東京地方裁判所 昭和58年(ワ)649号 判決 1983年10月31日
原告
鈴木善司
ほか三名
被告
蓬田三男
主文
一 被告は、原告鈴木善司に対し、金三〇六万九五〇〇円及び内金二七六万九五〇〇円に対する昭和五五年一月六日から、内金三〇万円に対する昭和五八年二月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告鈴木敏道、同鈴木一郎及び同樽川倫子に対し、各金二〇四万六三三三円及び各内金一八四万六三三三円に対する昭和五五年一月六日から、各内金二〇万円に対する昭和五八年二月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告鈴木善司に対し、金一四三四万八〇七六円及び内金一三五一万四七四三円に対する昭和五五年一月六日から、内金八三万三三三三円に対する昭和五八年二月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告鈴木敏道、同鈴木一郎及び同樽川倫子に対し、各金九五六万五三八三円及び各内金九〇〇万九八二八円に対する昭和五五年一月六日から、各内金五五万五五五五円に対する昭和五八年二月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五五年一月六日午後七時五五分ころ
(二) 場所 福島県須賀川市大字西川字猿田原四四番地先道路上
(三) 加害車両 被告運転の自動二輪車(福島ま八五九三号、以下、本件車両という)
(四) 被害者 亡鈴木イチ(以下、亡イチという)
(五) 態様 被告が本件車両を運転し、前記場所を須賀川市方面から岩瀬村方面に向け時速約六〇キロメートルで進行中、道路上を歩行中の亡イチに本件車両を衝突させ、同人を内臓破裂により即時同所で死亡させた(以下、本件事故という)。
2 責任原因
被告は、本件車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という)三条により損害賠償責任を負う。
3 損害
(一) 葬儀費等 金一八三万九〇一四円
(二) 亡イチの逸失利益
(1) 減収 毎年金四八〇万七一九〇円
<一> 稲作関係について
鈴木家は、原告鈴木善司、同鈴木敏道(以下、原告善司、同敏道という)、亡イチ及び原告敏道の妻正子が農作業に従事し、昭和五四年は水田二八二アールを耕作し、米の粗収益は金五八七万四二二七円、くず米のそれは金六万三〇〇〇円であり、一方、経費は一〇アールあたり金二万三三三一円であつたので、昭和五四年の純収入は金五二七万九二九三円であつた。しかるに、亡イチの死亡により、その三割にあたる金一五八万三七八七円の減収となつた。
<二> 畑作関係について
<1> きゆうり
系統出荷すなわち農協経由で出荷するきゆうりの粗収益は金三三八万七四五四円であり、系統外出荷の加工きゆうりのそれは金三五万円であり、一方、経費は金九六万一七五七円であつたので、昭和五四年の純収入は金二七七万五六九七円であつた。しかるに、亡イチの死亡により、その六割にあたる金一六六万五四一八円の減収となつた。
<2> みつ葉
農協経由で出荷するみつ葉の粗収益は金四〇万九二五七円であり、一方、経費は金五万二二四〇円であつたので、昭和五四年の純収入は金三五万七〇一七円であつた。しかるに、亡イチの死亡により、その七割にあたる金二四万九九一一円の減収となつた。
<3> その他野菜
農協経由で出荷するじやがいも、ネギ等その他野菜の粗収益は金二八万一一九四円であり、一方、経費は金五万円であつたので、昭和五四年の純収入は金二三万一一九四円であつた。しかるに、亡イチの死亡により、その九割にあたる金二〇万八〇七四円の減収となつた。
<三> 瓦葺作業について
原告敏道及び妻正子は毎年一一月から翌年三月中旬まで、郡山市内で瓦葺作業を手伝い、合計金一一〇万円の収入があつたが、亡イチの死亡により、正子は幼児の世話や炊事・洗たくに追われる等のため、二人とも瓦葺作業に従事できず、合計金一一〇万円の減収となつた。
<四> 以上<一>ないし<三>を合計すると、金四八〇万七一九〇円の減収となる。
<五> なお、右以外にも、亡イチの死亡により、牛の養育ができなくなり、牛を販売して収入を得ることができなくなつたことや、原告敏道が他の農家の依頼によつて田畑の耕起作業をしていたのがほとんどできなくなつたこと等の影響も出ている。
(2) 生活費控除
農林水産庁統計情報部作成の昭和五五年度農家経済調査報告によれば、農家の世帯員一人あたりの家計費は年間八二万二七〇〇円である。
一方、亡イチは、昭和五五年から国民年金給付年間金二七万八〇〇〇円を受けることになつていたので、これを右生活費から相殺すべきである。
(3) 稼働可能年数 一一年
亡イチは、死亡時六〇歳四か月であり、平均余命年数の半分の一一年間は稼働可能であつた。
(4) 中間利息控除 年五分の割合による新ホフマン式(係数八・五九〇一)
(5) 計算式
(4,807,190-822,700+278,000)×8.5901=36,615,215
(三) 亡イチの慰藉料 金一五〇〇万円
亡イチは、近在一番の働き者として有名であり、一家の支柱とみるべきであり、その死の態様も悲惨であつた。
(四) 相続
原告善司は亡イチの夫であり、原告敏道、原告鈴木一郎及び同樽川倫子(以下、原告一郎及び同倫子という)は亡イチの子供であり、亡イチの死亡により、法定相続分(原告善司が三分の一、その余の原告が各九分の二)に従い、それぞれ損害賠償債権を取得した。
(五) 損害のてん補
原告らは、右相続割合に従い、自動車損害賠償責任保険から合計金一二九一万円の支払を受けた。
(六) 弁護士費用
原告らは、右相続割合に従い、合計金二五〇万円の弁護士費用を負担することを約した。従つて、各原告の負担額として、原告善司が金八三万三三三三円、その余の原告が各金五五万五五五五円(円未満切捨)を請求する。
(七) 請求額合計
原告善司は金一四三四万八〇七六円、その余の原告は各金九五六万五三八三円となる。
4 よつて、被告に対し、原告善司は金一四三四万八〇七六円、原告敏道、同一郎及び同倫子は各金九五六万五三八三円、及び弁護士費用を除く各内金に対する本件事故の日である昭和五五年一月六日から、弁護士費用に対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年二月一日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3(一) 同3(一)は金六〇万円の限度で損害と認める。
(二) 同3(二)のうち、亡イチの死亡時の年齢を認め、金七八一万円の限度で損害と認める。すなわち、基礎収入は六〇歳女子の平均賃金である月額金一五万一九〇〇円、生活費控除三五パーセント、稼働可能年数八年(新ホフマン係数六・五八九)として計算すべきである。
(三) 同3(三)は金八〇〇万円の限度で損害と認める。
(四) 同3(四)の原告らと亡イチとの身分関係は認める。
(五) 同3(五)の事実は認める。
(六) 同3(六)及び(七)は争う。
三 抗弁(過失相殺)
本件事故現場は、アスフアルト舗装の幅員約六・二メートル、中央線が表示された準幹線というべき県道上であるが、亡イチは、夫である原告善司の右後方から左手で同原告を支えるようにして、本件車両と同一方向に道路中央線付近をもつれ合うようにして歩行していた。そして、当時は照明設備もなく、現場は真暗であつたから、被告は、自己の進路中央線付近に歩行者が存在することを予想することはできなかつた。
以上の事実関係に照らし、少なくとも三割の過失相殺をすべきである。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求の原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の事実は当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条により損害賠償責任を負う。
二 そこで、抗弁(過失相殺)につき判断する。
1 成立に争いのない乙第二号証の一ないし二四、第三号証の一ないし一一、第四号証の一ないし三、第六号証、第七号証、第九号証の一、二、第一〇号証及び第一一号証を総合すると、以下の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
本件事故現場は、アスフアルト舗装の幅員約六・二メートル、中央線が破線で表示された片側一車線の県道上である。亡イチは、夫である原告善司の右後方から同原告を支えるようにして、本件車両の歩行車線上のやや中央線寄りを本件車両と同一方向に歩行していた。当時は照明設備もなく、現場は真暗であつた。
被告は、本件車両を運転し、制限速度(毎時四〇キロメートル)を超える六〇キロメートルの速度で進行していたが、事故直前本件車両の速度計を見ながら下を向いて運転し、前方注視を尽くさなかつたため、亡イチの発見が遅れ、発見後ハンドルを左へ切つて避けようとしたが間に合わず衝突した。
2 以上の事実関係その他諸般の事情を考慮すると、亡イチの死亡に関する損害について、その一割を減額するのが相当であると思料する。
三 損害について判断する。
1 葬儀費等
原告敏道本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一六号証の一ないし二四、二七ないし五七、五九ないし六二及び本尋問結果によれば、亡イチの葬儀費用として金七〇万円を超える費用を要したことが認められるところ、そのうち金七〇万円を本件事故と相当因果関係ある損害と認める。
2 亡イチの逸失利益
(一) 減収について
(1) 成立に争いのない甲第二一号証、第二二号証、原告敏道本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一、三、四、第二号証の二、第七号証の一及び同尋問結果によれば、鈴木家は、原告善司、同敏道、亡イチ及び原告敏道の妻正子が農作業に従事し、昭和五四年は、稲作関係(米及びくず米)で金五九三万七二二七円の粗収益があり、畑作関係(きゆうり、みつ葉及びその他野菜)で合計金四四二万七九〇五円の粗収益があつたこと(以上合計金一〇三六万五一三二円)が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(2) 原告らは、稲作関係及び畑作関係について要した経費額を主張し、甲第一号証の二、第二号証の一、第三号証、第四号証及び原告敏道本人尋問の結果中にはこれに沿う部分があるが、これには生産に要する経費として、種苗代の一部や出荷に伴う諸費用、農業機械の燃料代や整備費用等が計上されておらず、そのまま採用することは相当ではない。また、成立に争いのない乙第一五号証及び原告敏道本人尋問の結果によれば、鈴木家の昭和五四年の収入として税務申告した所得額は、農業収入として僅かに金一二一万五九三四円であることが認められ(他に右認定に反する証拠はない。)仮に農家が過少申告する傾向がある(甲第一二号証の一、二、第一三号証からうかがえる)としても、鈴木家の前記粗収益合計金一〇三六万五一三二円と申告所得額金一二一万五九三四円とを対比すると、その経費率は相当高いものと推認することができる。
(3) 原告らは、原告敏道及び妻正子が瓦葺作業をできなくなつたこと(及び原告敏道が耕起作業をできなくなつたこと)を亡イチの減収の基礎として主張しているが、原告敏道が瓦葺作業をできなくなつたことと亡イチの死亡との間の相当因果関係を肯認し得る証拠はなく、また、その余の主張事実は間接被害者の損害であつて、亡イチ自身の損害として算定することは相当ではない。もつとも、この点は亡イチの農業収入に対する寄与率に関して考慮すべき事情にはなるといえる。
(4) 前記のとおり、鈴木家は原告善司、同敏道、亡イチ及び原告敏道の妻正子の四人が農作業に従事していたこと、前掲甲第二一号証、第二二号証及び原告敏道本人尋問の結果により、亡イチは働き者として近在では有名であつたと認められること及び右(3)の事情等にかんがみると、亡イチの鈴木家の農業収入に対する寄与率は、全体として三割五分とみるのが相当である。
(5) そして、成立に争いのない甲第二三号証と前掲乙第一五号証を対比すると、昭和五五年の鈴木家の農業収入は昭和五四年に比べて相当減少していることがうかがわれるが、この一年間の減収額を明確に認定し得る証拠は存しない。
(6) 以上の事実関係に照らすと、亡イチは、本件事故により死亡しなければ、次の計算式のとおり、少なくとも毎年金二三五万八〇六七円の収入を得ることができたものと認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
10,365,132×(1-0.35)×0.35=2,358,067
(7) なお、原告敏道本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、二、第六号証の一ないし三、第七号証の一、二、第八号証の一、二及び同尋問結果によれば、鈴木家は本件事故前に牛一三頭を養育し、そのうち九頭を順次販売して収入を得ていたが、現在は一頭しかいないことが認められ、減収があつたことがうかがわれるが、同尋問結果によれば、鈴木家は右九頭を販売した後、新たに九頭を購入し、それらをまた販売したことが認められるので、このことと牛の養育に関する経費について必ずしも明確に認定し得る証拠がないこと、原告らは、牛の販売による収入については亡イチの減収の基礎額に算入していないこと等に照らして、右減収があつたことは逸失利益としてではなく、慰藉料の斟酌事由の一つとする。
(二) 亡イチが死亡時六〇歳四か月であつたことは当事者間に争いがないので、右収入額を基礎とし、生活費を三割(弁論の全趣旨により認める)控除し、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡イチの死亡による逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、金一〇八七万六一一二円となり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2,358,067×(1-0.3)×6.589=10,876,112
3 亡イチの慰藉料
本件事故の態様、亡イチの年齢、前記鈴木家における役割、前記2(一)(7)の事由その他諸般の事情を考慮すると、亡イチの死亡に対する慰藉料は金一二〇〇万円が相当と認める。
4 過失相殺
以上1ないし3の合計額金二三五七万六一一二円から前判示の一割を減額すると、金二一二一万八五〇〇円となる。
5 相続
原告らと亡イチとの身分関係は当事者間に争いがないので、原告らの相続割合は、原告善司が三分の一、その余の原告が各九分の二となる。
6 損害のてん補
原告らが右相続割合に従い、自動車損害賠償責任保険から合計金一二九一万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、原告らの有する損害賠償債権は、原告善司が金二七六万九五〇〇円、その余の原告が各金一八四万六三三三円となる。
7 弁護士費用
本件事案の内容、審理の経緯、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係ある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、原告善司が金三〇万円、その余の原告が各金二〇万円が相当と認める。
四 以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告善司が合計金三〇六万九五〇〇円及び内金二七六万九五〇〇円に対する事故の日(死亡の日)である昭和五五年一月六日から、内金三〇万円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年二月一日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告敏道、同一郎及び同倫子がそれぞれ合計金二〇四万六三三三円及び内金一八四万六三三三円に対する右昭和五五年一月六日から、内金二〇万円に対する右昭和五八年二月一日から各完済まで右遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は失当としていずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 芝田俊文)