東京地方裁判所 昭和58年(ワ)9269号 判決 1988年6月09日
原告 東和麺麭株式会社
右代表者代表取締役 中村三子
右訴訟代理人弁護士 田倉榮美
被告 田島英行
右訴訟代理人弁護士 薄井昭
主文
一 被告は、原告に対し、原告から金九〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載三乃至五の建物を収去して、別紙物件目録記載一の土地を明け渡せ。
二 被告は、原告に対し、昭和五九年三月一七日から明渡済みまで一か月金六万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載三乃至五の建物を収去して、別紙物件目録記載一の土地を明け渡せ。
2 被告は、原告に対し、昭和五八年九月二三日から明渡済みまで一か月金六万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 (主位的請求の原因)
1 当事者
原告は、製パンの製造・販売を業とする株式会社であり、現在学校給食用のパンを製造し板橋区内の小中学校等に配送している東京都選定学校給食パン委託工場である。
被告は、三英ドレスの屋号で縫製業を営む者である。
2 本件賃貸借契約の締結
原告は、昭和三二年頃から、原告の所有する別紙物件目録記載一の土地(以下、「本件土地」という。)を、被告の実父である訴外田島静司に賃貸していたが、昭和三九年三月一六日、本件土地上に被告が別紙物件目録三乃至五記載の建物(以下、「本件建物」という。)を建築するに際し、改めて原告は被告に対し、次の約定で本件土地を賃貸した。
(一) 賃料 三一七五円(毎月末日翌月分支払)
(二) 期間 昭和三九年三月一六日から昭和五九年三月一六日までの二〇年間
(三) 特約 契約期間内であっても、土地の繁盛、物価の騰貴、近隣地代との比較、課税の増加等の事情により、賃料増額の必要が生じたときは、当事者間協議の上賃料を改定し、賃借人はこれを支払わなければならない。
3 被告の背信行為と信頼関係の破壊
(三) 私道通行に関する紛争
原告は、被告が自動車で本件土地に隣接する原告所有地の私道(以下、「本件私道」という。)を通行することを黙認してきたところ、原告の好意にもかかわらず、被告は、次のとおり背信的行為をなした。
(1) しばしば、本件私道を駐車場として無断で使用し、原告のパン配送用車両の通行を妨害し、原告の度重なる駐車禁止の要求をも無視し続けた。
(2) 原告が停車して荷物の積降しをしていると、交通の遮断であるなどと抗議し、さらに原告方への来訪者の車両に対しては大きくクラクションを鳴らして退去を強く催促した。
(3) 原告が原告私道をコンクリート舗装した際には、わざとその箇所を自動車で通行して、工事のやり直しを余儀なくした。
(4) コンクリート舗装のやり直し工事に対しては、被告車両の通行妨害であるなどと強く抗議した。
このように、被告の行為によって原告の業務に多大な支障を生じるようになって一〇年以上経過している。
(二) 賃料の供託
昭和四八年頃、本件契約の賃料は月額二万八七五〇円であったが、近隣の賃料相場が上昇したため、原告は被告に対し、昭和五〇年九月頃、賃料を月額三万四五〇〇円に改訂したい旨申し入れたところ、被告は協議に応ずることもなくこれを無視し、従来の賃料を供託した。
その後、被告は不定期に賃料を自己の判断で増額して供託しているが、近隣地代に比べて低額であるため、原告は賃料の適正化を目的として被告に対し協議を申し入れたが、被告はこれを無視し続け、八年以上も一方的に賃料を供託している。
(三) 下水道工事に伴うトラブル
昭和四九年頃、本件土地付近の公道に本下水道が埋設されたことから、原告は被告に対し、排水管埋設工事を共同で実施する旨申し入れたところ、被告はこれを拒絶したので、原告はやむなく単独で工事を開始した。
これに対し、被告は、原告が公道を掘っている旨板橋区役所土木課に通報したため、これを契機に工事が一時中断された。その後、他の業者に依頼して工事を完了したものの、前の業者に対する代金の重複的支払、原告所有倉庫二棟の解体等の多大な犠牲を強いられることとなった。
ところが、右工事が完了すると、被告は原告に対し、原告の排水管に被告の排水管を継がせる義務がある旨主張し、これを原告が拒絶すると、被告は、昭和五一年四月豊島簡易裁判所に調停を申し立てるに及んだ。
(四) 新築工事の妨害
原告は、昭和五二年九月頃、パン工場及び代表者自宅の新築工事を行ったが、この際、被告は、
(1) 原告の、電気工事のため一時停電させてほしい旨の依頼を拒否し、
(2) 木製電柱をコンクリート製電柱に変更した工事人に対し、電柱に取り付ける変圧器の向きが違うとクレームをつけ、
もって、原告の工事進行を大幅に遅延せしめた。
4 解除
原告は、被告に対し、特約違反及び被告の背信行為による信頼関係の破壊を理由として、昭和五八年九月二二日到達の訴状をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
5 相当損害金
本件土地の同日以降の相当賃料額は、近隣の地代相場と比較して、一か月金六万九〇〇〇円を下らない。
(予備的請求の原因)
6 賃貸借期間の満了
本件賃貸借契約の期限である昭和五九年三月一六日は経過した。
7 法定更新に対する異議
本件賃貸借は普通建物所有を目的とするものであるが、右期間満了の際、被告は本件建物を所有して本件土地の使用を継続していたところ、原告は被告に対し、昭和五九年一二月一〇日の本件口頭弁論期日において、本件土地の使用継続につき遅滞なく異議を述べた。
8 正当事由
右異議は、次のような正当事由に基づくものである。
(一) 原告は、昭和二九年六月より現住所において学校給食用パンの製造を主な業とする会社であり、現在一日約一万乃至一万五〇〇〇食のパンを製造・納品している。
ところで、学校給食用パンの製造・販売は、市販のパンのそれと異なり、次のような特質を有している。
(1) 学校の食事時間が一定であるため、前日までに翌日分のパンの製造を終え、翌早朝より迅速に配送を完了しなければならない。
(2) 性質上特に衛生面での監督が厳しく、工場内外の環境の整備が重要な課題である。
(3) 献立の多様化、パン自体の種類の多様化に伴い、学校給食の形態の変化、製造量の増減が大きく、作業時間も区々となる。
(4) 学校給食パン委託工場は、当該地区になければならず、他の地区に移転した場合には委託が取り消される。
以上のような特質により、工場の製造能力及び人員の確保は、一般のパン工場に比べ、より強く要請される。そして、仮に製造能力の向上が達成できず、学校の注文に充分な対応ができないときには、委託工場の資格をも失うことになりかねない事態に至っている。
(二) 原告工場の敷地中央部分には本件私道が存在し、工場を二分しているため、以下のような不都合がある。
(1) 原告工場は日によって生産能力を超えることがあり、また東京都からの衛生面の徹底の要請に応えて、パンの個別包装設備の導入が必要となっており、これらの理由から大型の機械を設置する場所が確保されなければならないところ、工場が二棟に分化していることによりその余地はなく、製造能力の拡大・衛生面の徹底は実現できないことになる。
(2) 一定時刻までに各学校に配送する必要があり、そのため積込作業を迅速に行わなければならないところ、被告の車両通行のために本件私道を常にあけておかなければならないとしたら、原告の不便は甚大である。
(3) 学校給食パンの製造・販売自体は利益が減少している現在、原告の経営を今後維持していくためには、市販のパンの製造・販売の分野に進出することが急務となってきているところ、そのためには現在使用している機械では対応できず、そのほかに酵母パン用の製造機械、クッキー・クロワッサン等専用整形機、冷凍設備等の設置が必要であるが、現状ではそれが不可能である。
このように、原告の営業の維持・継続のためには、工場の拡張が不可欠であり、そのためには本件土地の使用が必要である。
(三) 被告には本件土地賃貸借や本件私道の利用について、前記3のとおりの信頼関係を損う所為があり本件土地及び本件私道の利用関係の調整が困難である。
(四) 原告は、被告に対し、法定更新に対する異議の正当事由を補完するため、立退料として、被告の本件建物収去、土地明渡と引換に、金九〇〇〇万円とそうかけ離れない範囲で裁判所が相当と認める金額を支払う用意がある。
よって、原告は、被告に対し、本件賃貸借契約終了に基づき、本件建物の収去及び本件土地の明渡、並びに昭和五八年九月二三日から明渡済みまで一か月金六万九〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払または不当利得の返還を求める。
二 (主位的請求原因に対する認否)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実中、(一)は否認する。(二)について、原告が被告に対し賃料増額を申し入れたこと、それに対し被告が従来の賃料を供託したこと、その後被告が不定期に賃料を自己の判断で増額して供託していることは認め、その余は否認する。(三)について、原告が被告に対し、昭和四九年頃、排水管埋設工事を共同で実施する旨申し入れ、これに対し被告が拒絶したこと、被告が板橋区役所に原告工事を通報したため、工事が一時中断したこと、工事完了後、被告が原告に対し、原告の排水路に被告の排水路を継がせる義務があると主張し、豊島簡裁に調停を申し立てたことは認め、その余は不知。(四)の事実は否認する。
4 同4の事実は認める。
5 同5の事実は不知。
(予備的請求原因に対する認否)
6 同6の事実は認める。
7 同7の事実は認める。
8 同8の事実中、(一)について、原告が現住所において学校給食用パンの製造を主な業とする会社であることは認め、その余は不知。(二)については不知。(三)については否認する。(四)について、原告主張の金員の給付がなされても、異議の正当事由は補完されない。
三 抗弁
正当事由に関する被告の主張は次のとおりである。すなわち、
(一) 被告が営む縫製業は、メーカーの下請としての既製服の仕立てが主たる内容であるが、被告が現在地を移転した場合、メーカーとの下請契約を解除されるおそれがある。
(二) 被告は、長年、近隣の下請業者と連携を保ちながら経営を保持してきたものであり、現在地を移転することは右連携が崩れるため、経営に大きな打撃を受ける。
(三) 被告は、注文服の仕立ても営んでいるが、顧客が固定しており、現在地を移転すれば右顧客の大半を失うことになる。
(四) 縫製業には大きな電力が必要であるため、現在被告は原告の承諾を得て五キロワットの動力を導入しているところ、現在地を移転した場合、現在と同様の動力を設置することは極めて困難である。
(五) 本件建物は、被告の縫製業にとって、運搬用の自動車を横付けにできること、住居と一体になっていることにより、極めて便宜である。
(六) 被告は、本件建物においてアパートも経営しているが、アパート経営をやめることは縫製業による利益が少ないことから、被告の生活を破壊することになりかねず、また本件土地以外にアパート経営が可能な土地を求めることは事実上不可能であるのみならず、アパートの賃借人に明渡しを要求することも困難である。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は、すべて不知。
理由
一 請求原因1(当事者)、2(本件賃貸借契約の締結)、4(解除)、6(賃貸借期間の満了)及び7(法定更新に対する異議)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、同3(被告の背信行為と信頼関係の破壊)の事実について判断する。
1 まず、(一)私道通行に関する紛争について判断する。
《証拠省略》によれば、原告は被告に対し、被告が本件私道を自動車で通行することを長年黙認してきたこと、昭和四三、四年頃から、原告がパン配送のために工場前の本件私道で積込作業をする時間帯に、被告がその自動車を駐車して原告の配送車の通行を妨害したことがあったこと、原告が積込作業中、被告自動車の通行のため作業の中断を強要したことがあったこと、原告が被告に通行妨害の中止を求めると被告は原告の従業員や客に怒鳴るなどして応じなかったこと、原告が本件私道をコンクリート舗装した際、工事の途中で被告は来客の自動車を通行させ、右工事を遅延させたこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》。
右認定事実によると本件私道の通行に関しては、被告の近隣の共同生活関係について配慮を欠く行為が端緒となって、原告との間に何度か紛争が生じたことが認められるが、右紛争が原告の業務に対して多大な支障をもたらしていたことまで認めるに足る証拠はない。
2 次に、(二)賃料の供託について判断する。
昭和五〇年九月頃、原告が被告に対し賃料の増額を申し入れたことは、当事者間に争いがなく、これに対し、《証拠省略》によれば、被告は原告に対し、近隣地代との比較、当時の経済情勢から右増額申入には応じられないが後記二3記載の下水道工事に関する紛争の解決を条件に右増額申入に応じてもよい旨返答したこと、被告が従来の賃料を原告に提供したところ、原告が受領を拒絶したことが認められ(る。)《証拠判断省略》また、その後、被告が従来の賃料を供託したこと、被告は不定期に自己の判断において相当とする賃料を増額して供託したことは、当事者間に争いがない。さらに、原告代表者は、賃料の適正化を目的として被告に協議を申し入れた旨供述するが、これを否定する《証拠省略》に照らし、たやすく採用できない。他に右協議申し入れの事実を認定するに足る証拠はない。
右事実によれば、原、被告間に賃料に関する折り合いがつかず、一〇年余にわたって被告が賃料を供託するという決裂状態が継続しているが、それはひとり被告の増額を拒絶する頑な態度だけに基づくものではなく、原告が事態の改善をあきらめ、被告のなすがままにまかせておいた消極的な姿勢にも起因するところが大であり、一〇年余の供託状態の継続をもって被告に一方的に背信性あるとは断じ難く、賃料改定協議義務違反の程度も右の経緯からみれば契約解除に価するほど著しく悪質なものであったものといえない。
3 続いて、(三)下水道工事に伴うトラブルについて判断する。
昭和四九年頃、原告が被告に対し、排水管埋設工事を共同で実施したい旨申し入れたこと、これに対して被告が拒絶したため、原告はやむなく単独で工事を開始したこと、被告が板橋区役所土木課に、原告が公道を掘っていると通報したため、原告の工事が一時中断されたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、その後、板橋区役所の指導により、原告工場付属の二棟の倉庫を解体することを条件に公道掘起しの許可を受けたこと、従前の業者に工事の継続を断わられたため、別の業者に依頼して工事を完成したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。また、右工事完了後、被告が原告に対し、原告の埋設した排水管に被告の排水管を継がせる義務が原告にある旨主張したこと、原告がこれを拒絶したため、被告が、昭和五一年四月豊島簡易裁判所に調停を申し立てたことは、当事者間に争いがない。
右事実によれば、被告の右所為は近隣の共同して生活をする者としては、身勝手なところがあり、原告側の不信感を招いてもやむをえないところがあると認められる。
4 次に、(四)新築工事の妨害について判断する。《証拠省略》によれば、昭和五二年九月頃、原告はパン工場及び代表者の自宅を新築する工事を行ったこと、その際、原告ら被告に対し、電気工事のため本件建物の電気についても一時停電させて欲しい旨申し入れたが、被告は熱帯魚を飼育していることを理由にこれを拒否したこと、また被告は原告の土地内に設置されている電柱を交換したとき、トランスの向きが違っていると原告方に怒鳴り込んでいったこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》しかし、右紛争のため、原告の右新築工事が著しく遅延したことを認めるに足る証拠はない。
三 以上の事実を総合すると、被告の賃料増額に関する協議義務違反及び原、被告間の信頼関係破壊は本件土地の賃貸借契約を維持するのに困難な程度のものに達していると認められず、従って、原告のなした解除の意思表示は解除を相当とするほどの背信性を欠き無効と解すべきである。
四 そこで、法定更新に対してなした原告の異議が正当な事由に基づくものであるかどうかにつき判断する。
原告が昭和二九年頃から現住所において学校給食用パンの製造を主な業とする会社であることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、以上の事実が認められる。
1 原告の工場では、学校給食用のパンを中心に現在一日約一万乃至一万五〇〇〇食のパンを製造し、各注文主に納品しているが、学校給食用パンの製造、販売については、市販のパンと比較して次のような特色があること、
(一) 学校における給食時間は一定であり、かつ厳守さるべきものであるから、全ての学校に時間どおり配送するためには、翌日配送分のパンを前日に焼き上げておかなければならず、また配送も午前七時頃から開始して午前一一時頃までには完了することを要し、さらに空箱回収のため午後二時頃まで配送車を運行させる必要がある。
(二) 学校給食用パンの製造にあっては、それが児童、生徒の食事に供される性質から、衛生面での行政監督が特に厳しく、市販のパン工場と比べて、保健所の検査の回数が多いため、工場の内外の環境を特に整備しておく必要がある。
(三) 学校給食用のパンは、従来食パン及びコッペパンの二種類だけであったが、近時その種類が多様化し、東京都指定の規格パンだけでも五〇種類以上に及び、各学校の注文により製造する規格外パンを加えると七〇種類以上になっており、さらに年々種類が増加する傾向にある。そして、毎日製造、納品するパンの種類は、共同献立の採用が徹底している小学校を除き、学校ごとに異なり、また従来の食パン、コッペパンと異なり、新しい種類のパンの製造工程は複雑で極めて手間がかかるため、専用の機械を導入しないと到底処理することが困難になっている。
(四) 学校給食パン委託工場は、指定された地区になければならず、当該地区外に移転した場合には委託が取り消される。
2 右特質を前提とするとき、原告が学校給食パン委託工場として、営業を維持、発展させるためには、工場の製造能力及び従業員を現在よりも拡大することが不可欠であり、もし右要請に反して、各学校の注文に対して充分に対応できない情況になった場合には、東京都選定学校給食パン委託工場の資格を失うばかりか、近時市場進出の著しい大手製パンメーカーに顧客を奪われて、経営不能の状態に陥ることが予想されること、
3 また、現在、東京都から、原告を含む学校給食パン委託工場に対し、衛生面の徹底とパンの品質保持のため、パンの個別包装を要望しており、近い将来個別包装が義務化される予定であり、現在でも各学校からの個別包装の注文があるため、自動包装機械の導入が不可欠の状況となっていること、
4 さらに、多様な注文に対応するため、各種機械、設備の導入が急務となっており、特にペストリー系のパンの製造に必要な冷凍室の設置、大型整形機の導入が不可欠であり、また大量注文に対応するための大型オーブンの導入が必要となっていること、
5 そして、右設備の導入は、工場を増設して設置場所を確保しなければ実現できないところ、原告の工場敷地中央部に本件私道が通っており、工場を二分しているために、工場を増設する余地がなく、土地利用が極めて非効率となっていること。
6 本件土地の明渡が実現すれば、原告の工場は本件土地へ増設することが可能になるのみならず、本件私道を存続させる必要性がなくなるから、本件私道部分を工場に変更し、現在二棟に分割されている工場が一棟に統合されて効率的な運営が可能になること、
以上の事実が認められ、右認定を課すに足りる証拠はない。そして右認定事実によれば、本件土地は原告にとって必要な土地であるといわねばならない。
五 次に、被告側の事情について検討する。《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
1 被告は、現在、本件土地において、三英ドレスの屋号で縫製業を営んでおり、主としてメーカーの下請としての既製服の仕立てを行っているが、他に若干の注文服の仕立ても行っていること、被告が現在の場所から移転すると、移転先によっては注文服の固定客の大半を失う虞れもあること、
2 被告は、受注した商品について、特殊な刺しゅうや加工あるいは仕上げを要する場合には、さらに他の下請業者に外注に出すなど、近隣の同系業者と有機的な連携を保ちながら縫製業を経営しているが、現在の場所から移転すると、右連携関係上仕事がやりにくくなる可能性があること、
3 また、本件土地建物は、縫製業に必要な大きな動力(現在五キロワット使用)を導入することが可能であり、運搬用の自動車を横付けにできるため、品物の持ち運びに便利であり、また仕事場が住居と一体となっているため、早朝あるいは深夜の作業を可能にすることなどから、被告にとって極めて便益の大きい所であること、
4 被告は、本件建物の一部をアパートとして経営し、月約一五、六万円の利益を上げているが、繊維業界が不況となっている現在、右アパート経営による利益は被告の家計を随分補っているため、もし現在の場所から移転し、アパート経営をやめるとすれば、被告の家計に影響を及ぼすことは否定できないこと、
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。なお、被告は、メーカーの縫製下請の仕事について、現在地を移転すると固定した取引先の注文を取りにくくなる旨主張し、《証拠省略》中には右主張に沿う部分もあるが、余程遠方へ移転するのでなければ通常の固定した取引上支障が生ずるものとは考えにくいので、右供述部分は採用できない。また、被告は、アパート経営のための代替地確保及びアパート賃借人の明渡交渉の困難性について主張するが、代替地確保の困難についてはこれを認めるに足りる証拠はなく、アパート賃借人の立退き問題については本件建物の買取り価格を考慮に入れた立退料を原告に提供させることによってある程度配慮しうるから、これを被告側の事情として考慮するにはあたらない。
六 以上、原被告双方の事情を比較衡量すれば、原告の本件土地を自ら使用することの必要度は、被告のそれよりもかなり大きいことが認められ、また前記二に判示した本件土地賃貸借関係に絡む諸事情の経緯も考慮に入れると、本件土地使用継続に対する異議に一応の正当事由があるものと解すべきであるが、原告の本件賃貸借の期間満了による被告の本件土地明渡に伴い被告側が被る経済的損失も少くないので、当裁判所は本件土地明渡によって被る被告の不利益を考慮に入れた相当額の立退料を原告が被告に提供することによって正当事由が充足されるものと考える。そこで原告の金員提供の申出により正当事由が充足されるかどうかについて検討する。
《証拠省略》によれば、昭和五九年三月一日当時の本件建物の価格を含めた本件借地権の価格は金七七九二万六〇〇〇円であること、その後本件土地付近の地価が著しく上昇したこともあることが認められる。
右の本件建物を含む借地権価格並びに前記二で判示したように、原被告間の信頼関係は破壊されているとはいえないが、両者の関係はかなり冷却化しており、その要因として被告の言動が大きな割合を占めていること、さらに前記四、五で判示したとおり、自己使用の必要性を比較衡量した場合、原告のそれがかなり大きいことなど諸般の事情を併わせ考えるならば、原告の申出に係る立退料である金九〇〇〇万円を提供することにより、正当事由が充足するに至るものと認めるのが相当である。
七 また、弁論の全趣旨によると本件土地の昭和五九年三月以降の賃料相当損害金額が一か月当り金六万九〇〇〇円を下らないものであることが認められる。
八 以上の次第であるから、原告の請求は、被告に対し、原告から金九〇〇〇万円の支払を受けるのと引換に、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと、本件賃貸借終了の日である昭和五九年三月一七日から明渡済みまで一か月金六万九〇〇〇円の割合による不当利得の返還を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鬼頭季郎)
<以下省略>