東京地方裁判所 昭和59年(ワ)1988号 判決 1991年4月26日
原告
法政大学学生会館学生連盟
右代表者理事長
伊藤えりか
右訴訟代理人弁護士
一瀬敬一郎
同
大口昭彦
同
深澤信夫
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
長谷川豊一
外三名
被告
小島勝視
外六名
右七名訴訟代理人弁護士
山下卯吉
同
高橋勝徳
同
金井正人
被告
学校法人法政大学
右代表者理事長
青木宗也
右訴訟代理人弁護士
山本博
同
戸谷豊
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自五五九万三八七五円及びこれに対する昭和五八年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、警視庁公安部公安第一課(以下「公安第一課」という。)所属の被告小島勝視(以下「被告小島」という。)、同江口保哉(以下「被告江口」という。)、同纐纈俊広(以下「被告纐纈」という。)、同脇本義弘(以下「被告脇本」という。)、同塙登(以下「被告塙」という。)、同小池啓太郎(以下「被告小池」という。)及び同酒井貞夫(以下「被告酒井」という。なお、右七名を以下「被告小島他六名」という。)が、昭和五八年一〇月六日、被告学校法人法政大学(以下「被告大学」という。)内の学生会館(以下「学生会館」という。)に対し、捜索差押え(以下「本件捜索差押え」という。)をしたが、本件捜索差押えは不必要なものであり、しかも、原告に本件捜索差押許可状を呈示せず、その立会いも認めず、不相当な方法で執行したことにより、また、その際、被告大学が原告の立会いを認めず、自らは不十分な立会いしかせず、更に、右会館のマスターキーを誤って提供したことにより、原告が、その所有するロッカー等を損壊され、学生会館の円滑な使用を阻害され、原告の名誉権を侵害され、捜索差押許可状の呈示を受ける権利及び捜索差押えに立ち会う権利を侵害されるなどの損害を受けたとして、被告東京都(以下「被告都」という。)に対しては国家賠償法一条に基づき、被告小島他六名に対しては民法七一九条に基づき、被告大学に対しては民法四四条に基づき、各自五五九万三八七五円の損害賠償をするよう請求した事案である。
一当事者の地位等(当事者間に争いがない。)
1 原告は、被告大学に在籍する学生によって構成され、学生会館の管理及び運営を行うことを主たる目的とする権利能力なき社団であるが、学生会館建築中の昭和四七年一〇月、原告の前身である法政大学学生会館設立委員会を継承して新たな組織として設立された。
原告の組織運営は、同年一〇月二四日に制定された法政大学学生会館学生連盟定款に従って行われたが、原告の主たる目的は、学生自治の精神に則り、学生団体が相互に協力しあって被告大学の学生会館を管理、運営することにあり、被告大学の学生及び三〇の本部団体により構成され、総会を最高議決機関とし、その他理事会、事業委員会、事務局、厚生局等の機関を有し、その財政は、被告大学が学生から代理徴収制に基づき会費を徴収し、それを運営補助金として原告に交付する仕組みで運営され、その他、福利厚生事業による収益、寄付金が原告の主な財政の収入源であった。
2 被告小島他六名は、本件捜索差押え当時、公安第一課所属の公務員であり、被告小島は、同課の課長代理であった。
二争点
1 本件捜索差押えの違法性
(一) 本件捜索差押えの被疑事実の有無及び捜索場所と被疑事実の関連性の有無
(二) 原告の捜索差押許可状の呈示を受ける権利及び立会権の有無並びに右各権利侵害の有無
(三) 本件捜索差押えの執行方法における違法性の有無
2 誤って古いマスターキーを提供した被告大学の過失
3 原告の損害
第三争点に対する判断
一<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 学生会館の管理運営に関する従前の経緯
(一) 原告の前身である法政大学学生会館設立委員会と被告大学総長は、学生会館の建設及び右会館の管理、運営について交渉を重ねた末、昭和四三年一二月二六日、将来建築される学生会館の管理、運営権を単独学生の手に委ねる旨合意した。
被告大学が所有する学生会館は、昭和四六年一二月、被告大学敷地内において建築着工となり、昭和四八年八月、完成したが、本部棟とホール棟からなり、本部棟は地上八階地下二階で、各本部団体及び各サークルがこれを使用し、ホール棟は地上六階地下一階で、貸出用のホール、会議室等になっており、学生会館使用規程に基づいて運営され、原告の事務局が本部棟の鍵の管理等を行っていた。なお、原告は、学生会館を建築する際、その設計等に関し被告大学に対し要望を述べ、右要望は現実の建築に採り入れられた。
(二) 被告大学は、昭和四四年一一月ころ、大学内で内ゲバ事件が発生したのをきっかけとして、昭和四五年二月一七日付けで、以下の六項目の行為を禁止する旨の告示を行った。
(1) 人身に対して危害を加える行為
(2) 凶器となるべきものの所持と集積、威嚇行為など、暴力行使の準備となる行為
(3) 被告大学の運営に重大な支障を及ぼす業務、授業、試験の妨害
(4) 被告大学施設の不法使用、占拠、封鎖及び破壊
(5) 許可なき者の被告大学施設の徹夜使用、宿泊
(6) 許可なき学外者の被告大学構内への立入り
また、同年八月三日に内ゲバにより東京教育大学の一名の学生が殺害される事件が発生した等の理由から、被告大学は、同年九月一日、学生諸団体に対し、以下の三項目を厳守することを要請した。
(1) 学外者による被告大学施設の占拠その他の不法使用を即時解消すること
(2) 当分の間、午後一〇時三〇分後翌朝八時までの被告大学施設の使用をとりやめること
(3) 全ての学生団体が、思想、信条の差異を物理的暴力によって圧殺するといった行為を被告大学内において行わないことを約束すること
そして、被告大学は、昭和四六年、学生等に対し、以下の三条件を厳守することを要請した。
(1) 被告大学の建物、部屋等の不法使用をしないこと。特に、学外者にこれらの施設を転貸しないこと
(2) 当分の間、夜一〇時から翌朝八時まで大学施設を使用しないこと(なお、現在では、使用制限時間は夜一一時から翌朝八時までとなっている。)
(3) 全ての学生団体は、思想、信条の相違と対立を暴力によって決しない旨の意思表示を被告大学が確認しうる方法で行うこと
(以下、右三条件及び昭和四五年二月一七日付けで告示された六項目を「三条件・六項目」という。)
(三) 被告大学は、原告に対し、三条件・六項目を遵守する旨誓約するよう要求したが、原告は、これに反対したので、被告大学は、その後は、右誓約がされない限り学生会館を学生の自主管理に委ねることはできないという姿勢で学生側と交渉を継続した。
(四) そして、原告と被告大学は、昭和四八年一二月四日、同意書に調印し、学生会館の管理運営については前文3及び本文Ⅱ1で、鍵の管理については本文Ⅱ4(1)ないし(6)で、運営予算等については本文Ⅲ1、3及び4で、学生会館の業務に関しては本文Ⅳ1及び2で、それぞれ以下のように合意し、学生会館の管理運営は、それに基づき行われた。ただし、右同意書調印について、原告のうち法文系の自治会はこれに反対した。
前文3 被告大学は、学生会館が被告大学の基本決定にそって管理運営されることを要求し、学生はこれを尊重する。学生は、学生会館の管理運営が昭和四三年一二月二六日の合意事項に基づき学生の手によって行われることの再確認を要求し、被告大学はこれを尊重する。
本文Ⅱ1 使用及び利用の許可は「学生会館の管理運営にあたる組織」に委ねる。
本文Ⅱ4(1) 鍵は「学生会館の管理運営にあたる組織」に委ねる。
(2) 本部棟の鍵は「学生会館の管理運営にあたる組織」が保管し、各団体が当該の本部室又は部室を使用するつど貸し出す。
(3) 本部棟のオリジナルキーは「学生会館の管理運営にあたる組織」が保管し、貸出用の鍵の紛失等の場合に使用する。なお、その場合のコピー費用は当該使用団体が負担する。
(4) 電気等危険設備のある部屋の鍵は被告大学が保管し、所定の規則に従い使用または保全のために使用する。
(5) ホール棟の鍵は被告大学が保管し、利用または保全のために使用する。
(6) マスターキーは双方が保管するものとし、学生側は「学生会館の管理運営にあたる組織」が保管する。なお、このマスターキーは学生側、被告大学側共に非常・緊急の場合以外は協議のうえ使用する。
本文Ⅲ1 被告大学は運営費を補助する。
本文Ⅲ3 学生会館の管理運営にあたる組織は毎年年間予算書及び前後期別予算書を提出する。被告大学はこの予算書にもとづき前後期毎に運営費を補助する。
本文Ⅲ4 学生会館の管理運営にあたる組織は大学が補助する運営費について公認会計士の監査を受けた決算書を総会へ提出してその承認をえる。
本文Ⅳ1 被告大学は学生部に学生会館担当部門を置き、学生会館に関する被告大学の日常業務を行う。
本文Ⅳ2 人事については学生の意向を尊重する。
(なお、右の「学生会館の管理運営にあたる組織」は、原告を構成する諸団体によって構成されるべきことが、右同意本文Ⅰ1に定められている。)
前文3にいう基本決定には、学則に基づく建物等を管理する場合の規定と三条件・六項目が含まれていた。
本文Ⅱ4(6)における非常・緊急の場合に、警察による学生会館内の捜索が含まれるかについては、原告と被告大学との間で解釈が対立し、被告大学は、警察による学生会館内の捜索が非常・緊急の場合に含まれると公式に主張し、その後、被告大学が現実に捜索の際にマスターキーを使用した際には、学生側はそのつど抗議をした。
また、被告大学はその後、三条件・六項目遵守を確認するためにマスターキーを使ったこともあったが、三条件・六項目遵守を確認するためにマスターキーを使用することについて被告大学と学生との間に具体的な合意はなかった。
なお、原告及び被告大学は、昭和四八年一二月四日、了解事項を確認し、その条項4(2)bで、本部棟の本部室及び部室での盗難は、本部室又は部室の当該の使用者が責任を負う旨合意した。
原告及び被告大学は、同月一一日、被告大学が学生会館の管理運営にあたる組織に補助する運営費を定率0.28パーセントとする旨合意した。
原告及び被告大学は、昭和四九年六月二五日、被告大学が備品を原告に貸与し、原告がその備品を管理する旨合意した。
(五) 昭和五〇年及び昭和五二、三年ころ、学生側が学生会館の鍵を被告大学に無断で交換したが、捜索時に被告大学がその保管するマスターキーを使用してもドアが開かないことからその事実が判明し、その際、鍵を壊して捜索を実行した。
昭和五〇年三月ころ、学生が学生会館の部屋を改造し、また、バリケードなどを作って廊下等の通行を妨げていたので、被告大学がそれらを撤去した。
昭和五二年一月ころ、原告が、被告大学の町田移転に反対する闘争の一環として、試験を妨害し、学生が学生会館を拠点にヘルメット、棍棒等を持って出撃するという事件があり、被告大学は、右闘争が継続される危険性があると判断し、同年一月一六日及び同月一七日、被告大学自ら学生会館を捜索し、その際、マスターキーを使用した。
なお、夜間(午後一一時から午前八時まで)の学生会館の管理は、学園祭等の例外的な場合を除き、被告大学が単独で行っていた。
本件捜索差押え以降は、昭和六〇年一〇月ころ、学生会館付近で火災があり、被告大学がマスターキーを使用し、同年から六一年にかけて、学生会館の工事点検等の際に原告側が右工事点検等に立ち会った。
2 捜索についての原告の従前の立会い状況
学生会館が完成するまでは学生の自治会室やサークル室は、それぞれの教室棟の一階及び地下、あるいはある時期には構内にプレハブを作ってそこへ入っていたが、右自治会室等は、その間、約三〇回ほど警察による捜索を受け、そのうち数回には消防官が立ち会ったが、残り二〇数回には被告大学職員が立ち会い、原告は、捜索は不当であるから立会いをするべきではないという主張のもとに、いずれの捜索にも立ち会わなかった。
学生会館は、昭和四九年五月一九日、右会館完成後初めて警察による捜索を受けたが、その際も被告大学職員が右捜索に立ち会い、その当時、原告は捜索への立会いを要求していなかった。
昭和五五年あるいは五六年ころから、原告に属するものが個人として非公式に捜索への立会いを被告大学に対し要求したことがあったが、文書で公式に要求したことはなかった。
被告大学事務部長の斉藤一郎(以下「斉藤」という。)は、原告に対し、非公式に捜索に立ち会う意向があるか打診したことがあるが、学生は前記の理由でこれに反対した。
なお、本件捜索差押え以降に行われた捜索差押えについても、被告大学職員が立ち会っている。
3 本件捜索差押えに至る経緯
(一) 昭和五八年九月三〇日午後三時ころ、学生会館から館外に出てきた約一一〇名の者が、ヘルメットをかぶり、マスクやタオルで覆面をした後、デモ隊形を作り先頭に旗竿を立て学内デモを行い、更に、被告大学正門から道路に出て、国鉄飯田橋駅方向にそのままデモ行進を行ったため、警察官が警告をしたが、デモ隊はそれに従わずデモ行進を続けた(以下「本件デモ行進」という。)ので、警察官は、右デモ隊の先頭においてデモを指揮していた丸山健二(以下「丸山」という。)を、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二五年東京都条例第四四号)違反(以下「本件公安条例違反」という。)の現行犯人として逮捕した。
なお、右デモ隊のほとんど全員がヘルメットをかぶっており、右ヘルメットには、中核派という文字等が書かれ、先頭に立てられた旗は中核派の旗であった。また、右デモの指揮者は、逮捕された丸山の他にもう一名いたが、その者は逮捕を免れ、逃走した。
丸山については、同年一〇月三日、勾留決定があり、同月一一日勾留延長なく釈放され、その後不起訴処分となった。
(二) 学生会館は当時、中核派の拠点と目されており、公安第一課は、過去に逮捕した中核派の被疑者の供述、一般学生等からの情報、公安第一課の学生会館周辺の視察の結果、学生会館の外壁に中核派の貼り紙等がされている事実等から、学生会館は中核派の支配下にあると認識しており、右デモ隊が集まった場所が学生会館であったこと及び学生会館から出てきてすぐにデモ隊形をとったことから、学生会館内で本件公安条例違反行為についての計画が練られた可能性が高いと考え、加えて、逃走中のもう一人の本件デモ行進の指揮者を割り出す必要があるため、同年一〇月三日、東京簡易裁判所に対し、学生会館に対する捜索差押許可状を請求し、同日その発付を得た。
そして、公安第一課所属の警部若杉秀康(以下「若杉警部」という。)は、同月五日午後三時ころ、麹町警察署員をして、被告大学に、翌六日午前七時から学生会館を捜索するので立ち会ってもらいたい旨の電話連絡をさせた。
4 本件捜索差押えの着手の状況
若杉警部らは、同月六日午前七時ころ、学生会館を捜索すべく、被告大学正門から学内に入り、同所において学生会館の管理につき被告大学から権限を委任されている被告大学常務理事の廣岡治哉(以下「廣岡理事」という。)に、捜索差押許可状を呈示した。
若杉警部は、一組四名の捜索班を八組編成し、右廣岡理事に対して、それぞれ組に立会人をつけるよう要請し、廣岡理事は、右要請を受け、各組に二名ずつの被告大学職員を立会人としてつけ、右立会い職員に対し、捜査の立会い要領のマニュアルを配布し、学生が登校する午前八時までに捜索を終了すべく捜査機関に協力するように指示し、その後、若杉警部は、右八組の捜索班に予め指定してあった部屋の捜索を実施させ、午前七時から八時を少し過ぎるころまで、それぞれの組が警部補を長として八箇所の捜索を行った。
またその他約三〇名の機動隊員が本件捜索差押えを援助した。
なお、立会人となった被告大学職員はそのほとんどが管理職であったため、学生会館の構造等を知らない者が多かった。
その際、廣岡理事は、学生側は立会いを拒否する姿勢であると認識しており、また、警官隊と学生が接触してトラブルを起こすことを回避したいと考えていたので、学生を本件捜索に立ち会わせる意思はなく、したがって、原告に本件捜索差押えについて事前の連絡はしなかった。
5 本件捜索差押えの実施状況
(一) 一〇一号室
(1) 実施の状況
被告纐纈ほか三名は、同日午前七時ころ、一〇一号室前において、立会人である被告大学職員二名に捜索差押許可状の写しを提示した後、捜索に着手した。その際、右一〇一号室の鉄製の入口ドアが施錠されていたため、被告纐纈は、立会人の被告大学職員に対し、合鍵があるなら提供してほしい旨依頼したところ、右職員のうち一名が合鍵を持った別の職員を連れてきたが、右合鍵をもってしても右ドアは開かなかったため、被告纐纈はその旨を若杉警部に連絡した。その際、被告大学職員は被告纐纈に対し、鍵が学生たちによって被告大学に無断で交換されたためマスターキーが合わない旨述べた。
被告纐纈は、右連絡を受け一〇一号室前に来た若杉警部と共に右ドア以外に一〇一号室内に入る場所がないかを捜したが、右ドア上部の天窓があったと考えられる部分は鉄板で頑強に溶接され完全に塞がれ、そこから室内に入ることができなかったため、被告大学職員に対し、他に入る場所がないかを尋ねたところ、右職員は右ドア以外にない旨答えた。
このため、若杉警部は、警視庁警備部第九機動隊の中隊長と相談のうえ、鍵を壊して中に入る以外に方法がないと判断し、廣岡理事に対し、ドアが合鍵をもってしても開かないため、鍵の部分の破壊を認めてほしい旨要請したところ、廣岡理事は、当時たまたま一週間交替の当番であった社会学部の石川部長と相談して、かつて学生がセクト間の対立の自衛上、被告大学に無断で鍵を交換したという事例があったこと等を考慮した上で、最小限の破壊にとどめるという条件でドアの破壊を認めた。そこで、若杉警部は、本件捜索差押えの支援活動に来ていた機動隊員に右ドアの開錠を依頼したところ、右機動隊員は、当初は細長い金棒を鍵穴に差し込んで開けるべく工夫していたが開かないため、今度はハンマーでノブの部分を叩いたところ、ノブだけが落ちた。更に、ノブが付いていた箇所の穴に、針金を通して右ドアを開けるべく試みたが開かないため、次に、ノブが付いていた部分の周囲を二、三回ハンマーで強く叩いても、やはり開かなかったので、被告纐纈は、他の捜査員に他に外から一〇一号室内に入れる場所がないかを捜させた。
しばらく後、被告纐纈は、右捜査員から、地下駐車場に通じる通路の所に一〇一号室内につながっていると思われる窓があるとの連絡を受けたため、若杉警部及び被告大学職員らと一緒に同所へ行くと、地上から二ないし2.5メートルの高さのところに縦約一メートル、横約二メートルの窓があったので、若杉警部が、右大学職員に対し、この窓が一〇一号室内につながっているかどうか尋ねたところ、右職員がつながっているかもしれない旨答えたことから、被告纐纈は、近くにいた機動隊員にその点を確認するよう依頼した。
そこで、右機動隊員は、直ちにそばにあったリヤカーを踏み台にして右窓から室内に入ろうとしたが、クレセント錠がかけられ中に入れないことから、若杉警部は、被告大学職員に右錠をはずすためガラスを割ることの同意を求め、右職員からその了解を得て、その旨機動隊員に伝えたところ、同隊員が長い棒状のもので右窓ガラスの錠の部分を少しずつ腕が一本入る程度に割り、そこから手を入れて右窓ガラスのクレセント錠をはずした。
そして、右機動隊員が右窓から室内に入り、次いで被告纐纈ら四名の捜査員、その後立会人である被告大学職員二名がそれぞれ右窓から室内に入ったところ、その部屋は印刷室になっており、右印刷室は更に一〇一号室内の広い部屋につながっていたことから、直ちに右印刷室を含め一〇一号室内の捜索を実施した。
被告纐纈は、被告大学職員一名の立会いを得て約五、六分間にわたり右印刷室を、また、他の三名の捜査員は、被告大学職員一名の立会いを得て一〇一号室の印刷室以外の場所の捜索をそれぞれ実施し、右印刷室の捜索には途中から若杉警部が加わった。
その結果、10.1カールビンソン寄港阻止に関するビラ、中核派の機関紙「前進」等を差し押さえた。
(2) 損壊の状況
一〇一号室の捜索により以下の損壊が生じた。
ア 入口ドア外側及び内側ノブの破損
イ 入口ドア外側ノブ周辺のへこみ(一箇所)
ウ 入口ドア外側外枠のへこみ(三箇所)
エ 入口ドア外側外枠付近コンクリート壁の損壊(一箇所)
オ 入口ドア内側外枠付近コンクリート壁の損壊(二箇所)
カ 印刷室の窓ガラス損壊(一枚)
なお、原告は、本件捜索において、被告纐纈らが右印刷室の内の両開きのロッカー内の下から三段目の棚で、印刷用の赤インクを容器から放出し、同ロッカー左側扉の裏側に右赤インクを塗った、また、一〇一号室内の椅子を倒し、灰皿を倒したと主張する。
しかし、赤インクを放出する等の行為は本件捜索にとって全く必要がないばかりか、印刷室には被告大学職員一名が立ち会っていたが、同人がそのような情況を目撃したといった事情もうかがえないことからしても、原告の主張は採用できない。なお、右ロッカーが本件捜索差押えによって損壊された事実は認められない。
(二) 一〇二号室
(1) 実施の状況
被告脇本ほか三名は、一〇二号室前において、立会人である被告大学職員二名に捜索差押許可状の写しを示したのち、右一〇二号室の出入口から同室内に入り、その捜索を行った。
なお、被告脇本は、右一〇二号室内にあった七、八本のロッカーのうち一本だけが施錠されていたことから、その中に証拠品が入っている可能性があると考え、立会人に合鍵の有無を尋ねたが、右立会人がないと答えたため、付近にあった机や別のロッカー内を捜したがやはり合鍵を発見することができなかったので、ロッカーの鍵を壊すことについて立会人の了解を得て、若杉警部からも右ロッカーを開けるよう下命されたのち、機動隊員に開錠を依頼し、右機動隊員は右ロッカーをバールで開錠し、捜査員が約二〇分間にわたり右ロッカー内を捜索した。
その結果、航空母艦カールビンソン寄港阻止に関するビラ及び中核派の機関紙「前進」等合計約十数点を差し押さえた。
捜索終了後は、捜索した資料を片付け、ロッカーは全て閉めた。
(2) 損壊の状況
一〇二号室の捜索により以下の損壊が生じた。
小型ロッカーの鍵部分の損壊(一本)
(なお、右ロッカーは被告大学の備品であった。)
(三) 一〇三号室
(1) 実施の状況
被告脇本は、一〇三号室の入口ドアが施錠されていたため、立会人の被告大学職員に合鍵を提出するよう依頼したところ、右職員のうち一名が合鍵を持った別の職員を連れてきたが、右合鍵をもってしても右ドアは開かなかったため、被告脇本は、立会人に他に出入口がないかを尋ねたところ、右被告大学職員はない旨答えた。その際、被告脇本は、右職員が鍵が無断で交換されたと話しているのを聞いた。
(なお、右ドア上部には鉄板のようなものが張り巡らされていたため、被告脇本は、天窓に気がつかなかった。)
このため、被告脇本は、若杉警部に、右状況を報告したところ、同警部から鍵を壊して入るよう下命されたので、立会いの職員から鍵を壊すことの了解を得たのち、そばにいた機動隊員に右ドアを開けるよう依頼した。
右機動隊員は、右ドアを開けるため当初針金を用いていたが開かないため、今度は右ドアが内側開きであったことから、右ドアをハンマー等で叩けば開く可能性があると考え、右ドアのノブ付近をハンマーで一、二回叩いたところ、ノブが外れたがそれでも開かなかったので、更に二、三回叩いたがやはり開かなかった。
そこで、被告脇本は、右機動隊員に、他に開ける方法がないか尋ねたとろ、右機動隊員は、エンジンカッターで差込み部分を切断してはどうかと答えたため、被告脇本は、右機動隊員に対し、右方法で開けるよう依頼した。
その後、右機動隊員が持参したエンジンカッターをノブ付近に二度当てたところ、右鍵の差込み部分が切断されてドアが開いたので、被告脇本らはそこから入室し、約一五分間にわたり捜索を実施した。
その結果、航空母艦カールビンソン寄港阻止に関するビラ及び中核派の機関紙「前進」二、三部を差し押さえた。
なお、この間、被告大学職員は常時立ち会っており、別段異議を述べなかった。
(2) 損壊の状況
一〇三号室の捜索により以下の損壊が生じた
ア 入口ドアノブの破損
イ 入口ドア外側ノブ周辺のへこみ(六箇所)
ウ 入口ドア外側及び内側扉の切り込み(外側三箇所、内側一箇所)
(四) 一〇四号室、一〇五号室及び一〇六号室
(1) 実施の状況
被告江口ほか三名は、一〇四号室、一〇五号室及び一〇六号室の入口ドアが施錠されていたため、立会人の被告大学職員に合鍵で右ドアを開けるよう依頼したところ、右職員のうち一名が合鍵を持った別の職員を連れてきたが、右合鍵をもってしても右ドアは開かなかったため、被告江口は、立会いの被告大学職員に他に右部屋に入るための入口がないかを尋ねたところ、立会人はこの入口しかない旨答え、また、被告江口らも他の入口を捜したが結局見つからなかった。その際、被告江口は右職員が鍵が無断で交換されたと口にしているのを聞いた。
そこで、被告江口は、若杉警部に右状況を連絡した後、立会人から右ドアの鍵を壊すことの了解を得て、機動隊員に右ドアを開けるよう依頼した。
右機動隊員は、右ドアを開けるため当初針金状のものを用いていたが開かず、今度は、被告江口は、右各ドアがいずれも内側に開くように見えたので、右各ドアの差込み部分を外から叩けば右各ドアが開く可能性があると考え、右ドアのノブ付近をハンマーで叩くよう右機動隊員に依頼し、右機動隊員は数回叩いたが、いずれのドアもノブがとれただけで開かなかった。
このため、機動隊員は、一〇六号室、一〇五号室、一〇四号室の順にエンジンカッターを使用して右各ドアの差込み部分を切断し、それぞれドアを開けたので、被告江口らは、そこから入室して右各室内を順次捜索した。
その結果、一〇四号室においては、航空母艦カールビンソン寄港阻止に関するビラ一枚を、一〇五号室においては、航空母艦カールビンソン寄港阻止に関するビラ及びパンフレット合計約七、八点を、一〇六号室においては、航空母艦カールビンソン寄港阻止に関するビラ一枚を、それぞれ差し押さえた。
なお、この間、被告大学職員は常時立ち会っており、別段異議を述べなかった。
(2) 損壊の状況
一〇四号室の捜索により以下の損壊が生じた。
ア 入口ドアノブの破損
イ 入口ドア外側ノブ周囲のへこみ(一一箇所)
ウ 入口ドア外側の切り込み(一箇所)
一〇五号室の捜索により以下の損壊が生じた。
エ 入口ドアノブの破損
オ 入口ドア外側ノブ周辺のへこみ(三箇所)
カ 入口ドア外側の切り込み(一箇所)
一〇六号室の捜索により以下の損壊が生じた。
キ 入口ドアノブの破損
ク 入口ドア外側の切り込み(ノブ部分をはさんで左右に一箇所ずつの合計二箇所)
なお、原告は、本件捜索において、被告江口らが、一〇四号室の入口ドア内側の郵便ポストの蓋を損壊した、また、一〇六号室の入口ドア外側上部のハート形をしたへこみを生じさせたと主張する。
しかし、右ポストはノブの上方約四〇センチメートル以上のところにあり、入口ドアを開けるために右ポスト部分を叩く必要性はないこと、右ポストの蓋は入口ドアの内側にあること、また、右へこみはノブの上方約六〇センチメートルのところにあり、入口ドアを開けるために右部分を叩く必要性はないこと、入口ドアをハンマーで叩く際には被告大学職員は常時立ち会っていたこと等を総合すると、右主張は採用できない。
(五) 二〇七号室ないし二一〇号室
(1) 実施の状況
被告小池ほか三名は、立会人である被告大学職員に対して捜索差押許可状の写しを示した後、順次、各部屋の捜索を実施した。
なお、被告小池らは、右二〇八号室内にあった四、五本のロッカーのうち一本だけが施錠されていたことから、被告小池が、立会人に対し、合鍵の有無を尋ねたが、右立会人はない旨答えたので、被告小池らは、付近にあった机の引出しや別のロッカー内を捜したがやはり合鍵を発見することができなかったので、若杉警部に右状況を連絡し、その後、機動隊員が右ロッカーを開けるため金具等を用いたが開かないので、被告小池が立会人の了解を得て、右機動隊員が右ロッカーをバールで開け、被告小池らが右ロッカー内を捜索した。
その結果、二〇八号室においては、航空母艦カールビンソン寄港阻止に関するビラ及び中核派の機関紙「前進」を合計約四、五点差し押さえた。
(2) 損壊の状況
二〇八号室の捜索により以下の損壊が生じた。
ロッカーの錠部分の損壊及び右扉の変形(一本)
(なお、右ロッカーは、二〇八号室を使用していた歴史学研究会が所有しており、本件捜索差押え後、被告大学により修理されることもなかったが、使用には支障がなかった。)
(六) 二一一号室
(1) 実施の状況
被告小池は、二一一号室の入口ドアが施錠されていたため、立会人の被告大学職員に対し、合鍵で右ドアを開けるよう依頼したところ、右職員のうち一名が合鍵を持った別の職員を連れてきたが、右合鍵をもってしても右ドアは開かなかったため、被告小池は右立会人に他に出入口がないかを尋ねたところ、右立会人はない旨答えた。その際、右職員が鍵は学生たちに無断で交換された旨口にしていた。
そこで、被告小池が、若杉警部に右状況を連絡し、立会人の了解を得た後、機動隊員が入口ドアの上部に設置されてあった天窓のガラスをバールで割って中から右ドアを開け、被告小池らは右ドアから室内に入り、約一〇分間にわたり捜索を実施した。
その結果、航空母艦カールビンソン寄港阻止に関するレポート用紙約二、三枚を差し押さえた。
なお、被告小池らは、割れた右窓ガラスの破片を脇に寄せてかたづけた。
(2) 損壊の状況
二一一号室の捜索により以下の損壊が生じた。
天窓部分の窓ガラスの損壊(一枚)
(七) 二一二号室ないし二一六号室
(1) 実施の状況
被告塙ほか三名は、立会人である被告大学職員に対して捜索差押許可状の写しを示した後、順次、各部屋の捜索を実施した。
また、被告塙は、二一五号室の入口ドアが施錠されていたため、若杉警部に右事情を連絡したところ、被告大学職員が合鍵を持参したが、右合鍵をもってしても右ドアは開かなかった。なお、その際、立会いの被告大学職員は、被告塙に対し、鍵が替えられている旨述べた。このため、被告塙は、機動隊員に、右入口の上部に設置されてあった天窓のガラスを割るよう依頼し、右機動隊員は、右ガラスを割り室内から鍵を開け、被告塙らは、同室内に入り捜索を実施した。二一五号室では、差し押さえたものはなかった。
なお、被告塙らは割れたガラスの破片を壁際に集めかたづけた。
(2) 損壊の状況
二一五号室の捜索により以下の損壊が生じた。
天窓部分の窓ガラスの損壊(一枚)
(八) なお、本件捜索差押え開始当初から、被告大学正門前付近に、マスクやタオルで覆面をし、帽子やヤッケのフードをかぶった者が約七、八名おり、本件捜索差押えに対して抗議の意思表示をしていたが、その中にはその当時原告の理事長であった遠坂裕夫(以下「遠坂」という。)及び原告の理事であった粟田望(以下「粟田」という。)が含まれていた。
なお、原告は、本件捜索開始当初から被告小島ら及び被告大学職員らに対し、捜索差押許可状の呈示及び本件捜索差押えの立会いを要求したと主張し、証人粟田及び同遠坂は右主張に沿う証言をするが、廣岡理事や本件捜索差押えに当たった警察官が右要求を聞いていないこと、前記のとおり、原告はこれまで捜索への立会いを拒否する態度をとっていたことからすれば、採用しがたい。
6 誤ったマスターキーの提供
同年六月ころ、学生の要求で学生会館の各部屋の鍵を交換し、斉藤事務部長は、右交換手続に承認を与えていたが、実際の管理は島田事務室主任(以下「島田主任」という。)がしており、右交換がされる以前の学生会館のマスターキー(以下「古いマスターキー」という。)は、学生会館事務室の机の引出しの中の木箱内に保管され、右交換がされた以降の学生会館のマスターキー(以下「新しいマスターキー」という。)は、右机の同じ引出しの中の古缶内に保管されていた。
同年一〇月五日、廣岡理事が斉藤事務部長に対し、明日の捜索に備えてマスターキーの準備をしておくように指示し、斉藤事務部長は、右指示を受け翌日六日、島田主任と共に学生会館事務室で待機していた。
そして、本件捜索差押えにおいて、立会いの被告大学職員からマスターキーを提出するよう要請があった際、島田主任がたまたま席をはずしていたため斉藤事務部長が応対したが、同人は新しいマスターキーの保管場所等を把握していなかったため、右被告大学職員に対し、新しいマスターキーを渡さずに誤って古いマスターキーを渡し、本件捜索差押えが終了するまで右の誤りに気がつかなかった。
一方廣岡理事は、学生会館の鍵が比較的近い時期に交換されたことを認識していたものの、本件捜索差押えにおいて古いマスターキーを誤って提供したことには気がつかず、提供されたマスターキーが役に立たないのは原告が被告大学に無断で鍵を交換したためであろうと判断した。更に、本件捜索差押えに立ち会った被告大学職員は、学生部の職員ではなかったため、原告が当時一〇一号室内で学生会館の鍵の貸出しをしていたことに気づかなかった。
7 本件捜索差押えの影響等
本件捜索差押えにより損壊された各ドア及び各窓ガラスは、被告大学の所有物であり、学生会館内の主な備品もまた、被告大学の所有物であったが、本件捜索差押えにより損壊された二〇八号室内のロッカーは学生の所有物であり、実質的には原告の所有物と評価できるものであった。
なお、学生会館内の備品は、学生の予算要求に基づいて被告大学がその相当部分を買っていたので、本件捜索差押えに立ち会った被告大学職員は、右各ロッカーも被告大学の所有物であると認識していた。
本件捜索差押え直後、学生会館を利用していた歴史学研究会、中国研究会及び映画研究会等の各種研究会並びに第一社会学部自治会等の自治会は、予定されていた会議あるいは学習会等の活動を暫くの間、中止した。
本件捜索差押えによって損壊された右各ドア及び各窓ガラス等は、本件捜索差押えの約一月後、被告大学の費用で補修された。
二本件捜索差押えの違法性
1 本件捜索差押えの被疑事実の有無及び捜索場所と被疑事実の関連性の有無
(一) 原告の主張
(1) 本件捜索差押えにおける被疑事実である本件デモ行進は、その規模、態様、場所、周囲の実質的影響等を総合勘案すれば、一種の社会的放任行為と評価すべきものであり、実質的違法性を欠き、犯罪不成立、不存在であることが明白な事案であったから、本件捜索差押えは捜索権限の濫用であり、違法である。
(2) また、本件デモ行進は、二〇〇ないし三〇〇メートルの距離を一〇〇余名がデモをしたにすぎず、そのための計画、謀議はなかったのであり、仮に謀議等があったとしてもメモ等が残される程のことはないと考えられるのであるから、学生会館に押収すべきものが存在すると認めるに足りる状況が存在しなかったのであり、したがって、本件捜索差押えは権限濫用行為であり、違法である。
(二) 被告都及び被告小島他六名の反論
公安第一課は、本件デモ行進は、いわゆる中核派が組織的、計画的に行ったものであり、かつ、学生会館内には、本件被疑事実について押収すべき物が存在すると認めたため、同年一〇月三日、東京簡易裁判所に対し学生会館の捜索差押許可状の請求を行い、同日、その発付を得たうえで捜索差押えに及んだものであるから、本件捜索差押えは適法である。
(三) 裁判所の判断
(1) 本件デモ行進の存在、並びにこれが集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二五年東京都条例第四四号)に違反することは明らかであり、特に実質的違法性を欠くと認めるべき事情は存しないから、原告の主張は採用できない。
結果として、本件公安条例違反につき起訴されなかったとしても、右判断を左右するものではない。
(2) 本件デモ行進で掲げられた旗が中核派のものであったこと及び右デモ隊員の殆どが中核派を表すヘルメットを着用していたこと、また、約一一〇名の者がまとまりをもって右デモ行進を行ったことからすれば、本件デモ行進は、中核派により相当程度の計画性をもって実行されたものと推測される。
以上の事情に加え、約一一〇名の者が学生会館から出てきた直後に本件デモ行進が実行されたこと、学生会館が中核派の拠点と目されていたこと等を斟酌すれば、本件捜索差押えの被疑事実である本件デモ行進に関連して押収すべき物が、学生会館に存在する可能性は高かったといえるし、更に、逃走中のもう一人の本件デモ行進の指揮者を割り出すために必要な資料が学生会館に存在する可能性も高かったと認められるのであるから、本件捜索差押えを実施する理由及び必要性が認められるのであり、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況がなかったとする原告の主張は採用できない。
本件捜索差押えの結果、現実に押収すべき物を差し押えたか否かは、右判断を左右するものではない。
以上のとおりであるから、同年一〇月三日付けの捜索差押許可状は合理的根拠に基づき適法に発付されたものということができる。
2 原告の捜索差押許可状の呈示を受ける権利及び立会権の有無並びに右各権利侵害の有無
(一) 原告の主張
(1) 被告大学は、昭和四三年一二月一六日、原告の前身たる学生会館設立委員会との間で、学生会館の管理運営は学生の手に委ねる旨の合意をし、昭和四八年一二月四日、原告と被告大学との間で、学生は学生会館の運営が昭和四三年一二月一六日の合意事項に基づき、学生の手によって行われることの再確認を要求し、被告大学はこれを尊重する趣旨の合意がなされ、そのうえで被告大学は原告に対し学生会館の使用及び利用の許可を委ねること並びに原告が学生会館の使用規定と使用細則を定めることを認めた。
以上のような原告と被告大学の合意を基礎にし、原告は本件捜索差押えまでの約一〇年間にわたり、学生会館を日常的に管理、運営してきたのであり、学生会館の管理運営権は原告に帰属しているのであるから、学生会館を現実に支配しているのは原告である。
したがって、被告小島他六名は、本件捜索差押許可状を原告に対して呈示すべきだったのにこれを行わず、また、被告小島他六名及び被告大学は、本件捜索差押えの執行に原告を立ち会わせるべきであったのに、それぞれこれを行わなかったのであるから、右各行為は違法に原告の権利を侵害したものである。
(2) 仮に、学生会館の直接支配者が被告大学であるとしても、原告が学生会館内の個々の部屋を支配しているというべきであるし、また、仮に、右個々の部屋を被告大学が直接支配しているとしても、捜索差押えの対象物とされた諸書類等の所有者及び所持者は原告あるいは原告の構成員たる学生であるから、原告は本件捜索差押許可状の呈示を受け、本件捜索差押えに立ち会う権利を有したものである。
(二) 被告らの反論
(1) 被告都及び被告小島他六名の反論
学生会館は被告大学が設立し、所有するものであって、その敷地内にあること、被告大学が構内へ入構を禁止、制限する門、障壁等の設備を設け、守衛を配置して人の出入りを監視せしめ構内全施設の管理に当たっていること、被告大学が学生会館のマスターキーを所有して館内を管理していること、被告大学は、前記三条件を示して、学生の学生会館の利用を制限していることからも明らかなように、学生会館本部棟の現実の支配者は被告大学理事長兼総長であり、したがって、被告小島らは、本件捜索差押許可状を右理事長兼総長から委任を受けた廣岡理事に呈示し、また、被告大学の施設等の管理に関して右理事長兼総長を補佐し、あるいはその命を受けてその事務等を処理する立場にある廣岡理事及び被告大学職員らを本件捜索差押えに立ち会わせたのであるから、被告小島らの行為に違法な点はない。
(2) 被告大学の反論
学生会館は被告大学が所有するものであり、右会館に対する管理運営権は、被告大学に帰属する。被告大学は、原告に対して大学教育の一環として日常的な管理運営を原告に委ねてはいるが、学生会館に対する管理権は有しており、非常・緊急の場合に被告大学が単独で学生会館のマスターキーを使用する権利を留保しており、捜査機関の捜索、差押えの実施は右非常・緊急の事態に該当するというべきであるから、本件捜索差押えの際に原告に立会いの機会を与える必要はなかったのであり、したがって、被告大学が原告に立会いをさせなかったことに違法な点はない。
(三) 裁判所の判断
(1) 刑事訴訟法一一〇条は、捜索又は差押えの執行の公正とその執行を受ける者の利益が不当に害されないことを担保するため、差押状又は捜索状を処分を受ける者に示さなければならない旨規定しているが、右にいう処分を受ける者とは、差し押さえるべき物又は捜索すべき場所を現実に支配している者を指すと解される。また、同法一一四条二項も、同法一一〇条と同様の趣旨から、人の看守する建造物で差押状又は捜索状の執行をするときは、看守者又はこれらの者に代わるべき者を立ち会わせなければならない旨規定しているが、右にいう看守者は建物を現実に管理、支配している者を指すと解される。
そこで、原告が右処分を受ける者あるいは右看守者にあたるか否かを検討する。
ところで、大学における学生の自治は、憲法が保障する学問の自由そのものに根ざすものではなく、憲法によって保障された学問の自由に基づく教授その他の研究者の研究、研究成果の発表及び研究結果の教授等の自由並びに右各自由を保障するための自治に由来するものと考えられる。
しかし、他方、学生は大学において学問を行い、教育を受ける者であり大学の運営について重大な利害関係を有するのであるから、大学が学生の利益を実現する方法として学生に自治権を付与したような場合は、その結果学生が得た自治権は対外的な関係においても尊重されるべきであり、そのことは、大学の自治を尊重する憲法の趣旨にも適合するものと解される。
大学と学生の自治的団体は、基本的には学問の探究、教育という共通の目的を実現すべき存在であり、本質的に対立関係に立つわけではないと同時に、他方、両者の間で、主張、利害関係が対立し、緊張関係に立つこともまたしばしばあり得るのであるから、学生の自治的団体が使用する施設について、右団体が大学から独立した現実的支配を有するか否かを一律に決定することは妥当ではない。
それゆえ、本件における原告の学生会館に対する現実的支配の有無は原告と被告大学間での学生会館使用に関する協定内容及び右会館の占有又は使用状況等を考慮して決するべきである。
(ただし、大学内部の事情が捜索機関に認識困難である場合に、捜索機関の捜索等が適法となることがあり得ることは別論である。)
(2) 前記認定事実によれば、学生会館設立後、原告が学生会館本部棟の鍵の管理を初めとして右会館の日常的な使用及び利用について管理運営を行ってきており、また、原告が被告大学から右会館の運営費を安定的に確保していたものであるから、原告はある程度被告大学から独立して学生会館を管理していたということができる。
しかし、同時に、右会館のマスターキーは原告及び被告大学の双方が保管し、非常・緊急時にあっては被告大学が単独でそれを行使できる旨の合意が両者の間でされており、この点について、被告大学は捜索差押えの場合は被告大学が単独でマスターキーを行使できると解釈し、原告はそれに一貫して反対していたが、原告被告大学間で、被告大学が単独でマスターキーを行使しない旨の合意が成立するには至っておらず、実際に捜索差押えの場合には、原告の反対があったものの、被告大学が単独でマスターキーを行使してきており、また、捜索差押え以外の理由で被告大学が単独でマスターキーを行使したこともあり、この間、被告大学は、三条件・六項目の遵守を原告に継続し求めてきたが、原告はこれを拒否しており、更に、被告大学は例外的な場合を除き夜間(午後一一時から午前八時まで)は単独で学生会館を管理していたというのであるから、これらの諸事情を総合すると、被告大学は、原告に対し、日常的な管理運営権限以上の権限を付与しておらず、学生会館の直接的、現実的支配は被告大学のもとに留保していたものと評価することができるのである。
右の事実に、本件捜索差押えに至るまでは公式的にはむしろ原告が捜索の立会いを拒否していたことを併せ考慮すると、本件捜索差押えにおいて令状の呈示を受け、また、立会いをすべき者は被告大学であるということができる。
そして、本件において、学生会館の現実の支配者は、被告大学理事長兼総長であり、右理事長兼総長は刑事訴訟法一一〇条にいう処分を受ける者及び同法一一四条二項にいう看守者に該当し、本件捜索差押許可状は、右理事長兼総長から権限を委任された廣岡理事に対して呈示され、立会いは、被告大学の施設等の管理に関して右理事長兼総長を補佐し、あるいは、命を受けてその事務等を処理する立場に有る廣岡理事及び被告大学職員により行われたのであるから、この点につき、被告小島他六名の行使に違法性は認められない。
なお、原告は予備的に各部屋の現実的支配及び捜索差押えの対象物の所有、所持を主張するが、前記同様の判断から原告に学生会館の個々の部屋の現実的支配を認めることはできないし、捜索差押えの対象物が学生会館内に置かれている以上、右対象物を現実的に支配するのは被告大学であり、また、右にいう支配は事実的、現実的支配を意味し、所有権の帰属により決せられるべきものではないから、原告の主張は採用できない。
3 本件捜索差押えの執行方法における違法性の有無
(一) 原告の主張
(1) 本件捜索差押えにおいては、被告小島他六名らが鍵の開錠に成功していなかって時点で、遠坂らがマスターキーの提供を申し出、また、立会いを要求したのであるから、被告小島他六名らは右マスターキーの提供を受け、あるいは右立会いの要求を入れて原告を立ち会わせることで、ドア等を破壊することなく本件捜索差押えを行うべきであったのに、右申出等を無視したのであるから、被告小島他六名らは、故意に必要最小限度を超える処分を行ったものであり、右行為は違法である。
(2) また、一〇一号室については、当初から窓ガラスを壊して室内に進入すべきであったところ、被告纐纈らは、まず、ドアからの進入を試み、ドアを破壊した後、結局は窓ガラスを壊して室内に進入したのであるから、被告纐纈らは、重大な過失により必要最小限度を超える処分を行ったものであり、右行為は違法である。
(3) 更に、捜索機関は、捜索差押えを行う際には捜索差押え終了後、捜索場所等をできる限り原状に復しておくべきところ、被告小島他六名らはそれを怠った。
(4) 被告大学は本件捜索差押えに立ち会った以上、適切な監視及び抗議等をすべきであったのに、それを怠り、重大な過失により原告に損害を与えた。
(二) 被告らの反論
(1) 被告都及び被告小島他六名の反論
被告小島他六名らが、本件捜索差押えに際して、ドア、窓ガラス及びロッカーを損壊したのは、それらが施錠されており、損壊しないかぎり捜索差押えができない状況にあったからであり、右損壊行為は、当時の事情に照らして適切妥当なものであり、かつ必要やむを得ないものであった。加えて、右損壊行為は捜索をするについて必要最小限のものであったから、違法な点はない。
(2) 被告大学の反論
本件捜索差押えにおいて、被告大学の立会人が、捜索機関の行う損壊行為等に関し、その必要性の有無及び手段の相当性を判断することは、それが明らかに捜索の範囲を超えていることが明らかでない限り困難であったから、捜索機関の損壊行為等を阻止しなかったこと及びその方法について異議を挟まなかったことについて違法な点はない。
(三) 裁判所の判断
(1) 刑事訴訟法一一一条は、差押状又は捜索状の執行について必要な処分をすることができる旨規定するが、それはその処分が執行の目的を達するために当時の具体的事情に照らして必要かつ妥当な範囲内にとどまるものでなければならないという趣旨である。
本件においては、被告大学が誤って古いマスターキーを提供したという事情があり、新しいマスターキーが提供されていれば右ドアあるいは窓ガラスの損壊等の事態は回避できたことは明らかである。
しかしながら、前記のとおり、被告大学が提供したマスターキーが役に立たなかったこと、原告は、以前被告大学に無断で鍵を交換したことがあったこと、廣岡理事を初めとする被告大学職員らは、本件においてマスターキーが通用しないのは原告が再び無断で鍵を交換したためであると判断し、その旨被告小島らに対し告げるなどしたため、被告小島他六名らも同様の認識を持っていたと考えられること、立会いの被告大学職員が他の手段の有無を尋ねられた際に他の手段がない旨の返事をしていること、被告小島他六名らは右ドアあるいは窓ガラスを損壊しない限り室内には入れないと認識していたこと、混乱を避けるため学生が登校する午前八時までに捜索を終了しなければならないという時間的な制約があったことなどの諸事情が認められ、他方、本件各部屋には差し押さえるべき物が存在する蓋然性が高かったことが認められるのであるから、本件捜索差押え当時その現場において、被告らが右ドア及び窓ガラス損壊の手段を選択したことはやむを得ない判断であったといえるのであり、加えて、右ドア及び窓ガラス損壊については、廣岡理事及び各立会人の了解を得ているのであるから、右損壊行為は、当時の事情に照らして必要かつ妥当なものということができ、右ドア及び窓ガラス損壊の手段を選択したことが違法とはいえない。
なお、原告は、本件捜索の際、被告小島らに対し、学生会館のマスターキーの提供を申し出たと主張し、証人粟田及び同遠坂は、右主張に沿う証言をするが、廣岡理事が被告小島らが正門の方へ行ったことを見ていないこと、仮に被告小島らが右柵に近づいたことがあったのなら、粟田らがその場面を写真に撮るのが通常であるにもかかわらず、その写真が存在しないこと等に照らすと、右主張は容易に採用しがたい。
(2) 次に、右ドアの破壊については、針金等を利用する方法から始まって、最終的にはエンジンカッターの利用へと、段階的により破壊的な方法へと移行していったのであり、かつ、それぞれの方法において不必要な物理力を行使した形跡は認められない(ただし、一〇一号室のドアについては後述する。)。
ハンマーでドアを叩いた行為は、一方でそれによりドアが開く可能性が認められ、他方でエンジンカッターを利用するよりは破壊的でない方法といえるから、結果として無駄な行為に終わったとしても、必要かつ妥当な行為だったと評価できるし、右窓ガラスの破壊については、ドアを損壊するよりは破壊的でないといえるから、妥当な執行方法だったということができる。
以上のとおりであるから、被告らの右ドア及び窓ガラスの損壊行為は、当時の状況に照らして違法なものとはいえない。
(3) ロッカーの損壊については、立会いの被告大学職員から合鍵がない旨の返事を得ていること、各立会人の了解を得ていること、捜索を午前八時までに終了しなければならないという時間的な制約があったなどの諸事情が認められ、他方で、右ロッカーの内部には差し押さえるべき物が存在する蓋然性が高かったことが認められるのであるから、被告小島他六名らが右ロッカーの損壊の手段を選択したことは合理的な判断であったと評価でき、加えて、右ロッカーの損壊については、不必要な物理力を行使した形跡は認められないのであるから右損壊行為は、当時の事情に照らして必要かつ妥当なものであり、したがって、違法とはいえない。
(4) 一〇一号室には、入口ドア以外に室内に通じる窓があり、本件捜索差押えにおいて、捜査員は、右窓ガラスを破壊して一〇一号室内に入っている事実が認められるのであるから、仮に、初めから右窓ガラスを破壊して室内に入る方法を選択していれば、一〇一号室内の入口ドアの損壊は生じなかったことが推測される。
しかし、前記のとおり、時間的な制約が大きく、一定の捜査員で捜索差押えをしなければならない本件においては、より破壊的でない手段を検討する際に捜査側に要求される厳格さはある程度幅をもったものといわざるを得ないのであり、立会いの被告大学職員からは他の出入口はない旨の返事を得ていること、入口ドア上部の天窓の部分は塞がれており他に塞がれていない窓があるとは予想しにくかった状況にあったこと、入口ドアは最終的にはエンジンカッターで切られるまでには至っておらず、損傷の程度は比較的小さいことなどの諸事情を総合すれば、一〇一号室における入口ドア及び窓ガラスの損壊行為は、当時の事情に照らして必要かつ妥当なものであったと認められるから、右行為は違法であるとはいえない。
(5) なお、被告小島他六名らが本件捜索差押え終了後、捜索の後片付け等捜索場所を原状に復しておくことを怠った事実は認められず、原告の被告都及び被告小島他六名に対する主張は採用できない。
(6) 以上のとおり、本件捜索差押えの執行方法に違法な点はなく、また、特にその方法が不相当であったとも認められず、被告大学職員がその立会人としての義務を怠ったということはできないのであるから、原告の被告大学に対する主張は採用できない。
三誤って古いマスターキーを提供した被告大学の過失
1 原告の主張
本件捜索差押えのように、前日に右捜索差押えがあることを警察から連絡を受け、被告大学が学生と事前に協議する余裕がある場合は、非常・緊急の場合に当たらないのであるから、被告大学はマスターキーを使用できず、したがってマスターキーを提供しようとしたことについて被告大学に故意、過失がある。更に、被告大学は、誤って古いマスターキーを提供したのであるから、その点に過失がある。
2 裁判所の判断
被告大学が学生会館の現実的支配者である以上、本件捜索に関し、マスターキーを捜査機関に交付すること自体は違法ではない。
しかし、マスターキーは、学生会館の損壊を回避するための重要な意味を持つものであるから、本件捜索差押えの際、斉藤事務部長は慎重にマスターキーを取り扱う義務を負っていたところ、同人は、マスターキーがその約四か月前に交換された事実を認識していながら、古いマスターキーと新しいマスターキーを取り違え、古いマスターキーを立会いの被告大学職員に提供したのであるから、斉藤事務部長の右行為には過失があったといわなければならず、右行為により原告に生じた損害は、被告大学が学生会館の管理に際して原告に与えた損害として、被告大学がその責任を負うというべきである。
四損害の有無
1 原告の主張
(一) 本件捜索差押えにより、原告所有のロッカー三本(一〇一号室内、一〇二号室内、二〇八号室内)、印刷用インク容器をそれぞれ損壊される損害を受け、右損害を評価すると九万三八七五円が相当である。
(二) 学生会館は、原告のもとにあるサークル団体、自治会団体、体育会などが、サークルの部会、学習会、作業及び練習、自治会の自治委員会及び会議の場所として、また、体育会の活動に必要な荷物置き場等として、ほぼ連日様々な用途に利用しているが、本件捜索差押えによる学生会館の破壊によりその円滑な使用が妨げられ、原告の学生会館の管理、運営業務、サークル活動及び自治会活動等に著しい支障をきたす損害を受け、右損害を評価すると二〇〇万円を下らない。
(三) 本件の学生会館は、全国の大学の中でも有数の学生自主管理、自主運営の学生会館であるが、本件捜索差押えによる破壊によって、原告はその学生会館の管理、運営を担い続けてきた者としての威信、誇り及び名誉が著しく傷つけられる損害を受け、右損害を評価すると二〇〇万円を下らない。
(四) 原告は、本件捜索差押えの際に捜索差押許可状の呈示を受け、また、右捜索差押えに立ち会う権利を有していたのに、右各権利を侵害され、その結果学生会館に対する直接的、現実的使用者としての地位を奪われる損害を受け、右損害を評価すると二〇〇万円を下らない。
(なお、以上のほかに弁護士費用として五〇万円)
2 被告らの反論
(一) 被告都及び被告小島他六名の反論
本件捜索差押えにおけるドア、窓ガラス及びロッカーの損壊箇所については被告大学が修理しているのであるから、原告に損害は認められない。
(二) 被告大学の反論
(1) 右ロッカーの損壊は誤ったマスターキーの提供とは無関係であり、捜査機関が施錠されているロッカーを実力で開錠する際、立会人がその必要性の有無及び手段の相当性を判断することは、それが明らかに捜索の範囲を超えていることが明らかでない限り困難であり、したがって本件捜索差押えにおいては、被告大学の立会人が右ロッカーを実力で開錠することを阻止しなかったこと及びその方法について異議を挟まなかったことによる損害賠償義務は生じない。
(2) 開錠のためのドア及び窓ガラスの損壊について、その行為、程度の相当性の判断を立会人が行うことは困難であるし、仮に限度を超えた実力開錠により学生会館の正常な使用が不可能となったとしても、その原因としての開錠行為を被告大学が現出したものではないから、原告の損害と被告大学の誤ったマスターキーの提供との間に法的因果関係はない。
(3) 被告大学は、原告の学生会館の正常な使用を妨げる目的で故意に古いマスターキーを提供したわけではなく、誤って古いマスターキーを提供したにすぎないから、それに伴う原告の不都合の程度と被告大学が原告に学生会館の管理を委ねている教育的な見地及び所有者としてその費用で可及的速やかに損壊箇所の補修を行っていることを比較、勘案した場合、原告被告間の関係は金銭的な損害賠償責任を負うような法的関係ではない。
3 裁判所の判断
(一) 前記のとおり、一〇二号室内の損壊されたロッカーは、被告大学所有の備品であるし、また、一〇二号室内及び二〇八号室内の各ロッカーの損壊は、本件捜索差押えに必要な最小限度の範囲で適法になされたものであり、二〇八号室内のロッカーは、修理されていないにしても使用には支障が認められないのであるから、右ロッカーの損壊により何らかの損害があったとしても原告において受忍すべきものである。
一〇一号室内のロッカー及びインク容器の損壊については、その事実が認められない。
(二) 原告は、被告大学によるドア等の修理が完了するまでの間、従前と同じ状態で学生会館を利用することができず、各種研究会及び自治会等の団体がその活動を阻害され、この点で右学生会館を使用する利益が害されたことが認められ、仮に被告大学が新しいマスターキーを提供していれば右利益侵害は生じなかったであろうから、被告大学が誤ったマスターキーを提供した過失と右利益侵害の間に因果関係は認められる。
しかし、損壊されたのはドア、窓ガラス及びロッカーにとどまるのであるから、各部屋は、なお、利用可能だったと推測され、これに、本件捜索差押えから約一か月後に損壊箇所が被告大学により修復され不完全な部屋を使用せざるを得なかった期間は短期間にとどまったこと及びそもそも学生会館は被告大学の所有であること等を併せ考慮すれば、右の程度の使用利益の侵害は金銭をもって賠償するに値する損害とは認められない。
(三) 原告は、権利能力なき社団であり、権利能力なき社団は、権利能力を有しない点で法人とは異なるものの、それ自体が独立の社会的存在として活動する団体である以上、法人同様、名誉を有すると解される。したがって権利能力なき社団の非財産的損害の賠償については、権利、利益等の違法な侵害が右権利能力なき社団に対する社会的評価を低下させるに至った場合にはこれを認めるべきである。
そして、確かに、原告が日常的に管理運営している学生会館に対し捜索差押えが行われれば、原告の社会的評価がある程度低下するということはあり得よう。
しかし、捜索差押えを受けることそれ自体による社会的評価の低下は、本件捜索差押えが適法にされた以上、原告において受忍すべきものである。
また、一般にドア等の損壊が原告の社会的評価を低下させるとは考えられないし、右損壊が被告大学の誤ったマスターキーの提供という単純な過失に起因するものであること及び被告大学に原告を弾圧するなどの意図があったとは認められないことを併せ考えれば、いずれにしても被告大学が原告の名誉を侵害したとは認められない。
(四) 原告は、本件において、捜索差押許可状の呈示を受ける権利及び本件捜索差押えに立ち会う権利を、いずれも有しないから、右各種権利侵害の損害は認められない。
五結語
原告の被告小島他六名に対する請求は、そもそも、被告小島他六名が、本件捜索差押えの執行当時、警視庁警察官であって公権力の行使に当たる公務員としてその職務を行っていた以上、原告に対し賠償責任を負うことはないのであるから理由がない。
また、原告の被告都に対する請求は、右にみたとおり、被告小島他六名の行為に違法性が認められない以上理由がない。
原告の被告大学に対する請求は、被告大学に誤ったマスターキーを提供した過失が認められるものの、原告に損害があったとまでは認められないから結局理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石垣君雄 裁判官木村元昭 裁判官古谷恭一郎)