東京地方裁判所 昭和58年(ワ)4473号 判決 1986年1月30日
原告
株式会社富樫工務店
右代表者
富樫文雄
右訴訟代理人
堀廣士
清水紀代志
中坪良一
被告
大成火災海上保険株式会社
右代表者
野田朝夫
右訴訟代理人
赤坂軍治
主文
一 被告は、原告に対し五五万円及びこれに対する昭和五八年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者双方の求める裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し二〇〇万円及びこれに対する昭和五八年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者双方の主張
一 原告の請求原因
1 原告は、昭和五六年九月二〇日、被告との間で次のとおりの自動車損害保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
(一) 保険期間 昭和五六年九月二〇日から昭和五七年九月二〇日まで
(二) 保険種目 自動車(車両)保険
(三) 被保険自動車 小松ブルドーザ(D三〇Q)
(四) 保険金 二〇〇万円
2 原告の従業員である渡辺朝夫(以下「渡辺」という。)は、昭和五七年三月一〇日午前九時三〇分ころ、山形県鶴岡市赤川河川敷内で被保険自動車(以下「本件車両」という。)を運転し、赤川河川敷内の川の中に入り砂利を押す作業に従事していたところ、突然本件車両が河川の深水部分に落下し冠水するという偶然な事故(以下「本件保険事故」という。)にあつた。
3 原告は、右事故後間もなく本件車両を引き揚げて点検したところ、落下による損傷、エンジン部分への水の混入等により使用不能となつたことが判明し、結局本件車両の販売価格(右損傷のない状態で購入する価格)に相当する三五〇万円の損害を被つた。
4 そこで、原告は、昭和五七年三月一五日、被告に対し本件事故の報告をした。
5 よつて、原告は、被告に対し本件保険契約に基づき保険金二〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五八年五月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は不知。
3 同3の事実は不知。
4 同4の事実中、原告から本件事故についての報告があつたことは認めるが、通知の日については争う。
5 同5の主張は争う。
三 被告の主張
1 原告は、昭和五六年九月一九日、本件車両について重ねて訴外日動火災海上保険株式会社(以下「日動火災」という。)との間で自動車損害保険契約を締結したことが昭和五九年八月二四日に至つて明らかになつたので、被告は、昭和六〇年一月二八日、原告に対し本件保険契約について適用のある自動車保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)第四章一般条項第三条第一項及び第二項第二号により右保険契約を解除する旨の意思表示をした。
よつて、被告は、原告が本訴で請求する保険金を支払う義務はない。
2 仮に、被告が保険金支払義務があるとしても、本件車両については重複保険となるから、被告の負担すべき保険金は本件約款第四章一般条項第一七条の規定により損害額の二分の一となるところ、本件車両の損害金は三四万八六九〇円であり、免責額は五万円であるから、被告が原告に対して支払うべき保険金は、二九万八六九〇円の二分の一に相当する一四万九三四五円にすぎない。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 被告は、本件車両について重複して保険契約を締結しているから告知義務に違反し本件保険契約を解除した旨主張するが、重複保険の告知義務は不当な利得の禁止という損害保険における公序的な原則を確保するために契約の当事者に負わされた義務にすぎないものであるから、重複保険契約を締結した者が不当な利得の目的をもつて保険契約を締結したうえ保険金を請求する場合でなければ、例え約款上重複保険の場合それを告知しなければ契約の解除ができるとされていても、なお解除権が発生しないといわなければならない。
本件の場合は、重複保険契約であつても、原告が特に不当な利得を目的としたものではなく、原告の事務員の手違いにより生じたものであることが明らかであるから、被告に告知義務違反を理由とする解除権は発生せず、被告の本件保険契約の解除の主張は失当である。
2 本件保険契約に五万円の免責額があることは認めるが、原告の本件車両の損害額が三四万八六九〇円であることは争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因1の事実(本件保険契約の締結)は当事者間に争いがない。
二そこで、被告の本件保険契約解除の主張について判断する。
1 <証拠>によれば、本件保険契約に適用がある本件約款第四章一般条項第三条第一項には、「被告は、保険契約締結の当時、保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人が、故意または重大な過失によつて保険申込書の記載事項について知つている事実を告げなかつたとき、または不実のことを告げたときは、この保険契約を解除することができます。」との条項があることが認められるところ、<証拠>によれば、原告は、昭和五六年九月一九日本件車両について日動火災との間において保険金額二〇〇万円とする車両損害保険契約を締結していたが、昭和五六年九月二〇日、被告との間で本件保険契約を締結する際、被告に対し日動火災との間で右保険契約を締結していることを告げなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
2 ところで、損害保険契約の締結に際し、同一の目的物について保険事故、被保険利益及び保険期間を共通にする他の保険契約が存在する場合、保険契約者、被保険者が保険者に対しこれを告知する義務を課した趣旨は、主として、重複保険の締結は、それが不法な利得の目的に出た場合にはもちろん、そうでないときでも、一般に保険事故招致の危険を増大させることになるから、保険者としては、かかる重複保険の成立を避けるため、他保険契約の存在を知る必要があるうえ、被保険者が各保険者から個別的に損害のてん補を受けることにより、全体として損害額を上回る保険金を受けとる結果となることを防止するために他保険契約の存在を知る利益があり、また、保険事故発生の場合に損害の調査、責任の範囲の決定について他の保険者と共同して行なう利益を確保するため、他保険契約の存在を知ることが便宜であること等にあるものと考えられるが、他方、重複保険の場合の被保険者の総取得金額については商法六三二条及び同旨の保険約款によつて一定の制限が課せられているほか、保険招致については商法六四一条及び同旨の保険約款の規定により保険者が免責されることになつていること及び普通保険約款にあつては、契約当事者の知、不知を問わず、約款によらない旨の特段の意思表示がない限り当然に契約内容となつて当事者を拘束することになること等に鑑みると、保険契約者、被保険者に他保険契約の存在について告知義務違反があるからといつて、直ちに約款の文言にしたがつて保険者に保険契約の解除を認めるのは相当ではなく、保険契約者、被保険者が不法な保険金の取得の目的をもつて重複保険契約を締結するなどその保険契約を解除するにつき公正かつ妥当な事由がある場合にはじめて保険者が告知義務違反を理由として保険契約を解除し、保険金の支払を免れることができるものと制限的に解するのが相当であり、原則として、このように解したとしても、保険者に対し不当な負担と不利益を強いることにはならないといつてよい。
3 以上の見地に立つて本件をみるに、<証拠>を総合すれば、原告は、昭和五一年五月頃から土木建築工事業を営み、昭和五六年九月頃には建設機械六、七台のほか小型貨物自動車等を含め十数台の車両を保有していたところ、右保有車両全車について被告と日動火災の双方に振り分けて車両損害保険契約を締結することになり、原告の代表者がその事務手続を係員に指示したところ、係員の手違いから本件車両の一車両については被告と日動火災の双方との間に重複して損害保険金契約を締結してしまつたものと認められるのであつて、原告としては、保険契約締結当時本件車両について被告と日動火災の両保険会社と重複して保険契約を締結し、各保険会社からそれぞれ保険金を受け取ることにより損害額を上回る保険金を取得する目的があつたとまでは認めうるに足りる確かな証拠は存在しない。
4 してみれば、原告は、不法な保険金の取得の目的をもつて被告との間で重複保険契約を締結したものということができないから、被告としては、本件約款に規定する告知義務違反を理由として本件保険契約を解除することはできないものというべく、被告の右契約解除の主張は採用することができない。
三進んで、本件保険事故の発生の有無及び被告の保険金支払義務の存否について判断する。
1 <証拠>を総合すると、原告は、建設省酒田工事事務所から株式会社佐藤組が請負つた赤川の護岸災害復旧工事のうち連節ブロック積み等の工事を下請し、昭和五七年一月頃から数名の作業員を現地に送り、土砂を盛つて河川の流水を塞ぎ止めたうえ同年二月末頃までに連節ブロック積みの工事を終了したので、同年三月初め頃から河川の仮締め土砂の撤去(盛土の平し)作業に従事したこと、同年三月一〇日渡辺は、午前八時頃から本件車両を運転して赤川に入り水深約六〇センチメートルの付近で仮締め土砂の平し作業をしていたところ、突然車両後部が傾き下がり河川の深みに車両後部から落ち込んで運転席付近まで水に漬つてしまつたので、近くでユンボを運転していた岩浪に助けを求めたところ、同人がユンボを運転して近くまできたので、ユンボのバケットを伝つて河川敷に避難したこと、その後原告の会社事務所とメーカーの山形小松重車輛株式会社に対し本件車両事故を報告するとともにエンジン部分まで冠水した本件車両を引き揚げることとし、渡辺と岩浪が本件車両のバケットにロープをかけユンボのショベルでこれを牽引して河川敷の部分に引き揚げたが、深みから慌てて本件車両を牽引したため、ブラケットやキャタピラが川底の石かブロックに擦すれて懐れてしまつたことが認められる。
2 被告は、この点について原告が本件車両の冠水事故が発生したといいながら発注者である建設省酒田工事事務所や元請の株式会社佐藤組に事故報告をしていないし被告の派遣したアジャスターが点検鑑定したところ本件車両に冠水及び浸水の事実はなくエンジンの作動は正常であつたから、本件車両が河川の深みに落ち込んで冠水したという事故はあつたとはいえないし、仮にあつたとしてもそれは故意による事故を疑わしめるものである旨主張するところ、原告代表者尋問の結果によれば、原告は、本件車両の冠水事故について発注者や元請に報告していないことが認められるが、右証拠によれば、それは下請業者が下請工事に関して事故を起したことが発注者や元請に知れると工事の指名とか下請ができなくなることを慮つたことによるものであることが認められるから、本件車両の冠水事故について発注者や元請に対し報告がなされなかつたことも前記認定を左右するに足りず、また、被告の主張にそうかの如き乙第四、第五号証の各記載、証人米澤久夫(以下「米澤」という。)及び梨本晃司(以下「梨本」という。)の各供述も前記認定を覆えすものとはなし難い。他に、前記認定を左右しあるいは覆えすに足りる確たる証拠は存在しない。
3 前記認定した事実によれば、本件車両が河川の深みに落ち込んで冠水した事故は保険事故にあたると解するのが相当であるから、被告は、右事故によつて生じた損害を原告に対しててん補する責任を負うものといわざるをえない。
四そこで、原告の被つた損害及び被告の支払うべき保険金の額について判断する。
1 原告は、本件車両が冠水したことによつて被つた損害は三五〇万円であると主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、証人熊谷の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第三号証(見積書)の記載によると、山形小松重車両株式会社では本件車両を分解洗浄し部品を交換して使用可能にするためには二五〇万五六五〇円の費用を要するものと見積つているが、前掲証人熊谷の証言によると、右見積りは昭和五七年一一月一二日付でされたものであるところ、当時本件車両は冠水後長時間修理されずに放置されていたことにより損傷が甚しくなつていたものと推認され、事故当日現地に駆け付けた右熊谷の検分による見積りが一八〇万円程度であつたことが認められるから、甲第三号証の見積金額をもつて原告の被つた損害と認めることはできないものといわざるをえない。また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証(損害額確認書)の記載によると、アジャスターの梨本は、本件車両は三四万八六九〇円の費用で原形回復が可能であると見積つているが、そもそも被告は、昭和五六年九月二〇日本件車両について金額二〇〇万円の損害保険契約を締結していることは前記のとおりであるうえ、証人梨本の証言とこれにより真正に成立したものと認められる乙第五号証の記載を総合すれば、右梨本は、昭和五七年五月一〇日の時点で本件車両の時価額を一五〇万円と評価していることが認められ、また、前記乙第一〇号証は、一応本件車両が水没したことを仮定した見積りではあるが、本件車両の使用管理状態が著しく悪くキャタピラー関係の摩耗、損傷は事故前の損傷であることやエンジンの中に水が入つたことがないことを前提とする見積りであることが認められ、誤つた事実を基礎とするものというべきものであるから、乙第一〇号証の見積額をもつて原告の被つた損害と認定することもでき難い。
他方、<証拠>を総合すると、本件車両は昭和五〇年に小松製作所で製作されたブルトーザーであり、原告が昭和五三、四年頃比較的新しい中古車として四八〇万ないし五〇〇万円程度で購入し林道工事等に使用していたものであるが、車両が泥に埋まつてキャタピラが外れるなどの故障が起ることもあるため、他の建設機械とともにメーカーに依頼して定期的に点検修理を行つていたこと、本件車両については山形小松重車輛株式会社が昭和五五年一二月二七日点検し稼働時間が三七五五時間であることを確認しているほか、昭和五六年五月、同年七月、同年九月にも点検を行い、同年七月には故障があつたため一六万一九七五円の備品を使用して修理していること、昭和五七年三月一〇日に本件車両を点検した際には稼働期間が三九七一時間であつて二か月余りの間にほぼ二〇〇時間程度稼働していたことがそれぞれ認められるから、本件車両は本件事故前整備不良であつてかなりの程度損耗、損傷していたものとは到底いい難く、右認定に反する<証拠>は前掲各証拠に照らしてたやすく採用し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右のような事実関係のもとにおいては、本件車両の冠水により原告が被つた損害を確定するに足りる確かな証拠は存在しないというほかないが、以上認定の諸般の事情を総合すると原告の被つた右損害は、梨本が昭和五七年五月一〇日の時点で見積つた一五〇万円よりやや控え目にみた一二〇万円を下らないものと認めるのが相当であると判断される。
2 ところで、<証拠>によれば、重複保険に関しての保険者のてん補額については本件約款第四章一般条項第一七条の適用があるものと解されるところ、被告と日動火災の本件車両に関する保険金額がいずれも二〇〇万円であるから、被告は前記条項により原告の被つた損害一二〇万円の二分の一にあたる六〇万円をてん補すれば足りると認められるが、被告の支払保険金の免責額が五万円であることは当事者間に争いがないから、被告が原告に対して支払うべき保険金は、結局五五万円と認めるのを相当とする。
五以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求は、五五万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五八年六月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを正当として認容するが、その余は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官塩崎 勤)