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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)9273号 判決 1984年8月29日

原告

柳沢幸雄

右訴訟代理人弁護士

木下淳博

被告

株式会社秋山商店

右代表者代表取締役

秋山恭衛

右訴訟代理人弁護士

石川隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二五三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年六月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、酒類の卸を業とする会社である。

2  原告は、昭和四六年八月一日被告に入社し、爾来被告に勤務していたが、昭和五八年六月八日被告代表者から口頭で同日限りで解雇する旨の通告を受けた。

3  原告は、右解雇通告当時、被告から毎月金二八万六〇〇〇円の賃金の支給を受けていたが、このうち基本給は金一九万五〇〇〇円とされていた。

4  本件解雇により、原告には、右基本給に原告の勤続年数を乗じた金二五三万五〇〇〇円の退職金が支給されるべきである。その理由は、次のとおりである。

(一) 被告の就業規則一九条(以下「本件規定」ともいう。)は、自己都合により退職する者に対して、勤続三年目から月額の基本給相当分に勤続年数を乗じた金員を退職金として支給する旨規定している。しかし、右規定は、自己都合により退職する者のみならず、原告のように解雇された者についても適用されるものというべきである。けだし、退職金債権は、その履行期が退職という不確定期限付の後払賃金と解すべきものであるから、労働者がいかなる理由で退職しようと、それは履行期を到来させる一事由でしかないからである。

(二) 仮に然らずとするも、被告は、昭和四五年ころから慣行として、退職する者に対し、その退職事由の如何を問わず、本件規定に従い退職金を支給してきた。

(三) 仮に右(一)、(二)が認められないとしても、原告と被告との間には、被告が原告に対し、本件規定に従い退職金を支給する旨の黙示の契約が存在した。

(四) 仮に以上(一)ないし(三)が認められないとしても、被告は、昭和五八年六月一一日、原告に対し、本件規定に従い退職金を支給する旨約した。

よって、原告は被告に対し、退職金二五三万五〇〇〇円及びこれに対する解雇日の翌日である昭和五八年六月九日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は否認する。被告は、酒類の販売を業とする会社である。

2  同2の事実のうち、被告代表者が原告を口頭で解雇する旨通知したことは認めるが、その余は否認する。原告は昭和四八年三月被告に入社したものであり、被告代表者は原告に対し、昭和五八年六月九日に同日限りで解雇する旨の通告をしたものである。

なお、被告は、原告が被告の同業者の社長に対し、被告の得意先二〇〇軒を持っていくから自分を年俸五五〇万円で雇ってもらいたい旨の申し入れをするという、被告に対する重大な背信行為に及んだため、原告を懲戒解雇したものである。

3  同3の事実は認める。

4(一)  同4冒頭の主張は争う。

(二)  同4(一)の事実のうち、被告がその就業規則一九条において原告の主張するとおり規定していることは認めるが、その余は争う。右就業規則一九条は、退職金を支給するのは自己都合により退職する場合だけで、解雇する場合には支給しない趣旨である。

(三)  同4(二)ないし(四)の事実はいずれも否認する。

三  抗弁

原告は、解雇された後の昭和五八年六月一一日、被告から解雇予告手当名目の金三七万八一八〇円、解雇日までの未払賃金一三万四〇八〇円を受領したほか、被告に対する借入金債務金四八万八一五〇円を免除してもらうことで解雇に伴う全てを清算し、右のほかに原被告間には何らの債権債務のないことを書面(乙第三号証)により確認した。

四  抗弁に対する認否

原告が被告主張の解雇予告手当の支払を受けたこと、被告に対しその主張の借入金債務を負担していたこと、原告が乙第三号証に署名したことは認めるが、その余は否認する。

乙第三号証には、原告が署名した当時、「本件について一切異議を申し立てないことを証します。」と鉛筆で記載されているに過ぎなかった。その趣旨は、解雇自体について異議を述べないということで、退職金についても異議を述べないということまでも含むものではなかった。右記載と異なる現在の乙第三号証の記載は、その後被告が勝手に改ざんしたものである。

五  再抗弁

仮に原告が乙第三号証の書面により被告主張の如き確認をしたとしても、右意思表示は被告代表者から、そうしなければ五、六月分の賃金を支給しないと欺罔ないし脅かされた結果によるものであるから、原告は、右意思表示は詐欺又は強迫による瑕疵あるものとして、昭和五九年四月二日の本件口頭弁論期日においてこれを取消す旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、これらを引用する。

理由

一1  (証拠略)によれば、被告は酒類の販売を業とする会社であるところ、原告は昭和四六年被告に入社し、酒類の配送業務を担当していたこと、ところが原告は、被告に対する背信行為があったとして、昭和五八年六月九日被告代表者より口頭で同日限りで解雇する旨の通告を受けたこと(原告が被告代表者より口頭の解雇通告を受けたことは当事者間に争いがない。)がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

2  請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、右解雇に伴う原告の退職金請求権の存否について以下検討する。

1  まず原告は、被告の就業規則に基づき退職金請求権を有する旨主張するので、この点について判断する。

(一)  成立に争いのない乙第一号証によれば、被告の就業規則は、退職金について、その一九条において

「退職金は自己の都合により退職する場合は左の通りとする

一 勤務年数が二年を越えたものに対して支給する

二 勤務年数が二年を越える一年については退職時の給料の一ケ月分

三  三年以上一年を増すごとに一ケ月分を加算する

四  退職時に勤続年数に端数を生じた場合は六ケ月以上を一年とし以下を切捨てる

五  その他勤続年数に疑いを生じた場合は社長の決定による」

と定め、右の他には退職金に関する規定を置いていないことが認められる。

右の規定等に照らすと、被告の就業規則は、少なくとも「自己の都合により退職する場合」でなければ退職金を支給しない旨定めているということができる。

(二) ところが原告は、右就業規則一九条につき、退職金債権は履行期が退職という不確定期限付の後払賃金であるから、労働者がいかなる理由で退職しようとそれは履行期を到来させる一事由に過ぎない、従って、本件規定は自己都合により退職する場合のみならず、解雇により退職する場合についても同じように適用があるものというべきである、と主張する。

しかし、退職金を支給するかどうか、また支給するとしてその支給条件をどのように定めるかについては、本来使用者の裁量において定め得るものというべきであるから、使用者がこれを支給するとしてそこに賃金の後払的性格のほかに、退職事由の違いにより支給条件に差異を設けるなど功労報償的性格を併せ持たせることとしたとしても、それが法令もしくは公序良俗に反するものでない限り、許されないものではないといわなければならない(そしてそれが就業規則等により予め明確にされたときは、労基法上の賃金と解されることになる。)。従って、かかる個々の支給条件に関する定めを離れて、一義的に退職金を原告の主張するように「退職という不確定期限付の後払賃金」と解することはできないといわなければならないし、またそれを理由として、本件就業規則一九条が解雇された者についても適用されると解することもできないといわなければならない。

(三) ところで、本件規定は、前示のように、退職金支給の条件の一つとして、「自己の都合により退職する場合」としているが、かかる規定も、それが死亡退職や定年退職の場合をも支給の除外とする趣旨であれば格別、解雇された場合を支給の除外とする趣旨とすれば、前記の功労報償的性格を併せ持たせたものとして未だ社会的相当性の見地から無効とまではいえないというべきである。

そうすると、原告の退職理由が解雇であること(それが懲戒解雇であるか、普通解雇であるかは別として)については原告の争わないところであるから、原告について本件規定を適用する余地はなく、従って原告には本件就業規則による退職金請求権はないものといわなければならない。

2 次に原告は、慣行ないしは黙示の契約により本件規定に従った退職金請求権を有する旨主張するけれども、これらを認めるに足りる証拠はない。

3 また原告は、被告との合意により本件規定に従った退職金請求権を有する旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う供述もあるけれども、それ自体あいまいであるうえ、これと反対趣旨の被告代表者尋問の結果に照らしてもにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4 従って、結局のところ、原告にはその主張するような退職金請求権はないものといわなければならない。

三 よって、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤壽邦)

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