東京地方裁判所 昭和58年(ワ)7905号 判決 1984年4月12日
原告
北島昭夫
ほか一名
被告
東京通運株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告北島昭夫に対し金五〇四万九六四八円、原告黒岩蘭子に対し金四四八万九六四八円、及び右各金員に対する、被告米川美津男は昭和五八年八月七日から、被告東京通運株式会社は昭和五八年八月一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告北島昭夫に対し金一五〇〇万円、原告黒岩蘭子に対し金一三〇〇万円、及び右各金員に対する被告米川美津男は昭和五八年八月七日から、被告東京通運株式会社は昭和五八年八月一一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五七年一一月二三日午前一〇時一五分ころ
(二) 場所 東京都足立区六月三丁目一八番一六号先路上
(三) 被告車両 普通貨物自動車(品川一一い五四五四)
右運転者 被告米川美津男(以下「被告米川」という。)
(四) 事故態様・結果 訴外亡北島大助(以下「亡大助」という。)が前記道路を横断中、栗原二丁目方面(南方)から竹の塚一丁目方面(北方)に向けて走行してきた被告車両にはねられ、即死した。
(五) 右事故を以下「本件事故」という。
2 責任原因
(一) 被告米川は、被告車両を運転して本件事故現場手前に至つた際、道路左前方約二二メートルの地点の道路傍で亡大助らが遊んでいるのを発見したが、同人の動静を十分注視し、徐行するとともにハンドル及びブレーキの操作を適切にして同人との接触を避けるべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、漫然制限速度(毎時二〇キロメートル)を超える時速三〇キロメートルで走行した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条の規定に基づき損害賠償責任を負う。
(二) 被告東京通運株式会社(以下「被告会社」という。)は被告車両の所有者であり、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の規定により、損害賠償責任を負う。
3 原告北島昭夫(以下「原告北島」という。)は亡大助の父であり、原告黒岩蘭子(以下「原告黒岩」という。)は亡大助の母であり、他に同人の相続人は存しない。
4 損害
(一) 葬儀費用 金二〇〇万円
原告北島は亡大助の葬儀費用として金二〇〇万円を要した。
(二) 逸失利益 金四一五一万〇八八一円
亡大助は本件事故当時九歳の男子であり、事故がなければ少なくとも一八歳から六七歳までの間、昭和五六年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・年齢別の男子労働者の平均賃金の所得を得られたはずであり、生活費として四〇パーセントを控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡大助の逸失利益の現価を算定すると、別紙「故北島大助逸失利益計算表」記載のとおり、金四一五一万〇八八一円(一円未満切り捨て)となる。
(三) 慰藉料 金一四〇〇万円
亡大助は本件事故により多大な精神的苦痛を被つたが、これを慰藉するための慰藉料としては金一四〇〇万円が相当である。
(四) 原告らは、亡大助の死亡により、前記(二)及び(三)の損害賠償請求権を各二分の一の割合(法定相続分)で相続取得した。よつて、原告北島の損害額は金二九七五万五四四〇円、原告黒岩の損害額は金二七七五万五四四〇円(一円未満切り捨て)となる。
(五) 原告らは、損害のてん補として、被告車両の加入する自賠責保険から各金一〇〇〇万円の支払を受けたので、これを控除すると、原告北島は金一九七五万五四四〇円、原告黒岩は金一七七五万五四四〇円となる。
(六) 弁護士費用 各金八〇万円
原告らは、被告らが右損害額を任意に支払わないため、やむなく原告訴訟代理人に本訴の提起追行を依頼し、報酬として原告ら各自が金八〇万円を支払うことを約した。
5 よつて原告らは、被告らに対し右各損害額の内金として、原告北島は金一五〇〇万円、原告黒岩は金一三〇〇万円と、右各金員に対する、いずれも本訴状送達の日の翌日である、被告米川は昭和五八年八月七日から、被告会社は昭和五八年八月一一日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、亡大助が事故現場道路を横断中であつたことは否認し、その余は認める。
2 同2の(一)の事実中被告米川の過失は争う。同(二)のうち被告会社が被告車両の運行供用者であることは認めるが、損害賠償責任を負うことは争う。
3 同3の事実は認める。
4 同4の(一)は不知、(二)について亡大助が事故当時九歳の男子であつたことは認め、その余は不知、中間利息の控除はライプニツツ式計算法によるべきであり、生活費の控除は五〇パーセントが相当である。同(三)の慰藉料額は争う。同(四)の事実は不知、同(五)の事実は認める。
三 抗弁
1 免責(被告会社)
被告米川は被告車両を時速約二五キロメートル(制限速度毎時二〇キロメートル)で運転走行し、本件事故現場手前に至り、前方約二〇メートル先の道路左側菓子店の店先のベンチに道路を背にして腰かけている亡大助らの姿を発見し、以後も亡大助らの動静を注視しつつ進行したが、同人らが車道上に出てくる気配はなかつたところ、直前に至つて、突然亡大助が被告車両の前面に前屈姿勢で飛び込んできたため、被告車両としては避けるすべもなかつたもので、本件事故は亡大助の一方的過失に起因し、被告らが運行に関し注意を怠つたことはなく、また被告車両に構造上の欠陥及び機能の障害はなかつたから、被告会社は自賠法上の責任を負うことはない。
2 過失相殺(被告ら)
仮に被告らにおいて損害賠償責任があるとしても、亡大助には前記のとおり左右安全確認義務を怠つた重大な不注意があるから、被告らの過失割合は五〇パーセント以下である。
四 抗弁に対する反論
被告米川が被告車両を時速約二五キロメートルで走行していたこと、亡大助らの動静を十分注視していたことは否認し、免責の主張は争う。また、仮に大助に不注意があつたとしても、事故現場の状況、亡大助が児童であること等を考慮すると、被告米川の過失は重大であつて被告らの過失割合は八五パーセントが相当である。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)のうち亡大助が本件の道路を横断中であつたことを除く事実同2(責任原因)のうち被告会社が運行供用者である事実は当事者間に争いがない。
いずれも成立に争いがない甲第一二号証の一ないし一一、乙第二、第三号証、第五号証ないし第九号証、第一一、第一二号証、被告米川本人尋問の結果により被告車両のタコメーターであることが認められる乙第一三号証、原告北島本人及び被告米川本人各尋問結果によれば、
1 本件事故現場道路は、別紙図面のとおり、栗原二丁目方面から竹の塚一丁目方面にほぼ南北に通ずる同方向に一方通行の規制のある区道で、路面はアスフアルト舗装がされて平担で、全幅員は五・八メートル、うち左側幅一・三メートルが路側帯でガードレールの設備はなく、右側は事故現場手前まで幅員二メートルの歩道があつてガードレールにより車道と区分されている。事故現場は、右道路と旧日光街道へ東方に通じる幅員五・五メートルの道路が直角に交差する丁字型交差点になつていて、本件道路の右交差点栗原二丁目寄りには幅員四メートルの横断歩道があり、また、栗原二丁目からの進行車両にとつて前方及び左方の見とおしは良好であるが、右方の交差道路方向は樹木にさえぎられて悪く、左側には住宅が立ち並んでいて最高速度は毎時二〇キロメートルに規制されている。事故当日は、現場付近の炎天寺で祭りがあり、人出が多く本件道路左側の人通りもひんぱんであつた。
2 被告米川は、被告車両を運転して事故現場道路のやや左寄りを栗原二丁目方面から竹の塚一丁目方面に向け、事故現場手前約二一メートルの地点で速度を時速約二〇キロメートルから時速約三〇キロメートルに加速して走行し、そのころ左前方約二一メートル先の菓子店の店先空地の道路にほぼ接して置かれたベンチ付近に亡大助ら児童数人が遊んでいた(亡大助を含め三人はベンチに座り、二人が佇立していた。)のを認めたが、同人らが道路に出ることはないと軽信し、右側の交差道路方向からの車両の有無確認に気を取られ、亡大助らの動静に注意を払わずそのまま進行したため、亡大助が車道上に飛び出したのに気づかず、自車左前部を衝突させて同人をその場に転倒せしめ、左後輪で同人を轢過した。同被告は衝突音で初めて事故発生に気づきブレーキをかけて停車した。
亡大助は、当時九歳で小学校三年生であつたが、前記ベンチに道路を背にして腰かけていて、いわゆる「鬼ごつこ」の遊びに夢中になつて道路左右の安全確認を欠いたまま車道上に飛び出し横断し、被告車両と衝突した。
以上の事実が認められ、被告米川本人尋問結果中には右認定に反する部分があるが、前記各証拠に照し措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
してみると、本件事故は、被告米川において、被告車両を運転し、幅員の狭い人通りのひんぱんな道路を進行するに際し、進路前方車道の直近に児童である亡大助の姿を認めたのに、その動静を注視せず、徐行もすることなく、漫然と事故現場手前で加速し制限速度を超える速度で進行した過失があり、これが事故の主因をなしたものというべきでありまた被告米川に過失がなかつたことを認めるに足りる証拠はないから被告会社の免責の主張は採用することができない。
以上により、被告米川は民法七〇九条の規定に基づき、被告会社は自賠法三条の規定に基づき、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。
他方、亡大助においても、安全を確認することなく、被告車両の進路上に飛び出した不注意があるから、原告らの損害額を算定するにあたりこれを斟酌すべきであり、その過失相殺率は原告らにつき二〇パーセントとするのが相当である。
二 請求原因3の事実は当事者間に争いがない。
三 損害
1 葬儀関係費 金七〇万円
原告北島本人尋問の結果によれば、同原告は亡大助の葬儀関係費として金二〇〇万円を要したことが認められる(右認定に反する証拠はない。)が、そのうち金七〇万円をもつて本件事故との間に相当因果関係がある葬儀関係費と認める。
2 逸失利益 金二二二二万四一二一円
亡大助が本件事故当時九歳の男子であつたことは当事者間に争いがなく、同人は本件事故がなければ少なくとも一八歳から六七歳までの間、昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・全年齢の男子労働者の平均賃金年額金三七九万五二〇〇円を得られたはずであり、生活費として五〇パーセントを控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合により中間利息を控除して、亡大助の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、金二二二二万四一二一円(一円未満切り捨て)となる。
計算式 3,795,200×(1-0.5)×11.7117=22,224,121
3 慰藉料 金一三〇〇万円
前記のとおり、亡大助は本件事故により死亡したのであり、その被つた精神的苦痛は多大であり、これを慰藉するための慰藉料としては金一三〇〇万円が相当である。
4 前記のとおり、原告らは亡大助の父及び母であり他に同人の相続人は存しないから同人の死亡により前記2及び3の損害賠償請求権を各二分の一の割合(法定相続分)で相続取得(各金一七六一万二〇六〇円、一円未満切り捨て)したと認められる。
5 過失相殺
右のとおりで、原告らの損害額は、原告北島は金一八三一万二〇六〇円、原告黒岩は金一七六一万二〇六〇円となるところ、過失相殺として損害額の二〇パーセントを減ずると、原告北島は金一四六四万九六四八円、原告黒岩は金一四〇八万九六四八円となる。
6 損害のてん補
原告らが各金一〇〇〇万円の損害のてん補を受けたことは原告らの自認するところであり、前記損害額からこれを控除すると、原告北島は金四六四万九六四八円、同黒岩は金四〇八万九六四八円となる。
7 弁護士費用 各金四〇万円
本訴訟の審理の経過、事案の難易、認容額等の事情を考慮すると、弁護士費用は原告らにつき各金四〇万円が相当である。
四 以上の次第で、原告らの被告ら各自に対する本訴請求は、原告北島は金五〇四万九六四八円原告黒岩は金四四八万九六四八円と、右各金員に対するいずれも本訴状の送達の日の翌日である、被告米川は昭和五八年八月七日から、被告会社は昭和五八年八月一一日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本久)
別紙 故北島大助逸失利益計算表
<省略>
別紙図面 現場見取図
<省略>