東京地方裁判所 昭和59年(ヨ)2379号
債権者
須藤政道
右代理人弁護士
森井利和
同
長谷一雄
同
海渡雄一
同
林陽子
債務者
中島輸送株式会社
右代表者代表取締役
中島俊雄
右代理人弁護士
今泉善弥
同
堀本縣治
主文
一 債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、金一五万七一四六円及び昭和六〇年一月から本案訴訟の第一審判決言渡しに至るまで毎月五日限り金三〇万二一四五円を仮に支払え。
三 債権者のその余の申請を却下する。
四 申請費用は債務者の負担とする。
理由
第一当事者の申立て
一 債権者は、「主文第一項と同旨」及び「債務者は、債権者に対し、昭和五九年一二月五日限り金一五万七一四六円及び昭和六〇年一月以降毎月五日限り金三〇万二一四五円を仮に支払え」との裁判を求め、その理由の要旨として、債務者は債権者に対し昭和五九年一一月一三日付け懲戒解雇の意思表示をしたが(以下「本件解雇」という)、解雇事由は存在せず、また、不当労働行為意思に基づくものであるから、本件解雇は無効であると主張した。
二 債務者は、「債権者の申請を却下する」旨の裁判を求め、要旨、本件解雇は、債権者が昭和五九年一〇月二五日に債務者会社の専務取締役中島幸雄(以下「幸雄」という)に対して暴力をふるい全治五日間の傷害を負わせたことを理由とするものであって、正当であると主張した。
第二当裁判所の判断
一 当事者及び本件解雇前後の労使関係
疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実が認められる。
1 債務者は、建築資材の運送等を目的とする株式会社であり、肩書地(略)に本店を置くほか神奈川、埼玉、千葉及び茨城に各一か所の営業所を有し、その従業員は約一四五人である。
債権者は、昭和五一年四月に債務者会社に運転手として雇用され、債務者会社従業員四一人によって組織された全日本運輸産業労働組合東京都連合会中島輸送労働組合(以下「組合」という)の副委員長の地位にある。
2 債務者会社には昭和五七年一一月にその従業員で組織された中島輸送労働組合(以下、便宜「旧組合」という)があったが、旧組合は昭和五八年五月三一日に事実上解散された状態となって活動を行っていなかったところ、組合は、昭和五九年三月四日に組合再建大会を開いてこれを再組織したとして、全日本運輸産業労働組合東京都連合会(以下「都連」という)に加盟のうえ、同日、債務者会社に対し、その旨を通知するとともに、賃金引上げ、労働時間の明確化などの要求を掲げて団体交渉を申し入れた。
しかし、債務者会社は、これに対し、同月一〇日に一回だけは団体交渉に応じたものの、組合の要求については全面的に拒否し、以後は、組合からの同じ要求事項についての再度の団体交渉の申入れに応じようとはしなかった。その理由は、債務者会社には昭和五八年六月一日に従業員の多数で組織された別組合である中島輸送株式会社共済組合(以下「共済組合」という)があるので、団体交渉等はその共済組合と行うというものであった。
そこで、組合は、都連と共に、この団体交渉拒否は不当労働行為に当たるとして、東京都地方労働委員会(以下「都労委」という)に対し救済申立てをした(昭和五九年不第一四号事件)。債務者会社は、これに対し、共済組合との間で唯一団体交渉約款を締結していることのほか、旧組合は解散により消滅したのに組同が旧組合との同一性を団体交渉の前提としていることを、団体交渉拒否の正当理由として主張した。しかし、都労委は、昭和五九年八月七日付けで組合の申立てを認め、債務者会社の団体交渉拒否は不当労働行為に該当するとして、速やかに組合との団体交渉に応ずべきことを命じた。
その後、債務者会社は、組合が新規に結成されたことを認めるならば団体交渉に応ずる意思はあるのであり、組合が旧組合と同一であることを前提とした団体交渉の拒否には正当な理由があると主張して、この救済命令の取消しの訴えを東京地方裁判所に提起したが(昭和五九年(行ウ)第一一七号事件)、同裁判所は、都労委からの申立てに基づき、同年一一月二〇日付けで、債務者会社に対し、右救済命令に従って団体交渉に応ずべき旨の緊急命令を発した。
3 組合は、債務者会社に対し、同年六月七日、同年度夏季一時金の要求を行い、これにつき同月中に三度の団体交渉の申入れをしたが、債務者会社は、このいずれにも応じることがなく、一切の回答も行わなかった。一方、債務者会社は、共済組合との間では、夏季一時金につき、同月二日、前年度支給額に一律一万八〇〇〇円を加算支給することを基本として妥結し、同月二〇日に共済組合員にこれを支給した。
そこで、組合と都連は、同月二三日、都労委に対し、組合員に対する夏季一時金の不支給は不当労働行為に当たるとして救済申立てを行った(昭和五九年不第五七号事件)。債務者会社は、これに対し、同年七月四日付けで、共済組合との間で妥結したのと同内容による金額以上の要求をしないならばいつでも支給する旨の答弁をした。
組合の組合員四〇人は、更に、同年八月一四日、東京地方裁判所に対し、右一時金請求の訴えを提起したところ(昭和五九年(ワ)第九一一四号事件)、同年一〇月一七日、債務者会社は組合員に対して共済組合員に支給したのと同一条件により夏季一時金を支払う旨の裁判上の和解が成立したので、組合と都連は右救済申立てを取り下げた。
4 債務者会社は、組合の執行委員長黒木栄宏に対し、同人が同年一〇月一五日に上司の業務上の指示に従わず作業拒否をしたことが就業規則違反になるとの理由で、同月一六日付けで近日中に懲戒処分を行う旨を通知したうえ、同年一一月一日付けで、同日から日曜と祝日を除く二〇日間の出勤停止の懲戒処分を行った。
そこで、組合と都連は、同月一五日、右懲戒処分には理由がなく、これは組合委員長として組合の中心的活動を行っていることを嫌悪して行われた不当労働行為であるとして、都労委に対し救済申立てをした(昭和五九年不第八〇号事件)。なお、右の救済申立てにおいては、黒木に対する右出勤停止処分の撤回のほか、同年四月から一一月にかけての黒木ほか四人の組合員に対する四トン車への配車換え処分の撤回や、同年六月から七月にかけての組合員三人に対する減給の懲戒処分の撤回なども併せて求められた。
5 このような労使関係の経緯の中で、組合は、債務者会社の一貫した団体交渉拒否に抗議して、債務者会社に対し同年一〇月二三日午後一〇時からストライキに入ることを通告し、翌二四日から二四時間反復のストライキを行った。同日、組合は、午前六時ころ、東京建材リース株式会社浦安機材センター(同会社は債務者会社と代表取締役を同じくする同系会社である)と、これに道路をはさんで隣接する安藤建設株式会社浦安倉庫(同会社は債務者会社の顧客会社であり、同倉庫内には債務者会社の車両が駐車されている)とに車両を停めてピケを張ったが、その場に出向いた警察官の指示もあって、午前六時四〇分ころピケを解除し、同倉庫内から債務者会社の車両が出庫すると間もなく、組合員らはその場を去った。その後は、同所付近を組合員の乗車した車両が通ったほかは格別のこともなく、債務者会社等の業務は平穏に行われた。
そして、ストライキ二日目の同月二五日午前一〇時ころ、同所付近において、債権者と債務者会社の幸雄専務取締役との間に後記二1のやり取りがあり、債務者会社は、その際に債権者が幸雄に対して暴力をふるい全治五日間の傷害を負わせたとして、債権者に対し、同年一一月一二日付けの書面により、同月一三日付けで懲戒解雇(即時解雇)とするとの本件解雇の意思表示をした。
その後、債務者会社は、債権者に対し、同年一二月八日付けの書面により、所轄の亀戸労働基準監督署の認定が得られなかったので右の懲戒解雇を同年一一月一三日付け予告解雇とし、解雇予告手当を支払う旨の通知をした。
6 債務者会社は、同年度冬季一時金について、組合との団体交渉をしないまま、同年一一月二四日付けで、組合の組合員全員に対し、「昭和五十九年度年末賞与の支給日が十二月五日に決定しました。つきましては共済組合と妥結した諸条件により支給しますが、共済組合妥結額を全額として受領希望される方は左記へ○×で記入し十一月三十日迄に必着するよう返送して下さい。受領希望者へは十二月五日銀行振込みにて支給します。尚回答なき方は受領しないものとして処理致します。」との文言を記載した文書を返信用封筒と共に送付し、個々の組合員に共済組合との妥結額を全額として受領するかどうかの選択を求めた。
二 本件解雇の事由と効力
1 疎明資料及び審尋の結果によれば、本件解雇の理由とされた事実関係は、次のようなものであったことが認められる。
前記ストライキ二日目の昭和五九年一〇月二五日、債権者は、ストライキ実施中のいわゆる情宣活動を行うため、組合員の繁田佳則の運転するライトバン型の全日本運輸産業労働組合連合会の宣伝カーに、都連政治部長の新宮康生及び組合員山川芳己と共に乗車し、午前一〇時ころ浦安機材センターに到着し、同センターと安藤建設浦安倉庫との間の路上に車を停めた。債権者は助手席に座り、新宮は後部座席右側に座って車上のスピーカーを使用して情宣活動を行い、山川は後部座席左側に座っていた。同日は、組合員は同所付近には現れず、浦安機材センターや安藤建設浦安倉庫における債務者会社等の業務は平穏に行われていた。
一方、債務者会社では、組合のストライキに対処するため、同月二三日夜は幸雄専務取締役、業務部の山口一利ほか一人が浦安機材センターに宿直しており、翌二四日夜は幸雄、山口ほか二人が同様宿直し、幸雄らは翌二五日は早朝から同センターで業務を行っていた。
そして午前一〇時ころ、債権者らの乗車した宣伝カーが情宣活動を行いながら同センター付近に到着したのを認めるとすぐに、幸雄は、山口に対し「カメラを持って車のナンバーを写してこい」と命じるとともに、自らも同センター事務室から外に出て宣伝カーに近づいた。山口は、幸雄の命に従って、まず宣伝カー全体を右横から撮影し、次いで車両ナンバーを撮影するため宣伝カーの後方に回ったが、幸雄が後方からでは乗車人物の顔が写らないので前方から撮るよう命じたので、その命じるままに宣伝カー全体を正面から撮影した。しかし、その山口の撮影方法では幸雄の意向にまだ十分副わなかったため、幸雄は山口からカメラを取り上げ、自ら写真撮影をしようとした。
幸雄は、カメラを取ると、まず窓が全開していた運転席に接近し、繁田に向けてシャッターを押したが、レンズにはキャップが付いたままであったため、撮影ができなかった。幸雄は、そのことを債権者から指摘されたので、今度はキャップを外し、宣伝カーの後方を回って助手席に約三〇センチメートルの距離まで接近し、上方から約二〇センチメートル開いていたその窓から覗き込むようにして、債権者の顔面を撮影しようとカメラを構えた。
これに対して債権者は、「みっともないことするな」と言いながら、左手を窓の開いた上方部分から車外に出し、レンズをふさいで撮影を防止しようとしたが、それとほぼ同時に幸雄がシャッターを押した。そのとき、債権者の左手がカメラを構えていた幸雄の右手あるいは右顔面に当たったためか、幸雄は「いてえ」と声を上げ、債権者が「当たってないじゃないか」と言い返すなどして、わずかの間、口論となった。そこで新宮は「車を出せ」と言い、債権者らの乗った宣伝カーはそのまま発進したが、そのころ、幸雄はその場に倒れていた。
2 債務者は、債権者は窓の外に出した左手の手拳をもって幸雄の右顔面右眼下付近を殴打したものであり、そのために幸雄はその場に転倒して左足首を捻挫し、一二月一八日現在においても左足首に異常を感じていると主張し、(証拠略)にはそれに副う山口及び幸雄の各供述があり、また、(証拠略)によれば、幸雄は、一〇月二五日に浦安病院に行き「左足捻挫」の病名で「全治約五日間の見込み」との診断を受け、更に、一二月五日には同病院で「左足関節滑液包炎」の病名で「現在、水腫、疼痛を認め、今後約二週間の加療(外来にて物理療法、投薬)を要する見込み」との診断を受けたことが認められる。
しかし、これらの供述は、(証拠略)の債権者、山川、繁田及び新宮の各供述に照らしてそのまま信用し難く、また、債権者が「殴る瞬間」に幸雄が撮影した写真との説明がある(証拠略)によっても、債権者が助手席に座ったままの状態で、その左手を上腕部まで、窓の開いた上方部分から車外に出している姿が認められるだけであって、その説明どおりの写真であるとは断定できない。しかも、仮に債権者が殴打に匹敵する有形力の行使をしたものとしても、債権者は右のような姿勢でいたのであるから、その衝撃はさほど強いものとは考え難く、他方、(証拠略)によれば幸雄は二六歳であって、身体や健康に特に問題があるとは認められないのであるから、幸雄がそのときカメラを構えてファインダーを覗いていた姿勢でいたことを考慮しても、この程度の衝撃自体によって幸雄が転倒したものと認めるには合理的な疑いが残る。
したがって、債権者が幸雄を殴打したとの事実を認めることはできず、右1のとおり、せいぜい、撮影を防ぐためにカメラに向けられた債権者の左手が幸雄の右手あるいは右顔面に当たったことが推認し得るにすぎない。そして、幸雄の転倒は、債権者の右の行為とは関係なく、何か別の原因で生じたものと考えるほかはなく、左足に捻挫が生じたり、その後左足関節に炎症が生じたりしたとしても、同様に債権者の行為とは関係がない。
3 右のとおり、債権者には幸雄を殴打し傷害を負わせたことを認めることができないのであるから、本件解雇は、解雇事由の不存在ゆえに無効である。債務者会社は、後に、本件解雇を即時解雇から予告解雇に変更する旨通知しているが、疎明資料によればこの予告解雇も懲戒解雇の一つであることが認められ、解雇事由には変更がないのであるから、これが解雇の効力を左右するものではない。
更に付言すれば、右のような事態が生じたそもそもの原因は、幸雄において、債権者らの乗車した宣伝カーや債権者らの顔写真を撮影しようとしたことにあることは明らかである。債務者は、これは、幸雄が債務者会社代表者からストライキによる不祥事が起こった場合の後日の証拠とするために写真を撮っておくよう指示されていたためと主張する。しかし、組合は前日の二四日早朝に約四〇分間のピケを張ったものの、そのことによって債務者会社等の業務に具体的な支障が生じたとも認められず、ピケ解除後は平穏な状況であったのであり、当日の二五日も、債務者会社と組合との間にはそれまで何らの接触もなかったのであるから、証拠保全の意味であっても右のような写真撮影を行うべき必要性はなかったのである。にもかかわらず、幸雄は、債権者らの乗車した宣伝カーが到着するのを認めると、直ちに山口に写真撮影をさせ、自らも、単に乗車人物の同一性を確認するためというには異常とも言うべき方法で債権者の顔写真を撮影しようとしたのである。
このような幸雄の行為は、同人が債務者会社の専務取締役という地位にあることや、前記一で認定したような労使関係の経緯に照らすと、組合に対する嫌がらせあるいは挑発行為に等しいものと言うほかはなく、しかも、みだりに容貌を撮影されないという肖像権を著しく侵害するものでもある。したがって、これに対して仮に債権者に殴打に相当するような有形力の行使があり、そして、仮にそれによって幸雄に全治五日間程度の捻挫が生じたとしても(なお、一二月五日の診断に見られる左足関節炎がこの捻挫と相当因果関係にある傷害と認めるには、初診時の診断や日時の経過に照らしても、重大な疑問がある)、その情状において斟酌すべきところが大きく、債務者会社がその一事をとらえて懲戒解雇とすることは、懲戒権を濫用するものとして許されないと言わざるを得ない。
三 保全の必要性
以上のとおり、債権者に対する本件解雇は無効であるから、債権者は債務者会社に対し労働契約上の権利を有する地位にある。
疎明資料及び審尋の結果によれば、債権者の賃金は前月二六日から当月二五日までの一か月分が翌月五日に支払われ、債権者は本件解雇前の昭和五九年八月から一〇月の間に一か月平均三〇万二一四五円の賃金を支給されていたこと、債務者会社は債権者に対し、同年一一月分(一二月五日支給分)の賃金のうち本件解雇当日までの分として一四万四九九九円を支払ったこと、債権者は妻と子二人(八歳、二歳)の三人の扶養家族を有し、その生計は債務者会社からの賃金のみによって維持されてきたものであって、本件解雇により以後は収入を得られないでいることが認められる。したがって、債権者には、まずもって本件解雇後の月例賃金の仮払を受ける緊急の必要があり、その額は右の平均賃金額(昭和五九年一二月五日支給分については、これと既払額との差額である一五万七一四六円)をもって相当とするが、将来、本案訴訟において賃金支払を確保することができる可能性を考慮すれば、その第一審判決の言渡しに至るまでの期間についてこの賃金仮払の必要性を認めることができる。
ところで、本件解雇はその解雇事由が存在しないものであり、また、仮に債務者主張どおりの事実があったとしても、それを解雇事由とすることはできないのであるから、このような場合には、一片の解雇の意思表示の存在によって債権者の労働契約上の地位に変動を認めるのは公平ではなく、特段の反対事情がない限り、月例賃金仮払の点にとどまらず、包括的に従前と同等の地位を保全するのが相当と考えられる。しかも、実際、疎明資料及び審尋の結果によれば、債権者は、債務者会社の従業員として、月例賃金のほか夏季及び冬季に一時金を支給されて生計に充て、また、健康保険その他の社会保険の適用を受けていたことが認められるのであるから、少なくともこの点において地位保全の必要性を認めることができる。
四 結論
よって、本件仮処分申請は、主文第一項及び第二項の限度で理由があるから、事案に照らし保証を立てさせないでこれを認容し、その余は失当として却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 片山良廣)