東京地方裁判所 昭和58年(ワ)9967号 判決 1985年1月30日
原告 壽合名会社
右代表者代表社員 糠加八重
右訴訟代理人弁護士 山内堅史
被告 金照子
右訴訟代理人弁護士 鹿野琢見
同 小玉政吉
同 成海和正
同 鈴木きほ
主文
一 被告は原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を明渡せ。
二 被告は原告に対し、昭和五八年一〇月九日から右建物明渡ずみに至るまで、一か月金一七万円の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、被告の負担とする。
五 この判決は、二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を明渡せ。
2 被告は、原告に対し、訴状送達の日の翌日から、右建物明渡ずみに至るまで、一カ月金三〇万円の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、被告との間で、昭和四五年八月三一日、別紙物件目録記載(二)の建物のうち、別紙図面の各点を順次直線で結んだ範囲の部分(以下、本件店舗という)を、被告に賃貸する旨の、賃貸借契約を締結した。この契約においては、左記の合意がなされていた。
(一) 目的物たる本件店舗には、出入口通路部分は含まれないものとする。
(二) 被告は、本件店舗を麻雀屋としてのみ使用する。
(三) 被告は、本件店舗を現状のまま使用する。
(四) 被告は、近隣の迷惑となる営業を、本件店舗において行なわない。
2 被告は、左記の行為を行なうことにより、原告との間の信頼関係を破壊した。
(一) 被告は、麻雀屋の徹夜営業を頻繁に行い、その雑、騒音につき近隣から苦情が相次いだため、原告から再三、自粛、改善の申し入れを受けながら、一向に改めなかった。
(二) 原告が、被告との間で、昭和五四年三月二七日本件店舗賃貸借契約書面を作成した際、被告は原告の了解なしに、同契約条項第一〇条(毎日の勤務時間は貸主の規定を遵守すること)及び第一四条(本ビル建替の際は、明渡料等を請求せず直ちに明渡しに応ずること)の抹消の記入をし、紛争を生じさせた。
(三) 原告が、昭和五四年頃から、本件ビルの建替を計画し、各賃借人に協力要請した際、他の賃借人がこれに応じたにもかかわらず、被告は、常識外の過大な補償要求を原告に対してなし、これに応じようとしなかった。
(四) 被告は昭和五八年三月下旬、原告に無断で、かつ原告からの工事中止、原状回復の申し入れを無視して本件店舗内部を、麻雀屋からゲームセンター用に全面的に改装し、ゲームセンターの営業に転向した。
(五) 被告は、右改装時、正面出入口にシャッターを設け、隣接貸室との共同出入口通路部分を自己の本件店舗の一部として取り込み、正面入口に、イルミネーション付の「JOYLAND」「GAME GAME」という看板を取り付ける等の工事をした。
(六) 被告は、ゲームセンター営業開始後、遊戯機械の発する騒音、来店客の発する奇声によって、近隣の迷惑となる営業をなした。
3 原告は、被告に対し、本件訴状をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
4 被告は、原告の右解除の意思表示到達後も、本件店舗を引渡さず原告が、右解除の後、本件店舗を他に賃貸することを妨げている。
本件店舗を、新たに他に賃貸した場合、近隣の類似建物家賃との比較から、少なくとも月額金三〇万円の家賃を得ることができたはずである。よって被告の占有により、月額金三〇万円の損害が原告に生じている。
5 よって原告は、被告に対し、本件店舗の明渡を求めると共に、訴状送達の日の翌日から、本件店舗明渡ずみに至るまで、一か月金三〇万円の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、(一)、(二)の合意について否認し、その余の事実は認める。
2 請求原因2(一)、(三)、(六)の事実は否認する。
請求原因2、(二)の事実については、原告に無断である点を否認し、その余の事実は認める。
請求原因2(四)、(五)の事実について、原告の工事中止原状回復の申し入れがあり、これを無視したこと、原告に無断で改装工事や、営業変更をしたことを否認し、その余の事実は認める。
3 請求原因4の事実のうち、被告が現在も本件店舗を引渡していないことは認め、その余の事実は否認する。
三 抗弁
被告は、昭和五八年三月下旬麻雀屋からゲームセンターへの転業の際、店舗の改装、シャッターの取り付けなどについて原告の許可を得た。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因について
1 請求原因1の事実のうち、(一)、(二)の合意の点を除いて、当事者間に争いがない。
《証拠省略》によると、本件店舗賃貸借契約においては、「表玄関」は含まれないことが合意されていたこと、右の「表玄関」とは、別紙物件目録添付図面のの各点を順次直線で結んだ範囲の部分を指称するものと認められるから、請求原因1の(一)の合意が存在したものと認めるのが、相当である。
証人田村は、本件契約締結時に原告が被告に対し、出入口部分の自由使用を認めた旨の証言をしているが、契約時にこのような合意があったのであれば、契約書にその旨の記載がなされるべきであるのに、その記載がないのは不自然であり、他にこの証言を裏づける証拠もないから、右証言を採用することはできない。
また、《証拠省略》によると、原告は本件店舗を訴外山田かつい、同楊順圭に麻雀屋の営業のみに使用することを目的として賃貸していたところ、昭和四五年、被告がその営業を引き継ぐことになったため、右訴外人らとの契約を合意解約し、同年八月三一日使用目的等の契約条件を従前と同一として、被告と本件賃貸借契約を締結したものであることが認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、原告と被告の間においても、本件店舗は麻雀屋の営業のみに使用する目的で賃貸されたものであると認めるのが相当である。
2 請求原因2の事実について
(一) 《証拠省略》によると被告が、深夜にわたるマージャン屋の営業をなし、その騒音により、近隣に迷惑を与え、原告から再三の改善申入れも無視したこと、そのため原告が更新拒絶による本件賃貸借契約の終了を主張し、本件店舗の引渡等を求める調停を昭和四七年一一月二一日、東京簡易裁判所に申立てた事実が認められる。
証人田村は、ビルの管理人から苦情があったけれども近隣からの苦情はなかったと証言するが、その証言はたやすく採用できない。
(二) 《証拠省略》によると、請求原因2の(二)の事実が認められる。証人田村は、右契約条項の削除は原告の身内の者と自称する訴外木村の立会のもと、木村が行なったもので原告からも異議がなかった旨証言するが、木村が本件契約条項の削除変更について原告から交渉権を与えられていた事を認定するに足る証拠はなく、右証言は、たやすく採用できない。
(三) 《証拠省略》によると、原告が本件店舗のある別紙物件目録(一)記載の建物全体の建替計画を立て、被告に対し協力を求めたこと、被告がそれに応じなかったことが認められる。しかしながら、その際、被告が常識外の過大な補償要求をした事実についてはこれを認定するに足る証拠はない。
(四) 被告が、昭和五八年三月下旬、本件店舗内部を、麻雀屋からゲームセンター用に、全面的改装し、表玄関口をも改装し、ゲームセンターの営業に転向したこと、その際正面出入口にシャッターを設け、隣接貸室利用者との共同出入口通路部分を自己の店舗の一部として取り込み、正面入口に、イルミネーション付の「JOYLAND」「GAME GAME」という看板を取り付ける等の工事をしたことは、当事者間に争いがない。
《証拠省略》によると、被告は、右改装及び営業の転向について、原告に無断で着手し、原告から、右工事の中止や、原状の回復の申し入れを受けながら、これを無視してなしたこと、右改装工事は、共用部分を専ら被告のための店舗部分にする意図でなされ、正面入口にも、けばけばしい看板や装飾をほどこし、従前とは著しく様相を異にするものになっていることが認められる。
証人田村は、改装前に、原告代表者糠加八重に、電話で改装の了解を求め、それに対し、糠加八重が「お宅のよいように」と答えた旨証言しているが、《証拠省略》に対比するとたやすく措信できない。
(五) 《証拠省略》によると請求原因2の(六)の事実が認められる。もっとも《証拠省略》によると原告が本訴を提起した後である昭和五九年二月の時点でゲームセンターの騒音が当初より減少し、本件建物の二階や四階の利用者の迷惑となる度合が少なくなったことが認められる。
3 以上の認定事実のうち前記2の(三)の事実を被告の原告に対する背信的行為と評価するわけにはいかないが、同(四)の事実は、本件賃貸借契約における「麻雀屋の営業のみに使用する」という合意、「本件店舗を現状のまま使用する」という合意、並びに「本件店舗には、出入口通路部分(表玄関)を含まない。」という合意にそれぞれ違背する行為であり、同(一)、(五)の事実は、「近隣の迷惑となる営業を本件店舗において行なわない。」という合意に違背する行為であるといわなければならない。また前記2の(二)の事実も、賃貸人である原告に対する背信的行為であるといわなければならない。
そして、右事由を、総合すると、本件店舗の賃貸借約の基盤となっている原被告間の信頼関係は、被告の所為によって、既に回復し難いほど、破壊されているものと判断せざるを得ない。
4 原告が、訴状送達をもって、解除の意思表示をなし、その訴状が昭和五八年一〇月八日、被告に送達されたことは、本件記録上明らかである。
そうすると、本件賃貸借契約は、前記3の事由により、前同日、有効に解除されたものというべきである。
5 右解除にもかかわらず、被告が本件店舗を引渡さないことにより、原告が賃料相当の損害を被っていることは明らかである。そこで、その損害額について判断する。
《証拠省略》によると、本件店舗の近隣の家賃相場が、坪当り金三〇万円前後であることが認められるけれども、本件店舗の場合と比準すべき、具体的要素は何一つとして定かではないので、右証拠によって、原告が、本件賃貸借契約解除後、本件店舗を家賃三〇万円で、他に賃貸し得たことを認定するには、不十分であるといわざるを得ない。しかしながら、《証拠省略》によると、本件解除前の本件店舗の家賃が、金一七万円であったことが認められるので、被告が、本件店舗の占有を継続することにより、原告に対し、少なくとも一カ月あたり、金一七万円の損害を被らせているものというべきである。
二 結論
以上の事実によれば、原告の本件賃貸借契約の解除は有効であり、本訴請求は、別紙物件目録記載(二)の建物の明渡し、及び解除の効力の発生した日の翌日である昭和五八年一〇月九日から、右建物明渡ずみまで一カ月金一七万円の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
よって本訴請求を右の限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言については建物明渡請求については相当でないのでこれを付さないこととするが、金員請求については同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鬼頭季郎)
<以下省略>