東京地方裁判所 昭和59年(ヨ)3548号 決定 1984年5月21日
債権者
タイガー販売株式会社
右代表者
白江信生
右代理人
辻誠
関智文
債務者
破産者栄商事株式会社破産管財人
梶谷玄
第三債務者
株式会社忠実屋
右代表者
高木吉友
主文
本件仮差押申請を却下する。
理由
一 申請の趣旨
債権者の本件仮差押申請の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1本件仮差押申請が民法三一一条六号、三二二条の動産売買の先取特権による物上代位権に基づくものとしてされているものであることは、申請の趣旨及び理由から明らかである。しかしながら、右申請がもし同法三〇四条一項但書に基づく物上代位権の行使としてされているとするならば、その行使は、転売代金債権に対する差押の方法により行うべきものであって、金銭債権の執行を、保全することを目的とする、仮差押によることは許されないと解する。何故ならば、民法三〇四条一項但書並びに民事執行法一九三条一項、二項、一四三条の各規定の文言による限り、物上代位権の行使の方法としては、民事執行法の規定による差押が予定されているとみるほかないだけでなく、金銭債権の執行の保全という差押とは異なる目的、性質を有する仮差押を物上代位権の行使の方法として認めることは、適当でないからである。
まず、第一に、仮差押の必要性の点であるが、物上代位権の行使としての仮差押を認めるとすれば、債務者が他に執行の対象となるべき資産を有しているか否かにかかわりなく仮差押を容認しなければならないことになり、保全の必要性を前提としない仮差押を認めることとなってしまう。第二に、民事執行法の規定により物上代位権の行使の方法として疑問の余地のない差押による場合には、先取特権に基づく物上代位権の存在について証明を要する筈であるのに、仮差押を利用することも認めるとすれば、この点については疎明で足りるとするほかないから、同じ物上代位権の行使方法でありながら理由のない差異が生ずる。第三に、仮差押である以上当然本案訴訟が予定されていることになるが、物上代位権の行使としての仮差押の場合には、本案訴訟に当たるものが存在しないという点がある。仮りに先取特権によつて担保されている売買代金債権に関する訴訟が本案訴訟であるとするならば、本案訴訟で売買代金債権の存在が確定されたからといつて、先取特権ないし物上代位権まで確定されるわけではないし、むしろ、本案訴訟を右のように解すると、当該仮差押は通常の仮差押であつて、物上代位権の行使としての特別な仮差押ではないということになつてしまうであろう。また、物上代位権の存在確認訴訟が本案訴訟であるとするならば、そのような訴訟が金銭債権の執行保全を目的とする仮差押の本案訴訟としての適格性を有するか疑問であるのみならず、債務者から本案の起訴命令の申立てがされると、債権者は、本案訴訟を提起して債務名義を取得することを強制されることとなるのであるが、これは、債務名義を要せずして担保権の実行を認める民事執行法の建前にも反することとなる。なお、本案訴訟係属中に債権者が物上代位権の行使としての差押の申立ての要件をみたせば、本案訴訟はその目的を失つてしまうことにもなる。
以上に述べたところによれば、物上代位権の行使の方法としての仮差押を認めることは、民事執行法の制定後においては理由がないといわざるを得ない。
2また、仮に本件仮差押申請が物上代位権の行使の方法としてではなく、その事前における保全の趣旨でされていると解しても、やはりその理由がないことに変りはない。すなわち、まず、第一に、仮差押の必要性の点では、前述したとおり、債務者が他に執行可能な資産を有していても、物上代位権の効力を保全する必要性が認められる限り――転売代金債権については、一般的にいつて取立て、譲渡の可能性があるであろうから、保全の必要性を否定することは通常困難であろう。――仮差押を認容するほかなかろうが、このような意味での必要性は、通常の仮差押の必要性とは異質のものである。第二に、物上代位権の行使としての差押が現にできない段階で、疎明により、物上代位権の保全を認めるのは問題であつて、場合によつては、先取特権によつて担保される売買代金債権の弁済期到来前においても仮差押が認められる余地が出てこようが、これでは、民法が先取特権に認めている効力以上のものを認める結果となり――先取特権には、債務者の目的物件の消費、譲渡を禁ずる効力はなく、物上代位権についても同様である。――、権利が余りにも強大となつて、債務者を圧迫すること甚しいということにもなりかねない。第三に、本案訴訟についても、物上代位権の行使の方法としての仮差押について述べたところと変りない。
3以上要するに、物上代位権の行使ないし保全の方法としての仮差押は、民事執行法の施行前においてはともかくとして、同法の下においてはこれを認めるのは相当でないと解される。もつとも、先取特権によつて担保されている売買代金債権につき保全の必要性が肯定される限り、これを被保全権利とする通常の仮差押が許容されることはもちろんである。そうして、右の仮差押がされた後に債権者が民事執行法一九三条、一四三条の規定による差押の要件をみたす申立てをすれば、優先弁済を受けることが可能となる場合もあるが、それは、結果としてそうなつたというだけのことであつて、先の仮差押によつて物上代位権が保全されたためではない。もし、差押の申立ての以前に他の債権者からの差押が競合し、第三債務者が転売代金を供託した場合には、もはや、債権者としては、物上代位権を主張して優先弁済を受けることはできなくなる。
4ところで、もし、本件仮差押申請が債権者主張の売買代金債権を保全するための通常の仮差押申請であるとしても、買主である栄商事株式会社につき昭和五九年四月二日破産宣告がされていることは、債権者自ら主張するところであるから、別除権の行使としての物上代位権に基づく差押ならばともかく、通常の金銭債権を保全するための仮差押は、もはや許容することはできない(破産法一六条、七〇条参照)。債権者の引用する最高裁判所第一小法廷昭和五九年二月二日判決(昭和五六年(オ)第九二七号事件)は、債務者に対して破産宣告決定がされた後においても、差押の方法による物上代位権の行使が許されるべきことを明らかにしたにとどまり、民事執行法の下において物上代位権の行使ないし保全としての仮差押が許容されるとまでしたものではないと解される。むしろ、右判決によれば、他の債権者の差押ないし破産宣告決定との関係においては、その以前に仮差押で保全する必要性はなくなつたものというべきである。
5なお、付言するのに、以上のように解すると、売買目的物それ自体に対する先取特権の行使について動産仮差押を許容する立場から、物上代位権の行使に関して債権仮差押を認めないのは首尾一貫を欠くとの批判があるかも知れない。しかし、右のように動産仮差押を認める取扱いは、執行実務上一般的に認められているものとは言い難いのみならず、特定動産に対する仮差押を認めることによつて先取特権の実行ないし保全を認めることには、物上代位権について述べたのと同様の問題点が存在する。
また、前述したように解すると、けつきよく、動産売買の先取特権ないしこれに基づく物上代位権の実効的な実行、行使ができないことになり、権利として有名無実となるとの批判があるかも知れない。しかし、これまた、先取特権が担保権として認められた立法趣旨及びその機能の限界から考えれば、已むを得ないというべきである。すなわち、元来動産売買の先取特権を認めた趣旨は、公平の見地にあるといわれる。動産売買においては、売主は、相手方の信用をあらかじめ確かめ得ない場合が多いから、この先取特権を与えて売主を保護し、動産売買を容易、かつ、安全ならしめる趣旨であり、また、売買動産は、買主の一般財産に組み込まれて総債権者の共同担保となるが、売主の債権は、まさにこの共同担保増加の縁由をなすものであるから、その動産によつて担保されるのが公平の原則にかなうというのである。しかし、一般に先取特権に対しては、十分な公示方法に欠け、一般債権者を害し、物的担保権を有する者に損害を与えるおそれがあるともいわれるのであつて、動産売買の先取特権についても公示が十分でないとの批判がある。のみならず、動産売買の先取特権が認められる理由として前述したところは、一般の継続的な商取引については必ずしも妥当しないし、また、債務者の倒産というような事態においては、かえつて不公平な結果を招くおそれがある。すなわち、売買目的物が消費されてしまつているか否か、転売代金が回収済みであるか否かによつて、同じ売掛代金債権であつても優先権の有無という差異が生ずるし、売買目的物、転売代金の特定、つながりの立証ができるかどうかという偶然の事柄によつても左右される。さらに、特定の債権者の権利行使に債務者が協力することによつて公平、平等を害するという結果を生じ易い。以上に述べた諸点を考慮するならば、動産売買の先取特権ないしこれに基づく物上代位権の実行、行使について前述したように解し、民事執行法の規定による差押がされる以前においては、債務者の消費、取立て、譲渡等を保全処分によつて阻止する権限は先取特権者にはないとするのも已むを得ないところである。前述したような理論上、実務上の難点があるにもかかわらず、仮差押による優先弁済権の保全を認めるべき実質的理由も認められない。
6以上の次第であるので、本件仮差押申請は、これを認容することができないものといわざるを得ないから、却下することとし、主文のとおり決定する。
(藤田耕三)
別紙
申請の趣旨
債権者の債務者に対する前記請求債権の執行を保全するため、債務者の第三債務者に対する別紙仮差押債権目録記載の債権は、これを仮に差し押える。
第三債務者は右債務を債務者に支払つてはならない。
との裁判を求める。
申請の理由
一 請求債権
債権者は、申請外栄商事株式会社に対し、別紙請求債権目録のとおり申請外タイガー魔法瓶株式会社製の商品を右申請外会社の指示により第三債務者に直送して申請外会社に売渡し、本件第三債務者に対する右直送分については金四、八四四、四〇〇円の売掛金債権を有する。
二 仮差押債権
一方、申請外会社は債権者から買い受けた商品を債権者から第三債務者に直送させて第三債務者に転売したので、右商品につき、申請外会社は第三債務者に対し売掛金債権を有する。
三 申請外会社の破産
ところで、申請外会社は本年三月三一日東京地方裁判所に自己破産の申立(昭和五九年(フ)第三二八号)をし、四月二日破産宣告を受け、同日、債務者が破産管財人に選任されて就任した。
四 物上代位権の行使
そこで、債権者は債務者が第三債務者に対し有する売掛金債権のうち債権者が債務者に対して有する売掛金債権金額につき別除権である先取特権(物上代位)を有するので、債権差押及び転付命令申請をするために準備中であるが、申請前に債務者に協力を求めたところ、債務者はこれを考慮の対象に入れることはできないと拒絶し、右売掛金債権については直ちに回収するとの意向を示した。もし右売掛金債権が回収されてしまうと、債権者の有する物上代位権は実行できなくなるので本申請に及んだ次第である。
五 物上代位権と破産宣告
物上代位権と破産宣告との関係については、従来議論の分かれていたところであるが、昭和五九年二月二日最高裁判所第一小法廷判決(昭和五六年(オ)第九二七号事件)は、「先取特権者は、債務者が破産宣告決定を受けた後においても、物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。」との判断を示した。
従つて、仮に学問的には右判決が示した判断についてもなお異論があるとしても、実務上は、本件のような破産宣告決定後の仮差押申請であつても、右判旨を尊重して、これを認容することが妥当ではなかろうかと思料する。
動産売買の先取特権には、第三者に対する追及効がないことは異論のないところであるから、物上代位権についても同様と考えられる。また破産管財人の第三者性についてもこれを肯定すべきであろう。しかし、破産宣告によつて、先取特権の対象物に対する権利主体が移動するという理論は、前掲最高裁判決は、これを否定している。前掲判決(本件事案は動産先取特権に関するものである。)の原審である東京高裁は「破産宣告は、破産者の財産につき破産財団を成立させ、右財産に対する破産者の管理処分権を剥奪し、これを第三者たる破産財団の代表機関の破産管財人に帰属させるものであるから、物上代位の対象となる債権が差押えられたり、又は他に譲渡若しくは転付された場合と同様に、これが民法第三〇四条一項但書にいう払渡に該当するものと解すべきである。」と判断している。これは、破産管財人の第三者性と先取特権に追及効を認めない点を論拠とする判断であろうと思われる。この原審の判断に対して、最高裁判決は「破産者の所有財産に対する管理処分権能が剥奪されて破産管財人に帰属せしめられた」場合でも「破産者の財産の所有権が破産財団又は破産管財人に譲渡されたことになるものでは」ないと説示している。このことは破産宣告決定があつても、先取特権の対象となる財産については権利主体の変動は生じないので、先取特権に追及効がないことを根拠にして、物上代位権の行使を否定することはできないという趣旨をも含むものである。従つて、本件においても、前掲最高裁判決を肯定する限り、債権者は先取特権者として物上代位権の行使(債権差押もしくは仮差押)をなし得るものであつて、これを否定する根拠を見出すことはできない。
請求債権目録、仮差押債権目録
<省略>