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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)2697号 判決 1985年11月25日

原告

黒川富子

被告

石井よし子

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、二三二万一〇七一円及びこれに対する昭和五七年五月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  その余の原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、三三〇万七二二三円及びこれに対する昭和五七年五月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五七年五月二九日午後零時三〇分ころ

(二) 場所 東京都文京区本郷四丁目二九番一一号先路上

(三) 態様 原告は、足踏式自転車(以下「原告車」という。)に乗り、菊坂通りを進行中、被告竹中健一(以下「被告竹中」という。)運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が道路左端に停車していたので、その側方を通り過ぎようとしたところ、突然、同被告が後方の安全確認をしないまま被告車の運転席のドアを大きく開けたため、これとの衝突を避けようとして転倒し、道路右側のガードレールに激突した(右事故を、以下「本件事故」という。)。

2  原告の傷害、治療経過、後遺障害

原告は、本件事故により右肩鎖関節脱臼骨折、顔面挫傷、頸椎捻挫の傷害を負い、事故当日である昭和五七年五月二九日から同年六月一日まで山之内病院に、同月二日から昭和五八年八月二六日まで山崎整形外科病院に通院して治療を受けたが、同日症状固定の診断を受け、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令第二条別表後遺障害等級表(以下「等級表」という。)第一四級に該当する後遺障害が残つた。

3  被告らの責任

(一) 被告竹中は、被告車のドアを開ける際には、後方の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、突然ドアを開けた過失により原告を負傷させたものであるから、民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(二) 被告石井よし子(以下「被告石井」という。)は、被告車の所有者であり、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

4  損害

(一) 治療関係費

原告は、前記受傷のため、治療費九七万五二七〇円、診断書料四〇〇〇円、文書料七〇〇円を支出した。

(二) 通院交通費

原告は、前記通院のための交通費として、タクシー代七万四八二〇円(片道四三〇円、八七日分)を支出した。

(三) 休業損害及び逸失利益

原告は、夫が昭和五五年五月に病死したのち、小児糖尿病の長女純(昭和四三年一二月六日生)を抱え、家業である折本業(製本の下請)を一人で細々と行つて家計を維持してきたところ、本件事故当時、ようやく仕事も順調に運ぶようになり、得意先も増えはじめて七か所となり、四六〇万円の折本機械を月賦で購入して、これから利益が上がるという矢先に本件事故で負傷したもので、これにより約一五か月間の休業を余儀なくされたため、堀口製本(売上月額四ないし五万円)、株式会社江口製本(同三ないし四万円)、吉田製本(昭和五六年売上年額三二万円)、共同製本株式会社(同一〇〇万円)の四か所の得意先を失い、休業期間経過後もこれを回復できない状況にある。

原告のような家業では、収入は減少しても、経費、支出はほとんど変わらないから、右各得意先を失つたことによる損害額は、年額約二一七万円となる。

そして、休業期間中においては、右額を超える損害が生じているから、原告は、休業損害及び逸失利益として、昭和五九年五月二九日現在において、既に右年額の二年分である四三四万円の損害を被つている。

(四) 通院慰藉料

原告の前記傷害による慰藉料は、通院期間が一五か月であること等に照らし、一三〇万円が相当である。

(五) 後遺障害慰藉料

原告の前記後遺障害による慰藉料は、九〇万円が相当である。

5  損害のてん補

原告は、前記損害に対するてん補として、自賠責保険から傷害分一二〇万円、後遺障害分七五万円の各支払を受けた。

6  結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し、右損害金の内金として、三三〇万七二二三円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年五月二九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、(一)日時、(二)場所、及び(三)態様のうち、原告が、原告車に乗り菊坂通りを進行中、被告竹中運転の被告車が、道路左端に停車していたことは認め、その余は、否認する。

2  同2の事実は不知。

3(一)  同3(一)の事実は否認し、責任は争う。

(二)  同3(二)の事実中、被告石井が被告車の所有者であることは認め、その余は否認し、責任は争う。

4  同4の事実はいずれも不知。

5  同5の事実は認める。

6  同6の主張は争う。

三  抗弁

1  免責

(一) 被告竹中は、被告車の運転席から降車しようとした際、後方の安全を確認しようとしたところ、同車のすぐ後方に二トントラツクが停車して荷物の積み下ろしをしており、ドアを開けずに後方の安全を確認することができなかつたため、被告車の運転席右側ドアを二〇ないし三〇センチメートル位開け、顔の半分位を車外に出して後方を見たとき、原告車が接近してくるのを認めて、直ちにドアを閉めたものであり、被告車のドアが開いていた時間も僅か二、三秒にすぎなかつたから、被告竹中には、何ら過失がない。

(二) 原告は、本件事故現場道路が、原告の進行方向に向かつて緩やかな下り坂で右にカーブしており、前方左側には、作業中の二トントラツクや被告車等が駐停車していたうえ、進行方向に向かつて一方通行の指定がなされていて、道路左側に寄つて進行する必要もなかつたのであるから、前方を注視し、下り坂のために生じる加速を押さえ、いつでも停止できるよう速度を制御しつつ、道路左側に寄りすぎないよう注意して走行すべき注意義務があるのに、右注意義務を怠り、原告車の前籠に数個の重い荷物を積載したハンドル操作に負担のかかる不安定な状態で、速度を落とさずに、漫然と道路左側に寄つて走行し、被告車のドアが開いたのを発見した際、同車との間には、事故の発生を回避するに十分な時間的、距離的余裕があつたのに、急制動をかけたため、被告車と全く接触しないにもかかわらず自ら転倒したものであり、本件事故は、右原告の重大かつ一方的な過失又は未熟なハンドル、ブレーキ等の操作によつて発生したものである。

(三) 被告車には、本件事故当時、構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

(四) したがつて、被告石井は、自賠法第三条による責任について免責される。

2  過失相殺

原告には、本件事故の発生につき、右1の(二)のとおりの重大な過失があるから、過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

免責及び過失相殺の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)日時、(二)場所、及び(三)態様のうち、原告が、原告車に乗り、菊坂通りを進行中、被告竹中運転の被告車が、道路左端に停車していたことは、当時者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の態様及び被告らの責任について判断するに、前記争いのない事実に証人倉持義雄の証言により真正に成立したものと認める甲第一二号証、同証人の証言並びに原告及び被告竹中各本人の尋問の結果を総合すれば、

1  本件事故現場道路は、舗装された車道幅員約四・七メートルの道路で、最高速度が時速三〇キロメートルに規制されており、原告車の進行方向に向かつて、一方通行の指定がなされ、左側に幅員約一・一〇メートルの路側帯が、右側に幅員約一・六〇メートルの歩道がそれぞれあり、緩やかな下り坂で若干右にカーブしている道路であつて、本件事故当日は、晴天で路面が乾燥していたこと、

2  被告竹中は、本件事故当日、被告車を運転し、道路左側の路側帯に同車の半分近くを乗り入れる形で停車させ、同乗者である被告石井を助手席側ドアから降車させたのち、あらかじめ右後方の安全を確認することなく、運転席側のドアを三五センチメートル位開けるのと同時に右後方を見たところ、運転席から約三・五メートル右後方に原告車が接近してきていたので、急いでドアを閉めたこと、

3  原告は、本件事故当日、原告車を運転し、同車の前籠にカステラ二〇個入り二箱、一〇個入り一箱と食料品若干を積み、時々ブレーキをかけながら速度を調節しつつ、時速約一〇キロメートルの速度で、概ね道路の左側を進行して、本件事故現場に差しかかり、被告車の右側から数十センチメートル離れた付近を通過しようとして同車の右後部付近(同車運転席から約三・五メートル右後方付近)に差しかかつたとき、同車の運転席ドアが開けられたのを発見して、これに衝突する危険を感じ、ハンドルを右に切りながら急制動をかけたところ、道路右側のガードレール付近で転倒したこと、

4  本件事故当時、被告車の後方数メートル付近の道路左側には他車が駐車中であつたため、被告車の運転席にいた被告竹中から、右他車の後方は見通すことができなかつたが、その側方や同車から被告車までの間は、被告車のドアを開けなくてもその運転席から安全確認をすることができ、したがつて、同被告がドアを開ける前に右後方の安全を確認していれば、原告車が進行してくるのを発見することができたこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する被告竹中本人の供述部分は、叙上認定に供した各証拠、なかんずく、同被告が立会のうえ本件事故当日に行われた実況見分の結果を記載した書面である甲第一二号証の記載等と対比してたやすく措信することができず、他に右認定を左右するに足りる確実な証拠はない。

右認定の事実によれば、被告竹中には、被告車の運転席側のドアを開ける際、あらかじめ右後方の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、突然右ドアを開け、これと同時に右後方を見たにすぎなかつた過失があるものというべきであり、本件事故は、同被告の右過失によつて発生したものと認められるから、同被告には、民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任があるものというべきである。

そして、被告石井が被告車の所有者である事実は、当事者間に争いがなく、他に特段の事情の認められない本件においては、同被告が被告車を自己のため運行の用に供していた者と認めるのが相当であるところ、運転者である被告竹中に過失がなかつたと認められないことは、前示のとおりであるから、被告石井の免責の抗弁は理由がない。したがつて、被告石井には、自賠法第三条の規定に基づき、損害賠償責任があるものというべきである。

三  次に、原告の障害、治療経過、後遺障害について判断する。

成立に争いのない甲第一四、第一五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第三ないし第七号証、弁論の全趣旨により原本の存在とその成立が認められる甲第一〇、第一一号証及び原告本人尋問の結果によれば、請求原因2(原告の傷害、治療経過、後遺障害)のとおりの事実及び原告の山崎整形外科病院への通院実日数は一八一日であつたこと、原告の後遺障害は、自賠責保険の査定により、頭重感、肩こりを残し、局部に神経症状を残すものとして、等級表第一四級一〇号に該当するとの認定を受けていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  進んで、損害について判断する。

1  治療関係費 九七万九九七〇円

前掲甲第三ないし第七号証、成立に争いのない甲第一六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第八、第九号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告が、前記受傷のため、治療費九七万五二七〇円、診断書料四〇〇〇円、文書料七〇〇円を支出したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  通院交通費 七万四八二〇円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が、前記通院のための交通費として、タクシー代七万四八二〇円を支出した事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  休業損害及び逸失利益 二一二万円

成立に争いのない甲第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、夫が昭和五五年五月に病死したのち、小児糖尿病の長女純(昭和四三年一二月六日生)を抱え、家業である折本業(製本の下請)を一人で行つて家計を維持してきたもので、昭和五六年の売上は二四二万九四〇四円、経費は一二〇万四八七四円で、実収入は一二二万四五三〇円であつたこと、その後、昭和五七年に入り、本件事故当時には、得意先も増えはじめて七か所となり、収入も一か月あたりの実収入が二〇万円程度にまで増加し、なお、これから利益が上がるという矢先に本件事故で負傷したものであること、原告は、右負傷により、本件事故当日から前認定の症状固定日である昭和五八年八月二六日までの間は、ほとんど稼働することができず、このため、堀口製本(売上月額少なくとも四万円)、株式会社江口製本(同三万円)、吉田製本(売上年額三二万円)、共同製本株式会社(売上月額少なくとも八万円)の四か所の得意先を失い、症状固定日以後もこれを回復できない状況にあること、右折本業における経費は、折本機械のローン月約五万円、借金返済月約四万円、地代年二一万円等の収入や得意先の減少によつて変動しない固定経費が中心で、変動経費は、電気代月二万円以上、紐代等月二、三万円などであること、原告は、前示の後遺障害のため、肩こり、首筋の痛みが常時あり、以前の半分しか仕事ができない状況にあることが認められ、右認定を覆すに足りる確実な証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、前示の症状固定日までは、休業損害として、その後は、逸失利益として、本件事故発生の日から二年間、前記四か所の得意先からの売上の少なくとも五割にあたる金額の損害を被つたものと認めるのが相当であるから、その損害額は、二一二万円となる。

4  通院慰藉料 一一〇万円

前示の原告の傷害の内容、程度、通院期間、実通院日数等に照らすと、原告の傷害による慰藉料としては、一一〇万円をもつて相当と認める。

5  後遺障害慰藉料 七五万円

前示の原告の後遺障害の内容、程度等に照らすと、原告の後遺障害による慰藉料としては、七五万円をもつて相当と認める。

6  過失相殺

前記認定の本件事故の状況によれば、原告には、被告車の右側を進行しようとした際、被告車との間隔を十分に開けて、同車のドアが開いた場合でも、これとの衝突の危険が発生しないよう注意して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、同車との間隔を十分に開けずに進行しようとした過失があることが認められるから、この原告の過失と前示の被告竹中の過失とを対比すると、原告には、本件事故の発生につき、一五パーセントの過失があるものというべきである。

よつて、前記傷害の合計額五〇二万四七九〇円から過失相殺として一五パーセントを控除すると、残額は、四二七万一〇七一円(一円未満切捨)となる。

7  損害のてん補

原告が、前記損害に対するてん補として、自賠責保険から傷害分一二〇万円、後遺障害分七五万円の各支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、これを控除すると、損害の残額は、二三二万一〇七一円となる。

五  以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し、二三二万一〇七一円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年五月二九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林和明)

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