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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10349号 判決 1986年8月28日

原告

石掛正冨

被告

安田火災海上株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、八二五万円及びこれに対する昭和五九年九月二一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  保険契約の締結

原告の内妻小島千代子は、原告を代理して、原告のために、昭和五八年七月四日、被告との間に海外旅行傷害保険普通約款(以下「約款」という。)に基づく左記内容の海外旅行傷害保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 保険金 傷害死亡・後遺障害につき七五〇〇万円

(二) 保険期間 昭和五八年七月五日から一二日まで

(三) 保険料 一万五〇八〇円

(四) 保険契約者 原告

(五) 被保険者 原告

(六) 旅行経路 成田からマニラ、マニラから成田

(七) 約款には、被保険者が保険証券記載の海外旅行の目的をもつて住居を出発してから住居に帰着するまでの旅行行程中に急激かつ偶然な外来の事故によつてその身体に被つた傷害の直接の結果として事故の日から一八〇日以内に後遺障害(身体に残された将来においても回復できない機能の重大な障害または身体の一部の欠損で、かつ、その傷害がなおつた後のものをいう。)が生じたときには、保険金額にその後遺障害の内容に応じて、左のとおりの割合を乗じた額を被保険者に支払うとの条項がある。

歯に五本以上の欠損を生じたとき 五パーセント

第一足指以外の一足歯の機能に著しい傷害を残すとき 一足指につき三パーセント

2  保険事故の発生

原告は、昭和五八年七月二日、商用で日本を出国し、フイリピンのマニラ市に滞在し、同月二〇日に帰国した。原告は、マニラ滞在中の同月八日、同市内パサイのロハスブルバード通りとブエンデイーア・アベニユーとの交差点において、横断のため右交差点内の安全地帯内で信号待ちをしていたところ、Uターンしようとして右安全地帯内の進入してきたトラツクの後輪に右足の第四趾及び第五趾を轢過され、そのはずみで転倒して顔面を強打し、そのため上歯三本(但し、その内一本は差し歯)下歯四本を欠損し、かつ右足の第四趾及び第五趾を骨折したものである(以下「本件事故」という。)。そして、右足の第四趾及び第五趾は、固定してしまい動かすことはできない。

よつて、原告は、被告に対し、右保険金八二五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年九月二一日から支払いずみまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1(保険契約の締結)の事実は認める。同2(保険事故の発生)の事実は知らない。

三  抗弁

1  故意による免責

(一) 約款には被保険者の故意により生じた損害に関しては、保険金支払義務を負わない旨の条項がある。

(二) 被告の調査により判明したところによれば、原告は、以前にも、以下のとおり、海外旅行傷害保険により保険金を受領したことがある。

(1) 原告は、昭和五五年五月二六日午後三時ころマニラ市のカリエドストリート、イセタンビル前を歩行中、自動車がはねたと思われる異物(石であると思われる。)により、眼鏡が破損し、その破片により、右眼が失明したとして東京海上火災保険株式会社から保険金を受領した(保険金額不詳)。

(2) 原告は、昭和五六年九月三〇日午前九時三〇分ころ、マニラ市において、汗が出たので滝の下で汗を拭いているとき、滝の上から落石があり、左足指の全部と右足指の第一、二、三趾を喪失したとして、大正海上火災保険株式会社他三社から次のとおり合計六五〇〇万円の保険金を受領した。

ア 大正海上火災保険株式会社 二〇〇〇万円

イ 日本火災海上保険株式会社 一五〇〇万円

ウ 住友海上火災保険株式会社 五〇〇万円

エ 興亜火災海上保険株式会社 二五〇〇万円

なお、原告が右各社と締結した海外旅行傷害保険契約の死亡・後遺障害に関する保険金額総額は一億三〇〇〇万円である。

(3) 原告は、更に、昭和五六年七月二日、マニラ市において本件事故が発生したとして次のとおり保険金を受領している。

ア 富士火災海上保険株式会社 八二五万円

イ ザ・ホーム・インシユアランス・カンパニー 五五〇万円

以上の合計額は、一三七五万円であるが、右の他、本訴において八二五万円を請求しているのでその総額は二二〇〇万円となる。原告が、本件事故直前に右二社及び被告と締結した海外旅行傷害保険契約契約の死亡・後遺障害保険金の総額は二億円である。

(三) 昭和五五年五月から昭和五八年七月までの約三年間に何れもマニラ市において三回も事故に遭遇したとするのは極めて異常であり、ほとんどありえないことである。また、原告が右三回において被つた傷害のうち、二回目の事故の際左足指の全部と右第一、二、三趾を切断し、三回目の事故の際、その余の左足指の二趾に傷害を被り、これと上歯三本、下歯四本を欠損したとの傷害を被つたというのであるが、原告主張の本件事故の態様からでは右のような傷害のみを被ることはありえないことである。

原告は、第二回目の事故直前、多数の保険会社と海外旅行傷害保険契約を締結している。海外旅行傷害保険契約の死亡、後遺障害保険金の限度額は七五〇〇万円とされており、保険料も極めて低廉であるので、故意による事故招致を予定しない限り、右のような多数の会社に分割して契約する必要はないのである。原告は、本訴において、第二回目の事故は水浴中に落石にあつたとしているが、保険会社に対する申告では滝の下で汗を拭いているときに落石があつたとしている。また、受領した保険金は三社から三五〇〇万円であるとしているが、実際には四社から合計六五〇〇万円を受領している。真実事故に遭遇し、保険金を受領したものであれば、この様な相違はでないはずである。

(四) 以上のような事情を総合して勘案すると、本件事故は故意によるものであるというべきである。

2  告知義務違反

(一) 約款一〇条一項前段には、「保険契約締結の当時、保険契約者またはその代理人が故意または重大な過失によつて、保険契約申込書の記載事項について、当会社に知つている事実を告げず、または不実のことを告げたときは、当会社は、保険契約を解除することができます。」と規定され、保険契約者またはその代理人に告知義務を課し、右保険の申込者には、疾病や障害の有無、身体の傷害を担保する他の保険契約または特約の有無を記載するように特別の記載欄が設けられている。そして、同条三項には「保険契約申込書の記載事項中、第一項の告げなかつた事実または告げた不実のことが、当会社の危険測定に関係のないものであつた場合には、第一項の規定は適用しません。但し、身体の傷害を担保する他の保険契約または特約(以下「重複保険契約」といいます。)に関する条項については、この限りではありません。」と規定され、重複保険契約の有無が告知義務に含まれることを明言している。

(二) 右のように、重複保険契約の有無について契約者に告知義務を課したのは、火災保険その他の損害保険にもみられるが、海外旅行傷害保険においては、次に述べる理由から告知義務を課する必要性が特に高いと言わなければならない。

一般の損害保険においては、重複保険の場合、商法六三二条、六三三条によつて、保険契約者が不当に高額の保険金を取得しないように手当がなされているため、告知義務違反による解除を認める必要性は比較的少ない。

ところが、海外旅行傷害保険においては、治療費用保険を除いて定額給付方式が取られており、保険金額の定め方が保険価額によつて制限されることがないため、保険契約者は不当に高額の保険金を取得することができる。そのため、保険会社は、死亡、後遺障害担保の保険金額の限度額を七五〇〇万円と定めているのである。

また、海外旅行傷害保険は、保険期間が短期のため、低額の保険料で保険金額を著しく高額にすることが可能(例えば、死亡、後遺障害保険金額五〇〇〇万円、保険期間一〇日間で保険料は四五五〇円である。)であり、そのうえ、保険事故が海外で発生することを内容としているので、故意による事故招致がなされても、外国での調査ないしは捜査が著しく困難で、故意によるものであることが発覚する可能性は低いことなどから悪用される危険性が極めて高い。

(三) そこで、保険会社は、海外旅行保険の保険金額が契約者の地位、収入等に比して不当に高額となる場合は、被保険者の故意による事故招致を予防するため、保険金額の限度額を、自社分、他社分を含め、原則として七五〇〇万円を限度としているのである。ところが、重複保険の締結の事実を保険会社が知り得なければ、右のような限度額を設けた意味がなくなり、保険金額が不当に高額となり、故意による事故招致を防止できなくなるので、保険契約者に重複保険について告知義務を課し、これに違反した場合には保険会社に解除権を発生させ、右告知義務の実効性を確保しているのである。

四  抗弁に対する認否

1  故意免責について

争う。被告の主張は全て理由がない。本件事故が原告の故意によつて発生したというならば、具体的理由を主張すべきである。

2  重複保険による解除について

争う。

被告は、約款一〇条による本件契約の解除を主張しているが、原告の内妻小島千代子は、本件契約を締結するにつき、原告が他に海外旅行傷害保険契約を締結していたことを知らず、原告も小島千代子が本件契約を締結していたことを知らなかつた。したがつて、商法六四四条、約款一〇条の趣旨からみて、被告は解除をなし得ないものである。

また右は、約款一〇条一項四号により、被告が重複保険の存在を知つて三〇日を経過した場合は許されなくなる。被告の主張によれば、重複保険の存在につき、八月二二日になつて初めて知つた旨の主張をしている。しかし、本件事故につき、原告が被告に対し、初めて保険金請求をなしたのは昭和五八年七月二六日ころであるが、その前後に、原告は他の保険二社に対しても保険金請求をしており、八月二二日以前に被告は、重複保険の存在を知つていたものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(保険契約の締結)の事実は当事者間に争いがない。

二  同2(保険事故の発生)の事実について判断する。

約款中に、被保険者が保険証券記載の海外旅行の目的をもつて住居を出発してから住居に帰着するまでの旅行行程中に急激かつ偶然な外来の事故によつてその身体に被つた傷害の直接の結果として事故の被告から一八〇日以内に後遺障害(身体に残された将来においても回復できない機能の重大な障害または身体の一部の欠損で、かつ、その傷害がなおつた後のものをいう。)が生じたときには保険金額にその後遺障害の内容に応じて、相当額を被保険者に支払うとの条項があることは当事者間に争いがない。

そこで、原告に本件事故、すなわち、「急激かつ偶然な外来の事故」が発生し、それによる受傷のため原告に後遺障害が発生したか否かにつき検討するに、弁論の全趣旨により原本が存在し、真正に成立したと認められる甲四号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲五、六号証によれば、何らかの理由により、原告は、上歯三本(但し、その内一本は差し歯)下歯四本を欠損し、かつ右足の第四趾及び第五趾を骨折したため、右足の第四趾及び第五趾は固定してしまい動かすことはできなくなつたことが認められるものの、この点のみから、これが「急激かつ偶然な外来の事故」による受傷のため発生したものと認めることはできず、他に本件事故の発生を認めるに足りる証拠はない(「急激かつ偶然な外来の事故」の発生をうかがわせる甲第一号証の一、二、第二号証の一及び第三号証の一については、いずれも真正に成立したことの立証がなく、成立に争いのない乙九、一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による受傷のため後遺障害が発生したとして、富士火災海上保険株式会社及びザ・ホーム・インシユアランス・カンパニーから海外旅行傷害保険契約に基づき相当額の金員の交付を受けていることが認められるが、その間の事情はつまびらかではなく、前記判断に影響を与えるものではない。)。

そうすると、本件事故の発生を前提とする被告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

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