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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)1099号 判決 1988年9月30日

原告

片山政志

原告

石橋新一

右原告ら訴訟代理人弁護士

小野正典

内田雅敏

飯野信昭

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

篠原茂

外三名

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金五〇万円及びこれに対する昭和五八年三月一二日から支払済みで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告片山政志と被告との間に生じたものはこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告片山政志の負担とし、原告石橋新一と被告との間に生じたものはこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余は原告石橋新一の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告片山政志(以下「原告片山」という。)に対し金一四三二万一四一二円、原告石橋新一(以下「原告石橋」という。)に対し金一〇〇万円及び右各金員に対する昭和五八年三月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一)(1) 原告片山は、昭和四九年三月三一日東京教育大学文学部を卒業した後、同五〇年四月一日に東京都に教員として採用され、江東区立第三亀戸中学校に勤務し、同年七月ころから、株式会社機械工業新聞社(以下「機械工業新聞社」という。)における労働争議を支援する団体である機械工業新聞闘争支援共闘会議(以下「共闘会議」という。)の構成員として活動していた者である。

(2) 原告石橋は、同五〇年七月ころから、共闘会議の構成員として活動していた者である。

(二) 被告東京都は、警視庁公安部公安第二課(以下「本庁公安二課」という。)所属警察官大橋智警視(以下「大橋警視」という。)、同伊関吾郎警部補(以下「伊関警部補」という。)、同杉谷典雅巡査部長(以下「杉谷巡査部長」という。)、警視庁立川警察署(以下「立川署」という。)所属警察官笹谷広治警部(以下「笹谷警部」という。)、同寺岡巨遙警部補(以下「寺岡警部補」という。)、同大門千治巡査部長(以下「大門巡査部長」という。)、同野島茂巡査部長(以下「野島巡査部長」という。)、同平方洋介巡査部長(以下「平方巡査部長」という。)、同辻克己巡査(以下「辻巡査」という。)、同櫻武秋巡査(以下「櫻巡査」という。)、同上口賢一巡査(以下「上口巡査」という。)、同星野始巡査(以下「星野巡査」という。)、同井上利弘巡査(以下「井上巡査」という。)、同広岡修巡査(以下「広岡巡査」という。)を地方公務員として任用するものである。

2  (本件事件の概要)

(一) 原告両名は、昭和五一年四月一〇日午後四時二七分ころ、東京都立川市砂川町一八六三番地杉山桂三(以下「杉山」という。)方店舗「バラエティショップ弁慶」(以下「弁慶」という。)前路上において、大橋警視及び笹谷警部の指導により、原告片山については、辻巡査、櫻巡査及び上口巡査によって、原告石橋については、伊関警部補、杉谷巡査部長及び星野巡査によって、いずれも住居侵入の現行犯人として逮捕された(以下「本件逮捕」という。)。

(二) 原告両名は、その後引き続き勾留され、同年五月一日、住居侵入の公訴事実により、東京地方裁判所八王子支部に起訴され(以下「本件刑事第一審」という。)、同裁判所は、同五六年五月一九原告片山を懲役三月、原告石橋を懲役一年二月(別件起訴事実を含む。)に処する有罪判決を宣告したが、控訴審である東京高等裁判所(以下「本件刑事控訴審」という。)は、同五八年二月二四日、原告らの右住居侵入の公訴事実について、原判決を破棄して原告らを無罪とする判決を言渡し、右判決は同年三月一一日確定した(以下、本件刑事第一審及び控訴審を併せて「本件刑事事件」という。)。

3  (警察官の違法行為)

(一) 前記2(一)記載の警察官らは、原告らが、弁慶店舗内に侵入していないことを知りながら、住居侵入をなしたとして逮捕(でっちあげ逮捕)した。

仮にそうでないとしても、右警察官らは、過失により原告らが住居侵入したものと誤認して原告らを違法に逮捕したものである。

(二) 辻巡査、櫻巡査及び上口巡査は、原告片山が住居侵入をなしていないにもかかわらず、住居侵入をなした旨の、伊関警部補、杉谷巡査部長及び星野巡査は、原告石橋が住居侵入をなしていないにもかかわらず、住居侵入をなした旨のそれぞれ虚偽の事実の記載のある現行犯逮捕手続書を、故意又は過失により作成した。

(三) 寺岡警部補、大門巡査部長、野島巡査部長、平方巡査部長、井上巡査及び広岡巡査は、虚偽の指示説明の記載のある実況見分調書を作成した。

(四) 辻巡査及び大門巡査部長は、本件刑事第一審において、事実に反していることを知りながら、原告らが弁慶店舗に侵入した旨の虚偽の証言をなした。

(五) 杉谷巡査部長は、本件刑事控訴審において、事実に反していることを知りながら、原告らが弁慶店舗に侵入した旨の虚偽の証言をした。

4  (損害と相当因果関係)

前記3(一)、(二)、(三)及び(四)の警察官らの各行為(でっちあげ逮捕又は誤認逮捕、原告らが住居侵入をなした旨の虚偽の事実を記載した各現行犯逮捕手続書の作成、虚偽の指示説明の記載のある実況見分調書の作成及び本件刑事第一審における偽証)は、検察官の誤った勾留請求による勾留、誤った公訴提起を導き、ひいては本件刑事第一審の事実認定を誤らせ、又同3(五)の警察官の行為(本件刑事控訴審における偽証)は、早期に無罪判決が出されるはずのところ、不必要に審理を長引かせ、原告に無用の訴訟追行の負担を強いた。

それ故、原告らは、次の損害を被った。

(一) 原告らは、昭和五一年四月一〇日逮捕されて同月一三日から勾留され、同年七月一七日保釈決定を得て同月二〇日釈放されるまで、一〇二日間にもわたり、身柄を拘束され、さらに、無罪判決が確定するまで、六年半以上もの長期間の裁判を経なければならなかった。

このために受けた精神的苦痛は甚大であり、原告らに対する慰謝料として、それぞれ金一〇〇万円が相当である。

(二) 原告片山は、昭和五一年五月一日起訴されたために、同年六月八日、東京都教育委員会によって起訴休職処分に付され、右処分は無罪判決の確定する昭和五八年三月一一日まで継続し、この間基本給、調整手当、住居手当を減額され、期末・勤勉手当、教員特別手当を支給されなかった。

そのため、原告片山は、右処分がなければ少なくとも毎年一回は定期昇給するとした場合、右処分の日から昭和五八年二月末日までの得べかりし給与は、合計金一三三二万一四一二円となる。

5  (被告の責任)

大橋警視、伊関警部補、杉谷巡査部長、笹谷警部、寺岡警部補、大門巡査部長、野島巡査部長、平方巡査部長、辻巡査、櫻巡査、上口巡査、星野巡査、井上巡査及び広岡巡査は、被告の公権力の行使に当たる公務員であり、その職務を行うについて、故意又は過失により前記3記載の各違法行為をなし、前記4記載の損害を原告らに加えたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項により右損害を賠償すべき義務がある。

6  よって、被告に対し、不法行為に基づき、原告片山は慰謝料として金一〇〇万円、逸失利益として金一三三二万一四一二円の合計金一四三二万一四一二円、原告石橋は、慰謝料として金一〇〇万円及び右各金員に対する不法行為の後である昭和五八年三月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2(一)  同2(本件事件の概要)(一)の事実のうち、原告石橋を逮捕した時間が午後四時二七分ころであったことを除くその余の事実は認める。

なお、原告らの被疑事実は、住居侵入及び強要未遂であり、原告石橋を逮捕した時間は、同四時三〇分ころである。

(二)  同2(二)の事実は認める。

3(一)  同3(警察官の違法行為)(一)の事実は否認する。

(二)  同3(二)の事実のうち、辻巡査、櫻巡査及び上口巡査が、原告片山について、住居侵入をなした旨の、伊関警部補、杉谷巡査部長及び星野巡査が、原告石橋について、住居侵入をなした旨のそれぞれ記載のある現行犯逮捕手続書を作成したことは認め、その余は否認する。

(三)  同3(三)の事実のうち、寺岡警部補ら六名が、実況見分調書を作成したことは認め、その余は否認する。

(四)  同3(四)の事実のうち、辻巡査及び大門巡査部長が、本件刑事第一審において、原告らが弁慶店舗に侵入した旨の証言をなしたことは認め、その余は否認する。

(五)  同3(五)の事実のうち、杉谷巡査部長が、本件刑事控訴審において、原告らが弁慶店舗に侵入した旨の証言をなしたことは認め、その余は否認する。

4  同4(損害と相当因果関係)は争う。

5  同5(被告の責任)の事実のうち、大橋警視、伊関警部補、杉谷巡査部長、笹谷警部、寺岡警部補、大門巡査部長、野島巡査部長、平方巡査部長、辻巡査、櫻巡査、上口巡査、星野巡査、井上巡査及び広岡巡査が、被告の公権力の行使に当たる公務員であることは認め、その余は争う。

6  同6は争う。

三  被告の主張(本件逮捕の経緯について)

1  (本件逮捕に至る経過)

(一) 原告らを含む共闘会議構成員らは、昭和五〇年七月ころの機械工業新聞社の事実上の倒産は、組合潰しと同社社長及び社長一族による会社財産の持ち逃げを目的とした偽装倒産の策謀であるとして、そのころから、社長一族である杉山に対し、団体交渉名下に同人の経営する弁慶店舗に多数で押し掛けるなどしていた。

(二) 立川署では、同五一年四月九日「共闘会議構成員らが四月一〇日午後四時、西武立川駅に集合し、対杉山現地闘争を行う」旨の情報を入手し、また同日杉山から、共闘会議構成員らが押し掛けて来て違法行為を敢行した場合の警戒方の要請を受けた。

2  (本件逮捕の状況)

(一) 立川署警察官新井敬警部補(以下「新井警部補」という。)、大門巡査部長及び辻巡査らは、右情報に基づき、同月一〇日午後四時ころから、弁慶付近において違法事案が発生した際の採証、検挙に備え、視察警戒に当たり、また笹谷警部外八名は、同日午後四時ころから同署砂川一番駐在所において待機した。

(二) 一方、本庁公安二課警察官大橋警視、丸山三郎警部(以下「丸山警部」という。)、伊関警部補及び杉谷巡査部長らは、立川署から前記情報等の連絡を受け、同日午後四時ころ弁慶に到着後、大橋警視及び丸山警部の両名は、弁慶店舗内で杉山から事情聴取し、伊関警部補及び杉谷巡査部長の両名は、弁慶付近において、視察警戒に当たった。

(三) 同日午後四時二〇分ころ、宣伝カー等車両四台に分乗してきた原告ら共闘会議構成員約二〇名は、弁慶前路上で下車した後、同店舗入口に殺到し、同店舗入口ドア付近にいた杉山が「帰って下さい」等と言っているにもかかわらず、「団交に応じろ、何故会わないんだ」等と口々に叫びながら、まさに同店舗に侵入する勢いであった。

(四) そこで、同店舗内にいた大橋警視及び丸山警部の両名は、この時同店舗入口付近に駆けつけた伊関警部補及び杉谷巡査部長と協力し、同店舗入口付近において、共闘会議構成員らを制止し、同店舗へ侵入しないよう警告した。

(五) これに対し、共闘会議構成員らは、右警告・制止を無視し、原告石橋、同片山及び長峰憲治(以下「長峰」という。)らが先頭となり、「団交に応じろ」等と怒りながら、大橋警視らに詰め寄り、これを制止していた同警視らと弁慶店舗付近入口を境にして、押し込んだり押し返したりの状態となった。

(六) その後、大橋警視らは、共闘会議構成員らを、一旦弁慶前歩道上まで押し出し、このころ同所に駆けつけた辻巡査とともに共闘会議構成員らに対し、同店舗内に侵入しないように警告したり、さらには同店舗内へ侵入しようとする同構成員らを制止し、解散するよう説得していた。

(七) ところが、共闘会議構成員らは、右警告・制止を無視し、口々に「団交に応ぜよ」等と叫びながら、弁慶店舗入口付近で警告、制止中の丸山警部、伊関警部補、杉谷巡査部長及び辻巡査らを同店舗内に押し込み、さらに同構成員らの先頭部に位置していた原告石橋、同片山及び長峰ら五、六名の者は、丸山警部らを押し退け、杉山を押し込みながら同店舗内に侵入した。

(八) このため、杉山は、弁慶に侵入した原告らに対し「会う必要はない、すぐ出なさい、営業妨害です」等と退去するよう繰り返し申し向けたが、原告らは、これを無視し、杉山に対し「団交をやれ、話し合いに応じろ、応じなければこのままではすまないぞ」等と語気荒く執拗に団交を迫った。

(九) このことから、丸山警部補らは、右弁慶店舗内に侵入した原告らを住居侵入及び強要未遂の現行犯人と認め、弁慶店舗前歩道上に押し出したあと、原告石橋については、伊関警部補、杉谷巡査部長及び星野巡査が、原告片山については、辻巡査、櫻巡査及び上口巡査が、それぞれ逮捕し、右逮捕者らは、原告らに対する現行犯人逮捕手続書を作成するとともに、さらに寺岡警部補らは、杉山の立会いを得て、本件犯行に関する実況見分を行い、その調書を作成した。

3  (まとめ)

(一) 右のとおり、警察官らは、原告らが弁慶店舗内に故なく侵入したうえ、杉山に対し執拗に団交を要求した事実を現認し、住居侵入及び強要未遂の現行犯人として逮捕した後、刑事訴訟法に基づき現行犯人逮捕手続書等の捜査書類を作成したものであり、本件逮捕及びこれに伴う捜査手続には何ら違法はない。

(二) 仮に、原告らが弁慶店舗内に侵入していないにもかかわらず、侵入したものとして逮捕したとしても、以下に述べるとおり、警察官らの行為は過失に基づく違法な逮捕ということはできない。

(1) 現行犯人逮捕について、事実は現行犯人でなかった者を現行犯人と誤認して逮捕した場合でも、逮捕行為の当時に現行犯人と判断したことが、何人がその位置に立っても一般に認容しうる状況にあったとき、あるいは現行犯人と信ずることにつき相当の理由があると認められる客観的状況があったとき、または逮捕当時における具体的状況を客観的に観察して、現行犯人として逮捕しても無理もないと認められる事情があるときは、事後において真犯人と認められたか否かに関係なく、当該現行犯逮捕を過失に基づく違法な行為ということはできないと解すべきである。

(2) ところで、本件では、弁慶店舗入口は、幅約九〇センチメートルと狭く、同店舗入口付近で同店舗内へ侵入しようとする共闘会議構成員ら約二〇名とこれを制止しようとする警察官らが、押し合うような混乱した状況下において、五、六名の共闘会議構成員らが同店舗内に立ち入ったこと、原告らは右共闘会議構成員らの一員であること及び警察官らによって同店舗入口前付近まで排除された共闘会議構成員らの中に原告らがいること等の状況から、警察官らは、原告らが弁慶店舗内に侵入した共闘会議構成員らの一員であり、杉山の拒絶の意思を無視して他の共闘会議構成員らとともに侵入行為に及んだものと認めて現行犯逮捕したものである。

(3) したがって、警察官らが、右のような状況下において、原告らの行為が住居侵入罪を構成するものとして、その現行犯人と認めたことには客観的に観察しても十分な理由があり、また現行犯人と認めたことが、その時点における具体的状況の下で合理的で無理もないと認められるのであるから、仮に原告らが同店舗内に侵入していなかったとしても、警察官らの右逮捕行為には何らの違法はない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1(本件逮捕に至る経過)のうち、(一)の事実は認め、(二)の事実は不知。

2  同2(本件逮捕の状況)の事実のうち、午後四時二〇分ころ原告ら共闘会議構成員が弁慶前路上に到着したこと、同店舗前路上で、原告石橋については、伊関警部補、杉谷巡査部長及び星野巡査が、原告片山については、辻巡査、櫻巡査及び上口巡査が、それぞれ逮捕したこと、右逮捕者らが、原告らに対する現行犯人逮捕手続書を作成したこと並びに寺岡警部補らが、杉山の立会いを得て、本件犯行に関する実況見分を行い、その調書を作成したことは認め、その余は否認ないし争う。

3  同3(まとめ)は、争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者)の事実、同2(本件事案の概要)(一)の事実のうち、原告石橋を逮捕した時間が午後四時二七分ころであったことを除くその余の事実及び同(二)の事実並びに被告の主張1(本件逮捕に至る経過)(一)の事実は当事者間に争いがない。

二そこでまず、本件逮捕の違法性の有無について判断する。

1  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告らを含む共闘会議構成員らは、昭和五〇年七月ころの機械工業新聞社の事実上の倒産が組合潰しと同社社長及び社長一族による会社財産の持ち逃げを目的とした偽装倒産の策謀であるとして、そのころから、社長一族である杉山に対し団体交渉を求め、同人の経営する弁慶店舗に多数で押し掛けるなどしていたこと。

(二)  立川署では、同五一年四月九日「共闘会議構成員らが四月一〇日午後四時、西武立川駅に集合し、対杉山現地闘争を行う」旨の情報を入手し、また同日杉山から、共闘会議構成員らが押し掛けて来て違法行為を敢行した場合の警戒方の要請を受けたこと。

(三)  立川署の新井警部補、大門巡査部長及び辻巡査らは、右情報に基づき、同月一〇日午後四時ころから、弁慶付近において違法事案が発生した際の採証、検挙に備え、視察警戒に当たり、また笹谷警部外八名は、同日午後四時ころから同署砂川一番駐在所において待機したこと。

(四)  本庁公安二課の大橋警視、丸山警部、伊関警部補及び杉谷巡査部長らは、立川署から前記情報等の連絡を受け、同日午後四時ころ弁慶に到着後、大橋警視及び丸山警部の両名は、弁慶店舗内で杉山から事情聴取し、その際杉山に対し、共闘会議構成員らに対しては毅然とした態度を採るように指示したこと及び伊関警部補及び杉谷巡査部長の両名は、弁慶付近において、視察警戒に当たったこと。

(五)  同日午後四時二〇分ころ、宣伝カー等車両四台に分乗してきた原告ら共闘会議構成員約二〇名は、弁慶前路上で下車した後、同店舗入口ドア付近に立っていた杉山のところ近くまで行き対峙する形になったこと並びに同店舗内にいた大橋警視及び丸山警部の両名は、この時同店舗入口付近に駆けつけた伊関警部補及び杉谷巡査部長と協力し、同店舗入口前付近において、杉山と共闘会議構成員らとの間に割って入ったこと。

(六)  その後、共闘会議構成員らと右警察官ら及び杉山との間で、混乱が生じ、共闘会議構成員らは、杉山に対し、「団交に応じろ」等と要求する一方、警察官らは、右構成員らに対し、店舗内に入らないように等と説得していたこと。

(七)  同日午後四時二七分ころ、大橋警視及び笹谷警部の指示により、辻巡査、櫻巡査及び上口巡査が、原告片山を、同時三〇分ころ、伊関警部補、杉谷巡査部長及び星野巡査が、原告石橋を、いずれも住居侵入及び強要未遂の現行犯人として逮捕したこと。

以上の事実を認めることができる。

2  被告は、前記1(六)の混乱が生じた際に、原告両名を含む共闘会議構成員五、六名が、杉山及び構成員らと対峙していた警察官らを押し退けて、同日午後四時二二分ないし二五分ころ、弁慶店舗入口ドアを越えて同店舗内に侵入した旨主張し、原告らは、同店舗内に侵入したことはない旨主張するので、この点につき判断する。

(一)  原告石橋は本人尋問において、昭和五一年四月二〇日午後四時二〇分ころ、弁慶店舗前路上に到着後、同店舗入口付近にいた杉山に近づいた後、原告ら構成員らが乗ってきた宣伝カーに戻りハンドマイクを取り出し、右マイクを使用しながら、少しずつ弁慶店舗入口方向に移動していったことはあるが、同店舗内に侵入したことはない旨の供述をしており、前掲甲第二三号証の二、第二四号証の三及び第四七号証の二によれば、本件刑事事件においても同様の趣旨の供述をしていることが認められ、原告片山は本人尋問において、弁慶前路上到着後、電話をかけるため松中団地方向に歩きかけ、その後思い直して引き返し、右宣伝カーの荷台から機械工業新聞社の労働組合の旗を取り出し立てた後、弁慶入口付近にいた杉山に近づいたことはあるが、同店舗内に侵入したことはない旨の供述をしており、<証拠>によれば、本件刑事事件においても同様の趣旨の供述をしていることが認められる。

<証拠>によれば、本件刑事事件において、共闘会議構成員である川島嘉郎、長峰、新居崎邦明及び大沢孝も、原告両名が弁慶店舗内に侵入したことはない旨の証言をしていることが認められる。

(二)  他方、証人辻、同丸山及び同大門は、原告両名を含む共闘会議構成員五、六名が、混乱時に、弁慶店舗内に侵入した旨証言し、前掲甲第一七号証及び第一八号証の二によれば、辻巡査が、本件刑事第一審において同旨の証言をしており、<証拠>によれば、杉山、弁慶店舗店員であった鈴木純子(以下「鈴木」という。)及び大門巡査部長が、本件刑事第一審において、原告両名が、同日弁慶店舗前路上に到着後、同店舗内に侵入した旨の証言をしていること並びに辻巡査、櫻巡査及び上口巡査作成の原告片山についての現行犯人逮捕手続書並びに伊関警部補、杉谷巡査部長及び星野巡査作成の原告石橋についての現行犯人逮捕手続書にその旨の記載がそれぞれ存することが認められる。

(三)  そこで、右相対立する証拠についてその信用性につき吟味する。

前記認定した事実、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本庁公安二課及び立川署は、午後四時ころ、原告共闘会議構成員らが、機械工業新聞社に関する労働争議の一貫として杉山に対し面会交渉するため弁慶店舗前に押し掛けるとの情報を事前に受け、同時刻ころまでに、大門巡査部長及び辻巡査を含む立川署所属警察官及び本庁公安二課所属警察官が、弁慶店舗内及び同店舗前歩道上ないし同店舗北側空地付近に待機していたこと及び大門巡査部長及び辻巡査は、新井警部補から、違法事案が発生した場合の情報収集及び記録をするように指示されて右空地付近に待機していたこと。

(2) 大門巡査部長は、午後四時二〇分ころに原告ら共闘会議構成員らが弁慶前路上に到着した直後から、同人らの行動を同店舗空地ないし同店舗前歩道上付近において観察していたこと。

(3) 辻巡査及び大門巡査部長は、原告らが到着して間もない午後四時二〇分ころから同時三〇分ころまで、弁慶前における原告ら共闘会議構成員らと杉山及び警察官らとの間に起きた状況を所携のカメラで、まず辻巡査が同時二二分ころまでの間に五枚、次いでそれ以後大門巡査部長が一五枚それぞれ撮影したこと及び右撮影された写真には、原告両名が、弁慶店舗内に侵入した状況は一切撮影されていないこと。

(4) 鈴木は、杉山あるいは警察官の指示により、原告らが弁慶前路上に到着直後である午後四時二〇分ころから、所携のテープレコーダーによる録音を開始し、以後杉山の近くにいて杉山の発言が録音できるように行動していたこと。

(5) 右テープレコーダーには、杉山が、原告らの到着直後である午後四時二〇分ころからおよそ一分間にわたって、原告ら構成員らに対し「出てって下さい」等と、原告らが店舗内に侵入したことを前提としたととれる発言が録音されているが、それ以後、杉山が、原告らに対し、店舗内からの退去を明確に要求している発言は録音されていないこと。

(6) 弁慶前入口は、各々九〇センチメートル幅の二枚の外開きのガラス扉となっており、当日は、同店舗に向かって右側のガラス扉のみが直角に開かれた状態となっていて、混乱当時、杉山はちょうど開かれたガラス扉のあったところ、すなわち同店舗の内と外との境界付近に、丸山警部及び伊関警部補らは杉山の左右の脇にそれぞれいて、押し掛けた原告ら共闘会議構成員らと対峙した形となっていたこと及び同店舗内に入るには、九〇センチメートルの幅のところをその付近にいた杉山、丸山警部及び伊関警部補らを押し退けるか、同人らの脇を通っていかなければならなかったこと。

(7) 原告ら共闘会議構成員らが、当日弁慶店舗前に行った目的は、杉山に対し、団体交渉に応じるように要求するためであったこと及び混乱当時杉山は、右のような対峙の状態から後退して店舗内に引っ込んだことはないのであるから、原告ら構成員が、杉山に対し右要求を伝えるのに店舗内に入る必要はなかったこと。

(8) 大門巡査部長は、原告ら共闘会議構成員が、弁慶前路上に到着直後並びに構成員らと杉山及び警察官らとの間に混乱が生じた後の二回にわたって原告両名が同店舗内に侵入したことを現認した旨供述しているが、本件刑事第一審においては、原告らは到着直後同店舗内に侵入したことのみしか証言していないこと。

(9) 杉山及び鈴木は、本件刑事第一審において、原告両名が、弁慶店舗内に侵入したのは、原告ら共闘会議構成員が同店舗前に到着した直後の一回のみであった旨証言していること。

以上からすると、原告らが、杉山及び警察官らと対峙し混乱するに至った際に、弁慶店舗内に侵入したとする証人大門、同辻及び同丸山の各証言及び本件刑事事件における杉山、鈴木、大門巡査部長、辻巡査及び杉谷巡査部長の各証言には、合理的疑いが存するというべく、他方原告両名の供述及び本件刑事事件における供述は、右事実に照らし、十分措信することができるというべきである。

なお証人大門は、撮影した写真に原告らが店舗内に侵入しているものがないことの理由として、同人が撮影した位置からは、弁慶店舗入口付近に共闘会議構成員らが殺到していて同人らの影となり、原告らが侵入している状況を撮ることができなかったとか、当時使用したカメラのストロボの充電に時間が要するため、連続して撮影する時期を失した等と証言するが、他方同人は、共闘会議構成員らの影になり写真撮影できなかったという位置で原告らが侵入したことを現認した旨証言しており、右証人大門の証言自体に矛盾があるばかりでなく、同人は、原告らが同店舗内に侵入していた時間は一分位は続いていた旨の趣旨の証言をしているところ、前記大門の使用したカメラのストロボの一回の充電に一分間以上の時間を要したとの証拠もないのであるから、証人大門の右弁明は容易に措信できない。

(四)  以上より、原告両名は、右混乱の際、弁慶店舗には侵入したと認めることは困難である。

3  原告らは、住居侵入を被疑事実とする本件逮捕は、警察官らによるでっちあげ逮捕であり、故意による違法逮捕である旨主張するけれども、以上の認定の逮捕の経過をみれば、これを認めるに十分ではない。したがって、右主張は採用しない。

4  次に、被告は、原告両名が、弁慶店舗内に侵入していないとしても、警察官らがその旨誤認したことに過失はなかった旨主張するので、この点につき検討するに、前記1で認定したとおり警察官らが住居侵入行為と誤認した行為は、多数の警察官の面前で行われたものであり、証人辻、同大門及び同丸山の各証言によれば、同人らは、弁慶店舗の内と外の境界について明確な認識をもっていたこと及び原告両名と他の共闘会議構成員とを見誤った形跡は認められないことが認められ、してみると、被告の右主張は採用できない。

5  ところで、一般に現行犯逮捕による身柄拘束が違法であるというためには、当該現行犯逮捕の被疑事実が複数ある場合には、そのいずれにも現行犯逮捕の要件が存しないことが必要である。

被告は、原告両名の本件逮捕の被疑事実は、住居侵入及び強要未遂である旨主張するので、さらに原告両名の強要未遂の有無につき検討する。

<証拠>によれば、原告石橋の現行犯人逮捕手続書には、同人が、杉山に対し、「話しあいを何故拒否するんだ、団交に応じろ、出ていけとは何ごとだ、何が営業妨害だ、団交に応じなければただではすまないぞ」などと語気荒くどなって執拗に申し向けて脅迫した旨の記載が、原告片山の現行犯人逮捕手続書には、同人が、杉山に対し、「何故団交を拒否するのだ、出ろとはなんだ、話し合いに応じろ、このままではすまないぞ」などと語気荒く執拗に申し向け杉山に義務なき団体交渉を行わせようとした旨の記載がそれぞれ存することが認められるが、弁論の全趣旨より、原告両名は強要未遂の罪では起訴されていないことが認められ、前掲甲第六〇号証によれば、原告ら共闘会議構成員らが弁慶店舗前路上に到着後、原告両名が逮捕されるまでの間に、原告らを含む右構成員らが、たびたび語気鋭く団体交渉に応じろという趣旨の発言をなしてはいるが、杉山に対し、同人の生命・身体・自由・名誉もしくは財産に害を加えるようなことをいっていたことは録音されていないことが認められ、また甲第五三号証及び第五四号証以外には、原告両名が、杉山に対し、同人の生命・身体・自由・名誉もしくは財産に害を加えるようなことをいったことを裏付ける証拠は一切存しない。

してみると、被告は、原告両名を強要未遂の被疑事実でも現行犯人として逮捕した旨主張するが、仮に右主張が事実としても、原告両名が強要未遂を犯したと認めることはできず、本件全証拠によるも、同人らを逮捕した警察官らが右事実があると誤信してもやむをえない特段の事由の認められない本件においては、同人らを杉山に対する強要未遂で逮捕したことは、右警察官らの過失によるものであると推認される。

6  以上のとおりであるから、本件逮捕は、住居侵入の被疑事実についても、強要未遂の被疑事実についてもいずれも、逮捕警察官の過失による、現行犯人逮捕の要件を欠いた違法なものであったことが認められる。

三次に、原告らは、虚偽の事実の記載のある現行犯人逮捕手続書の作成を、逮捕行為とは別個独立の違法行為すなわち原告らの権利侵害行為として主張するが、右手続書の作成は、前記二において判断した逮捕行為に付随してなされるもので、逮捕行為と一連のものであり、既に逮捕行為の違法性の判断の中で評価され尽しているものというべきであるから、右手続書の作成を、独立した原告らに対する権利侵害行為として、その違法性について判断することはしない。

四実況見分書の作成の違法性の有無について検討する。

前掲甲第五一号証によれば、実況見分調書を作成したのは寺岡警部補であったこと、大門巡査部長、平方巡査、井上巡査及び広岡巡査は実況見分補助者であったこと及び杉山が、立会人として、前記二で認定した事実に反し原告らが弁慶店舗内に侵入した旨の指示説明をなしたことを認めることができる。ところで、実況見分調書の作成にあたり立会人に指示説明を求め、その指示説明を調書に記載する場合、特段の事情の存しない限り、作成者は、立会人の指示説明をそのまま記載すれば、調書作成者としての義務は尽したというべきであり、本件の場合、それ以上に、その指示説明が客観的事実に反しているか否かを吟味した上で記載しなければ、作成者としての注意義務を欠くというべき特段の事情が存すると認めるに足りる証拠はないのであるから、本件実況見分調書の作成が違法であると認めることはできない。

五さらに原告らは、本件刑事第一審において辻巡査及び大門巡査部長が、本件刑事控訴審において杉谷巡査部長が、それぞれ自己の記憶に反してことさらに虚偽の証言をした旨主張するが、前記二で認定したとおり、右警察官らが、原告両名が弁慶店舗内に侵入していないことを認識していたことは認められないのであるから、同人らが、本件刑事事件において原告両名が弁慶店舗内に侵入した旨の証言をしたことをもって、自己の記憶に反してことさらに虚偽の証言をしたと認めることはできない。

なお、付言するに、右警察官らが本件刑事事件において証人として証言することは、一国民としての義務に基づきなしたものであって、公務員としての職務として行うものでないことは明らかであるから、仮に同人らの偽証が認められたとしても、被告に対し国家賠償法に基づき右偽証による損害の賠償を求めることはできない。

六本件逮捕が、被告の公務員である大橋警視及び笹谷警部の指揮により、原告片山については、辻巡査、櫻巡査及び上口巡査が、原告石橋については、伊関警部補、杉谷巡査部長及び星野巡査がそれぞれなしたことは、当事者間に争いがない。

したがって、被告は国家賠償法一条一項に基づき右違法な逮捕により原告両名に生じた損害を賠償する責任がある。

七そこで進んで原告両名の損害について検討する。

1  <証拠>によれば、原告片山を逮捕した辻巡査並びに原告石橋を逮捕した伊関警部補及び杉谷巡査部長は、それぞれ司法警察員であることが認められ、司法警察員が被疑者を逮捕したときは、被疑者を留置する必要がないと思料するときは、直ちに被疑者を釈放し、留置の必要があると思料するときは、被疑者が身体を拘束された時から四八時間以内にこれを検察官に送致する手続をしなければならず、検察官は、留置の必要がないと思料するときは直ちに被疑者を釈放し、留置の必要があると思料するときは送致を受けた時から二四時間以内(被疑者が身体を拘束された時から七二時間以内)に裁判官に勾留請求するか、公訴の提起をしなければならないのであるが、逮捕行為に引き続きなされる右留置は、当該逮捕の基礎となった被疑事件の捜査のため逮捕の効力として被疑者の身体拘束を一定時間内継続することを認めたものであり、司法警察員及び検察官が、これを釈放しない以上被疑者は右期間内留置されることになる。

したがって、本件現行犯逮捕と原告両名が逮捕それに続く留置によって被った損害とは相当因果関係にあるといわなければならない。

2  更に原告らは、本件逮捕は、検察官の誤った勾留請求に基づく勾留及び検察官の誤った公訴提起を導き、ひいては第一審の事実認定を誤らせたのであるから、本件逮捕と勾留及び本件刑事事件裁判手続に伴う損害との間にも相当因果関係がある旨主張するが、勾留については、その請求が検察官の専権に属することはもとより、右請求に基づき裁判所が独自の立場で決すべきものであり、また公訴提起については、当該事件につき公訴を提起するか否かは、検察官の専権に属するところであり、検察官は起訴時までに収集した証拠、今後得られるであろう証拠を検討し、公判を維持するに足るだけの犯罪の嫌疑があるか否か、その他公益的な見地等から総合的に判断し、当該被疑事件につき公訴を提起するか否かを決定するのである。それゆえ、逮捕したからといって検察官がその被疑者の勾留を請求することにはならず、裁判所が勾留することにはならないし、検察官がその被疑者を起訴することにはならない。

以上のとおりであるから、本件逮捕と勾留及び公訴提起に基づく本件刑事事件裁判手続に伴う損害との間には相当因果関係を認めることはできず、原告らの右主張は失当である。

3  したがって、本件逮捕と相当因果関係にある損害としては、逮捕行為自体、それに続く留置に基づく損害のみであり、その範囲で原告らの請求は理由がある。

4  よって進んでその損害の額について検討するに、原告らの逮捕及びこれに続く留置による精神的・身体的苦痛に対する慰謝料としては、それぞれ金五〇万円が相当である。

なお、原告片山は、検察官の公訴提起により起訴休職処分に付され、これによる逸失利益をも損害賠償請求しているが、前記2で認定したとおり、本件逮捕と公訴提起に基づく本件刑事事件裁判手続に伴う損害との間には相当因果関係がない以上、右請求は失当である。

八以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、それぞれ金五〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五八年三月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条をそれぞれ適用し、なお仮執行宣言の申立については相当でないから却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井眞治 裁判官三輪和雄 裁判官蜂須賀太郎)

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