明を受けたにもかかわらず、「鑑定の必要性はない。」等述べて黒川との接見及び鑑定を拒否する態度をとり続けた。
(二) 原告らは、残された接見時間が約一五分間になつてしまつたので、黒川と接見して鑑定を実施すべく黒川が勾留されている警視庁内の留置場に向かい、警視庁正面玄関受付付近に進んだところ、被告らは、約二〇名の警察官を原告らの前に立たせ、留置場への入口の内扉を閉鎖させて原告らの進入を阻止した。
そのため、原告らは、右被告らの行為により、同日中に黒川に対する接見及び鑑定をすることができなかつた。
4 (被告らの責任)
(一) 勾留状により代用監獄たる警視庁の留置場に勾留されている黒川の身柄の管理は監獄の長に委ねられているが、被勾留者を勾留しているのは裁判所であり、勾留についての責任及び権限は裁判所にあるから、警視庁は、勾留に関しては、裁判所の命令に従わねばならない。したがつて、被告平田は、警視庁の職員として本件接見許可決定に従い、原告らと黒川とを接見させる法律上の義務を負つていた。しかるに、被告平田は、前記3記載のとおり、被告南條、同常盤及び同宮田と共謀して原告らと黒川とを接見させる義務を怠つたのみならず積極的に接見を妨害したものである。
(二) 東京都の職員である被告南條、同常盤及び同宮田は、本件接見許可決定との関係では第三者であり、黒川と原告らとの接見について拒否する地位になく、また、鑑定に協力するか否かについて諾否を与える地位にもなかつた。しかるに、右被告らは、被告平田と共謀し、前記3記載のとおり、黒川と原告らとの接見を妨害したものである。
(三) 被告東京都は、警視庁を行政組織に含む地方公共団体であり、被告平田は、警視庁公安部公安第一課に所属する警察官として職務を執行中、被告南條、同常盤及び同宮田は、被告東京都総務局法務部の職員として職務を執行中、それぞれ前記(一)、(二)の違法行為により原告らに後記5の損害を生じさせたのであるから、被告東京都には、国家賠償法一条による責任がある。
5 (損害)
(一) 慰藉料
被告平田、同南條、同常盤及び同宮田は、黒川に対し傷害を負わせた警察官に対する民事及び刑事責任の追及を妨害するために有形力を行使したもので、その動機、態様において極めて悪質なものというべきである。
原告らは、昭和五七年一一月五日午後七時一五分にようやく黒川と接見し鑑定を実施することができたが、結局、右被告らの接見妨害により、黒川との接見及び鑑定を約二四時間にわたつて遅延せしめられた。その結果、原告森は、できるだけ早い時期に鑑定を実施すべきであるという鑑定人としての良心を踏みにじられ、しかも接見妨害の後も約二四時間にわたり、黒川の代理人らの要請により直ちに黒川と接見し鑑定を実施できるような態勢をとることを余儀なくされ、医師としての通常の業務に多大の支障をきたした。また、原告松井及び同幣原は、右被告らの接見妨害により弁護士としての正当な業務活動を妨害され、しかもその後の二四時間のうちに、法律、先例の調査、準抗告や接見許可の申立及び裁判官との折衝など様々な仕事を余儀なくされ、他の弁護士業務に多大の支障をきたした。
以上のような被告平田、同南條、同常盤及び同宮田らの接見妨害により原告らが被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、各自金二〇〇万円とするのが相当である。
(二) 弁護士費用
原告らは、本訴の提起及び追行を原告らの各訴訟代理人に対し委任した。その費用は、各自金四〇万円とするのが相当である。
よつて、原告らは、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき原告ら各自に金二四〇万円及びこれらに対する不法行為の日である昭和五七年一一月四日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)の事実のうち、原告松井、同幣原及び一瀬らは、昭和五七年一一月二日、東京地方裁判所に証拠保全(鑑定)を申し立てたこと、その結果、東京地方裁判所民事第一三部は、同月四日、本件証拠保全決定をなし、右決定を同日東京都に送達したことは認めるが、その余の事実は知らない。同2(二)の事実は認め、同2(三)の事実は知らない。
3(一) 同3(一)の事実のうち、原告らは、昭和五七年一一月四日午後六時三〇分ころ、本件証拠保全決定に基づく鑑定を実施するため黒川が勾留されている警視庁に赴き、同所にいた被告平田、同南條、同常盤及び同宮田らに対し、原告幣原が本件証拠保全決定の決定書、送達報告書及び本件接見許可決定の決定書を呈示し、原告松井が、今から黒川と接見して鑑定を行う旨告げたこと、被告平田が鑑定に応じられない旨述べ、鑑定の実施を拒否する態度をとり続けたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告南條は、鑑定には強制力がないとの法律上の意見を述べたにすぎない。
(二) 同3(二)の事実のうち、原告らが留置場に向かつたこと及び警察官が入口の扉を閉鎖したことは認めるが、その余の事実は否認する。
4 同4(一)の事実は否認する。同4(二)の事実のうち、本件鑑定のための接見に応じるか否かは、黒川の身柄を管理している警視庁の所管事項であることは認めるが、その余の事実は否認する。同4(三)の事実のうち、被告東京都が警視庁を行政組織に含む地方公共団体であること、その余の被告らの地位及び各職務の執行中であつたことは認め、その余の事実は否認する。
5 同5(一)の事実は否認し、同5(二)の事実のうち、原告らが本訴の提起及び追行を原告らの各訴訟代理人に委任したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(被告らの主張)
本件被告らの行為は、以下の理由により違法ではない。
(一) 本件接見許可決定は、本件証拠保全決定に基づく鑑定の手段であるところ、民事訴訟における鑑定人が鑑定のため単独で調査を行う場合、鑑定の対象となる者もしくは鑑定の対象を管理する当事者又は第三者は、その調査に協力すべき法律上の義務を負わない。したがつて、警視庁がその管理下にある勾留中の黒川に対する鑑定に協力するか否かはその意思に委ねられている。
そして、黒川の傷害の部位、程度については、昭和五七年一〇月二八日、丸の内警察署嘱託医師馬場照雄の診察、同月二九日、東京地方裁判所裁判官の証拠保全決定に基づく裁判官の検証、同月三〇日、東京警察病院医師宮崎貞二レントゲン撮影等による診察がそれぞれなされたことにより、既に明確にされていた。しかも本件証拠保全決定に基づく鑑定は、黒川が受傷したとする同年一〇月二七日から一週間を経過していたのであるから、鑑定を実施したとしても、右診断及び検証の結果以上の結果を得られるものではなかつた。したがつて、鑑定の必要性はなかつたというべきである。
また、黒川と原告らとの接見の目的は、証拠保全としての鑑定のためのものであつて、それ以外の目的のための接見ではない。そして、その鑑定は、警視庁の鑑定拒否によつて実行不能になつたものであるから、本件接見の目的は、その時点で消滅したというべきである。
(二) 監獄法五〇条は、「接見ノ立会、信書ノ検閲其他接見及ヒ信書ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、右規定を受けて同法施行規則一二二条は、接見の時間について「接見ハ執務時間内ニ非サレハ之ヲ許サス」と定めている。したがつて、執務時間外の時間に接見を指定する場合は、執務時間外における接見を許容しなければならないやむを得ない事情が存することが必要であり、右事情が存在しないにもかかわらず執務時間外に指定することは違法であつてこのような接見指定は無効と解される。
しかるところ、東京地方裁判所刑事第一四部の裁判官は、昭和五七年一一月四日、原告らと黒川との接見に関し、執務時間外に接見を指定すべき理由がないのにもかかわらず、執務時間外である午後六時三〇分から同七時三〇分の間を指定したのであるから、右接見指定は無効である。
(三) 警視庁の建物内の接見室中央には、アクリル系合成樹脂板が取り付けられており、被疑者と接見者はこれを挟んで接見することになつている。このような状態で接見しても鑑定の目的は達成できない上、他の場所も鑑定を行うには狭隘に過ぎたり、構造上被疑者の逃亡、自殺等の防止措置が講じられていなかつたり、警察官以外の者の出入りが禁じられ、あるいはそれらの者が出入りすることが適当でない場所があるなど、結局警視庁建物内には鑑定を行う適当な場所がなかつた。
(四) したがつて、本件接見許可決定は、前記(二)のとおりもともと無効である上、前記(一)のとおり接見の目的が消滅しており、かつ(三)のとおり鑑定をなすのに適当な場所もなかつたものであるから、警視庁が原告らと黒川との接見を拒否したことに何ら違法はない。
第三 証拠<省略>
理由
一(事実関係)
1 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
2(一) 同2(一)の事実のうち、原告松井、同幣原及び一瀬らが昭和五七年一一月二日、東京地方裁判所に証拠保全(鑑定)を申し立てたこと、東京地方裁判所民事第一三部は、同月四日、本件証拠保全決定をなし、右決定を同日東京都に送達したことは当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、原告松井、同幣原及び一瀬は、公務執行妨害、傷害で勾留されている黒川が警察官により暴行を受け傷害を負つたと申し出たことから、その損害賠償請求事件の代理人になるべく証拠保全(鑑定)の申立をしたこと、その申立の理由は、黒川が右傷害を負つたことから、その受傷の部位、程度を医師の診断により明らかにしておく必要があるというものであつたことが認められ、これに反する証拠はない。
(二) 同2(二)の事実は、当事者間に争いがない。
(三) 同2(三)の事実について判断するに、<証拠>によれば、一瀬は、昭和五七年一一月四日午前一一時ころ、東京地方検察庁公安部に黒川の取調を担当している米沢検事を訪問し面接したこと、その際、一瀬は、同検事に対し、できるだけ早い機会に本件証拠保全決定に基づく鑑定を実施する必要があるとして裁判所の接見許可決定を得られるよう協力方を要請したこと、同検事は、一瀬に対し、東京地方裁判所刑事第一四部の接見禁止一部解除についての求意見に対し、同日中に一時間くらいの範囲内で「然るべく。」と回答する予定であることなどを述べたことが認められ、これに反する証拠はない。
しかし、警視庁が米沢検事から連絡を受け、原告らと黒川との接見、接見の場所及び時間について了解していたことを認めるに足る証拠はない。仮に米沢検事が裁判所に対し「然るべく。」と回答していたとしても、その回答は、接見についての裁判所の判断に特に異議を唱えないという程度の趣旨を超えて積極的に右接見を了承する発言とまで解するに足る特段の事情は認められない。
また、米沢検事が黒川の被疑事件につき捜査機関側の担当責任者であつたとしても、捜査取調及びそれに伴う黒川の身柄の移動についてはともかくとして、勾留されている黒川の身柄を管理する警視庁の代用監獄の管理運営上の業務についてまで監督できる権限もしくは警視庁の主務課長である留置管理課長に対する指揮命令権を有するものではないと解すべきである。
したがつて、警視庁側が黒川と原告らの本件接見の場所及び時間を了解していたとする原告らの主張は容認できない。
3 請求原因3(一)の事実のうち、原告らは、昭和五七年一一月四日午後六時三〇分ころ、本件証拠保全決定に基づく鑑定を実施するため、黒川が勾留されている警視庁に赴いたこと、その際、原告幣原が被告平田、同南條、同常盤及び同宮田らに対し、本件証拠保全決定の決定書、送達報告書及び本件接見許可決定の決定書を呈示し、原告松井が右被告らに対し、今から黒川と接見して鑑定を行う旨告げたこと、被告平田が原告らに対し、鑑定に応じられない旨述べ、鑑定の実施を拒否する態度をとり続けたことは、当事者間に争いがない。また、請求原因3(二)の事実のうち、原告らが留置場に向かつたこと及び警察官が入口の扉を閉鎖したことは、当事者間に争いがない。
以上の事実並びに<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに足る証拠はない。
(一) 警視庁は、昭和五七年一一月四日午後二時一五分に本件証拠保全決定の送達を受け、同日午後四時ころ、東京地方検察庁から、黒川の受傷部位、程度、原因を鑑定するため、接見時間を同日午後六時三〇分から午後七時三〇分までとする本件接見許可決定がなされたとの連絡を受けた。被告平田は、警視庁の藤田公安第一課長(以下「藤田」という。)から民事手続についてはそれにくわしい東京都法務部の職員の意見を聞いて本件証拠保全決定及び本件接見許可決定についての対応を検討するように指示を受け、東京都法務部と連絡をとつた。
(二) 被告南條、同常盤、同宮田及び他二名の東京都法務部の職員は、同日午後四時過ぎころ、警視庁に赴き、被告平田から相談を受けた。その際、右東京都法務部の職員らは、本件鑑定の実施には強制力がないこと、黒川の受傷の部位、程度等については、同年一〇月二八日に丸の内警察署の嘱託医師による診察、同月二九日に東京地方裁判所裁判官による検証、同月三〇日に警察病院における診察がそれぞれ行われて既に明らかになつており本件鑑定を実施する必要性がないこと、本件接見許可決定は本件鑑定のためのものであり、鑑定を断われば接見を断ることができること、本件鑑定及び接見を断るかどうかは警視庁の判断すべきことであることなどの法律上の意見を述べた。そこで、被告平田は、藤田に対し、本件鑑定及び接見を断つても問題がないのではないかとの自己の意見を添えて、右法務部の職員らの見解を報告した。そして、警視庁においては、留置管理課と公安第一課などが協議した上、同年一一月四日午後五時三〇分過ぎころ、本件鑑定及び接見を拒否することを決定し、留置管理課の委嘱に基づき、被告平田を接見者との対応に当たらせることとした。被告南條、同常盤及び同宮田は、本件証拠保全決定に絡む民事手続上の処理をするため、被告東京都から代理人の指定を受けて、被告平田と共に警視庁に待機した。被告平田は、右待機中に、右被告らに対し、自らが警視庁の職員として本件鑑定及び接見を拒否することを話し、その拒否理由について接見者らに説明をしてほしい旨依頼した。
(三) 原告らは、同日午後六時三〇分ころ、警視庁に到着し、正面玄関左側応接室に通され、被告南條、同常盤及び同宮田から被告東京都の指定代理人の委任状を示された。原告幣原は、被告平田、同南條及び同宮田に対し、本件接見許可決定の決定書、送達報告書及び本件接見許可決定の決定書を呈示し、原告松井は、右被告らに対し、今から黒川と接見して鑑定を行う旨告げた。これに対し、被告平田は、「警視庁としてはお断りします。」と述べた。そこで、原告らは、右被告らに対し、本件鑑定及び接見を拒否する理由を尋ねたところ、被告南條から、本件鑑定には強制力がないこと、既に検証が済んでいるから鑑定をする必要がないことなどを理由として警視庁が拒否しうるとの説明を受けた。
(四) 原告らは、右説明に納得せず、右被告らと議論を交わしたが、被告平田が本件鑑定を認める態度を示さなかつたので、同日午後七時一五分ころ、黒川と接見して鑑定を強行すべく応接室を出て黒川が勾留されている留置場の方へ向かつた。これに対し、被告平田は、制服の警察官らに指示を与え、留置場に通じる警視庁正面玄関奥の内扉を閉めさせて原告らが右内扉の内側に入れないようにした。そのため、本件鑑定及び接見を実施することができなくなつたので、原告らは、被告南條に対し、鑑定及び接見を拒否した理由を文書で回答するよう申し入れ、同日午後七時三五分ころ、警視庁を退出した。
(五) 翌五日、東京地方裁判所が再度本件接見と目的を同じくし、かつ接見時間を同日午後七時から八時までとする原告らと黒川との接見許可決定をなしたことから、警視庁は、同日午後五時四〇分ころ、右鑑定及び接見に応じることにした。その結果、原告森らは、同日午時七時から八時までの間、鑑定するにふさわしい接見場所の確保できる丸の内警察署において黒川と接見し、その受傷部位、程度、原因について鑑定を実施した。
二(被告らの責任)
1 (本件証拠保全決定に基づく鑑定の効力)
民事訴訟における鑑定人が鑑定のために単独で調査を行う場合、鑑定の対象となる者もしくは鑑定の対象を管理する第三者は、その調査に協力すべき法律上の義務を負わず、これを拒否できる地位にあるというべきである。したがつて、本件証拠保全決定に基づく鑑定については、鑑定の対象である黒川のみならず、黒川の勾留及びその勾留場所である警視庁留置場の主務課長(被疑者留置規則四条一項)として管理業務を担当する留置管理課長及びその補助者においても、その鑑定のための調査に協力するか否かを任意に決定しうる地位にあるというべきである。
2 (本件接見許可決定の効力)
本件接見は、原告らにおいて黒川の弁護人又は弁護人になろうとする者の立場で申し立てられたものではないから、本件接見許可決定は、刑事訴訟法八一条に基づく接見禁止を目的・時間・接見者を限定して一部解除をなし、接見の障害を除去することによつて同法八〇条に基づく接見を可能ならしめるだけの効力を有するものであつて、被接見者を留置している者に対して、接見許可申立人をして接見をさせるべき旨命令するものと解すべきでない。
ところで、刑事訴訟法八〇条に基づく接見交通は、法令の範囲内での接見を可とするものである。そして、接見解除の時間を限定して許可する場合には、監獄法五〇条、同法施行規則一二二条により留置場の一般の執務時間内を原則として指定すべきであるが、留置施設の時間外執務の状況、留置場の運営規律及び留置場の運営業務の状況によつては右の時間外に接見させることも実際的に可能な場合も少くないと考えられるので、執務時間外の接見解除であるゆえをもつて、一律に右接見許可決定自体を無効と解すべきではない。ただ、執務時間外を指定した接見解除がなされた場合には、当該留置場を管理する者に右の接見が実際的に可能か否かあるいは適切であるか否かの判断を委ねるのが相当であるので、右管理者は、接見の目的、接見の場所、留置業務の状況、留置場の保安上の支障の有無(被疑者留置規則三五条、三一条一項)等具体的事情を考慮して、当該執務時間外の接見を行わしめるか否かについて裁量的に決定することができるものと解すべきである(監獄法施行規則一二四条参照)。この場合、留置場の管理者が当該執務時間外に接見させることが不適当であると判断したときには、検察官を通じて接見許可決定に対し準抗告をしてもらい、その接見解除の指定時間をさしつかえのない時間に変更してもらう措置をとることも可能であろうが、そのような措置を執るべき法律上の義務があるとまでいえない。そもそも、本件接見許可決定については、裁判所が執務時間外を接見時間に指定したことをもつて、事情の如何を問わず、接見者が当然に被接見者と右指定時間に接見交通できる権利を発生させるものと解すべきではなく、右の準抗告がなされていない段階でも、接見者は、交渉により、留置場管理者の裁量によつて接見させてもらえることを期待しうる事実上の利益を有するにとどまるものと解すべきである。
3 (平田の行為)
前記認定の経緯によれば、被告平田は、黒川の身柄を管理する警視庁代用監獄業務の主務課長である留置管理課長の委嘱を受けて本件鑑定を拒否したものと解せられるところ、前記1において判示したとおり、本件鑑定に協力すべき法律上の義務を負わず、これを拒否しうる側の立場にあつたことが明らかである。したがつて、被告平田が原告らに対し鑑定を拒否したことをもつて違法ということはできない。
被告平田が本件接見についても拒否したのは、本件接見禁止の解除が午後六時三〇分から同七時三〇分までとされており、警視庁の執務時間外を指定するものであることが明らかであるから、前記2で判示したとおり、留置管理課長の接見についての裁量権を代行して、接見を拒否したものと解せられる。<証拠>を総合すれば、黒川の受傷の部位、程度等につき、本件鑑定及び接見の日の以前である同年一〇月二八日に丸の内警察署の嘱託医師による診察、同月二九日に東京地方裁判所裁判官による検証、同月三〇日に警察病院における診察がそれぞれなされたこと、警視庁は、右事情もあつて本件鑑定を拒否することを決定したこと、被告平田は、本件鑑定ができなくなつた以上本件接見の目的が消滅したものと判断したことが認められる。そうすると、本件接見を拒否したことは、裁量権の行使として相当性を欠くものということはできない。また、前記一3(五)認定のとおり、原告森は、本件鑑定及び接見を拒否された日の翌日の午後七時から八時までの間、警視庁丸の内警察署において黒川の受傷部位、程度、原因について鑑定を実施したことに鑑みると、被告平田、警視庁に、警察官の黒川に対する暴行の証拠を隠蔽する目的で本件鑑定及び接見を拒否したものと推認することも相当でない。他に右裁量権の濫用とみるべき特段の事情も認められない。
したがつて、被告平田が、原告らに対し接見を拒否したことをもつて違法ということはできず、また、本件接見許可決定について準抗告による取消ないし変更決定を得ることもなく本件接見を事実上拒否する行動は、前記交渉に応じる余地のないことを態度で明確に示したものであり、このために原告らの接見への期待が失われる結果となつても、実質においてこれにより、不法に原告らの権利ないし法益を侵害したということにもならない。
4 (被告南條、同常盤及び同宮田の行為)
前記一3(二)で認定した事実によれば、右被告らは、被告平田から本件証拠保全決定及び本件接見許可決定の対応について質問を受け、鑑定の強制力、その必要性及び接見と鑑定の関係について法律的見解を説明し、接見及び鑑定を拒否するかどうかは警視庁の判断であると助言したにすぎないこと、警視庁が最終的に接見及び鑑定を拒否する旨の意思決定をしたことが認められる。また、前記一3(三)、(四)で認定した事実によれば、右被告らは、被告平田の依頼に基づき、原告らに対し本件鑑定及び接見を拒否する理由について法律上の意見を述べたにすぎないことが認められる。
以上の事実によれば、被告南條、同常盤及び同宮田は、東京都総務局法務部の職員として警視庁の依頼に応じて助言及び代弁したものであつて、右被告らは、違法に本件鑑定及び接見を妨害したものではないというべきである。
5 (公務員の個人責任)
なお、原告らは、本件において被告東京都を除くその余の被告ら個人の損害賠償責任をも問うているが、公権力の行使に当たる国又は地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を与えた場合には、国又は地方公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであつて、公務員個人はその責を負わないものと解すべきである(最三小判昭和三〇・四・一九民集九巻五号五三四頁、最二小判昭和五三・一〇・二〇民集三二巻七号一三六七頁)。しかも本件においては、被告らの行為が違法ではないことは前記判示のとおりである。したがつて、原告らの被告平田、同南條、同常盤及び同宮田に対する請求は失当というべきである。
以上によれば、被告らが原告らに対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負うものでないことは明らかである。
三(結論)
よつて、その余の事実について判断するまでもなく、原告らの被告らに対する本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鬼頭季郎 裁判官土居葉子、同萩原秀紀は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官鬼頭季郎)