東京地方裁判所 昭和59年(ワ)14179号 判決 1988年2月25日
《目次》
当事者の表示
主文
事実
(略語)
(当事者の求めた裁判)
(当事者間に争いのない事実)
第一当事者
一 原告ら
二 被告
三 原告らと被告との関係
第二被告と全学柔連との関係
一 全学柔連の被告からの脱退
二 大学柔連の結成と第二回国際学生柔道大会の開催
三 学生柔道再編成委員会の結成
第三一九八四年世界大学柔道選手権大会
(本件世界選手権大会)
一 世界大学柔道選手権大会
二 本件世界選手権大会
三 本件世界選手権大会の参加資格
四 FISU競技規則
五 体協、JOC、JUSB、FISUの関係と参加招請
六 参加招請に対する国内の処理手続
第四一九八四年世界大学柔道選手権大会代表選手選考会
一 本件選考会に至る経緯
二 本件選考会の開催と参加資格要件の設定
第五本件選考会後の動き
(争点)
第一原告らの主張
一 本件選考会の開催主体
二 被告の責任
1 参加資格に不合理な制限を設けてはならない責務
2 本件選考会における参加資格の制限
3 本件参加資格制限の不合理性と違法性
三 原告らの損害
四 被告の主張に対する反論
1 二重資格論について
2 対外的責任論について
3 慣行論(職域団体優先論)について
第二被告の主張
一 本件選考会の開催主体
二 本件選考会の選考手続の適法性
1 違法性の問題とはなり得ない。
2 FISU競技規則の平等取扱条項について
3 二重資格論
4 慣行論
5 職域行事における職域団体の優先
6 対外的責任論
7 別枠参加資格
三 害意の不存在
1 全学柔連の脱退の経緯と全学柔連の設立
2 被告の害意の不存在と全学柔連の責任
(証拠)
理由
(はじめに)
第一本件世界選手権大会と本件選考会
一本件世界選手権大会の開催とその参加資格等
二世界大学柔道選手権大会の我が国における代表選手選考の仕組み
三本件選考会の性格
1 従前の日本代表選手の選考方法
2 全学柔連の被告からの脱退とその経緯及び大学柔連の設立
3 本件選考会の開催
第二被告の責務
一被告の公共性、公益性とFUSBとの関係
二世界大学柔道選手権大会とFISUの競技規則及びJUSBの委託等の趣旨
三小括
第三本件選考会の参加資格要件設定の経緯とその合理性
一本件選考会の参加資格要件設定の経緯
1 本件参加資格の制限と大学柔連の組織の実態
2 被告が参加資格の制限を設けるに至つた経緯
3 被告が参加資格制限を設けた意図
4 小括
二被告の主張に対する判断
1 二重資格論
2 慣行論(職域団体優先論)
3 対外的責任論
4 別枠の存在と原告らの出場
三被告の原告らに対する害意の有無
四まとめ
第四原告らの損害
第五結論
原告
堀雅人
原告
樋川純
原告
朽木淳司
原告
小野寺泰
原告
渋谷恒男
原告
青井久幸
原告
前川寿敬
右七名訴訟代理人弁護士
平田政蔵
同
明石守正
同
今永博彬
同
飯田隆
被告
全日本柔道連盟
右代表者会長
嘉納行光
右訴訟代理人弁護士
成富安信
同
青木俊文
同
田中等
同
高橋英一
同
高見之雄
主文
一 被告は、原告らに対し、各金五万円及びこれに対する昭和六〇年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
(略語)
本判決においては、以下次の略語を使用する。
「全学柔連」は全日本学生柔道連盟を指す。以下同じ。
「大学柔連」は全日本大学柔道連盟
「体協」は財団法人日本体育協会
「IJF」は国際柔道連盟
「FISU」は世界大学スポーツ連盟
「FNSU」は各国大学スポーツ連盟
「JUSB」は日本ユニバーシアード委員会
「IOC」は国際オリンピック委員会
「JOC」は日本オリンピック委員会
(当事者の求めた裁判)
第一原告ら
一 被告は、原告らに対し、各金五〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二被告
一 原告らの各請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
(当事者間に争いのない事実)
第一当事者
一 原告ら
原告らは、別表記載の大学柔道部に所属していた者で、一九八四年世界大学柔道選手権大会代表選手選考会(以下「本件選考会」という。)が実施された昭和五九年一〇月六日当時の学年、段位、戦績は、いずれも同表記載のとおりである。
二 被告
被告は、昭和二四年五月設立され、日本全国の各都道府県毎に自主的に組織されたアマチュア柔道団体(都道府県柔道連盟)を構成単位として組織されているが、これとは別に、階層的・職域的団体である学生柔道組織(昭和二八年に加盟した全学柔連、これが昭和五八年被告から脱退した後は大学柔連)及び実業界柔道連盟(昭和四五年に加盟した全日本実業柔道連盟)を傘下に置き、体協に加盟する我が国柔道界の唯一の統轄団体(権利能力なき社団)である。
三 原告らと被告との関係
日本全国のアマチュア柔道家のうち有段者は、それぞれ地域末端組織に加盟することによつて被告の一員となるが、原告らは、いずれも有段者であるから、それぞれ地域末端組織に加盟して被告の一員となつている。原告らの所属していた大学柔道部は、いずれも被告から脱退した全学柔連に加盟していたものであつて、昭和五八年九月頃設立されその後被告に加盟した大学柔連の構成員ではなかつた。
第二被告と全学柔連との関係
一 全学柔連の被告からの脱退
1 全学柔連は、昭和二六年一〇月に設立され、大学柔道部が加盟する学生柔道界の全国組織であるが、当初から被告傘下の下部組織ではなく、当初任意団体として結成されたものが、昭和二八年五月被告に加盟した。
2 全学柔連は、設立三〇周年の記念事業として、昭和五八年に第一回国際学生柔道大会(正力松太郎杯)を開催することとし、昭和五五年暮れから開催準備に入り、昭和五六年二月一四日及び同年九月一七日の被告の常任理事会において右計画を報告し、被告の後援について了承を得た。右大会は、被告の昭和五七年一月の常任理事会で昭和五七年度の行事として承認され、「昭和五十七年度事業計画表」に登載された。
3 右大会の準備が進められている最中の昭和五七年四月に、被告は、国際交流施行規則を制定したが、右規則の当初案では、国際交流については被告の承認を要するとする承認制であつたものが、全学柔連の反対で届出制に変更された。
4 右大会は、第一回大会であつたことから準備に手間どり、昭和五七年一二月中頃になつて最終的な大会要項が完成し、被告の嘉納行光会長は、右要項を掲載したパンフレットに右大会開催を祝うメッセージを寄せていたが、その頃右要項は被告にも届けられた。
5 右大会は、昭和五八年一月五日・六日に、我が国を含めて一三か国、九〇名の選手が参加して開催された。
6 被告は、その直後の同月一一日、全学柔連に対し、同月九日開催された被告の理事会において右大会の立案、実施等について説明を求めたかつたところ、全学柔連の会長及び理事長が二人とも欠席であつたので、改めて常任理事会を開き、その席で説明を得ることになつたこと、そこで、その開催予定日のうちから都合の良い日を指定願いたいこと、被告としては、全学柔連から納得できる説明のない限り第二回大会の開催は承認しないことが決定されたことを内容とする文書を送付した。
7 これに対し、全学柔連は、同月一七日付の「日本国際学生柔道大会の今後のあり方について(中止をも含めて検討する)」等の議題で招集した同月二二日の緊急評議員会において、被告からの脱退を決議し、同月二五日、被告に対し、脱退届を提出した。
8 同年六月四日正午から翌五日にわたり、全学柔連主催の第二回全日本学生柔道体重別選手権大会が開催された。
9 全学柔連は、被告に対し、同年六月一二日付で「本連盟所属の学生選手を全柔連関係の諸行事に出場または参加させる場合の全柔連側の手続について」と題する書面を送付し、被告が主催する行事に全学柔連所属の学生選手を出場または参加させる場合には、被告は、全学柔連に文書で了解を得なければならず、この手続が守られなかつた場合には、当該選手は、原則として全学柔連主催の大会への出場資格を失うことになるので十分留意賜りたい旨の申入をした。
10 被告は、同月二八日、IJFに文書を送付し、全学柔連を異端団体と決定したこと、また、学生は、全学柔連とは無関係に、被告が主催する全ての大会に参加できることを表明し、更に、同月二九日、FISUに文書を送付し、全学柔連を異端的な団体と認定し、全学柔連の国際交流及び日本で主催する国際柔道大会は認めないことを決定した旨通告した。
11 全学柔連は、同年七月二九日、被告会長に対し、前記9記載の同年六月一二日付文書の趣旨を釈明する文書を送付し、その中で、全学柔連としては、右六月一二日付文書で要請した手続について、「勿論、本連盟としては、貴連盟に対し、あくまでもこの手続を履行されることを要望することに変わりはない。ただ、貴連盟が、どうしてもこれに応じられないと言われるならば、本連盟としては、この手続問題に柔軟に対処せざるを得ない。もし、本連盟が、貴連盟の感情論に張り合つて、原則論に固執すれば、結局、学生選手の限られたチャンスを奪うことになるからである。学生の望みを断つようなことは、教育的な使命を持つ本連盟としては到底なし得るところではない。」との意向を表明した。
二 大学柔連の結成と第二回国際学生柔道大会の開催
1 昭和五八年七月、筑波大学を中心とする関東学生柔道連盟の一部の大学が全学柔連を脱退し、これらが中心となつて、同年九月頃大学柔連が結成された。
2 IJF理事会は、全学柔連を異端的団体と認定したのでIJF規約二〇条八項(異端団体との交流を禁ずる項)に従いこの決定を守つて欲しいとする旨の被告の申入に対し、同年九月、被告の内部問題に介入する意思はなく、右規約の趣旨からみて全学柔連を異端グループということはできない旨の声明を発表し、更に同年一〇月、全学柔連の問題は被告の内部問題であり、日本国内の水準において解決されるべきものであること、IJFの規約の意味からいつて、全学柔連を異端分子と決め付けることはできないこと、全学柔連は異端団体ではなく、学生のためのみに組織される限りにおいて、国際試合を組織することができること等を内容とする理事会決議をした。
3 被告は、同年一〇月二八日、臨時評議員会を開き、大学柔連の被告への加盟を承認し、被告の規約である全日本柔道連盟規約第五条但書を改正して、大学柔連を別定構成団体とし、同時に、右規約を改正して第二三条に新たに罰則を設け、「被告が認めない競技会に参加した者は、被告又は被告の構成団体の主催、後援又は派遣する競技会に参加することはできない」と定め、かつ、全学柔連が主催する第二回国際学生柔道大会の開催は認めないこと、及びこれへの参加者に対しては右罰則を適用することを決定した。
4 被告は、同年一一月一五日、被告の工藤信雄事務局長名で、被告の国際試合強化選手宛に、「第二回国際学生柔道大会参加者に対する罰則の適用について」と題する書面により、右第二回国際学生柔道大会の参加者に対しては右3記載の罰則を適用する旨の通知をし、同年一二月一日、被告の工藤事務局長と醍醐敏郎国際試合選手強化委員長の連名で、右第二回国際学生柔道大会の日本選手団役員宛に、同大会に参加した場合には罰則が適用される旨の書面を送付し、更に、同月一三日、同じく右連名で、右第二回国際学生柔道大会の日本選手団の役員選手宛に、「第二回正力杯国際学生柔道大会参加者に対する罰則の適用について」と題する書面により右同様の通知をした。
5 全学柔連主催の第二回国際学生柔道大会、昭和五九年一月七日・八日、文部省、外務省、東京都教育委員会の後援の下に開催された。
三 学生柔道再編成委員会の結成
1 IJF理事会は、昭和五九年一月九日、被告に対し、右第二回国際学生柔道大会について罰則を適用することなく、友好裡に解決するよう求める声明を発表した。
2 被告は、同月八日、右第二回国際学生柔道大会に関与した全学柔連の清水正一会長、佐伯弘治理事長、野田亘事務局長の三名に対し、永久に、日本選手団の中治洋一団長、湊谷弘監督の二名に対し、一〇年間、それぞれ被告が主催・後援・派遣する大会への参加資格の剥奪を決定し、更に、同月一八日、審判員・コーチに対し、一年間の、参加選手全員に対し、六か月間の、右同様の罰則適用を決定した。
3 これに対し、右罰則を適用された右第二回国際学生柔道大会の選手・役員は、同月下旬、東京地方裁判所に対し、地位保全の仮処分を申請した。
4 ここに至つて、国会議員柔道連盟有志及び体協を中心とする調停委員会の活動が活発となり、同年二月、次に掲げる三項目の調停案骨子が示され、全学柔連、被告及び大学柔連がこれを受諾したため、右罰則の適用は凍結され、仮処分事件も和解により解決し、更に、右調停案骨子第二項により、全学柔連と大学柔連の合体を図るため、学生柔道再編成委員会が組織された。
(調停案骨子)
(一) 全日本柔道連盟は、可及的速やかに法人格を取得し、各界各層の柔道愛好者の総合団体にふさわしい役員・組織・機構を確立するものとする。全日本柔道連盟は、全学柔連との関係を明確にするものとする。
(二) 全学柔連及び大学柔連は、本調停の成立の段階で、早急に新しい学生柔道団体を組織して、全日本柔道連盟に加盟するものとする。
(三) 第二回正力杯国際学生柔道大会の参加者に対して全日本柔道連盟が決定した罰則の適用は、昭和五九年二月一日の調停開始後は凍結し、同時に全学柔連は、提訴を取り下げるものとする。なお、調停成立後は、罰則の適用を取り消すものとする。
5 右再編成委員会は、全学柔連側から、東京学生柔道連盟会長で日大顧問の佐藤寅三郎、関西学生柔道連盟会長で和歌山医科大学教授の城戸亮、全学柔連推薦の学識経験者で武蔵野女子大学教授の拓植健司、被告・大学柔連側から、前被告事務局長・被告理事の老松信一、被告専門委員の中村良三がその委員となり、同年三月下旬から同年七月一三日までの間、一〇回(但し、第九回は流会)にわたつて開かれた。
6 右再編成委員会の尽力により、第三回全日本学生柔道体重別選手権大会は、全学柔連と大学柔連とが「組織委員会」の名の下に開催することにより、同年六月二日・三日に開催された。
7 その後の右再編成委員会では、全学柔連と大学柔連との組織の合体が具体的に討議され、これを踏まえて、同年七月一六日には新連盟規約起草委員会が開催され、新連盟の規約については名称以外の点で合意されたが、両組織の合体と新組織の設立という事実をめぐつて、原告らは、同年八月八日開かれた新組織の設立評議員会において、両組織の合意に基づき、両組織が合体した「新」全学柔連が設立され、これと同時に「旧」全学柔連及び大学柔連は解散したと主張しているのに対し、被告及び大学柔連は、話合の最終段階において、両組織の旧三役退陣問題をめぐり双方の意思の不統一が明確になつたため両組織の合体は実現しなかつたとして、「新」全学柔連の設立を争い、大学柔連の存続を主張している。
第三一九八四年世界大学柔道選手権大会
一 世界大学柔道選手権大会
世界大学柔道選手権大会は、FISUの主催の下に、開催国のFNSU(大学スポーツ連盟)が二年に一度所管して挙行するもので、一九六六年に第一回大会が開催されてから、一九八四年大会(以下「本件世界選手権大会」という。)で第八回を迎えるという歴史と伝統を誇り、学生の世界チャンピオンを決定する唯一の権威ある世界選手権大会である。
二 本件世界選手権大会
本件世界選手権大会は、FISUの主催の下にフランスFNSUが所管して、一九八四年(昭和五九年)一二月六日から九日間フランスのストラスブールで開催され、階級別個人試合(六〇kg以下、六〇kg超六五kg以下、六五kg超七一kg以下、七一kg超七八kg以下、七八kg超八六kg以下、八六kg超九五kg以下、九五kg超、無差別級の八階級)と団体試合が行われた。
三 本件世界世手権大会の参加資格
本件世界選手権大会の参加資格は、左記のとおりであり、FISUの競技規則において定められ、かつ、本件世界選手権大会の所管者であるフランスFNSUの招待状の競技規則においても確認されている。
記
1 大学又はこれと同様の施設に在籍している学生か、かつて在籍した学生であつて大会開催年の前年以降に卒業した者。
2(一) 自己の代表する国の国民であること。
(二) 大会の開催される年の一月一日現在において一七歳以上二八歳未満であること。
(三) IOC及び関係国際競技連盟の定める趣旨にかなつたアマチュアであること。
四 FISU競技規則
FISU競技規則の一般原則(A項、一〇一・〇二)において、「FISUの競技大会は、オリンピック及びFISUの精神に基づいて行うものとし、いかなる国又は人に対しても、人種・宗教ないし政治的立場によつて差別待遇を行うことを許さない」と定められている。
五 体協、JOC、JUSB、FISUの関係と参加招請
JUSBは、体協の内部組織であるJOCの中に、専門委員会の一つとして設置されているものであるが、日本を代表しFISUに加盟し、FISUの事業に参画して国内におけるユニバーシアード活動の普及、推進を図り、FISUの主催する行事に日本を代表する選手団等を選定し参加させる権限を有する。従つて、FISU及びフランスFNSUからの本件世界選手権大会への参加招請もJUSBに対してなされた。
六 参加招請に対する国内の処理手続
世界大学柔道選手権大会については、第一回大会から昭和五九年に開催された第八回大会(本件世界選手権大会)まで一貫して、JUSBは、代表選手選考のために、体協に加盟する我が国柔道界の唯一の統轄団体である被告に対してのみ、大会主催者から送付された選手権大会の大会要項やエントリー用紙を送付したのであつて、これらを被告以外の者に送付したことはなかつた。そして、第一回大会から第八回大会(本件世界選手権大会)まで一貫して、被告は、送付されたエントリー用紙に日本代表選手名その他の所要事項を記入し、被告の会長が署名捺印して、最後にJUSBの委員長が署名さえすれば大会主催者ないし大会所管者に送付できる状態にまで完成し、これをJUSBに提出してきたのであり、JUSBにおいては、被告から提出された右エントリー用紙に委員長が署名した上で、これをそのまま大会主催者(送り先は大会所管国のFNSU)に送付して選手権大会への日本代表選手の参加申込をしてきた。その際、被告がJUSBに提出したエントリー用紙に記載されている日本代表選手数は、JUSBかFISUに参加申込をする日本代表選手数と全く同一であつて、被告が選択の余地のある複数の候補選手をJUSBに提出したことはなかつたし、JUSBは、被告から提出されたエントリー用紙に記載された日本代表選手に変更を加えたことはなかつた。
第四一九八四年世界大学柔道選手権大会代表選手選考会(本件選考会)
一 本件選考会に至る経緯
1 大学柔連の関口恒五郎会長は、昭和五九年八月二八日、全国の大学に対し、前記調停案骨子に基づく新しい学生柔道団体の結成は最終段階に至り合意に達せず、全学柔連と大学柔連の組織合体はなされなかつた旨の文書を送付した。
2 被告は、同年九月七日、常任理事会を開き、左記の事項を決定するとともに、これを同月九日、「常任理事会報告」として理事、監事、評議員及び構成団体長に送付し、併せて、大学柔連への加盟申込書を同封書類として送付した。
記
(一) 全学柔連に対する基本姿勢
全学柔連は、被告を脱退した柔道団体であることを再確認する。
(二) 大学柔連組織の確立・育成を積極的にバックアップする。
(三) 被告(傘下組織を含む。)の主催・後援する大会や派遣する国際大会(親善試合を含む。)への学生の出場は、大学柔連加盟大学の在籍者に限る。
(四) 当面次の大会を開催する。
(1) 一〇月六日(土)
本件選考会
(2) 一〇月二〇日(土)第二回全日本大学柔道大会
(3) 第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会(一一月二五日(日))については、大会要項は既に発送済みであるが、大学生の参加については右(三)を適用するように、要項の事後的な訂正をする。
3 被告及び大学柔連は、同年九月一〇日、大学柔連の封筒で全国の各大学に対し、被告会長名の本件選考会の開催通知、本件選考会の大会要項、大学柔連への加盟申込書等の書類を送付した。
4 被告及び第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会を主管する兵庫県柔道連盟は、同月一二日、柔道関係者に対し、右大会に参加する者のうち学生については、その参加資格を大学柔連加盟大学の在籍者に限ると通知した。
5 大学柔連は、同月一四日、各大学の柔道部監督宛に、「加盟申込書の提出期日について」と題する書面を送付し、本件選考会への出場者がいる場合には、その参加申込期限の同月二五日午後五時までに大学柔連に対して加盟すること、大学柔連に加盟しない限り、大学生は来年度の全日本柔道選手権大会の予選にも出場できないことを通告した。
6 全学柔連は、被告に対し、同月一八日、全学柔連所属の学生選手を被告主催の各種大会に参加させるよう要請したが、被告は、同月二〇日、全学柔連の右要請を拒否した。
7 全学柔連の柘植理事長は、同月二五日、原告らを含む全学柔連加盟大学の学生柔道選手七一名の本件選考会への参加申込書を講道館内にある大学柔連に持参したが、応対した被告の工藤事務局長から、大学柔連に加盟しなければ参加資格がない旨告げられ、右申込書は同事務局長に預けられた。
8 被告は、同月二六日、工藤事務局長名で右の参加申込をした各大学に対し、本件選考会は大学柔連加盟大学であることが参加条件になつているので、至急加盟手続をとるよう文書を送付した。
二 本件選考会の開催と参加資格要件の設定
1 被告は、昭和五九年一〇月六日、講道館において本件選考会を開催したが、前記一、2記載の常任理事会の決定を受けて、本件選考会の参加資格を左記のとおり定め、被告傘下の大学柔連加盟大学より推薦された者という参加資格要件を設けた。
記
(一) 日本国籍を有し、一九五六年一月一日から一九六六年一二月三一日の間に生まれた者。
(二) 大学在学生及び一九八三年(昭和五八年)三月以降の卒業生。
(三) 大学在学生で(一)(二)の条件を満たし、大学柔連加盟大学より推薦された者。加盟大学からの推薦は各階級一名、合計七名以内とする。
大学卒業生については、全日本柔道連盟国際試合強化委員会が本連盟強化選手の中から出場者を選考する。
(四) (一)(二)の条件を満たし、第三回全日本学生柔道体重別選手権大会各級一、二位者は別枠として出場を認める。
2 原告らは、別表記載のとおりいずれも有段者であつて被告の一員であるが、本件選考会当時全学柔連加盟大学の在学生であつて、大学柔連加盟大学の在学生ではなく、また、右第三回全日本学生柔道体重別選手権大会各級の一、二位者でもなかつたことから、被告によつて本件選考会の参加資格がないとの理由により、本件選考会への出場を拒否された。
3 このため原告らは、本件選考会に出場して代表選手に選ばれ、本件世界選手権大会に出場する機会を失つた。なお、原告らは、東京地方裁判所に対し出場地位保全の仮処分を申請したが、その後これを取り下げた。
4 本件選考会の各体重別階級の勝者は、本件世界選手権大会の日本代表選手に選考された。
第五本件選考会後の動き
一 被告によつて第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会の地区予選に出場を拒否された全学柔連加盟大学の学生柔道選手は、東京地方裁判所に対し、地位保全の仮処分を申請したところ、東京地方裁判所は、昭和五九年一〇月一八日、右選手権大会について、全学柔連加盟大学の学生柔道選手に参加資格を認める旨の仮処分決定をなした。
二 本件世界選手権大会は、前記のとおり、同年一二月六日から九日までフランスのストラスブールにおいて開催された。
三 JUSBの古橋廣之進委員長は、昭和六〇年六月二八日、被告に対し、「神戸ユニバーシアード大会の選手選考について(要望)」と題する書面を送付し、「大会のホスト国として、日本代表に最高の選手を選ぶことは、国民の期待に対するJUSB並びに競技団体の責任と考えます。……選考に関しては、現況に鑑み特段のご配慮を要望申し上げます」との申入を行つた。
四 FISUの行事である一九八五年ユニバーシアード神戸大会(同年八月開催)の日本代表柔道選手団の選手選考に当たつては、被告は、全学柔連加盟大学の学生選手を排除しなかつた。
五 昭和六一年一二月一八日から二一日まで、ブラジルにおいて、第九回世界大学柔道選手権大会が開催されたが、その際、被告は、学生については傘下の大学柔連加盟大学の学生選手のみから、また卒業生については大学の所属を問わず代表選手の選考を行つた。
(争点)
第一原告らの主張
一 本件選考会の開催主体
被告は、JUSBから本件世界選手権大会の日本代表選手選考を委託され(少なくとも、被告は、JUSBの依頼によつて右代表選手を実質的に選考できる地位にいたことから)、本件選考会を開催した。本件選考会の開催主体(主催者)は、名実共に被告であつて、大学柔連は、主催者たる被告の下で事務を「主管」したに過ぎない。
二 被告の責任
1 参加資格に不合理な制限を設けてはならない責務
被告には、本件選考会を開催するに当たり、その参加資格に不合理な制限を設けてはならない責務があつた。すなわち、
(一) 参加資格に不合理な制限を設けることは、JUSBの委託の趣旨に反する。
(1) FISUの競技規則は、FISUの競技大会において不合理な差別を禁止しているところ、これは、FISUの競技大会へ出場する代表選手選考会をも規律する普遍的原則である。
(2) JUSBは、体協のFIS U関連事業を分掌する体協内の一部門であつて、公的な性格を有するから、仮にJUSB自身が代表選手の選考会を実施するとすれば、その参加資格に不合理な制限を設け、差別的取扱をすることは許されない。
(3) JUSBは、被告に代表選手の選考を委託するに際して、FISUの競技規則所定の参加資格以外に参加資格の制限を全く設けていないから、受託者に過ぎない被告は、委託者であるJUSB自身ができないと同様に、本件選考会の参加資格に不合理な制限を設け、もつて、不合理な差別的取扱をすることは許されない。
(二) 参加資格に不合理な制限を設けることは、我が国柔道界の唯一の統轄団体たる被告の公共性・公益性に反する。
(1) 体協は、我が国アマチュアスポーツの統一組織であり、体協加盟の各種目の団体は、その法人格の有無にかかわらず、体協の寄附行為に明定されているように、当該種目のスポーツについて我が国全般を統轄するものと位置付けられ、我が国の体育行政の一翼を担つており、国家組織と同様の公共性・公益性を有する。
(2) 被告は、このような役割を担う体協に、我が国柔道界唯一の統轄団体として加盟し、体協の組織の一部を構成している。また、被告は、JOCの構成員であり、更に、我が国を代表してIJFに加盟している。加えて、被告には、体協を通じて毎年多額の国庫補助金が交付されており、それは、被告の年間収入の四分の一を占めている。このように、被告は、柔道界においては、体協と同様の役割を担い、高度の公共性・公益性を有するべきものである。本件世界選手権大会に我が国の代表選手を選定、派遣する権限を有するJUSBが、被告に代表選手の選考を委託したのは、まさに、被告が、右のとおり公共性・公益性を有し、体協に加盟する我が国唯一の統轄団体であるからに外ならない。
(3) 従つて、被告は、公益法人に相当する団体として、かつ、統轄団体として、我が国全体を対象とした不特定多数の者の利益に寄与する目的の事業を行うべきであり、本件世界選手権大会のような国際大会に出場すべき代表選手を選考する場合には、全国的規模において一国を代表するにふさわしい最良の代表選手を選考すべき義務がある。
2 本件選考会における参加資格の制限
被告は、本件選考会を開催するに当たり、大学在学生については、「大学柔連加盟大学より推薦された者」という要件を課することによつて、大学在学生の参加資格を制限した。
3 本件参加資格制限の不合理性と違法性
被告の設けた本件選考会の参加資格制限は、不合理な制限であつて、かつ前記1記載のJUSBの委託の趣旨及び我が国唯一の統轄団体たる被告の公共性・公益性に反するものであるから違法である。
(一) 本件世界選手権大会ないし本件選考会は、学生柔道選手が個人の資格で参加するものであつて、大学単位で参加するものではないにもかかわらず、被告は、大学在学生の学生柔道選手の参加資格を、少数の大学しか組織していない大学柔連加盟大学の在学生のみに制限し、学生柔道選手の圧倒的多数を占める全学柔連加盟大学の在学生の参加を排除したものであつて、不合理である。
(1) 昭和五九年七月当時、全学柔連及び大学柔連の加盟大学の総数は二五三校であつたが、大学柔連への単独加盟大学の数は、同年一〇月末においても僅か二二校に過ぎず、少なくとも残余の二三一校は全学柔連加盟大学であつた。
(2) 昭和五九年六月二日・三日に実施された第三回全日本学生柔道体重別選手権大会は、全学柔連と大学柔連とが合体して「同大会組織委員会」の名の下に開催されたものであるが、同大会に参加した学生柔道選手は全部で二一〇名であつたところ、全学柔連傘下の地方学生柔道連盟の予選に出場して参加した選手が一九五名であつたのに対し、大学柔連の予選に出場して参加した選手は僅か一五名に過ぎなかつた。
(3) 昭和五九年九月当時、大学柔連の単独加盟大学数は僅か二〇校程度で、地方組織としては関東(東京は含まれない。)のみで、他には、東京や関西も含めて地方組織は全くなく、実体は東京を含まない関東大学柔道連盟即大学柔連ともいうべき脆弱な組織であり、学生柔道界の全国組織としての体を成していなかつた。これに対し、全学柔連は、傘下に二百数十校の加盟大学を擁し、文字通り学生柔道界の全国的、横断的組織であつた。
(二) 被告は、前記第三回全日本学生柔道体重別選手権大会の各階級の一、二位者に別枠として本件選考会の参加資格を認めたが、これをもつて本件選考会の原則的な参加資格を大学柔連加盟大学の在学生に制限したことの合理的な根拠とはなし得ない。
すなわち、右体重別選手権大会は、そもそも本件選考会の四か月も前の昭和五九年六月二日・三日に開催されたものであるところ、被告は、右開催後の同年九月一〇日付で各大学に対し、参加資格の制限を設けた本件選考会の開催通知をなしたものであつて、右体重別選手権大会における一、二位者が別枠で本件選考会に出場が認められたとしても、既に右体重別選手権大会で決定していた一、二位者合計一四名のみに別枠の参加資格が認められただけのことであり、本件選考会の開催通知がなされた時点において、あらゆる大学生に開放された参加資格が認められていたわけではなかつた。
(三) 被告は、IJF会長宛の昭和五八年六月二八日付の書簡(甲第二九号証)において、学生は、被告の一員であること、従つてまた、被告の主催する全ての大会に参加できることを公式に明言してきた。それにもかかわらず、被告が前言を翻して不合理な参加資格制限を設けた意図は、全学柔連の組織切崩しによる大学柔連の組織拡大を図ることにあり、原告らに対する害意が存する。
すなわち、被告が「旧」全学柔連の主催する第二回国際学生柔道大会の開催を認めないなど、全学柔連の主体性を尊重しないことから、全学柔連が昭和五八年一月二五日被告を脱退するや、被告は、同年九月被告傘下の学生柔道組織を作るため、大学柔連を発足させた。
昭和五九年に入り、一月には「旧」全学柔連は第二回国際学生柔道大会を開催したが、これに参加した選手・役員に対して、被告は規約改正までして罰則を適用した。そのため、国会議員柔道連盟の有志を中心とする調停委員会による調停が進められて、学生柔道再編成委員会が組織され、「旧」全学柔連と大学柔連を合体させる新学生柔道団体の結成が進められた。そして、同年七月一六日には、「旧」全学柔連と大学柔連の双方からなる規約起草委員会において、新学生柔道団体の設立が合意され、これに基づき、同年八月八日、「新」全学柔連が発足した。これに伴い三〇年余の歴史を有した「旧」全学柔連は解散したのである。しかしながら、被告は、「新」全学柔連が自己の意のままにならない組織であることから、これを新学生柔道団体として認めない態度をとり続け、自己の傘下の学生柔道組織としての大学柔連の存続を主張して、その組織拡大を図ろうとした。
そして、被告は、同年九月七日の常任理事会で、「大学柔連組織の確立・育成を積極的にバックアップする」こととし、その手段として、被告の主催・後援する大会や被告の派遣する国際大会への学生の出場は、大学柔連加盟大学の在学生に限るとの対応策をとることとし、これを適用する第一回目の大会を同年一〇月六日開催の本件選考会とし、また、既に大会要項が発表されていた第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会(同年一一月二五日実施、これは学生であることは要件とされず、一般有段者を対象とする大会である。)についても、学生については大学柔連加盟大学の在学生に限定する旨の参加資格の事後的な制限をした。
被告が、本件選考会等について、前記のような参加資格の制限を設けた意図は、全学柔連の加盟大学の学生柔道選手を一切の国際大会の国内予選会や国内大会から一律に締め出すことによつて、全学柔連加盟大学に動揺を巻き起こした上で、大学柔連に加盟することを勧誘し、もつて、被告傘下の大学柔連の組織拡大を企図するにあつた。本件選考会における参加資格の制限は、その一適用に過ぎない。
このように、被告は、被告傘下の脆弱な大学柔連の組織拡大の手段として、参加資格に不合理な制限を設け、全学柔連加盟大学の学生である原告らの柔道選手に本件選考会へ参加する機会を奪うという犠牲を強いたのである。
従つて、被告が設けた参加資格の不合理な制限には、当時全学柔連加盟大学の学生柔道選手であつた原告らに対する害意がある。
三 原告らの損害
原告らは、被告が設けた本件選考会の参加資格制限のため、本件選考会に出場して日本代表選手に選ばれ、本件世界選手権大会に出場する機会を違法にも奪われ、甚大な精神的損害を被つた。これを慰謝するためには、慰謝料として原告らそれぞれに対し、金五〇万円が相当である。
四 被告の主張に対する反論
1 二重資格論について
そもそも学生柔道選手は、有段者となる時に地区柔道会を通じて被告の一員となる手続をとるだけであり、被告傘下の学生柔道組織に加盟している大学柔道部に入部する際に、改めて学生として被告の一員となる手続をとるようなことはしていない。そして、仮に学生としての身分を考えるとしても、それは全く観念的なものに過ぎず、かかる観念的な学生としての身分だけを取り出して参加資格を論ずることは、被告もそれまでしたことはなかつたし、柔道界でも議論されたことはなかつた。しかも、被告の二重資格論では、被告が本件選考会と同時に参加資格を制限した第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会における参加資格の制限は全く正当化されない。なぜなら、右大会は、学生たる身分にかかわらない一般大会であることから、被告の二重資格論によれば、全学柔連加盟大学の学生柔道選手も参加資格を認められてしかるべきであつたにもかかわらず、被告は、その出場を拒否したのであり、これは、被告の二重資格論では全く説明できない行為である。被告主張の二重資格論は、本件選考会についてした参加資格の制限を正当化するために後から考えついた口実に過ぎない。仮に、そうでなくとも、前記のような観念的な二重資格論を持ち出して、圧倒的多数を占める全学柔連加盟大学の学生柔道選手に対し本件選考会への参加の途を閉ざすような参加資格を設定することは、不合理な差別として許されないというべきである。
2 対外的責任論について
本件世界選手権大会について、日本代表選手の派遣に関する対外的な責任の帰属主体は、FISUに対し日本を代表して加盟し、かつFISUの事業に選手等を派遣する権限を有するJUSBであり、ひいてはJOC、体協である。被告は、本件世界選手権大会への代表選手の派遣について日本を代表する立場になく、かつ代表選手を派遣する立場にないのであつて、対外的な責任の帰属主体ではない。なお、被告の嘉納会長は、本件世界選手権大会のエントリー用紙に、JUSBの古橋委員長の署名と並んで、統轄団体の長として署名(副署)しているが、これは、せいぜい当該選手がアマチュアであり、かつ柔道競技者であるという単純な事実の確認的な意味しかもたない。仮に、被告に統轄団体として何らかの責任が論ぜられるとすれば、それは、当該代表選手が、①柔道競技者として我が国を代表するにふさわしい選手であるか否か、②国際大会において非行に類する行為をなす選手ではないか否かということ以外には考えられないところ、右①については、代表選手選考を適切に実施することによつてその責任を全うすることができるし、右②については、これまでの長い柔道の国際交流の歴史の中で、かかる個人的な非行が問題となつて統轄団体の責任が論ぜられたことは皆無である上、そもそもかかる問題は、あくまで選手個人の非行問題であつて、全学柔連加盟大学の学生柔道選手に対し一律に参加資格を制限する合理的根拠たり得ない。また、派遣選手に「保護と支援を与える責任」は、派遣団体や統轄団体に課された派遣選手に関する後見的な義務であつて、組織統制とは無縁である。
なお、付言するに、原告らを含む全学柔連加盟大学の柔道選手は、いずれも有段者として地区柔道会を通じて被告に加入しているであり、その段位については、被告の規約第一八条により講道館の段位によることとされている。そして講道館における昇段審査に当たつては、柔道の術科体得の程度のみならず、修行者の品性、柔道精神の修得等各般の慎重な評定を経るのであつて、このような被告所属の有段者たる学生選手について、一般有段者を対象とする国際大会への選定、派遣については統轄団体としての責任を負えるが、学生を対象とした国際大会へのそれについては責任を持てないとするのは、なんら根拠がない。
3 慣行論(職域団体優先論)について
被告は、あたかも大学柔連が本件世界選手権大会の日本代表選手を選考し、これを被告に推薦したかのごとく主張するが、本件は学生の代表選手の選考であつたにもかかわらず、被告自らが乗り出して被告自身の手で本件選考会を主催して代表選手を選考したのであつて、従前全学柔連が行つてきたことを、被告自身の手で行つたものである。しかも、従前全学柔連が世界大学柔道選手権大会の日本代表選手の選考を被告から委託されてきたのは、全学柔連が被告傘下の学生柔道組織であつたことのみに基づくものでは決してなく、全学柔連が圧倒的多数の大学を横断的に組織していた全国的組織であつたが故である。従つて、被告主張のような代表選手の選考方法は、被告傘下の学生柔道組織である大学柔連が大多数の大学を組織する全国的、横断的組織である場合には合理性を持ち得るとしても、少数の大学しか組織していない本件のような場合には、妥当せず、到底大学柔連にも適用される先例たり得ない。
よつて、原告らは、それぞれ、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料として金五〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六〇年一月一〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二被告の主張
原告らの主張は全て争う。原告らの主張に対する被告の主張は次のとおりである。
一 本件選考会の開催主体
本件世界選手権大会の日本代表選手選考を行うのはJUSBであり、被告は、JUSBからの依頼により代表すべき選手を選考して、これをJUSBに推薦する権限を有するに過ぎない。そして、本件選考会は、国家的行事ともいうべき一九八五年ユニバーシアード神戸大会の選手候補選考会を兼ねていたため、文部省の意向等もあつて統轄団体たる被告の主催形式をとつたが、実質的には、傘下の学生柔道組織である大学柔連の主催とみるべきものである。
二 本件選考会の選考手続の適法性
1 一般的民間団体において、その構成員の中からある行事に代表となる者を派遣するに当たり、仮にその選考手続が不合理であつたとしても、それは相当性の問題となり得ることはあつても、それが直ちに違法性の問題となることはない。本件選考会については、被告は、前記JUSBの依頼を受けて、当時全学柔連脱退後被告傘下の学生柔道組織となつた大学柔連に本件選考会を行わせ、その結果によりJUSBに代表選手の推薦を行つたに過ぎない。これらの手続は、後記のとおり、多年の慣行として行つてきたもので、これを制約する一般的法規制はなく、被告の規約にも明示の規定は存在せず、従つて、被告の規約に抵触するものではないから、違法性の問題は生じない。のみならず、本件世界選手権大会を主催する当事者のFISU及び日本の窓口となるJUSB自体が、本件で被告が行つた大学柔連をして推薦せしめた選定に関して、完ぺきにFISUの手続を守り、かつ国家連盟及び国際連盟を尊重しているものと認めているのであるから、それに対し違法視されるいわれはない。
2 FISU競技規則の平等取扱条項について
FISU競技規則の一般原則における平等取扱条項は、「人種、宗教ないし政治的立場」に関するものであつて、それ以外のすべての事項についての規定ではなく、規約違反も右規定にある限りでの問題である。被告は、アマチュア柔道界における統轄団体である限りにおいての公共性を有するが、そのことは対外的責任と表裏一体をなすものであるから、対外的責任を守る前提こそ重要である。
3 二重資格論
被告傘下の学生柔道組織は、被告と同様に各地域の学生柔道連盟をもつて組織され、各地域の学生柔道連盟には、大学(の柔道部)が加盟しており、学生の個人加盟とはなつていない。従つて、有段者である学生柔道選手は、有段者として地域柔道団体を介して被告の一般構成員としての資格を有する外、被告傘下の学生柔道組織に加盟している大学柔道部に加入することによつて、学生柔道組織を介して学生として被告の構成員たる資格を有する。もつとも、その場合の二重資格は、個人として二つの加盟手続を取ることによるのではない。そして、二重に資格を有する者は一般有段者の資格で、被告傘下の学生柔道組織が主催する学生大会には学生の資格で、それぞれ参加することができるが、被告傘下の学生柔道組織加盟大学に所属していない者は、学生の資格においては被告の一員ではないから、被告が主催する一般大会には一般有段者の資格で参加できるが、学生大会には当然には参加資格を有しない。これは、被告が各地域の柔道団体を構成単位として組織されることを原則としつつも、例外的に、階層的・職業的団体である学生柔道組織をも傘下に置くという、一部に二重標造を持ち、職域的団体の行事に関しては職域的団体を優先させることによる。その結果、全学柔連加盟大学の柔道部所属の有段者は、全学柔連が被告から脱退して被告傘下の学生柔道組織でなくなつた後は、もはや学生たる資格においては被告の一員ではないから、被告傘下の学生柔道組織が主催する学生大会には参加資格を有しない。
ちなみに、本件選考会は被告の主催名義にはなつているが、それはユニバーシアード神戸大会との関連を考慮したためであつて、実質上被告傘下の学生柔道組織の主催であることに変りないことは、前記のとおりである。
4 慣行論
一般に、アマチュアスポーツの全国的ないし国際的な選手権大会に関しては、総構成人員数に比して大会開催時間が極めて限局されていることからして、当然にその参加資格は限定されることになる。参加資格を傘下の下部組織からの被推薦者に限定することも、対外的推薦責任上、組織統制の及ぶ範囲から選定するための当然の措置であり、このことは柔道選手権大会においても同様であつて、内外の柔道以外のアマチュアスポーツ界でも等しくみられるところである。本件世界選手権大会のように、学生のみを対象とする選手権大会においては、その選考会の参加資格を被告傘下の学生柔道組織から推薦を受けた者に限定するということが、長年の慣行として行われており、原告ら主張のように個人参加ではない。すなわち、第一回ないし第七回の世界大学柔道選手権大会への日本代表選手の派遣についても、これを被告からの依頼により、傘下の学生柔道組織(当時は脱退前の全学柔連)が、被告傘下の学生柔道家の全員を網羅的に組織していたのではないにもかかわらず、全学柔連の下部組織である各地域学生柔道連盟を介して代表推薦を行つてきた。本件選考会において、その参加資格を「全学柔連加盟大学より推薦を受けた者」から「大学柔連加盟大学より推薦を受けた者」に限定したのは、取りも直さず、第七回大会までは被告傘下の学生柔道組織であつた全学柔連が被告から脱退し、それに代わる被告傘下の学生柔道組織が大学柔連となつたために外ならない。従つて、本件選考会における参加資格の制限は、従来の慣行を踏襲したものに過ぎない。
右のような慣行が形成されたのは、職域行事には職域団体を優先する取扱と被告の対外的責任の点によるのであり、それが合理的かつ合目的的なものであることによつて、必然的な慣行形成となつたのである。原告らは、大学柔連の単独加盟校の数が僅少であると主張し、二重加盟の存在を無視して、全学柔連の総加盟校の数と対比するが、同様の基準でいえば、大学柔連の当時の総加盟校の数は百余に達している。また、原告らは、被告がIJF会長宛の昭和五八年六月二八日付の書簡(甲第二九号証)の前言を、本件選考会の場合は翻したかのようにいうが、それは右書簡の誤解であり、被告は、被告主催の地域別大会と傘下の学生団体が主催する職域大会とは区別して掲げている。
5 職域行事における職域団体の優先
被告は、地域別に日本全国を網羅する地域的組織を原則とするため、傘下の地域団体(都道府県柔道連盟、地方柔道会)では、構成会員個人に関しての職域別の情報は当然ながら有していない。そのため、学生又は実業界といつた職域別団体の行事には、適切な推薦を行う態勢にはなく、その場合は、傘下の当該職域団体に依らざるを得ない。学生大会の選手推薦や主催を傘下の学生団体が行う慣行はそこから生じている。
6 対外的責任論
日本を代表する立場の選手を、日本を代表する統轄団体が選考し、推薦するに当たつては、推薦者として国際機関に対し、アマチュアリズムの保障、競技秩序違反の防止等の観点から、派遣選手の行動全般にわたる規制を行い、違反者に対しては制裁を加え得る関係にあることによつて、推薦者としての責任を負わなければならない。また、派遣選手に対しては、保障と支援を与える責任もある。このような関係において、組織として責任を取り得るためには、その推薦が、組織内部の統制力の及ぶ範囲内において行われなければならず、組織的上下関係にないものは、組織的統制力が及び得ないから、責任を負い得る関係にはない。とりわけ、全学柔連は、そうした被告の組織統制に服しないことを積極的に表明し、これに反抗して被告から脱退し、組織的上下関係を断つたものであるから、そのような団体から推薦を受けた者の選定・派遣には、被告として対外的責任を負うことはできない。従つて、被告の傘下組織として統制に服する大学柔連に学生の推薦を委ねるのは、責任の所在上極めて合理的である。
このように、傘下組織からの推薦による代表選手の選考方法は国内における公式選手権大会等の公式行事についても慣行として長く守られてきたことは既述のとおりであるが、本件の如き国際大会にあつては、統轄団体としての責任の保持上、組織内推薦による必要性は一層強い。全柔連及びIJFの各規約においても、また広く体協加盟の各種スポーツ団体の規約類においても国際大会における国内からの選手の選定、派遣の手続が規定され、いずれも、統轄団体の承認等の手続が必要とされている。加えて、本件を含む世界選手権大会の参加申込書に、JUSBと被告の各代表者の署名欄が用意されていること等を併せ考えれば、国際的競技大会における選手の派遣と参加申込が、国内統轄団体の責任においてなされるものであることが世界スポーツ界の常識となつていることが明らかである。
なお、原告らは、被告所属の有段者たる学生選手について一般有段者の国際大会への派遣については被告が責任を持つことができるのに対し、学生の国際大会派遣には責任が持てないのは矛盾であるかのようにいいなすが、誤りである。すなわち、ひとしく国際大会への派遣選手の推薦であつても、一般有段者としての推薦の場合には、傘下の地域組織を介して推薦が行われるので被告は当然にその推薦に責任を持ち得るが、職域(学生)大会の推薦の場合には、当該学生有段者が被告傘下の学生柔道組織加盟校の所属でない限り傘下職域(学生)組織を介しての推薦ルートに乗らないことになるから、そのような学生について被告として推薦の責任を負えないことは自明のことであり、それが前述の二重資格論の意味である。
7 別枠参加資格
昭和五九年六月二日・三日に行われた第三回全日本学生柔道体重別選手権大会の各階級の一、二位者は、本件選考会へ当然出場資格が与えられているところ、原告らは、一名を除いて同大会に出場しているのであつて、その点で本件選考会への参加の可能性は与えられていたものである。結局参加できなかつたのは、原告らの力量不足の結果に外ならない。
三 害意の不存在
1 全学柔連の脱退の経緯と大学柔連の設立
(一) 全学柔連の被告からの脱退がその手続及び実態の両面にわたつて無謀極まりないものであつたことは、次の事実から明白である。すなわち、右脱退を機関決定した評議員会の招集通知には、議題として被告からの脱退という記載はなく、あるのは国際学生柔道大会の今後の在り方という議題であつて、これが脱退問題を意味すると解することは不可能であるし、また、全学柔連の評議員は日本中に存在するから、昭和五八年一月二二日の会議に同月一七日に招集通知を発したのでは、各評議員が通知を受けて出席準備をするにも十分とはいえず、いわんや各評議員が所属母体の各地方学生柔道連盟の意見を集約する暇など到底あり得ない。要するに、この重大問題を各地方の学生柔道連盟以下の組織で討議及び意思集約することもなしに、本部役員と出席評議員の即断によつて決議したというのが実情と見られるのであり、極めて非民主的な手続であつて、そのようなことで全学柔連の根本的性格まで変更する議決を行うのは無謀と評する外ない。しかも、議決は、出席評議員のみでは過半数に達し得ず、右のような議題で集めた委任状をも脱退議決に加えて決定したということでは尚更である。
(二) 右脱退届出後も、被告は全学柔連の復帰を期待し、組織的な排除は保留していたが、全学柔連は、同年六月、統轄団体である被告の頭越しに直接IJFに対し、全学柔連が主催しようとする第二回国際学生柔道大会の正式認証を申請し、更に、同じ頃被告に対し、全学柔連所属の学生選手を被告の行事に参加させる場合には、あらかじめ文書による全学柔連の承認を得るよう申し入れるなど、被告の統轄団体性を無視し、学生柔道に関しては全学柔連が統轄団体であるかのような行動に出た。ここに及んで被告も、全学柔連は統轄団体である被告に反抗する異端団体であるものとみなしたが、学生柔道界内部でも、右のような脱退時の全学柔連の行動に対する批判が高まり、同年九月には大学柔連が結成され、同年一〇月、大学柔連から被告に対し加盟申請が出された。被告としては、大学柔連の設立趣旨等に鑑み、傘下の学生職域団体とするにふさわしいものと考え、理事会・評議員会において、全学柔連の被告からの排除と大学柔連を傘下の職域団体として承認することを決議した。この結果、全学柔連は、名実共に被告とは組織上関係のない独立の任意団体となつたものである。
2 被告の害意の不存在と全学柔連の責任
(一) 原告らは、被告が原告らを本件選考会に参加させなかつた点について、被告の害意を主張するが、社団たる被告が原告ら個々人に対し恩讐いずれの感情も差し挟む余地はなく、害意が存するはずはない。また、原告らは、第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会が学生たる身分に限られない一般大会であるにもかかわらず、学生の場合には大学柔連加盟大学の在籍者に限る扱いを被告がしたことをもつて、被告の全学柔連加盟大学の在籍者に対する差別意思の現われであるようにいうが、それより先、全学柔連は、被告の統轄団体性を否定するに等しい対抗的申入文書を発しているところ、これによれば、全学柔連加盟大学の学生をあらかじめ全学柔連の承認なしに被告主催の競技会に出場させた場合には、全学柔連からの規制が当該学生にも及ぶと解される内容となつていたため、被告としては、そのような累が学生に及ぶのを防ぐ意味で、被告傘下の大学柔連加盟大学の学生に限定するという正当な措置にでたものであつて、何ら差別意思のあらわれであるといわれる筋合いではない。
(二) 原告らが、従来有していた被告主催の学生職域行事への参加資格を失うことになつたのは、専ら原告らの所属大学(柔道部)が加盟する全学柔連が、統轄団体である被告から脱退して任意団体と化するという全学柔連の行為に依るものである。従つて、仮に原告らが、右の地位・資格を失つたことによつて何らかの損害を被つたとするのであれば、前記のような無謀なる脱退行為を行つた主導者に対してこそ賠償請求をすべきであつて、被告に提訴するのは全く筋違いである。
(証拠)<省略>
理由
(はじめに)
理由中の認定判断に用いた書証の成立に関する認定は、末尾添付の書証目録記載のとおりである。
第一本件世界選手権大会と本件選考会
一本件世界選手権大会の開催とその参加資格等
1 甲第四号証及び証人佐伯弘治の証言によれば、FISUは、世界各国の学生スポーツ団体の統合組織であり、FISUが主催して行う大会は、ユニバーシアード大会と単一種目の世界選手権大会とが主なものであるが、本件世界選手権大会をはじめとする世界大学柔道選手権大会は、その後者に属するものであることが認められる。そして、当事者間に争いのない事実(以下「争いのない事実」という。)第三、一及び同二によれば、世界大学柔道選手権大会は、FISUの主催の下に開催国の大学スポーツ連盟(FNSU)が二年に一度所管して挙行するもので、一九六六年(昭和四一年)に第一回大会が開催されてから、一九八四年(昭和五九年)の本件世界選手権大会で第八回を迎えるという歴史と伝統を誇り、学生柔道の世界チャンピオンを決定する唯一の権威ある国際大会であること、また、本件世界選手権大会は、FISUの主催の下にフランスFNSUが所管して、昭和五九年一二月六日から九日間、フランスのストラスブールで開催されたことが認められる。
2 争いのない事実第三、三及び<証拠>によれば、本件世界選手権大会の参加資格は、FISUの競技規則(F項、二二八)において定められ、かつフランスFNSUの招請状の競技規則(A、一般原則、三)において確認されているが、その概要は、大学に在学中の者又は大会開催年の前年以降に卒業した者であることの外、国籍(自己が代表する国の国籍を有していること)、年齢(大会開催年の一月一日現在において一七歳以上二八歳未満であること)の定め、並びにIOC及び関係国際競技連盟(本件ではIJF)の定める趣旨にかなつたアマチュアであることを要求するだけの簡明なもので、これ以外に参加資格要件を設けていないことが認められる。
もつとも、<証拠>によれば、本件世界選手権大会への出場申込については、参加招請を受けた団体(日本の場合JUSB)からのものに限り受け付けられること、出場申込用紙(エントリー用紙)には参加招請を受けた団体が正式に指名した構成員の副署がなされ、かつ当該団体の印が押されなければならないことなどの参加申込に関する詳細な手続が定められており、フランスFNSUからJUSBに送付された本件の出場申込用紙には、出場選手の署名欄の外、各国大学スポーツ連盟(FNSU)の署名欄が二箇所設けられ、我が国においてはその一箇所にJUSBの古橋委員長の署名と機関印が、他の一箇所には被告の嘉納行光会長の署名と機関印が押されており、本件世界選手権大会に先立つ第五回大会(一九七八年、ブラジル)においては、参加申込用紙に各国大学スポーツ連盟(FNSU)と各国柔道連盟(FSN)の署名欄があり、JUSBの古橋委員長及び被告の当時の嘉納履正会長の各署名と機関印が押されたものが提出され、第六回大会(一九八〇年、ポーランド)においては、大会規約上、大学スポーツ連盟の署名、印のほか参加選手について承認を示す各国柔道連盟の副署、印が求められ、参加申込用紙の該当欄にはJUSBの古橋委員長と被告の嘉納行光会長の各署名と機関印が押されたものが提出され、また、第七回大会(一九八二年、フィンランド)においては、参加申込用紙に各国大学スポーツ連盟と各国柔道連盟の署名欄があり、JUSBの古橋委員長と被告の工藤信雄(事務局長)の署名と機関印が押されたものが提出されたことがそれぞれ認められ、この認定に反する証拠はない。
二世界大学柔道選手権大会の我が国における代表選手選考の仕組み
争いのない事実第三、五(体協、JOC、JUSB、FISUの関係と参加招請)及び六(参加招請に対する国内の処理手続)の事実、前認定のとおり、開催国への参加申込に当たつても、被告の代表者が我が国柔道界の統轄団体としてJUSBの会長とともに参加申込用紙に連署又は副署としてきた事実、及び後記三、1、(一)、(5)のとおり、被告は全学柔連から送付された参加申込(エントリー)用紙の代表選手名のとおり即日これを日本代表選手名として被告の名において報道発表したこともある事実、並びに証人佐伯弘治、同工藤信雄の各証言を併せば、JUSBは、本件を含む世界大学柔道選手権大会への日本代表選手について、現実には自ら選考行為を全く行つておらず、被告が選考してきた代表選手をそのまま日本代表選手として大会主催者ないし大会所管者に参加申込をしてきたことは明らかである。従つて、このような被告とJUSBとの関係がいかなる法的評価を受けるかはともかくとして、右のような代表選手選考の仕組みからすれば、被告は、体協に加盟する我が国柔道界の唯一の統轄団体としてJUSBからの委託ないし依頼(以下、「委託等」という。)により、本件を含む世界大学柔道選手権大会の日本代表選手を実質的に選考できる地位にあつたと認めるのが相当である。
もつとも、以下に認定するとおり、世界大学柔道選手権大会の第一回大会から第七回大会までの日本代表選手の選考については、被告は当時傘下構成団体であつた全学柔連に選考の具体的行為を行わせてきたものであり、全学柔連の選考の結果を被告において変更することはなかつたのであるが、このような事実があるとしても、世界大学柔道選手権大会に選手を派遣する権限を有するJUSBとの関係において、被告が我が国柔道界の統轄団体として日本代表選手を実質的に選考できる地位にあつたものと認める妨げとはならないというべきである。
三本件選考会の性格
1 従前の日本代表選手の選考方法
(一) <証拠>によれば、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 世界大学柔道選手権大会の第一回大会から第七回大会までの日本代表選手の選考は、被告がJUSBから委託等を受け、更に全学柔連が被告から全面的に任されて行つてきた。
(2) 第一回大会から第五回大会までは、当該世界大学柔道選手権大会に比較的近い時期に行われた試合の結果を参考にして、全学柔連の役員会が日本代表選手の選考行為を行つていた。
(3) 第六回大会(一九八〇年開催)の日本代表選手の選考については、昭和五五年三月二二日の全学柔連の理事会において、全学柔連主催の第三二回全日本学生柔道選手権大会(昭和五五年六月一四日・一五日開催)の結果をみて正式に決定することとし、代表選手の選考行為は、清水正一会長を中心に、理事長会議の構成員が担当することになつた。
(4) そして、右第三二回全日本学生柔道選手権大会開催中に開かれた全学柔連の理事会において、代表選手は同大会の成績に基づいて決定し、原則として、各階級の優勝者を代表選手とする方針が確認され、同大会の各階級の優勝者七名全員と準優勝者一名が第六回大会の代表選手として全学柔連から報道発表され、現にそのとおりの選手が右第六回大会に参加した。
(5) 第七回大会(一九八二年開催)の日本代表選手の選考については、全学柔連主催の第一回全日本学生柔道体重別選手権大会(昭和五七年六月五日・六日開催)のパンフレットに掲載された全学柔連の清水会長、同佐伯理事長の挨拶文等において、同大会の各階級の優勝者が第七回大会の代表選手に選考される旨が記載されているところ、現に全学柔連は、同大会終了後の同年六月二二日、同大会の各階級の優勝者七名全員と準優勝者一名を第七回大会の代表選手としてエントリー用紙に記入して被告に提出し、被告は、同日右選手八名をそのまま第七回世界大学柔道選手権大会の日本代表選手団として被告の名において報道発表し、そのとおりの選手が右第七回大会に参加した。
(6) 被告は、世界大学柔道選手権大会の第一回大会から第七回大会まで、全学柔道が選考して推薦してきた日本代表選手に変更を加えたことは全くなかつた。
(二) 右の事実によれば、世界大学柔道選手権大会の第一回大会から第七回大会までは、被告は、その当時はまだ被告傘下の学生柔道組織であつた全学柔連に、日本代表選手の選考を全面的に任せており、全学柔連が具体的行為として代表選手の選考を行つてきたことが認められ、このような代表選手選考の方法が慣行化していたものということができる。
2 全学柔連の被告からの脱退とその経緯及び大学柔連の設立
(一) 争いのない事実第二、一、2ないし11、同二、1ないし4、同三、1ないし3及び<証拠>によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 全学柔連は、柔道の国際化に即応し、国際交流を盛んにして、学生柔道家の国際感覚を養うべく、争いのない事実第二、一、2、4、5記載のとおり、設立三〇周年の記念事業として、昭和五八年に第一回国際学生柔道大会(正力松太郎杯)を開催することとし、昭和五五年暮れから開催準備に入り、昭和五六年二月と九月の被告の常任理事会において右計画を報告し、被告の後援について了承を得、昭和五七年一月の被告の常任理事会において、被告の後援行事として承認され、大会要項を掲載してパンフレットには被告の嘉納行光会長がメッセージを寄せるなどし、昭和五八年一月五、六日に右大会は成功裡に開催された。
(2) 右第一回国際学生柔道大会の開催準備が進められている最中の昭和五七年四月に、被告は、「国際的選手権大会に日本を代表する選手の派遣」などについての国際交流施行規則を制定した。被告執行部提案の右規則の原案では、被告構成団体による国際柔道大会の開催、役員、選手の派遣等については被告の承認を要するとする承認制であつたものが、全学柔連の反対で届出制に変更され、必要な場合は協議するものとされるなど、原案より規制が緩められた。これは、我が国の体協加盟の他の各種スポーツ統轄団体の規約上殆んどが承認制とされている(甲第一ないし第三号証、乙第五ないし第八号証)のと比較しても緩やかな規制であるといえるが、全学柔連内部には、それまで明文の規制のなかつた点について右規則案を提案し制定するに至つたのは、被告が全学柔連独自の活動を制約しようとするものであるとの反発があり、これが後の全学柔連の被告からの脱退の背景事情の一つとなつた(ちなみに、被告の規約第五条による脱退前の全学柔連等いわゆる別定構成団体に関する内規(2)として、全学柔連等の行う事業は、「全柔連の方針及び計画に沿つて立案、実施する。」旨の定めがあるので、右規約上は、被告の意向に反して全学柔連の一方的な届出によつて国際柔道大会の開催等をなし得るものと解することはできず、その円滑な運営は、右国際交流施行規則に定める「必要な場合協議する」ことによつて図るほかはないものである。)。
(3) 右第一回国際学生柔道大会の最終的な大会要項は、昭和五七年一二月中頃になつて完成し、その頃被告にも届けられた。
(4) 右第一回国際学生柔道大会は、昭和五八年一月五日・六日に開催されたが、その前に、被告から全学柔連に対し、前記国際交流施行規則に規定されている協議を求めたことはなかつた。
(5) ところが、被告内部においては、右第一回国際学生柔道大会が被告傘下の構成団体が初めて開く国際大会であり、前記(2)の内規の趣旨からも、全学柔連から準備の進行に応じた逐次の説明、状況報告があつてしかるべきものと考えていたところ、必ずしも十分な連絡がなかつたため、統轄団体の立場を無視するものであるとの反発が強まり、右大会終了直後の同年一月九日開かれた被告の常任理事会において、工藤事務局長から、「過日開催された国際学生柔道大会は、競技面、国際親善面で成果のあつたことは認めるが、こと運営面(立案、実施等)についてはあまりにも全柔連と全学柔連との関係の在り方を無視したものであつた」として前記全柔連規約第五条の内規(2)の存在等を根拠に、常任理事会の検討事項とする提案をしたが、全学柔連の清水会長と佐伯理事長の二人がいずれも欠席であり、他の全学柔連関係者からも説明がなされなかつたので、改めて常任理事会を開き説明を求めることになつた(甲第九七号証)。そして、被告の工藤事務局長は、右常任理事会において、全学柔連から納得できる説明のない限り第二回国際学生柔道大会の開催を承認しない旨が一応確認されていたものの、全学柔連の釈明や今後の姿勢次第では柔軟な対応をする余地もあり、必ずしも文書で全学柔連に表明する必要はなかつたにもかかわらず、同月一一日、全学柔連に対し、改めて常任理事会を開いて全学柔連側の説明を得たいことなどを内容とする文書を送付した際、その末尾に、「全柔連としては、全学柔連から納得できる説明のない限り第二回大会は承認しないことが決定されたことを念のため申し添えます。」と付記した(甲第二七号証)。
(6) これに対し、全学柔連は、佐伯理事長からいつたん同月三一日の常任理事会開催を希望する一方、傘下各地区組織の理事長等に右の被告の文書の写しを送付し、又は趣旨を伝えるとともに、同年一月一七日付の「日本国際学生柔道大会の今後のあり方について(中止をも含めて検討する)」との議題で招集した同月二二日の緊急評議員会において、四〇対二二という採決(その内訳は出席者が一五対一二、委任状によるものが二五対一〇)によつて被告からの脱退を決議し、予め佐伯理事長が被告会長と面談を約束していた同月二五日に、被告に対し脱退届を提出するとともに報道発表をした。
(7) このような形で全学柔連が被告から脱退した背景には、全学柔連の内部に、「民営の団体である講道館の館長が実質的な世襲の形で被告の会長にも就任するということが長期間行われ、被告と講道館の表裏一体の体制ができ上がつており、これが我が国柔道界の統轄団体として国から補助金も受け公的な性格をもつ被告の運営を非民主的なものにし、また、その前近代的な体質のために、柔道界の国際化に十分対応することができず、更に、被告は、実力と実績のある全学柔連に十分な資金援助等の支援をしないどころか、かえつて前認定のように国際交流施行規則を制定するなどその発展を牽制し、全学柔連組織内の被告に対する批判を好ましく思わずこれを統制しようとしている」などの認識があり、その認識の下に、被告と柔道界の在り方に対する批判、危機感、改革志向などが蓄積され、これが前記(5)記載の被告からの文書の送付を契機に、突如脱退という形にまでに発展したものといえる。
(8) 被告は、同年一月三一日の常任理事会において全学柔連の脱退届の取扱を検討し、同年四月三〇日の総会までの間話合い解決を求める方針を確認したが、全学柔連と具体的な話合いの機会を得るに至らず、同年四月三〇日の総会において脱退は承認するがなお話合いの線を残し、脱退に伴う全柔連規約の改正は保留することになつた。他方、全学柔連は、同年三月二〇日頃「全柔連からの脱退の経緯と柔道界の改革について」と題して全柔連の在り方や体質を批判する文書(甲第三八号証)を作成して全日本実業柔道連盟関係者等に配布し、また同年六月には、被告との紛争の契機となつた国際学生柔道大会の第二回大会(昭和五九年一月開催予定)についてIJFの正式承認を求める文書を被告を通すことなくIJF宛送付し、被告に対しては、争いのない事実第二、一、9のとおり、被告が主催する行事に全学柔連所属の学生選手を出場又は参加させる場合には文書で全学柔連の了解を得られたい旨の文書(乙第一〇号証)を送付するなどした。ここに至つて、被告は、全学柔連の脱退届提出後の右一連の行動は、統轄団体としての被告に対する敵対行動であり、柔道界の秩序を乱すものであるとして全学柔連に対し強硬な姿勢で臨むこととなり、争いのない事実第二、一、10のとおり、同年六月二八日にはIJFに対し、同月二九日にはFISUに対し、それぞれ文書を送付し、全学柔連を異端団体と決定したことを通告した。そして、このような国内柔道界の動向を伝える同月三〇日付の講道館国際部長名による在外指導者宛の連絡文書の中でも、被告が独自に被告内に新しい学生柔道組織を作ることを検討していることが伝えられた(甲第二九ないし第三一号証)。
(9) 同年七月、筑波大学を中心とする関東学生柔道連盟の一部の大学が全学柔連を脱退し、これらが中心となつて、同年九月頃、大学柔連が設立されたが、その設立趣意書において、「全学柔連は、去る一月二二日臨時評議委員会で、全日本柔道連盟から脱退するという極めて重大な事項を地区学柔連に事前の説明もなく、しかも、当日の議題として提示されていないにもかかわらず緊急提案し、是非を判断する時間的余裕も与えず強行採決したことは、民主主義に反し、学生を指導する立場にある者として許されざる行為である。」こと及び脱退届提出後の前記(8)の全学柔連の一連の行動を批判した。これらの批判は、工藤事務局長ら全柔連執行部のそれと軌を一にするものであつた。
(10) 同年一〇月、大学柔連から被告への加盟申請がなされたので、被告はこれを承認した上、全日本柔道連盟規約第五条を改正して全学柔連に代えて大学柔連を別定構成団体としたほか、争いのない事実第二、二、3、4及び同三、1ないし3のとおり、全柔連規約を改正して第二三条に罰則を設け、全学柔連が主催する第二回国際学生柔道大会の開催は認めないこと及びこれへの参加者に対しては右罰則を適用することを決定し、昭和五九年一月に至り右大会に関与した全学柔連の役員、選手等に対し被告が主催・後援・派遣する大会への参加資格剥奪の罰則適用を決定した。
(二) 以上のように、被告としては、被告傘下の学生柔道組織である全学柔連が被告の組織的統制に服するのは当然であるとの認識の下に、ややもすれば被告の統制から逸脱しようとする全学柔連に対し、その上部団体、統轄団体として組織的統制を維持し、これを強化しようと企図していたのに対し、全学柔連は、被告の運営、体質の在り方に対するかねての批判に加えて、被告が学生柔道界の唯一の全国的組織としての自主性や主体性を認めようとしないばかりか、かえつて組織的統制を強めようとすることに対し、次第に反感や反発を募らせてゆき、結局、被告からの脱退にまで発展し、脱退後もその対立は拡大していつたものと認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
3 本件選考会の開催
昭和五九年一〇月六日に開催された本件選考会において、被告が、本件選考会への参加資格を、大学在学生については被告傘下の大学柔連加盟大学より推薦された者に限定したことは、争いのない事実第四、二のとおりであり、当時は既に全学柔連は被告から脱退して、大学柔連がこれに代る被告加盟の別定構成団体となつていたことは、前認定のとおりである。
ところで、本件選考会の開催主体について、原告らは被告であると主張しているのに対し、被告は、名義上は被告主催となつていても実質上は被告傘下の大学柔連主催であると主張している(争点第一、一、第二、一)ので判断するに、甲第四号証(本件選考会のパンフレット)によれば、同パンフレットには、「主催全日本柔道連盟、主管全日本大学柔道連盟」と明記され、大会会長は被告の嘉納会長であるのに対し、大学柔連の関口会長は五名の大会副会長の一人に過ぎず、挨拶文すら掲載されていないこと、また、本件選考会は昭和六〇年開催予定の神戸ユニバーシアード大会の強化選手候補選考会を兼ねていたことが同パンフレットの記載及び弁論の全趣旨から明らかであるところ、同パンフレットの巻頭の、被告の工藤事務局長の挨拶文には、世界大学柔道選手権大会の日本代表選手選考は、従前は全学柔連に委託してきたが、明年(昭和六〇年)開催の神戸ユニバーシアード大会についてはFISUの参加資格どおり大学卒業生をも対象として最強のメンバーで臨んでほしいとの開催地の強い要望に応えて、大学在学生だけでなく大学卒業生をも選考の対象とする関係上、本件選考会の開催に至つた旨が記されていること、更に、同パンフレットに掲載された本件選考会の参加資格によれば、大学卒業生については、被告の国際試合選手強化委員会が被告の強化選手の中から出場者を選考することになつていたことが認められ、これらの事実によれば、本件選考会の主催者は被告であり、その参加資格も右認定のとおり被告により定められたものであることが明らかであつて、大学柔連は、被告の下でその事務を管掌したものに過ぎないというべきである。
第二被告の責務
一被告の公共性、公益性とJUSBとの関係
1 争いのない事実第一、二並びに<証拠>によれば、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(一) 被告は、柔道の普及、発展を目的として組織された我が国柔道界の唯一の統轄団体として、体協に加盟している。
(二) 体協は、我が国アマチュア・スポーツの統一組織としてスポーツを振興し、国民体力の向上を図り、スポーツ精神を養うことを目的とし(体協寄附行為第三条)、オリンピック競技大会をはじめとする国際的総合競技大会に日本を代表する役員・選手等を選定・派遣、参加させることなどの事実を行つている(同寄附行為第四条)。そして、体協に加盟する団体は、その法人格の有無にかかわらず、当該種目のスポーツについて我が国を統轄するものと位置付けられ(同寄附行為第五条)、アマチュア・スポーツの健全な普及及び発展を図ることがその使命とされている(体協スポーツ憲章第三条)。なお、昭和五八年度には、体協に対し、一五億円近い国庫補助金が交付されている。
(三) JOCは、体協の内部組織の一つとして、オリンピックの理念に則り、オリンピック・ムーブメントを強く推進し、スポーツを通じて人類の平和の維持と国際的友好親善に貢献することを目的とするものである(JOC規程第四条)。被告は、そのJOCの構成員でもあり、また、我が国を代表してIJFにも加盟しているところ、被告に対し体協を通じて毎年国庫補助金が交付されており、昭和五七年度においては、被告の年間収入の約二三パーセントを占めている。
2 右の事実によれば、体協は、我が国アマチュア・スポーツ団体の唯一の統合組織として、我が国の体育行政の一翼を担うべき存在であり、アマチュア・スポーツの普及、発展という公共的、公益的目的を果たす役割と責務を負つているものと認められるところ、被告をはじめとして体協に加盟している各アマチュア・スポーツ団体も、当該種目における統轄団体として体協と同様の役割と責務を負つているものというべきであり、その意味で、被告は、スポーツ同好会のような私的な団体では勿論なく、柔道の普及、発展を通して我が国全体の利益を図るという公共的、公益的性格を有するものということができる。そして、体協の内部組織であるJOCの専門委員会の一つとして設置されているJUSBが、FISUの主催する本件世界選手権大会をはじめとするこれまでの世界大学柔道選手権大会の日本代表選手の選考を被告に委託等してきたのは、まさにこのような公共的、公益的性格を有する被告の統轄団体性に基づくものといえる。
二世界大学柔道選手権大会とFISUの競技規則及びJUSBの委託等の趣旨
争いのない事実第三、四のとおり、FISUの競技規則(A項、一般原則、一〇一・〇二)によれば、FISUの競技大会は、オリンピック及びFISUの精神に基づいて行うものとし、いかなる国又は人に対しても、人種、宗教ないし政治的立場によつて差別することは許されない旨が定められているところ、オリンピック憲章(乙第四七号証の一)においても、オリンピック大会は、スポーツの基盤である立派な肉体的、精神的資質の発達を推進し、世界の競技者を四年に一度の一大スポーツの祭典に参加させ、国際的な相互理解の増進と友好の精神によつて、より良いより平和な世界の建設と国際的親善に助力することを目的とする大会であつて(オリンピック憲章第一条)、各国のアマチュア競技者を、人種、宗教、政治上の理由により差別することなく、平等に参加させなければならないこと(同第三条)が規定されている。本件世界選手権大会は、FISUの主催する国際競技大会の一つであるから、当然ながら、FISUの平等取扱条項の適用を受ける大会である。そして、右大会へ派遣する選手の選考についても、その目的からして、やはり右の平等取扱条項の適用があり、FISUに対し、その規則に従つて日本代表選手を派遣する権限と責任を有するJUSBもこれに従うべきものであり、従つてまた、JUSBの被告に対する代表選手選考の委託等の本来あるべき趣旨も、このような平等取扱条項の下で我が国を代表するにふさわしい学生選手を選考することにあつたものと認めるのが相当である。右JUSBの委託等の趣旨に関し、乙第一三号証の一、二のJUSBの古橋委員長からFISU宛の書簡の記載も右認定の妨げとはならず、他に右事実認定を左右するに足りる証拠はない(なお、後記被告の対外責任論の主張に対する判断参照)。
ところで、被告は、右の平等取扱条項は、「人種、宗教ないし政治的立場」に関するものであつて、それ以外のすべての事項についての規定ではないと主張している(争点第二、二、2)。
しかしながら、本件世界選手権大会は、既に認定したとおり、学生柔道の大会ではあるけれども、その世界チャンピオンを決定する国際大会であつて、オリンピックと同様にスポーツを通じて国際的な相互理解と友好親善を図るという高い目的を有する大会であるから、右のFISUの平等取扱条項は、少なくともその目的に反するような不合理かつ不平等な取扱を禁止する趣旨を含んでいると考えるべきである。すなわち、右の平等取扱条項に掲げられている「人種、宗教ないし政治的立場」というのは、差別の行われ易いものの例示であると解するのが相当であるから、被告の主張は採用できない。
従つて、右の平等取扱条項が本件選考会をも拘束する規定である以上、本件選考会においても、「人種、宗教ないし政治的立場」による差別は勿論のこと、これら以外の理由による不平等な取扱もオリンピックやFISUの精神に反するような不合理なものである限り、右の平等取扱条項によつて禁止されているとみるべきである。故に、本件選考会の主催者である被告は、本件世界選手権大会の日本代表選手を選考するに当たり、右の平等取扱条項の趣旨に反するような不合理かつ不平等な取扱を行うことは許されないというべきである。
三小括
右一、二に判示したところに照らせば、日本を代表してFISUに加盟し、FISUの主催する世界大学柔道選手権大会に日本を代表する選手等派遣する権限を有するJUSBから代表選手選考の委託等を受けた被告としては、本件世界選手権大会の日本代表選手の選考に当たつて、FISUの平等取扱条項に則り、我が国のアマチュアたる学生選手を広く対象として、これを代表するにふさわしい選手を選考すべき責務があり、本件選考会において、その参加資格に、FISUの精神や本件世界選手権大会の性格、被告の公共性、公益性等に反するような不合理な制限を設けてはならないという義務があつたというべきである。
勿論、被告主張のように、本件世界選手権大会のような国際的ないし全国的規模の選手権大会ないしその選考会にあつては、参加が予想される人員数に比して大会開催期間が極めて限局されていることから、これに参加させるべき選手の選考方法の選択や参加資格要件の設定について、被告に全く裁量が許されていないわけではない。争いのない事実第三、三及び第四、二、1によれば本件世界選手権大会及び本件選考会の原則的な参加資格は大学単位の参加ではなく、個人参加であると認められるが、そうだとしても、選手個人に関する情報を殆ど有していない被告が、所属大学からの推薦を受けることを参加の手続的要件の一つに加え、また所属大学、体重別階級等により参加人員や推薦人員に制限を設けること自体は、JUSBから選考の委託等を受けた被告に与えられた裁量の範囲内に属する行為として許されるものと認められる。また、被告がJUSB等に関わりなく独自に国際大会に選手を派遣し、また独自に国内大会を主催、後援する場合においては、その参加資格をいかように定めようと、それは被告独自の事業の運営として原則的に自由であると考えられる。しかしながら、JUSBからの委託等により選考を行う本件のような場合は、右裁量の範囲は、FISUの精神や本件世界選手権大会の性格、被告の公共性、公益性等からして、合理的かつ合目的的な一定限度に限定されるべきものというべきである。
前認定のとおり、全学柔連が被告から脱退する以前に開催された第一回から第七回の世界大学柔道選手権大会については、JUSBから代表選手選考の委託等を受けた被告はその具体的選考を傘下の全学柔連に一任していたのであり、全学柔連がその選考のために開催し、あるいは選考の参考とした全学柔連主催の国内の学生柔道大会については、その参加資格を全学柔連加盟大学の在籍者に限定していたことは後に認定するとおりである。そして、被告の統轄団体性及び世界大学柔道選手権大会開催国への参加申込用紙に被告の連署ないし副署が求められていたことに加えて、当時被告傘下にあつた全学柔連が有力柔道部を有する大学のほとんどを擁し、地区組織をも備えた全国的、横断的組織を有していた後記認定の事実を併せ考えれば、当時においては、被告が右のような選考方法を許容していたことは極めて自然なことであり、合理性があつたと見て差し支えない。しかしながら、全学柔連脱退後被告が自ら開催した本件選考会において、その参加資格を被告傘下となつた「大学柔連加盟大学」の推薦者と限定したことの合理性については、大学柔連の組織の実態、JUSBの委託等の趣旨等に照らし慎重な検討が必要である。
なお、被告は、被告の構成員の中からある行事に代表となる者を派遣するに当たり、仮にその選考手続が不合理であつたとしても、それは相当性の問題になり得ることはあつても、直ちに違法性の問題になることはない旨主張する(争点第二、二、1)けれども、本件のように、被告の裁量の範囲に合理的かつ合目的的な一定の限度がある場合には、被告の行為がその許される裁量の範囲を逸脱するものであれば、これが相当性の問題にとどまらず、違法性の問題になることは論をまたない。
第三本件選考会の参加資格要件設定の経緯とその合理性
一本件選考会の参加資格要件設定の経緯
1 本件参加資格の制限と大学柔連の組織の実態
争いのない事実第四、二、1によれば、被告は、本件選考会を開催するにあたり、大学在学生については「大学柔連加盟大学より推薦された者」という参加資格要件を設定したことが認められるところ、被告は、脱退前の全学柔連も、その主催する大会ないしは被告から依頼を受けて代表選手を選考する大会において右と同趣旨の参加資格要件を設けていた旨主張する(争点第二、二、4)。
なるほど、前記認定のとおり、世界大学柔道選手権大会の第六回大会と第七回大会の日本代表選手の選考は、全学柔連が主催した第三二回全日本学生柔道選手権大会(昭和五五年開催)と第一回全日本学生柔道体重別選手権大会(昭和五七年開催)の各勝者がそれぞれの代表選手に選考されたが、<証拠>によれば、右両大会の参加資格は、「全学柔連加盟大学の在籍者で各地区学柔連の承認した者」と定められていたことが認められる。
しかしながら、<証拠>によれば、全学柔連は、日本全国のすべての大学(柔道部)を組織していたわけではなかつたが、昭和五八年以前においては学生柔道界の全国的組織は全学柔連しかなく、少なくとも有力な柔道部のある大学のほとんどを組織していたこと、脱退前の昭和五六年五月当時の全学柔連加盟大学数は二五三校であるところ、脱退後の昭和六〇年一一月末日当時のそれは二六一校でほとんど変わりはないこと、他方、大学柔連の加盟大学数は、昭和五九年一〇月三一日当時、一〇二校であるが、全学柔連に二重加盟していない単独加盟大学は二五校(その内専門学校が二校)で、東京を除く関東に集中していること、昭和五九年一〇月当時の大学柔連は、地区評議員も一応選出されてはいたものの、組織の実体としては東京を含まない関東大学柔連に過ぎないもので、関西を含めて地方組織も未成熟な段階にあつたことが認められ、右事実によれば、本件選考会が開催された昭和五九年一〇月当時、全学柔連は、被告からの脱退前とほとんど変わらない加盟大学を擁し、全国的かつ横断的な学生柔道組織を堅持していたのに対し、大学柔連は、設立後一年余りしか経ていなかつたこともあつて、組織的には未成熟で、全国的な学生柔道組織とまではいえないものであつたと認めるのが相当である(甲第一二〇号証も右認定の妨げとならず、また、乙第四四号証の一、二の「全日本大学柔道連盟、全日本学生柔道連盟加盟校数調べ」は作成日付がなく、いつの時点のものか明らかではないが、これによれば、両連盟の加盟校数は合計二七〇校で、その内全学柔連の単独加盟校数は一四三校、大学柔連のそれは四三校、二重加盟校数は八四校であることが認められるところ、全学柔連の加盟大学が大学柔連のそれを大幅に上回つていることに変わりはなく、前記認定を覆すに足りるものとはいえない。)。
従つて、全学柔連の脱退前に行われた全学柔連主催の大会における「全学柔連加盟大学の在籍者」という参加資格要件は、全学柔連がその当時唯一の全国的な学生柔道組織であつて大多数の有力柔道部のある大学を組織していたことから、現実には学生と異なる実業団その他職域チームに属し試合に出場した者には参加資格を認めない(乙第二一、第二二号証参照)という程度の意味、機能しか有しなかつた(証人佐伯弘治及び同柘植健司の各証言)と認められるのに対し、本件選考会における「大学柔連加盟大学より推薦された者」という参加資格要件は、本件選考会開催当時の大学柔連が全学柔連に比べて未だ加盟大学の数も大幅に少なく、かつ、組織的にも全国的な学生柔道組織ではなかつたことから、学生柔道選手の多数を占める全学柔連加盟大学の学生柔道選手を排除する機能を有するものであつて、これを同一に論ずることはできず、各国のアマチュア競技者を差別することなく平等に参加させなければならないとするオリンピック憲章を踏まえたFISUの競技規則の趣旨に反するものとして、特段の事情のない限り、参加資格要件としての合理性を欠くものといわなければならない。
2 被告が参加資格の制限を設けるに至つた経緯
争いのない事実第二、一、7、同10、同二、3ないし5、同三、同第四、一及び同二、1並びに<証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 前記のとおり(理由、第一、三、2、(一)、(6)、(8)、(10))、全学柔連は、昭和五八年一月二二日、緊急評議員会において被告からの脱退を決議し、同月二五日、被告に対し脱退届を提出したが、これに対し、被告は、同年六月二八日にはIJFに対し、また同月二九日にはFISUに対し、全学柔連を異端団体と認定した等の決定をした旨を通告した。なお、同年六月三〇日、被告と密接な関係にある講道館国際部長も在外指導者に対し、右被告のIJF及びFISU宛の文書を引用又は添付して全学柔連の被告からの脱退と被告の右対応の状況を伝え、被告への協力を求める連絡文書を発した。
更に、被告は、同年一〇月二八日、臨時評議員会を開き、大学柔連の加盟申請を承認するとともに被告の規約を改正して二三条に新たに罰則を設け、被告が認めない競技会に参加した者は、被告又は被告の構成団体の主催、後援、派遣する競技会等に参加することはできない旨を規定し、更に、全学柔連が主催する第二回国際学生柔道大会の開催は認めないこと、また、同大会は、被告の承認を得ないで強行される大会であるから同大会への参加者に対しては右罰則を適用することを決定した。
(二) 被告は、同年一一月一五日、被告の工藤事務局長名で被告の国際試合強化選手宛に、「第二回国際学生柔道大会参加者に対する罰則の適用について」と題する書面により、同大会の参加者に対しては罰則が適用され、その結果、被告主催の国内大会は勿論、本件世界選手権大会やユニバーシアード神戸大会をはじめとする国際大会への参加資格を失うことになる旨の通知をし、同年一二月一日、被告の工藤事務局長と醍醐国際試合選手強化委員長の連名で、右第二回国際学生柔道大会の日本選手団役員宛に、同大会に参加した場合には罰則が適用される旨の書面を送付し、更に、同月一三日、同じく右連名で、右第二回国際学生柔道大会の日本選手団の役員選手宛に右同様の書面を送付し、同大会の参加者に対して罰則が適用されることは、同年一〇月二八日開かれた被告の最高決定機関である評議員会(臨時)において正式に決定されたもので、現在いささかの変更はない旨を通知した。
(三) 全学柔連主催の第二回国際学生柔道大会は、昭和五九年一月七日・八日、文部省、外務省等の後援の下に開催され、IJF理事会は、同月九日、被告に対し、同大会の参加者に罰則を適用することなく友好裡に解決するよう求める声明を発表したが、被告は、同月八日及び一八日、同大会に関与した全学柔連の清水会長以下役員・選手に対し、前記争いのない事実第二、三、2のとおり被告が主催、後援、派遣する大会への一定期間ないし永久の参加資格剥奪という罰則の適用を決定した。
(四) これに対し、右罰則を適用された原告らの一部を含む選手・役員は、同年四月開催予定の被告主催の全日本柔道選手権大会及びその地区予選への参加資格に関し東京地方裁判所に地位保全の仮処分を申請したが、ここに至り、国会議員柔道連盟有志及び体協を中心とする調停委員会は、同年二月、被告と全学柔連の関係を修復するため、前記争いのない事実第二、三、4のとおり三項目からなる調停案を示し、被告と全学柔連及び大学柔連がこれを承諾したため、右罰則の適用は凍結され、仮処分事件も和解により解決し、更に、全学柔連と大学柔連の組織の統一を図るため学生柔道再編成委員会(座長柘植健司)が組織された。
(五) 第一回(同年三月二五日開催)から第四回(同年五月一七日開催)までの再編成委員会においては、当面、同年六月開催予定の第三回全日本学生柔道体重別選手権大会を全学柔連と大学柔連とが合体して開催することを中心に討議され、その結果、同大会は、全学柔連と大学柔連とが協力して、同大会の「組織委員会」の名の下に同年六月二日・三日に開催された。
(六) 第五回(同年六月七日開催)から第一〇回(同年七月一三日開催)までの再編成委員会(第九回は流会)においては、全学柔連と大学柔連との組織の統一が具体的に討議されたが、第六回会議(同年六月一四日開催)において、大学柔連側の委員から、新組織ができたときには、全学柔連と大学柔連の少なくとも三役(会長、理事長、事務局長)は退任するという提案がなされたものの、これに対して全学柔連側の城戸委員が激しく反対したので、結局大学柔連側の委員も再編成委員会における検討案の項目から除外することに同意した(この認定に反する乙第四二号証及び証人老松信一の証言は採用できず、また証人柘植健司の証言も、大学柔連推薦委員らが三役退陣問題そのものを大学柔連としていかなる場においても要求しないとする意味で同意したとする趣旨では採用できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。)。
(七) 再編成委員会の第八回会議(同年六月二八日開催)においては、新組織の規約の検討がなされ、規約起草委員会を発足させ、これを同年七月一六日に開催することが合意された。
(八) 再編成委員会の第一〇回会議(同年七月一三日開催)においては、老松委員作成の全学柔連と大学柔連の新統一案に基づいて検討がなされたが、第七回以降の会議においては、両連盟の役員の退任問題は全く議題にものぼらなかつたところ、右新統一案の一二頁に「現両連盟の少なくとも三役(全学柔連においては会長、理事長、事務局長、大学柔連においては会長、理事長)は退任し、後進に途を譲る。」との記載があつたため、これについて城戸委員から、これは第六回会議で大学柔連側が既に撤回したものである旨の指摘がなされ、大学柔連側の委員ともこれを了承し、右項目の削除に同意した(この認定に反する乙第四二号証及び証人老松信一の証言は採用できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。)。
(九) 被告及び大学柔連としては、新組織成立の段階で大学関係旧両盟の三役は退陣すべきことが前記調停委員会から示された調停案骨子の趣旨に含まれることが安井謙調停委員長の意向からも明らかであると理解し、かつ新組織の運営上、反全柔連的な旧全学柔連執行部の影響を排除するためにも旧三役の退陣が新組織成立の必須の条件であるとし、再編成委員会ないし規約起草委員会の検討項目とは別の問題として全学柔連の確約をとる必要があると考えていたところから、大学柔連の関口会長は、同年七月一四日、全学柔連に対し、七月一六日に行われる第一回の規約起草委員会について、「現両連盟の少なくとも三役は勇退し後進に途を譲ることを、以前から再編成委員会を通じ提案してきましたが、いまだにご回答に接していません。ご賛意を得ているものとして今回の起草委員会には参加しますが、ご賛意を得られない場合は、起草委員会も認めない態度であること」を記載した文書を送付した(乙第一四号証)。
(一〇) 新連盟規約起草委員会は、同年七月一六日、全学柔連と大学柔連の各規約起草委員が集まつて開催され、再編成委員会の原案に基づいて審議が行われた。そして、新組織の名称については新組織の設立評議委員会で決定することとし、その余の点については合意に達し、設立評議員会の招集は再編成委員会の名で行い、大学柔連側の希望した同年八月八日に開催することとし、新組織の設立によつて全学柔連と大学柔連は解散することが合意された(この認定に反する証人老松信一の証言は採用できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。)。
(一一) 大学柔連の関口会長は、同年七月一九日、全学柔連に対し、前記(九)記載の文書の内容を改めて確認する文書を送付し、現両連盟の三役の勇退の件を全学柔連が了承しない限り、翌八月八日開催予定の設立評議員会には参加できない旨を通告した(甲第五三号証)。
(一二) これに対し、全学柔連の清水会長は、同年七月二一日、大学柔連に対し、来る八月八日開催予定の設立評議員会において、新連盟の設立とともに全学柔連は解消し、当然のことながら、会長、理事長、事務局長の中枢役員はもとより、地区選出の理事、監事等すべての役員は総辞職することになるが、新連盟の役員については、評議員の手によつて民主主義のルールに則つて決定されるべきものであつて、解消する立場にある全学柔連の役員が関知するところではない旨回答し、同月二三日付でそのてんまつを安井謙調停委員長宛に文書で報告した(甲第五四、第五五号証)。
(一三) 全学柔連の清水会長は、同年七月二一日、IJFの松前重義会長宛に、被告と全学柔連との関係修復について、情勢は未だ流動的で、日本柔道界は全く混乱したままである旨の書面を送付した(乙第一六号証の一、二)。
(一四) 再編成委員会は、同年七月二六日、各評議員に対し、新学生柔道団体の設立総会(評議員会)を同年八月八日に開催する旨の招集通知を発した(甲第五六号証の一、二)。
(一五) 大学柔連の関口会長は、同年八月一日、全学柔連に対し、前記(三)記載の全学柔連の回答は現両連盟の三役勇退に関する大学柔連の前記提案を拒否するものであると結論し、大学柔連としては、来る八月八日の新学生柔道団体の設立総会(評議員会)には参加できないことを通告した(甲第五七号証)。しかし、新「全日本学生柔道連盟」設立評議員会は、同年八月八日全学柔連の評議員及び大学柔連の評議員を兼ねる全学柔連の評議員も一部出席して予定どおり開催され、新組織の規約を賛成多数で承認したほか、規約に基き理事を選出し、新組織の会長として松前重義東海大学総長(当時IJF会長)を選出し、副会長、理事長等の役員は後日の理事会、評議員会で決定することとし、大学柔連の評議員を兼ねる横井七之助副会長が議事録署名人の一人となつた(甲第五八、第五九、第六九号証)。
(一六) 大学柔連の関口会長は、同年八月二八日、全国の大学に対し、全学柔連と大学柔連との組織の統一はなされなかつた旨及び一〇月六日に世界大学柔道選手権大会派遣選手選考大会を開催する旨を通知する文書を送付した(争いのない事実第四、一、甲第一二三号証)。
(一七) 被告は、同年九月七日、常任理事会を開き、全学柔連は被告を脱退した柔道団体であることを再確認するとともに、大学柔連の組織の確立・育成を積極的に支援すること、被告(傘下組織を含む。)の主催・後援する大会や派遣する国際大会(親善試合を含む。)への学生の出場は大学柔連加盟大学の在籍者に限ること、既に大会要項を発表していた第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会について主管の兵庫県柔道連盟と連絡をとり、大学生の参加については大学柔連加盟大学の在籍者に限るよう要項の事後的な訂正をすること、本件選考会を昭和五九年一〇月六日に、また第二回全日本大学柔道大会を同月二〇日にそれぞれ開催することなどを緊急処理事項として(乙第一号証)決定し、同年九月九日これを常任理事会報告として報告するとともに、被告傘下の各地方組織が大学柔連の組織の確立、育成に積極的に協力することを要請する文書を理事、監事、評議員及び構成団体長に送付し、併せて、大学柔連の設立趣意書及びこれへの加盟申込書を同封書類として送付した(争いのない事実第四、一、甲第六二号証)。
(一八) 被告及び大学柔連は、同年九月一〇日、大学柔連の封筒で大学柔連非加盟の大学を含む全国の各大学に対し、被告の嘉納会長名の本件選考会の開催通知、大学在学生及び卒業生についてその参加資格を大学柔道連盟加盟大学より推薦された者と限定した本件選考会の大会要項(なお、この段階の参加資格制限は、大学卒業生に関しては本件選考会実施段階のそれと異なる。甲第六三号証の四、同第四号証参照)、大学柔連への加盟申込書等の書類を送付した(争いのない事実第四、一、3、甲第六三号証の一ないし九)。
(一九) 前記第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会は、新人の登竜門ともいうべき一般大会であつて学生の大会ではなかつたが、同大会を主催する被告とこれを主管する兵庫県柔道連盟は、前記(一七)記載の被告の常任理事会の決定に基づき、同年九月一二日柔道関係者に対し、既に同年八月頃地区予選を含めて出されていた参加資格等を定めた大会要項を事後的に訂正し、同大会に参加する者のうち学生については、その参加資格を大学柔連加盟大学の在籍者に限ると通知した(争いない事実第四、一、4、甲第六四号証の一ないし三、同第六五号証)。
(二〇) 大学柔連は、同年九月一四日、各大学の柔道部監督宛に、本件選考会への出場者がいる場合には、その参加申込期限の同月二五日午後五時までに大学柔連に加盟すること、大学生の参加は、その所属大学が大学柔連に加盟していることが条件となるから、大学柔連に加盟しない限り、大学生は来年度の全日本柔道選手権大会の予選にも出場できないことを内容とする文書を送付した(争いのない事実第四、一、5、甲第六六号証)。
(二一) 全学柔連は、同年九月一八日、被告に対し、被告が全学柔連加盟大学所属の学生選手を被告主催の各種大会に参加させないことに抗議した(甲第六七号証)が、被告は、同月二〇日、全学柔連が八月八日発足したと主張する新学生柔道団体は、大学柔連不在のまま全学柔連が一方的に決定したものであり、このような一本化の実現がみられない現状において、被告が正式加盟団体である大学柔連を支持する立場をとることは当然であり、また被告並びに大学柔連が主催する大会への参加は、被告の正式加盟団体である大学柔連への加盟が前提となることは組織論上からも筋論からも当然である、したがつて、学生のためには、過渡的処置として全学柔連加盟大学の大学柔連への二重加盟もやむを得ないと考えるから、各大学の大学柔連加盟の自主的決定を不当に妨げないよう配慮願う旨の文書を送付し、全学柔連の右要請を拒否した(争いのない事実第四、一、6、甲第七〇号証)。
(二二) 全学柔連の柘植理事長は、同年九月二五日、原告らを含む全学柔連加盟大学所属の学生選手の本件選考会への参加申込書を大学柔連に持参したが、被告の工藤事務局長から大学柔連に加盟しない限り参加資格がない旨告げられ、参加申込書は工藤事務局長が預つた。
(二三) 被告は、本件選考会への参加申込期限後の同年九月二六日、工藤事務局長名で、右の参加申込をした学生選手所属の全学柔連加盟の各大学に対し、本件選考会は大学柔連加盟大学であることが参加条件となつているので、至急加盟手続をとるよう文書で申し入れた(争いのない事実第四、一、8、甲第七二号証)。
(二四) 被告は、同年一〇月六日、講道館において、大学在学生については「大学柔連加盟大学より推薦された者」
という参加資格制限を設けて、本件選考会を開催した(争いのない事実第四、二)。
3 被告が参加資格制限を設けた意図
右1、2及び前記第一、三、2の各事実を総合すれば、被告の組織統制に服しないことを表明して被告から脱退した全学柔連が、脱退後も変らない全国的組織を保持しているのに対し、新たに組織され被告の傘下団体となつた大学柔連が、本件選考会の開催された昭和五九年一〇月当時においても、全学柔連に比べ加盟大学の数も圧倒的に少なく、組織的にも未熟で全国的な組織の体を成しておらず、また、同年八月八日の新連盟設立評議員会において新連盟が有効に設立されたか否かはさておくとしても、新連盟結成の最終段階において、新連盟が全学柔連を中心とする組織となり、これまた被告の組織統制に容易に服しない組織となるであろうことが明らかとなつたことから、被告は、同年九月七日の常任理事会において、全学柔連と大学柔連の組織の統一は実現しなかつたことを再確認するとともに、大学柔連の組織の確立・育成を積極的に支援するため、その手段として、被告の主催・後援する大会や派遣する国際大会への学生の出場は、一律に大学柔連加盟大学の在籍者に限定するという方針を打ち出し、この方針に基づいて、既に右のような参加資格の制限を設けずに大会要項を発表していた第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会についてまで、学生の参加資格を大学柔連加盟大学の在籍者に限定するという大会要項の事後的な追加訂正を行い、更に、本件選考会における学生の参加資格についても、「大学柔連加盟大学より推薦された者」という制限を設けたものと認められる。そして、右事実と、被告が本件選考会の開催に当たり、大学柔連と呼応して全学柔連加盟大学の大学柔連への二重加盟までも敢えて慫慂した前認定の経過によれば、被告がこのように、全学柔連加盟大学の学生柔道選手を国内大会や国際大会から、それが学生の大会であるか一般大会であるかを問わず、また、被告独自の大会であるとJUSBから選考の委託等を受けて行う選考のための大会であるとを問わず一律に締め出そうとしたのは、我が国柔道界の統轄団体として、反全柔連的行動をとり脱退した全学柔連を傘下団体と同一には扱えないとの組織の論理を形式的根拠として、右のような資格制限を加えて大学柔連への加盟を慫慂することにより、被告の組織統制に服さず脱退して敵対的行動をとる全学柔連の加盟大学に動揺を与え、これによつて大学柔連の組織の拡大を図り、爾後の大学柔道界の運営について被告及びその傘下となつた大学柔連の主導権を確保しようとするねらいがあり、それが動機において優先したものと推認するに難くない。被告が前記一律の資格制限の方針を、JUSBからの委託等に基づく本件選考会や、学生のみの大会ではない第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会にまで適用するに当たつて、事前にFISU主催の大会の趣旨、JUSBからの委託等の趣旨、一般大会についても学生である限り前記資格制限を課し得る根拠等について慎重な検討を加えた形跡は、本件全証拠によつても認められない。
この点につき被告は、右第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会において、学生についてだけ参加資格制限を設けたのは、全学柔連から昭和五八年六月一二日付文書(以下「六月一二日付文書」という。乙第一〇号証)により、被告が主催する行事に全学柔連加盟大学の学生柔道選手を出場又は参加させる場合には、被告は全学柔連に文書であらかじめ了解を得なければならず、この手続が守られなかつた場合には、当該選手は原則として全学柔連主催の大会への出場資格を失う旨の申入があつた(前記第一、三、2、(一)(8))ので、全学柔連加盟大学の学生柔道選手にそのような累が及ぶのを防ぐ目的に出たものであると主張し(争点第二、三、2)、証人工藤信雄も右措置は被告の「親心」である旨これに沿う証言をしている。しかし、争いのない事実第二、一、11及び同第四、一、6並びに<証拠>によれば、全学柔連は、被告に対し、同年七月二九日、六月一二日付文書の趣旨を釈明する文書を送付し、その中で、全学柔連としては六月一二日付文書で要請した手続が履践されなかつたとしてもこれに柔軟に対処し、学生の限りある出場の機会を奪うようなことはしない旨表明していること、六月一二日付文書が出された五か月後の同年一一月二七日に開催された被告主催の第一五回全日本新人体重別柔道選手権大会においては、被告は、全学柔連加盟大学の学生柔道選手に対し参加資格制限をしなかつたので、全学柔連加盟大学の学生柔道選手も多数同大会に参加していたが、六月一二日付文書で全学柔連が要請した手続を被告が履践したことはなく、全学柔連としてもこれを問題視したり、傘下学生に不利益を加えることはなかつたこと、また、全学柔連は、被告に対し、昭和五九年九月、全学柔連加盟大学の学生柔道選手を被告の主催する各種大会に参加することを認めるよう文書で申し入れたが、被告はこれを拒否したことが認められ、右の事実によれば、被告が前記第一六回全日本新人体重別柔道選手権大会において参加資格の制限を設けたのは、被告主張のような学生に対する配慮とか「親心」からであるとは到底認められず、前記認定に反する証人工藤信雄の証言は採用できない。
なお、原告らは、「被告は、従前、学生は被告の主催するあらゆる大会に参加できる旨を公式に表明してきたにもかかわらず、その後の常任理事会決定でこの前言を翻した」と主張しているところ(争点第一、二、3)、なるほど、甲第二九号証には、「学生は、全学柔連とは別に被告が主催する全ての大会に参加可能である。」という記載があり、証人佐伯弘治及び同柘植健司は、いずれも右主張に沿う証言をしている。しかし、甲第二九号証の右文言は、「全柔連は地方組織から成り、地方組織は学生を含むあらゆる柔道人を統括している。従つて」との文言に接続する文言であり、対外的には、学生のみの大会についてもすべての学生が地区柔道組織を通じて参加できるかのような誤解を招く表現ではあるにしても、原告ら主張のような内容であるとは容易にいえず、しかも、甲第二九号証の出された昭和五八年六月二八日の翌日に、被告は前認定のとおりFISUに対し、全学柔連を被告から脱退した異端団体とする文書を発しており(なお、甲第二九号証自体においても、被告は、全学柔連が異端団体であると認定している。)、同年九月七日には前認定のとおり大学柔連組織の育成と全学柔連の排除の方針を決定しているのであつて、このような被告と全学柔連との紛争中にその一方が発した文書であること及び被告が本訴で主張するいわゆる二重資格論を考慮すれば、被告がその当時、あらゆる大会に全学柔連加盟大学の学生柔道選手の参加を認めるつもりであつたとは到底思われず、甲第二九号証の文言は、せいぜい被告が学生を犠牲にする意図のないことを対外的に取り繕おうとしたに過ぎないものとみるべきであるから、原告らの右主張は採用できない。
4 小括
以上の認定、判断によれば、被告が本件選考会において設定した参加資格の制限は、我が国柔道界の統轄団体として被告から脱退した団体は排除するという組織の論理に依拠しつつ、参加資格の制限によつて全学柔連加盟大学に動揺を与え、被告傘下となつた大学柔連の組織の拡大を図り、爾後の大学柔道界の運営について被告及び傘下の大学柔連の主導権を確保する意図の下にその手段として行われたものであつて、組織的には未成熟な大学柔連加盟大学の学生のみを対象とし、学生柔道選手の大多数を占める全学柔連加盟大学の学生柔道選手を、本件選考会、ひいては本件世界選手権大会から排除したものである。このような形態の参加資格の制限は、被告が独自に主催、後援し、又は派遣する大会ないしその選考会についてはともかく、FISU主催の本件世界選手権大会のためJUSBの委託等に基づいて行う本件選考会においては、FISUの競技規則の趣旨及びJUSBの委託等の趣旨に反する不平等かつ不適切な参加資格の制限であるといわざるを得ず、全学柔連加盟大学の多数の学生柔道選手の利益を侵害するものであるから、後記被告の主張に対する判断と併せて、被告の裁量の範囲を超える不合理な制限にあたるものと認めるのが相当である。
二被告の主張に対する判断
本件参加資格要件の設定が合理的で正当性を有する根拠として被告が掲げている主張について判断する。
1 二重資格論(争点第二、二、3、第一、四、1)
<証拠>並びに前記第三、一、1に認定したところによれば、被告は、全国都道府県毎に自主的に組織されたアマチュア柔道団体(地域柔道団体)をもつて構成するのを原則とし、それとは別に、全国的な大学柔道組織(脱退前の全学柔連、その脱退後新たに加盟した大学柔連)及び全日本実業柔道連盟をも構成団体とし、地域柔道団体たる被告の地方組織は、それぞれ関係のある大学柔道組織及び全日本実業柔道連盟の地方組織を構成団体として加入させることとして(被告の規約第五条及び第五条の内規(1))、被告主張の如く二重構造をとつていること、有段者である学生柔道選手は、地方組織に属することにより被告の一般構成員としての資格を有するほか、右地方組織に団体加入した所属大学の柔道部に属することにより、いわば間接的に被告の構成団体の構成員たる資格を有すること、全学柔連が被告から脱退する以前の被告が主催又は後援する国内大会及び国際大会への派遣選手の選考大会は、それが学生選手を対象とする場合には傘下の全学柔連組織に属することが参加資格要件とされ、学生に限らず一般有段者を対象とする場合には傘下地方組織に属することが参加資格要件とされるのが通例であつたことが、それぞれ認められる。
被告は、このような被告の組織の二重構造性を根拠に、被告傘下の学生柔道組織加盟大学に所属していない者は、学生の資格においては被告の一員ではないから、被告が主催する一般大会には一般有段者の資格で参加できるが、学生の大会には当然には参加資格を有しないと主張するが、このような意味での二重資格論は、先に触れたとおり、全国的、横断的な大学柔道組織である全学柔連を傘下に置いていた当時の大会、あるいは全学柔連脱退後においても被告が独自に主催、後援、派遣する大会については合理性を主張できるとしても、JUSBからの委託等に基づいて、FISU主催の本件世界選手権大会の日本代表選手を選考する本件選考会については、傘下学生柔道組織が全国の大学柔道選手を広く平等に対象とし得る実態を有しない限り、被告のした参加資格制限の合理的根拠とはならないというべきである。
なお、被告主張のような二重資格論は、被告が前記のとおり昭和五八年六月二八日IJFに対して全学柔連の脱退に対する被告の姿勢を伝達した文書の中にその片鱗が表れている(甲第二九号証、2の文言)ものの、証人柘植健司の証言によれば、このような二重資格論は、本件訴訟に至るまで柔道界においても意識的な議論の対象となつたことがなかつたことが認められ、また、前記認定のとおり、全日本新人体重別柔道選手権大会は、学生の大会ではなく一般大会であることから、右のような二重資格論によれば、全学柔連加盟大学の学生柔道選手も当然に参加資格が肯定されるべきものであるところ、被告は、第一五回大会(昭和五八年開催)においては、全学柔連加盟大学の学生柔道選手の出場を認めたにもかかわらず、第一六回大会(昭和五九年開催)においてはこれを認めなかつたのである(その理由として被告が主張する前記「親心論」が採用できないものであることは、既に述べたとおりである。)。これは、被告が前認定の組織の論理と意図の下に、全学柔連加盟大学の学生柔道選手を被告が主催、後援、派遣する一切の大会から排除するために一律に参加資格制限を設けた結果であつて、被告は、本件選考会を含め、二重資格論に基づく参加資格の制限を一貫してとつてきたわけではなかつたのであるから、この点からも、被告の右主張は採用できない。
2 慣行論(職域行事における職域団体の優先)(争点第二、二、4、5、第一、四、3)
被告は、本件世界選手権大会のような学生のみを対象とする大会においては、その選考会の参加資格を被告傘下の学生柔道組織から推薦された者に限定するという長年の慣行があり、本件選考会における参加資格の制限もそのような従来の慣行を踏襲したものに過ぎない旨主張する。なるほど、前記認定のとおり、世界大学柔道選手権大会の第一回大会から第七回大会までの日本代表選手の選考は、被告から委託された脱退前の全学柔連が行い、これを被告に推薦するという形が定着し、これが慣行化していたことが認められるけれども、本件世界選手権大会の場合とそれ以前の大会の場合とでは、前提となる事情が大きく異なつてしまつているから、全学柔連が脱退する以前の右のような先例ないし慣行が、大学柔連についてもそのまま当てはまるものであるという被告の主張は採用し難い。
すなわち、まず、前記認定のとおり、本件世界選手権大会前の世界大学柔道選手権大会においては、独立した選考会を開催して日本代表選手を選考したようなことはなく、本件選考会のような形での代表選手の選考は、本件世界選手権大会が初めてである上、本件選考会の主催者(ないし資格要件を制限した主体)は被告であつて大学柔連ではない(これに反する被告の主張が採用できないことは、既に述べたとおりである。)から、大学柔連が選考会を主催して被告に代表選手を推薦するというものではなかつたのであり、被告は、脱退前に全学柔連が行つていた日本代表選手の選考を自ら行つたものであつて、従前の代表選手の選考と同列に扱うことはできない。
更に、本件世界選手権大会前の世界大学柔道選手権大会の日本代表選手の選考について、これを被告から委託等された全学柔連が代表推薦を行つてきたことが慣行化したのは、前記認定のとおり、脱退前の全学柔連が学生柔道界の唯一の全国的組織であつて、圧倒的多数の大学を横断的に組織していたためであり、その故に右慣行の合理性が肯認できると考えられるところ、全学柔連が被告から脱退し大学柔連が設立されて学生柔道界が分裂し、内紛が続いているような状態にあつて、しかも、本件選考会開催当時における全学柔連と大学柔連の加盟大学の数にはかなりの差があり、大学柔連は未だ地方組織も十分確立されてはおらず全国的な組織であるとはいえないものであるから、右のような、日本代表選手の選考を被告傘下の学生柔道組織に任せるという慣行が、大学柔連の場合にもそのまま妥当するものとは認められない。従つて、右慣行論は、本件選考会の参加資格を大学柔連加盟大学より推薦された者に制限したことの合理的根拠とはならないというべきである。
3 対外的責任論(争点第二、二、6、第一、四、2)
被告の対外的責任論について判断するに、前認定のとおり、本件世界選手権大会に日本代表選手を派遣する権限を有するのは、日本を代表してFISUに加盟しているJUSBであつて被告ではないから、代表選手の派遣について最終的に対外的責任を負うのはJUSBであることは明らかである。しかし、既に認定したとおり、これまでの世界大学柔道選手権大会の日本代表選手の選考は、被告が傘下の全学柔連に具体的選考行為を行わせて実質的に行つてきたものであり、JUSBは、被告が選考した選手をそのまま日本代表選手として派遣していたに過ぎないものであるから、実質的な選考者である被告が、日本代表選手の派遣について全く対外的責任を問われないということはできない。すなわち、代表選手がフェアプレーの精神やアマチュアリズムの保障、競技秩序違反の防止等の観点から日本を代表するにふさわしい選手でなかつたような場合には、国際的な信用を失うということも十分考えられるから、このような意味において対外的責任を負う場合があることは否定できない。従つて、被告として、派遣選手の行動全般にわたつて規制を行い、違反者に対して制裁を加えること、また、派遣選手に対して保護と支援を与えること(乙第四七号証の二)が必要となる場合があり、かつ、それを行うことによつて統轄団体として、また、派遣選手の実質的な選考者としての責任を全うすることができる場合があることも考えられないわけではない。
この点について、被告は、右のような代表選手の選考について責任を取り得るためには、それが組織内部の統制力の及び得る範囲内において行われることが必要であり、組織的上下関係にないものは組織的統制力が及び得ないから責任を負うことはできないところ、全学柔連は、そうした被告の組織的統制に服しないことを積極的に表明し、これに反抗して被告から脱退し、組織的上下関係を断つたものであるから、そのような団体から推薦を受けた者の選定・派遣には、被告として対外的責任を負うことはできないと主張する。
前記第二、一及び第一、一の認定事実、並びに<証拠>によれば、被告はJUSBの本件世界選手権大会への選手派遣に当たつて、我が国柔道界の統轄団体たる地位によりその代表選手選考を委託等されたのであり、JUSBがFISUないしFNSU(本件ではフランスFNSU)に対し送付する選手等の参加申込用紙には、JUSBの会長の署名、機関印のほか、JUSBの正式構成員ないし我が国統轄柔道団体としての被告の代表者による連署又は副署とその機関印の押印が求められ、本件を含む世界大学柔道選手権大会への参加申込に当たつてはその通りの手続が履践されてきたことが認められる。ところで、右被告の代表者(本件の場合は嘉納行光会長)による連署又は副署の持つ意味について、昭和五九年一一月二一日FISU事務総長がIJF松前会長に宛てた文書(乙第三六号証の一、二)によれば、FISUとしては、関連するスポーツの統轄団体は、参加選手がアマチュアであることのほか「その団体に加盟していること(アフィリエイション・ステイタス)」をFISUに保証するために参加申込用紙に副署(連署)する手続が尊重されるべきであるとの方針を採択したこと、この観点から、本件世界選手権大会へのJUSBからの各参加申込書にはJUSBの古橋委員長の署名と日本の柔道統轄団体である被告全柔連の署名があり、FISUの手続規則が尊重されていたと考える旨の記載がある。
しかし、<証拠>によれば、FISUは各国のFNSU(日本ではJUSB)の参加申込に当たつて、その諸規則の遵守、尊重を求めているものの、他方国内の選手選考手続の在り方とか国内柔道団体の正当性については不介入の方針をとつていることが看取されるのであり、この事実と<証拠>及び前記第一、一、2の認定事実を総合すれば、FISUの求める統轄団体の保証の意味は主としてIOCの定め及びIJFの定める趣旨にかなつたアマチュア性の保証の点にあり、右乙第三六号証の二にいう「アフィリエイション・ステイタス」の保証は必ずしも「その団体に加盟していること」までの強い関係の保証を求めるのではなく、より緩やかな統轄団体と選手との関係の保証を求めるに過ぎないと解する余地が十分にある。そして、代表選手が統轄団体に属していることは、FISUの大会への派遣選手の選考の目的と選考の在り方に照らし望ましい通常の形態ではあろうが、我が国においてFISU主催の本件を含む大会は被告の国際交流施行規則(乙第一号証)上も被告がその参加の可否及び選手の派遣について統轄すべき国際大会には含まれておらず、かつ、全学柔連加盟大学の学生柔道選手であつても、有段者である者は地方組織を介してすべて被告の一員であることに変わりはないから、全学柔連加盟大学の学生で有段者である者に対して、被告の主張するような組織的統制力がおよそ及び得ないということは考えられない。被告主張の対外責任論は、前記二重資格論及び職域団体優先の慣行論を絶対のものとし、これと一体をなすものとして初めて首肯できるのであるが、右二重資格論や慣行論は本件においてはとり得ないこと前述のとおりであつて、これらはいわば国内選考手続上の便宜論に過ぎないといつて差し支えない。現に、被告は、本件選考会の原則的な参加資格を「大学柔連加盟大学より推薦された者」に制限する一方で、第三回全日本学生柔道体重別選手権大会の各級一、二位者については別枠として出場を認めているところ、<証拠>によれば、右一、二位者の中には全学柔連の単独加盟大学の学生柔道選手も含まれていることが認められ、また、甲第七七号証、前記第一、三、3及び争いのない事実第五、四によれば、大学卒業生については、被告の国際試合選手強化委員会が強化選手の中から選考することになつていて、大学柔連加盟大学の卒業生であることは要件とされていないこと、FISUの行事である一九八五年ユニバーシアード神戸大会の日本代表選手の選考については、被告は、FUSBの古橋委員長及び地元の要請等もあつたにせよ、全学柔連加盟大学の学生柔道選手を排除しなかつたことが認められ、これらの事実を併せ考えると、本件世界選手権大会は、一般大会ではなく学生の大会であり、地方組織を通じての推薦ということは考えられないものではあるが、有段者としての被告の一般的構成員であること以上に、大学柔連という被告傘下の学生柔道組織を介しての組織的統制というものが、被告の主張するような対外的責任を全うするために絶対に必要であるとは認められない。換言すれば、被告との関係における我が国大学柔道界の分裂状況の下で行われたFISU主催の大会に関する本件選考会については、被告は、傘下の大学柔道組織の推薦という従来の慣行や職域団体優先という選考の便宜にこだわることなく、FISUの平等取扱条項の趣旨を優先して、広く全学柔連傘下の学生をも対象として真に我が国の代表とするにふさわしい選手を選考すべきであつたのであり、それによつて国内的にもFISUに対する関係でも統轄団体としての責任を全うすることは可能であつたというべきである。
なお、被告は、FISU自体が、本件で被告の行つた日本代表選手の選考に関し完ぺきにFISUの手続を守りかつ国家連盟及び国際連盟を尊重しているものと認めているのであるから、それに対し、違法視されるいわれはないと主張している(争点第二、二、1)。確かに、<証拠>によれば、FISUとしては、本件世界選手権大会への我が国の参加申込は完ぺきにFISUの手続を守り、その規則を尊重したものと考えていることが認められるが、右各文書の内容は、前認定のとおり、本件世界選手権大会への参加申込書において、FISUに加盟するJUSBの古橋会長と統轄団体である被告の嘉納会長とが連署しているから、FISUの手続上遺漏がない旨を述べているに過ぎず、右文書における「この連署は選抜を承認するものではない」とか「この手続は国際的なスポーツ団体と各自のスポーツ団体との最良の関係を保障するものであり、また、FISUが各自の内部関係に干渉することを防ぐものなので、この政策が最も賢明なものであると思われます」という記述からも窺われるように、被告の選考方法それ自体を是認しているわけではない。むしろ、そのような各自の国内問題には干渉しないことを表明しているものとみるべきであるから、被告がとつた本件選考会における参加資格の制限という措置について、これがFISUの規則に照らして適法であるとか違法であるとかの判断を示しているものとは認められない。従つて、被告の右主張は採用できない。
以上の次第で、被告主張の対外的責任論は、大学在学生について、その参加資格を「大学柔連加盟大学より推薦された者」に制限したことの合理的根拠とはならないというべきである。
4 別枠の存在と原告らの出場(争点第二、二、7、第一、二、3、(二))
争いのない事実第四、二、1のとおり、被告は、本件選考会において、第三回全日本学生柔道体重別選手権大会の各級の一、二位者に別枠として出場を認めているところ、乙第二四号証の三によれば、原告らの内、朽木淳司、青井久幸、前川寿敬、樋川純、渋谷恒男及び堀雅人の六名は、同大会に出場したことが認められる。そこで、被告は、右六名の原告らについては、本件選考会への参加の可能性は与えられていた旨主張する。
しかしながら、争いのない事実第二、三、6及び同第四、二、1によれば、右第三回全日本学生柔道体重別選手権大会は、本件選考会の約四か月前に開催されたものであるところ、本件全証拠によつても、右第三回全日本学生柔道体重別選手権大会の各級の一、二位者に本件選考会への参加資格が与えられ、ひいては本件世界選手権大会の日本代表選手に選考されることになることが、右第三回全日本学生柔道体重別選手権大会の出場選手に予め周知されていた事実は窺われない。
もつとも、既に認定したとおり、世界大学柔道選手権大会の第六回大会及び第七回大会においては、それぞれの大会の直前に実施された国内大会(第六回大会については第三二回全日本学生柔道選手権大会、第七回大会については第一回全日本学生柔道体重別選手権大会)の勝者がそれぞれの世界大学柔道選手権大会の日本代表選手に選考されてきたのであるが、右第一回全日本学生柔道体重別選手権大会にあつては、そのパンフレットにおいて、同大会の勝者が第七回世界大学柔道選手権大会の日本代表選手に選考される旨が記載されており、このことから、世界大学柔道選手権大会が開催される直前の国内大会に優勝すれば、当該世界大学柔道選手権大会の日本代表選手に選考されるということが、学生柔道選手の間で暗黙の了解事項となつていたとも推認できなくもない。
しかしながら、本件選考会前の前記第三回全日本学生柔道体重別選手権大会については、その勝者が直ちに本件世界選手権大会への出場を認められたわけではないから、従前の国内大会と同列の比較はできないのみならず、右第三回大会の優勝者に本件選考会への参加資格が与えられるということは、同大会の出場選手にとつて予測し難いことであつたといわなければならない。なぜなら、既に認定したとおり、右第三回全日本学生柔道体重別選手権大会は、被告から脱退した全学柔連と全学柔連から脱退し被告の傘下組織となつた大学柔連との紛争が続く中で、両連盟が組織委員会の名の下に開催した大会である上、これまでの世界大学柔道選手権大会の日本代表選手の選考は、被告から委託を受けた脱退前の全学柔連が行つてきたところ、その選考に当たつて、本件のように選考会が開催されたことはなく、独立した選考会としては本件選考会が初めてであり、しかも、本件選考会の開催は、右第三回全日本学生柔道体重別選手権大会の約三か月後に開かれた被告の常任理事会において決定されたものであるからである。
従つて、右第三回全日本学生柔道体重別選手権大会に原告らの内六名の者が出場していたとしても、その開催時点においては、各級の一、二位者に本件選考会への参加資格が与えられるということはそもそも予定されていなかつたと認められるから、事後的に右第三回全日本学生柔道体重別選手権大会の一、二位者に本件選考会の参加資格を付与したとしても、これをもつて、本件選考会の原則的な参加資格を大学柔連加盟大学より推薦された者に制限したことの合理的根拠とはなし得ないというべきである。
三被告の原告らに対する害意の有無(争点第一、二、3、(三)、第二、三)
前記第三、一、3において認定したとおり、被告は、全学柔連傘下の大学に動揺を与え、大学柔連の組織の確立・育成を図り、大学柔道界に対する主導権を確立する意図をもつて、本件選考会の参加資格を制限したものというべきところ、このような参加資格の制限は、右のような被告の意図を実現するためには極めて効果的である反面、その制限の効果を直接受ける原告らをはじめとする全学柔連加盟大学に所属する学生柔道選手にとつては、たまたま所属する大学柔道部の上部組織の紛争の巻添えを食つて、本質的には個人参加であるはずの本件世界選手権大会への出場の途を閉ざされるものであり、柔道人たる学生個人の利益を犠牲にするものであることが明らかである。これらの事実を総合すれば、被告は、個々の学生の参加の可否を意識していたものではないにせよ、まさに自己の設定した参加資格制限によつて、全学柔連加盟大学に所属する学生柔道選手である原告らが、本件選考会に出場できなくなるという結果を十分認識していたと推認することができる。
なお、被告は、原告らが従来有していた被告主催の学生職域行事への参加資格を失うことになつたのは、原告ら所属大学(柔道部)の加盟している全学柔連が、無謀にも被告から脱退したという専ら全学柔連の行為に起因するものであるから、原告らが本件選考会に出場できなかつたのは全学柔連の責任であると主張する。
確かに、前認定の経過によれば、脱退なければ資格制限なしとの自然的因果関係はこれを認めることができ、また、全学柔連が被告からの脱退を決定した過程を見ると、前記第一、三、2、(一)、(6)に認定したとおり、右脱退を決議した緊急評議員会の招集通知に記載された議題は、「日本国際学生柔道大会の今後のあり方について(中止をも含めて検討する)」というものであつて、その表現自体からは、右議題が脱退問題をも含む趣旨であるとは解せられないところ、当時の情勢から、脱退問題が右緊急評議員会において決議されることが関係者の間では予測できた(証人佐伯弘治の証言)としても、前記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、右脱退の決議は、その評決においてかなりの反対意見もあつたのみならず、脱退後に起こり得るあらゆる事態を見越した上でなされたはずのものにしては、些か熟慮に欠け、性急に過ぎたとのそしりを免れない(学生の柔道大会への参加の機会は、本件を含むFISUの大会やオリンピック大会だけではなく、むしろ被告が主催、後援する国内大会の方が多かつたのであり、全学柔連執行部としては、被告から脱退する以上、被告との紛争が続く限り、少なくとも後者の大会には傘下の学生が出場できなくなるなど有形、無形の不利益が学生に及ぶことを予測すべきであつた。)。
しかしながら、既に認定したとおり、本件世界選手権大会は、被告の主催、後援、派遣する大会ではなく、FISUが主催しJUSBが派遣する国際大会であるから、そもそも学生柔道選手にとつては、自己の所属する大学(柔道部)が被告傘下の学生柔道組織に加盟しているか否かということと、本件世界選手権大会の参加資格があるか否かということは、本来無関係なはずのものであつて、全学柔連が被告から脱退したことによつて、全学柔連加盟大学に所属する学生柔道選手である原告らが、当然に本件世界選手権大会の参加資格をも喪失するという関係にあるべきものではない。そして、被告がした本件選考会における参加資格の制限は、前認定のとおり世界大学柔道選手権大会の日本代表選手の選考会におけるものとしては、不合理な制限であるから、原告らが本件選考会の参加資格を認められなかつた直接かつ主要な原因は、被告の行為によるものと認めるのが相当である。これを、全学柔連が被告から脱退したことによる単なる反射的不利益に過ぎないものということはできず、また被告が敢えて大学柔連との二重加盟を慫慂したとか、全学柔連の脱退届を一時保留していたとかの前認定の一切の経過を勘案しても、被告を免責するには足りないから、被告の右主張は採用できない。
四まとめ
以上のとおり、我が国柔道界の唯一の統轄団体として、JUSBから本件世界選手権大会の日本代表選手の選考の委託等を受け、その実質的な選考者であつた被告には、学生柔道の世界チャンピオンを決定する国際大会である本件世界選手権大会の日本代表選手を選考するに当たり、FISU競技規則の定める平等取扱条項に則り、アマチュアたる学生選手を広く対象として、我が国を代表するにふさわしい最高の選手を選考すべき責務があり、従つて右平等取扱条項等の趣旨に反するような不合理かつ不平等な制限を設けてはならない義務があつたというべきところ、被告は、その義務に違反し、全学柔連加盟大学所属の学生柔道選手を国内及び国外の競技会から一律に締め出すことによつて、全学柔連加盟大学に動揺を与え、被告傘下となつた大学柔連の組織拡大を図り大学柔道界に対する主導権を確保する意図の下に、本件世界選手権大会の日本代表選手を選考するために被告が主催した本件選考会において、全学柔連加盟大学所属の学生柔道選手である原告らが、本件選考会ひいては本件世界選手権大会への出場の機会を奪われることになることを認識しながら、敢えて右平等取扱条項の趣旨に反し、かつ学生柔道選手の個人的利益を害する不合理な参加資格の制限を設けて、原告らを本件選考会から排除したものである。これは、本件世界選手権大会の日本代表選手の実質的な選考者として被告に与えられていた裁量権の範囲を逸脱するものであるから、違法たるを免れない。よつて、被告が常任理事会の決定に基づいてした右行為は、原告らそれぞれに対し不法行為を構成するから、被告は、原告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。
第四原告らの損害
争いのない事実第四、二、2のとおり、原告らは、当時いずれも全学柔連加盟大学の在学生であつて、大学柔連加盟大学の在学生ではなく、また、前記第三回全日本学生柔道体重別選手権大会各級の一、二位者でもなかつたことから、被告によつて、本件選考会の参加資格がないとの理由により本件選考会への出場を拒否され、日本代表選手に選考されて、本件世界選手権大会に出場する機会を奪われたものである。そこで、<証拠>によつて認められる原告らの各種柔道大会における戦績、本件に関する心情と、他方において、本件紛争の背景には被告と全学柔連の組織的対立があることが弁論の全趣旨から明らかであり、原告らとしては、本件における被告の行為によつて柔道選手としての生命を断たれるほどの大きな打撃を受けたものとは認め難く、現在既に社会人としての道を歩んでいることをも対照勘案すれば、原告らが本件によつて被つた精神的損害に対する慰謝料は名目的なものにとどめ、原告らそれぞれに対し、金五万円とするのが相当である。
第五結論
よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、それぞれ金五万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言の申立については、相当でないからこれを却下する。
(裁判長裁判官荒井史男 裁判官安間雅夫 裁判官小川浩)
別紙戦績表<省略>
別紙書証目録<省略>