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東京地方裁判所 昭和59年(レ)125号 判決 1985年12月20日

控訴人

山崎静枝

被控訴人

竹尾久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、六九万〇六六三円を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年四月二二日午後六時一〇分ころ

(二) 場所 東京都青梅市青梅三〇五番地

先道路(青梅街道、駒屋書店前、以下「本件現場」という。)

(三) 加害車両 軽四輪自動車(多摩八八う七九八、以下「被控訴人車」という。)

(四) 事故態様 控訴人は、右道路を青梅駅方向から宮ノ平駅方向へ向かつて足踏式自転車(以下「自転車」という。)で進行していたが、進行方向左手前方に駐車中の被控訴人車を認め、さらに、自車の進行方向後方から進行して来る自動車があることを認めたため、自転車から降りて、自転車をひき、被控訴人車の右側車道を歩行していたが、前記後方から進行してきた自動車と、前記左前方に駐車中の被控訴人車との間に自転車ごとはさまれる状態となり、右駐車中の控訴人車の右側フエンダーミラーに左手を打ちつけた(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

本件道路は、幅員が狭く、交通量の多いところであり、駐車禁止区域でもあるから、被控訴人は、右道路上に被控訴人車を駐車させてはならず、また、やむを得ず駐車させる場合も、道路状況を把握したうえ、歩行者及び他の自動車の進行に支障がないようにすべき注意義務があるのに、これを怠り、本件事故現場には、自転車が多数駐車してあつたのに、さらに、同所に被控訴人車を駐車させ、一層道路の幅員を狭隘にさせた過失がある。

また、自動車が駐車している場合も自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条にいう「運行」に該当すると解すべきであるから、被控訴人は、被控訴人車を自己のために運行の用に供していたものである。

したがつて、被控訴人は、民法七〇九条及び自賠法三条により、控訴人が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

3  控訴人の受傷及び治療経過

控訴人は、本件事故により、左手打撲(左第四指伸筋腱脱臼)の傷害を負い、昭和五四年四月二二日から昭和五五年一〇月七日までの間大門診療所に通院(実日数五六日)したが、その間同年五月一五日から九月二七日まで慶応病院にも通院(実日数六日)した。

4  損害

控訴人は、次のとおり損害を被つた。

(一) 治療費 五万七〇六三円

(二) 通院交通費 一万五三〇〇円

(三) 文書料 八三〇〇円

(四) 慰謝料 三四万〇〇〇〇円

(五) 休業損害 二七万〇〇〇〇円

合計 六九万〇六六三円

5  結論

よつて、被控訴人は、控訴人に対し、本件事故による損害賠償として六九万〇六六三円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和五六年四月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は知らない。

2  同2(責任原因)の事実は否認あるいは争う。駐車中の車両に歩行者自らが衝突した場合には、当該車両の運行中の事故であるということはできない。

3  同3(控訴人の受傷及び治療経過)及び同4(損害)の各事実は知らない。

第三証拠

原審及び当審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  まず、控訴人の主張する本件事故が実際に発生したか否かにつき検討する。

1  本件事故現場付近の写真であることは当事者間に争いがない甲一三号証の七及び八、原審における控訴人本人尋問の結果によつて同所付近の写真であると認められる甲一三号証の一ないし六及び同号証の九ないし二〇、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲二〇号証の三及び四、原審証人小川幸作の証言、原審及び当審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  控訴人が本件事故があつたと主張している本件現場は、青梅市青梅三〇五番地付近の青梅街道上であつて、片側一車線の車道幅員七・五メートル(東方から西方へ通じる車線の幅員は三・八五メートル、内白線で区分された自転車通行帯〇・八五メートル)の歩車道が白線で区分され(歩道幅員は一部側溝にかかり一メートル)、かつ舗装された平坦な道路で、駐車禁止の規制がなされており西方の比較的近辺には信号機により交通整理のされている交差点がある。

(二)  控訴人は、青梅市内で不動産賃貸業を営んでいる者であるが、昭和五四年四月二二日午後六時ころ帰宅するため、青梅駅から宮ノ平方面に向つて青梅街道の左側を自転車に乗つて進行していたが、途中自転車から降り、これをひきながら本件現場に差しかかつた。

(三)  他方、被控訴人は、前同日午後六時ころ、被控訴人車(車長約三メートル、車幅約一・二メートル)を運転して駒屋書店に赴き、同書店前に同車を駐車し(駐車位置は自転車通行帯をはみ出し、車道に向かつていた。)、同書店で書籍を購入したところ、控訴人が外から被控訴人車の登録番号を叫んでいるのが聞こえたので、同書店前道路に出てみると、控訴人が、駐車していた被控訴人車の右側フエンダーミラーに左手甲が当たつて傷害を受けたといい、左手の傷みを訴えていた。そこで、被控訴人が警察に電話しようとしたところ、既に控訴人から警察に連絡していたため、間もなく警察官が現場に到着し、警察官が控訴人から控訴人が負傷したという事情を聴取し、被控訴人車が見分したりなどしたが、警察では、控訴人の自転車による単独事故として処理した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  ところで、控訴人本人は、原審及び当審において、控訴人が、自転車に乗つて青梅街道を進行中、進行方向左手前方に車道にかかつて駐車中の被控訴人車を認め、路側帯を通行できないため、自転車から降り、自転車をひいて、車道寄りを通行していたところ、後方から車が進行接近してきたため、進行方向左側に寄る形になつた際、被控訴人車の右側フエンダーミラーに左手甲を打ちつけ、そのため左手打撲(左第四指伸筋腱脱臼)の傷害を負つた旨供述をし、また右主張に添うかの如き甲一号証(同一九号証と同一のもの、以下「甲一号証」という。)、同二号証ないし一〇号証及び同二〇号証の二の書証もある。

3(一)  しかしながら、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人は、前記のように、駒屋書店前道路に出た後、控訴人が被控訴人車の右側フエンダーミラーに左手甲が当たつて負傷した旨訴えたため、警察官の立ち会いを得て被控訴人車の右側フエンダーミラーを見分したが、同部分には接触したらしき傷跡はないのみならず、ミラーの方向にも変化がなく、塗装のはく落もなかつたこと、また、被控訴人が警察官とともに控訴人の左手の甲を見たところ、その部分が発赤したり、流血したり、血がにじんだりしておらず、負傷している様子はみられなかつたし、控訴人のひいていた自転車が破損しているというような訴えもなかつたこと、が認められ、右認定に反する原審及び当審における控訴人本人の供述部分はたやすく採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、控訴人が駐車中の被控訴人車のフエンダーミラーに左手甲を打ちつけて左手を負傷したかどうか甚だ疑わしいものといわざるをえない。

(二)  次に、成立に争いない甲一号証によれば、自動車安全運転センター東京事務所長は、昭和五五年四月二一日、控訴人に対し、控訴人が昭和五四年四月二二日午後六時一〇分ころ、青梅市青梅三〇五番地先を歩行中、被控訴人車と接触する事故に遭遇した旨の交通事故証明書を発行していることが認められるが、右甲一号証の記載に原審証人小川幸作の証言を総合すれば、交通事故証明書は、そもそも、損害の種別としての程度、事故の原因、過失の有無とその程度を明らかにする文書ではないうえ、申立人主張の交通事故の発生についての真偽が不明の場合であつても、申立人の言を信じ、その者の不利益にならないよう発行交付するようになつていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうだとすれば、甲一号証の記載も控訴人主張のような本件事故があつたことを認めうるに足りる確かな証拠とはなり得ないものというべきである。

(三)  更に、弁論の全趣旨により原本の存在と真正な成立を認めうる甲二ないし一〇号証の記載によれば、控訴人は、昭和五四年四月二二日から昭和五五年一〇月七日までの間大門診療所に通院したほか、同年五月一五日から同年九月二七日まで慶応義塾大学病院に通院していることが認められ、また、原本の存在と成立に争いのない乙第三号証によれば、控訴人は交通事故で左手打撲の傷害を負い、大門診療所に二ケ月通院して治療を受けた結果治癒した旨診断されていることが認められるが、右受傷の原因は控訴人の愁訴のみによつて記載されたみのと窺われるうえ、原本の存在と成立に争いない乙四号証の記載によれば、大門診療所で治療を受けた左手打撲は事故に基因するものではないとされ、また、右甲四号証の記載によれば、大門診療所では、投薬注射のほか、血液検査、尿糖蛋白潜血などの諸検査も受けていることが認められるから、同診療所の治療や検査が本件事故により負傷した控訴人の左手甲の治療のためになされたものということはできず、更に、事故後一年以上も経過した後に慶応義塾大学病院で治療を受けたことを窺わせる甲五ないし七号証の記載も、いまだ控訴人が被控訴人車のフエンダーミラーに左手甲を当てて負傷したこと及び右負傷により治療を受けたことまでも明らかにする証拠には足りないものといわなければならない。

(四)  もつとも、被控訴人が署名しかつ被控訴人名下の印影が被控訴人の印鑑によつて押捺されたことに争いない甲二〇号証の二の記載によれば、被控訴人は、昭和五五年八月ころ、立川調査事務所に対し、控訴人が被控訴人車のバツクミラーで手を負傷したことは相違ない旨の回答をしていることが窺われるが、他方、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一四号証の一、二に当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、控訴人が左手を負傷したという昭和五四年四月二二日以降一年余りもの間控訴人から何らの連絡も受けないまま推移していたが、昭和五五年八月ころ、自賠責の保険会社から、控訴人より本件事故について自賠責保険の請求があつたものの、そのためには書類に被控訴人の印が必要であるから、協力をしてほしい旨の電話連絡があつたので、その事情を尋ねたところ、控訴人は被控訴人から書類がもらえず、保険金が出ない場合には裁判をするかも知れないといつている旨の回答を得たこと、そこで、被控訴人としては、裁判でもされると、家業の建築業にも差し支えが出て困るし、保険金の支払で済むなら特段不都合はないと考え、保険会社から送られてきた書類(甲二〇号証の二)に署名、押印して送り返したところ、控訴人は右書類を利用して自賠責保険から昭和五五年一〇月二〇日三万三二八〇円、昭和五六年四月二四日四万八七六四円の自賠責保険金を受領したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、右甲二〇号証の二の記載から控訴人が被控訴人車のフエンダーミラーに左手甲をあてて負傷した事実を推認することもできないものというべきである。

4  以上3において検討したところによると、控訴人の前記主張に添うかの如き甲一号証、同二号証ないし一〇号証、同二〇号証の二ではいまだ控訴人主張の本件事故を肯認するに足りず、右主張に符合する原審及び当審における控訴人本人の供述部分もたやすく措信し難く、所詮採用するに由ないものといわざるをえない。

そして、他に控訴人主張の本件事故が実際に発生したことを認めるに足りる確かな証拠はないから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の主張は失当として排斥を免れない。

二  そうすると、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事控訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 福岡右武 宮川博史)

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