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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)6072号 判決 1984年10月23日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 尾崎俊之

被告 乙山春子

主文

被告は、原告に対し、別紙物件目録一記載の土地と同二記載の土地との境界線上に、同三記載の構造の塀を、別紙費用目録記載の費用の負担により、設置することを承諾せよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

1  原告

被告は原告に対し、原告と被告との共同の費用をもって、別紙物件目録一記載の土地と同二記載の土地との境界線上に同三記載の構造の塀を設置することを承諾せよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者双方の主張

1  原告の請求の原因

(一)  原告は、別紙物件目録一記載の土地とその地上の居宅一棟を所有し、被告は、右土地に隣接する同二記載の土地を賃借し、かつ、その地上に建物を所有しており、両建物の間には空地がある。

(二)  原告は、被告に対し、昭和五八年五月一九日付書面等をもって、右両土地の境界線上に塀を築造することを承諾するよう求めたが、被告は、一切これに応じないという態度であって、両者間に協議が調わない。

(三)  よって、原告は、被告に対し、共同の費用をもって、右境界線上に、別紙物件目録三記載のような塀を設置することを承諾することを求める。ただし、右塀が民法二二五条二項の制限を越えるとすれば、越える部分については、原告が費用を負担する意思がある。

2  被告の主張

原告・被告間の本件境界に関する訴訟(東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一四四二二号、同五七年(ワ)第五八四号事件)において昭和五七年四月一五日和解(以下「本件和解」という。)が成立し、その和解調書第五項において、「現在の境界に存する塀は現状においてはそのままとし右塀の補修、管理は原告においてその責任と出費においてなす。」と定められたので、これによって塀の設置に関する問題は解決ずみである。

3  被告の主張に対する原告の反論

(一)  当事者間に被告主張の條項を含む本件和解が成立したことは認める。

(二)  本件和解の経過及び趣旨は次のとおりである。被告が従前から借地上に所有する物置の一部が境界線を越えて原告所有地を侵害していたうえ、昭和五六年一一月ころ、被告が境界から法定の五〇センチメートルの距離を置かないで新たな建物を建築しようとしたため、原告は、被告に対し、かねて要求していた塀の築造とともに、右物置の一部の収去、侵害土地部分の明渡等を求める訴を提起した。右訴訟において和解が勧告され、被告は、物置の一部収去、侵害土地部分の明渡は承諾したが、塀の設置については、裁判所の説得にかかわらず、これを頑なに拒否したため、原告は、塀については右訴訟で解決することを断念し、後日再度請求して解決することとし、裁判所及び双方代理人がその旨を了解して、本件和解を成立させるに至った。本件和解調書第五項中「塀は現状においてはそのままとし」との文言は、右の趣旨を表わすものであり、この点につき請求放棄の条項は設けられていない。

したがって、右条項にいう「現状においては」とは、「当面は」という程度の短期間を意味するものであり、「現状」に何らかの変化が生ずれば、すなわちある程度の期間が経過すれば、塀をそのままにしておく理由はなくなるのである。

そして、すでに本件和解成立の日から一年以上を経過し、既存の塀は最近頓に老朽化し、新たに塀を築造する必要が生じている。

三  証拠関係《省略》

理由

一  請求原因(一)及び(二)の事実は、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二  被告主張の条項を含む本件和解が成立した事実は、当事者間に争いがない。

三  《証拠省略》を総合すれば、原告は、被告を相手方として、昭和五六年一二月八日ころ、被告の物置の内境界を越える部分の収去と境界線上に塀を築造するについての承諾とを求める訴訟を提起し、次いで昭和五七年一月二一日ころ、境界線から五〇センチメートル以内の場所に工作物を設置してはならない旨及び被告の建築中の居宅の内右距離内にある部分を収去することを求める旨の訴訟を提起して、右両訴訟の併合事件において和解が勧告されたこと、当時本件境界線に沿って原告所有地側に、かつ、物置越境部分において更に内側に湾曲して、原告の設置した大谷石と竹垣との塀が存在していたところ、右和解において、被告は、物置越境部分の収去と新築建物につき境界線から五〇センチメートルの間隔を置くことについては承諾したが、新たな塀については、その構造等に関して折合がつかず、被告が築造を承諾しないため、結局、境界の確認、物置及び新築中の建物の収去について、原告の主張に沿う条項を定め、塀については、前記のように「現状においてはそのままと」する旨を定めて、本件和解が成立したこと、以上の事実が認められる。右事実と右和解条項の文言自体及び《証拠省略》によれば、本件和解においては、原告の設置した既存の塀を現状のまま存置し、境界線上に新たな塀を設置することはしない旨が合意されたものと認めるのが相当である。これに反する原告の主張は、訴訟上の和解において、訴訟物について解決を留保し、後日の(しかも合意に至る見込の乏しい)協議に委ねたこととなるのであって、にわかに首肯しがたく、《証拠省略》中右認定に反する部分は採用することができず、他にこれに反する証拠はない。

四  「しかしながら、前記和解条項の文言と《証拠省略》によれば、本件和解成立後相当期間を経過し、既存の塀が著しく破損し又は朽廃に近い等現状のまま維持することが困難な状態に至ったときに、塀の設置について再度協議することが、和解成立時において予定されていたものと認められ、原告の本訴の主張も、和解成立後に生じた新たな事由に基づく請求をする趣旨を含むものと解されるところ、本件和解成立の日から本訴口頭弁論終結時まで約二年五か月を経過していることに加えて、《証拠省略》によれば、既存の塀は、昭和五年ころ、原告が居宅を新築したのと同じ時期に設置した、下部を大谷石積、上部を竹垣とするものであるが、すでに竹垣部分はかなり腐蝕し、大谷石部分にも欠落が生じて、相当に老朽化し現状のまま長期間維持することは困難で、早晩全面的な再築を必要とするに至る状態にあることが認められ、このような事情のもとでは、本件和解にかかわらず、原告が被告に対し新たな塀の設置を求めることができるものと解すべきである。以上の認定・判断を左右すべき資料はない。

五  原告が設置の承諾を求める塀は、高さにおいて民法二二五条二項の規定する制限内であり、ただ、下部を大谷石積みとする点において右規定の構造と異なるが、このように、境界の囲障の一部のみについて板塀又は竹垣より良好な材料を用いることも、同法二二七条により当事者の一方が、設置・保存の費用の増額分、すなわち、一部について良好な材料を用いた場合の全体の費用と、全体を板塀又は竹垣にすると仮定した場合の費用との差額を負担するならば、許容されるものと解され、原告も増額費用を負担する意思があるというのであり、かつ、右構造の塀を設置することにより格別被告に損害を及ぼすものとは認められないから、原告主張の塀の設置についての承諾請求は、右の費用負担のもとにおいて認容すべきである。

六  よって、本訴請求は、別紙費用目録記載の費用負担の限度で、理由があるからこれを認容し、その余の費用負担に関する部分は失当であるからこれを棄却し、民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏)

<以下省略>

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